東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
「他には、私にどんなことを尋ねたいのでしょうか?」
「そうですね……。幻想郷は本当に興味深い場所なので、どれから尋ねようか迷いますが……」
「では、質問できる回数を3つに絞りましょうか。そうすれば、質問すべき内容を固めやすいでしょう」
「3つだけですか」
「あくまでも、便宜上の数字です。あなたとの歓談に時間の制限はありません。お互いに満足するまで、語らいを楽しもうではありませんか。さあ、早く話題の種を提供してくださいな」
紫さんは両手を組み合わせると、その上に自分の顎先を乗せる。催促の仕草だ。
質問できる回数は、3つだけ。そう思うと、たしかに質問すべき内容は、重要度によって自然と整理されていく気がする。
幻想郷において、俺が最も気になっていることは――――
「……程度の能力。程度の能力について教えてください」
「……なるほど。固有の能力について知りたいわけですね」
「はい。紫さんがスキマを使えるように、霊夢が自由に空を飛べるように。それを実現している程度の能力の正体について、詳しく知りたいです。霊夢の談では、強い人や妖怪に発現するものだそうですが」
「強い人に、強い妖怪……。あながち、間違った表現ではありませんね。存在の強い者ほど、能力を発現しやすく、また強力な内容となりますから」
「霊夢の言う通りなんですね。それで……どういう風に能力が発現するんですか? 何か特定の条件のような……キッカケがあるのでしょうか」
「あなたは……程度の能力を発現してみたいですか?」
紫さんは、どこか試すような声音で尋ねてきた。
「そう……ですね。霊夢は魔理沙のように、俺にも何か特別な能力が秘められているなら……使えるようになってみたいですね」
少年漫画の主人公のように、特殊な能力を扱えるようになることは、年頃の男子として純粋に憧れる。別に悪を倒すつもりはないけれど、霊夢のように空を自由に飛べるようになるだけでも、充分に楽しいことだろう。
「なるほど、分かりました。良いでしょう。幻想郷において、人や妖怪が能力を発現する原理――それを説明しましょう」
俺が期待と緊張に固唾を呑む中、紫さんは口を開く。
「能力とは、すなわち――その者が強く抱いている願望の結実に他なりません。思想または魂と呼べる精神存在の中核とも言えますね」
「願望の結実……ですか」
「はい、願望の結実です。その者が強く願い続けている何かしらの想い。それが法則としての力を持ち、その者の外部――すなわち世界の法則を塗り変える現象こそ、程度の能力と呼ばれているものの正体です」
「えっと……つまり、その人が抱いている強烈な願望によって、その願望を反映した能力を発現する……ということですよね」
「その通りです。能力とは願望の表れであり、その者の存在の本質を反映するものです」
紫さんの説明を受けて、俺は思考に沈んだ。
紫さんの言う通りなのであれば、『何かに対する強烈な願望』を持っていれば、いつからか能力となって現れる……ということだ。
「強い人が能力持ちになる理由は、強い願望を持っているから……ということですね」
「強き肉体を持っているからこそ、大望を抱くのか。はたまた、強き願いを内に秘めるからこそ、偉業を成し得る大人物となるのか。いずれにせよ、強き者は、己の器に見合うだけの願望を抱きます。やがて、その願望を能力となって発現するでしょう」
「じゃあ、霊夢は魔理沙が能力を持っている理由は――その能力を反映するような強い願望を抱いているから、と」
「そういうことになりますね」
霊夢は、自由に空を飛ぶ能力。魔理沙は、たしか……魔法を使える能力だったか。
魔理沙の能力は、彼女の服装や行動を見ていれば、背景にある願望は推測できる。早い話が、魔法を使えるようになりたいのだろう。
それならば、霊夢の能力は……どのような願望の反映なのだろうか。ごく単純に、空を自由に飛んでみたかったからか。あるいは、何かの比喩か。
「面白いですね。幻想郷だからこその特殊な現象なんですかね?」
「幻想郷は、忘れられた存在が集う場所。妖怪に始まり、神や精霊、妖精も引き寄せられます。それ故、幻想郷には、想念に感応する気に満ちあふれているのです」
「えっと……つまりは?」
「この世のあらゆる法則は、個々の物質が発する力場の干渉によって生じています。その理屈は、何も形ある物に限りません。音や光のように、振動も力の1つです。そして、思考や感情もまた、例外ではありません。分かりますか?」
「んー……なんとなくは。思考や感情も、力の1つ……ということですよね?」
「その通りです。その者が抱いている思考や感情――すなわち願望は、その度合が大きければ大きいほど、強力な力場を生み出します。体からオーラを発する、と言った方が伝わりやすいでしょうか?」
「分かる気がします」
自分の脳裏に、人体を中心にして波紋のように広がる力場の図が浮かんだ。
「よろしい。願望は力場となって、周囲の存在に影響を及ぼします。すなわち、力場の新たな相互作用を生み出し、すでにある法則を捻じ曲げ、恣意的に上書きします。それこそが程度の能力です」
すとん、と腑に落ちた。
その者が抱く願望が、なぜ能力として発現するのか――その理屈が理解できた気がする。
「そうか……そういうことなのか。だから、願望が能力に。……じゃあ、紫さんがスキマを使える理由は、えっと……なんて言えばいいんだろう。物と物の境界を操りたかったから……でしょうか」
「当たらずとも遠からず、と言ったところですね。妖怪については、また少し話が変わってきます。原理は同じではありますが、こと妖怪については、存在の本質を体現していると言えましょう」
「存在の本質、ですか」
何やら小難しい話が始まる予感がする。
「たとえば……風神雷神を例に挙げましょう。風神雷神は知っていますか?」
「あー……絵で見た姿なら」
風神は風を吹かす袋を持っていて、雷神は背中に環状の太鼓を背負っている神様だったか。神とはいえ、見た目は鬼っぽかった気がするけれど。
「よろしい。それでは、なぜ風神が風を吹かし、雷神が雷を落とせるのか……その理由も知っていますか?」
「いや、知らないです。ただなんとなく、そういう存在なんだろうなって思っていました」
「それが真実ですよ」
「……どれがですか」
「風や雷を司る存在とされているから、実際に風や雷を司る能力を持っているのです。妖怪に限らず、神や精霊の類は、特定の概念を切り与えられることによって生まれた存在です。火を見た者は、そこに火を司る超常の存在を思い描きました。1者だけでなく、火を目にした数え切れない者が、同じように火を司る超常の存在を思い描きました。やがて、同種の想念は互いに引かれ合い、1つの存在として結実します。その存在こそ、妖怪や神と呼ばれる者です」
「えっと……妖怪や神は、人々の想像の産物だと?」
「寄与するところは大きいですが、人間だけが生み出したとは限りません。あらゆる草木や虫、小動物、目に映ることも困難な微生物。果ては、この地球そのもの。命ある存在が思いと想いを発し、互いに重なり合うことで、私のような存在は生み出されています」
何やら、とても規模の大きい話になってきている。ちょっと理解が追いついていない。
「話を戻しましょう。なぜ、私が境界を操る能力を持っているのか。簡単な話です。境界という概念を象徴する存在こそ、私だからですよ。あれとこれ。そして、その中間。それこそ、私の存在の本質です」
紫さんは滔々と述べると、長話で喉が渇いたのか、自分の湯呑みに口を付けた。
にわかに理解しがたい話ではあるが、話の要点は分かった気がする。
要するに……『そういう存在』なのだ。物事の境界が紫さんの存在の本質だからこそ、紫さんは自由自在に境界を操作できる。そういうことだろう。
「なんとなく分かりましたよ。紫さんは、存在の本質が境界に関するもの。だから、紫さんの中心に生まれる力場によって、境界を操れる法則が作り出されている……そういうことですよね?」
「その理解で構いません。1つ付け加えるなら、意思の持った存在は、己の存在の本質とは別に、特定の願望を持っています。妖怪や神だからといって、必ずしも存在の本質に由来する能力とは限りません」
なるほど。たとえば、存在の本質すら凌駕するほどの願望を持っていれば、願望の内容を反映した能力を発現する……ということだろう。
「さて、程度の能力については、ひと通りの説明をおこなったと感じていますが……他に疑問点はありますか?」
「いや、大丈夫です。能力の発現については、ほぼ理解できたと思います」
「そうですか。それは良かったですね。いずれ……あなたもまた、何かしらの能力を発現することでしょう」
「え、本当ですか!?」
紫さんの思いがけない言葉に、俺は喜々として声を発してしまった。
「遠からず、何かの拍子に自覚することでしょう。あなたは外の世界に慣れ親しみながら、今ここに、幻想郷に訪れています。常人には不自然な行動です。それは、強き願望に由来すること――そうではありませんか?」
紫さんの言う通り、俺の心は、なぜか幻想郷の存在に惹きつけられた。ここであれば、自分の何かが満たされる期待を感じていたからでもある。
果たして、俺が抱いている無自覚な願望とは――
「楽しみですね。あなたの友人もまた、能力を発現することでしょう。……いえ、すでに発現しているかもしれませんね」
「優が、ですか?」
「彼もまた、特殊な存在ではありますから」
紫さんは、愉快そうに笑いを忍ばせた。何か心当たりがあるのかもしれない。
俺に先んじて、すでに優は能力を発現している……のか? でも、そのような兆候は無かったように思えるのだけれど。
もしも、優が何か能力を発現するとしたら――かなり異質な内容に違いない。なんせ、本人が超のつく変人だからな。