東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
2番線の駅のホームは、まばらに人がいた。
平日であれば、この時間帯は市外県外からの通学生で猥雑な状態となる。しかし、今は夏季長期休校なので、学生の姿は見当たらないようだ。
優と早苗は、ホームに上がる階段を昇っている最中だ。
どうやら、まだ何かを言い争っているようだ。
「だから、あれは最初から早苗の勘違いでしょう? オレは何も悪くないよ。言うなれば、早苗の早とちりであり、自爆のようなものでしょ」
「いいえ、違います。優君が悪いんです。責任は全面的に優君にあります。そもそも、優君が変な言い回しを使わなければ、私が勘違いして恥を掻くことは無かったんです。絶対に私が勘違いするよう意図して、あんな言い回しを使ったんですよね? 優君の性格なら間違いないです」
「間違いないって? まったく……実に心外だよ。一体全体、早苗がオレの何を知っているって言うんだい? オレのスリーサイズを知っているとでも?」
「いえ、スリーサイズは分かりませんが……って、話を逸らそうとしないで下さい。自分の足元が暗くなったら話を逸らす。優君の悪い癖です」
「ちなみに、オレのスリーサイズは、上から――」
「言っているそばから話を逸らそうとしないで下さいよ!」
未だに口論を続ける優と早苗の様子に、思わずため息が出た。
「あ、ハヤえもん! ハヤえもーん! 助けてよ! 早苗が僕のことを苛めてくるんだ。ねえ、お願いだよー。二次元ポケットから秘密道具を出してよー」
「誰がハヤえもんだ。つーか、足に縋り付くんじゃねえ暑苦しい。――止めろ、ズボンのポケットを漁るんじゃねえ! それは二次元ポケットでもねえし、秘密道具なんて入ってねえよ!」
つーか、二次元ポケットってなんだよ。
ただのアップリケじゃねえか。
俺は足元にいる優を振り払った。
「たくっ……。ほら、もうすぐ電車が来るぞ。ふざけてないで、さっさと立ち上がれ」
「お手を拝借」
「自力で立ち上がれ」
もうこいつの相手をするのは面倒だ。適当に放置しておこう。
優なりに旅行前でテンションが上がっているのか、いつもの数倍うざい。
「はぁ……。颯君、なんだか私、もう疲れてきちゃいましたよ……」
早苗がくたびれながら嘆息を漏らした。
普段から優のテンションに慣れていない早苗は、かなり疲労したことだろう。
「優のことは放っておけよ。相手にするだけ疲れるぞ」
「ええ、まあ……はい……」
早苗が曖昧に頷きつつ、優に手を貸そうとしていた。
放っておいても自分で立つと思うのだけれど、まあ、そこは早苗の優しさといったところか。
電光掲示板と携帯電話の時刻を照らし合わせる。
……どうやら、あと2分弱で電車がホームに到着するようだ。
「颯君、いつも苦労しているんですね……」
早苗が何やら同情の声を掛けてくる。
「苦労? ……ああ、優のことか」
「ええ、優君です。優君と話していて疲れません? 私、さっきからずっと翻弄されっぱなしで疲れちゃいましたよ……」
「あいつはただ、言葉の遣り取りを楽しんでいるだけだよ。面倒なら、適当にあしらえば良いさ」
どこかの誰かみたいにな。
……あれ、どこの誰だっけ?
「それは分かっているんですが……。気が付いたら振り回されていると言いますか、後手後手になって対処仕切れなくなっちゃうんですよ」
「それに関しては……どうしようもないな。口の上手さは、あいつの方が一枚も二枚も上手だ。まあ、慣れるしかないだろ」
「やっぱり慣れなんですかね……。颯君みたいになるのは、まだまだ先の事みたいですね」
「俺みたいなる必要なんてないと思うんだけどねぇ……」
実生活に役立つようなスキルが身に付くわけじゃないし。
「……今日、そこまでホームに人がいませんね。これなら座席に座れそうですね」
早苗が辺りを眺めながら言った。
「そうだな。まあ、夏休みだし、学生はいないからな」
「そうみたいですよね。見渡す限り……」
ふと、早苗の視線が一点――後方に向けられたまま固定された。
何を見ているのだろう。
俺も後方を見ると、早苗の視線はオレンジ色の待合い席の1つ――そこに座って寝ている中年男性に向けられていた。
男性のワイシャツは、ところどころシワが寄っていた。数時間前に飲酒していたのか、頬が赤く染まっている。明け方まで飲んだ帰りなのだろう。
「……あ、でも、向こうの方に、私達と同じくらいの年の人もいますね」
早苗の言う通り、十数メートル離れたところに、同年代の男女が4人いた。雰囲気からして学生――大学生だろう。俺達と同じように、夏休みを利用して一緒に遠出するのかもしれない。
「あの人達も、私達と同じように、お出掛けですかね?」
「だろうな。大学のサークル活動に行く大学生かもな」
「大学生ですか。……大学生って憧れません?」
「……そうか?」
「颯君や優君は大学生に憧れたりしないんですか?」
「いや、特には何も……」
高校よりも学則が緩くて自由度が高かったり、サークル活動が楽しそうだな……と思うけれど。
「そうですか……。優君はどう思います? 大学生」
「オレ? 大学生か……気楽に学生生活を楽しめて良さそうだなーとは思うけどね」
優の言う通り、大学生は遊ぶかアルバイトしているという印象が強い。
まさに、社会人になる前のモラトリアムだろう。
「んー……そんな感じなんですかね」
早苗が視線を落とし、何やら不満気に呟いた。
「……で、早苗はどうなんだよ。早苗は大学生の何に憧れているんだ?」
俺が早苗に尋ねると、彼女は目を輝かせながら答えてきた。
「え、私ですか? そうですね……。ほら、大学生って服装がお洒落だと思いません? 高校なんかは制服の着用が義務付けられていますけど、大学は基本的に私服登校じゃないですか。色んなお洋服を組み合わせられるから、学生生活をお洒落を楽しめて素敵だと思いません?」
ああ、そうか。早苗が着眼していたのは、私服登校が認められていて好きにお洒落が出来ることか。
俺や優なんかは、あまり衣服に気を遣わないからな。外見よりも機能性重視。私服は、その気楽な着心地に魅力を感じる。
「それにサークル活動って、なんだか楽しそうじゃないですか。私の女の子友達――ああ、大学生がいる子なんですけど、飲み会や二次会のカラオケなんかに行ったりするそうですよ。とても楽しそうだと思いません?」
「飲み会か。……あれ、確か早苗はお酒を飲めないんじゃなかったっけ? 早苗は下戸だって、優が言っていたような気がするんだけど」
「あれ、知ってたんですか? 確かに私はあんまりお酒は得意ではありませんが……。でも、ほんの一杯くらいなら大丈夫です。それに、飲み会の席に出席して雰囲気を味わうだけでも楽しめそうですし」
「まあ、そうだな。サークル仲間と喋るだけでも楽しいだろうし、下戸でも問題は――」
俺は言葉を言い止した。
2番線の電車の到着を構内放送が報せたからだ。