スタイリッシュ・ヒーロー・DEBU   作:トマトルテ

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スタイリッシュ・ヒーロー・DEBU

 それは、とても空気が冷たく、月が綺麗な冬の夜だった。

 その日私は―――ヒーローに出会った。

 

「ヒュー、待てよ、お嬢ちゃん。俺達と遊ぼうぜ」

「誰があんたらなんかと…!」

「おっとぉ、路地裏に行くかい? いいのかよ、そっちは俺達のホームグランドだぜ」

 

 ケラケラと笑いながら追いかけてくる不良達。

 私はそいつらから逃げるために狭い路地裏に駆け込んでいく。

 確かに相手が言うように、この道を私は知らないし、相手の思うつぼだろう。

 

 でも、徒歩の私に対してあいつらはバイクだ。

 普通に表を通っても絶対に捕まる。

 なら、歩いて追わなければならない裏道に賭けた方がマシだ。

 

 そう考えていたが、どうにもその賭けは私の負けだったようだ。

 

「うそ、行き止まり?」

「ヒャッハッハ! だから言ったっだろ、お嬢ちゃん」

「観念して俺達と一緒に遊ぼうぜ? 痛くはしねーからよ」

「やっと止まったかよ。……でも、ここ行き止まりだったか?」

 

 下種な笑みを浮かべながら近づいてくる不良達。

 そして前には暗くてわからないが、何かしら巨大な障害物。

 まさに絶体絶命な状況だ。

 

 こんな時間に外に出た過去の自分を呪うが、時すでに遅し。

 私はあんな最低な輩に酷いことをされてしまうのかと、半ば諦めかけていたとき。

 

 背後から重く低いバリトンボイスが響いた。

 

 

『女1人相手に男3人とは、スマートじゃないな』

 

 

「あん? 誰だてめえ! つうかどこに居やがる!?」

 

 声が聞こえてきた以上、人が居るはずだ。

 しかし、私の背後にあるのは障害物だけのはず。

 そう思い、私も後ろを振り向く。

 

 すると、今まで障害物だと思っていたものが動いた。

 

 まるで山のような巨体に、明らかに特注サイズの巨大な服。

 だというのにその()の体ははちきれんばかりに膨らんでいた。

 否、男は太っていた。そう、彼は一言で言ってしまえば―――デブだった。

 狭い路地裏を一人で簡単に塞いでしまう程の。

 

『ここにいるだろ、お前達の目は節穴なのか?』

 

「あ? デブが調子こいてんじゃねえぞ!」

「デブはお呼びじゃねえんだよ。スっこんでな」

「それともなんだよ。挟まって動けなくなっちまったか、ヒャハハ!」

 

 相手がデブだと分かると、途端に調子に乗る不良共。

 正直私もデブだと思うが、それを平然と口に出すあいつらはやっぱりクズだ。

 言われた男も怒っているかもしれないと思って目をやるが、彼は何食わぬ顔でコーラを飲んでいた。

 

 そう、コーラを。

 

『ふう、やっぱりコーラは美味いな。

 ……ああ、悪い。炭酸が抜ける音でお前らの声が聞こえなかった』

 

「てっめええ! ざけてんじゃねえぞ、クソデブがッ!!」

『デブじゃない、DEBUだ』

「どっちでも同じだろうが! おい、ちょっとしめてやるぜ」

「へっへっへ、そう来なくっちゃ」

 

 不良と言う奴らはなぜこうも煽り耐性が無いのか。

 面白い程に簡単にキレる不良に、思わず恐怖も忘れて呆れてしまう。

 でも、状況は悪くなったのは事実だ。

 男は恐らく味方だろうと判断した私は、一緒に逃げようと言おうとするがそれは叶わなかった。

 

『少し下がってな』

「え? て、わぁ!?」

 

 突如として感じた浮遊感。

 そして気づいた時には、先程まで見えていた男の腹が背中に代わっていた。

 どうやら、男は私を担いで庇うように背後に置いてくれたらしい。

 

「このデブ何してやがんだ!」

『悪いな、こっから先は通行止めだ』

 

 彼は自分の体を壁にすることによって、バリケードとしたのである。

 あまりの手際の良さから、私は直感した。

 この男は太り慣れていると。

 

 

『来な、てめえらの攻撃全部―――食らってやるよ』

 

 

「このデブやろうがぁ!? 調子に乗ってんじゃねえぞぉ!」

 

 不良達が一斉に男に襲い掛かっていく。

 私は彼が負けて、凄惨な光景が創り出されてしまうと思い固く目をつぶる。

 耳に届いてくるのは、鈍く重い打撃音。と不良共の怒声。

 

 しかし、肝心の男の悲鳴は響いてこない。

 それどころか、彼は声一つ上げない。

 不思議に思い、恐る恐る目を開けて見ると、信じられない光景が広がっていた。

 

『なんだ、もう終わりか? ちゃんと飯食ってるのか?』

 

「く、くそ、こいつの体いくら殴ってもビクともしねえ!?」

「脂肪が厚過ぎてダメージが通ってる気がねえ」

「こっちの手の方がダメージ受けてやがる……」

 

 ピクリとも動かずに攻撃を受け続ける男。

 そして、その姿に心が折れかけている不良共。

 そう、不良達はまさに壁の如き男の前に無力だったのだ。

 

『軽いな、お前らの拳は』

「て、てめえ…!」

 

『いいか? お前らにはありとあらゆるものが足りない。

 覚悟が足りない、体重が足りない、重さが足りない

 そして何より(カロリー)が足りないッ!!』

 

 初めて見せる、男の気迫に私も不良達も思わず後ずさりしてしまう。

 しかし、よくよく考えてみれば男に攻撃が効かないのは自明の理だった。

 格闘技にとって体重が大きなウェイトを占めるのは言うまでもない。

 

 フェザー級とヘビー級のボクサー。

 素人の目から見ても、二人のボクサーが戦うのはアンフェアに見える。

 そう、それ程までに体重の重さというのは明確な差を生み出すのだ。

 

 デブとガリ、勝つのがどちらかは言わなくても分かるだろう。

 

「で、デブの癖に粋がりやがって…!」

「そ、そうだよな! 何もせずに食ってただけの奴に負けるわけがねえ!」

「太ってるだけの奴が本当に強いわけないって! な!?」

 

 しかし、そんな残酷な現実から逃避したいのか、不良達は醜くまくし立てる。

 私から見たら、勝敗は既に決しているように見えるのだが諦めが悪い。

 どうしてこの諦めの悪さを他のことに発揮しないんだろうか。

 そう、思っていたところで男が再び口を開く。

 

 

『お前たち、まだ―――誰でも太れると思ってるのか?』

 

 

 その言葉の衝撃に不良達は全員声を失う。

 そう、人間は誰しもが太れるわけではないのだ。

 

『食えるってのは才能だ。まず、これを理解していない奴が多すぎる。

 スポーツ選手にとってこの才能があるか否かは大きな違いを生み出す。

 何せ、食こそが明日の体を作り出すものだからな』

 

 食べたものが体を作る。この常識を男はその身で体現している。

 

『プロ野球選手、横綱、水泳選手。

 どのトレーニングが一番きつかったかって言われると皆こう答える。

 ―――飯を食うことだとな』

 

 そう言えば聞いたことがある。

 歴代最強の横綱と名高い白鵬。そんな彼も元々は小食だった。

 そのため、太るために文字通り吐くまで食べ、吐いてもさらに食べた過去があるらしい。

 

 メジャーリーガー、ダルビッシュ有もそうだ。

 トレーニングよりも、食べることを苦痛に感じると言っていた。

 今でも野球選手の食に対する意見を求められる程、食に精通している。

 

 シンクロ選手も同じだ。

 日に7000キロカロリーを摂取のために泣きながらシュークリームを食べる。

 そうでなければ痩せて戦えなくなるのだ。

 

 つまりだ。食べること、そして太ることは一種の才能なのだ。

 

『勘違いするなよ。DEBUってのは落ちこぼれじゃない―――エリートだ』

 

 毎日、成人男性の必要カロリーを大きく超えた食事を摂り続けること。

 そうした日々の努力の積み重ねこそが、彼らをDEBUへと導くのだ。

 

『お前らみたいな、何の取柄もない奴と一緒にされちゃ困る。

 食い続けるって苦行から逃げた奴らが、軽々しくDEBUって言葉を使うんじゃねえ!!』

 

 そう言って大声を上げる男。

 そのことにより、大量の熱が彼の体から生み出される。

 そして、その熱は冷たい冬の外気とぶつかり蒸気を生み出す。

 

「な、てめえ、その蒸気は…!」

 

『ふ、見えるか? 俺の蒸気(オーラ)が。

 悪いな、こいつが出た以上すでに俺のエンジンはかかっちまってんだ

 引き返すなら今のうちだぜ?』

 

「ふざけんな! そっちがその気ならこっちも本気で行ってやるよ!!」

 

 不良達の1人が懐から何かを取り出す。

 それを見た他の2人が今までとは違う焦った表情を見せる。

 

「お、おい、流石にナイフ使うのはマズいだろ!?」

「うるせえな、このまま舐められたまま終わっていいのかよ!」

「そ、それはそうだけどよ……人殺しは流石に」

 

 相手がナイフを取り出したことを知り、私も息を呑む。

 今までは攻撃を阻んでいた分厚い脂肪も、流石にナイフは防げない。

 そう思って男の方を見るが、彼は余裕の表情でコーラを飲んでいた。

 

『ゲップ……なんだ、まだ帰ってなかったのか?』

 

「てんめぇええッ!!」

 

 ゲップと共に煽り文句を吐き出す男に、不良がキレて襲い掛かってくる。

 思わず、危ないと叫んでしまうが、それは杞憂だった。

 男は飲みかけのコーラを不良の目に振りかける。

 

『ガキがそんなナイフ(おもちゃ)振り回すもんじゃないぜ』

「目が、目がぁああ!?」

『フ、炭酸入りのコーラはさぞ痛かろう』

 

 反射的に目を覆ってナイフを取り落とす不良。

 男はその隙を見逃すことなく、ナイフを遠くに蹴り飛ばし、不良の上から圧し掛かる。

 

「お、おい退けよ、デブ!」

『……お前、体重は何kgだ?』

「はぁ? 50kgだよ」

『なるほど。因みに俺の体重は―――250kgだ』

 

 告げられた圧倒的な体重差に、押さえつけられた不良の顔が青ざめる。

 

『お前の5倍の体重を、その細い腕にかけたらどうなるか知りたくないか?』

「お、おいやめろよ! 冗談だろ…?」

『俺の体重が冗談に見えるか?』

「そっちじゃねえ―――い、痛い! 痛い! やめろ! やめてくれ!!

 本当に折れる! 折れるから!?」

 

 少しずつ体重をかけながら、不良を苦しめる男。

 他の2人も何とか男をどかそうとしているが、250kgの巨体を動かせるはずもない。

 段々と大きく鳴る悲鳴に唇を青くすることしかできない。

 

『今すぐにこの場から逃げ出すならやめてもいいぞ。

 もっとも、逃げ出さないのならお前の腕は二度と使い物にならなくなるけどな」

「わ、わかった! わかったから、逃がしてくれ!!」

『……信用できないな』

「ギャァアアッ!? 本当です! お願いだから助けてください!!」

 

 泣いて許しを請う不良を男はそこでようやく解放する。

 解放された不良は呆然としたまま自分の腕を確認していたが、そこに男が止めを刺す。

 

『早く消えないと……夜食の代わりに食っちまうぜ?』

「ご、ごめんさない!!」

 

 そのセリフを最後に不良達は全員尻尾を巻いて逃げ出していったのだった。

 あっという間の出来事に私も、どうしたものかと呆然と男の背中を見つめる。

 しかし、突如としてその背中が曲がり、男が腹部を押さえてうずくまり始めた。

 

「だ、大丈夫!?」

『心配するな、持病の発作だ。……薬を飲めばすぐに収まる』

「薬って一体……」

 

 どんな病気なんだろうと聞こうとした私の言葉は、男が取り出したもので遮られる。

 それはポテチだった。因みにコンソメ味。

 そのポテチの袋を男は乱雑に開け、中身を鷲掴みにして口の中に押し込んでいく。

 

 見た目は完全に何かやばい薬を決めている中毒者そのものだが、実際はポテチである。

 一心不乱にポテチを貪りものの30秒もしないうちに完食してしまう男。

 そして、止めと言わんばかりに新しいコーラを一気飲みし一息つく。

 

『ふう……やっぱり(カロリー)は効くぜ』

「ええぇ……」

『心配させて悪かったな。俺は食い続けてないと生きられない体質なんだよ』

 

 マグロか何かだろうか、この人は。

 心の中でそんな失礼なことを考えてしまうが、恩人のためそのまま心の奥にしまい込む。

 

『さて、怪我はないか?』

「はい、おかげさまで」

『そうかい、ならよかった。家までは送った方が良いかい?』

「いえ、大丈夫です。あ、でもこの路地裏から出るまでは送って欲しいです」

『オーケー、しっかりエスコートするぜ。それと寒かったら俺の傍に寄りな。

 俺の周りは温度が高くなるからな』

 

 そこからは2人とも黙ったまま路地裏を歩き続けた。

 お礼を言わなければならないというのは分かっているのだが、何故かいうことが出来ずに時間だけが過ぎていく。

 そして、遂に路地裏を抜け、別れの時が来る。

 

『ここでいいな。じゃあ、気をつけて帰りな。俺はコンビニにコーラの補充をしにいくからよ』

 

 それだけ言い残して、歩き去っていく男。

 私はこのままではいけないと思い、その背中に声をかける。

 

「あの!」

『なんだ?』

「……どうして助けてくれたんですか?」

 

 やっと絞り出せた言葉はお礼ではなく、そんな疑問だった。

 自分でも何を言っているのだろうかと思い恥ずかしくなる。

 しかし、彼は笑うことなく、ただ一言で返事をしてくれた。

 

 

 

『困っている人を見捨てるなんて―――スマートじゃないだろ?』

 

 

 

 それを最後に今度こそ行ってしまう男。

 結局の所、お礼を言うこともできなかったし、名前を聞くこともできなかった。

 でも、ただ一つだけ分かったことがある。

 

 それは―――彼がヒーローだということだ。

 




全裸、ゴリラ、DEBU、と来ているのでギャグを書くなら次はハゲになると思います。



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