東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
うっすらと開けた瞼から覗く世界。
それはどこまでも
闇。
闇。
闇。
電車に轢き殺される前の騒がしさも、有機物も無機物すらも――存在しない。
ここは……一体どこなのだろう。俺はどこにいるのだろう。
いや、そもそも俺は……現実に生きているのだろうか。
確か……俺は駅のホームから電車に落ちた。酒に酔った中年男性に突き落とされる形で。逃げ出そうにも、自分の上に伸し掛かる中年男性のせいで、逃げられなくて。
そのまま……電車の車輪に轢断されて死んだ?
じゃあ、眼前に果てもなく広がる世界は、死後の世界……いわゆる『あの世』ということか。
仮に冥土ではないとすると、考えられる可能性としては――夢の中くらいか。
夢なら、頬をつねっても痛くないのだろうか。
頬をつねろうとして、気付く。
腕が動く感触がある。指が動く感触もある。
それどころか、眼前に生身の自分の手が映るではないか!
ためつすがめつ自分の手を眺めた。
……ある。ある、ある……ある!
この腕と手は、実在する生身の一部だ。
俺は勢いよく起き上がると、自分の全身を手でさすった。
電車に轢断されたと思われる五体は、全て無事だ。目立った傷さえない。着ている衣服も無事であった。強いて言えば、土埃が付いているくらいだ。
……じゃあ、俺は生きているのか? 生きて、ここに存在しているのか?
しかし、この暗闇の世界は、現実の光景と思えない。
やはり……夢なのだろうか。
自分の頬をつねると、ちゃんと痛みを感じた。
痛みを感じる――つまり夢ではない?
でも、現実世界ではないし、死後の世界とも思えない。
解らない。何もかもが意味不明だ。
……そう言えば、俺は地面の上に座っているのだろうか。
視線を下に向けて見るものの、そこには地面と呼べるような何かは無い。何かに座っていることは分かるが、どう見ても空中浮遊している。
手で地面と思わしき闇を触れてみる。硬いとも柔らかいとも言えない、形容しがたい感触だ。
座った状態から立ち上がり、試しにその場で何度か飛び跳ねてみる。底が抜けるようなことはなく。きちんと着地できた。
「ふふっ。存外、肝が据わっているのですね。闇の中で着地した感想はありますか?」
どこからともなく、人の声が聞こえてきた。
その声は、紛れもなく自分に向けられたものだ。
俺の意識は瞬時に覚醒した。
「誰だ……!?」
「さあ、誰でしょうね」
再び声が聞こえた。
俺は声の出どころ――背後にいる何者かを見つけた。
「あら、こんにちは。それとも、周囲の暗さに合わせて、こんばんはの方が良いかしら?」
視線の先――そこには1人の女性がいた。
その女性は立ってもおらず、だからと言って座っているわけでもない。
まるで暗幕のカーテンを押し広げて窓から身を乗り出すように『楕円に裂けた光零れる空間の縁に上半身を凭れかかり』こちらの様子を楽しげに眺めていた。