東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる 作:風鈴.
「は!? 早苗、温泉旅行に来れるのか!?」
俺の上げた
「何をそんな大袈裟な……と言うか、颯、ちょっと静かにしようか。周りに迷惑だよ」
テーブル席の正面に座っている優は、半眼になって呆れ気味に答えた。
辺りを見回すと、他の客が奇異の視線を向けていることに気付いた。
俺は羞恥に縮こまりつつ、声を潜めて優に話し掛ける。
「あっ……すまない。突拍子もないことを言われたもんだから、ついな」
「そんなに突拍子もないことかなぁ……。早苗が日帰り温泉に行ける目途が立ったってだけじゃないか」
「だって、早苗は温泉旅行に行けないって話だったじゃないか。何で急に行けるようになったんだよ」
「は? だから言ってるじゃないか。時間的余裕があったって話だよ。まあ、本当に直前の直前だけどね。期限日ギリギリさ。……って、颯、ちょっと身を乗り出さないでもらえる? 無駄に顔が近いんだけど。上着の裾がハンバーグステーキに付きそうだし。少し落ち着いたら?」
優に指摘され、自分がテーブルの上に少し身を乗り出していることに気付いた。
「ん……、ああ、すまない。思わずな」
「こちらも思わず颯の顔にフォークを刺そうかと思ったよ。危うかったね、失明の危機だ」
優は愉快そうに悪趣味な笑みを浮かべ、手に持っているフォークを上下に揺する。
「思わずでも絶対にやるんじゃねえぞ。……チケットの期限日ギリギリか。いつだ?」
「7月24日だね。早苗が言っていた家庭の事情の関係で、22日と23日は予定が詰まっているそうなのだけれど、24日なら、まるまる1日空いてるってさ。それなんで、とりあえず旅行日は、その日に決めちゃったわけさ。あとは颯の予定次第だね。颯の方は、何か用事がある?」
「いや、無いよ。仮にあったとしても、せっかくのチケットが無駄になっちまうし、大事でない限りは、予定を取り消してでも行くよ」
「無駄にね……。まあ、確かに無駄にはなるか」
優が視線を正面から――こちらから外して、何やら意味深長に呟いた。
「……なんか含みのある言い方だな」
「いや、特に何も。そもそも、オレが含みのある言い方をするのは、いつものことでしょ」
「自覚してんだったら止めろよ。少なからず、そう言うのは気になるからさ」
「……まあ、確かにそうだね。とは言え、何でもかんでも素直に言ってしまうと、つまらないのだけれど。まあ、いいや。いやね、颯の発言には、方便が含まれているのではないかと思っただけだよ」
「方言? 訛りか?」
「いや、ほうべ――そう、方言。訛り。まったく、田舎育ちが丸出しだったよ。恥ずかしいったらありゃしない」
「いや、俺は別に幼少期を田舎で育った憶えは全く無いのだが」
「井の中育ちが丸出しだったよ」
「俺は蛙か何かかよ」
「田舎育ちに井の中育ち。つまりは世間知らずというわけさ。颯そのものだね」
「いや、何かお前は上手にまとめてやったぜみたいなドヤ顔をしているけれど、全く意味が分かんねえぞ」
「まあ、そんなことはどうでもいいよ。えーと……何だっけ。縞パンツの視覚的効果について論じ合っていたんだっけ?」
「してねえよ。未来永劫、そんなことを論じる場は設けねえよ。日帰り温泉旅行の話だろ」
「ああ、そうだったね。温泉旅行の日は、24日で確定だね。旅行日は変わってしまったけれど、何はともあれ、当初の計画通り。確認しておくけれど、昨日言った通り、他の男子には誘いを掛けていないよね?」
「ああ、掛けてないよ」
「OK。ところでさ、話は変わるけれど、この後どうする?」
「この後? 何でも良いけどな。別に原稿の仕上げの手伝いをしても構わないぞ。急の用事なんて無いからな」
「せっかくの夏休みだというのに、年頃の高校生が休日の予定が無い……。聞いているだけで、何やら涙を誘われるね」
優は仰々しく手で顔を覆った。
「いや、お前だって同じ暇人だろうが。真昼間から、成人向け同人誌の原稿を仕上げているような暇人に言われたかねえよ」
「あれは趣味が高じた稼業の1つ。少なくとも、仕事をしている人を暇人とは呼ばない」
「ぐっ……。あんな内容の漫画を描くことが仕事なんて呼べんのかよ」
「正当にお金がもらえるなら、立派な仕事さ。まあ、その話は置いておこうか。それにしても、夏休みにするべきことが無いのは、如何なものだろう。勉強をしろなんて堅苦しいことは言わないけれど、彼女でも作って青春を謳歌した方が良いんじゃない? 時間は不可逆なんだから、年相応の楽しみを味わっておいた方が良いんじゃない?」
「余計なお世話だ。つーか、彼女がいない上に二次元文化に命を懸けているようなお前に、そんなことを言われても言葉に説得力がねえよ。お前こそ、時間を大切にして生きたらどうだ。それに、俺には好きな相手がいないのに、どうして彼女なんて存在が出来んだよ」
「好きではなくとも、気になる女性くらいいるんじゃないの? まあ、別に恋愛することは義務ではないし、無理にする必要はないけれど」
「そりゃそうだ。そもそも、恋愛なんて学生の内に限らず、いつでも出来るだろ。焦って彼女を作る必要性なんて皆無だ。学生の恋愛至上主義的な考えは嫌いだぜ」
「ごもっとも。オレとしては、良い人生経験になるんじゃないのって話」
「まあ、確かにそうかもしれないな。……で、結局のところ、お前は何が言いたいんだよ。何か考えがあって、昼食後はどうするかって話を振って来たんじゃないのか?」
「おお、なかなかに鋭い洞察力だね。普段の鈍ちん颯からは想像できない」
「やかましい。で、何が言いたかったんだ?」
「そうそう。昼食を食べ終わったら、食休みがてらの散歩がてら、久しぶりに守矢神社を参拝してみないかって提案しようかと思ってね。ほら、お守りをもらう目的にも温泉旅行中の安全祈願をするためにもさ、神社まで行ってみない?」
「守矢……神社か」
守矢神社という言葉を聞いた瞬間、昨夜に聞いたと思われる言葉が想起された。
『誰かに逢えることを期待しているのではないかしら?』
もし、昨晩……実際に神社を訪れたならば。
俺は――誰かに逢えていたのだろうか。
夜半に神社を参拝していたかもしれない、誰かに。
「……どったの、颯。なんか視線が遠い宇宙の彼方に向いているけれど、頭の具合は大丈夫? 病院へ行くかい?」
「少なくとも、お前よりは頭の調子は快調だよ。……いやな、守矢神社と聞いて、少し思い出したことがあってな」
「思い出したこと? 何を?」
「……いや、なんでもない」
「ふうん…そう。まあ、いいや。そろそろ店から出ようか。もうハンバーグステーキは食べ終わったでしょ。それとも、デザートでも注文するかい?」
優は伝票を指の間に挟み、ひらひらと振って見せる。
「いや、デザートは要らない。お前の方こそ、デザートは良いのか? お前の場合、もっといっぱい食べて肉を付けた方が良いからな」
「肉ねぇ……。別にガリガリというわけではないし。オレとしては、体が軽い方が動きやすいから、あまり太りたくないんだけどね」
「まあ、その辺りは本人の好みの問題か。じゃあ、会計を済ませちまおうか」
「そうだね」
俺はテーブル席から立ち上がった。
その時、ふと気になったことを優に尋ねてみた。