救世ノラヴドール~俺とセクサロイドの気ままな旅~   作:こもれび

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第三話 聖アマルカン修道院

「そうですか……フィアナ様がそんなことを……」

 

「ああ」

 

 目の前の神官衣の青年が、少し悲し気な表情で俯きつつ手渡した赤色の短剣を眺めていた。

 ここは今回の旅の目的地でもある『聖アマルカン修道院』。

 王城から少し離れた小高い丘の様になっている、そこに屹立した巨大な城とも呼んでも差し支えのない白い建造物の中に俺たちはいた。

 ここはたくさんの修道士、修道女が青い清潔そうな衣服に身を包んで、それこそ清掃などを欠かさず行っていることもあってゴミ一つない清廉な空間となっていた。

 敷地の外の難民キャンプとは大違いの様相だ。

 そこに現れた茶髪イケメンの背の高い若い神父が現れて俺たちに会ってくれたわけなんだが、俺はこの剣を預かるきっかけとなった事件の数々を説明したうえで、フィアンナも決して言い逃れしようとかしているわけではない旨を彼へと伝えた。

 

「あいつは今アルドバルディンで父親の跡を継いだ形で必死に領の運営を頑張ってるんだ。一区切りついたら必ず罪を償いにここに来ると言っていたしな。済まないがそれを信じてやってくれよ、頼む」

 

 俺がそう言いつつ頭を下げると、隣にいたニムとヴィエッタもそれに倣ってお辞儀をする。

 そんな俺たちに、その年若い神父は慌てた様子で声を出した。

 

「お、お待ちください。皆さまがそのようにされる必要はございません。私たちは別にフィアナ様を咎めようとも、その罪を暴こうとも思ってはおりません。このように自ら悔い、それを償おうとされておられるのです。そのような想いこそが正に贖罪。天なる神は必ず彼女をお救いくださります故」

 

「ふーん」

 

 神父は穏やかな表情で両手を拡げそのように宣った。

 まあ、言っていることは理解できるけど、罪を犯したにしてはかなりぬるい考え方に思えた。彼はその思いを感じとったのか、にこりと微笑んでから俺へと言った。

 

「人は罪を犯すものなのです。大事なのは、その罪にどう向かい、どう悔いるかということなのです。残念ながら、自分ひとりではどうしようも出来ず、聖騎士団に捕縛され刑の執行を受ける者もありますが、それも全ては神の御心を得るための修行。過ちをもって自らを省みて、そしてより良き神の子として成長することが大事なのです」

 

 日曜礼拝の説教の様に滔々と語る神父の言葉は、まあ、実際多くの信者に話している内容でもあるのだろうな。

 でも、これは結構危険な思想でもある。

 罪を自分で償うことで許されるならば、罪の重さ、償い方を自分で決めることが出来るということで、極端に言えば、『自分としては殺人は駄目なことだと思うので、殺してしまったのでごめんなさいと相手の家族に謝ります』という、贖罪を押し通すことも出来てしまうということでもある。

 まあ、実際にそんなことになって許されるわけはないのだが、もし犯罪者が権力者であったりすればもう泣き寝入りするしかないことになるわけだ。

 確かに手に余れば聖騎士が出てきて警察、裁判な流れだろうが、俺はすでにその聖騎士の制度が破綻してしまっていることを知っている。あいつらの方がよほど犯罪者だからな。

 神父は俺が何も話さないことを気にしたらしく、もう一言付け加えた。

 

「実は、敬愛する我が教皇、アマルカン様もかつて罪を犯したことがあるのでございます。教義に固く禁じられている姦通の罪を犯し一時は教会を破門されておられました。しかし、アマルカン様は自らの罪を深く悔い、人々の救済にご尽力なされ、こうして今では歴代に並ぶものもないともされるほどの偉大な教皇として称えられるまでに至りました。実は、私もアマルカン様にお救い頂いたうちの一人なのでございます」

 

 その話を興味津々に聞いていたニムは食いつくように彼へと声を掛けた。

 

「神父さんも何かあったんですかい?」

 

「お前な、いきなりプライベートな部分を聞こうとしてんじゃねえよ。もう少し自重しやがれ」

 

「いえいえ構いませんよ。何しろ私の場合、罪を犯したのは私の母。父と我々子供たちがいたにも関わらず、他の男性と通じてしまったのですから。そして、そのお相手がなんと、現教皇アマルカン様でございました」

 

「ほ、本当か?」

 

「はい、本当の事です」

 

 若い神父は苦い顔……というより、むしろおかしいと言った感じで微妙な笑顔になって俺たちを見た。

 

「先ほど申しました通り、姦通の罪は神教においては非常に重い罪なのです。それも、厳格なカリギュリウムの教えであれば猶更のことで、アマルカン様も罪を償われましたが、母も同様に償ったのです、自らの命でもって。その際、わが父も母と運命を共にしたと私は聞きました。きっと父は母を誰よりも愛していたということなのでしょう。二人でともに天へと召されました。でも、残された我々子供たちは路頭に迷うこととなりました。そんな時救いの手を差し伸べてくださったのが、アマルカン様でございました」

 

 彼は一度ほうっとため息をついてから、柔らかい表情で語った。

 

「私たち兄弟はアマルカン様を恩人とも父とも思い慕っております。アマルカン様のために私もこの身の全てを捧げて行く所存なのです。皆様もご覧になられたでしょう。今、このエルタバーナは……いえ、王国のいたるところで異変が起きております。飢饉に疫病、モンスター災害に盗賊集団の横行。世の乱れはもはや人々の小さな努力でなんとかなる域を超えてしまっているのです。ですから今、アマルカン様自ら世直しの旅にお出になられたのです。大いなる神の御業と、そのお優しさでもって多くの人々を救済なされているのです。そのことを、弟子でもあり、子でもある私は大いに尊敬しています」

 

「神父さんは、本当に教皇様がお好きなんですね」

 

「はい、その通りでございます。アマルカン様こそ、この世界でもっとも尊く偉大なお方であられますから」

 

「「「おお……」」」

 

 きっぱりはっきりとそう言い切った彼のさわやかな表情に、俺とニムとヴィエッタは三人で思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 いや、ここまで言い切られれば、胡散臭いだどうだとかいう以前に、むしろ清々しすぎる。

 こんなにも純粋に一個人を称えられるなんてよほどのことなんだろうとも思うしな。

 話を聞く限り、教皇様は相当にご苦労なされているようでもあるし、やはり人徳者は違うということなんだろう。

 

「はあ、同じ聖職者でもこうも違うものなんだなぁ……あのイカレ狂信者の青じじいに、爪の垢でも煎じて飲ましてやりたかったよ」

 

「ほんとそうっすよねー。あの人の自己中っぷりはもう見ていて痛すぎやしたからねー」

 

 うんうんと頷く俺たち三人に、それはなんのことですか? と若い神父が聞いてきたから、俺たちは教えてやった。ここに来る前に遭遇したイカレ神父の全てを。

 彼はそれを聞き、震える手で神へ祈りを捧げつつ返した。

 

「なんと……そのような異端の輩が存在していたとは……神をも恐れぬその所業、本当に恐ろしいことです。ですが、そのような輩も皆様が御成敗頂いたとのこと。心よりお礼申し上げます」

 

「いや、まあ、なんというかそいつを倒せたのはその剣のおかげでもあるんだよ……ぎりぎりのところでこの件があの狂信者を葬ってくれたからな。はっきりいって、もう少しでヴィエッタも死にそうだったから本当に助かったんだ」

 

 それに神父は驚いた顔に変わった。

 そして、自分が今抱えていた真紅の剣に目を落とした。

 

「なんと……。この亡者の剣は多くの人々の命を吸い、生あるものを死へと誘うとされた魔性の剣と聞いておりました。ですが、なんと皆様をお助けしたのですか……。これも全て神のお導きか……。死をつかさどる剣が、生ある者を守る。これも奇跡であったのでしょう」

 

 感嘆の声を上げる神父は大事そうに剣を抱え、それに向かって頭を垂れ祈りをささげた。

 この人は本当に信心深い人の様だ。見ていて気持ち良いとさえ思えてくるその所作に、俺もやっと一仕事終えられたかと安堵していた。

 

 大聖堂内で神父と会話を終えた俺たちは彼に誘われて出口へと向かって歩いた。その間もずっと彼が先導してくれたわけだが、見ていると周囲の修道士たちがみんな道脇に控えて一様に頭を下げていた。

 俺は最初、ただ礼儀正しいだけかと思っていたのだが、頭を下げるその連中の視線はみんなこの若い神父に向かっていて、男も女もどこか幸せそうな表情で見つめていることに気が付いた。

 この人、実は結構上役の人なのか? それにしては人懐っこいしフットワーク軽いのだが……

 

 出口に着き、そこで送ってくれた彼へとお礼を述べる。 

 すると、彼はにこやかに微笑んで言った。

 

「そういえば、まだ私は名乗っておりませんでしたね、大変失礼いたしました。私の名前は、【ヒューリウス】。現在教皇庁において教皇補佐と枢機卿を拝命しております。どうぞヒューとお気軽にお呼びくださいませ」

 

 さわやかにそう発言したイケメンは、やっぱり只者ではなかった。

 というか、お気軽に呼ばせようとするなよな、マジで。

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