救世ノラヴドール~俺とセクサロイドの気ままな旅~   作:こもれび

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第七話 奴隷娼婦ヴィエッタ

「失礼します。今夜のお相手をさせて頂きますヴィエッタで……」

 

「うるせいっ‼ 出ていけよこのくそビッチが‼」

 

 広い部屋だった。成金趣味と言ってもいいのかもしれない。床に敷かれた絨毯も相当高価そうであったし、周囲の壁に掛けられた絵画や置かれた調度品の数々も相当な値打ち物であることが見て取れた。

 そんな部屋の戸が開いて早々、俺はそう怒鳴った。

 当然だ。

 何がなんだか分からない内にこの部屋に通されて、しかも俺はヤル気満々だと思われている可能性があって……というよりは、女を買いに来たろくでなしと思われているに決まっているわけで、いや、実際に買いに来たわけだけども……いいや、そうじゃない。俺はまずどうやってこの女をあの商人のところへ連れていくかを考えていただけであって、こうやって一夜を共にしようなんて微塵も思っていなくてだな……くそっ! シシンの野郎、勝手にこんなことしやがって!

 

「あ、あの……!」

 

「んだよっ‼」

 

「ひっ……」

 

 思わず声を荒げて睨んだ先にあったのは、手で胸を押さえて不安そうにしている一人の若い娼婦の姿。

 胸の大きくはだけた白く薄い浴衣を羽織り、全身を隠すようにしているその姿は淫靡ではあっても、どことなく清潔さを感じさせた。

 白く透き通った華奢な身体にまだあどけなさの残る幼い顔立ち。不安げにこちらを見つめるその大きな瞳は伏し目がちであっても非常に愛らしく、だが、決して未成熟というわけではない均整の取れた全身のプロポーションは一見してスーパーモデルさながらの存在感を放って、妖艶な色香を全身から溢れさせていた。

 間違いなく美人である。女性なんてほとんど分からない俺にしたって、これは美人だと断言できるレベルだ。

 あいつらの話を全く信じていなかった俺だがこれは聞いていた以上だ。シシン達が熱を上げるのも頷ける。

 はらりと垂れてきた亜麻色の前髪を、そっと白魚のような指で掻き上げる仕草には、思わず俺も全身が震え上がるほどにぞくりとしてしまったし。

 しかし、それだけだ。

 

「あんたが、ヴィエッタなのか?」

 

「……は、はい」

 

 まだ少女と言っても良いであろう目の前の女は恐る恐るといった具合で俺に返事をした。

 目を見れば明らかに動揺しているようだし、俺のことを明らかに訝しんでいる。そりゃそうか。ここに来る男なんてみんなやる気まんまんで当たり前だからな。クソがっ!

 でもあれか……

 こいつがこの買い物ゲームの商品か。

 忌々しいが、追い出すわけにもいかないか。

 

「おまえ、突っ立ってないでここに座れよ」

 

「あ……はい」

 

 イライラしつつもとりあえず話しをしようと思い立った俺がそう言うと、ヴィエッタは何を思ったのか、いきなり俺の膝の上に向かい合わせになるような形で跨った。

 その途端に浴衣がはらりとめくれあがって隠れていた腰の小さな白い下着が露わになる。

 

「て、てめえっ! な、なにしやがるっ! そこに座ってんじゃねえ」

 

「? あ……も、申し訳ありません。ゆ、床ですね? まずは御口でご奉仕した方が宜しかったですね。す、すぐに……あ……」

 

「おま……あぶねぇ」

 

 慌てて俺の上から飛び退こうとしたヴィエッタ。しかし、慌て過ぎていたのかそのまま後ろにひっくり返ってしまう。明らかに後頭部から落下してしまうその様に俺は慌てて手を伸ばして、その細い腰を支えながら手前に引き寄せた。

 

「わぷっ……」

 

 ぱゆん……

 

 あまりに勢いよく引いたせいかヴィエッタの身体が俺の身体に衝突した。

 具体的に言えば、飛んできたのは胸の開けた状態の大きな丸い二つのマシュマロ……当然それは俺の顔面に衝突した。

 なんとも言えない女の甘い香りが俺の鼻を刺激する。その香りだけで脳がしびれてくるような感覚さえあったが……

 

「あ……も、申し訳ありません。が、頑張りますので、どうかご容赦ください」

 

「わぷ……わぷ……」

 

 無意識なのかなんなのか、謝りつつもヴィエッタは俺に体重を預けるようにして顔に胸を押し付けてくる。ぱふんぱふんと両方のそれが俺の顔面を蹂躙して……

 

「だぁああああっ! だからそれをやめろと言ってんだよ! お前はなんなんだ? アホなのか? 謝りながら迫ってくるんじゃねえ!」

 

「も、申し訳ありませんっ!」

 

 再び謝るヴィエッタ。勢いよく頭を下げた彼女はその瞬間……上半身を辛うじて隠していた浴衣を完全に脱衣(パージ)して、ハリのあって形も良く、色も超攻撃(ピンク)色の突起を俺の眼前に晒したのであった。

 

 あ、こいつ、完全に天然(確信犯)だな。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

「ったく、お前の脳みそはいったいどうなってんだ? 初対面の男になんてことしやがるんだよ」

 

 とりあえずやること為すこと全部エロ方面に突っ走るヴィエッタをベッドの縁に座らせると、奴と話すために部屋の隅のテーブル脇に置かれていた椅子を持ってきて彼女の正面に置いて腰をかけた。

 そしてじっと正面のヴィエッタに視線を送る。

 

 彼女はその瞬間にびくりと身体を震わせてから、にこりと薄く微笑みながら俺に向かってそっと浴衣の前をはだけさせて……

 

「っておい! なんでいきなり全裸になろうとしてんだよ? バカなのか? おまえはいったい何がしたいんだ」

 

「も、申し訳ございません。その……と、殿方は皆様私の身体を楽しむ為にお越しになられますので、お客様にも粗相がない……ように……と?」

 

「もう十分に粗相だよ、俺に対しては!」

 

 掠れるような声で喋りつつ前を隠しておどおどし始めるヴィエッタ。

 なんだこいつは、普通にしゃべれねえのかよ?

 でもそうだよな。ここに来る男なんて結局のところは欲望を吐き出したいだけで来てるに決まってる。

 俺だってそういう連中と同じだとこいつが思ってしまったとしてもそれは仕方がないだろう。

 まあ、この今の状況に惹かれないかといえば全くそんなことはなくて、俺の男としての欲望は十分機能しちまいそうだし。

 それが動物的な本能だと理解しちまっているからこうやって平然としていられるんだけども。  

 

「おい、あんた」

 

「は、はひっ!」

 

 またもやびくりと痙攣して飛び上がる彼女。

 俺はそれを見ながらまさかと思いつつ聞いてみた。

 

「あんた……まさか普通に男と話したことないのか?」

 

「え、えと……」

 

 ヴィエッタは不安気に顔を曇らせると俯きながら答えた。

 

「話した……ことは……あります。その……お、お父さんとなら……?」

 

「いや、それは男じゃなく肉親だ……じゃあ、そのお父さんは今どこにいるんだよ」

 

「お、お父さんたちは……」

 

 みるみる顔色を悪くしていくヴィエッタ……

 あ、こりゃ聞いちゃダメだったやつだ……

 そう思ったときにはもう手遅れだった。

 

「お父さん……お……父さん……ぃっく……ひぐ……」

 

 突然大粒の涙をこぼし始めるヴィエッタ。あわわ……や、やっちまった。

 

「わ、わるい。今のはなしだ。聞かなかったことにしてくれ」

 

 うんうん頷きつつも涙の止まらない彼女。あ、こりゃだめだ。

 しばらく嗚咽する彼女を眺めつつ、俺は考えてみる。

 確かに美人だし可愛いしスタイル抜群だし従順だし素直だし……うん、なんというかこの娘文句の付け所がないな。男を悦ばせるためだけに存在しているとでも言えばいいのか……

 無意識びうちでも男どもを昇天させちゃう感じがするし、実際そうなんだろうし、彼女とまぐわった男達はきっとみんな幸福を感じたことだろうな。

 ただ、実際は違うな。

 中身は空っぽのただの親恋しい一人の子供だな。

 父親がいったいどうなったのかは不明だし、今から聞き出す気もまったくないけど、どうせ面白くない展開に決まっている。

 彼女が落ち着くまで俺は待つことにした。

 椅子にもたれ掛かって首に疲労を感じて思いっきり伸びをした。そのまま捻りながら首筋を揉んでみると思った以上に凝っている。そりゃそうだな。ここに来るまで重い荷物を背負って旅をしてきたわけだし、街に着いて早々このトラブルだ。身も心も疲れているに決まっている。

 ふいに俺の肩に誰かが触れた。

 彼女だ。

 何時の間にやら泣き止んでそっと俺の肩を揉み始めた。

 

「あ、あの……私がお揉みします」

 

「いや、別にいいよ」

 

「え、えと……お客様に尽くすように申しつかっておりますので」

 

 彼女の細い指のどこにこんな力があるというのか、時には強く、時には優しくその指が俺の肩を揉む。

 確かに気持ちいいが、別にこれをして欲しいわけでもない。

 

「ありがとうな、でも今はやらなくていいよ」

 

「で、でも……」

 

 払い除けようとしても尚続けてくるヴィエッタ。娼婦にマッサージさせてたらこのままどうなるのか本当に洒落にならん。

 

「しつけえな! やめろって言ってんだよ俺は!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 俺の言にパッとその手を放した彼女はチラチラと俺を見ながら、小声で問いかけてくる。

 

「あ、あの……でしたら私は何を……、お、お客様にどうやって御奉仕すれば良いですか?」

 

 不安げに媚びるようにそんなことを言う彼女に本当に呆れて俺は言った。

 

「だから何もしなくていいんだよ。強いて言えば俺と話をしてくれ。それだけでいい」

 

「そ、それだけ……ですか?」

 

「それだけだよ。なんか文句あんのか?」

 

 理解できないのか不思議そうな表情のままで頷いてみせた彼女。不承不承といった体で俺を見上げてきているが、その顔には先ほど以上に不安と困惑の色が出てしまっていた。 

 

「なあ、まさかと思うけどお前……毎日ここで男に抱かれるだけの生活を送っているのか? いつからだよ」

 

「……………………」

 

 彼女は一度少し考えるような仕草をしてから、ふるふると首に振った。

 

「自分がいつからここにいるのか分からないのか……?」

 

 それにコクりと頷いた彼女。

 

「じゃあ、今はいったいいくつなんだよ。お前の歳は?」

 

「よく分からない……です」

 

「ふぅ……マジかよ」

 

 まったくどうなってんだ。国一番人気の娼婦とかいう奴の本性がここまでだったとは……

 

「お客様は……私を抱かないのですか?」

 

 不意にそんなことをヴィエッタが口走った。

 とてもこんな10代の少女が口走って良い台詞だとは到底思えない。

 

「なんでそんなことを聞くんだよ?」

 

「え、えっと……だって、今まで私を抱かなかったお客様はいらっしゃらなかったから……それに、このままだとい私が叱られてしまいますので」

 

「はあ……」

 

 マジで世も末だ。

 いったいこの娘がここにいつからいるのかは知らないが、ここに来た全ての男にその身体を弄ばれ続けてきたのか……そう思うと吐き気すら催すな。だがしかし彼女はここで生きていて、最悪の結末である『死』は迎えていない。

 そう思えば生きているだけこの子は恵まれているのかもしれない。そう考えることもできたし、ひょっとしたら男に抱かれる日々こそ彼女の幸せなのかもしれない。

 俺の価値観ではこの子は『最悪人生の殿堂入り』を果たしちまっているんだけどな。

 

「お客様はみなさんお優しいです。私が頑張ると皆様は本当に喜んでくださいます。ですから私も頑張って御奉仕します。そうすれば、お客様はもっと喜んでくださいます。たまに凄く怖くて、痛いことをするお客様もいらっしゃいますけど、それでも私はお客様の為になんでもさせて頂きます」

 

 真顔で真剣にそんなことを宣うヴィエッタ。

 

「なんでそこまでするんだよ」

 

「私にはお客様を悦ばせることしかできませんから……」

 

 悲壮としか言えないそんなことを、だが彼女は大真面目に宣言した。

 これは洗脳がとか摺り込みがとかそんなレベルの話じゃないな。完全に生活のパターンとして娼婦生活が定着しちまっているわけだ。

 古典で紐解けば『アマラとカマラ』の研究に近いかもしれないな。狼に育てられた二人の少女の実話。動物に育てられるという体験自体忌避感も強く非人道的として考察すら行われなくなって久しいが、文明生活から乖離した状態で生活することで、共同生活個体に強く依存していくという人の特性はこの異世界にあってもやはり変わらないらしい。

 単純に考えて、この少女の常識とは、『睡眠・食事・性行為』の人の三大欲求のみを追求するように仕向けられてきたのだろう。あとは痛みや恐怖からの逃避か。

 完全な性奴隷(セックスマシーン)なんだろうな。

 ただ……

 これだけ会話が成立することと、父親の話であれだけ動揺したところを見るに、根源的な人の感情は持ち合わせているようだ。

 となれば、この子はまだ……

 俺は頭を掻きながら彼女を見つめる。

 相も変わらず、どうしてよいのか分からない体でもじもじと俺に視線を送ってきている。

 

 ここに来た目的……

 それは『彼女を手に入れること』。つまり、彼女を商品として買えれば良いのだが、多分それは無理だということは察しがついている。となれば別の方法を取らざるを得ないのだが……果たして彼女は俺の提案を受け入れられるかどうか……

 

 考える時間は無限にとることは出来ない。今は動き出す必要があった。

 本当はこんなことしたくはないんだが……このままじゃどうにも進まないしな……

 俺は深くため息を吐きたいのをグッと堪えて、ヴィエッタを見据えて言った。

 

「一つ聞きたいんだが、今こうして客の相手を続けていることがおまえにとっての『本当の幸せ』なんだよな?」

 

「本当の……幸せ……?」

 

「ああそうだ。おまえは男達に尽くすことこそが自分の幸せだと思っているんだよな? 自分の身体を使って男を悦ばせることがお前の本当にやりたいことなんだよな。だからこうやってこんな俺に対してもエロいことしようとしてんだよな」

 

 ヴィエッタは困惑顔のまま微かに声を漏らした。

 

「よ、よく分からない……です」

 

「そんな訳はねえだろうが。そもそもここには山ほど男が来るんだろ? で、みんなしてお前を玩具にして、そのまま何もなかったように帰って行くんだろ? お前は色んな男にとっかえひっかえ汚されてそのまま捨てられるのがうれしいんだろ? 幸せなんだろ?」

 

 彼女はワナワナと震えながら口許に手を当てて小さな声で言う。

 

「わ、私にはそれしかできない……ですから」

 

「答えになってねえよ。お前がやりたいことは何かって聞いてんだよ俺は。お前は一生この狭い檻の中で男達の相手をして生きていきたいってことなんだろ? お前は真正のヤリマンみてえだしな。男に可愛がられて、乱暴にされて、甘えられて、それでお前自身も感じまくってたんだろ? 男どもを見下してたんだろ? どんな男も私の思うがままだし、私じゃなきゃダメで、ああ、私は幸せすぎる……とか、そんな優越感にでも浸ってでもいたんだろう、ああ?」

 

「どうして……」

 

「え?」

 

 少し俯いた彼女が唐突に声を上げた。それは先ほどまでとは比べられないほどの大きな声量で。

 

「どうして……どうしてそんな酷いことを言うの? わ、私のこと知らないくせに。私の想いなんて何も分からないくせに」

 

 突然……だった。

 突然彼女は両方の拳をぎりぎりと握り込みながら叫んだ。

 

「そんなわけないっ! 出たい……ここから出たい。ここを出て普通に暮らしたい。お父さんやお母さんにまた会いたい。みんなと暮らしたい……よ。こんなところ……いたくないよ……」

 

 慟哭は激しい悲しみを帯びつつも、でも次第と消え入る様に小さくか細く弱まっていく。

 震えながら涙をこぼし始めた彼女。その姿はどう見ても痛々しい。

 

 俺は……

 

 その姿に……

 

 

 

『ホッと安堵した』

 

 

 そして彼女に言うのはこの言葉。

 

 

「そしたら、俺と一緒に逃げるか? 俺がお前を逃がしてやる。娼婦としてじゃねえ、普通の人としてだ」

 

 

「え?」

 

 スッと立ち上がった俺を呆然と見上げてくる彼女。

 何を言われたか分からないと言った風に俺を見ているが、その挙動は完全に停止してしまっていた。

 

「おい、どうすんだよ? 俺と一緒に逃げるのか? それともここに残るのか、どっちなんだよ」

 

「え? え? だ、だって……そ、そんなこと言われたって……だって私は娼婦だし、ここで頑張らなきゃいけないし、だって……」

 

 ぶつぶつと独り言のように囁きつづけてしまっている彼女。俺はしばらく腕を組んで待っては見たが、あまりにも時間がかかっていたため、正面に仁王立ちして宣言した。

 

「だってだってはもういいんだよ。お前がどうしたいかだけだ。決めろ」

 

「わ、わたし……わたしは……私はどうしたらいいの? どうしたら……お願いします。教えてください」

 

 急に顔を上げて俺にそんなことを懇願してくるヴィエッタ。

 こいつ、どうも相当に思考放棄させられていたみたいだな。完全なマインドコントロール状態だ。面倒くせえな。

 

「どうすりゃいいかなんて知らねえよてめえで考えろ。お前がどうしたいのか言ったのはお前自身だろうが」

 

「で、でも……」

 

「お前はな、ただのクソな娼婦だ。娼婦として一生幸せに居たいならここいいろ。そうじゃなけりゃ俺と来い」

 

「っ‼」

 

 断言しちまった。こういうことはしたくなかったけどな。でもここでこいつを置いて行く選択はもはやない。

 彼女は驚愕を顔に張り付けたまま、どんどん青白くその色を変えていくその顔色のまま、でも目だけは確かに決意色に輝いて俺を見返してきた。

 そして……

 

 コクリと頷いた。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

「え? でも、どうやって……。この館にも怖い人はいっぱいいるし、捕まったらお客様も殺されちゃう……」

 

「紋次郎だ」

 

「え?」

 

「だから俺の名前は紋次郎だ。そもそも俺はお前のお客様になった覚えなんかねえよ」 ま……前金で払ってはあるんだけどな。

 

「紋次郎……さま?」

 

「様はいらねえよ、面倒くせえ。ま、とりあえず逃げるぞ、こっちへ来い」

 

 俺はヴィエッタの手を取って窓辺に向かう。そして閉め切られたその窓の縁に手を当てて少し力を入れてみた。当然だがびくともしない。

 

「あの……紋次郎? ここは三階だし絶対その窓は開かない……」

 

「……研ぎ澄まされし大地の理、その大いなる紡ぎを綻ばさせよ……」

 

「え? ま、魔法?」

 

 俺は口の中で呪文を唱えつつ、今度は窓が嵌まっている『土壁』に向かってその手を添えた。

 そしてたった今、この街でこの場所で唯一使えるであろうその『系統』のある魔法の呪文を完成させる。

 

「……理を解せ……『砂化(ド・サンドーシュ)』!」

 

「か、壁が……」

 

 忽ちの内に窓の嵌まっていた周囲の分厚い壁が四角くごっそりと砂と化し、さらさらと流れ落ち始める。

 窓が開かないならその周りを抉ってしまえばいい。この地に来てから唯一使うことが出来るのは『土魔法』。ちょうどおあつらえ向きにこの館の殆どは土から作られたレンガで出来ている。であるから、その土魔法を利用してレンガを砂に変えてしまえば万事OKということだ。

 あとは当然のごとく落下してくるその窓枠を受け止めればいいだけ……俺はそれを受け止め……

 

 られなかった!

 

「うっはっ‼ な、なんだこれ? ちょ、超重い」

 

 全身の筋肉を漲らせて必死に踏ん張る俺の両手の上に落ちてきたのは分厚いガラス戸とそれを守る鋼鉄製の窓枠。

 いや、ちょっと重いとか、凄く重いとかそんなレベルじゃあない。これは完全に背骨がへし折れるレベル……

 

「う、うは……し、死む……」

 

「あ、て、手伝います」

 

 窓枠に潰されて圧死しようとしている俺の背後にその身体をぴったりと密着させてきたヴィエッタが俺の手ごしに窓枠を持ち上げるように力を籠めると……

 

「あ、あれ? 結構大丈夫そうです……ね?」

 

 簡単に窓枠は持ち上がり、普通にベッドわきに立てかけられました。

 それを茫然と眺めていた俺に彼女がひとこと。

 

「あ、あ、あの紋次郎? 凄い魔法でしたね! 私、初めて見ました……よ? ありがとうございました」

 

「そ、そうですね」

 

 なぜか俺が掻っ攫おうとしていた娼婦に素で慰められてしまったのだった。

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