東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
「え、ええ!? ちょ、ちょっと! 一体全体、何を言っているんですか!?」
早苗は酷く困惑した表情を浮かべて、俺と優の顔を交互に見た。
しかし、俺と優は、さらなる滑稽な空談に埋没する。
早苗の困惑は無いものとして、暗黙の了解を結んだ。
「そ、そうか……! だから、早苗はオレに恋愛相談を持ちかけて来たのか! 男性であるオレの立場から教えてもらう体裁を装い、実はオレの主観的意見――すなわちオレ自身の好みと落とし方を聞き出そうとしていたのか!」
「すさまじい智略……。さすがは捕虫系女子だな。意中の男性に、男性の落とし方を教えてもらう。こんな恋愛攻略法があったとは、盲点だったぜ……! やべえよ、捕虫系女子! 計略の底が知れねえ!」
「くそっ、オレは早苗の術中に陥った昆虫系男子。俎上の鯉ならぬ、網上の虫ってことなのか……!」
「まだだ、まだ諦めるな! 何か策がある! 計略の網から逃れるための策が!」
「……駄目だ、そんな逃げ道があるはずがない。相手は女郎蜘蛛という捕虫者。狙われた昆虫は……糧になる運命なんだよ……」
「馬鹿、諦めんな! 最後の1パーセントでも可能性が有る限り、死に物狂いで足掻くんだ!」
「だ、駄目だ……。もう身体に毒が回って……満足に動けやしない……」
「なっ!? まさか……毒蜘蛛だったのか!?」
優は息絶え絶えに言うと、手足を痙攣させながら、石造りの長椅子にぐったりと横になった。
そこまでしなくても良いのではないかと思ったが、この際行き着くところまで行ってしまっても良いように思えた。完全に悪乗りである。
どうせふざけるのなら、とことんふざけて楽しもうではないか。
俺が困るわけではないし。
「ちょ、ちょっとやり過ぎですよ、優君! そんなところで寝たら、服が汚れちゃいますよ!」
早苗が困惑しつつも優の体を揺する。
「ぁぁ……ぁ……ぅぁ……」
優は今にも死にそうな喘ぎ声を出して、なおも苦しむ演技を続ける。
ボケに対して真剣に反応すると、相手が調子に乗って事態が悪化する。早苗は、その真理を分かっていないようだ。
それにしても優、いつにも増してノリノリなボケである。温泉旅行を前にして、テンションが上がっているせいかもしれない。
「颯……もう、駄目だ……意識が……薄れ……」
優が気息奄々と手を伸ばしてくる。
「おい、待て、死ぬんじゃない! 死ぬな、優! 死んじゃ駄目だ!」
「ああ……いざ自分が死ぬと分かると……清々しい気分になるんだね……」
「馬鹿、そんな事を言うなよ。そんな悲しい事を言うなよ……!」
「最後に……最後に……」
優は消え入りそうな声を上げる。
早苗弄りもクライマックスらしく、優は頼りなく震える手を天に伸ばし、何かを掴もうと指先を蠢かす。
「ねえ、優君! ふざけるのは、それくらいにして下さい! 周りの人が! 通行人がジロジロこちらを見ていて恥ずかしいですから!」
早苗が本当に泣きそうな声で(もちろん、優の演技を見て感動したわけではない)周囲の状況を訴えた。
見ると、広場の周辺を歩いている通行人の方々が、こちらに奇異の視線を向けていた。
「あ、そう? それなら止めた方が良いね」
今にも昇天しそうな様子は、どこへやら。
優はむくりと長椅子から起き上がり、大きく伸びをする。
「うーん、石の長椅子って冷たいね。座るのなら良いけれど、横になるようなものではないね。……ふむ、健常一般人方々の冷眼視が凄いね」
優が周囲を見渡すと、実に冷静な感想を述べた。
「――ちょっとなんてもんじゃありませんよ! そう言う事は時と場所を選んでやって下さい! 本当に困るし恥ずかしい思いをするじゃないですか!」
「あー……ごめんごめん。颯が冗談に乗ってきたからね。颯の顔を立てるために、仕方なかったのさ」
優は早苗に謝りつつ、さらっと俺に責任転嫁もした。
この辺りのクズっぷりと言うか、能弁さは見習いたくなる。
……よし!
「すまんな、早苗。真面目に反応してくれる早苗の姿が可愛くて、ついな」
「颯君……冗談でも責任転換は最低ですよ」
「あ、はい、すみません。仰る通りです」
早苗さんから怒られてしまった。
「まったく、もう……」
早苗は数秒黙り込むと、大きな溜息をついた。
「もういいです。優君は、昔から悪ふざけが過ぎる人ですから。でも、今回みたいなことは、もう止めて下さいよ。私、本当に恥ずかしかったんですから……。1番悪いのは優君ですけれど、颯君も颯君です。次は本気で怒りますからね」
早苗は怒気を込めずに言い終えると、プイッとあらぬ方向に身体を向けてしまった。私は不機嫌になりました、と暗に示したいようだ。
俺が優に視線を向けた。
優はこちらを見返し、両手を半ば上げてみせる。降参の仕草だろう。
なんだかんだ、今回の悪乗りで楽しませてもらった。
早苗に何か奢ることで、手打ちということにしよう。
温泉街なら、美味しい食べ物など、いくらでもあるだろうから。