救世ノラヴドール~俺とセクサロイドの気ままな旅~   作:こもれび

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第八話 エロスのある逃避行

「ヴィエッタがいなくなっただって? お前はいったい何をやってたんだい!」

 

「も、申し訳ありません。」

 

 その建物の上階の窓辺にその女の姿はあった。身に纏った豪奢な碧のドレスはしかし、これでもかというくらいまで放漫な肉によって拡がってしまっている。とても『痩せている』とは言い難いその中年の女は、鬼の形相でその部屋の入り口に立つ一人の痩せた男に向かって激昂した。

 

「す、すいません。常連の『緋竜の爪』の知り合いで、金払いも良かったものでヴィエッタをあてがったのですが、まさかこんなことになるなんて……」

 

 思いも寄らなかった……とでも言いたげなその男は最後までそれを口にすることはなかった。彼は紋次郎を案内したこの店の従業員であったのだが、女主人のあまりある怒りの鋭い眼光に射竦められてしまっていた。

 女は一度男から視線を外すと煙草を取り出してそれに火をつけ苛立たしげにそれを吸った。

 ふうっという吐息と共に濃い白い煙が室内に漂い始める。

 

「で、どうやって?」

 

 少しトーンを落とした女がギロリと睨みながら静かに言った。

 

「は、はい。どうも高位の『土魔法』使いであった様で魔法結界を張った壁ごと窓をくり貫かれておりました……あんなこと出来るのは『上級魔術師』でも極一部……それこそ、『賢者(ワイズマン)』レベルか……」

 

賢者(ワイズマン)だって? なんでこんな街にそんなのがいるっていうんだい」

 

「わ、分かりませんが、あの魔法結界を破るなんて普通は無理です。今までだって破られるどころか、傷ひとつつけられたことはなかったのですから」

 

「ふう……」

 

 それを聞いた女は眉間に皺を寄せる。

 そもそも男の話しはもっともなことでもあった。

 何かと狙われることから、この店の防衛の為に高い金を払って魔法結界を敷かせたのは、他の誰でもない彼女自身であるのだから。

 そう思い出しつつ、いかにも煩わしいといった体で口を開いた。

 

「まったく……ようやく娼婦らしくなったというのにこの様か……ふう、本当に面倒を寄越してくれたもんだよ」

 

 痩せた若い男はそれに答えるべきかどうかを悩んだ末に、何も答えないことを選択した。

 女が彼に視線を向けていなかったし、その言葉が彼女特有の独り言であることを察することが出来たから。それにまた余計なことを口走って叱責されることを回避したかったこともある。

 彼はあの男から注意を逸らしてしまったことを心底悔やんでいた。

 気の弱そうな明らかに小者なその佇まいに、ただの青臭いガキだと高をくくってしまったのだ。なかなか手を出さない男の様子に呆れ果て、彼は別の娼婦へと注意を移してしまったのである。

 それがこの結果……ヴィエッタを連れ去られるという失態に繋がってしまった。

 如何に叱責されようとも何一つ言い逃れることは出来ないのである。

 

「【バスカー】の差し金かもしれないねぇ」

 

 主人のその言葉にさもあろうと彼も思いいたっていた。

 この街で最大の奴隷商人であるバスカーの元へ、ヴィエッタを手に入れたいと申し出る多くの貴族や富豪達がこぞって依頼を持ちかけていることは有名な話であった。

 バスカー本人もヴィエッタに執心してこの店に通い詰めの時期もあったし、つい先日も実際に2億ゴールドを持参して彼女の身請けを申し出たばかりである。

 元よりヴィエッタを手放す気などないこちらにとって、どれだけ金を積まれようとそんな要求を受けるつもりは毛頭無かったのだが。

 

 それがここにきてこのイレギュラーである。

 まさか、彼女をこうも簡単に連れ出されてしまうとは……

 長い期間この館の管理に携わってきていた男にとってもこの事態はまさに想定外の出来事であった。こんなことになるのであれば、違和感を感じたあの時に部屋へ介入するべきであった……いや、そもそもあの男にヴィエッタをつけるべきではなかった。

 様々な後悔が襲い来るもすでに後の祭りであることを重々承知し、彼は唇を噛んだ。

 

「何をすればいいか、分かっているだろうね」

 

「はい」

 

 女主人が鋭い眼光で彼を射貫く。

 それに即答で返した彼は、すぐにその部屋を辞した。

 

 すべきことはすでに分かり切っている。

 この失態をどうにかしなければ……

 彼は敬愛すべき主人の恐ろしい瞳の光を思い出しながら、足早に目的地へと向かった。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「さすがにシシン達はいねえみてえだな……」

 

 店を出た俺は先ほど連中と別れた路地へと顔を覗かせてそこに誰もいないのを確認してそう独り言ちる。

 と、言った途端にそんな俺を不思議そうに見つめてきた彼女の瞑らな瞳と視線が交差して気まずくなる。

 この女……俺のこと、独り言呟くようなおかしい奴とか思ってそうだな……くそっ。

 俺は適当に胡麻化そうと、とりあえず着ていた上着を脱いでヴィエッタへと差し出した。

 

「あ、あのなぁ、ちょっとこれを着ろよ」

 

「え? はい」

 

 本当に適当にそうしただけなのだが、よく見ればヴィエッタの身体は、すぐに破けてしまいそうな薄手の浴衣と小さな白いショーツを履いているのみで、はっきり言って公衆の面前に出して良い恰好ではなかった。

 まあ、俺のこの皮のジャケットを着たとしても、せいぜい尻が半分隠れる程度の丈しかないわけだけど、何も着ないよりはましだよな……と着せてはみたのだが……

 

「あ、あの……ありがとうございます。ちょっとゴワゴワしてますけど、ちょうどいいです、これ」

 

 エヘッと俺に笑顔を向けてくる彼女。ちょうどいいと自分では言っているのだが、実際の所はそのたわわな胸が俺のジャケットを不自然に歪め押し上げてしまい、尻は大分隠れているのだが、前の方はほぼ露出されてしまっていた。

 

「お前な……パンツの前面がフルオープンなのに平気なのかよ」

 

「あ、でも私、普段からいつもこの格好なので結構大丈夫です!」

 

「その感覚絶対おかしいから! 間違ってるから!」

 

 グッと拳を握ってそう返事をする彼女は本当に平気そうである。まったくどんだけ世間知らずな娼婦なんだよ、こいつは。

 呆れて頭を掻いていた俺の背中に、急に何かが触れたかと思って見て見れば、俺の背にぴったり身体を重ねてくるヴィエッタの姿。

 

「あのあのヴィエッタさん? 何をしてらっしゃいますの?」

 

「あ、えーと、もし人に見られてまずいようでしたら、こう抱き着いていれば仲の良い男女に見えますし、最悪エッチを始めちゃえば、ああ、あの人たちは今忙しいのね……って離れて行ってくれるかな……って」

 

「どこの世界に急に街中でおっぱじめる男女がいるってんだよ。ってかそんなのいたらマジでヤバいやつだから。頭おかしいから」

 

「へ? そうなんですか?」

 

 はあ……こいつは重傷だ。

 いったい何年あそこで男達の相手をさせられてたんだか知らないが、まさかここまでエロスですべてが納まると思っていやがるとは。

 

「そもそもお前はそういう生活をしたくないから俺についてきたんだろ? なんでいきなり初心放棄してんだよ。もっと頑張れよ」

 

「あ……そういえばそうですね」

 

 思いっきり意外そうな顔になっているヴィエッタ。

 何がそうですねだ、これは先が思いやられるよ。まったく。

 

「まあ、いいや。とにかくさっさと俺の宿に入っちまおう。着替えとかもあるしそうすりゃ大分落ち着くだろう。おら急ぐぞ」

 

「は、はいっ!」

 

 それから俺たちは宿を目指してなるべく人目につきにくい路地を走って移動した。

 まだ深夜というには早いが十分遅い時間であり、それこそ人通りはまばら……店舗も店仕舞いをしているところがほとんどだし、これ幸いと人目を避け続けた俺たちは、宿までもう目と鼻の先といった裏道へと差し掛かっていた。

 

「はぁはぁ……ほら、あそこの建物が目的の宿だ。あとちょっとだから、頑張れよ」

 

「は、はい。それよりも紋次郎? そんなに疲れて大丈夫ですか?」

 

「はぁはぁ……うるせいよ」

 

 なんなんだよいったい。なんで俺と同じスピードで走ってきてこいつは息切れひとつしてねえんだよ。こいつもレベル結構高いのか? 久々の御荷物感にマジ萎えそう。

 まあ、でももうすぐそこだ。

 とにかくこいつをまずは着替えと変装をさせて、それから早速あの商人のところへ行ってだな、それから……

 

「あの紋次郎? ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 

「なんだよ」

 

 急にヴィエッタに尋ねられ俺は歩きながらその顔を見た。どことなく不安気な感じになっているところから察するに、少し冷静になってきて自分の置かれている状況がなんとなくでも理解出来てきたのかもしれない。

 まあ、不安にもなるわな。当然だ。

 だって今のヴィエッタの状態は『誘拐』されている真っ最中なんだもの。

いや、この表現が適切かどうかはあれだが、ヴィエッタが捕まっていた捕虜だとかならこれは『奪還』だし、収監されていた囚人であるならば『脱走』、単に家から飛び出しただけなら『家出』だし、恋の逃避行なら『駆け落ち』か……とか、全くそのどれにも当てはまりはしない今のこいつの状況はやはり『誘拐』で間違いないだろう。

 なにしろ、奴隷であるこいつを俺がこっそり拐ってきたわけだからな。そこに本人の意思のあるなしは関係ない。100人いたら100人全員俺のことを誘拐犯と呼ぶだろう。

 あれ? 俺どうして犯罪してんだろ? あれ? 実は俺今超やばい状況なんじゃね? はわわ、なんか考えてみたらそわそわしてきた。

 

「紋次郎?」

 

「ひゃいっ!」

 

 突然すぐ目の前でヴィエッタに声を掛けられて心臓が止まるかと思うくらいに驚いてしまった。

 いやあれだ。これはマジで怖くなってきた。どうしよう‼

 ま、まあ、今はとにかくこいつの話を聞かなくては。

 

「だ、だいじょぶ、大丈夫だから、それをさっさと言えよ。答えてやるから」

 

「あ、えと、えーと。その……」

 

 ヴィエッタは困惑した様子のまま俺へと問いかけてきた。

 

「私はこれからどうなるの」

 

 それはまさに彼女の心の声そのもの。今の現状をすべて擲って彼女は俺に着いてきた。

 確かにあの環境は彼女にとって地獄そのものであったかもしれないが、同時に彼女にとっての人生のほとんどの日常でもあったのだ。それがこんな訳の分からない初対面の男と一緒に逃亡を計っているのだから、当然の不安だろうな。

 

「俺はお前が行きたいところまで連れていってやる。その後はお前の好きに生きればいい」

 

「え? 私の行きたいところ……好きに……?」

 

 ぽかんと口を開けたヴィエッタが俺に怪訝な顔を向けてきた。なんなんだよその顔は。

 

「なんか文句あんのか?」

 

「あ、ちが……そうじゃなくて、それじゃあ紋次郎になにもメリットがない。私の為にそこまでしてくれるなんて、私は何をすればいい? 紋次郎にどうやってお礼をすればいいの? とりあえず一回エッチする?」

 

「ホァアッ!? にゃ、にゃにを言ってんだ? てめえを抱くわけねえだろうが、舐めんなこのクソビッチ!」

 

「ふぇ……ご、ごめんなさい。じゃ、じゃあとりあえず胸でマッサージだけでも……」

 

「だからなんですぐにシモに行こうとすんだよ! やめてよ、恥ずかしいよ!」

 

「ふぇえぇ……」

 

 自分の胸を掴んだ格好のままで涙目になって俺を見上げてくるヴィエッタ。なんなんだよ本当にこいつはもう……『ネタ』でセクハラかましてくるニムも大概だが、こいつは完全に『素』だからなお質が悪い。

 マジでエロいことすれば世の中万事解決すると思ってる節さえあるし。いや、世の中大抵のことは身体で払えるのか?

『ぐへへ……金がねえなら身体で払ってもらおうか、姉ちゃん』とか、昔学校の歴史の授業で『20世紀の風俗』の授業のVTRでそんなシーンがあったな確か。あれはギャグじゃなかったのか?

 いやいや話が逸れたな。

 とにかくヴィエッタに払ってもらいたいのはそういうものではない。

 

「お前には手伝ってもらいたいことがあるんだよ」

 

「手伝ってほしいこと?」

 

「ああ、それはな……」

 

 ヴィエッタにニムや鼠人(ラッチマン)達のことを話そうとしたその時だった。

 

 ヒュンッ……

 

「え?」「きゃっ」

 

 鋭い風切り音が耳に届き、俺は少ないながらも冒険者として培ってきた判断のままにヴィエッタを抱いてそのまま地面に転がった。

 何かが確かに俺たちの側を通過する。それが『矢』であるのだと、俺の思考が遅れてそう結論を告げた。

 

「誰だっ!?」

 

 ヴィエッタを抱いたまま暗闇に視線を向けそう叫ぶもこのままじっとしていては、次の矢の餌食になってしまうと、咄嗟にヴィエッタの首根っこを捕まえてそのまま引きずって壁際まで走る。

 彼女は声がまったく出ないながらも足をバタつかせながら、必死に這うようにして俺に追従してきた。

 壁に背をつけながら抱えたヴィエッタを見てみれば、ガタガタと小刻みに震えている。そしてその大きな相貌を恐怖に歪めて俺を見上げてきていた。

 俺はチラリと先ほど矢の音が聞こえてきたであろうこの路地の出口の方へと視線を向けた。すると……

 

 チャッ……

 

 聞こえきたのはあの独特の金属音。

 そこにあったのは三つの黒い影。その手にはどれも煌めく白刃の曲刀が握られていた。

 そう……俺が聞いたのは剣を鞘から抜き放つ時の音だった。

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