東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第24話 戯言談義 その1

 

 その女性は人間だ――それも、目を奪われるような妖艶の美女。

 

 金色に輝く絹のような光沢を有した、ウェーブがかった長髪。

 

 しなやかな弧を描く柳眉。

 

 愉快そうに眼を細める猫のような瞳。

 

 成熟した大人の雰囲気を匂わせているが、不思議と少女的な印象も受ける。

 

 俺は絶句していた。こんな訳の分からない空間に美女がいる不自然さもさることながら、彼女が上半身を凭れかけさせている物体が異様だからだ。

 

 楕円に裂けた空間の縁。それはさながら、別々の空間を繋ぐワープホールのように見える。

 

「……あら? こちらが挨拶をしたというのに、無視をするつもりですか? これはこれは慮外千万。……ふふふ、さて、どうしましょう。ここは冠を曲げて、あなたの目の前から立ち去ってしまった方が良いのでしょうか」

 

 謎の女性は唇に指を当て、大仰に不機嫌そうな顔つきを浮かべる。俺の反応を窺っているようだ。

 

「え……あ、いや……」

 

 彼女の機嫌を損ねて立ち去ってしまえば、この奇妙な空間から脱する手立て――たとえば彼女が身体を覗かせている空間の裂け目から脱出など不可能になる。

 

「えっと……すみません……」

 

 ひとまず謎の女性に対して謝りつつ、彼女の正体について思考を巡らせた。

 

 一体全体、彼女は何者なのか。人間なのか、それとも人間の皮を被った化け物なのか。どのようにして空間の裂け目を見つけて――もしくは自分で切り開いたのか。どうして俺と接触をしようと思ったのか。

 

 次々と湧き起こる疑問は、頭の中で行きつ戻りつ堂々巡りを繰り返した。

 

「ふむ。まあ、先の無礼は水に流すことにしましょう――と言うよりも、もしあなた平素の反応で挨拶を返したのなら、あなたの正気を疑いましたけれど。むしろ、きちんと応答できない方が正解です。ですから――そう畏まらず、堂々と対応してみてはどうでしょう?」

 

 謎の女性は唇に笑みを浮かべ、再びこちらの反応を窺ってくる。

 

「堂々しく……ですか」

 

 彼女の奔放な発言に狼狽を隠せないが、言葉で意思疎通が出来る相手であると分かり、ひとまず安心した。

 

 この人……もしかして、俺のことをからかっているのか? 奇妙な言い回しといい、俺の反応を楽しむような視線といい、弄ばれているような気がしてならない。

 

 しかし、彼女に対して、不思議と懐かしさに似た心地好さを抱いていた。

 

「ええ、堂々しく。男ならば、常に堂々としていなければ。出来れば、雄々しくも。女々しい男など、見ていて気分のよいものではありませんから。しかしながら、女々しいと言いましても、保護欲を誘うような男児なら、話は別かもしれません。女々しいと言うよりは、弱々しいと言った方が正しいのかもしれませんね。とは言え、弱々しい男は、それはそれで気分の良くなるものではありませんけれど。さて。重要なのは、性格ではなく、見た目の愛らしさでしょうか」

 

 女性が独白に近い言葉を言った。独り言のようにも聞こえるけれど、俺に質問するかのように視線を向けてくる。

 

 ここは――彼女の独り言に答えた方が良いのだろうか?

 

「どう……でしょうね。確かにあなたの言う通りなのかもしれませんね。見た目が可愛ければ……何をしても可愛く見えますからね。その人がちょっとした弱いところや情けないところを見せてくれれば、こちらとしては……保護欲に近い感情を誘起させられますからね」

 

「あら。まさか、私の独り言に答えて下さるとは。別に返答せずともよかったのに」

 

 女性は大仰に驚いた素振りを見せると、空間の裂け目の縁に上半身を深く凭れかけさせる。どうやら、のんびり会話するつもりのようだ。

 

「けれど、私の独り言に答えてくれなかったなら、その時はその時で、不機嫌になりますけれど。ふふふっ」

 

「………」

 

「冗談ですよ。さすがに、そのような身勝手な態度は取りませんよ。そう戸惑った表情を浮かべず、気軽に接してもらえませんこと? ……ああ、それとも、あなたは冗談がお嫌いな生真面目な方なのかしら。でしたら、こちらが失礼を働いたことになりますわね。念のために、謝罪しておきますわ」

 

「いえ、別に冗談が嫌いというわけでは……」

 

「あら、そうですか。それは喜ばしいことです。冗談の通じない相手の会話など、つまりませんから」

 

 女性は機嫌良さそうにコロコロと笑う。

 

 話しにくい相手だ――率直にそう思った。優と似たような話し方を好むのなら慣れているので対応に困らないと思ったが、女性であるせいか、やたらと口数が多くて話の移り変わりが早い。

 

「さて……どうしましょうか」

 

「どう……って、何がですか?」

 

「私はどうすれば良いのでしょうか――そういう意味です」

 

「………」

 

 いや、そんなことを尋ねられてもなぁ。自分で考えて下さいとか言いようがない。むしろ、こんな訳の分からない状況に置かれている俺が切実に言いたい言葉なのだけれど。

 

 俺が反応に困っていると、心中を知ってか知らずか、女性はこちらの返答を待つかのように黙視してくる。

 

 数秒間、両者の間に奇妙な沈黙が訪れる。

 

 ……どうすれば良いのだろうか。何かしらの意見を言った方が良いのかもしれない。

 

 もしかして、俺は……彼女に試されているのか? 常識の有無を?

 

 ……いや、彼女が試しているものは違う。これは単なる直感でしかないけれど、そもそも試すという表現自体が間違っていると思う。

 

 恐らく、眼前の女性は――楽しんでいるだけだ。

 

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