東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
『お久しぶり、数か月ぶりの再会ね。……いえ、実際に会っていないのだから、再会という表現は都合が悪いかしら? まあ、そんな瑣末なことは、どうでも良いですわ。外見上は問題無さそうに見受けられたけれど、以前と変わりなく健康に日々を送っているかしら? ……いえ、尋ねるまでもなさそうですわね。このとても穏やかな「世界」を見れば、心身ともに健常であることが分かりますから』
――誰だ、誰の声だ。
『あら、忘れられてしまったかしら? それはとても悲しいことですわ。とても悲しくて切なくて、刹那に
――お前は何だ。何を言っているんだ。
『何を、と申しますか。ふむ……確かに私は何を言っているのでしょうか。ええ、そんなことは論を
――何が言いたい。
『いえ、特に何も。強いて言うならば、
――あんた、本当に何が言いたいんだよ。
『言いたいこと? いえ、特にありません。私の目的は、あなたが健康であるかどうか、こうして言葉を交わすことなのですから。それならば、別に言葉を交わすことによる意志疎通に、重きを置く必要は皆無でしょう? それとも、私と言葉を交わして、何かしらの意志疎通を図る目的を持っているのでしょうか?』
――知らねえよ、そんなこと。
『あら、そうですか。それもつまりませんわ。それにしても、少々言葉遣いが粗野ですわ。……いえ、それも仕方が無いこと。今のあなたの意識は、とても朧かで曖昧。私のことを誰であるかなんて、認識することは出来ない。それならば、今のあなたにとって、私は赤の他人。いえ、たとえ赤の他人と言えど、礼儀を以って接するべきなのですから、言葉遣いが粗野であることを仕方が無いで済ますのは、よろしくないでしょう――と言うのは単なる冗談です。確かに、赤の他人と言えど、礼儀を以って接するべきなのですけれど、あなたの意識は、朧かで曖昧。そんなことを考える理智は無いのですから。私の認識は、懐疑の対象。ええ、これで納得です。その粗野な言葉遣いを許しましょう。……まあ、論じるまでもなく、最初から諒察していましたけれど』
――俺はあんたに用なんて無い。
『ええ、そうでしょうね。いつもの意識状態のあなたが私のことを思い出して、その時に私に対して何かしらの用事を持ったとしても、その用事を思い出して尋ねられるとは思いませんから。でも、あなたが私に用が無くとも、私があなたに用がある。用があると言っても、その意味は暇つぶしや退屈しのぎの意味合いが強いのですけれど。そうですね、言うなれば……世間話がしたいだけでしょうか』
――世間話?
『ええ、世間話。日常会話。井戸端会議。炉辺談話。お分かり?』
――暇人なんだな。
『さて、それはどうでしょう。果たして、私は暇人なのでしょうか。その会話によって、私に何かしらの得るものがあるのならば、私は暇を持て余して世間話に花を咲かせようとしていることになりません』
――暇つぶしや退屈しのぎの意味合いが強いんじゃなかったのかよ。
『ええ、その通りです。けれど、仕事も暇つぶしや退屈しのぎと言えるのではないかしら? 事実、暇も退屈もしていないでしょう?』
――それは詭弁だ。
『詭弁? 結構ですわ。所詮は言葉遊び。言葉のやり取りに意味を求めているのであって、言葉の正当性や論理性を求めているわけではないのですから』
――あんたの用なんて知らねえよ。俺にはそれに応える義務なんてありはしないからな。
『ええ、そうですわね。私は別に返事をして頂かなくても結構ですわ。口を開かなくとも、あなたがここに居ることは事実。あなたが耳を貸そうとしなくとも、私の声は届くのですから。いえ、あなたと私の思考の境界を繋いで、想いを共有しているのですから、この場合は声と言うよりも思念と言った方が正しいかしら?』
――想いを共有?
『ええ、現に共有しているから、こうして擬似的な会話が成り立つのですわ。あなたの想いが明瞭ではないから、意志疎通がきちんと出来ているかどうか尋ねられると、首を横に振りますがね』
――何で俺の想いは明瞭ではないんだ。
『眠っているから。心も身体も。あなたから伝わる想いは、あなたの無意識から発せられるもの。だから、想いが曖昧なのです。私としては、明瞭な意識のあなたと言葉を――想いを交わしてみたいところなのだけれど。しかし、余計な混乱を招くだけですから、こうしてあなたの想いと接しているの。想いが曖昧な状態でしか伝わって来ないのは残念だけれど、無意識の会話だから、あなたが目覚めた時には、この会話は思い出せない。無意識の行為は、潜在意識に落とされたまま。まだ私のことを実在する者として知られたくありません。それと、無意識の内に私の存在を教えることが出来るから、後々に好都合。素晴らしいでしょう?』
――後々のことを考えて……好都合?
『ええ、好都合。どうしてだと思う? 教えて差し上げましょうか? 代価を求めますけれどね』
――代価次第だな。
『あら、そうですか。私としては、てっきり教えなくと良いと言われるかと思っていましたわ。では、代価を求めましょう。代価は……私があなたに、そのことをに教えることです』
――それは代価とは言わないだろう。俺は何も払ってはいない。
『代価が自身の何かを犠牲にするものとは限らないでしょう? まあ、代価の定義としては犠牲や代償を払う事なのですけれど。しかしながら、言葉の定義とは、時代と共に移り変わるもの。本来の意味が失わ、別の意味が付与されることもあれば、新たな意味が付与されることもある。それならば、代価の意味に「自身の何かを犠牲にするという」意味とは別の意味を作っても構わないでしょう?』
――それも詭弁であると思うがな。
『あらあら、これは手痛い指摘ね。どうでも良いけれど』
――それで、代価は?
『良いでしょう、教えて差し上げます。代価は、それを教える会話によって、私が楽しめるというものです。私が楽しむ代わりに、あなたは知りたいことを教えてもらえる。ほら、等価交換が成り立っているでしょう。それは代価とは言えませんか? ああ、それは詭弁だと言われたばかりでしたわ』
――で、その好都合の内容は。
『どうしてそう結論を急ごうとするのかしら。結果に至るまでの過程を楽しむことを学んだ方が良いのではないかしら。あなたは、満開の桜だけを楽しむような趣を知らない者に成長しないで欲しいわ。桜の花は、花を満開に咲かせる前も十二分に美しい。いえ、花を咲かせる前の花芽すら観賞に値する程に美しい。美しさは、表面的なものであると認識するのは、非常に愚か。どうして、幼いながらも生命力を漲らせた花芽の姿を美しいと思わないのでしょう。どうして、満開に向かって咲こうとしている六分咲きや八分咲きの早熟な姿に趣を感じないのでしょう。露命である人間であるからなのか、はたまた経済成長に固執する時代に生きているからなのか。はてさて、人々が趣を愛する心を失ってしまった悪因は、いったい何なのでしょう』
――苛々してくるんだよ。
『ええ、理解しています。感情も想いとして理解していますから。故に、私がそのことを残念に思っている想いも伝わっていると思うのですけれど。事を急ぐさまを感じていると……いえ、もうこの話は止めましょう。休眠とは、心と身体を休める為のもの。ならば、あなたの心を疲れさせてしまうべきではないでしょう。では、どうして無意識に語りかけることが好都合なのか、教えましょう。理由は簡単です。あなたが無意識下で私に親しみを持つからです。親しみを持つからこそ、後々の私の存在を肯定する感情を覚えやすくなり、私の言葉を否定する感情を起こしにくくなるから。私にとっては、とても好都合です。親しみを覚えた者の言動は、受け容れやすく、嫌いな者の言動は受け入れがたい』
――何が目的だ。
『何が目的か、と。それも教えて差し上げても構いませんけれど……教えたところで、眠りから覚めたあなたは、何も思い出せはしませんよ。言うだけ無駄です。ですから、教えません。私は無駄だと判ったことは、決して行いませんから――嘘ですけれど。無駄は、ある程度あった方が好ましい。極限まで洗練された物は美しいけれど、趣に欠けますからね。そのことを教えない理由は単純明快。教えてしまったら、私がつまらないからです』
――自分勝手だな。
『いいえ、自己中心なだけですわ』
――同じじゃないか。
『ええ、そうですね。私は言葉のやり取りを楽しんでいるだけですから』
――そろそろ消えてくれないか。
『あなたがそう望むのなら、私はその望みを叶えません』
――じゃあ、まだここにいてくれ。
『では、私はまだここにいましょう』
――さっさと消えろ。
『本当につまらないわ。あなたの友人の無意識の会話は、とても楽しいのだけれど。あなたにも期待しては駄目なのかしら。それならば、戯言はこの程度に。あなたとの接触を持った本当の目的を果たすとしましょうか』
――本当の目的。
『ええ。……そんなものはありませんけれど』
――嘘じゃないか。
『ええ、前言こそが嘘ですわ。よく分かりましたね。では、私の本当の目的を果たす意味として、期せずして嘘を看破した褒美として、とある楽園についての話をしてあげましょう』
――楽園。
『ええ、私達の楽園ですわ。子守唄として、語って聞かせてあげましょう。とても退屈で魅力的な話を。妖怪と人間が共に歩む郷の話を』
――妖怪と人間が……。
『さあ、目を閉じなさい、耳を傾けなさい。そして話の内容を覚えなさい――無意識の中で親しみを覚えなさい』
――覚える。
『ええ、親しみを覚えなさい』
『心の隔壁を築かないようにする為に』
『“幻想郷”の全てを受け容れる為に』
『さあ、語りましょうか』
『無意識の刷り込みを始めましょうか』
私の目的を――果たす為に。