オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン
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プレイヤーは稼ぎたい




 吹き抜ける風が、短く切り揃えられた黒髪を揺らす。 呆然と立ち尽くす俺の耳に、葉擦(はず)れの乾いた音が聞こえてくる。 ポカーンと口を開いたまま上を見上げれば、抜けるような青空と燦々と照りつける太陽の光が目に突き刺さった。

 気付いた時には、大自然の真っ只中でした  

 いやいやいや、待て待て待て。 幾らなんでも可笑しいだろ。 確か俺は、ついさっきまで街の工房でアイテムを作っていた筈だ……多分。 自分の脳ミソがワンダーランドになっていなければ、この記憶は正しい。

 いや、それよりももっと重要なことがある。

 草……かな、これは。 木かもしれないが、そんな感じの匂いが鼻をくすぐる。

「え、なんで匂いがわかるんだ? 感覚の仮想再現(エミュレーション)は規制されている筈だろ……?」

 俺が今までダイブしていた没入型仮想現実は、あまりにもリアルに作ると色々と弊害……つまり、混乱してリアルとバーチャルの区別がつかなくなってしまう恐れがあるので厳しく規制されている。 ゲーム感覚のままで、例えば終電が無くなったから死に戻りしよ! な~んてされたらたまったもんじゃないからだ。

 自分の身なりをザッと確認するが、製作用の地味ぃ~~な茶色いエプロンと、雰囲気出す為に選んだ作業着のまま。 どう見てもついさっきまで遊んでいたユグドラシルのアバターの身なりだ。 意味が解らない。

 じゃあつまり俺はなんだ? 昔流行った異世界転移っつーヤツに巻き込まれたって事か? いやいやまさかありえんだろどう言う原理だよソレ。 百歩譲って、転移するのはアリだとしても、こんな自然の真っ只中に飛ばされるってどうよ? 右見ても左見ても木! 石! 草! 土! 原始時代ですかここは?

 もしかしてアダムとイブ的なアレか? 自分の種族ゾンビよ? イブ居ても居なくても、な~んも生産的なことできませんことよオホホホホ  

「誰かあ  ! 助けてくれえ  !」

 もしかしたらこの世界にひとりぼっちかも……と考えが進んだ瞬間、俺は居ても立ってもいられなくなり、目的地も方角も出鱈目に走り出していた。

「うわああああ  !」

 奇声を発しながら森の中を進む。 小枝とか葉っぱとかが、顔とかにぺしぺし当たって痛い。 リアルの環境では物凄い贅沢な状況だが、生憎そこまで自然大好きってワケでもない。

 20分くらい叫びながら走り回って、ようやく心が落ち着いてきた。 そうだ、落ち着け、俺。 まずは現状を把握することが大事だ。 今の俺が、本当にユグドラシルのアバターのままなら、餓死の心配は無いのだから実質時間は無限にあるハズ。 空腹のバッドステータスが鬱陶しいって理由でゾンビを選んだくらいなんだからな。

 ふー。 オーケーオーケー。 ゆっくりと記憶を探ろう。 何か役に立つヒントが隠れてるかもしれない。

 そう、あれはユグドラシル最終日の事だった……



 ◆



 ヘルヘイム。 それが大体の時間を過ごすワールドだ。

「流石に最終日ともなると投売りされるよなぁ~~」

 異形種専用の街にある、委託販売用の掲示板にアクセスした俺は、ありとあらゆるアイテムが値崩れしている様をまじまじと見せ付けられていた。 そして、登録していた消耗品やアクセサリーが全く売れてない事も。 はぁ、とリアルの肉体で溜息を吐いた。

 このまま並べていてもラチが空かないので、全ての登録を解除し、代わりに花火だとか、クラッカーだとか、栓が飛んで中身も飛び出す極彩色のシャンパン等のパーティーグッズを並べる。 定価で。 そして即効売れた。 最終日効果、恐るべし。 需要が狂いすぎているぞ。

「製作材料の物価下がりすぎて俺のメシがうまい。 大人買いじゃぁ~~」

 纏まったカネが出来たので、金属インゴット、魔法糸や布、宝石類その他諸々。 そしてデータクリスタルをゴッソリと買い占めた。

 このゲームを遊ぶユーザーは、大体の区分に分ける事が出来る。

 PVPに価値を見出すガチ勢。 仲の良い友人と緩~く遊ぶライト層。 そして最後に、俺もその口なのだが、キャラそのものに成りきるロールプレイヤーだ。

 俺は金を稼いだり、その金で装備や消耗品を作って売ったりするのが楽しくてこのゲームを遊んでいた。 苦労して作ったアイテムが売れた時は嬉しいし楽しい。

 ただ、外装のデザインはセンスに大きく左右されるので、製作依頼主の指定のデータを使うか、お気に入りのデザイナーさんに外注したりする。 デザインは売れ行きに直結するほど重要だ。 そうでなかったら、そもそもデザイナーやモデルなんて職業など存在しない。 そうだろう?

 稼いだ金をパーッと使って、他の製作者さんが作った見た目や機能が素晴らしいアイテムをコレクトするのも楽しかったりする。 大体は、貸し倉庫に並べて置いてあるが、気に入ったいくつかはインベントリに入れておいて、時々眺めたりするんだ。 まぁ、それも今は限界まで買う為に、そして材料がインベントリを圧迫してはち切れる寸前なので、倉庫に保管してあるのだが。

「あ、そうだ。 ブックデータの売りはどうなってるかな?」

 コンソールを操作して、検索カテゴリーを材料から製品に変更する。

 ユグドラシルの面白い所は、著作物ですらも売り物になることだ。 著作権フリーの書籍をデータ化し、凝った装飾を施した本   大体はギルド拠点の賑やかしの為に購入される   だとか、中には自分で執筆した本や、音楽なども売られていることがある。 ゲーム内通貨で買うようなブック&ミュージックだが、なかなかに掘り出し物があったりする。 なので、今の値崩れ状態は俺にとって、最高にハイってヤツだ。

「これと……これ。 あとは…これかな」

 読んだことの無いフリー本や個人出版の本を、かたっ  ぱしから買い占めていく。 本の容量は極僅かなのでインベントリが溢れる事はない。

 ただし、今日は最終日。 あと6時間もしない内に、サーバーが落とされてこの世界とも永遠にオサラバだ。 何冊も買うが、読む時間が無い……とはならないんだなぁ。 俺は端末を操作し、ブックの中身をローカルの記憶領域に保存してあるのだ。 個人で複製するには何も問題ないからね。 これでサーバーが落ちた後で読めるし、残り少ない時間で買い集めた素材で好きなだけ製作を楽しめると言う訳だ。

 そして製作所へ向かい歩き出したというワケ。

 指を突き出し、手馴れた動きでコンソールを起動し指を動かす。 こう……指先でチョンチョンっとコンソールを突っついて、1から10までの位階を表す数字のどれかを選ぶワケだが、これはユグドラシルのスキルリングシステムのショートカット機能を使う為の動作だ。 ソレを選ぶと4重の、時計の文字盤のように12分割された円が出る。 つまりリング1つに48個の登録が出来、そして10位階まであるので総数480ものスキルをショートカットに登録できるという事だ。

 今日は最終日だ。 何度も言うが、最終日なのだ。 つまり、いまなら何をしても……何を作っても……ナニしてGMに警告されても、ぜぇ~~んぜん痛くも痒くも無いっつーことだよなぁ! どうせ終わりなんだからよぉ! へっへっへ。 だから、色を変えるデータクリスタルを悪用して透ける水着だとか、ちょっとカゲキな外装や装飾を施したビキニアーマーとか、大人の玩具を撃ち出す銃とか作り放題じゃね?

 ……と、思っていた時期も俺にはありました。

 だってさ、まさか速攻無警告で対処されると思わないじゃん? サーバーシャットダウンでGMはイベントで忙しいだろうし、こんなしょっぱい違反者を一々相手にするとは思わないじゃん……思いっきり油断してました。

 手元で弄っていたコンソールがいきなりプツッ―と消えて、変だなと思って顔を上げたら大自然の真ん中に立っていた、と言うワケさ。 そして俺はその時こう思った。

(ああ、コレが通称『お仕置き部屋』とかいう場所か……)

 ってね。 正直ビビリました、ハイ。

 2ch連合のヤツが送られた時に撮ったらしい、似たような画像を見たことがある。 そいつの理由は、確かキャラクターの名前が不適切とかだったか? 確か『ちくび大乳輪』って名前が通報されたかでGMにお仕置き部屋へ強制転移させられ、名前が無意味な数字の羅列に変えられていた。

 ちなみに、お仕置き部屋とはMAPやワールドとは隔離された場所の事だ。 ユーザー側からは入ることも出ることも出来なくなっていて、ここでGMからアカウントの凍結だのペナルティがどうだのと、裁判所みたいに通告されるわけだな。

 俺はその時完全に諦めていた。 正規ログアウトが出来ないようにコンソールは凍結されているだろうから、接続を切って逃げるのは強制終了以外に無いし、適当に「はいはーい、すみませーん反省してまーす」って言ってさっさとログアウトするつもりだったからだ。

 だが、数分たってもGMは現れないし、いい加減焦れてきた。 ええい構うものかと、コンソールに依存しない強制終了の命令を  



   出せなかった。



「……はぁ?」

 と、素っ頓狂な声を発した。

 一体何が起こっているのか、自分が今どんな状況なのか全く解らなかった。 これは明確な電脳法違反じゃないのか? ゲーム参加を強制するなど営利誘拐だし、強制終了ができないなんて監禁と取られてもおかしくない。

 オンラインゲームという特性上、ユーザーがゲームを遊ぶには運営側のサーバーへアクセスし『何々の操作をした』と情報を送る。 そうすると、運営はユーザーの『操作をした情報』を元に処理をし、結果のデータをユーザーに送る。 ユーザーの端末はそのデータを受け取り、ゲームクライアント   ゲームの基本ソフトウエア   の処理を経て、サーバーから帰ってきた結果をユーザーに提示する。 この時に、通信障害などで運営側とのやり取りが遅れたり切断したりすると、ユーザー側に結果が返ってこない時間が出る。 これがタイムラグの正体で、貧弱なサーバーで処理が滞ったり、貧弱な通信環境ではデータの転送速度の遅さとかで発生する。

 つまり、運営がゲームクライアントを弄ってコンソールの表示を凍結することは出来るが、運営が介入することの出来ない端末側の操作は妨害できない……筈だ。 できるとしたら、それはもうコンピューターウイルス……マルウェアを送りつけられ感染したと言う事になる。

「……っ」

 急に怖くなった俺は、ダイブ用端末の通信を物理的に切断しようとリアル側の腕を動かそうとして……失敗した。 何度やってもアバターの腕が動いてしまう。

 まさか、ハッキングを受けた……? ダイブ用端末がやられたのではなく、運営は俺の脳のナノマシンを直接狙い攻撃してきたのか? 何重のセキュリティ防壁がかけられていると思ってるんだチクショウ!

 これではまるで夢だ。 走ろうとして上手く走れず、水の中を必死でもがいているような、そんな夢みたいな感覚だ。

「ばかな! あり、ありえないだろ! そこまでするのか!?」

 殆ど悲鳴に近い声だった。 それ程焦りが出ていた。 そして気付いた。 声を出す際、自分の口が動いている事に。 その瞬間、思考に冷水を浴びせられたかのように頭の中が真っ白になって、立ち尽くしてしまったのだ。

「……高度すぎる」

 周りをよく観察してみると、まるで現実と見間違うかのように美麗な環境だった。 この中に1つとして、不自然に凍りついたように動かない草木なんて無いし、荒くギザ付いたテクスチャの物体も無い。 全ての動体の動きは流れるように滑らかだし、物理法則に逆らって動いたりも、タイムラグすら存在しなかった。 

「おいおい……フレームレート幾つだよコレ……」

 動画を映す処理というのは、まぁ言ってしまえば紙芝居みたいなものだ。 ちょっとずつ違う画を高速で入れ替えることで、まるで絵が動いているかのように脳は錯覚する。 一秒間に何枚の絵を入れ替えるか……で、滑らかさが変わるんだが、こいつをフレームレート   FPS(フレーム・パー・セカンド)って単位で、動画の滑らかさとかを表すんだ。 多ければ多いほど滑らかに動くように見えるんだが、あたり前のように処理もデータ量も重くなる。 だから、なんというか目の前の状況は……高級すぎる感じだ。

 そんな事を考えながら呆然としていると、爽やかな風と共に草木の青々とした匂いが鼻に届いた。 俺はなんだか馬鹿らしくなってしまって、乾いた笑いが唇の隙間から漏らす。

「ハハハ……匂いの感覚パターンなんて、一体何種類あると思ってるんだ……」

 人間の感覚で、最も再現が難しいのは嗅覚と言われている。 視覚なら小さい点を並べれば絵のように見えるし、聴覚なんて空気の振動の波の周波数と大きさを変えればいい。 味覚のパターンなんて5~6種類の味の強弱でしかない。

 だが嗅覚。 こいつはダメだ。

 匂いの分子は数十万種類あって再現不可能だ。 その組み合わせや強弱で何の匂いなのか判断するのだが……例えるとコーヒーと紅茶の匂いは簡単に嗅ぎ分けられても、味だけで判断することが至難の業なのは、そのパターンがハッキリとしているからだ。 だから、脳内のナノマシンが、匂いデータのパターンに沿って脳に擬似信号を流すなんて不可能だし、技術的ブレイクスルーが起きて際限が可能になっても、リアルとバーチャルの境が曖昧になって日常生活に支障をきたしかねない。 だから法で規制されているというのに……



 ◆ 



  てな感じが、俺の記憶している全部だ。

 ふむ。 じゃあつまりなんだ、これが夢でもゲームでもなければ…つまり現実かこれは。

「くそ、何で俺がこんな目に合わなけりゃなんねーんだ」

 規約をわざと破ったことは棚上げして、俺はブツブツ文句を垂れながら充ても無く彷徨う。 いくら昔流行った転移系のアレが起きたつっても、原始時代に飛ばされるなんて幾らなんでもあんまりじゃなかろうか?

「いや、待てよ? そうだとしたら、なんで今の俺はゲームのアバターのままなんだ?」

 ピタリと足を止め、腕を組んで頭を捻る。 もしかしたら、何らかの不具合か何かで起きた事故かもしれないし、ただ単にまだゲームの続きかもしれない。 とりあえず消去法で確認しておくか。

 と、言う事で俺は装備を全て解除してマッパになった。

 いや、狂ったわけでは無い、俺の頭は正常だ。 今の状況が運営によるドッキリだとか、俺が知らないうちに何らかの誤操作してしまったかもしれない可能性を潰す為だ。 こうやってプラプラさせておけば、怒った運営が強制切断だとか警告とかの対処をして来る筈だからだ。 決して、開放感に浸りたいからだとか、脱ぎたかっただけとかじゃない。

 しばらくの間、腰に手を当てて仁王立ちしていた俺は、キョロキョロと辺りを見回す……が、特に変化は無いようだ。 やはりこの世界はゲームなどではなく、事態は思った以上に深刻かもしれない。 特にこの、木々に遮られた視界が鬱陶しい。 俺はインベントリに手を突っ込むと、小鳥の羽っぽい形のネックレスを取り出し装備した。

「<飛行(フライ)>」

 キーワードを呟く。 ネックレスは淡い青色の光を一瞬解き放つと、内に込められた魔力を開放する。 フワリと両足がうきあがり、重力のくびきから逃れた俺はグングンと高度を上げていく。 2000フィート(約610メートル)くらいの高度まで上がると、その場で静止した。

 腕を組んで眼下を見下ろす。 鮮やかな草木の緑が、燦々と照りつける太陽の光を浴びて、両腕を天に伸ばすようにその枝を茂らせていた。 やや丸く見える地平線の輪郭は、非常に遠くにあるだろう山脈の(いただき)が、ポツポツと顔を覗かせていた。 スモッグによって覆われ、薄汚れた灰色をしていた空気は澄み渡り、真っ白な綿のような雲がフワフワと流れている。

「…………」

 美しかった。

 喉が張り付いたように何も言えなくなるほど感動的な景色だった。 自然とはこれほどまでに美しいものだったのか。

「フ……フフフ……」

 胸の奥から湧き上がってくる、とある衝動……何だこの気持ちは?

「ハハハ……ハ  ッハッハッハ! ハハハハハ!」

 ああ、そうか。 俺はワクワクしているんだ。 運が良かったのか悪かったのか解らないが、あの緩慢に死んでいくだけだった何も出来ない退屈な世界に別れを告げ、何もかも自分で決定し自分の力で生きて行ける世界が現れた。

 いいだろう。 この世界に飛ばされたのは、何らかの意思の介入があるような気がしないでもないが、望み通りこれから俺が歴史を作ってやる。 ……この異世界を、あんな退屈で汚らしい世界になど絶対にしない。 俺の前に道は無く、俺の後ろに道はできるのだ。









「……え―っぷし!」

 くそ、なかなかに冷えやがる。 俺はチクショウと悪態を吐くと、グズグズと鼻を啜りながらインベントリから取り出した防具を着込むのだった。
 







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