救世ノラヴドール~俺とセクサロイドの気ままな旅~   作:こもれび

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第五十六話 彼女の理由

「あーっはっはっははははははは‼ 見たかい? あのバスカーの顔! あの豚のあんな顔が拝める日がくるなんて夢にも思わなかったよ」

 

 自分の部屋に入って椅子に腰を掛けた途端にそう笑い出したマリアンヌ。いやはや、その椅子みしみし言ってて本当に可愛そうだぞ? お前も大概豚なんだから、もう少し痩せろよやっぱり。

 そんなことを思っている俺は、奴の店、『メイヴの微睡』へと戻ってきていた。

 そしてその最上階にある少し広めの、所謂『社長室?』みたいなマリアンヌの部屋へと連れて来られていた。

 俺は今回、ヴィエッタをこいつから『買った』ということにしたわけだが、その関係上売買契約のようなものをする必要があるとのことで連れて来られた。かつ、ヴィエッタも少ないながらも私物があって、それを纏める作業を今は二ム達と一緒にやっているはずだ。

 この店もあのヘカトンケイル達の突撃の被害に多少遭っていたようで、屋根の一部が破損してはいたが、バスカーの店程の大被害ではないので、それこそすぐにでも営業できるのだろうな。

 それにしてもだ……この部屋はかなり殺風景だ。

 入口付近の衝立までは結構豪華そうなんだが、こいつの机やら棚やらはどう見ても高級品じゃあない。むしろ何処かのゴミ捨て場から拾ってきましたって感じの家具を、接いだり削ったり、補修しながら使っている様にしか見えない。つまり、こいつは予想通りそういう類の人間ということだ。

 さらさらと少し丸まった羊皮紙にペンを走らせるマリアンヌ。それが書き終わると俺へとそれを差し出してきた。

 

「ヴィエッタの奴隷娼婦としての証文だ。これをお前にやるよ。さあこれで晴れてヴィエッタはお前のものだ」

 

 その紙を受け取ってよくよく眺めてみると、きちんとした書式で俺へとヴィエッタを譲渡すると書かれている。

 確かに間違いなく契約書だ。

 

「別に俺は奴隷を買うつもりはなかったんだけどなぁ」

 

 そう言いながら眺めている俺へとマリアンヌが言う。

 

「人の大事な商売道具を(たら)し込んでおいて良く言うよ」

 

「た、誑し込むかよ! そんなことしてねえ!」

 

 ふふ……と微笑んだマリアンヌが続けた。

 

「まあ、あの忌々しいバスカーをとっちめてくれたんだ、こっちの溜飲も大分下がったさ。それにしてもお前、バスカーを手玉にとって女達を取り返したばかりか、奴から2億ゴールドも巻き上げて、挙句死の契約まで結んで奴の行動を封じるなんて、とんだ鬼畜だねぇ。いっそう詐欺師でも始めた方がいいんじゃないか?」

 

「うっ!」

 

 そう言われて、俺は真面目に気分が悪くなった。

 いや、ただ俺は奴に仕返しをしたかっただけなんだが? 人から見るとそう見えちゃうのか……っていうか、全てその通りなんで、なにも反論できないのがめっちゃ辛い!

 

「まあ、気にしないことさ。あの人でなしのせいで、大勢の女が無残な最期を迎えてきたんだ。これはまさに天の報いだろうよ」

 

 そう何でもないことのように言い切った。

 ちなみにあのバスカーから預かった2億ゴールドの手形だが、すでにマリアンヌのものになっている。

 この大災害の最中ではあるが、商人ギルドの連中でもマリアンヌに頭が上がらないようですぐさま現金化してくれることになったが、その金をマリアンヌは即座にギルドへと再度預けた。こういうところ、流石だと俺も思う。

 俺は契約書を適当に放って返すと、マリアンヌは不思議そうに俺を見てきた。

 

「これは所有者が持つ書類なんだけどね」

 

 そう言われてすぐさま言った。

 

「いらねえよそんなもの。そんなの持ってたらそれこそヴィエッタを買おうとするやつが出てくるかもしれねえし、失くしでもしたらそれこそ大変だ。俺には必要ねえよ」

 

「そうかい、なら……」

 

 そう言ってマリアンヌは煙草用の香炉の様なものに、その羊皮紙をくべて火を点けた。

 香炉の上でメラメラと燃え上がるそれを奴は黙って見つめていた。

 

「なあ、一つ聞きてえんだがよ。あんたはなんでそんなに冷たい素振りをするんだよ。もっと娼婦たちに優しくしてやりゃあいいじゃねえか」

 

 俺の言葉にマリアンヌは炎に照らされた穏やかな顔で語った。

 

「娼婦なんて所詮はただの道具さ。身も心も全て引き裂かれて、もうどこにも逃げ場なんてなくなっちまって……泣いても喚いてもどんなに苦しくたって男の相手をしなくちゃあならない。そんなことをするしかない、多額の借金にまみれちまった道具達に、人間として接してやることがどんなに残酷か、頭のいいあんたにならわかるんじゃないのか?」

 

 別に俺は頭良いわけじゃないんだがな……俺も俺なりに考えてみた。

 『娼婦に身を落とす』って言葉があるくらい、そこは女達の最後の行き場。どうしようもなくなって女性は娼婦になるということだろう。まあ、中には趣味でやってるくそビッチもいるのだろうが、そんなのは止めたいときに止めちまえるだろうしな、マリアンヌがいうところの奴隷娼婦とはまた別物だ。

 

「道具……ね。まあ、確かにその通りなんだろうな。それととにかく金なんだな、得心したぜ。だがよ、金というならヴィエッタは十分に稼いだはずじゃないか? あいつは人気があって稼ぎまくっていたようだしよ、たしかに人気だし儲けになるからって理由で手放したくなかったのかもしれねえが、優しいあんたらしくねえな。年季が明ければどうせみんな解放してたみてえだしよ」

 

 そういうと、彼女は俺をじろりと睨みやがった。

 まあ、こいつが優しいってことは、もう裏も取れてるんだ。

 あの東の洞穴から救い出した女たちの中に、この店で働いた経歴をもったやつが何人もいた。奴隷として売られこのメイヴの微睡で働いた後、借金の完済に合わせて近隣の村の未婚の男たちにお見合いを持ちかけたりしていたらしい。

 女性たちの経歴が経歴だけに、色々苦労もあるようだが、それでも子供を作って幸せに暮らしていた人も多かったのだと。

 そこから攫われてあんな目に遭わされたのかと思うと、本気で胸糞悪いのだが、それはそれ、これはこれだ。

 いくら人気があると言っても、それだけでヴィエッタを縛り付けるような奴には見えない。

 まだ若いから? 年季が足りていない? いや、結局解放して私生活を送らせるつもりなら、若ければ若いほど良いに決まっている。人生をやり直させようとするなら当然早いほうがいいはずだ。

 であれば、他に何か理由が必ずあるはずだ。

 ヴィエッタと同行する以上、俺はそれだけは聞いておきたかった。

 

 しばらくの時間が流れた。

 マリアンヌは先ほどまでの陽気に浮かれた顔から、沈鬱な顔へと変わっている。

 俺はただ、奴が語りだすのを待った。

 

 そして、ようやく……彼女は俺に背を向け、窓の外を見ながら口を開いた。

 

「あたしには……娘が一人いたんだよ……あたしに似て美人の器量よしでね、ゆくゆくは大商人にでも嫁がせたいと考えていたんだ」

 

「へ、へえ」

 

 『あたしに似て』のところで思わずツッコみそうになるのをあえて抑えて、俺は相槌を打つ。

 そして黙って待っていた俺に奴はゆっくりと語り始めた。

 それはある女性の悲しい物語…… 

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