東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第16話 いざ、香霖堂へ

「……あら、動揺させてしまったかしら?」

 

 俺よりも先に、紫さんの方が口を開いた。小首を傾げ、口元に薄い笑みを浮かべている。

 

 むう……。紫さんを調子づかせてしまったようで、何やら悔しい。

 

「いやいや。紫さん、動揺なんて、そんな馬鹿げたことを。これは、そう──呆れです」

 

「……して、その理由とは?」

 

「あんなに喧嘩っ早くて、おまけに怪物じみた戦闘力の持ち主と恋仲になるなんて、自殺志願も甚だしいというものです」

 

 話の流れとはいえ、すっげー失礼なことを口走ってるな、俺。

 

 でもなー、率直な意見でもあるんだよなー。自殺志願は誇張表現にしても。

 

「あら、そうなのですか。それは残念です。私としては、良い縁になると思っているのですけれど」

 

「いや、何を根拠に……。というか、紫さん、忘れていませんか? 俺は霊夢と喧嘩になった果てに気絶させられて、ここにいるんですよ」

 

「喧嘩するほど仲がいい、と言うではありませんか。本音で語り合えることは、心を許し合っている証拠とは考えられませんか?」

 

「それは極論……」

 

 いや、ただの言葉遊びか。

 

「とにかく、とにかくですね! 霊夢とは良好な人間関係は築いておきたいですが、紫さんが言うような浮ついたことは要りません。……魔理沙をからかっていた時にも思いましたけれど、紫さんって恋愛脳ですよね」

 

「乙女にとって、恋は究極の関心事です。愛されることを望んで美しく咲き誇り、また愛を与えるために犠牲すら惜しまない。乙女とは、そのような純情な存在なのです」

 

「事実かどうかは、ひとまず脇に置いておきまして。紫さんの場合は、話の種に使うために、意図的に誇張して使っている気がするんですよね……」

 

「私が白々しいと?」

 

「忌憚なき意見を言わせてもらうならば、その通りです」

 

「たとえ白くあったとしても、それは無罪を表す色。白鷺の如く、我が身は潔白と言えましょう」

 

「潔く白を切るという意味で、潔白ですか」

 

「あら、お上手」

 

 紫さんは上機嫌そうに、くつくつと笑いを忍ばせる。

 

「恋仲の件はさておき、霊夢と仲良くして欲しいという話は、私の本心です。あの子は博麗の巫女という生まれもあってか、同年代の少年少女と関わる機会が少ない状態にありました。気の置けない友人が増えれば、あの子の日常は、さらに愉快なものとなるでしょう」

 

「まあ、その点については……。俺としても、同年代の友人が増えることは、純粋に嬉しいですし」

 

「よしなに。あなたを幻想郷に招いた理由の1つは、霊夢のためですから。同年代……ましてや外の世界の者となれば、色々と得るところは多いでしょうから」

 

「……あれですね。紫さんって、霊夢の保護者みたいですね」

 

「保護者と言うよりは、後見人の方が的確でしょうか。役職柄、縁が深いということもありますし……。もちろん、私個人の私情としても、霊夢に目を掛けていることは確かですね」

 

「霊夢のことを気に入っているんですね」

 

「あなたのことも、私は好きですよ」

 

 予想外の不意打ちを食らった。

 

「……ありがとうございます」

 

「おや、照れましたか。照れましたね。実に愛らしい反応ですね」

 

「あー、もう……いちいち言及しなくていいですよ。照れるな、という方が無理じゃないですか。面と向かって直球で言われたら、そりゃあ」

 

 ちなみに、女性から面と向かって好きだと言われたことは、これが初めてだ。

 

 なんだろうなぁ……。この手の経験は、ちゃんと恋愛感情を持たれている同年代の女性から言われてみたかった身としては、大切な何かを奪われてしまった感がある。

 

 嬉しいような、悲しいような。

 

「良いではないですか。素直に好意を伝えられる相手がいることは、とても素敵なことなのですから」

 

「それはそうですが……。ビクッとして心臓に悪いので、止めてください」

 

「なるほど。それでしたら、常にあなたの心をときめかせ続ければ、問題ありませんね。心臓が動き続けますから」

 

 新手のペースメーカーだろうか。

 

「いや、論点は……。まあ、いいですよ。紫さんのことだから、言葉で遊んでいるだけでしょうし」

 

「あなたは、言葉の戯れはお嫌いで?」

 

「……どちらかと言えば、好きですが」

 

「それは僥倖。では、私のことも好きですか?」

 

「話に脈絡が無いのですが」

 

「しかし、脈はあるかもしれません」

 

「俺の心臓が不整脈になるので、気を持たせるような言い回しは、お控えください」

 

「あら、まだ生きているのに、脈なしでしたか。実に残念です」

 

「……」

 

 会話の主導権、紫さんは握られっぱなしだなぁ。やはりと言うべきか、口の上手さで勝てる気がしない。

 

「紫さんって、色々な人に様々な勘違いを与えてきていそうですよね……」

 

「聞き捨てなりませんね。誤解させて来ているだけですよ」

 

「同じような意味じゃないですか」

 

「意図しておこなうか否かの問題です」

 

 故意犯じゃん。より悪質だよ。

 

「そういうことばかりしていると、いつか本当に天罰が下りますよ」

 

「罪な女というわけですか。なかなかどうして、女性の褒め方が機微に富んでいるではありませんか」

 

 期せずして賞賛されてしまった。

 

 優とは別の方向性で、紫さんとの会話は調子を狂わせられる。

 

 まあ……饒舌な相手との会話は、楽しいといえば楽しいのだけれど。

 

 おもむろに、紫さんは指を軽く振って、目の前にスキマを開いた。

 

「おや、どうやら香霖堂を目指していたようですね」

 

「香霖堂? ……あ、優と魔理沙の行き先ですか?」

 

「ええ」

 

 紫さんにスキマの中を覗かせてもらうと、とある建物の前に立っている魔理沙の姿が見えた。

 

 香霖堂の外観は、どことなく中華風の建築物のような趣を感じた。おそらく、外壁が白色だからだろう。屋根瓦のふちが曲線を描いている点も特徴の1つと言える。

 

 香霖堂の周囲には、狸の置物や郵便ポスト、一輪車やブラウン管テレビなど、やや時代遅れと思われる雑多な物品が散らかっている。おそらく拾い物なのだろう。とっちらかった様子は、リサイクルショップを連想させた。

 

 俺が香霖堂の外観を眺めている間に、優と魔理沙は、玄関前の石段を上って香霖堂に入っていった。

 

「紫さん、香霖堂って道具屋なんですよね? 優と魔理沙、買い物でもするんですかね」

 

「店主の霖之助さんと魔理沙は、親交の深い間柄です。暇つぶしのために、店に入り浸ることは珍しくありませんよ。……とはいえ、今回は優を同伴していますから、それだけが目的ではないでしょう」

 

 そう言えば、魔理沙は、霖之助さんが道具の買取をおこなっているようなことを口にしていた。もしかしたら、優が霖之助さんに何かを売るつもりなのかもしれない。

 

「さて、私達も訪れるとしましょうか」

 

 そう言うと、紫さんはおもむろに立ち上がった。

 

「え、どこに……。あ、香霖堂にですか?」

 

「ええ。優と魔理沙に続いて、私達も香霖堂にお邪魔するとしましょう。私は私で、店の馴染客として、霖之助さんに顔を見せておきたいので」

 

 ふと、魔理沙と紫さんのやり取りが思い出される。幻想郷では、義理を通すことが重んじられる……そんな話をしていたか。

 

 ただまあ、紫さんのことだから、別の思惑があるのではないかと思えてくる。

 

「分かりました。それじゃあ、紫さんのスキマを通って、香霖堂に行きましょう」

 

「そうですね。その前に、あなたの靴を」

 

 紫さんは新たに開いたスキマに手を差し入れると、俺が履いていた靴を取り出した。この屋敷に運び込む際に邪魔だったから、スキマに収納していたようだ。

 

 俺が靴を受け取ると、紫さんは人ひとりが通れるほどの大きさのスキマを開いた。もちろん、スキマの先には、香霖堂の玄関が見えている。

 

 香霖堂……果たして、どんなお店なのだろうか。また、店主の霖之助さんは、どんな人物なのだろうか。

 


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