東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
駅構内。
「そう言えば、乗る電車って何番線に来るんだっけ?」
俺は切符を財布に仕舞うと、改札口を通過して来た優に尋ねた。
「上り方面だから2番線だよ。ほら、電光掲示板に表示されている8時17分発のやつ」
電光掲示板を見遣ると、目的の電車は確かに2番線に来るようだ。到着時間まで、10分程の余裕がある。
「いよいよ電車に乗車ですか。なんだか、本当に小旅行をするって実感が湧いて来ますね。期待に心臓がドキドキです」
改札口を通って来た早苗は、胸に手を当てている。
「お、偶然だね、早苗。仲間仲間ー。オレも今、心臓が時々鳴ってるよ。温泉、楽しみだよね」
「……おい待て。心臓が時々鳴っているって、かなりやばいじゃないか」
危篤とか、死ぬ一歩手前なんてもんじゃない。
死ぬ。
「あはは。優君、面白いところで噛みましたね。それじゃあ、意味が全然違くなっちゃいますよ」
早苗は無垢な笑みを浮かべた。どうやら、優がわざと『ドキドキ』を『時々』と言い換えたことに気付かなかったようだ。
優は少し呆気に取られた顔つきで、早苗の表情を眺めていた。
「……ねえ、颯。自分のボケがボケとして気づかれなかった時の、この胸の空虚なわだかまり……なんだろうね」
優が神妙な面持ちで尋ねてくる。
「肩透かしみたいなもんだろ。早苗の前では、あんまり狙ってボケるなってことだ。早苗に的確なツッコミを期待しても無駄ってわけだ」
「ボケるな、だって!? それはオレの死活問題に関わってくる大事じゃないか!」
知らねーよ。
俺は優を無視し、2番線のホームへ向かおうとする。
「そう言えばさ、颯。最近、外国人の間で日本の温泉が話題になっているって知ってる?」
「そうなのか?」
「うん、結構人気みたいだね。温泉のことを調べていたらね、そんな記事を見かけたんだよ」
「へえ……。そりゃあ、またなんで? 何か新しいブームでも出来たのか?」
「ああ、それはね――」
優が答えようした直前、急に早苗が横手を打って「あ、分かりました!」と上機嫌に声を上げた。
何が分かったのだろうか。
「たぶん、早苗は遠い彼方の惑星から、何か未知なる電波でも受信したんだよ」
優は頭の上で鬼の角のように指を2本立てると、それをくるくると回した。
「違いますよ。私を妄想癖のある痛い子のように言うのは止めて下さいよ」
早苗は不本意と言わんばかりに憤慨する。
「そうだぞ、優。まあ、ちょっと常識とズレている時もあるけど、早苗はまともな女の子だぜ?」
「颯君、さらりと酷いことを言いますね……」
早苗が遣る瀬無い表情を浮かべ、こちらを横目に見てくる。
しまった……。本音に違いないが、言い回しを工夫するべきだった。
ここは話題を転じて、言い紛らわそう。
「で、どうかしたのか、早苗。さっきは、なんで声を上げたんだよ」
「ああ、そうでしたそうでした。……ふふふ、私、優君が何を言おうとしたのか分かってしまいましたよ?」
早苗は実に得意そうな様子だ。
それに対して、優は怪訝な表情を浮かべている。
「優君。優君が言っていた外国人さんって、主にアメリカ人やイギリス人の方ですよね」
「え? ……まあ、主に欧米系の外国人のアンケート調査みたいだったと思うけれど」
「でしょう? だって、欧米の方々でないと、洒落がきいていませんからね」
洒落がきいていない?
それは一体どういう意味だ?
早苗の発言は、どうも不得要領だ。
俺は優に視線を向け、早苗の発言の意味を暗に問うてみる。しかし、優も早苗の発言の意味が分かっていないようで、首を傾げられてしまった。
つまり……早苗は何かを勘違いしているのだろうか。
「……そっかー。早苗は聡いね。颯は気が付いていないようだけれど、これじゃあ、オレが形無しだよ。出来れば、オレの顔を立てる意味で、気付いていないように演技して欲しかったね」
突然、優がそんなことを言った。
何を言っているのだろう、こいつは。自分も早苗の発言の意図が分かっていな様子だったじゃないか。
「あっ、そうでした。ごめんなさい、気が付きませんでした……。そうですよね、これでは私が優君の楽しみを奪ってしまったようなものですよね」
「いやいや、気にする必要はないって。むしろ、1人だけ答えが分かっていない颯に、2人でニヤニヤと優越感を楽しめるってもんだよ。これはこれで面白い」
「優君、相変わらず意地の悪い性格をしていますね。そんなんじゃ、いつか颯君が愛想を尽かしますよ?」
「うん? その心配はないよ。颯はマゾだからね。むしろ、虐げれば虐げる程に友好度がぐんぐん上がっていくのさ。早苗も機会がある時に遊んであげるといいよ」
根も葉もない俺の風評被害を広めることは、止めて頂きたい。
颯さんは、実に健全な男の子です。
「あはは……私は遠慮しておきます。と言うか、それ、嘘ですよね?」
「嘘って何が?」
「えっと……颯君がマゾ……被虐趣味の持ち主であるという話」
「……ねえ、早苗」
優が急に憂いを帯びた表情を浮かべる。
「はい? 何ですか?」
「この世にはね……受け入れがたくても、歴然たる事実ってやつがあるんだよ……」
「……え」
早苗は、驚きと気まずさが入り混じった表情をこちらに向けてくる。
え、なに。なんですか、早苗さん。
あなた様は、どうして奇異の視線を向けてくるのですか。
「……おいまて。早苗、まさか本当に優の発言を信じているのか?」
「え……いや、それは勿論! そんな訳がありませんよね。あはは……」
早苗は苦笑いを浮かべながら、横板に雨垂れのように言った。
その反応から推察出来ることは――2つ。
1つは、優の発言を鵜呑みにした可能性。
1つは、以前から俺が被虐趣味持ち主なのではないかと疑っていた可能性。
……前者であることを激しく祈る。