東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第30話 昔語り

 

 夏の暑日に照らされた閑静な街並み。その通りを1台のパトカーが走っている。俺と優は、パトカーの後部座席に乗せられ、俺の自宅前まで送ってもらっている最中であった。

 

 時刻は、正午を30分ほど過ぎたところ。

 

 俺は空腹を訴える腹を擦りながら、車窓から見慣れた街並みを眺めていた。

 

 あの後――スキマをくぐって駅ホームの退避スペースに出た後、俺と優は自ら退避スペースを出なかった。車掌か駅員――誰でもよかったが、向こうから様子を窺う動作があるまで、じっと待つことにしたのだ。無いとは思うが、途中で電車が動き出されては困るからだ。

 

 人身事故が起きたかもしれないことで、駅のホームは不穏な静けさに包まれていた。どこからともなく不安や緊張を孕んだ囁き声が聞こえていた。

 

 程なくして、少し離れた場所から男性の『大丈夫ですかー? 無事ですかー?』という声が聞こえて来た。生死確認にやって来た駅関係の職員のようであった。

 

 俺と優は返事すると、気絶している中年男性を退避スペースに置いて、ひとまず退避スペースから出て来て、駅のホームに這い上がった。

 

 すぐ近くの地面に座り込んで茫然としていた早苗を見つけた。

 

 俺と優が声を掛けても、彼女は魂が抜けたように見上げるばかりだった。次第に思考が現実に追いついたのか、何も喋らず黙然と泣き出してしまった。安堵の涙だろう。

 

 泣き続ける早苗をどう宥めたものか悩んでいると、背後から先ほどの男性に声を掛けられ、事情聴取を求められた。ひとまず、落ち着いて話せる場所――職員用の休憩室へ通された。俺と優――そして優に支えられて歩く早苗が部屋に入ると、事情聴取が始まった。

 

 俺と優は、線路に落ちるまでの経緯を伝えた。その後、どうやって電車と接触することを回避できたのか、話を適当にでっちあげた。

 

 事情聴取している部屋に入室してから10分もすると、駅員の連絡を受けて到着した救急救命士らしい人が来た。俺は擦過傷と打撲があったので、ひとまず事情聴取を中断して、救急車に乗る運びとなった。優と早苗は、付添い人として救急車に乗り込んだ。

 

 俺は搬送された病院で適当な治療を受け終わると、診察室の外に待機していたらしい警官に遭遇した。俺たちはパトカーに乗せられ、今度は警察へ事情説明するために警察署に連れて行かれた。

 

 警察署では事情聴取の他、医療費の負担先や慰謝料を請求する場合などの大まかな手順を警察官から説明された。

 

 俺は医療費の負担先についての説明だけ真面目に聞くと、あとは適当に聞き流した。慰謝料については、特に気にしなかったからだ。慰謝料請求に関する手続きが猥雑そうという理由もあるけれど。

 

 事情聴取が終わり、事故後の対応についても聞き、もう帰宅させてもらえるだろうか――俺はそう期待していたのだが、最後に面倒なことを尋ねられた。

 

 両親の連絡先についてだ。

 

 未成年である俺と優は、保護者に事情説明と事後報告などが必要となるので、両親の連絡先を尋ねられたのだ。

 

 俺と優には……保護者の連絡先について問題があった。

 

 優は今は孤児院に所属していないので、保護者の連絡先を答えようがなかった。事情聴取を担当した警官は訝っていたようだが「いないものはいないのだから仕方がない」と主張する優を見て、追及の仕様がない判断したようだった。

 

 俺は俺で、少し変わった家庭事情を抱えていたので、補足的な説明を付ける必要があった。

 

 その家庭事情とは、両親が数年前から行方不明ということだ。しかし、親類や施設に身を寄せているというわけでもない。名目上の保護者――どちらかと言えば支援者に近い存在によって、今は養われていることだ。

 

 丁度良い機会だから、これについて触れておいた方が良いかもしれない。

 

 あれは俺が13歳の中学生だった頃――海沿いのホテルの2泊3日の修学旅行から帰って来た時だ。

 

 俺は楽しい思い出を作れて上機嫌で帰宅した。その俺を――無人の家屋独特の静けさが迎えたのであった。

 

 この時、俺は自宅に誰もいないことには、特に疑問を抱かなかった。俺が修学旅行へ行くということ、これ良い機会と夫婦水入らずの旅行に行くと両親に伝えられていたからだ。旅行先は……出雲だと言っていたはずだ。社寺や歴史的建造物を巡ったり、ゆっくりと日本海や温泉を楽しんでくると言っていたと思う。

 

 両親は、俺が修学旅行から戻ってくるまでに帰宅すると言っていた。何かあって帰りが遅れても、心配せずに留守番を務めるようにも言っていた。だから、俺は両親が夜遅くなって帰ってこないことに疑問を抱かなかった。きっと交通渋滞に巻き込まれて帰りが遅くなっているのだろうと考え、コンビニ弁当で夕飯を済ませた。

 

 果たして、両親は明日も明後日も帰って来なかった。

 

 俺は事の異常性に気付き、まずは母親の携帯電話に電話を掛けた。

 

 電話は……繋がらなかった。何回掛けようと、何十回掛けようとも繋がる気配を見せなかった。父親の携帯電話も同様であった。

 

 その時になり、両親が旅行先で何かしらの事件に巻き込まれたと察し、底冷えのような不安と恐怖に身体を震わせた。

 

 俺は覚束ない手つきで警察に電話を掛けて事情を説明すると、警察は犯罪性の高い事件として取り上げ、出雲方面の警察署に捜査網を敷くよう依頼してくれた。

 

 出雲方面の警察関係者による捜索活動の末……両親の姿が発見されることはなかった。出雲の警察署は捜査を打ち切り、各メディアへ報道要請することで、目撃情報の収集に頼る方針に切り替えたらしい。

 

 その後――今になっても警察からの芳しい報告を耳にしたことはない。

 

 両親が謎の失踪を遂げてから、ひと月程の間、俺は近場にある養護施設に身を寄せていた。俺の両親は、血縁者と呼べる人物が見つからなかったからだ。もしかすると、親族と絶縁した走り夫婦なのかもしれない。

 

 しかし、現在、俺は養護施設に身を置いていない。それどころか、生まれ育った我が家へと戻り、そこで寝起きをしている。

 

 それは何故か。

 

 どうして、それが可能であったのか。

 

 ここで、名目上の保護者が深く関わってくる。

 

 養護施設で水が合わない生活を強いられながら、警察からの吉報を待ち続けて――ひと月が経過した頃。

 

 突然、とある初老の女性が俺の許へ訪ねてきたのだ。

 

 その初老の女性の名は、夕紅 縁(ゆうべに えにし)。彼女は俺の父親の旧知の仲であり、ずいぶんと世話になったと言っていた。どうやら、俺の両親が行方不明となっている凶報を耳にし、警察を伝って俺の身の置き所――養護施設を探し出したらしい。

 

 縁さんは、とても興味深い提案をしてくれた。俺が承諾さえすれば、俺が働けるようになるまで(目安として高校卒業まで)、こちらの生活の援助をしたいと申し出たのだ。

 

 驚愕の申し出は、さらに続いた。むしろ、この次の申し出こそ、本当の驚愕であった。

 

 縁さんは、生活が支障なく成り立つよう世話人の手配しようと申し出たのだ。

 

 どのような思惑があって、そのような破天荒なことを申し出たのかは不明であるが……よほどの資産を持て余しているのだろう。それに加えて、俺に関する何か深い事情を抱えているのかもしれない。

 

 いくら俺が思慮の浅い13歳の少年であろうと、さすがにこの申し出には何か裏があるのではないかと疑って掛かった。たとえば、遺産目当ての詐欺行為なのではないか等。

 

 俺は父親に関する様々な質問を縁さんへ投げかけた。彼女が本当に父親と古くから友人としての交際があるのなら、父親に関する質問に明瞭に答えられるはずだからだ。質問の内容は、出来るだけ内輪の者しか知らないようなものを選んだ。

 

 果たして、縁さんは――全ての質問に正解した。質問の中には、家族しか知り得ないような細かなことも含まれていた。間違いなく、縁さんは父親と密接な関わり合いを持っている人物であると分かった。

 

 縁さんは、数日後に再び訪れるので、その時に俺の答えを聞かせて欲しいと言って、その場を立ち去った。今後の生活が左右する決断を下せるまでの十分な時間を与えてくれたのであろう。

 

 突然現れた謎の人物。

 

 降って湧いたような上手すぎる申し出。

 

 俺は申し出に対する答えに迷った。

 

 養護施設の職員は、縁さんの申し出を受け入れるべきではないと断言した。素性が分からない人物を簡単に信頼してはいけないという、もっともな言い分だ。

 

 しかし、俺は再び施設を訪れた縁さんの申し出を受け入れた。縁さんが提示した好条件の生活支援がどうというより、馴染み深い我が家へ帰りたいという欲求に屈したのだ。

 

 生まれ育った家に帰りたいと、切に願っていた。事実、縁さんのお蔭で我が家に帰宅した時、胸に込み上げて来た名状し難い感情に堪え切れず、涙を流してしまったものだ。

 

 このような経緯があり、両親不在という憂き目に遭いながらも、住居を変えるようなことなく、生活に窮することもなかったわけだ。さすがに、世話人を付けてもらうことは遠慮したけれど。

 

 縁さんがどこで何をしているか……正直な話、俺にもよく分からない。居場所も分からなければ、どのような生活を送っているのか、なんの職種に就いているのかも不明だ。彼女の身の上に関することを尋ねても、はぐらかされてしまったのだ。悪意は見受けられなかったが、こんな不明な人物に身を委ねていた昔の自分には、今更ながら呆れてしまう。

 

 俺が自宅で生活を送れるようになった当初、縁さんは様子見の意味で自宅へ訪れていた。しかし、時が経つにつれ、その訪問の間隔は伸びていった。1年ほど前からは、完全に途絶えている。どうやら、今は海外で様々な事業に携わり、世界を転々としているのだとか。本当かどうか至極疑問であるが、俺に何不自由ない生活を送らせる資産を保有しているのだから、世界規模で活躍する人間という話は、あながち間違いではないのかもしれない。

 

 さて、昔語りは、この辺りで充分だろう。

 

 縁さんについて警察へ詳しく説明しようか迷ったが……彼女から教えてもらっていた連絡用の電話番号を教えるだけにした。当然ながら、警察は訝しげな面持ちを浮かべた。しかし、内々の事情を話したくない態度を取ったら、特に深く言及してこなかった。

 

 こうして息苦しい事情聴取が終わると、警察側の計らいで、自宅まで送ってもらえることとなり――現在に至るというわけだ。早苗も同車していたが、早苗の自宅が1番近くにあったので、先にパトカーを降りた。

 

 現在、このパトカーは俺の自宅へと向かっている。優も俺の自宅前で降りる予定だ。お昼時なので、昼食を食っていけと誘ったのだ。

 

 早苗と別れる前、昼食を食べたら再び集合し、気晴らしに街に出て買い物でも楽しもうと決め合っていた。ちなみに、早苗にも昼食を一緒に食べないかと誘ってみたが、丁重に断られた。自宅に戻って着替えたいそうだ(先のこともあり、気分転換したいのだろう)。ついでに、昼食を自宅で済ませるらしい。

 

 まあ、それはそれとして。

 

「……あ、そこの家です。道の左沿いにある『及川』という表札が掛かっている家です」

 

 パトカーは緩やかに道の左端へと寄り、俺の自宅前で停車する。俺と優がパトカーから降りて運転手である警官に一言礼を述べると、パトカーは静かに走りだし、閑静な街並みへと消えて行った。

 

「……あー、やっと帰って来られたよ」

 

 俺が深い溜息を漏らすと、優も同調するように愚痴る。

 

「本当だよね……。色々と貴重な経験をいっぱい出来たけれど、2度とごめんだね」

 

「まあな……。貴重と言えば、確かに貴重か。パトカーなんて、悪いことをしない限り乗る機会なんてないし。……とりあえず、今は飯にしようぜ。腹減っちまったよ……」

 

「期待しているよ、料理長。果たして、その界隈では美食家として雷名を轟かせているオレの肥えた舌を満足させられるかな?」

 

「いや、誰だよ、お前。つーか、手伝えよ。働かざる者食うべからずだ」

 

「なにを馬鹿なことを……。オレには颯の料理を食べるという大役が控えているじゃないか。きっちりがっちり働くつもりさ」

 

「フードファイターでもない限り、食べることを働くなんざ言わねえよ」

 

「何を言うか。毒見もれっきとした仕事の1つじゃないか。こちらは命を懸けているんだ。命を懸けるほどの誇り高い仕事なんだ。これを仕事と言わずして、何を仕事と言うんだい?」

 

「食わせねえぞ」

 

「さて、昼食のメニューはなに? 下準備なら、この僕様ちゃんの右に出る者はいないぜ。独り暮らしで鍛え上げた僕様ちゃんの料理スキルを存分に披露しようじゃあないか」

 

 優はそう言うと、鼻歌を歌いつつ我が家の玄関へ向かって行った。

 

 その様を眺めて、俺はもう1度だけ溜息をつき……口元に笑みを浮かべた。

 

 死の淵から生還出来た身としては、この下らないやり取りも、愛おしく感じられる。

 

 日常の穏やかさの重要性を理解できる点では、死にかけるのも案外悪くないのかもしれない。もちろん、生きて帰って来られる保証があれば――だけれど。

 

 ……極論だな。

 

「まあ、何だっていいや」

 

 優のあとを追い、俺も我が家の玄関へと足を運ぶ。

 

 せっかく騒がしい友人も招いたことだし、今日の昼食は少し豪華なものにしようか。たまには、贅沢な食事も悪くないものである。

 

 さて、昼食は何を作ろうか。

 

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