東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第9話 霊夢なら素手で頭がい骨を陥没させられる

 

「そうと決まったら、早速 聞き込みしましょう。すみませーん、ちょっといいかしらー」

 

 霊夢は茶屋に向かって呼び掛ける。すぐに「はーい」という声が返って来て、店内から茶屋娘が出てきた。

 

「ちょっと尋ねたいことがあるのだけれど、この辺りで寺子屋を開いている場所、知っているかしら」

 

「寺子屋ですか? えっと……生徒募集の貼り紙でしたら、見かけたことはありますね」

 

「その貼り紙、どこで見かけたの?」

 

「稗田家の門前です」

 

「ああ、あの稗田の……。分かったわ、ありがとう。仕事中に、ごめんなさいね」

 

「滅相もない。お役に立てたようで、何よりです」

 

 茶屋娘は、再び店内へと戻って行った。

 

 霊夢は残ったお茶を飲み終えると、すくっと立ち上がる。

 

「というわけだから、稗田家に行くわよ」

 

「あー、霊夢。先に行っていてくれ。私は団子を食べ終わったら、後から追いかけるぜ」

 

 魔理沙はそう言って、団子に噛りついた。

 

「のんびりしていてもいいわよ。急ぎの用事でも無いし。……さあ、颯、優、稗田家に行きましょう」

 

「分かった。道案内を頼む」

 

 俺と優は、霊夢に並ぶようにして、元来た道を歩き始める。

 

「これから向かう稗田家というのは、ここから近いのか?}

 

「近いわ。川沿いにある、大きな屋敷なの。たぶん、人里で最も大きな屋敷ね」

 

 人里で、最も大きな屋敷か。由緒正しい名家か、もしくは商売で成功した商家だろうか。

 

 俺たちは途中の橋を渡って対岸に移ると、さらに川沿いに進んでいく。

 

 5分ほど歩いていると、長い外壁が続いている建物が見え始めた。ここから見た限りでも、外壁の長さは、100メートルを優に超えている。

 

「この外壁を含む敷地が稗田家よ。門は……もう少し先の方ね」

 

「確かに、かなり大きい屋敷みたいだな。どんな家柄なんだ、稗田家って」

 

「えっとね……。色々と手広くやっているのでしょうけれど、代表的な仕事は、幻想郷縁起の作成ね」

 

「幻想郷縁起?」

 

「簡単に言えば、幻想郷に関する記録書ね。どんな英雄がいるのか、どんな妖怪がいるのか、幻想郷にどこに何があるのか、どんな異変が起きたのか……そういったことをまとめているの」

 

 日本で言うところの、中央省庁が発行する白書みたいなものか。

 

「ということは、人里の行政に関する一族ってことか。そりゃ、こんな立派な屋敷も建てられるわけか」

 

「そうね。それに、色々な妖怪の支援も受けている。もちろん、紫も含めて」

 

 妖怪から……支援? 

 

「稗田家って、人間の一族じゃないのか?」

 

「いえ、人間の一族よ。妖怪から支援を受けているっていうのは、幻想郷縁起を編纂しているからよ。幻想郷縁起は、人間のためだけでなく、妖怪のためにも編纂されているの。幻想郷の歴史書のようなものだから」

 

 なるほど。幻想郷縁起は、妖怪にとっても重要な記録物ということなのか。

 

 会話を続けていると、まもなく門前に到着した。見れば、門にいくつかの掲示物が貼られている。

 

「……ああ、これのことじゃないの?」

 

 霊夢は、掲示物の中にある、1枚の貼り紙を指差した。その貼り紙には『稗田寺子屋 新規生徒募集中 読み書き、算盤、歴史、地理、習字、その他』と記載されている。

 

「そうみたいだな。読み書きに算盤か……」

 

 寺子屋の教科を見る限りでは、講師として勤められそうな科目は、読み書きくらいか。誰かに教えられるほど算盤や習字を学んだことはないし、幻想郷の歴史や地理なんて分からない。

 

 優も貼り紙の内容を見て、都合が悪そうに唸る。

 

「うーん……。この『新規生徒募集中』という部分が気になるね。講師の人手が足りているってことなのかもしれない。実際に話を聞いてみないと、なんとも言えないけれど」

 

「言われてみれば、そうかもな……。まあ、行くだけ行ってみようぜ。えっと、寺子屋の場所は……」

 

 貼り紙の下部に、簡易の地図が描かれている。稗田家の屋敷を現在地として、左下の方に寺子屋は描かれていた。どうやら、このまま川に沿うようにして歩いて行けば、寺子屋へ たどり着けそうだ。

 

「川沿いに歩いて行けば、見つかりそうだな」

 

「そうみたいね。行ってみましょう」

 

 俺たちは稗田家の門前から離れ、寺子屋があると思わしき方向へ歩き始める。

 

「……それにしても、不便だよな」

 

「何が?」

 

 俺の呟きに優が反応した。

 

「空を飛べないことだよ。生身で空を飛べる方が不自然なことは分かっているけれど、ああも目の前で霊夢や魔理沙が空を飛ぶ光景を見せられると、どうもな……。空が飛べれば、寺子屋まであっという間じゃないか」

 

「あー、分かる分かる。便利だよね。魔理沙の箒に乗せてもらっていた時なんか、途中にある森なんて軽々と飛び越えていったもんね」

 

「だよな。……そう言えば、霊夢はなんで空を飛べるんだ? 魔理沙が魔法で飛べるっているのは、まあ魔女っぽいから納得できるけれど。神通力みたいな超能力とは違うんだっけ?」

 

 俺が霊夢の方を見ると、霊夢はあご先に手を添えて思案顔になる。

 

「そうねぇ……。人里に来る前にも言ったけれど、能力なのよ。程度の能力。神通力みたいに、何か修行して身に付くものとは、ちょっと違うのよね」

 

「じゃあ、超能力みたいなものか? 念力で物を動かしたり、発火させたり」

 

「起こる結果は同じかもしれないけれど、なんと言うか……能力の意味合いというか、力の源泉が違うのよ。説明が難しいのだけれど、自然現象と言うか……それがそうだからそう、みたいな感じかしら」

 

 霊夢の発言を受けて、俺は紫さんとスキマの中で話したことを思い出した。

 

 紫さんもまた、霊夢と似たような言い回しを使っていた。

 

「……と言うことは、霊夢の空を飛べる能力っていうのは、紫さんがスキマを使えるのと似たような感じなのか? 理屈は分からないけれど、気付いたら使えるようになっていた……という感じで」

 

「あ、それ! そんな感じ。いつからか憶えていないけれど、こういう能力があるって自覚したのよ。魔理沙が魔法を使える能力を持っているのと同じね」

 

「魔法の適性って意味か?」

 

「ううん、違う。えっとね……。幻想郷には、能力を持っている者と持っていない者がいるの。能力を持っていない者っていうのは、たとえば人里の普通の人だったり、あとは格の低い妖怪とかだったり。だから、幻想郷に住んでいる者は、大半が能力無しと言えるわ」

 

「ふ~ん……。それで、能力を持っている者というのは?」

 

「一言で表現するなら、そうね……強い奴?」

 

「強い奴?」

 

 これはまた、ざっくりした表現だ。

 

「もしくは、変わった奴かしら。でも、本当にそうなの。強い妖怪は、大抵は何か能力を持ってる。その者にしか扱えない能力。紫がスキマを使えるようにね」

 

 なるほど。確かに、紫さんの態度や身にまとう雰囲気は、強者のそれだ。

 

「あとは、人間でも並み外れた力を持っている者は、能力持ちになるわね。とびっきりの変人なんかも、能力持ちになる。元からそういう人だから能力持ちになるのか、能力持ちだから そうなるのか……それは分からないけれど」

 

 その論に従うなら、霊夢や魔理沙もまた、何かしら並はずれた力を持っているということになる。

 

 もしくは、飛びっきりの変人か。……まあ、巫女や魔女という時点で、変人と言えば変人だけれど。

 

「興味深いな……。外の世界でも、真偽は別として、超能力者の話は聞くけどな。ただまあ、幻想郷の能力者は、そういった超能力者とは、確かに何かが違う気がする。なんか、こう……幻想郷だから目覚めた……みたいな感じだな」

 

「外の世界の事情は知らないけれど……能力の発現について詳しく知りたいなら、紫に訊きなさい。紫なら、どういう理屈で能力が目覚めるのか、きっと説明してくれるはずよ。……無駄に頭は良いから」

 

 最後だけ、霊夢は苦々しい口調で呟いた。きっと、紫さんとの会話で翻弄されているのだろう。

 

「……分かった。機会があったら、紫さんに尋ねてみるよ」

 

 それにしても、能力者か。なんとも面白い話だ。とっくに中学生は卒業しているが、年頃の男として、そういった特殊能力にはワクワクしてしまう。何かの偶然で、俺も能力者になれるかもしれない……そんな期待感に胸が躍る。

 

 どうせ能力を持てるのだったら、どんな能力がいいだろうか。霊夢のように、空を飛べる能力は便利そうだ。紫さんのように、本質がよく分からないが色々と出来る能力というのも、何やらロマンを感じる。

 

「なあ、優。もしも能力に目覚めるんだったら、優だったら どんな能力が欲しいんだ?」

 

 同じ年頃の男として、きっとこの話題には食いつくに違いない。優のことだ。俺の予想を超えるような訳の分からない能力を欲しがるだろう。

 

「……ん? ああ、えっと……何か言った?」

 

 俺の期待に反して、優は話を聞いていなかったようだ。なにやら、考え事に耽っていたようだ。

 

「聞いてなかったのか。霊夢が言っていた能力だよ、能力。優だったら、どんな能力がいい?」

 

「うーん、そうだねぇ……。正直なところ、なんでもいいかな。あるならあるで良いし、無いなら無いで、それもまた良いかな」

 

 優は答えるには答えたが、なんとも要領を得ない話だ。面白いことには目が無い奴だから、期待外れと言うよりは、肩透かしを食らった気分になる。

 

 それに、さっきの質問を聞いていなかったことを含めて、どうも上の空のような印象を感じる。何を考えているのだろうか。

 

「何か気になることでもあるのか?」

 

「気になることと言えば……まあ、気になることかな」

 

 優はそう言って、ちらっと霊夢の方に視線を向けるが、すぐに視線を外した。

 

 気になることとは、霊夢に関することなのだろうか?

 

 ――――ふと、紫さんと魔理沙のやり取りが脳裏をよぎる。

 

 ……おや? おやおや? 

 

 これは、普段から俺を弄り倒してくる優に対して、仕返しするための好機ではないか?

 

 颯さん、キュピーンと閃いちゃったぞっ!

 

「そうか……。優は、霊夢のことが気になるのか。なるほど、そういうことか。そう言えば、魔理沙から聞いたのだけれど、人里へ向かう途中で、優は霊夢と手を繋いでいたそうじゃないか。箒に乗る補助ということらしいが、まあ、名目はなんだっていい。大切なことは、何が起きたのかという事実だ」

 

「……何が言いたいわけ?」

 

 優に言ったつもりだったが、なぜか霊夢の方が強く反応してきた。それに対して、優はこれと言って顔色が変わらない。むしろ「何をいってんだ、こいつ」と言いたそうな感すら受ける。

 

 予想とは違う展開だが――良しとしよう。まだ序の口。本題は、これからだ。

 

「まあ、霊夢も考えてみろよ。考え合わせてみろよ。普通、初めて会った相手――それも異性の相手に対して、手を繋いでくれなんて、なかなか言えるもんじゃないぞ?」

 

「……補助の提案をしてきたのって、霊夢からだったよね」

 

 優が不思議そうな面持ちで霊夢に尋ねると、霊夢は「そうね」と肯定した。

 

 ……おや? 想像していた状況と違うぞ。てっきり、優からお願いしたのだと思っていたのだけれど。

 

 ま、まあ……許容範囲内だ。これから切り出す話の大筋は変わらない。

 

「そうか、霊夢から提案したのか。まあ、それ自体は、ささいな問題だ。優と霊夢は、仲良く手を繋いだわけだ。しかも、人里に着いてからは、俺と魔理沙の到着を待たずに、2人で行動した。しかも、茶屋の前で仲睦まじく休憩していた」

 

「そりゃ、オレは霊夢のあとを付いていくしかないからね。人里の地理なんて、さっぱり分からないし。勝手に行動して迷子にでもなったら、面倒だもん」

 

 優が霊夢の方に視線を向けると、霊夢は「その通りね」と肯定した。

 

 ……おや? おやおやおや?

 

 あれ……なんだろう、この状況。当初に想定していたものから、大幅にズレてきてしまっている。ズレるというか、路線変更に近い。

 

「……で、颯。あんた、何が言いたいわけ? 男なんだったら、ハッキリと言いなさいよ」

 

 要領を得ない話の展開に業を煮やしたのか、霊夢が苛立たしそうに睨みつけてくる。

 

 やばい、どうしよう……。この話の流れは、まずい。非常によろしくない。

 

「……ああ、そういうことか。なるほどね」

 

 俺が返答に窮していると、優は腑に落ちたと言わんばかりの態度を見せた。

 

「優、どういうこと? 颯のやつ、何が言いたいわけ?」

 

「そうだね……オレが代弁するとしよう。いいかい、霊夢。颯はね――霊夢に、こう言いたいんだよ」

 

 優は いったん 勿体ぶった後に、話を続ける。

 

「今日、初めて会ったオレに対して、手を繋ごうと提案したり、颯と魔理沙を待たずに人里に入って、自然と2人きりの状態になるように仕掛けたり――茶屋に訪れて一緒に団子を食べる。これら一連の行動は、すべて――霊夢がオレに気があるからなんじゃないか、と。距離を縮めるためなんじゃないか、と。颯はね、そう言いたいんだよ。霊夢を弄って遊ぶために。……でしょ、颯?」

 

 優は俺の方を見て、ニコニコと笑みを浮かべる。それはもう――青葉の香りを運ぶ初夏の風のような、爽やかさ満点の笑みだ。

 

 ぴたり。優の言葉を聞き終わるが早いか、霊夢は歩みを止めた。

 

「……へぇ。ああ、そう。そういうこと。あの長い前振りは、それを言うためってわけね。回りくどい――まるで紫のような言い回しだわ」

 

 ゆるりとした動作で、霊夢は両手を胸の前に持ち上げた。片手に拳をつけて拱手(こうしゅ)の構えを取る――否、拳を手で包みこみ、ゴキリゴキリと小気味よく関節を鳴らし始めた。

 

「れ、霊夢さん……?」

 

「まあ、私にも少なからず非はあるでしょう。箒の補助の件は親切心にしても、あんたを待たずに茶屋に向かったことは、私の独断。それについては、素直に認めましょう――認めてあげましょう」

 

 一歩、霊夢が踏み出す。二歩、三歩と足を運ぶ。大地を踏みしめるが如く、緩慢な動きで――しかし着実に俺との距離を詰めてくる。

 

「けれど……痛くも無い腹を探られるような邪推は、聞いていて不愉快だわ。ましてや、他人の色恋を種にして嘲弄を企てるなんて――悪趣味が過ぎるんじゃない?」

 

 霊夢さん、それは紫さんに言ってあげて!

 

 俺ではなく、紫さんにこそ、霊夢様のありがたき至言をお説きになって!

 

「い……いや、違うんだ! 違うんです! 俺はただ、優が霊夢を気にしているような素振りを見せたから、これは優をからかう絶好の機会だと考えたわけでして! 霊夢さんを愚弄しようなどとは、露とも、()の毛ほども存じていません!」

 

「名目はなんだっていいわ。だって、大切なことは――何が起きたのかという事実だもの。そうでしょう?」

 

 先の発言の揚げ足を取られてしまった。ぐうの音も出やしない。

 

 く……くそっ! とにかく、ど、どこかへ逃げなければ!

 

 このままでは――霊夢に命を取られる!

 

「三十六計逃げるに如かず!」

 

 俺は踵を返して逃走を図るが――直後に不可視の何かと衝突した。

 

「いってぇ……!」

 

 俺はぶつけた鼻を押さえつつ、前方を見遣る。何やら、景色が普段よりも不明瞭に見える。まるで、曇りガラス越しに景色を眺めているような気分だ。

 

 前方に手を差し出してみる。すると、強化ガラスのような『叩けば響くが堅い』感触が返って来た。何が起きているか分からないが、前方に障害物があることは間違いない。

 

 それならば、側面から逃れるまでだ!

 

 俺は右から回り込むつもりで動いたが――すぐに強化ガラスのような何かに衝突した。どうやら、右側面にも障害物が存在するらしい。ならば、左なら――と思ったが、やはり左側面にも障害物が存在した。

 

 まるで、俺の前方と左右に立ちはだかるように――霊夢から逃げ場を塞ぐように、謎の障害物が存在した。

 

 ――――ジャリッ。地面を踏みしめる音が間近に聞こえる。

 

「あら、逃げようだなんて――いい度胸じゃない。反省していない証拠ね」

 

 恐怖心に駆られて振り向けば、目と鼻の先に霊夢が迫っていた

 

 全身から不満と憤懣(ふんまん)の気配を漂わせ、暴力によって事を進めようとする姿は、さながら鬼のよう。

 

 博麗霊夢――その正体は鬼であったか。

 

「逃げようとしても無駄よ。あんたと私の回り、結界で囲っているもの」

 

 結界だと? この鬼巫女、結界を張ることが出来るのか?

 

 周りを見渡してみると、上と下に4個ずつ、太極図を模したような白黒の玉が設置されてることに気付いた。もしや、これが結界を作り出している核だろうか。

 

 白黒の玉は、俺と霊夢を囲むような細長い直方形の頂点に位置している。それが意味することは――すでに全方位の逃げ場が塞がれているということだ。

 

 ここから脱出するためには、目の前の霊夢――鬼巫女を倒すより他に手立ては無い。

 

「さて……覚悟は出来てんでしょうね」

 

 攻撃に打って出るつもりなのか、霊夢は腰を落とした。左の拳を後ろへ引き絞る。体重の乗った正拳を突き出すつもりなのだろう。

 

 年相応の背丈の霊夢が身を低くしたことで、よりいっそう小さく見えた。

 

 ――――そうだ。そうじゃないか。俺は霊夢の怒気に威圧されるあまり、本質を見失っていた。

 

「……ふふ」

 

「……なんで笑ってんのよ」

 

 俺が浮かべた笑みを見て、霊夢は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「衝撃の展開が続いて忘れていたがな……気付いたんだよ。俺は霊夢を恐れる必要は無いって」

 

「どういう意味よ」

 

「そもそも、俺は男で、霊夢は女だ。それに、体格差は歴然。常識的に考えて、俺が力比べで負けるはずがない。しかも」

 

「しかも?」

 

「霊夢自ら、移動できる範囲を狭めたわけだ。すばしっこく立ち回られたら厄介だが、結界によって側面には空間的な余裕は無い。霊夢は結界によって俺を閉じ込めたなんて言ったが、その実――閉じ込められているのは霊夢の方というわけだ」

 

「へぇ……なかなかに面白いことを言うじゃない」

 

「ああ、俺は本質を見誤っていたよ。この状況は、俺にとって不利じゃない。むしろ、有利な状況だ。霊夢と正面から闘ってこそ、俺の活路は開かれる!」

 

 霊夢と同じように、俺も腰を落として臨戦態勢を取った。

 

 さすがに少女に拳を振るうことは出来ないけれど、1度でも組み付いてしまえば、体重差でゴリ押しが効く。寝技の心得は無いけれど、羽交い絞めにすれば行動は充分に封じられる。

 

 ……と言うか、なんだこの状況は。

 

 俺たち、寺子屋に向かっていたのではなかったのか?

 

「いい度胸だわ。私に正面から立ち向かうことを決めた勇気は、素直に褒めてあげるわよ」

 

 霊夢は飄々として答える。自分が不利な状況に置かれているなどと、微塵も考えていない様子だ。

 

 霊夢のあの余裕――何か裏があるに違いない。結界に続いて、まだとんでも能力を隠し持っている可能性がある。

 

 ここは、正面から受け止めるのではなく、いったん攻撃をいなして、側面または背面から捕縛に掛かるのが得策か。

 

「でもね、颯。1つだけ、とても大切なことを忘れているわよ」

 

 そう言うと、霊夢はグッと体勢を前のめりに傾ける。

 

 次の瞬間には、こちらに突っ込んでくる。そう確信した俺は、側面回避に備えて、右足に体重を掛けた。

 

 ――不意に、全身を恐怖が駆け巡った。なぜか分からない。しかし、俺の生存本能と呼べる何かが、けたたましい警告音を鳴り響かせて、赤色灯を点滅させる。

 

「私が――博麗の巫女だってことよ!」

 

 怒色一声、霊夢は地面を蹴って跳び出した。

 

 俺は生存本能らしき声に従い、俺から見て霊夢の右脇へ転がるように跳び込んだ。

 

 俺の頭上を霊夢の左腕が通り過ぎ、追って巫女服の袖が頭部に接触した。

 

 回避に成功した――そう思った直後、結界全体を揺るがすほどの大音響が轟いた。さらには、ガラスが粉々に砕け散るような破砕音まで炸裂する。

 

 俺は体勢を整えて背後を振り向き――何が起きたのか理解した。

 

 霊夢の突き出した拳――その先の光景は、いつも通りに鮮明に見えた。さながら、結界が消失したように。

 

 ……いや、事実として、結界は消失していた。霊夢の拳の撃によって、砕け散ったのだ。

 

 俺は眼前で起きた出来事に目を疑っていた。そうこうしているうちに、前方の景色が元通りに――曇りガラスを通したかのように見えづらくなる。恐らく、結界が再構成されたのだろう。

 

「なによ、大見得を切っておいて、避けるんじゃないわよ。男の癖に情けない」

 

 霊夢は何事も無かったように振り向くと、呆れた口調で言った。

 

「……いや」

 

 いやいやいやいや! なんだ……なんだ、この巫女! あの強化ガラスみたいな質感だった結界を――純粋な腕力で破壊したぞ!?

 

「霊夢、お前……実は妖怪だったのか?」

 

「はあ? 馬鹿なことを言ってんじゃないわよ。正真正銘、人間に決まってんでしょ」

 

 お前こそ、馬鹿なことを言ってんじゃねえよ。お前が人間だったら、俺はなんだ? ハムスターか?

 

「お前のような人間がいてたまるか! なんだ、さっきの音は! 轟音は! 結界が壊れたぞ!? どういう怪力してんだ、お前は!」

 

「あんたねぇ……こちとら、博麗の巫女よ? 人間よりも遥かに身体能力の優れた妖怪を相手にして、妖怪退治を生業にしているのよ? 霊力で体を強化できるなんて、当たり前じゃない」

 

「俺は生身の人間だぞ!? あんなもんを食らったら、体が砕け散るわ!」

 

「筋肉と脂肪で出来た生身を侮っちゃ駄目よ。動けない結界と違って、ちゃんと衝撃を分散してくれるのよ。砕け散るなんて、そんな大層な……。もだえ苦しませるのが関の山。出来ても、骨にヒビを入れられるくらいよ」

 

 つまり、筋肉や脂肪の薄い頭部を殴れば、頭がい骨を陥没させるくらいは可能ってことですか? 素手で?

 

 お前は熊か何かかよ。

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