東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
「いやいや、颯、もう隠すのは止めようよ。嘘をつくのは良くないって聖書にも書いてあるしさ。どうせいつかバレる日は来るんだ。丁度良い機会だし、カミングアウトしちゃおうよ」
「黙れ、戯言野郎。何が良い機会なのか全く分かんねえし、俺に被虐趣味なんて一切ねえよ」
「チッチッチ、甘いね。オレは颯の家に何度も行ったことがあるからね。颯がいくら誤魔化そうとしたって無駄だよ。実際にこの目で……見てしまったからね」
「は? 見たって……何を」
まったく心当たりが無いのだけれど。
「ほら、被虐趣味の方には重要なアイテム――蝋燭と縛るものさ」
「えっ!」
早苗が口元に手を当て、驚きの声を上げた。
早苗の目に『話題に対する強い好奇心』が映ったように見えたのは――俺の目の錯覚と信じたい。
「……ちょっと待て。おい、優や。それ、マジで言ってんのか?」
「マジもマジ、大マジさ。オレは何1つ嘘をついちゃいないよ?」
「ほう……二言はないな? 神に誓うか? 仏に誓うか?」
「誓っても良いよ。オレの発言に何1つ嘘は含まれちゃいない。神にも仏にも誓おう。何なら、聖書に手を置いて誓ってもいい」
何の躊躇いもなく、何の気後れもなく。
優は嘘をついていないと断言しやがった。
そこまで言い切るのなら……本当に優は嘘をついちゃいないのだろう。
正直なことを言えば――俺の自宅には『蝋燭と縛るもの』が存在する。それも1つや2つではない。蝋燭に関しては、ダース単位で持っている。縛るものに関しては、きちんと予備もあるだろう。
それは紛れもない事実であるし、否定する気は微塵もない。
加えて言えば、それを持っていることに一切の後ろめたさは無い。
むしろ、逆に問いたくなるが――別におかしなことではないだろう?
……ああ、言い忘れていた。
注意しておいて欲しいことがある。
優が言うところの『蝋燭』が必ずしも『SMプレイで使われるような大型なもの』を指しているとは限らない。『縛るもの』が『荒縄』であるとは限らない。
玩具のピストルであろうと、それが『ピストル』であることに違いないわけで。
レジ袋であろうと、頭に被せれば『殺人道具』にもなる訳でして。
つまり何が言いたいのかと言うと……物は言いようってことだよ!
「えっと、あの、その……颯君?」
俺がげんなりしながら声のする方――早苗の方を見た。
早苗は好奇心を抑えきれないのか、おずおずと尋ねてくる。
「その……本当なんですか? 優君の言う通り、あの……蝋燭とか、あ、荒縄みたいなものを持っているのって……?」
早苗さんって、案外……そういうことに興味津々なんですか?
なんだろう、少し早苗に幻滅したな……。早苗はもっと清純と言うか、ドロドロした淫猥なことと無縁と思っていたのだけれど。
まあ、勝手に理想を重ねて勝手に幻滅するなんて、自分勝手も甚だしいか。
しかし……そういったことに興味を持っているとは、それはそれで何やら胸の内で興奮に似た感情が湧いて来なくもない。
エロい女の子とか、男として、ある種の喜びを覚えなくもないな。エロい女の子が近くにいる――それだけで胸がドキドキしてくるではないか。
つーか、さっきから何を考えているのだろう。
夏の暑さに頭をやられているのかもしれない。
「……仮に持っていたとして、それが何か? 早苗、蝋燭や荒縄に興味あるんすか」
「ええっ!? な、無いですって! 全然! 全く! た、ただですね、そう言う人に初めて会いましたから、えっと……」
早苗はしどろもどろに答え、廉恥心に頬が紅潮した。まるで、いつかの神社の時のようである。
あの時、優は早苗に何を耳打ちしたんだろうな……。
まあ、いいや。
どうやら、俺が被虐趣味の持ち主であると、早苗に確信されてしまっているようだ。
事実無根の勘違いなので至極どうでもいいけれど、マゾ野郎と認識され続けるのは嫌だ。どうにかして誤解を解く必要がある。
それにしても、この早苗の反応。もしや、本当に被虐趣味に少しでも関心があったという証拠なのだろうか。
東風谷早苗、マゾ気質の疑いあり。
「おや? 早苗、もしかして興味があるの?」
優は意外そうな表情で早苗に尋ねた。
言い換えれば、早苗を弄りにかかった。
「いや、ちがっ……! だから、そう言うのではなくて!」
「颯、機会がある時にさ、早苗に蝋燭と縛る物、少し分けてあげれば? ああいうのってさ、いざという時に無いと、かなり困るだろうからさ」
まあ、困る時は確かに困るかなー。
停電した時とか。
荷造りしたい時とか。
「なっ……! い、要らないです! 全く不必要です!」
「いやいや、遠慮すること無いよ。ああいうものは、本当に必要になって仕方が無い時に手元に無いと、かなり困るしさ。早苗も経験上、そう思うでしょう?」
「け、経験!? 誤解です、颯君と違います! 私はそんな経験は1度もありませんよ!」
そんな経験、俺も1度もねーよ。
「え、そうなの? 嘘だぁ、信じられない。ねえ、颯。信じられないよね?」
どう言う意味合いで尋ねているかによるな。
「さあな。そのことで早苗を信じるだとか信じないだとか、そんな話は別にどうだっていいよ」
「どうでもよくありません!」
俺が投げやりな態度を示すと、早苗が必死に食って掛かってきた。
お客様、公衆の場で大声を出されると困ります。
「私は颯君みたいな変な性癖なんて1つもありません! 誤解されたままなんて絶対嫌です!」
その言葉、俺の方こそ言いたいんだがなぁ……。
俺だって、特殊性癖の持ち主と早苗から思われたくねえよ。
それはそれとして……いつからこんな話題になったんだろう。
「じゃあ、信じる方にしておくからさ。それでいいだろう?」
「もの凄く釈然としません。私には、颯君がいい加減に言っているようにしか聞こえませんよ」
いや、だっていい加減に言ってますもん。
「……優、お前がなんとかしろよ。お前が蒔いた種だろう? 自己責任だ。芽吹いた物は、自分で刈り取って処理しろ」
「オレ、何か嘘ついたりした? 蠟燭も縛る物も、全て本当の話でしょう?」
「いや、まあ嘘は……。あーもう、勝手にしろよ。詭弁ばっかり弄しやがって。さっさと早苗の勘違いを解いておけよな――俺の被虐趣味の誤解も」
俺は言い捨てると、2人を置いて2番ホームへ歩き出す。
このまま滑稽な話に付き合っていたら、会話がいつ終わるか分かりやしない。
後方から、優が『いくらでも解釈のしようがある婉曲な言い回し』を使い、早苗が過敏に否定の声を上げる会話が聞こえてくる。
性癖の話を匂わせた優の発言って、セクハラに当たるのだろうか。
まあ、俺が早苗に訴訟を起こされるわけではないし、どうでもいいか。
後に聞いた話であるが、優の温泉話を早苗が誤解した真相は、こうだ。
温泉は英訳するとホットスプリングであるが、早苗はこの『ホット』の部分に着目した。そして、日本の温泉が外国人の間で話題――つまり『ホット』な話題と掛けていると思ったそうだ。
ホットスプリングだけに、ホットな話題。
確かに洒落がきいているものの……早苗に申し訳ないが、別に上手くも面白くもない気がする。こじつけの感が否めない。洒落というより駄洒落に寄っているだろう。