東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
俺と優は、平屋の居間にいた。卓袱台を挟み、霊夢と向き合っている。
卓袱台の上には3人分のお茶が置いてある。湯飲みからは湯気が立ち昇り、緑茶独特の胸の好く良い香りがした。
「あなた達が紫の言っていた外来人ね」
「外来……人?」
聞きなれない言葉だ。外国人みたいな語感だけれど。
「外来人。『外』から『来』た『人』よ。幻想郷の外の世界から来た人のことを総じて外来人って呼んでいるのよ」
霊夢が補足の説明をしてくれた。
なるほど。確かに、俺と優は外来人と言える。
……ああ、そう言えば、まだ自己紹介もしていなかったな。
「まだ自己紹介していませんでしたね。遅ればせながら、俺の名前は及川颯です。で、こっちが――」
「神坂優です」
「私の名前は霊夢よ。苗字は博麗ね。呼ぶ時は、霊夢で構わないわ。あと、敬語も要らないわ。同じ年頃でしょうし」
霊夢はそう言うと、自分の湯飲みに口を付けた。
初対面の印象としては、明け透けな性格と言ったところだろうか。それと、人見知りや物怖じという様子も見られない。それなりに話しやすそうだ。
顔立ちは整っていて、美少女と呼んでも差し支えはない。髪は日本人らしく黒色だ。髪の長さは肩に届く程度で、後頭部の大きなリボンで髪をまとめ、ポニーテールにしている。
服装は巫女服であるが、巫女服を普段着に改造したと表現した方が適切だろう。初詣で見るような形式ばった意匠ではない。袴ではなく、膝丈程度のスカートを履いているし。
普通の巫女服ではないことは一目瞭然であるが……それにしても、なぜ巫女服の腋の部分が無いのだろうか。白い袖はあるが、巫女服から独立している。紐で袖口を縛り、二の腕に付けているようだ。
クールビズだろうか。今は夏だから、その仕様なのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、ぎりぎり聞き取れる程度の呟く声が聞こえてきた。
横目で見ると、優が真顔で何やら呟いている。
「腋出しの巫女服、だと……!? なんて素晴らしい意匠なんだ! 衣服の一部分を切り取り、その部分の肌を露出させることで、艶かしさを引き出すと同時に、巫女服とその装着者の魅力を2倍にも3倍にも引き出すのか……! もっと早く気付けば、巫女服の新たなる価値を世界に知らせられたのに……」
あー……。
無視しよう、無視。変態は放置しておこう。
さて、これから霊夢に何を話せば良いのだろうか。
まずは住居や食料面のことを尋ねておくか。
「霊夢さ……じゃなくて、霊夢。ちょっと尋ねたいことがあるんだ」
「何?」
「俺たちって、どこに住めば良いんだ? 紫さんからは、霊夢を頼れって言われたのだけれど」
「え……」
霊夢は一瞬だけ呆けると、何かを察したのか、苦々しい表情を浮かべつつ片手で顔を覆った。
「あー、もう……そういうことなの。紫の奴、適当に面倒事を押し付けて……!」
霊夢は、何やら不満気に呟いている。
もしや、話の行き違いでもあったのだろうか。
「何かまずいことでもあったのか?」
「まずいことと言うか、説明不足と言うか……。ねえ、紫の奴、私のことを頼れとだけしか言わなかったの?」
「あ、ああ……。そうだよな、優」
「そうだね。頼れば良いとしか言われなかったね」
俺は何やら不穏な空気を感じ取った。
やはり、話に行き違いがあったのだろうか……。
霊夢はその場で立ち上がると、急に怒鳴る。
「紫、あんたのことだから、どうせどっかから見ているんでしょう! 隠れていないで、出てきなさい!」
霊夢は怒鳴り終わると、静かに黙った。
しかし、数十秒が経過しても、誰からも返事は無かった。
「……あーもう、だんまりってわけね」
霊夢は肩の力を抜くと、その場に座り直した。
「急に叫んでごめんなさい。たぶん、紫の奴が見ていると思って」
「紫さんが見ている?」
例のスキマを使って、こちらの様子を覗き見しているのだろうか。
「いえ、気にしないで。どうせ、いつもの悪趣味だから」
霊夢は訳知りの様子で言うと、悩み始める。
「うーん……。となると、何から話し始めれば良いのかしら」
「やっぱり、何かまずいことでもあるのか?」
「まずいって程じゃないのだけれど……。私ね、紫から『同じ年頃の外来人2人が幻想郷に遊びに来るから、彼らの便宜を図ってあげて頂戴』としか言われていないのよ」
「……つまり、こちらの事情は全く分かっていないと」
「ええ。遊びにっていうくらいだから、物好きな観光客の案内でもするのだと思っていたわ」
「……」
俺は優の方を見た。
「おい、優。これはどういう状況だと思う」
「発言から察するに、紫さんの説明不足……か、もしくは遊びかなぁ。オレと颯、霊夢がどんな対処を見せるのか楽しむという遊び?」
だよなぁ……。
紫さんのことだから、きっとやりかねない。
いや、しかし……。話が通してあると言われたから安心していたが、どうしたものか。
「紫の遊びでしょうね。まったく、あの妖怪は……。いったい、何が目的なのかしら」
霊夢は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、溜め息をついた。
「……まあ、良いわ。紫のことだから、本当に困った状態になったら介入してくるだろうし。ひとまず、あなた達の事情を話しなさい。事情が分からないと、こちらも対処の仕様が無いわ」
俺は霊夢に対して何やら申し訳なさを感じつつ、幻想郷に来ることになった経緯や持ち物などについて説明した。
霊夢は真面目に聞いてくれていたが、表情は終始一貫して呆れ気味であった。
「……なるほどね。大体の事情は分かったわ。ひとまず、住む場所と食べ物の確保が必要ってことね。ちょっと待ちなさい」
霊夢は思案顔で瞑目する。心当たりを探っているのかもしれない。
「……そうね、ひとまず人里に案内した方が良さそうね。あそこなら人が多いから、住む場所の1つや2つ、見つかるでしょう」
人里。
確か、幻想郷の中で、普通の人間が密集して暮らしている集落だったか。
「まあ、最悪……」
霊夢は視線を横に向ける。
「もしも人里でも住む場所が見つからなかったら、しばらくは博麗神社で居候しても構わないわ」
「いや、そこまでしてもらう必要は……」
俺は咄嗟に否定の言葉を口にした。
見ず知らずの少女にそこまでさせることは忍びないし、年頃の男と同居なんて、女性としては嫌だろう。
「いえ、その辺で野宿されるよりもマシだわ。顔知りの人間が妖怪に食べられて山中で死んだら、こちらの寝覚めが悪いわ」
霊夢は、さも当たり前のように言った。
そう言えば、幻想郷は妖怪の楽園でもあった。どんな妖怪がいるか具体的に知らないが、中には危険な種もいることは間違いないだろう。
改めて、自分が元いた場所と異なる環境――異世界と呼んでも差し支えない環境に来たことを実感した。
「まあ、詳しい取り決めは、その時になったら考えましょうか。人里へ連れて行っても良いけれど、昼過ぎまで待って頂戴。午前中は、済ませておきたいことがあるから」
「あ、ああ……。ありがとう。すまないな、急に押しかけた上に、色々と配慮してもらって」
「構わないわ。あとで紫にあったら、ガツンと言ってやるから。それに、博麗の巫女として、これも私の仕事のようなものだし」
霊夢は立ち上がると、縁側へ歩いて行った。どこかに出かけるのだろうか。
何かを思い出したのか、霊夢が振り返る。
「あ、そうそう。その辺りに荷物を置いて、好きに過ごしていて構わないわ。境内を出ないなら、好きに神社を見て回っていても良いわ。ただし、境内の外や裏山へ行かないこと。身の安全は保証しかねるから。境内は結界内だから、妖獣の類は入ってこないわ」
霊夢は言い終わると、どこかへ歩き去った。
俺と優は、居間に取り残される。
「……なあ、優」
「何?」
「なんか、とんでもない所に来ちまったって感じだな」
「何を今さら、じゃない? 紫さんの誘いに乗った時点で、まともなことにならないって気はしなかったの?」
「いや、していたけどさ……。俺の中の妖怪のイメージって、こう、悪戯好きで実害の無いイメージだったからさ。しかも、実際に見た妖怪って、紫さんじゃないか。人の姿だぞ。いまひとつ、妖怪が危険な存在に思えなかったからさ」
まさか『野宿したら襲われて死ぬ』と言われると思わなかった。
「オレもちょっと意外だったね。まあ、猪や狼、熊が出没する場所と思えば……分からなくもないんじゃない?」
「あ、なるほどな。野山に獣がいると思えば、妙に納得できるな」
熊や狼が出る山で野宿したら、確かに危険だ。食い殺されても、なんら不思議ではない。
「ひとまず、霊夢の用事とやらが終わるまで、のんびりさせて貰うとしようよ。畳に障子に木造家屋。こんな由緒正しい日本家屋で過ごせるなんて、めったにないよ」
優はリュックサックを部屋の隅に置くと、畳の上に寝っ転がった。
「まあ……そうだな」
俺は同意しつつ、先行きのことで不安を抱く。
ここまで無計画なことになるとは思わなかったが、どうにかなってくれるだろうか。
……なんだかんだ、紫さんは、どこかで見ているだろう。霊夢の言う通り、本当に困った状態になったら、きっと助け船を出してくるに違いない。
「ひとまず、のんびりさせてもらうとするか」
俺も自分のリュックサックを部屋の隅に置くと、のんびりくつろぐことにした。