東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
「紫さんは、どう思います? 優だったら、どんな能力を発現しそうかについて」
「彼については、あなたが最も詳しいはずですよ。私に尋ねるよりも、自身の過去の記憶を訪ねて回った方が、的確に推測できるでしょう」
「ああ、まあ……そうかもしれませんが。正直なところ、あいつが何を願っていそうなのか、俺もよく分からないんですよね」
オタク趣味があって、やたらとボケに走りたがる性格であることは、よく知っている。しかしながら、夢や目標めいた話は、これといって聞いた憶えがない。俗っぽい癖に、煩悩とは縁遠い感じだ。
一部の女性に受けている仙人男子というやつだろうか。
「あなたを見守りがてら、彼のことも昔から見てきていますが……そうですね。1つの可能性を挙げるならば」
紫さんは、もったいつけるように間を空けて――ぽつりと呟く。
「能力を無効にする程度の能力、という場合もありえそうですね」
「能力を無効にする……能力?」
異能系バトル物語には、必ず1人は存在しているであろう能力者。物語のトリックスター。
「なんで、そう思ったんですか?」
「さして深い意味はありません。ただ、彼の性分は、あるがままを好みそうですから」
「……こだわらない性格という意味ですか?」
「変化に応じることもまた、無為自然というものですよ。水は方円の器に従います。それと同じです」
何やら小難しい言葉が多いせいか、話が頭の中に入ってこない。
「えーと……とにかく、優は能力を打ち消す能力を発現する可能性があるってことですね」
「彼の性分の1つの側面として、その可能性もあるという話です。異なる側面を見れば、また別の可能性も示唆できますね」
「たとえば、どんなものですか?」
「聞き上手な能力なんて、いかがでしょうか」
聞き上手? なんだそりゃ。
「なんだか、カウンセラーになれそうな能力ですね。……というか、どうして聞き上手?」
「さて、なぜでしょう。すぐに答えを明らかにせずに、思考を巡らせることもまた、一興ですよ」
要するに、自分で考えろということか。
優が聞き上手ねぇ……。聞き分けはいい方だけれど、普段はスピーカーのように騒がしいのだから、むしろ話し上手の方がお似合いだ。
「話題を転じまして、あなたはどうなのですか? 自分が能力を発現するとしたら、何を希望しますか?」
「え、俺ですか?」
自分が能力を発現するとしたら、どんな能力が欲しいだろうか。
「そうですね……。やっぱり、男たるもの強くありたいので……戦闘系の能力なんて欲しいですね。たとえば、怪力や俊足とか」
「年頃の男性らしい願いですね。そのような能力を得られれば、幻想郷で暮らす時には、心強いことでしょう」
「でしょうね。能力次第では、妖怪と遭遇しても、もしかしたら返り討ちに出来るかもしれませんし」
「あら、剛毅なことを言いますね。実に頼もしい」
まあ、戦わずに事が済んだほうが最善なのだけれど。
妖怪と戦うという話題になって、とあることが気になった。
「あ、そうだ。まだそんなに実物は見ていないのですが、幻想郷には妖怪が多くいるんですよね。たぶん、妖怪だけではなく、妖精や精霊のような存在も」
「人間よりも多く存在することは、間違いありませんね」
「えっと……そういった存在って、紫さんや橙ちゃんみたいに、こう……みんな人と同じような姿なんですか?」
「一概には言えません。人と同じ姿の者もいれば、獣のように人外の姿の者もいます。言語を操れるほど知性ある者は、おおむね人と同じ姿をしていると考えて差し支えません」
「分かりました。それで……そういった人外の存在は、人間を襲うことがあるのでしょうか。いや、襲うという話は聞いているのですが、どういった感じなのか具体的に想像できなくて」
自分の中の想像では、狼や熊のような猛獣に襲いかかられるような光景が浮かんでいる。牙で噛まれ、爪で引き裂かれ、生きたまま血肉を食らわれる……そんな光景が。
妖怪に襲われる場合も、そのような感じなのだろうか。
「そのことについては、詳しく話しておくべきでしょうね。第一に、すべての妖怪が人間を襲うわけではありません。捕食という意味で人間を襲う妖怪は、人外の姿の妖怪か、あるいは知能の低い人型の妖怪に限られます」
「知能の高い人型の妖怪は、人間を食べないということですか」
「私があなたを食べるように思えますか?」
紫さんは笑みを浮かべつつ、冗談を投げかけるような語調で言った。
「いや、思えないですね。まったく」
紫さんが血肉を頬張るような姿など、まるで想像できない。むしろ、茶室でお茶を立てるような姿の方が似合うだろう。
「吸血鬼のように、人間の血肉を好む例外はいます。とはいえ、知能が高く、言語や算術に優れている妖怪は、人間と同様の食事をおこないます。穀物や野菜、家畜や川魚を口にするというわけです」
「人間とは大差ない生活になるわけですね」
「その通りです。妖怪は人間よりも長命であるため、芸事や風流を解することに関しては、人間よりも精通していることも珍しくありません」
「なるほど……。では、人間の脅威となる妖怪は、人外の姿の妖怪……そして知能の低い人型の妖怪というわけですね」
「そういうことになります。要するに、獣と一緒ですよ。あなたが元いた世界でもそうであるように、幻想郷でもまた、野山を無防備に散策することは推奨できません」
幻想郷の外の世界でも、山を深く分け入って行けば、熊や猪に遭遇することはあるだろう。幻想郷の場合は、さらに妖怪もいるという話か。
「大丈夫ですよ。余程の用がないかぎりは、わざわざ山になんて行きませんから。それに、俺は霊夢や魔理沙のように空を飛べませんから、行動範囲は限られていますし」
山間に存在するであろう幻想郷を徒歩で移動しようと思ったら、妖怪に襲われる以前に、森の中で遭難しかねない。
「それもそうですね。いずれにせよ、博麗神社と人里を拠点に行動していれば、妖怪に襲われることは、まずありえません。両者とも、妖怪が人を襲うことが禁じられている領域ですから」
「そのような法律があるのですか?」
「人と妖怪の間に取り交わされている掟です。得てして、妖怪は人間よりも強者と言えます。肉体は頑強であり、怪力を発揮し、再生力と生命力は高く、そして長命です。しかしながら、人間の存在なくして、妖怪は存続できません」
「人間よりも強いのに、ですか?」
「はい。妖怪の存在の本質の1つは、人々の畏怖の念です。人が闇夜に恐怖し、未知の現象に怪奇を覚えたからこそ、そこに妖怪の存在を見出しました。人々がいなくなれば、妖怪に畏怖する者がいなくなります。すなわち、存在の忘却という死滅を迎えることになります」
妖怪は人間よりも上位の存在のようでありながら、実は人間に依存した存在……ということか。
「幻想郷から人間が消えてしまったら、紫さんを始めとする妖怪にとっては、大問題ということですか」
「その通りです。だからこそ、人と妖怪が共存の道を歩めるようにするために、不可侵の掟が作られました。その掟の1つとして、人間の居住区である人里、そして博麗神社では、妖怪が人を襲ってはいけないと定められています」
「もしも、人里を襲うような妖怪が現れた時には、その妖怪はどうなってしまうのですか?」
「襲撃の程度にもよりますね。獣のような妖怪であれば、人里の自警団――外の世界で言うところの警察組織が撃退に当たります。ある程度の知能を持った力の強い妖怪であれば、霊夢が退治に当たります。更生の見込みのない妖怪であれば、そのまま滅殺することでしょう」
霊夢に本気で殴られた身としては、滅殺という言葉の響きには、寒気を禁じえない。
そう言えば、霊夢は「妖怪退治を生業にしている」と言っていた気がする。見た目は巫女であるが、本職は退魔師なのだろうか。
「霊夢は、妖怪退治を仕事にしているのですか?」
「仕事の範疇と言いましょうか。博麗の巫女の勤めは、人と妖怪の均衡を保つことですから。異変のように、均衡を崩す事件が起きた場合は、東奔西走の活躍を期待されますね」
異変? 自然災害のようなものだろうか。
「ふーん……。博麗の巫女って、大変なんですね。俺とたいして歳は変わらないはずなのに、生活のために働いているなんて」
「ふふっ、そんなに殊勝なものではありませんよ。公的な役職とでも言いましょうか。普段の働きにかかわらず、一定の金銭と食料は給付されていますから」
「あ、そうなんですね」
なんか公務員みたいだな。
それほど裕福には見えなかったが、意外にも懐は潤っているのかもしれない。
「あなたが幻想郷で過ごす間、霊夢と関わることは多いことでしょう。同年代の友人は少ないようなので、ぜひ仲良くしてあげてください」
「ははは……善処します」
すでに関係性に亀裂が入っているような気がするのだけれど。
紫さんの言う通り、幻想郷に滞在している間は、霊夢と関わる機会は多いかもしれない。幻想郷の地理や妖怪の退治については、頼ることも多くなりそうだ。
この後に博麗神社に戻ることがあれば、早々に霊夢に謝っておいて、関係を修復しておくことにしよう。
「俺は構いませんけれど、仲良く出来るかどうかは、霊夢の考え次第でしょうね。向こうからしてみれば、俺は手間のかかる一般人なわけですから」
「それなら、心配に及びませんね。あの子は感情に走りやすいですが、鷹揚な心の持ち主です。あらゆる存在を公平な目で見て、受け入れます。あなたを邪険に扱うことはないでしょう」
なんとなく分かる気がする。気の強さは感じるけれど、話しやすい人物であることは確かだ。裏表を感じない明け透けな物言いだから、人物としての好感も覚える。
「紫さんがそう言うなら、きっと大丈夫でしょうね。気に入ってもらえるといいですが」
「あなたが望むのであれば、霊夢と恋仲になっても構わないのですよ」
紫さんは満面の笑みを浮かべながら、そう言ってのけた。
俺は咄嗟に上手い切り返しが思いつかずに、言葉に詰まる。
会話に賑やいでいた室内は、水を打ったように静まり返った。