東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
「さて……今度は避けるんじゃないわよ。男なら男らしく、戦場の花と散りなさい」
俺、なんで死刑宣告されてんの? 人里は、いつから戦場になったの?
「待て待て待て! 降参だ、白旗を振る! 俺が悪かった! 謝る! 平に謝るから!」
「大和男児って言葉、知ってる? 勝てないと知っても、心勇んで挑むところに、男の花があるんじゃない。ほら、花を持たせてあげるわ。かかってらっしゃい」
「大和撫子って言葉、知ってる!?」
「知っているわよ。男を立てることを優先する、健気でお淑やかな美しき女性のことでしょう? だから、こうやって気を利かせて、花を持たせてあげているんじゃない。ほら、かかってらっしゃい」
もう駄目だ。この巫女、論理ですら武装してやがる。
た……闘うしか……戦うしか道は残されていないと言うのか……!
逃げられないし、許してもらえない以上、戦うしかない。しかし、正面から挑んだところで、あの霊夢もとい鬼巫女もとい熊に勝てるわけがない。
どうにかして、どうにかして――戦わずに勝つ方法は存在しないのだろうか。
「…………あっ」
死に瀕する状況に置かれたせいか、俺の脳裏に一閃、輝かしき妙案が映った。
死地に活路を開く。
そ、そうか……! 前振りだ! 今のこの状況ですら、布石として扱ってしまえばいいのだ!
「……すまんな、霊夢。正直に告白するよ」
俺は不敵な笑みを浮かべると、乱れた前髪を掻き上げた。
「……どういうこと?」
霊夢が聞き返してくるが、俺はそれを無視して、一歩……また一歩と霊夢へ歩み寄る。
「答えなさい!」
霊夢が声を張り上げるが、俺は なおも無言の前進を続ける。
はじめのうちは、霊夢は訝しむような顔つきだったが――俺が笑みを浮かべて無防備に近づく様子を不気味に感じ始めたのか、ジリジリと後ずさり始めた。けれど、間も無く霊夢の動きが止まる。そもそも、霊夢のすぐ後ろに結界があったからだ。
「くっ……止まりなさい! 止まりなさいって言っているでしょう!」
霊夢は焦りを感じたのか――身の危険を感じたのか、懐から ひとつかみの札を取り出した。指先をずらすことで、札を扇状に広げてみせる。
札の表面には、何やら難しい漢字が書きこまれている。恐らく、霊力の込められている護符か何かだろう。
しかし、そんな物などを見せられても、俺は微動だにしない。そもそも、それがどれほどの脅威なのか分からないし、死地に見出した活路――霊夢に戦わずして勝つ方法しか頭にないからだ。
ついには、霊夢と体1つ分の空間を置く距離まで詰め寄った。完全に霊夢を見下ろす形となる。
当の霊夢は、表情を強張らせながら、こちらを見上げている。拳撃でも護符でも、攻撃しようと思えば出来るだろうに、なぜか身を委縮させていた。
至近まで男に近寄られる――その状況に慣れていないのかもしれない。
「なあ、霊夢」
「……な、何よ」
探るような口調の霊夢に対して、俺は手を突き出した。霊夢の顔の横だ。
ドンッ! 手が結界に当たり、鈍い音を立てた。
当惑に目を見開いた霊夢をよそに、彼女の顔の横に向けて、もう片方の手も突き出す。こちらの手も結界に当たり、鈍い音を立てた。
「俺さ、本当のことを言うよ」
「だ、だから、なんなのよ……!」
「俺さ――優に嫉妬していたんだ」
「…………え?」
「優に嫉妬していたんだよ。……いや、こう言った方が分かりやすいな。俺はな――霊夢に一目惚れしていたんだ」
霊夢は口を開けて、ポカンとした面持ちだ。しかし、次第に発言の意味に理解が追いついてきたのか、徐々に挙動不審になり始める。
「いや、あんた、き、急に何を……?」
「伝わらなかったか? もう1回、言うぞ。俺は霊夢に一目惚れしたんだ。霊夢が可愛いから――一目惚れしていたんだ」
「い、いや、だ、だから……え、え……?」
繰り返される言葉に、霊夢は困惑を深めていく。それに比例して、彼女の頬に差す朱の色が濃くなる。
「だから、優に嫉妬したんだ。俺だって霊夢と手を繋ぎたいし、2人っきりでいたかったのに……優に先を越されたから。別に優が狙ってやったことじゃないと分かっていたけれど、でも、悔しかったんだ。……俺は霊夢のことが好きだから」
「――――ッ!」
羞恥のあまり、今の状況に耐えきれなくなった霊夢は逃げ出そうとするが――すぐさま移動方向に手を突き出すことで、動きを制する。彼女の動きが止まったら、すかさずに両腋の下に手を突き出すことで、左右方向の移動を封じる。
「ちょ、い、いや……は、颯、は、離れ……離れ……き、き、距離が……!」
自由な動きを封じられたことで、霊夢は恐慌に近い状態になった。結界を消せば後ろへ逃れられるというのに、それすらも考えが回らなくなっている様子だ。
「俺、霊夢に鎌をかけていたんだ。優のことが好きなんじゃないかって、気になってな。気分を悪くしたようだったら、素直に謝る。でも……そうせざるを得なくなったほど、霊夢のことが好きで仕方なかったんだ。我が儘かも知れないが、その気持ちだけは、理解して欲しいんだ」
「わ、分かったから! 颯が、わ、悪気が無かったことは理解したから! と、とにかく、いったん、はな、離れなさいって……!」
「それで、霊夢はどうなんだ?」
「……な、何が……?」
「言っただろう? 霊夢がすごく可愛かったから、一目惚れしたんだ。本当に、好きで好きでたまらないんだ。心の底から愛しいと思っている。出来れば、霊夢と交際したい。……だから、霊夢の気持ちを知りたい。霊夢が俺のことを好きなのか、教えてほしい」
「――――ッ! ――――ッ!」
霊夢は声にならない悲鳴を上げた。瞳孔は拡大して、黒目がちになっている。顔を背けられ、やり場のない視線は定まることを知らない。突然の展開もさることながら、感情が荒れた海のように暴れ狂って、脳が情報を処理しきれなくなっているのだろう。
……さて、ここで、ネタバラシしよう。
俺が死地に見出した活路――それは『俺は霊夢に一目惚れしていて、優に嫉妬した』という体裁を整えることで、霊夢の怒りを有耶無耶にしてしまうという作戦だ。
誰しも、他人から好かれていると分かったら、嫌な気分はしないものだ。尻尾を振ってなついてくる小動物を邪険に扱う者はいない。まあ、女性の場合は、男性から言い寄られたら恐怖心を抱くだろうけれど――そこは勢いと歯の浮くような言葉で無理押しする。
単純に言葉を重なるよりも、目に見えた何かを使えば、相手に気持ちは伝わりやすくなる。そこで、自分の男友達に嫉妬するほど好意を抱いているという体裁を繕うことで、好意の強さを明確に伝える方法として利用した。さらに、霊夢に対する嘲弄の扱いとなってしまった一連の会話の正当化も図る。
嘘とは言え、霊夢に好意の言葉を伝えて、男女交際を申し込んで――その後に何が起きるかは予想していない。しかし、そんなことはどうでもいい。大切なのは、今を生き抜くことだ。
あんな危険な拳撃を食らわされるくらいだったら、今の選択肢を選んだ方が千倍はマシだ。いくらでも道化を演じてやろう。
「……なあ、霊夢。聞こえているんだろう? 俺は、霊夢のことが好きだ。大好きなんだ」
「…………」
もはや、霊夢は声を出すことすら放棄していた。可能な限り顔を背けて、俺を視界に映さない魂胆のようだ。
冷静さを取り戻されても困る――さらに追い打ちを掛けておくか。
「初めて見た時、霊夢の髪の毛、すごく綺麗だった。深みと艶やかさが両立していて、まるで烏の濡れ羽色のように。髪質は真っ直ぐのサラサラで、絹糸のように思えた。髪だけじゃない。目はパッチリと大きくて、若々しい生気に満ちあふれている。黒目は吸いこまれるように美しかった。声は、鈴を転がすように、とても耳に心地よかった。いつまでも、隣で聞いていたいくらいだ。ぷっくりと潤んだ唇は、思わず見とれてしまうほどに肉感的に感じた。霊夢の全てが完全、完璧で――まるで女神に出逢ったような衝撃を受けたんだ。それこそ、雷に撃たれたと錯覚するほどに」
自分で言っておいてなんだが……よくもまあ色々な表現が次々と出てくるものだ。自分の頭のどこに、これらの語彙が収まっていたのか、不思議で仕方ない。烏の濡れ羽色なんて言葉、どこで知ったのだろう。まったく憶えが無いぞ。
まあ、あれですよ。人間、命が懸かるような危機に陥ったら、なんでも出来るってことですね。
あれこれと歯の浮くような――あとで自分が悶死すること間違いなしの言葉を重ねているわけであるが、霊夢は沈黙を続けている。それどころか、目を固く瞑ってすらいた。しかし、呼吸は荒い。未だに動揺している証拠だ。
ほう……強情だな。口と目を塞いで、ひたすら平静を取り戻すことに努めているわけか。
しかし、俺は1つの事実に勘づいている――この巫女は男性免疫がほとんど無い! 押せば押すほど、この巫女は崩れていく!
……まあ、あんな僻地の神社で暮らしていたら、男性と親しく接する機会は少なくて当然か。
霊夢は、確かに戦闘行為には慣れているのだろう。妖怪退治屋として、男の妖怪も数多く屠って来たのだろう。しかし、俺は戦闘の意思を放棄して、無防備に近寄った。戦闘という雰囲気を崩し去った。それにより、奇しくも霊夢とって『未知と未経験の状況』に追い込めたのだ。
この好機を逃す手は――ない!
俺は左半身を霊夢に近づけると、左腕を彼女の背中から左肩の方へ回した。つまり、お互いの半身を密着させた。
突然の身体接触。しかも、半身の密着。この行動に霊夢は驚愕したようで、反対側へ必死に逃げ出そうとした。
しかし、そうはさせない。左手で霊夢の左腋下に回して、空いた右手を霊夢の顔の横に回す。半身を密着させる形で、改めて霊夢の動きを封じた。
もはや、霊夢の理性は限界を迎え始めたようだ。頬は真っ赤に染まり上がり、耳まで朱が兆している。体は火照るように熱く、彼女の露出している首周りや肩周りから熱気が上がっている。額には、ほんのりと汗がにじんでいた。どことなく、扇情的な雰囲気すら漂っている。
……あれ、霊夢って可愛くね? まあ、もともと顔立ちは整っている方だと思っていたけれど……なんだか霊夢が急に可愛く見え始めてきた。
なんでだろう。おかしい。どういう気の迷いか。たぶん、気のせいだろう。俺のパーソナルスペースに霊夢がいることで、認知不協和が起きているだけだ。そうに違いない。
そんなことよりも、霊夢の口を割らせなければいけない。言わせる言葉は、「はい」でも「いいえ」でも、なんでも良いのだ。いったん話に結論がつけば、当初の目的は完遂する。
否定されれば、さも残念そうに引き下がって、それで終わり。肯定されれば……肯定されれば……その時はその時だ。優先すべきは、今の身の安全た。後のことは知らん。
「なあ、霊夢。霊夢の気持ちを聞かせてくれ。俺は霊夢のことを愛している。このまま、霊夢の体を抱き締めたいくらいなんだ」
霊夢の体がビクッと震えた。何を意味する震えか分からないけれど、効果があることは間違いなさそうだ。
少しの間だけ霊夢の様子を観察したが、やはり黙して語らず。相も変わらずに顔をそらしている。
心が逃げる余地を生んでいるとしたら――それだろうか。
俺は半身の密着を解除して、霊夢の体の真正面に回り込んだ。右足を霊夢の左側に突き出して、足を使って逃げ場を防いでおく。
そして――右手を霊夢の左頬に添えて、無理やり正面に顔を向けさせた。
自分の顔に触れられたことで、霊夢は咄嗟に目を開いた。必然的に、俺と視線が交差する。
「あっ……」
霊夢の口から、呆けた声が漏れた。声というよりは、吐息に近い。
霊夢の目は、微かな水気に潤んでいた。涙ではなく、熱情から起きる生理的な潤みだ。
今度は、霊夢は顔をそらさなかった。視線がさまようこともない。何かに意識を奪われたように、まっすぐ俺の目を見つめている。
畳みかけるなら、今が好機――!
「何度でも言うぞ。俺は霊夢のことが好きだ。愛おしくて たまらない。だから、霊夢の答えが聞きたいんだ。端的な答えでいい。『はい』か『いいえ』だけでもいい。一言、霊夢の気持ちを教えてくれ。霊夢の気持ちは――俺と一緒なのか?」
問いかけには、すぐに返事は来なかった。
それどころか、まるで霊夢は機能停止したかのように、身じろぎ1つしなかった。
「…………………………ぁ」
長い沈黙を挟んで、ようやく霊夢から反応を示した。
「ぁ…………ゎ…………」
しかし、様子がおかしい。
「ぁゎ…………ぅ……ぁ……」
呻くような声は明確な言葉とならない。
「ぁ…………ぁぁ……ぅ……!」
開かれた目は、よりいっそう大きく見開かれる。
「……ぅ……ぁ……ぁぁ…………!」
霊夢の体が細かく震え始めた。
そして――――
「…………ぅ……ぅ……うわぁぁぁぁぁぁあああああ!」
霊夢が悲鳴に近い大声を上げると同時に、俺の右脇腹を強い衝撃が貫いた。狂乱を来した霊夢が左の拳を突き出したからだ。
「ぐふっ!?」
俺の体は、自然と『くの字』に折れた。そこに、霊夢は右の拳を放ってきた。これもまた、腹部狙いの攻撃。俺の左脇腹に、強烈なボディーブローが深々と突き刺さる。拳が腹を貫通したかと錯覚するほどに、鋭く重々しい一撃だ。
俺は立っていることすら出来なくなり、その場に倒れこんだ。腹部の殴打と激痛により、呼吸が上手くできない。
徐々に……意識にモヤが掛かり始めた……。
視界から……どんどん光が……失われていく…………。
なんだ……結局は……こうして……殴られる羽目に…………なるのか…………。
意識を……手放しそうになる直前に……見上げた視界の……端に……霊夢の……姿が……映った…………。
霊……夢の表…………情は……とて……も……と……て……も…………満……………………。