オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ


アインズ「仕事終わった遊ぶぞヤッホイ!」

一方その頃

モヒカン「紙飛行機フシギ! りあるってきっと神代の世界の事だよね!」
パツキン「ナザリック……凄い力と知識だ! 彼らはきっと神に違いない!」




現在のナザリック生産物

・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント


科学捜査で稼ぎたい

 さーて、世界征服の仕掛けも大詰めだぜ。 後は俺が仕上げを施せばフィニッシュだ! 二つの意味でな!

 

 前段階の準備である、商談に見せかけた懐柔と圧力は、アインズさんが完璧にこなしてくれたからな。 後はチョチョイのチョイよ。

 

 俺が今いんのは、王国の玉座の間。 完全不可知化のバフをアインズさんに掛けて貰い、監視を兼ねて姿を隠しているのだ。

 

 予定通り、ニグンに操られた哀れな貴族を『裏切り者』として、ガゼフに生贄に選ばせておいた。 ソイツの名前を知らせるのはランポのじっちゃんだけだと思っていたんだけど、何故かレイブン……レェブンだったか? が居たので、ついでに教えておいた。 証拠付きでな!

 

 反応は「ああ、やっぱりな」だったぜ。

 

 ふん、知ってたんならさっさと対処しろよってんだ。 だから俺みてーなのに付け込まれるのさ。 ま、俺としては楽が出来てハッピーなんだがよ。

 

 おっと、そうこうしている内に貴族共が全員揃ったようだ。 偉そうな感じのおっさん達が、王に向かって挨拶している。 顔色が悪いレェブン以外ケロっとしているっつー事は、今から何が起きるか知らないな。 よしよし、つまり情報の漏れは無しと。

 

「では、午後の会議を始める……前に」

 

 キッと眼を鋭くしたランポッサが一拍おいて、合図を送る。 事前に示し合わせていたのか、コクリと頷いた儀仗兵が大扉を開く。

 

 扉一枚隔てた先には、憮然とした態度のニグンが佇んでいた。

 

 手枷すら装着されず、装備も普段通りの黒っぽいローブで、帰れと言われれば直ぐにでも踵を返して立ち去れる   つまりはフル装備の出で立ちだった。

 

 辺り一帯が騒然とする。

 

 当たり前っちゃあ当たり前か。 自国の兵士に突然襲い掛かってきた武装勢力の隊長が、縛られる事も無く自由な状態で、しかもフル装備状態で目の前に現れたんだからな。

 

「所属と氏名を述べよ」

「スレイン法国所属。 陽光聖典隊長……ニグン・グリッド・ルーイン」

 

 ランポッサが硬い声で問うと、たった1人で入室してきたニグンは静かにそう答えた。

 

「何故、スレイン法国の特殊部隊員が我が王国に不法入国をした?」

「リ・エスティーゼ王国のとある貴族が、国王派の権威失墜を狙い、国境近くの村を偽装させた野盗に襲わせる計画を立てている情報を掴んだからだ」

 

 嘘だ。

 

 権威失墜を狙ったのは本当だが、襲ったのは野盗では無いし襲わせたのはニグンだ。 情報を掴むも何も、仕向けたのがニグンなのだから国境付近に武装集団が居るのはわかりきっているし、裏切った貴族が誰なのかもよーく知っている。

 

 つまるところコレから先は全てただの茶番だが、これだけ大掛かりだと……へっへっへ。 ワクワクしてくるな。

 

「よって我が国スレイン法国の上層部は、2カ国間に報復の連鎖が起きる事を懸念し、事態を沈静化させるべく対集団戦闘に特化した陽光聖典を派遣した」

「貴国の陽光聖典は、武装集団討伐に派遣された王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと戦闘しているが、これをいかんとする」

「不幸な遭遇戦であると結論付ける」

「本意では無かったと?」

 

 ニグンは大きく頷いてから、その通りだと言った。

 

「俺の部隊が現場に到着した時には、スデに武装勢力はアインズ・ウール・ゴウン殿によって討伐されており存在しなかった。 代わりに、村には同じような規模の王国戦士団がおり、我々はそれを誤認し戦闘状態に陥った」

「我が国の戦士とバハルス帝国の騎士を見間違えるのは難しいが?」

「当時は暗く、判別が難しかった事を考慮に入れて頂こう。 さらに、ガゼフ・ストロノーフの装備も普段と違い、それも発覚に時間が掛かった原因だ」

 

 嘘だ。

 

 アインズさんがカルネ村を襲った雑魚を蹴散らした   正確には召喚したデスナイトだが   のは本当だし、ニグンが村に来た時にガゼフがいたのも本当だ。 ガゼフのおっさんがニグンに負けかけたのも本当。

 

 コレのキモは殺意の否定にある。

 

 ワザとじゃ無いんだよ。 勘違いしただけなんだよ。 本当は助けたかったんだよ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ……と。

 

 

 

 最初に自分の非を最小限の部分だけ認め、それ以上の追求を転嫁する。 そうすれば、法国は責任を負わずに済み。 王国と法国は互いに外交問題にならずに済み。 王国は帝国の他に敵対国家を作らずに済むのだよ。

 

 裏切り者を断罪しさえすればな。

 

 一挙両得さ。 選ばない筈が無い。 アインズさんみてーに知・武・金が揃ってるならともかく、今のコイツらには、それ以外を選ぶ選択肢すら存在しないのだよ。

 

「野盗を使って国境付近の村々を襲わせた貴族は誰であるか」

 

 ランポッサが本題だとばかりに、覚悟のこもった声で問う。 そしてニグンは答えた。

 

「……リットン」

 

 ザワリと、驚愕の呻きが重なり合い場が一瞬騒がしくなる。 その名に一際驚いたのはボウロロープだ。 突つかれた猫の様に振り返ると、傷だらけの顔を大きく歪めて、リットンの顔を目を溢れ落ちんばかりに見開いて見ている。

 

「そこで顔を青くして座っている、リットン伯爵だ」

 

「違う!」

 

 即座に否定の声を挙げたのは、当たり前だが六大貴族のリットンだ。

 

「 わ、わた…私では無い! 何を証拠に  この男は戦士長を襲った犯人ですぞ! そのような者の妄言を信じるのですか!?」

 

 口角泡を飛ばしながら、必死の形相で逃れようと弁明する。 先程までずっと静かだった奴が、今際の際で必死に逃れようと暴れる姿は……水面まで引っ張られた釣られた魚のようだ。

 

「そのストロノーフから聞いた。 装備の持ち出しを禁じたのはお前だそうだな、リットン」

「なっ……!」

 

 やせぎすの男、リットンは目を剥き絶句する。 当たり前だ。 そうさせたのはニグンなのだから。 だが、(お前がそうしろと言ったのだろう)とは思っていても言えない。 それはつまり、自らの関与を認める事になるからだ。

 

 ん~~だが、まぁ、この状況だと普通は否定するわな。 このままじゃあ、やったやって無いの言い合いになるだけだから……次の手を打ちますかねー。

 

 俺は完全不可知化を解除すると同時、手の掌を打ち合わせる。

 

 パン  

 

 乾いた音が響き、何事かと振り返った貴族達の表情が、再び驚愕に染まる。

 

「な、何者だ! いつからそこに居た!?」

「最初からだが? 酷いなぁずっと気付かないなんて……無視されてるのかと思ったぜ」

 

 名も知らない貴族(MOB)に向けて、やれやれと言わんばかりに肩を竦めて見せると、半信半疑の微妙な顔をした貴族共が周りと相談しだす。 貴公は気付いていたか〜だの、あの男は何者だ〜だの、何故王は何も言わないのだ〜だのゴチャゴチャとな。

 

 周りと相談するだけで俺の正体がわかるワケねーだろうが。 話が進まないので、わざとらしい咳払いでソイツらを黙らせる。 そして、俺は肩越しに背後の大扉を親指で指した。

 

「まだ証言させられる証人が居るぜ?」

「な、なんだと?」

 

 哀れな子羊は、滝の様に汗を流して聞き返して来た。

 

 顔面を蒼白にしたリットンにニヤリと笑顔を返し、俺は指を鳴らす。 パチリと小気味よい音がして、それを合図に扉が開く。

 

 扉一枚隔てた先には、後ろ手に縛られ猿轡を咬まされた、身なりの見窄らしい男と。 その男を連行する、セバスの姿があった。

 

「コイツの顔に見覚えがあるよなぁ? リットン。 そう、お前の一番身近にいた手下……側近だよ」

「な……ば……」

「……『馬鹿な』って言いてーのかな? 今からコイツが洗いざらい喋ってくれっから。 オメーはそこで座ってるといいぜ」

 

 俺は「さて」と言い、話を一旦区切る。 この状況での俺の評価は、突然現れた謎の男だ。 この状態で俺の話に説得力を持たせるには、圧倒的な存在感と共に証拠を突きつければいい。

 

 つまり虎の威を借る狐作戦だ。

 

「初めまして、かな? 俺の名はドクトル。 アインズ・ウール・ゴウンから『相談役』の御役目を仰せ遣っている  」 笑顔を深めながら、ゆっくりとお辞儀をする。 「ドクトル・クサダと言う者です」

 

 目に見えて緊張感が拡がるのがわかる。 やれやれ、もう少しポーカーフェイスと言うものを学んだ方が良いぞ。 例えばアインズさんみてーにな。 無理か。

 

「先の商談では、俺の開発した商品を即決で購入して頂き、誠に有難う御座いました」

「あ……まさか、ゴウン殿が仰っていた『技術者』とはもしや  

「然り。 だが……フフフ、()()()()で満足して貰っちゃあ困るけどね」

 

 よーしよし。 コレで俺は油断も無視もできない存在になった。 運良くスムーズに行って良かったぜ。

 

「だが。 だが、だ。 我々の重要な取引先であるリ・エスティーゼ王国が、こんなつまらない事件に時間を割かれてしまうのは勿体無いだろう?」

「勿体無い?」

「無駄を排除すれば、もっと豊かになれる。 王国の皆さんには、もっと豊かになってもらって、更に多く商品を取引して頂きたいのだよ。 だから来たのさ。 手伝いにね」

 

 一部の人間を除く、貴族共の瞳に欲望の炎が燃え上がる。 ……楽過ぎて不安になってくるぜ。

 

「こう思ったことはないかな? 『もっと金があれば』……と」

「…………」

「帝国と戦争中の皆さんなら、必ず思った筈だけどねぇ? 潤沢な資金があれば、寡兵の帝国騎士など圧倒出来る……と」

「…………」

「圧倒的な物量で、有無を言わせず、害虫を踏み潰すが如く蹂躙出来るのに。 僻地での決戦など片手間で終わらせ、雲霞(うんか)の様なツワモノ達が一気呵成(いっきかせい)に敵国首都へとなだれ込み、乾坤一擲(けんこんいってき)の一撃をもってスカしたアイツに目に物を見せてやれるのに」

「…………言われるまでもない」

 

 低く、唸る様に言ったのはボウロロープだ。 衰えを感じさせる額に血管を浮き上がらせ、震える拳を握り締めている。

 

 事前に調べておいた情報では、コイツ…昔は戦場でブイブイ言わせてたクチだそうじゃねえか。 思った通り、敵対国家の帝国に()()()()()()のを腹に据えかねているぜ。 ちょいと煽るだけで、すぐ頭に血が上りやがる。

 

 やれやれ、この程度で冷静さを失うとか指導者失格だぜ。 昔ぁ〜しの偉人、孫武(又は孫子)も言っていただろう?

 

主 不 可 以 怒(しゅはいかりをもって) 而 興 師    (しをおこすべからず)

 将 不 可 以 慍(しょうはいきどおりをもって) 而 致 戦』   (たたかいをおこすべからず)

 

 1時(いっとき)の感情に任せて軍を興したり、戦闘を始めたりすんな……ってな。 それは罠かもしれねーんだからよ。

 

 でも、まぁ、いいや。 肩透かしを食らった気分だが……これはこれで、だいぶ場が温まってきた。 では、そろそろショーを始めようか。

 

「では、こんな茶番さっさと終わらせようか。 対帝国に向けて、ジャンジャカ国力と財力を増やさないと! 無駄な時間は1分たりとも使えねーぜ?」

 

 はい、お判りの通り時間制限を設定する事で焦らせる作戦で御座い。

 

「んじゃ、早速コイツから洗いざらい聞いちゃいますかねー」

 

 懐に手を突っ込み、見えないようにしてインベントリから1本の注射器(シリンジ)とアンプルを取り出す。 薄青い液体の入った、ガラスのアンプルの口をべキリと圧し折り、シリンジ内に適当な量を吸い出す。

 

「な、なんだそれは……?」

 

 不安に耐えかねたのか、リットンが聞いて来た。

 

「これはね。 『自白剤』って言う、おくすり…さ」

「じ…じは、く?」

「ああ。 コレが体内に入ると、クスリが脳ミソをいい感じに破壊して……質問に反射的に答えちゃう人形みたいになるのさ」

 

 嘘だ。

 

 コレは自白剤では無いし、自白剤に色なんか付いてないし、そもそも自白剤なんて薬物は都市伝説だ。 ……似たようなモノはあるけど。

 

 コイツはソリュシャンに調合して貰った、ただのダメージ毒だ。 ソレを0.9%の生理食塩水で割って、着色料で色を付けた。 彼女曰く、全身の血管が()()()()()()ような痛みに襲われるのだそうだ。 ま、それなら強酸でも同じような事が出来そうだと思うが、シリンジが痛むので試したくは無いなぁ。

 

 そんな事を考えながら、シリンジ内の空気をデコピンで抜いていると、リットンが机を叩いて立ち上がる。

 

「う、う、嘘だ! そんな……そんな薬があってたまるか!」

  ハハハハハ!」

 

 やべえ。 恐らく偶然だろうが、リットンに毒だってのがバレたぜ。 くっそー、よりにもよってコイツかよ……とりあえず笑い飛ばして、と。

 

「そう、その通りコレは薬じゃあ無い。 毒だ。 射たれると頭が馬鹿になるように濃度を調整した、弱毒さ」

 

 全く可笑しくなど無くても、心底可笑しいのだと自己暗示してクツクツと笑う。 とりま、笑っとけば余裕がありそうに見えるからな!

 

「放っとくと完全に馬鹿になって、息をすんのも出来なくなって死ぬ。 でもまぁ、大丈夫だ。 質問した後で、解毒と回復の魔法を神官に掛けて貰えば、完全に元どおりになっからさ」

 

 斯くも魔法は偉大なり、だ。 都合が良すぎて涙が出るぜ。 お陰で、リットンは何も言い返せないでいる。

 

 薄青い毒の入ったシリンジの針を向けると、リットンの側近はビクリと肩を跳ね上げ後退った。 情け無く眉をハの字に曲げ、目からは大粒の涙をボロボロ溢し、イヤだイヤだと首を振っている。 何故か?

 

 それは、『この液は激痛を伴って脳細胞を破壊する毒である』と前もって教えてあるからだ。

 

 そりゃあ、普通、痛いのは嫌だろう。 でも、今は無理にでも嫌がってもらわんと俺が困るんだよね。 この側近の男がこーして嫌がれば嫌がる程(そんなに重要な情報を持っているのか)と、説得力が増すからよ。

 

「ンググ〜〜!」

 

 男が暴れる。 足をバタつかせ、駄々をこねる子供のように。 ソレを無視して、セバスに力付くで抑え付けられ、袖を捲られた腕に針先を沈める。 鋭い針先は容易く皮膚を貫通し、静脈へと到達した。

 

 薄青い液体が注入され、瞬き数回のタイムラグの後  

 

  !」

 

 男は声にならない悲鳴を上げて、より激しく暴れ出す。 毒の正体を知らない奴らには、必死で自白剤の効果に抗っているように見えるだろう。

 

 希釈した毒の効果時間は短い。 スグに痛みは引いていき、疲労感からぐったりするハズだ。 そのギリギリの瞬間を狙って、男の頭を固定するフリをしていたセバスが、スキル〈傀儡掌〉を発動する。

 

 事前に調べておいた……っつーかニグン情報では、精神支配による証言に証拠能力は無いらしい。 虚偽の証言を意図的にさせられるから……と言うのが理由なのだが、おかげでこんな面倒な手順を踏まなければならなくなっちまった。

 

 この方法で一番優秀なのはステルス性だ。 魔法では無くスキルなら魔力感知に引っかからないし、詠唱も必要ない。 オマケに精神支配を受けたこの男も、喋り終えて効果が切れた後、クスリのせいで喋ったんだと思い込む。 つまり、俺たち以外の全員が、この男が精神支配を受けた事に気付かないっつーことだぜ。

 

「あ…うう〜〜」

 

 スグにスキルの効果は出た。 男は焦点の合わない、まるで薬物中毒者のような眼をして、意味不明なうめき声を出している。

 

「ん、よしよし。 効果アリだな。 ……さて、そんじゃリットンについて知っていることを洗いざらい喋って貰おうか?」

 

 男の中には今、霧中に放り込まれたような微睡みに似た感覚だけがある。 ああいや、アンデッドの身体になった俺では、その精神支配の感覚を直接感じる事は出来ないので、聞いた話から想像する以外にないけど。

 

 で、そんな感覚が、この男をペラペラの腑抜けにせずを得ないのさ。 今この男は、聞かれた事に全て答える『楽器』と化していた。 プログラム通りに演奏する、音声合成プログラム……いや、それ以下の磁気テープレコーダーのスピーカー同然の装置にされていた。

 

「リットンは、ガゼフのおっさんが襲われるであろう事を予測できていたか?」

「……はい」

「それはつまり、国境付近にニグンが向かっている事も知っていたと言う事だな?」

「……はい」

「では、リットンは、ガゼフとニグンが偶発的遭遇(エンカウント)する可能性が非常に高いにも関わらず、()()()()()()()()と言う事だな?」

 

 言葉巧みに男の証言を誘導しつつ……()()()()()、ニグンを利用しようと画策した。 と、印象付ける。

 

「……はい。 ……旦那様は……五宝物さえ剥ぎ取ってしまえば……邪魔者を始末できると……仰っておられました……」

 

 (つい)に出た決定的な一言。 他貴族や、ランポッサ王の無言の視線に晒されたリットンは、「違う……違う……」と呟くように否定していた。

 

 その後も、リットンの汚職を証明する証言が男の口から出るわ出るわ。 よくもまぁ、そこまで出来るな。 と、咎める側の無能さを含めて感心すらした。

 

 俺の予想としては、窮地に立たされたコイツは次に、ランポッサの慈悲に縋るか  

 

「お、王よ! この者の言う事を信じるのですか!? こんな……こんな得体の知れない薬で無理矢理喋らせた(げん)に如何程の信用がありましょうか!?」

 

 このように、俺の用意した『自白剤』の信頼性の低さを突いて来ると予想していたのだが……やっぱりか。

 

 ふむ、ココまでは(おおむ)ね予定通りだな。 うーむ、ニグンが中々にキレ者だったからかなり用心してたんだがなぁ。 俺の知ってる『貴族』と、この異世界の『貴族』のイメージはかなり乖離(かいり)してるっぽいな……なんでこんなアホが貴族出来てるんだ?

 

 アインズさんなら、この男の証言をひっくり返すような『何か』で逆転の1撃を食らわせてくれるんだろうけど。 ……例えば、何らかの方法でスキルによる精神支配を看破して、「この証言に証拠能力は無いな」つって証言を全部台無しにするとか? 後は~~ 実は俺の本当の目的を看破してて、最後の最後で「そうか……! 俺は…最初から泳がされていたのかッ!」みたいな。

 

 ……期待するだけ無駄か。

 

 おっと、そろそろ傀儡掌の効果が切れるな。 ……コイツに解毒ポーションを使うのは勿体無いから、青汁を解毒だって言って飲ませとこう。 傀儡掌の効果が切れるのを見計らい、小さめのビンに入った、濃い緑色をしている見るからに不味そうな青汁を男の口に突っ込んだ。

 

「まー確かに? 証言だけではイマイチだと思ってたよ?」

 

 ラッポッサ王が何か言う前に、俺が先手を取る。 馬鹿にしたような口調で冷静さを奪いつつ、大袈裟に肩を竦めて、さも予想通りでした~みたいな感じで。

 

「だろうと思ってね……」 ニヤリと笑い、俺はインベントリから1枚の羊皮紙を取り出した。「こんな物も手に入れてるんだよねぇ」

 

 透明な板ガラスに挟まれた羊皮紙は上下を紐でキツく縛られており、直接手で触れないようになっている。 そして、内部の羊皮紙には、判を押したような奇妙な模様が描かれている。 渦のような、跡のような  

 

 

 

「見えるかな? この模様が……」

 

 指紋が。

 

 

 

「ハッキリと」

 

 ベッタリと。

 

 

 

「書類に浮き上がっているのが」

 

 まるで、濃い紫色のインクで押し付けたかのように。

 

 

 

 書類を見て、零れ落ちんほどに眼を見開いたリットンが、呼吸困難に喘ぐように口を開く。

 

「な…んだ、それは……」

「指紋だよ。 素手で触る時に付着した指の跡を、薬品の蒸気で炙って浮かび上がらせたんだ」

 

 そう、俺の用意した決定的な証拠。 それは指紋。 検出と採取、照合が容易で、かつ言い逃れできないほどに決定的な   ()()()()だ。

 

「指の…跡だと……? そんなもの、ただの汚れや手垢と同じだろう! それに……それに何の意味がある!?」

「誰が書類に触ったのかがわかる」

「な、なに!?」

「指についている模様……指紋はな。 たとえ一卵性双生児の双子でも、世界中の人間が二人とて同じ指紋を持つことは無い……んだよ」

 

 まぁ、知らないのは当然だろう。 指紋の証拠能力が正式に認められたのは西暦1686年。 中世なんてとっくの昔に過ぎ去ってるぜ。

 

 当然、600年前(ついこないだ)まで原始人だった、この世界の人間   もしかしたら知的生物全て   には、知る由も無い事だ。 俺達プレイヤーからは1000年以上も昔の技術が、此処では最新技術とはな。 やれやれ、って感じだ。

 

「指の跡を浮かび上がらせる薬品が錬金術で作れるのか?」

 

 ランポッサが静かに言った。 これ以上指紋が付かないよう、ガラスで保護された書類を手に持ち、浮かび上がった指紋に視線を落としながら。

 

「いや、これは魔法じゃあ無い。 現象だよ」

「ふむ。 現象」

「薪に火をつけると熱く燃える。 その火に水を入れた鍋を掛けると湯が沸く。 誰がやっても、子供だろうが老人だろうが関係無く、やり方が同じなら同じ結果が待っている」

 

 俺は、全員によく見えるよう、黒っぽい破片が入ったアンプルを掲げた。

 

「これもそう。 『昆布』って言う海藻を焼いて、その灰から取り出した…沃素(ようそ)って言う物資だよ」

「その粉をどうするのだ? 炙ると言っていたが……」

「コイツを火で炙って温めると、ロウソクみてーに溶けて紫色の煙が出るんだよ。 それが指の跡に含まれてる脂とくっついて、目に見えるようになる、っつー仕組みさ」

 

 人間の皮膚からは通常、皮膚の汗腺を通して汗と皮脂が染み出てくる。 脂肪のしみ出しは皮膚を湿らせ、柔らかく保つ用途として。 さらに、脂肪は皮膚にいる常在菌のエサになり、病原菌を寄せ付けないバリヤーのような効果をもたらすのだ。 だから、洗剤や薬品に多く晒されて皮脂が失われると、手荒れする1原因になるのさ。

 

 んで、指紋が付くと、汗は蒸発するが皮脂はそこに残る。 揮発したヨウ素ガスを脂肪と接触させると、ヨウ素はこれらの物質と反応し、暗褐色の化合物をつくる。 脂肪だけがヨウ素と反応し褐色となるので、指紋の隆起、すなわち紙と接触した指の模様が現れ、指紋の輪郭を見えるようにすることが出来るのだ。

 

「成程。 油にだけ溶ける塗料のようなものか」

「まぁ、大体そんな感じ。  今から実際にやって見せるが、蒸気に絶対触らないように。 毒じゃあない(※少量の場合)が、手や服に付くとシミになっからね」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ヨウ素の溶けだす温度は113℃くらい。  ロウソクが燃える炎の温度は300℃くらいあるので、普通のロウソクでも十分な量のガスを発生させられる。 後は、指紋があると思われる箇所に吹き付けてやれば……指紋が浮かび上がるっつー寸法さ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 俺は、ヨウ素のフレークをガラスアンプルに入れたままロウソクの炎にかざし、温める。 すると、スグに黒い砂粒のようなヨウ素フレークが、シュウシュウ音を立てて蒸発   正確には昇華   し、紫色のガスになった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 更に容易に指紋を採取するには、アルミニウムとチョークの粉を混合した粉を振り掛ければいい。 アルミとチョークの粉は、ボールミルで1日~2日くらい砕けば作る事ができるぞ。

 

 採取する時はゼラチンで作ったシートを使う。 いい具合にベタベタしてて、柔らかいので曲げられ、それに透明なので照合しやすいからだ。 古代の接着剤、(にかわ)だってゼラチンで出来ているくらい、それはベタベタしてるのだよ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「っとまぁ、こんな具合に浮かび上がるんだ。 コイツは誰がやっても同じ結果になるから、この国の一般的な警察…いや、衛士でも同じようなことが出来る。 ……道具さえあれば、だが」

 

 ハッキリと紙に浮かび上がった指紋を、全員に見える様に掲げ。 読み終わったチラシを棄てるが如く、その紙から手を離す。

 

「調べてみると、あの書類には3種類の跡が浮き上がったのが分かったぜ。 赤で丸く囲ってあるのが武装集団の頭目、べリュースの指紋。 ……では、残りの2つは?」

 

 俺が懐から紙と朱肉を取り出し、リットンの方へと歩き出す。 当然、誰も俺の行動を止めようとしない。

 

「……ッ!」

 

 指紋を取る為に手首を掴み、グッと寄せる。 すると、身体を硬直させたリットンは、手をぎゅっと握って抵抗する。

 

「ま、待て……ちょっと待ってくれ! 違う! 本当に違うんだ!」

「どうした? ん? 何故嫌がるね?」

「私じゃない! やめてくれ! 私じゃないんだ!」

「全て事実無根で、書類の指紋はお前のじゃあ無いんだろう? ……無実が証明できるんだぞ?」

 

 何故、リットンは必死に俺じゃあ無いと叫ぶのか? 何故ならば、この書類は一度破棄されて燃やされているからだ。 コイツは内心、こう思っている。 (何故ここに! あの書類は確実に燃やしたハズだ!) と。

 

 確かに灰にはなっていた。 それを魔法で元に戻すのは容易だったし、リットンには『枝』を付けていたので完全に消される前に灰を回収するのも簡単だった。 だが、魔法では何が書かれていたか……までは修復出来ても、『記述された』とは見なされないのか指紋までは元に戻らなかった。  それに、リットンが本当に触ったかどうかも確実には分かってない。

 

 もしかしたら、リットンは本当に触って無いかもしれない。 側近かなんかに読ませて、暖炉に放り込んだのかも。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ドッペルゲンガー。 便利だよなぁ、コイツ。 看破の魔法かスキル、もしくはマジックアイテムを使わないと、外見からは全く判別出来ないレベルで変身するモンスター。 対抗手段が無い場合、言動などの乖離から推理する以外、手が無いのは最早チートと言っても過言では無いと思うぜ。

 

「……もうよい」

 

 ランポッサの無機質な声が、リットンの身体を硬直させる。

 

「リットン候……いや、リットン。 我は、最後まで何かの間違いではないかと信じたかった」

「お、王よ! 私は…! 本当に何も  

「黙れぃッ!」 無言でランポッサの側で立っていたガゼフが一喝した。 「王の話されている途中であるぞ!」

 

 ビクリと身体を跳ね上げたリットンは閉口する。

 

「リットン。 そなたは本件に深く関わりがあるにもかかわらず荒唐無稽な弁解を繰り返し、自己の責任を免れようとしており、こうした態度からは一片の良心も伺う事ができず、反省の情は微塵もない。 国全体を脅かしてでも自身さえ益を享受出来ればそれでよいとの、身勝手な発想は常軌を逸しており、その思考態度には戦慄すべきものがある。 ………よって、生命をもって罪を償わせる他はない」

 

 大きく、覚悟を決めるように深呼吸したランポッサは、声に威厳を込めて言い放つ。

 

「決を言い渡す。 国家反逆罪。 及び、外患誘致(がいかんゆうち)の罪により……リットン。 そなたを死刑に処する」

 

 連れて行け。 そう、冷たくガゼフが衛士に指示すると、鎧を着た2人の男は脇を抱えるようにして退室して行く。

 

 あの生贄はもう助からないだろう。 事がソレなのだ。 国の重要な戦力であるガゼフのおっさんを暗殺しようとするって事は、自国の防衛戦力を低下させ窮地に立たせる。 つまり国に対するテロと同じだ。  戦時中なら尚更にな。

 

 バレた汚職。 遅過ぎた対処。 どれも致命的だが、決定的な敗因はソコじゃあ無い。 コイツの敗因はたった1つ。 たった1つのシンプルな答えだ。

 

 

 

 お前は恨み(ヘイト)を溜め過ぎた。

 

 

 

 敵からは怒りを買い、味方からも疎ましく思われ、助けを求めても誰も手を差し伸べる奴はいない。 そりゃそうさ。 好き好んで、自から沈み行く泥舟に乗る奴が居るワケが無ぇ。 無理して助けようとすれば、共犯なのかと疑われる事になるからな。

 

 つまる所……テメーは少し、はしゃぎ過ぎたのさ……リットン。

 

 

 




ドクトル「首おいてけ! 大貴族だ! 大貴族だろう!? なあ六大貴族だろうお前!」
アインズ「もうやだこの蛮族」



指紋、について。

 指紋の有効性が正式に認められたのは西暦1686年です。 イギリスの科学者が「たとえ一卵性双生児でも、世界の二人の人間が同じ指紋を持つことは無い」と論文を出しました。 最初は懐疑的で信じられなかったものの、数年後、とある強盗殺人事件に試験的に導入された指紋照合の技術は、見事犯人を逮捕へと導きました。 それにより警察に本格的に導入され、今でも広く使われています。

 日本では更に歴史が古く、平安時代末期(大体1100年頃)には拇印の原型の『手印・押し手』が使われていたのが記録に残っています。 確認されている物で有名なのが、藤原仲子という貴族が作成した文書に残っている拇印と、後鳥羽上皇の作成した文書に本人確認の署名として朱肉で押された手形です。

 牛や馬の場合、肉球が無い蹄なので、鼻紋で個体識別します。

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