東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第13話 住む場所は内緒です

 

 紫さんはスキマの中に手を差し入れると、湯呑みと急須、小皿を取り出した。小皿には、すでに切り分けられた芋羊羹が乗っている。

 

 紫さんが湯呑みに向けて急須を傾けると、湯気の立ち昇る緑茶が注がれた。

 

 前回の時もそうであったが、スキマの中に、なぜ熱々の緑茶が入った急須や切り分けられた芋羊羹が収納されているのだろう。茶会に備えて、事前に仕込んでいるのだろうか。

 

「さあ、どうぞ」

 

 紫さんが湯呑みと小皿を差し出してくる。

 

「ありがとうございます。……そのスキマ、なんでも入っていそうですね」

 

 まるで、ドラえもんの四次元ポケットのようだ。……いや、とりよせバッグと言うべきか。

 

「なんでもではありませんが、たいていの物は収納していますね。時間の連続性を断ち切れば、鮮度を保てますから」

 

 なるほど。そう言えば、境界を操る程度の能力を使えば、物体の時を停止させられるのだったか。

 

 程度の能力。霊夢や魔理沙にも発現しているそうだが、本当に興味深い。

 

「……さて、それでは、あなたの尋ねたいこととやらをお聞きしましょうか」

 

「そうですね。それじゃあ、まずは……」

 

 尋ねたいことは山ほどあるが、目下の問題から解決しておこう。

 

「俺と優の寝床、どうすればいいでしょうか。幻想郷に滞在するとなると、宿泊できる場所は必要なので」

 

 人里で宿屋を探すという手もあるだろうが、俺と優は、幻想郷については無知に等しい。招待された手前、最低限の宿泊場所は用意されているはずだ。

 

「なるほど。まずは、寝起きする場所について確認しておきたいということですね」

 

「はい」

 

「さて、どうしましょうか」

 

 紫さんはそう言うと、自分の顎に手を添えた。考え込むような仕草ではあるものの、口元には微かな笑みが浮かんでいる。

 

「……ああ、あなたが心配する必要はありません。手配しようと思えば、滞在するための宿や食事など、いくらでも用意できます」

 

 紫さんは淀みなく言い切った。幻想郷における紫さんの立場は詳しく知らないが、自信に裏打ちされた財力や権力の気配を感じ取れた。

 

 正直なところ、すごく頼もしい。

 

「あなたと優の判断を尊重しますが、そもそも人里で労働する必要もありません。当初の目的は、幻想郷を知ってもらうためですから。いわば、観光です」

 

「ああ、まあ……それもそうですね」

 

 俺と優は紫さんに招待されて幻想郷に訪れているわけだから、観光客のようなものだ。おんぶに抱っこはどうかと思って、働き口を探していたわけだが……。

 

「あなたと優の幻想郷の過ごし方については、裁量に委ねるとしましょう。さて、話を戻しまして……当座の宿泊先でしたね。もちろん、候補は定めています」

 

「その候補というのは? やはり、人里のどこかですか」

 

「それでも構いません……が、誤解を恐れずに言うならば、それでは面白くありません」

 

「は、はあ……」

 

 面白くない、ときたか。

 

 紫さんらしいと言えば、紫さんらしい発言ではあるけれど。

 

「逆に、あなたに問いましょう。未知の環境に身を置くうえで、どのような環境に住居を構えれば、娯楽に満ちあふれた経験を得られるでしょうか?」

 

 紫さんは目を細めて、試すような顔つきを浮かべる。

 

 まさか、そんなことを尋ねられるとは、予想だにしなかった。

 

「うーん、そうですね……」

 

 娯楽に満ちあふれた経験を得やすい場所。言い換えれば、変化に富んだ経験を得やすい場所と言うことか。

 

「その論で言えば、やはり人里ではないでしょうか。多くの人で賑わっていますから、多くの人との出会いがあるでしょうし」

 

「なるほど。多様な出会いを娯楽の源と考えますか。……しかし、ここは幻想郷。あなたが元いた世界とは、常識も存在する者も異なります。幻想郷に訪れながら、わざわざ人間の多く住まう場所を選ぶことは、やや興が薄れるとは思えませんか?」

 

「む……」

 

 言われてみれば、たしかに紫さんの言う通りな気がする。ただの観光旅行とは違って、ここは人ならざる存在が住まう非常識の世界。人里に居を構えることは、ありきたりな発想のように感じる。

 

 とは言え……。

 

「でも、だからと言って、野宿するわけにもいかないじゃないですか。幻想郷には、妖怪が存在するそうですし……」

 

「ええ、その通りです。幻想郷で野宿すれば、妖怪や獣の襲撃を受けることは必然と言えます。常人であれば、もっての外」

 

「そうですよね。だから……人里くらいしか住む場所はないのでは?」

 

「いえ、ありますよ、人が住むには安全で、かつ人ならざる者と触れ合う機会が多く、非常の経験を積みやすい場所が」

 

「それは……どこですか?」

 

「内緒です」

 

 紫さんはそう言うと、自分の口の前で人差し指を立てた。

 

「内緒って……」

 

 俺は返事に窮して、片手で頭を抱えた。

 

「ふふふ、まあ良いではないですか。今ここで答えを教えてしまったら、それこそ興ざめというものです。それに……答えを知らないからこそ、そこに到達できますよ」

 

 答えを知らないからこそ、到達できる?

 

「なんですか、それ。謎かけですか?」

 

「いえ、謎かけではありませんよ。文字通りの意味です」

 

「…………分かりました」

 

 俺は意を決する。

 

「紫さんのこと、信じます」

 

 俺は紫さんを信じたからこそ、今ここにーー幻想郷にいるのだ。それならば、紫さんを信じきってみよう。

 

「何も知らなければ、俺と優にとって、都合のいい宿泊先に たどり着けるわけですよね?」

 

「ええ、その通りです。多様な経験を積みやすく、かつ幻想郷で最も安全と言えるような場所に」

 

「その言葉、信じます。いずれにせよ、今夜にでも分かるでしょうし」

 

 蓋を開けてみてからのお楽しみ、ということにしておこう。

 

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