救世ノラヴドール~俺とセクサロイドの気ままな旅~   作:こもれび

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第二十六話 憎いならこの私を殺せばいい。お前にはその権利がある

「ということで、王様のお世話はしばらくワッチがしますね。痒いところがあったら掻いてあげるくらいのサービスはしやすよ」

 

 いったいどういうつもりか……

 あの紋次郎と名乗った青年は、この黒髪の少女を一人残してどこかへと消えてしまった。

 私は不自由な身体に鞭打って無理やりに身体を起し周囲を確認する。

 壁も柱もだいぶ朽ちてボロボロではあるが、ここは元々教会であったようで、外された扉越しに見える先のホールには年端もいかないぼろ布をまとった子供たちが、大勢で何かの歌を歌っていた。

 あれは讃美歌か?

 子供達の外れた音程を耳にしつつ、その笑顔で歌っている光景に心が絆されるのを感じていた。

 

「あ、王様……じゃなかった、【アレクおじさん】っすね。起きられるくらいだったら今はワッチはいらないっすよね。ちょっとおねえさん方のお手伝いしてきやすね」

 

「あ、これ……」

 

 そう呼び掛けるも答えずに、彼女はタタタッと小走りに部屋を出て行ってしまった。

 やれやれと私は首を振ってから自分の身体を眺め見た。

 今の私は王族の衣装をまとってはいない。そのあたりの町人と同じようなカーキ色の薄汚れた平服姿である。

 多分眠ってしまっているうちに着替えさせられたのだろうとは思うが、これはいったいどのような状況であるのか?

 

「お目覚めでございますか? 大分お疲れのご様子でございましたが」

 

 そう声を掛けられて顔を上げれば、青い法衣を纏ったまだ年若い修道女の姿。彼女は私へと木のコップに注いだ水を差しだしてきていた。私はそれを受け取って、だが口にはしないままでいた。すると、彼女が微笑んだ。

 

「ここの井戸の水でございます。まだ汚れてはおりませんのでお飲みいただいて大丈夫ですよ」

 

 そう優しく告げられ、私はすぐに聞き返した。

 

「この街の他の井戸の状況は?」

 

 彼女は少し俯いて返した。

 

「もうかなりの井戸が使えなくなっております。ここ数年でかなり……」

 

 そう話す彼女を見つつ、私はコップを持ち上げて言った。

 

「いただこう」

 

 そして水を口に含む。その味は決して良いものではなかった。錆を含んだような、生臭いような。だが、これであっても今の市井の者達にとっては貴重な水ということなのであろう。

 私は彼女に礼を述べてコップを返した。

 

 そうか……もうそんなところまできてしまっていたのか……

 

 私は深くため息を吐くと同時に、己の無力さに歯噛みした。

 そして、こんな事態にまでこの国を貶めてしまった自身の無能を呪った。

 いったいどうしてこんなことになってしまったというのか……

 

 いや、その理由は明白だった。

 

 私が『あの女』と出会ったことから全ての歯車は狂い出したのだ……

 私があの甘言に惑わされさえしなければ……

 私がもっと国のことを考えられていれば……

 私がもっと、『彼女』のことを愛していれば……

 決してこんなことにはならなかったのだ……

 

 グッと悔しさに奥歯を噛もうとするも、もはやこの私の身体にそれほどの力は残されていなかった。まったく私はなんと愚かな存在なのか……

 改めて自分に絶望していた、その時だった。

 

「あら? アレックス君どうしたの? お客様に御用?」

 

 そう修道女が声を掛けた先に立っていたのはまぎれもなくあの子だった。

 私はまっずぐに私を睨むその子の瞳から逃れるべく顔をそむけた。

 

「うん、少しこの人と話がしたくて……。あ、今日のご飯の材料、さっき修道院の人から分けて貰ったから台所にあるよ」

 

「まあ、ありがとう。ではすぐにお仕度をしなくっちゃね」

 

 シスターはそう言うと、パタパタと部屋を後にした。

 残ったのは私とアレックスの二人のみ。

 何も話すことなどない。いや、なにも話すことなどできないのだ。私がしてしまった仕打ちを考えれば。

 暫く何も話さないままで私の傍に立ち続けたアレックスは徐に言った。

 

「まさか御存命中にお会いできるとは夢にも思いませんでした。ですから先に言ってしまいます。私は……俺はこの国に住む人々を必ず守ります。この命に替えても。ですから安心して死んでください。話はそれだけです」

 

 チラリと視線を向ければアレックスはひどく顔を歪ませて唇を噛みちぎりそうな勢いで噛んでいた。

 それを見て私は言った。

 

「憎いならこの私を殺せばいい。お前にはその権利がある」

 

 すると、アレックスは顔を真っ赤にして私に叫んだ。

 

「権利? 権利……だって……? ふ、ふざけるなっ!! お前のせいで、お前のせいで『お母様』はっ!! くっ……」

 

 アレックスはそう言うと、涙の筋を頬に走らせた。その想いこそまさに私が求めたものであった。

 決して許されることはない私の犯した罪。

 そして、私がアレックスに背負わせてしまった悲惨な十字架。

 それを、私一人の命程度で払えるはずが無かったのだ。

 私はそれを思い目を瞑った。もういっそ、このまま死んでしまいたいとさえ思えていたから。

 

 だが、アレックスは私に対して想像もしていなかったことを言った。

 

「別に……もう良いのです、お父様。貴方を憎むこの気持ちは私一人だけの物。そんなものの為に、他の大事なものを切り捨てることなど私には出来ません。それに、もしここで貴方を殺してしまえば、私も『あの人』達と同類ということになってしまいますから」

 

 そう断言したアレックスの横顔には決意と覚悟が見てとれた。

 なんということだ……私はまだ成人したばかりのこの幼い子供に、これほどまでの重圧を押し付けてしまっていたというのか……

 それを思い、胸が苦しくなるのを感じていた。

 

「ごきげんようお父様。もう生きていらっしゃるうちに会うことはないでしょうけれど、お亡くなりになった後には必ずお花を手向けさせていただきますわ」

 

 そう凛々しく言い放ったアレックスに、私はもう何も言えなかった。

 

「えーとですね。かなりシリアスでしんみりしたお話してるみたいですけど、ちょっとそれどころじゃなさそう何で、ちょいと失礼を!!」

 

「んなっ!! な、何をするっ!!」「うおっ…………」

 

 急に現れた先ほどの黒髪の少女が、唐突に私を放り投げて肩で受け止め担ぐと、もう片方の肩にはすでにアレックスの姿が。

 そして彼女は言った。

 

「シスターさんたちはもう裏口から逃げましたかたご安心を!!」

 

「だから、いったい何があるんだよ!!」

 

 アレックスがそう怒鳴った瞬間、彼女は言った。

 

「来やすよ!!」

 

「へ?」

 

 その時だった。

 

 ドッゴーーーーンと大音響の炸裂音が響いたかと思うと、石造りのこの建物の壁の一角が大きく破壊され大穴が空いたのだ。そしてもうもうと立ち込める土埃の向こう側に、あれがいた。

 

「さあて、狩りを始めますかね」

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