救世ノラヴドール~俺とセクサロイドの気ままな旅~   作:こもれび

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第六話 鍛治師ゴードン

「おーい、じーさん、いるかー?」

 

 アルドバルディンの南の外れ、開けた広場にたくさんの丸太が山積みにされた場所のさらに奥に、その小さな木造の家の戸はあった。俺達はその引き戸の前に立って大声を掛けたわけだが返事はない。小屋の煙突からはもくもくと煙が立ち上っているし、中からはカァーンカァーンと鎚を叩く音が聞こえてきていたから、中にいるのは明白なんだけどな。

 

「返事ありませんね。忙しいんすかね?」

 

「いや、面倒臭がってるだけだろうよ。おいじーさん入るぞ!」

 

 ニムに返事をしながら俺は無造作にその戸を開けた。

 と、その途端にむわぁっと熱気が噴出してくて思わず目を閉じた。めちゃくちゃ暑い、暑すぎる。

 真夏に駐車されたまんまの車に乗り込んだ瞬間よりも更に暑い。普通こんな高温じゃ人は生きていられないだろうと思えるんだが、鎚を振るう音が絶え間なく続いていたからきっと生きているんだろうな。

 

「おーいじーさん……」

 

 ザクッ‼

 

 中に踏みいった途端に俺の立っていた隣の壁に超デカイ鉈が突き刺さった。

 こんなデカイ鉈でいったい何切る気だよ……てか、いきなり人に投げつけんな! 死ぬから!

 

「何じゃあ貴様らは、とっととその戸を閉めんかぁっ! 『神気』が漏れるじゃろうがぁっ!」

 

 神気ってなんだよ!?

 と思ったところで全くこっちを向かないじいさんの様子に俺は諦め、黙って部屋の戸を閉めた。

 そして、ただひたすらに灼熱に熱された金属の棒を上半身裸で渾身の力で叩き続けるその筋肉の固まりのような背中に目を向けた。

 背丈は大分低いはずだが、その躍動する樹の幹のような太い腕のせいかかなり大柄に見える。長く縮れて伸びた赤毛がまるで炎のように背中を彩っていた。

 正面に回れば更に長い紅い立派な髭が見えるのだが、この位置からでは確認できない。

 俺たちはそのくそ熱い部屋の中でただじっと待った。

 全身もう汗だくだし意識も朦朧としてきていた。

 だが、その魂を削っているかのような目の前の行為から目が離せなかったのだ。食い入るように見つめ続けていた俺の目の前でついにその刀身の真の姿が現れた。

 

 ジュバアアッと大量の水蒸気を放って水の中から現れ出たその剣は紛れもない一級の剣。まだ研がれてはいないがその刃は何でも切断してしまうのではないかと思える程の妖しい気配を纏っていた。

 

「ふぅ……なんじゃ貴様ら、まだ居たのか?」

 

 赤毛髭もじゃじじいは汗だくで立ち尽くす俺を見てそんなことを言いやがるし。

 

「まだはねえだろ、まだ何の用件も終わってねえぞ」

 

「ふんっ……どうせくだらん用件じゃろうて」

 

 じじいは打ち終えたばかりの剣を晒しに巻き、それを両手で持つと深々と頭を下げた。

 そしてその剣を板間に拵えられた簡易な木の祭壇の中央へと奉り、更に二礼二拍手って……

 

「じいさん神道なのかよ?」

 

「『シントー』? なんじゃいそれは? それよりもさっさと戸を開けんかっ! 熱くて叶わん」

 

「開けろって……あんたが閉めろって言ったんだろうが!」

 

「ああっ? んなこた知らん知らん、いいからさっさと開けんか」

 

「ったくこの耄碌(もうろく)じじいが」

 

 とりあえず俺は閉めきられていた戸を全開にして、窓も全て開け放った。

 赤髭じじいは炉の火を弱めると甕から水を汲んでそれをごきゅごきゅと飲み干した。そして、脇に置いてある別の甕の蓋を開けるとそこから紅いイチゴのような果実を取り出して皿に盛り、それから炉の端に置いてあったヤカンを持ってきて湯呑みに茶を淹れる。と、それを手渡してきた。

 

「ほれ、突っ立っとらんでその縁にでも座れ」

 

 言われて俺は土間脇の板間の縁に茶を持ったままニムと並んで座った。その脇にさっき皿に持ったフルーツを置いてさあ食えと言わんばかりに目を向けてきた。

 

「これ食えんのかよ? この熱さで腐ってねえか?」

 

「ふんっ。無理して食わんでもいいわい」

 

「あ、ワッチは頂戴しやす。いっただきまーす」

 

 パクリと口に頬張ったニムが、くぅ~っと震えながら歓喜した。

 

「これめっちゃ美味しいです! 冷たくて甘くて」

 

 え? 甘くて冷たいの?

 それを見たじじいもデカイ手でむんずと掴むとそれを口に放り込む。そして優しい顔でニムに皿を差し出した。

 

「そうかそうか、遠慮はいらんからもっと食べなさい」

 

「はい!」

 

「おい、なんか俺の時と対応違いすぎねえか?」

 

「若い娘っ子と同じに扱ってもらおうなんざ随分とひ弱な奴じゃな。もっとしっかりせんとこの娘に愛想つかされちまうぞ」

 

「余計なお世話だよ」

 

 気分は悪かったが二人が旨そうに食ってるもんで俺も一つ摘まんでみる。すると、冷蔵庫にでも入れてたようにキンキンに冷えていてしかもメチャクチャ甘かった。

 

「旨い! じいさん旨いなこれ。なんで冷えてんのか分からねえけど、いくらでも食えるぞ」

 

「ふんっ。『ストローベリ』の実くらいて大袈裟な奴じゃ、こんなんで良ければいくらでも食わしてやるわい」

 

 言ってじいさんは甕から皿に山盛りでこの果実を取り出した。『ストローベリ』ってまんまイチゴだったんだな。

 どうやらその甕に『凍結魔法』をかけてあるみたいだな。術者なしでもマナを補給出来るように仕掛けてある。なるほど、炉と魔力を連動させてるのか、熱交換も加えて見事なマナのリサイクルになってやがる。

 ああでもこれは旨いぜ。汗だくの所為か余計に旨く感じちまう。

 俺達がむしゃむしゃ食っていると、じいさんが茶をずずーっと飲みながら口を開いた。

 

「で、儂になんの用じゃ? レベルの上がらねえ坊主とモーガンとこのお嬢ちゃん」

 

「うるせいよ! 気にしてんだからいちいちそう呼ぶんじゃねえよ、ゴードンじいさん」

 

 じいさんはニヤリと笑って俺を見返してきた。

 無造作に伸ばし放題でもじゃもじゃした赤毛の髪の毛とやはり赤い、それこそモップのようなもっさりとした髭を蓄えた小柄なその人物は『人』ではない。

 短い手足に膨れ上がるような筋肉に鎧われたその身体とその立派な髭の持ち主は、絵本でもお馴染みの小人の代名詞でもある『ドワーフ』だ。

 よく見て見れば、耳が若干尖っていて、足もその身長からすると異様に大きい。

 だが、それ以外は人とほとんど変わらない容姿であり、健康そうな背の低い老人と言った風貌である。

 俺はこのドワーフのゴードンじいさんに本当に世話になっている。

 

 俺がこの街のギルドで『戦士』として登録したまでは良かったものの、そこから先が本当に大変だった。

 まず金がないから装備が買えない。装備がないから危なくて仕事をまわしてもらえない。

 と、超極レアスキルがあったせいで注目度が高かったのは良かったけど、結局まったくの素人の上に装備なしじゃどこのパーティも相手にしてくれなかった。

 正直俺だって金も経験も実績もない状態でパーティに入れて貰おうって気にも流石にならなかったからな。

 いきなり途方に暮れたわけだけど、そんな俺に手を差し伸べてくれたのが鍛冶屋のゴードンじいさんだった。

 なんの依頼を引き受けることも出来なくてブラブラしていた俺を見かねたギルドのお姉さんが、ゴードンじいさんの処への簡単なお使いのクエストを発行してくれたことがきっかけだったんだが。

 街の中を移動するだけの、言わばガキの使いだったのだけど、ここで俺はじいさんと初対面。

 じいさんは噂通りの偏屈者で、日々剣を打ち続けているものの基本的には誰の依頼も受けてはいなかった。

 一体何の為に剣を打っているのか未だによく分からないのだが、とにかく色々な剣を打ちまくっていた。

 そんな妙なじいさんだったが、俺のどこをどう気に入ってくれたんだか、やれあの石を買ってこいだとか、やれ薪を何本割ってこいだとか、あれやこれや仕事を回してくれて、気が付けばいくらかの金と、この俺が腰に差している闘剣(グラディウス)をじいさんから貰うことが出来た。

 かなり愛想は悪かったけどな。悪い人じゃないんだよな。あ、ドワーフか。

 だから俺はじいさんには頭が上がらないわけだ。感謝しかねえよ、本当に。

 

 俺はその渋めの茶を一口啜ってから話を切り出した。

 

「あのなじいさん。今アンデッドが街の周りに多くなってきたことについてなんだが、そのことと『魂の宝珠』はどんな関係があるのか教えてくれよ」

 

 じいさんは一度目を細めて俺を見た後に即答した。

 

「知らん」

 

「はあ? 知らんわけねえだろ? だってこの前二ムがじいさんから、もうアンデッドが湧き出る時期になったかとかなんとかって言われたのをきちんと聞いてるんだぞ?」

 

「んなこた儂は言っとらん」

 

「ボケたかよ?」

 

 じいさんは今度は目を閉じて腕組みをして澄ました顔になった。

 二ムを見ればなんだか不思議なものを見るような目に変わってるしな。

 二ムの記憶は性格だ。自我を持った人間のような存在とはいえ、その正体はナノニューロネットワークチップを内包した超高性能コンピューターだ。人の会話を記録するどころか、その時の身体の健康状態や精神状態だって一言一言の発声動作から読み取れるレベル、間違った情報を記録することはない。

 となれば、じいさんが嘘をついているか、耄碌したかのどちらかだが、あえてこの状態でいきなりボケは進行すまい。となれば……

 

「なに隠してんだよ」

 

「何も隠しとらんわい」

 

 頑固だな。顔と一緒で。

 何を隠したいんだか分からねえけど、これは逆に言えば『全部知ってる』ってことだ。

 であれば、俺が取るべく行動は一つだけだな。

 

「なあ、じいさん。俺達は依頼を受けてここに来たんだよ。一年くらい前に死んだ前領主のライアン・アストレイの娘のフィアンナ・アストレイに頼まれてな、ライアンの死の真相とその仇討ちを頼まれたんだよ。胡麻化さねえで全部教えろよ」

 

「…………」

 

 じいさんは無言のまま、顔を上げて俺をジッと見据えた。

 その眼は真剣そのもので、俺の全てを見通そうとでもしているかのように。

 俺は全部晒して話すことに決めた。ここは直球勝負だろう、下手に隠せばこのぶっとい鉄棒みたいな芯の太いじいさんは絶対その腹の内は明かさない。

 だけど、自分が先に胡麻化そうとしたところに俺が直球を投げ込んだんだ。このじいさんなら必ず。

 じいさんは自分の額をそのごつごつした手でぺチリと叩くと、表情を少し緩めて話し始めた。

 

「やれやれ、もやしみてえなガキかと思ってたが、儂に意見しやがるとはな、本当に胸糞が悪い」

 

「悪かったな」

 

 口は悪いが表情はそんなに悪くはない。これは全部教えてくれそうだな。

 と、思ったのだが、その期待は裏切られた。

 

「だがな、儂は本当に知らんのだ」

 

「はあ? じじいてめえまだ嘘吐くのかよ」

 

「ご主人、ゴードンさんは嘘吐いてませんよ」

 

 二ムにちょいちょい突かれそう言われたらもう何も言えやしない。二ムには人のほんの僅かな機微から真贋を読み取ることができる機能が付いている。つまり、嘘発見機。二ムが嘘をついてないと判断したのなら本当に嘘はついていないのだ。

 ゴードンじいさんはまあ待てと穏やかに言いつつ話を続けた。

 

「儂は知らんがな、詳しいことは儂の妻が知っておる」

 

「はあ? つ、妻? じいさん結婚してたのかよ」

 

「なんじゃい、文句でもあるのか?」

 

 いや別に文句はねえが、なんというかずっと独身だと思ってたやつが所帯持ちだとか聞かされると、非常に負けた気分になっちまうのはなんでなんだろう。

 じいさんはもやもやしている俺を無視して続けた。

 

「儂が知っているのは、毎年アンデッドが湧き出ることと、その時アストレイ家の者がそのアンデッドを駆除していたということの二つだけじゃよ」

 

「え? アンデッドは毎年発生してたのか? んな話、街の連中は何も言ってなかったはずだが」

 

 と、二ムに視線を向ければコクリと頷いている。

 

「じゃあ、何か? この何百年間街がアンデッドに襲われなかったのは、毎年アストレイの家の人間が駆除してたからだってのか? しかもこっそりと? なんでわざわざ内緒にしてたんだよ。意味わからん」

 

「じゃから言ったじゃろう? 儂は知らんと。じゃが魂の宝珠が儂らのご先祖でもある『南のドワーフ』が作り上げた秘宝であることは間違いなくてな、あれが無くなってライアンが死んだと聞かされた時はえらくしんどかったわい」

 

「じいさん、フィアンナの親父さんと交流あったんだな」

 

「あったも何も、儂がアンデッドの駆除を毎年手伝っておったのよ、ライアン坊のひいじいさんの代からな。まあ、ここ最近は引退して手伝ってはいなかったが」

 

「マジか、じいさんマジでじじいだったんだな」

 

「ほっとけ」

 

 ゴードンじいさんにメチャクチャ睨みつけられた。

 

「理由は分からんし知ろうとも思わんかったが、アストレイの人間はこの街を奴等から守る宿命のようなもんがあったんじゃと、それも内緒での。儂も妻も元はこの街の人間ではなくてな、大昔にアストレイの人間に請われて移って来たんじゃ。以来儂はなまくらを打ちながら、アストレイの家のもんを助けてきたと言うわけじゃ」

 

「ふーん。でもじいさんが知らねえのに、あんたの奥さんが事情を知っているってのはどうしてなんだ? 一緒にこの街にきたんだろ?」

 

 じいさんは俺達の湯飲みに茶を継ぎ足してから、自分もそれを啜った。

 

「っはぁ……まあ、そうだが、アレは特別じゃからの……」

 

「特別? なんのことだよ?」

 

「まあ、それは会えばわかるじゃろうて。ここから南に二日ほどの山の中腹の切り立った断崖の上にな、天を衝くかのような白亜の城が建っておる。名を『ノイバルドシュタイン城』と言うのだが、儂の妻は今そこに居る。妻ならば『魂の宝珠』がどのような存在かきっと教えてくれるじゃろう……じゃが行くなら覚悟をすることじゃな。獰猛な魔獣が多いからの、普通にレベル1なら間違いなく死ぬ」

 

「っておい! 俺は普通にレベル1なんだが!」

 

 叫ぶ俺にじいさんが薄く笑って返しやがった。

 

「普通のレベル1がフォレストライノに出くわして生き残れる訳ないのじゃがの」

 

「なんだよ、知ってやがったのか」

 

「どこぞの阿呆が自分で吹聴しよるからだろうが。全く身の程を知らん阿保ほど手の付けられんもんはないわい」

 

 ぶつぶつそんなことを言っているじいさんに向かって、両手でガッツポーズのニムが鼻息荒く宣言した。

 

「大丈夫です! ご主人はワッチが守りやすから!」

 

 まあ、そうなるわな。

 所詮へなちょこの俺じゃどうやったって対処しきれねえからな。ニムさまさまだよ。

 それを見ていたじいさんがニヤリと口角を上げてるし。やめろよ、女に守られるひ弱な男とか思うんじゃねえよ、泣きたくなっちゃうだろ?

 

「……で、それでだ、魂の宝珠はそれでいいとして、核心を聞きたいんだが、あんたはライアンを殺した相手に心辺りはないのかよ?」

 

「ふむ……」

 

 じいさんはアゴヒゲを撫でながら少し思案した様子になりながら、ぽつりと言った。

 

「ない……こともない」

 

「なんだよそれは?」

 

「まあ聞け、紋次郎」

 

 お、なんか初めて名前で呼ばれたぞ。じじい俺の名前覚えてたんだな。

 ゴードンじいさんは板の間でどっかと胡坐を組み直すと、俺を見据えて口を開いた。

 

「過去にな、儂は何度かライアンに相談を受けたんじゃ。『自分には子供が一人しかいない。この先もこの生活は続けられない。なんとかしたい』とな。儂もなんとかしてやりたかったが、湧き出るアンデッドを抑えるにも人の助けがいるし、そもそも内緒にしなくてはならない理由が儂にはよう分からんかった。だから妻と相談するに止めておったのだが、ある時奴から『上手い方法が見つかった。これでようやく解放される』と嬉しそうに儂に話おった」

 

「なんだよその方法ってやつは?」

 

「さあてな、そんなこと儂が知るわけがない。じゃが、ひとつだけ言えるとしたら奴にその方法を教えた奴がいるってことじゃな」

 

「だからそれを吹き込んだのが誰かって聞いてんだよ」

 

「ふんっ、それが分かればとっくに自分でなんとかしとるわい」

 

 じじいはそれだけ言うとむくれた面になって、また茶を飲んだ。

 二ムに聞くまでもなく何一つ嘘は言ってないんだろうな。

 うーん、参ったな。ここでじいさんの口からスルカンの名前が一度でも出ればすぐにクロだってことでグーパンの刑に処しちまおうって腹だったんだが、どうもそれだけじゃ収まらねえ話だな。

 『魂の宝珠』はみんなが言ってる通り、死者を眠らせる効果があるのかと思ってたが、この話が本当だとすると、このアイテム関係なしにアンデッドが湧いてたわけで、むしろそれを駆除していたアストレイの家の連中は称賛こそされ、蔑まされる謂れは一切ないわけだしな。

 

 むしろ謎なのは、そもそもなんで街の住民にその駆除を内緒にしていたのか?

 それとなぜ年に一度、この時期に大量にアンデッドが湧くのか?

 と、『魂の宝珠』とはいったいなんなのか?

 だな……

 

 うーん。愛しのフィアンナの頼みだし、結構単純な怨恨殺人かと思ってたから安易に引き受けちまったが、こりゃまだ裏が色々ありそうだぞ?

 寧ろ、これから具体的に調べていかねえとな。

 俺は一度二ムを振り返り、そろそろ帰るぞの目配せをしてからゴードンじいさんに頭を下げた。

 

「じいさん色々教えてくれてありがとうな。今日はそろそろ帰るよ」

 

 と、言って立ち上がろうとしたら……

 

「ほれ、さっさと剣をだしやがれ」

 

「へ?」

 

「いいからさっさとしろ」

 

 いきなりそんな事を言われて、じいさんに譲って貰った鈍色の闘剣(グラディウス)を腰から外して手渡した。

 じいさんはそれを鞘から抜くと、自分の眼前に刃を持ってきてじろじろと見定め始めた。

 

「ふんっ、酷い使い方じゃなっ!」

 

「う、うるせいよっ!」

 

 いきなりそんな辛辣な言葉を贈ってきやがるし。知ってるよそんなこと、だいたい昨日今日剣を持ったんだぞ、マジで俺は。使い方なんて分かるかよ!

 と、色々文句が頭の中に浮かんできていたが、その脇でじいさんは桶に沈めた砥石を取り出してきて、土間の台の上に嵌め込むとその上で剣を研ぎ始めた。

 シャッシャッと軽快な音が室内に響き、それをしながらじいさんが話し始めた。

 

「使い方はまだまだじゃが、大事にはしてくれてたようじゃな」

 

「ま、まあな……言われた通りには……」

 

 この剣を渡された時に、剣の汚れだけは絶対に残すなと耳が痛くなるほどじいさんに言われたのを思い出す。

 だから俺は毎回使った後は必ず汚れを全部洗い流して布でふき取り、乾いた状態で鞘へと納めていた。じいさんは見ただけでそれが分かんだな。

 

「剣はな……殺すための道具じゃ……切れば死ぬ。じゃからこそ殺される前に相手を殺すんじゃ、そのための道具じゃ。良いか? 殺す以上全力で殺せ、躊躇えば己も己の守りたい存在も全て殺されることになるからの。じゃから、道具を大事にするんじゃ。いつでも確実に相手を殺せるようにのぅ」

 

 研ぎながら話すじいさんのその背中から異様な気迫が立ち上っているような錯覚を覚える。躍動するその背中の筋肉の動きの一つ一つがまるで鬼や悪魔の顔の様に見えた。

 鬼気迫るとは当にこのことか。

 

「こ、殺すか……」

 

「ふんっ……」

 

 水おけに剣を浸し綺麗に洗い流すと、そこには今まさに生まれたばかりかとでも言うような研ぎ澄まされた鋭利な一振りの剣の姿があった。

 滅茶苦茶鋭くなっとる。俺、こんな剣を使ってたのかよ。

 布で水気をふき取ったじいさんはもう一度その刃を眺めた後、懐紙を一枚取り出して、それを剣で切り裂いた。

 紙はなんの音も立てずにはらりと切断され中空を舞う。

 いやいや、いくらなんでも鋭すぎだろう? 間違って触ったら俺が怪我しちゃうよ‼

 

「ほれ、持っていけ」

 

 再び鞘に収まった闘剣(グラディウス)を渡されて、正直怖気がこみあげてきてしまった。

 殺す……殺すか……この剣で殺さないといけないんだな、俺は……

 震えていたかどうかは分からなかったが、何かしらの恐怖を抱いていたであろう俺にじいさんは最後に一言だけ告げた。

 

「レベルってやつは力しか上げやしねえ。でもな本当の『力』ってのはな、『覚悟』のことじゃ。お前さんのその『力』……使い道間違えんことじゃ」

 

 そう言われ、その時俺は、じいさんの話はなぜだか剣の事を話しているのではないような気がしていた。

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