救世ノラヴドール~俺とセクサロイドの気ままな旅~   作:こもれび

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エピローグ 信念

 荒野の果てに向かって白い雲が真っ青な空を流れていた。俺はそんな雄大な景色を見上げ、ほうっとため息を吐いた。

 手にした闘剣(グラディウス)にはまだ血がべったりとついたままである。

 そしてその血は、俺の衣服のところどころにも跳ね、先ほどまでの戦いが熾烈を極めたものであることを物語っていた。

 だが……俺は勝ったのだ。

 俺達へと向かって襲いかかってきたこの巨大な甲虫の頭を切り落とし、確実にその息の根を止めた。

 

 きつい戦いだった。

 人の腰ほどもあるこの虫の体躯から繰り出される突進は盾をもってしても防ぎきれるものではなかったから。

 だから俺は逆に奴へと組みついたのだ。

 暴れるこいつの背中に飛びついて、そしてその節の間、頭部と胸部とを結んでいるその狭い急所に一気に剣を突き入れた。

 飛び散る体液! 荒れ狂う巨体! 

 だが、それでも俺は手にした剣を決して放さなかった。

 今ここでこいつを野放しにしてはならないんだと、絶対にここで仕留めなければならないのだと、俺の鋭敏な第六感が叫び続けていたのだ。

 

 そして俺は勝った。

 勝って、そして仲間たちを危険から遠ざけることに成功したのだ。

 俺は喜びにも似た充足感を胸に、仕留めた獲物の身体に背中を預けつつ、ただ流れ行く雲を見送っていたのだった……。

 

「シシンさん、でっかいカブトムシそっちにいきやしたよ? 10匹くらい。大丈夫です?」

 

「おうっ、ニムちゃん! これくらい平気の平左だよ! 余裕余裕! オラオラオラオラァ!」

 

「やーん、オーユゥーン姉、こいつら切ると臭いよ。魔法で倒しちゃってもいいよね?」

 

「かまわないですわ、シオン。でも、悠長には構えていてはだめですわよ。さっさと片付けないと夕飯が遅くなってしまいますわよ」

 

「それいやー。マコはもうお腹ぺっこぺこなの! そしたら早く全部倒さないとね? マコが倒すの、とりあえずあと20匹くらいでいいかなぁ?」

 

「マコ、遠慮しないでいいんだぜ? 私なんかもう100匹は潰してやったんだから」

 

「流石ですわ! バネットお姉様! ワタクシなどまだほんの60匹、本当に申し訳ありませんわ」

 

「おいヨザク! こっちに来るのだ!」

 

「へ? なんすか、ゴンゴウさん。まだこっちに100匹くらいいるんすけど」

 

「そんなのは放っておけどうにでもなる。さあ、ここからあっちを見るのだ!」

 

「え? うおっ!! おおおおおっ!? す、すげえっ! ゆ、揺れてる……たゆんたゆんしてるっす! 下乳丸見えっす! 絶景っす!」

 

「うむ! 至高であるな!」

 

「ちょっとヨザクっ! ゴンゴウっ! この忙しい時になにやってんのよ! ぜーんぶ聞こえてるんだからね!」

 

「オーユゥーンさんたちの胸とか見ながらとか……、本当に最低。死んじゃえば良いのに」

 

「「ぐふっ……」」

 

 …………

 

 うん、マジで死闘だったんだよ? 俺にとってはね。

 必死になったから、こうやって勝てたんだよ、なんとかね。

 

 『ヘビービートル』

 

 周りに蠢くのは超大量のカブトムシの大群だ。

 その名の通り、かなりデカくて、めちゃくちゃ重い。

 黒く輝く分厚い外殻は、俺の全力の剣の一撃も容易に弾き、陸上での移動速度は牛程度ののんびりしたものだが、一度羽ばたいて舞い上がれば、それはもう衝角(ラム)を備えた突撃艇だ。

 その大群の移動というか引っ越しに俺達はたまたま遭遇してしまったのだ、荒野のど真ん中で! 

 まったくどんだけツイテないんだって話だが、この事態を引き起こしたのは他の誰でもない、二ムだった!

 あのバカ、『大きいカブトムシが飛んでてかっこいいので、一匹捕まえてきやすね!』とか、そんなことを宣った直後に、空に向かってジャンプして、簡単に一匹を捕獲しやがった。

 それが予想以上にデカいカブトムシだったことが分かって、これはちょっとやばいんじゃね? と、思う間もなく、仲間を攫われた奴らが仕返しとばかりに一斉に襲い掛かってきたというわけだ。

 黒い大群が押し寄せるその様は、なんというかあのカサカサ動くあれそのもので、もう……もうっ……!! おぅえっ!!

 

 そうして急きょ数百のデカいカブトムシとのバトルが開始されることになったのだ。

 

 なったのだが……

 苦戦を強いられたのは俺一人。

 シシン達、緋竜の爪の連中をはじめとして、オーユゥーン、ヴィエッタ達も相当にレベルが高く、苦戦らしい苦戦をしないままに、バッタバッタとカブトムシ達を葬り続けている。

 二ムに至っては、どこから拾ってきたのか長い紐をカブトムシの首に括り付け、それにぶら下がりながら飛んで、近づいてくる連中を片っ端から殴り殺していた。

 こいつ、燃料補給できたからって調子にのりやがって。あのべリトルの落とした魔晶石だって、そんなにはたくさんねえんだからな。

 まあ燃費の良いレーザーキャノンの方を使いたいところだが、木製の陽電子レーザー砲じゃあ、5発も撃てば自壊しちまうからな。今度頑丈な常時携行可能な型を作らねえとな。

 

 とにかく、俺以外の連中はまったく困っていない。むしろ余裕しゃくしゃくで、さも当たり前だとでも言わんばかりの勢いで巨大カブトムシを狩りまくり始めやがった。

 まったく……これだからレベル制って奴はムカつくんだよ。 

 

 はあ……

 

 そんなため息を吐いている俺の元へ、一人の女が近寄ってきた。

 ヴィエッタだ。

 

 ヴィエッタも手に血まみれの大きな鉈を持っているのだが、その顔に恐怖や焦りなどの感情はない。普通にニコニコしているだけだ。

 

「なんだよ」

 

「えっと……」

 

 近づいてきたヴィエッタは座っている俺に向かって胸元を一気に押し広げて、二つの大きなマシュマロをぼろんとむき出しにしたのだった。

 

「おっぱいどうぞ!」

 

「うるせいよっ!!」

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「いやあ、凄い数でしたね、まさかこんなことになるなんて夢にも思いませんでしたよ」

 

「てめえが勝手におっぱじめやがったんだろうが! 珍しいもん見て何でもすぐに飼おうとすんな、このバカ」

 

「まあ、いいじゃないっすか! めっちゃカッコいいっすよこのカブトムシ、すっごくおっきくて、硬くて、黒光りしててぇ!」

 

「いちいち卑猥な感じに説明するんじゃねえよ! そんなエロい生物じゃあねえだろうが」

 

「あ、でもですね、この角のさきっちょのほうとか、ちょっと削れば意外といい感じに収まり良くなるかも……」

 

「てめえは何の話をしてんだよ、くそがっ! というか、コラコラコラ、ヴィエッタもオーユゥーンも物欲しそうな顔してカブトムシの角を見てんじゃねえよ! ったく」

 

 漸く全てのカブトムシを始末して、俺達はその死骸を片づけていた。

 その数たるや数百を超えそうだが、ヘビービートルがこんなに大群で移動するなんてただ事ではないとの話は、物知りロリおばあちゃん、バネットの言だ。今までこんな話は聞いたこともないらしい。というか、この7歳児くらいのロリっ子はいったい実年齢何歳なんだよ?

 集めたヘビービートルの死骸の山は、現在オーユゥーンやゴンゴウ達がせっせと解体して貴重な部位を回収中。甲殻自体も相当頑丈なので、普通は一体まるまる街に持ち込んで鎧や盾などの素材として買取ってもらうようだが、流石にこの量を運ぶのは大変だ。

 遺骸の大部分は、次の街で商人たちに声をかけて取りに来させるとして、とにかく今は極希少な材料でもある頭の中に存在している『森林の黒真珠』を抉りだしている。

 この素材はまさに真珠に見た目がそっくりなのだが、光の加減で紫や青や赤や黄など、黒の中に様々な色の輝きがあって非常に美しく、一匹の巨大なヘビービートルにあって一つしか取れないということもあって非常に高額で取引されるのだと言う。ちなみに、魔晶石ほどではないが多少の魔力も放つので、低級魔法を封じ込めて魔導具に加工することが可能とのこと。というか、魔導具兼装飾品として加工するのが一般的のようだ。

 それが数百……うーん、値崩れしちゃうんじゃないか?

 

「それにしてもよ、紋次郎の旦那。旦那、本当にレベル1だったんだな。俺はてっきり胡麻化しているだけかと思ってたぜ」

 

 そう言うのはシシンだ。

 この野郎、俺がさんざんレベル1だと話していたにも関わらず、まったく信じやしなかった。

 ステータスカードを見せてやったにも関わらずだ。これの偽造ははっきり言って超難しいんだぞ? 当然俺は偽造なんかしやしないし、普通は出来ないんだから素直に信じれば良いものを、『別にそこまでして隠さなくてもいいじゃないか』と、逆に俺を責めてきやがったしな。どんだけ俺は信用ねえんだよ。

 ただ、あれだけ疑っていたくせに、俺の本気も本気の真剣バトルを見せたら一発で信じちゃうとか、俺マジで泣きそうなんだが。

 

「まあ、ご主人は基本へなちょこですけど、やるときはやる男って奴なんすよ。どれくらいやれるかというとっすね、1日10数発は余裕でしゃ……」

 

「おいおいおいっ! てめえマジで少し黙ろうか!!」

 

 本当にこの馬鹿を放置しておくとどんな精神ダメージが発生するか分かったもんじゃない。うう、マジで頭が痛い。くそったれ。

 

「みなさーん、そろそろ夕飯にしますよー」

「今日はマコとシャロンちゃんで作ったよー! さいっこーに美味しい、鍋!」

 

「鍋だと? マコ、てめえまさか、このカブトムシの肉入れたんじゃなかろうな?」

 

「へ? くそお兄ちゃん何言ってんの? 入れるに決まってるじゃん! こんなにあるんだから! ほら冷めないうちに食べて―」

 

「入れちゃったのかよ。っていうか、お前ら普通に食おうとすんなよ、カブトムシだぞ?」

 

「分かってねえなー紋次郎の旦那は。結構旨いんだぜ、ヘビービートルは。野性味たっぷりで、ちょっと生臭いのが難点だが、ヘドロスライムよりは段違いにうまいぜ!」

 

「野性味溢れて生臭い時点でアウトだろうが! というか、そのモンスター知らねえけど、名前からして最早食っちゃいけないレベルだろう、そんなの喰うなよ!」

 

「そうはいかんのだ、紋次郎殿。ダンジョン深くだと食糧はほぼ自生しているモンスターになるのでな。場所によってはスライムでもワームでもなんでも食べなくてはならぬのだ」

 

「そうそう、ワーム! あれは最悪っス! 『バレンフォートの地下墳墓』の下層で、腐った死体か、腐った死体を食べる『ベルヒムワーム』しかいなくて、食べ物尽きてさあ、どっちを食べるってなった時に、泣く泣くワームを食ったっスけど、あれはもう筆舌に尽くしがたい、まるで〇〇〇〇〇を口に入れたみたいでもう死んだ方がマシって思ったっスもんね!」

 

「え? ワームはまだ食べられたじゃない! それよりあれよ! 『岬のドールハウス』に閉じ込められた時、どうしようもなくて人形に変えられた他の冒険者たちの腕を切って……」

 

「おい、やめろよ飯食う前に! というか、ゲテモノ喰い自慢を唐突に始めんな、気色悪い」

 

「ははは……こりゃあ、すまねえな旦那。ま、冒険してりゃあ色々あるって話だよ。それよりもこの鍋。すげえ旨いぜ、旦那も食ってみろよ」

 

「う……」

 

 言われて具の入った器を受け取って中を見て見たら、ヘビービートルのおっきなおめ目が『コンニチハ‼』していやがった。

 まあ食ったけどな。味については……当然ノーコメントだ。俺はまだそこまで冒険者冒険者してねえんだよ。この先食糧事情だけはなんとか解消せねばと、密かに決意した。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 もう説明するまでもない事だが、現在俺達は、俺とニム、それと連れて行くと約束していたヴィエッタ、それに何故か付いてきてしまったオーユゥーン、シオン、マコ、バネットの娼婦4人組と、シシン、クロン、シャロン、ゴンゴウ、ヨザクの緋竜の爪の5人を加えた、計12人の大所帯で一路王都へと向かっている最中であった。

 正直大勢すぎて、マジでうざい。

 荷物を纏めてさあ街を出ようとしたら、そこへやってきたのはオーユゥーン達。他の泣いている娼婦連中を一人一人抱きしめながら、『お兄様は必ずワタクシ達がお守りいたしますわ』『あなた達ならきっと大丈夫ですわ』などと言いながら、さも当然の様に俺の後ろに控えやがった。

 そして、『来るなと言われても絶対に付いていきますわ』などと宣言しやがるし。

 そこまで言われて追い返すのも何か悪いかと思い、旅費が足りるかなと財布を覗き込んでいたら、そこにオーユゥーン達が金貨を流しこんできた。それも大量に。

 『ワタクシ達の持参金ですわ』とか言うのだが、俺は別に旅行会社のアテンダーじゃねえんだよ。

 仕方がないので同行を許可した上で、金に関しては困ったときに借りるからと言って、オーユゥーンへと突き返した。

 なにやらめっちゃ困惑してやがったが、当然だからな。どこの世界に女に金を持って来させて、それに(たか)ろうって男がいるってんだよ、そんなろくでなし……いや、いるな……

 女に働かせて日がな1日中ごろごろしてやりたいことだけやって女に(たか)る……

 人はそれを『ヒモ野郎』と呼ぶ。

 うん、俺ヒモ目指してねえし、これでいい。

 

 そして、シシン達だ。

 

 『クエストも終わったからな、冒険者ギルドへも報告もあるから王都まで同行するぜ』

 

 そう言って当然の様についてきた。

 言われてふと疑問に思ったのが、こいつらのクエストのこと。

 確か、最近世間を騒がしていた『孤狼団』を討伐するように言われてきたんだっけか?

 というか、その孤狼団についてだが、ヴィエッタが孤狼団の前で『私、娼婦を辞めて冒険者になって街を出ます!』と、そう言った瞬間に、全員が全員『俺とパーティ組んでくれーーーーーーー』と絶叫したわけだが、近くにいたマリアンヌが『同じパーティになりたかったら一人2億ゴールド持ってきな! 筋を通せない奴はもう2度とあたしの店の敷居は跨がせないよ!!』

 そう語ってくれたおかげで全員消沈して静かになった。

 そして、連中は意を決した顔になってヴィエッタに群がって、『元気でね』『いままでありがとうね』『君のこと絶体忘れない』とか、中には涙を流しているやつもいて、そう言いながら自分たちの装備している様々なアイテムを渡し始め、気が付いたら大量のアイテムに押しつぶされそうになっているヴィエッタがそこにいた。

 アイドルの引退セレモニーかよ。

 というか、こいつら結構本気でヴィエッタに惚れてたみたいで、しまいには笑顔でヴィエッタに手を振ってやがった。でもなんとなくだが、後をついてきそうなストーカーチックな奴もいそうではあった。というか、間違いなくいるだろう。その時は、ニムの出番確定だな。寝込み襲われるとか、本気で怖いもの。

 

 おっと、話が大分それたが、要は孤狼団は解散してしまったわけだ。ということで、シシン達緋竜の爪のクエストも達成というか、無かったことになって、その報告もしなければならないことは分かるのだが、だからって別の俺達に同行する必要はないはずだ。

 だが、奴ら曰く『今回の恩は一生をかけて返すって決めたんだ。緋竜の爪は旦那の手足になるぜ』。

 そうリーダーであるシシンが言った途端に、他の4人も強く頷きやがった。

 まったくどんだけ鬱陶しい連中なんだよ、と思いつつも、まあどうせ王都には行くんだし構わねえかと同行を許したってわけだ。

 ゴンゴウとヨザクの二人に関しては、ずっとオーユゥーン達の方を見てばかりだから、この二人は下心ありありで付いてきているような気もするのだけれどな。

 

 そんなこんなで今はこの大所帯。

 モンスターの屍にはざっと魔法で土をかけて匂いが出ないようにしておいて、俺達はそこから少し移動した大きな岩の影でキャンプ。

 荒野の真ん中ということもあって水場なんかは無いわけだが、そこはそれ、これだけの色々なスキルを持った冒険者がいるんだ、当然なんとかなる。魔法で水と火を用意して、土魔法で周囲に土塀を築いて防御&目隠し、後は風魔法で匂いを散らせば、モンスターが寄ってくることもないという便利仕様だ。

 普通はそこまで魔法に長けたやつばかりではないから、水を作り出す魔導具とか、明かりの魔導具などを携行するのが普通らしいが、魔法があるんだからそっちを使った方が荷物も少なくて済むし楽だというだけの話である。

 

 そういうわけで、今はキャンプの真ん中で焚火をしつつ、各人毛布にくるまって現在は就寝中。

 俺はといえば、一応見張りの時間ということもあって、どうせなんの役にも立ちはしないがヴィエッタと二人、向かい合って焚火の火をつついていた。

 

「あったかいね、紋次郎」

 

「ああ、そうだな」

 

 そんなことを言いながら火を見て微笑んでいるヴィエッタ。俺は適当に相槌を入れながら周囲を確認した。

 全員静か寝息を立てているし、あまり大声でしゃべったらまずいよな……そう思いながら焚火にさらに薪をくべた。

 そんな俺にヴィエッタが微笑みながら言う。

 

「私……凄くドキドキしてるの……今までこんな気持ちになったことないからなんでかは分からないけど、今凄くドキドキしてる……うん、ドキドキ」

 

 何を言ってやがんだこいつはと、見て見れば炎に照らさて真っ赤になったヴィエッタが、両手を胸に当てて目を閉じて微笑んでいた。

 なんというか、めちゃくちゃ幸せそうではある。

 そりゃそうか、両親を殺されてからというもの、今までずっと辛い人生だったんだものな。昼夜関係なく男の相手をひたすら続けて、泣き言一つ言えないままにずっと死んだように生きてきたんだものな。こんな風に買われた側の立場ではなく、一人の人間として扱われて、こうやって旅をしているなんて、本当に別世界の出来事なんだろうな。

 

「野宿が初めてで興奮してるかもしれないが、あんまりはしゃぐなよ、寝れなくなるから」

 

「ううん、違うの。そうじゃなくて……嬉しくて? 幸せで? うーん、なんていえばいいのかなぁ」

 

 自分で言いながら小首を傾げだすヴィエッタ。

 騒いでないで静かにしていろよ、と火をつついていた俺が顔を上げると、すぐ目の前に大接近したヴィエッタの

顔が。

 思わず、変な声が出て仰け反ってしまったその時、思いもかけない行動にヴィエッタが移った。

 

「んぷっ! わぷっ!」

 

 いきなりだった。

 俺の顔を両手で支えたヴィエッタが、そのまま俺へと顔を近づけてきて、そして一気に唇を重ねてきたのだ。慌てて逃げようと顔を捻るも、やはりというか、全然力を入れている風ではないのに、ヴィエッタの力に抗うことができず全く逃れることが出来なかった。

 ヴィエッタは優しく舌で俺の唇を舐め自分の唇ではむはむと甘く噛みつつ、唇の間へと舌を差し入れてきた。そして俺の口内を少しずつ舌で舐めながら、何かを探すようにゆっくりとそれを蠢かせて、ついに俺の舌に触れると、今度は遠慮なく自分の唇で俺の唇をこじ開けて激しく舌を絡めてきた。

 それはもう”激しい”としか表現できない程の勢いで、こじ開けられたままの俺の口内から溢れ出るその唾液の一滴すら惜しいとでもいうかのごとく、舐め、絡め、そして吸われた。

 どれくらいそうしていたのか、もはや自分では逃れることは出来ないと悟った俺は、されるがまま、為されるがままでただ彼女の淫靡な唇に犯され続けた。

 当然だが俺だって男で、いたって健常なのである。その押し寄せるあまりの快感の嵐にに抗えようはずもなく、全身を駆け巡る激しい衝動が、いよいよ俺の理性を駆逐し始めたことを理解しながら、そしてついに彼女が欲しい、めちゃくちゃにしたいという強烈な肉欲の情動に突き動かされて、そのまま彼女に襲い掛かっ……

 

「ぷっは、ね? わかった?」

 

「は?」

 

 突然唇を離したヴィエッタ。俺はいったいなにが起きたのか理解できないまま、彼女の服を引きちぎろうと廻していた腕の動きを止めた。

 ヴィエッタはといえば、まるで無垢な子供のような顔で、無邪気にほほえんで俺を見ている。

 

「な、なにがですか?」

 

「えっと、だからね、今みたいな感じがしてるんだよ。ドキドキってね、気持ちよくって、切なくて、きゅんとしちゃって、もうね、もうね、もう、離れたくなくってずっとくっついていたくて、抱きしめてぎゅうってしたいって感じなの? ね? わかったでしょ?」

 

 え? え? どゆこと? なに? なんでこの娘はこんなに無邪気に微笑んでるの? 

 

「え? なに? ぜんぜんわかんないんだけど。え? なんでキスしたの? 俺のファーストキス……、え、えとこの俺の昂ぶった俺の思いはいったいどうすればいいってんだ……?」

 

「「「「「私(ワタクシ)(ワッチ)達にお任せ(ですわ)(っす)(だぜ)!!」」」」」

 

「おわっ! な、なんだてめえらは! ね、寝てたんじゃねえのかよ!!」

 

 見れば、周囲に一気に迫ってきたのはニムとオーユゥーンとシオンとマコとバネットの5人! 一様に興奮した顔で迫ってきやがった。

 

「ご主人、今やる気まんまんなんすよね!? フルおっきなんすよね!? ビーストモードなんすよね!! ワッチ、めっちゃ嬉しいっす!」

「もうお兄さんってば、本当は大好きなのにずっと我慢してたとか、ホントに可愛いんだからぁ!」

「マコももう濡れ濡れで準備オッケーだからね! 我慢しなくていいからねくそお兄ちゃん!」

「ご主人を最高に気持ちよくしてやるぜ」

「いまこそワタクシたちの出番ですわ! さあ、お兄様横になってくださいましな!」

 

「おお? なんだ旦那これから乱交か? なんなら俺らちょっと他所いくぜ」

「我はもう少し鑑賞していても良いのだが……」

「右に同じッス」

「あんたたちはこっちにくるのよ!」

「わわわ……み、みなさん、どうぞごゆっくり~~~」

 

「お、お、おおおおおお前らああ! っざっけんあっ このくそビッチどもがぁっ! いい加減にしやがれぇっ!」

 

 突然のヴィエッタの凶行によって、まきあがっちまったピンク色の嵐は、俺の必死の抵抗によってなんとか鎮静化することが出来た……。出来たのだが、なにやらその気になってしまった女連中がこそこそっと少し離れたところに消えたことについては何も言うまい。

 何かあるといけないからニムを護衛も任せたし安心だろう。いや、一番危険なのか?

 シシン達はシシン達でやっぱり出て行ったまま帰ってきてはいない。

 あいつらを心配する方がよほど烏滸がましいのだが、いったいどこで何をやっているのやら。

 

 ということで、ここには今、俺とヴィエッタの二人しかいない。

 正直相当に状況はヤバい。ヤバすぎる。

 なにしろ、ついさっき、俺はヴィエッタに襲い掛かる気まんまんだったんだから。というか、ヴィエッタが離れなければ間違いなく、即レイプしていた。

 本当にまったくその気はなかったっていうのに、たった一度ヴィエッタにキスされただけであの様だ。

 げに恐ろしきは人気ナンバーワン娼婦の淫技か? もうあれに抗える自信なんて微塵もねえよ。

 

 そんな思考をしながらまだ暴走状態にある自分の身体を、理性で必死に抑え込んでヴィエッタを見た。

 可愛い、めっちゃ可愛い。めちゃくちゃにしたい。

 そんな思考が、俺の冷静な部分をどんどん浸食していく。

 これは……マジできつい。

 

「紋次郎……」

 

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

 突然正面に座っていたヴィエッタにそう呼びかけられ、思わず身体がびくりと反応してしまった。見れば見るほどに自分の物にしたくなってくる。そんな色香の塊と認識してしまったがために、もはや俺の自意識の壁の風前の灯な状態だった。

 そして彼女が言った言葉、それは。

 

「ごめんね。紋次郎に迷惑かけた。紋次郎エッチなこと嫌いなのに、無理矢理しちゃって本当にごめん」

 

 そう言われて少しだけ俺の中の昂ぶりが鎮静化する。

 いや違う。エッチなことが嫌いなわけでは決してない。むしろ好きすぎて自分を抑えられる自信がまったくないレベルだ。ただ、そうなって、流されて、全てが終わって、それこそ大事にしたいものが、そういう劣情によって全て失ってしまうことこそが怖いのだ。

 俺は……怖いのだ。俺という存在そのものが欲情によって流され、変わって、失われてしまうことが。

 ただ、それだけなんだよ。

 

 すうっと頭が冷めていくのを感じながら、俺は目の前の少女を、ただ可愛いと……肉欲とは関係なしに見つめることが出来た。

 

「いや、別にヴィエッタは何も悪くない。むしろ悪いのは俺のほうだ。すまなかったな、嫌な思いさせて」

 

「へ? え? 違うよ? 私の方だよ、悪いのは。私話すのは下手だから、さっきみたいにねすぐに身体が動いちゃうの。でも、いつもならあのまま押し倒されちゃうのに、紋次郎はそうしなかったから、ちょっと驚いちゃった。紋次郎は本当に……紳士なんだね」

 

 いや、俺も完全に獣なんだけどな。むしろケダモノです。

 

「紳士なんかじゃねえよ。俺だって男で性欲だってかなりある。いくら童貞だからって、お前みたいな可愛い奴に迫られたらもう我慢なんかできやしねえよ」

 

「か、かわいい? 私のこと……? あ、ありがと……」

 

 何故か急に真っ赤になってもじもじ始めるヴィエッタ。ええい、ここでもじもじなのかよ。お前もっと大胆なことさっきすでにやっちまってんだぞ、まったく。

 

「まあ、だからあれだ。俺だって我慢はきついんだ。だから頼むよ。急に迫るのはやめてくれ」

 

「え、あ、そ、そうだね。そうだよね。ごめんなさい。キスとかエッチとかしたくなったら紋次郎に聞いてからにするね。本当にごめんね」

 

 さも当然とばかりにそう言うヴィエッタ。

 

「いや、全然それじゃあダメなんだけども……まあ、いいか。でもキスとかはしねえからな」

 

「え? なんで?」

 

「なんでもなにもねえだろうが。いいか? キスとかエッチとかってのは好きな人とするもんで、いきなりしちゃだめなんだよ」

 

「でも、私、紋次郎のこと好きだよ?」

 

「ぐ……だからそれじゃあ、だめだっての。そんなの俺だって……」

 

 そう言いかけて思わず口を噤んだ。

 『俺だって』……俺はその後なんて言おうとしたんだ?

 急に頭に浮かんだその言葉に俺自身困惑してしまった。

 俺はヴィエッタにまだ出会ったばかりだ。だが、こいつの過去を知っていくうちに、確かに俺の内にこいつ自身のことも刻まれてきているのだ。そこから生まれた感情が今まさに思い浮かんだそれ。

 この気持ちを俺は知っていて敢えて口にしないようにしている。それが分かっているのにもう一歩踏み出せないのは、俺のエゴなのかもしれなかった。

 

「悪い、ヴィエッタ。でもダメだ。俺だって……お前のことが大切だから……だからこんな風に適当なことはしたくないんだよ。悪い、わかってくれ」

 

 そう言って彼女を見れば、真っ赤になって両手で頬を抑えていた。そしておどおどしながら口を開いた。

 

「ど、どうしよう紋次郎。私いま、すっごく紋次郎とエッチしたいの。でもね、紋次郎に私の事『大切だから』って言われたら、もうそれだけで胸がいっぱいになっちゃって、紋次郎のことが好きで好きでたまらないって気持ちが溢れて来てるの。ええと、どういえばいいんだろう、ええと」

 

「お、おい、わかった。わかったから、こっちに近づいてキスしようとかするな。わかってるんだよ。お前がどれだけ俺に寄り掛かってきてるかってことは。一緒に逃げて、一緒に戦って、一緒に生き残ったんだ。お前にとって俺がどれだけ特別な存在になっちまったかってことは俺にだってわかってるんだよ。十分な」

 

 ふうふうと呼吸を荒げて俺へと飛び掛かりそうなヴィエッタをなんとか落ち着かせて、俺は言った。

 

「でもな、それは今この時だけのお前の思いだ。この先もずっとそうだとは限らない」

 

「そんなことないよ、私は紋次郎のことが大好きだよ。この先も、これからもずっと」

 

「そうだとしてもだ! そうお前が思っていたとしても、今のお前の気持ちは今だけのものだと俺は思っているから、俺はお前の好意を絶対に受け取らない」

 

「え……じゃ、じゃあどうしたら……どうしたら紋次郎に好きになってもらえるの? わからない……わたし分からないよ。紋次郎に嫌いになられたらわたし……怖いよ」

 

 困惑したまま急に泣きそうになるヴィエッタ。

 その様子を見ながら、やっぱりこいつはまだまだ子供なんだなとかえって冷静になることが出来た。

 

「別に俺は嫌いになんかなったりはしないよ。でもな、お前はもう娼婦じゃあないんだ、もう男に媚びる必要はない。いいか? この先お前はまだまだ色々な経験を積むんだ。その中で、きっとお前が一生をかけて愛せる男と出会えるはずだ。だから、こんなにところで簡単に性欲に負けちゃあだめだ。もっと自分を大事にしろよ。いつかお前が出会うその大切な人のために」

 

 言いながら、それが俺自身へ向けて放っている言葉だということに途中で気が付いた。

 言っていて、我ながらとんだ夢物語だとも思ってしまった。

 そうさ、どうせこれは青臭い夢だよ。世の中は汚い事ばかりだし、上手くいかないことばかりだし、くそ野郎の巣窟だ。でもよ、こんな理想があったっていいじゃないか。

 そんな綺麗ごとが通用するわけがない、清濁併せ持ってこその世の中だ。それが常識だってわかっちゃあいるけど、それこそくそくらえだ。

 俺は……大切にしたいんだよ。俺の周りの全部を。

 

 グッと唇を噛みしめた俺は、いつの間にか拳も握り込んでいたらしい。そんな俺の手を隣にきたヴィエッタは優しく手で包んでくれた。その温かさが心に沁みる。

 

「紋次郎はそう言ってくれるけど、私は汚い娼婦だよ、もう元通り綺麗にはなれないし、エッチなことしかできないし、普通じゃないし」

 

「そう思ってればずっとそのままだろうよ。でも俺が断言してやるよ。お前は汚くなんかない。お前はおっちょこちょいだが頑張り屋の、とっても綺麗な女の子だ。大丈夫、お前は普通だよ」

 

「紋次郎……」

 

 俺の手を握りながらついにヴィエッタは涙を流した。でもそれは随分と幸せそうな、それでいて切なそうな様子に見えた。

 ああ、綺麗だな。ヴィエッタは本当に綺麗だ。

 この子には心から幸せになってもらいたい。幸せにしてやりたい。

 そう優しい気持ちで彼女を見た時だった。

 ヴィエッタがにこりと微笑んで俺を見た。

 

「私も断言するよ、紋次郎。私は紋次郎が好き。大好き。これからもずっと変わらずに。だから、頑張って、紋次郎に好きって言って貰えるように頑張るから。頑張ってもっと素敵な女の子に絶対なってみせるから」

 

 グッと拳を握ってそう見上げてくるヴィエッタを本当に愛おしいと思った。

 だから……

 

「ああ、頑張れよ。応援するぜ」

 

「うん!」

 

 そう言った俺達は二人して笑ってしまった。

 一線どころか二線も三線も超えてもおかしくないこの状況で、大真面目に二人して自分の想いをぶつけ合ってしまった。それがとんでもなく幸福で、楽しくて。もう笑うしかなかったんだ。

 この先ひょっとしたら、俺はこの子を誰よりも愛してしまうかもしれない。そして、この子を失って立ち直れない程に傷ついてしまうかもしれない。それでもいいか……と、俺はこの時確かにそう思っていた。

 

「ちぇっ! 濡れ場はなしっすかい。ご主人のヘタレっぷりは天然記念物ものでやんすね」

 

「「「「「「「「「うんうん」」」」」」」」」

 

 見れば魔法で作った低い土壁の上に生首が全部で10! 冷めた瞳で俺とヴィエッタを見下ろしていたのだった。

 

「てめえら……全員で堂々と覗いてんじゃねえよ」

 

 そんなこんなでヴィエッタ達を加えた旅が始まった。

 次に待ち構えているのは果たして何か。鬼が出るか蛇が出るか……くそみたいなムカつく連中オンパレードなこの異世界だけど、きっと少しくらいは良い事もあるだろうよ。

 

 などと、そんな淡い期待を胸に抱きながら眠りに落ちてみたら、夢枕に立った、くそビッチ女神ノルヴァニアから、この世界の根幹と存続に関わる超重要な神命を賜ってしまったのだが……それについては、今後のお話。

 

「あらためまして、よろしくね! 紋次郎!」

 

 ともかくだ、屈託なく笑うヴィエッタを見ながら、こんな出会いもまんざら悪くもないなと、この時の俺は思っていた。

 

 

【第二章 夢見る娼婦 了】

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