東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第5話 優と雑談 その3

 

「そう言えば……あの神社に祀られている神様って、その……建御名方神という名前の神様だったんだな。あれだろ? 建御雷とかいう名前の神様と力比べをして、負けて遠くに投げ飛ばされたって神様だよな」

 

『そうそう。諏訪湖まで逃げたのだけれど、最後は建御雷神の要求に従ったんだよね。……颯は守矢神社が勧請した神様って知らなかったの?』

 

「今初めて知ったよ。……つーか、何でお前は知ってたんだよ」

 

『何で……と言うか、普通に教えてもらえたけど』

 

「……誰から?」

 

『ん? 早苗と、早苗の……お姉さんと妹さんから』

 

「その話、本当か?」

 

『本当だけれど……どうかした?』

 

「あ、いや、別に大した話ではないんだがな……。俺は以前、早苗にも早苗のお姉さんと妹さんに、それを尋ねたことがあるんだよ。でも、適当にはぐらかされたんだよなぁ。まあ、悪意があるようには見えなかったけどな」

 

『はぐらかされた……ね。まあ、はぐらかされたと言うか、そのやり取りを楽しむために、すぐに答えを教えなかっただけなんじゃないのかな。オレも祀っている神様について尋ねた時には、その話題を楽しそうに話していたから』

 

「……まあ、案外そんな理由だったのかもな」

 

 彼女達が俺を疎外する理由なんか無いわけだし。

 

「それにしても、建御名方ね。どうせなら、力比べに勝った建御雷を勧請すれば良かったのにな」

 

『まあ、その辺りは色々と事情があるだろうからね。言ったでしょう? 建御名方は諏訪湖まで逃げたって。その土地に縁がある神様を祀る神社というものは結構多いよ。いや、むしろ大半の神社がそれだね』

 

「なるほどね。まあ、よく聞く話ではあるよな。……っと、もうこんな時間か。今の今まで気付かなかったけれど、かなり電話が長引いちまったな」

 

 目線を上げて部屋にある壁掛け時計を見上げると、間も無く夜の9時40分に差し掛かろうとしていた。優からの電話が掛かって来た時刻が9時頃であったから、かれこれ40分近く電話をしていることになる。

 

「えっと……用件の方はもう一通り話し終わったよな。そろそろ電話を切るぞ?」

 

『オッケーオッケー。こちらからは特に言っておかなければならないようなことは無いよ――いや、ちょっと待って。1つ言い忘れていたことがあった』

 

「言い忘れていたこと?」

 

『まあ、頼みごとなんだけどね。明日は暇? 特に用事とかはあったりしない?』

 

「デートのお誘いなら、丁重にお断りするぜ」

 

『じゃあ、デッドなお誘いは?』

 

「死ぬじゃねえか。デート先は墓場ってか? ……で、頼みごとって何だよ」

 

『もうすぐ――と言うか1ヶ月くらい先の話なんだけどね、夏コミがあるんだよ。だから、原稿作りの協力を仰げないかと思ってね』

 

「あー、そう言えばそんな時期だったな。良いぜ、手伝いに行っても。まあ、手伝うと言っても、前年同様、ベタ塗りとトーン貼りを手伝うくらいしか出来ないけどな」

 

『それだけでも十分助かるんだよ。単純作業は時間が掛かるのが厄介だからね。給金は奮発するよ?』

 

「給金は例の如く断っているだろうが。その代わり、売り子として割の良いバイトをさせてもらっているんだからな。まあ、自分が関わった本がたくさん売れて行く光景ってのは、そばで見ていて気分が良いし」

 

『そう言ってもらえると、こちらとしてもありがたいね』

 

「手伝うことについては別に構わないが……今回の同人誌の内容は?」

 

『え? そりゃあ無論、成人向けのちょっとアレでニャンニャンな内容だけど?』

 

「……ですよねー」

 

 需要たけーもんな、成人向け同人誌。

 

 優は同人活動によって得られる利益を生活の足しにしているのだから、売れ行きの良いジャンルを描くのは、当然と言えば当然か。

 

『何ですか? 颯はニャンニャンがニャンニャンしてニャンニャンする同人誌は嫌いですか?』

 

「ニャンニャンうるせえよ。好き嫌いの問題つーか、またアレな内容なのかと思っただけだよ」

 

『ニャンニャンは良い利益を生み出すからね。それともニャンニャンな漫画の手伝いをする事に抵抗をお持ちですか』

 

「ああ、多少はな。成人向けの漫画を描く漫画家のアシスタントの複雑な心境が良く分かるぜ」

 

『……はてさて、それはどうかな。そもそもアシスタントにとって、その作業は仕事の一環くらいにしか認識してないと思うよ。お金をもらえるか否かが掛かっているのだから、本人たちは真面目さ』

 

「へえ、そんなもんなのか……」

 

『そうそう。自分の妹をアシスタントに起用して成人向け漫画を描いている女性の絵師さんだっているくらいだよ? そう言った漫画の作成に対して過剰に気後れする必要なんて無いさ』

 

「自分の肉親に手伝わせているのかよ。ましてや、成人向けをだろ。それはある意味凄いな……」

 

 俺だったら、恥ずかしくて絶対に知人をアシスタントとして起用したりなんて出来そうにない。

 

『さて、颯が手伝ってくれるという約束を取り付ける事が出来たことだし、オレはニャンニャンがニャンニャンな原稿の下書きを仕上げておくとしようかな』

 

「ニャンニャンうるせえって。お前は発情期の猫かよ……」

 

『あー、確かに春になると、あちらこちらで猫の鳴き声がやたらと聞こえるよね。あの猫の鳴き声で、春が来た事を実感するんだよね。ああ、もうそんな季節かって具合に。そこはかとなく趣を感じるよね、春の来訪を報せる、あの猫の鳴き声』

 

「ずいぶんと不風流な趣だなぁ! 虫を見かけるとか花が咲き始めるならまだしも、発情期の猫の鳴き声で春の訪れを感じるとか嫌過ぎる!」

 

『そして、露出狂の出現と共に夏の訪れを感じるんだよね。ああ、そうか。もうコート1枚でも寒くないのか。夏が来たんだな……って具合にね』

 

「最悪だな!」

 

『そして秋は――』

 

「もうそれ以上は季節の来訪を報せるものに関連する下卑た話をするのを止めろ」

 

『ああ、そう言えば発情期で思い出したのだけれど――』

 

「発情期!? 発情期で!? ちょっとまて、その単語から話を広げるつもりなのか!?」

 

『動物って、発情期になると食欲が減退するんだってね。犬や猫は餌をあまり食べなくなってしまうんだってさ。オレはね、その話を知ってから、小食の人の周りに近づきたくなくなっちゃったんだよね』

 

「知らねえよ! つーか、どうでも良いわ、そんな話!」

 

 くそっ、俺も小食の人をまともな目で見れなくなっちまったじゃねえか……。

 

 今度から、小食の女子をどんな目で見ればいいのだろうか。

 

『まあ、オレからの用件は以上だよ。早苗への電話とクラスの女子への電話はきちんとしておくからね。じゃあ、また明日』

 

「くっ……、はいはい、電話については頼んだよ。じゃあ、また明日な。漫画の手伝いは、午前中にお前のアパートの方に出向くよ」

 

『了解了解。ああ、そうだ。颯、温泉旅行に偕行する男子なんだけれどね、まだ電話しないで欲しいんだ。オレが先に女子の方に電話を掛けた時に、どの男子と一緒の方が良いかをそれとなく聞き出してみるからさ』

 

「ああ、分かったよ。その方が、こちらとしても、誰に電話をすれば良いのか考えずに済むからな」

 

『うん。じゃあ、そう言うことで。……最後に颯に言っておいた方が良い事があるんだけどさ』

 

「あ? 言っておいた方が良いこと?」

 

 なんだ? 言っておいた方が良いことって。

 

『もう電話を切るから伝えるけれどね――きちんと歯磨きをした方が良いよ。携帯電話越しにちょっと口臭が……』

 

「携帯電話越しに口臭なんて伝わるわけねえだろうが!」

 

 言っておいた方が良いことってそれかよ!

 

 俺は携帯電話の通話終了ボタンを親指で押し潰した。溜め息をつくと、携帯電話を充電器に繋いで、その辺に打っちゃらかした。

 

 ベッドに横になり、蛍光灯によって明るく照らされた自室の天井を見つめる。

 

 視線を天井から壁掛け時計へ移す。時刻は、まだ夜の10時を過ぎていない。

 

 このまま寝入ってしまうには、少し早過ぎる時間帯に思えた。けれど、特に何かやらなければならないこともない。無駄に量の多い夏期休業の宿題に今から手をつけるような殊勝な気も起きない。テレビを見る為に1階の居間に向かうというのもどこか億劫だ。

 

 仕方が無しに携帯電話を弄ったり漫画を読んだりして、眠くなるまで時間を潰し始めて――数十分が経過した。

 

 散歩がてら、守矢神社にでも行ってみようか。

 

 見覚えのある神社の外観を見たいと言う気持ち、久しぶりに神社独特の霊気を味わいに行きたいという気持ちが、心の中で不思議と強く生じた。

 

 コンビニで何かを買うついでに、守矢神社に行ってこようかと思った。

 

 

 

 ――誰かに逢える事を期待しているのではないかしら――

 

 

 

 ふと、そんな声が聞こえたような気がした。

 

 とても聞き馴染みのある声として。

 

「……!?」

 

 俺はベッドから飛びあがり、恐怖心半ばに部屋の中を見渡した。

 

 部屋の中には、自分以外の人影はない。いつもと変わらない自室の様相を呈している。

 

 レースのカーテン越しに見える夜窓にも、人影のようなものは特に見受けられない。

 

「……何だ、気のせいかよ」

 

 自分を納得させるように独り言を呟いた。

 

 確かに、ハッキリと女性の声が聞こえたような気がしたが……。

 

 それも、聞き馴染みのある声だった気がする。

 

 あの声は……誰のものだったのだろうか。

 

 家族、否。

 

 友人、否。

 

 知人、否。

 

 思い当たる人物は浮かばないのに、とても親しい人物だった気がする。

 

 なんだろう、この妙な気分は。

 

「……寝ちまうか」

 

 漫画本を本棚に戻すと、部屋の電灯を消灯した。

 

 窓から差し込む優しげな月光と星明かりの光芒が、かすかに部屋の中を照らす。

 

「誰かに逢える事を期待している……か」

 

 もし、その女性の声を信じるなら――俺は誰に会いに守矢神社に行きたいと思ってしまったのか。

 

 ……早苗か? それとも姉妹の方々?

 

 それとも――完全に夜の帳が降りた守矢神社を参拝しているかもしれない誰か?

 

 ……誰が居たところで構わない。

 

 このままベッドで就寝する自分にとっては――実にどうでも良いことだ。

 

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