ドクトル「静粛に! 静粛に! (ランポッサが)判決を言い渡します!」
じーさん「死刑!」
リットン「俺は無実だアアァァ ッ!」
現在のナザリック生産物
・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント
深い嘆息を吐きなから、ランポッサはコリを解すように左手で覆った目元を揉む。 1時間にも満たない間だったとは言え、クサダがもたらす奇妙な空気は如何なる者の精神をも疲弊させる事を、ニグンは身に染みて理解していた。
あいつを、あの男を前にすると、心を見透かされ自分の行動を操られているような気分になるのだ。 自分の行動は正解なのか。 もしかしたら、奴の罠なのではないのか、と。 海千山千の貴族を相手取り、腐敗させつつも今までリ・エスティーゼ王国を延命させてきたランポッサ3世とて同じ事だろうと、しみじみ思う。
「さて……」 疲労を顔に色濃く浮かべたランポッサが静かに言う。 「司法取引、だったな。 ニグン・グリッド・ルーイン」
「ああ。 俺は嘘偽り無く、全てを話した。 これで、過失とは言えそちらの戦士団と戦闘し、死傷者を出させた罪は免責されるんだったな」
「その通りだ」 ランポッサは頷く。 「だが 」
そう続いた言葉に、まだ何かあるのか。 と、ウンザリとしたニグンが片眉を上げた。
「不法入国の罪までは含まれておらん」
「…………」
「他国の軍が相手国に断りも無く国境を越える……これがどう言う事か解らぬハズも無かろう」
ニグンは兵士では無く特殊部隊員だが、国に遣える暴力装置としてなら同じような立場だ。 宣戦布告なしの奇襲戦争をするつもりか……と言われても仕方の無い事だろう。
「決を言い渡す。 不法入国の罪により、ニグン・グリッド・ルーイン。 そなたを国外追放の刑に処す。 2度と我が王国に足を踏み入れることは許さん。 即刻退去せよ」
ここで、ニグンはクサダの言葉に得心が行く。
(ああ、そうか。 奴が言っていた『すぐに出れっから装備を全て持って行け』とはこの事か)
ランポッサも操られているのか、それともクサダの計画を知っての行動か。 どちらにしろ、用済みになったニグンが1秒でも多く王国に居ると、嘘が露見する確率が増えるのだろう。 ニグン自身としても、露見して得することは何も無いので否も無い。
無言で踵を返し、ニグンはその場を後にする。 分厚い木の大扉が、バタンと音を立てて閉められ……1歩、2歩。
「よーう。 おつかれちゃーん」
横合いから、突如投げかけられた労いの声。 首を回し、見るとやはり……そこにはクサダの姿。
「これでオメーは無罪放免。 大手を振って外を歩けるっつー寸法だな?」
「……また〈
「うんにゃ、今のはタダの技術さ。 意識の隙を突いただけの、つまんねーヤツだよ」
ニグンは薄く眉間を顰める。 その技術を得る為に、我が国の隊員はどれ程の修練を必要とし、時間を割いていると思っているのだ、と。 この男が
皮肉の1つ2つでも言ってやろうか。 そうニグンが思案していると、クサダは懐から1枚のスクロールと、冊子を差し出して来る。
「ほれ。 ご褒美だよ〜」
「これは……魔法を封じ込めた巻物か?」
「おーともよ。 中身は効果範囲を強化した〈
「……数万匹の
ニグンは、ふざけるなと声を張り上げたい気持ちだった。 雲を動かしたから何だと言うのだと。
少々天候が曇天になった所で、人間の能力を生まれながらに凌駕している
「ま、足らねぇアイテムがいくつかあっけど……量が多いからそれはまた今度だ。 そうだな……オメーの部下が持ってたスリングショット、あれに使われていた素材『ゴム』と交換してやんよ」
「ゴムを? あんな物、ただの樹液ではないか」
「へっ。 そんな物がスゲー役に立つんだよ」
クサダは鼻を鳴らしてそう言うと、肩を竦めた。
ニグンが訝しげな眼で見ていると 「ホームの近くまで送ってやっから」 と言ったクサダは、顎で控え室を指し示し、歩き出す。
道すがら、ニグンは手に持ったスクロールに眼を落とす。 確かに、クサダの言った通りスクロールからはタダの〈
(雲……雲を操作……日差しをどうにかするのか? 夜に使えば、星明かりも月明かりも無い暗闇にする事が出来るが……
更にいえば、
(ならば、重要なのはこの冊子か)
スクロールの他に渡された、数枚の紙を閉じただけの簡素な冊子。 それの表紙には、王国語で指示書と走り書きされてあった。 本や指令書にしては、不安になる厚みしかない。 中には何が書かれているのだろうか。
狭い城内だ。 ニグンが冊子を開こうと指を掛ける前に、クサダが控え室の扉を無造作に開け放つ。 出鼻を挫かれる事となったニグンは、中身の確認を諦め入室した。
「お疲れ様でした、博士」
頭を深く下げ労をねぎらうのは、つい先程姿を見せた老執事。 ストライプ柄のスーツに身を包んだ 耳の形から恐らくエルフ族 若い男。 そして、金髪をロールヘアにした、奇抜なメイド服に身を包んだ美女だった。
「おーう、わざわざ待っとったんか。 お疲れつってもよぉー疲労無効だけどね、俺」
「お
クサダの言葉を皮肉と受け取ったのか、スーツの男は苦笑いを浮かべながら椅子を勧めた。
ドカリと無造作に腰を下ろし、クサダは美女から受け取ったマグカップを片手に言う。
「さーて。 紆余曲折はあったが、まぁ大体は予定通り事が進んだなー」
「はい、博士。 資金の調達と同時に、王国政府に
(何……?)
不穏な言葉に、ニグンは片眉を上げる。
男の口から出た『
「なあに、大したことしとらんよ。 アインズさんが大成功してなければ、そして貴族達が予想以上に馬鹿共じゃあなければ、ここまで上手く進まんかったろ」
肩を竦めて言ったクサダの言葉に、ニグンは驚く。
(何だと? 奴は膿を取り除く事で貴族の味方をしつつ、王にも恩を着せたのでは無かったのか? あの言い様では、まるで貴族達が敵のようでは無いか)
いや、とニグンは思い直す。 カネをギリギリまで搾り取る為、とも考えられる。 つまり、王国貴族達は獲物だと言う事か。
「王国の人間は全て、博士の考案された『セメント』に夢中になるでしょう。 スグにでも増産の願い出が来るかと」
「まぁ、月に20トン程度じゃあ速攻枯渇すんだろうね。 壁だろーと、家だろーと、橋も道路も高層建築も、何もかも作れるようになるからなぁ…アレは。 奪い合いになるかもしれねーな」
「はい、おそらくは。 次はどの様に致しますか?」
クサダは珈琲を一口啜ると、数秒考え込む。 やがて答えが出たのか、小さく頷いた。
「鉄が足らなくなんだろうな。 そろそろ炉を増設して製鉄し始めねぇと、鋼材が間に合わなくなるぜ」
「では、その様にしてまいります」
「マジかよ。 言っちゃあ何だが、製鉄を効率的にっつーのは中々に難しいぜ?」
「お任せ下さい、博士。 このデミウルゴス、必ずやナザリックとアインズ様に繁栄をもたらしましょう」
「頼りになるねぇ……」
デミウルゴスと名乗った男は、
言葉だけを鑑みれば、王国はカネと引き換えにナザリックの手助けを得て、急成長するだろう。 上手く行けば、他種族に滅ぼされかけている人間種が、起死回生だと勢い付くチャンスかもしれない。
だが
何故だろうか。 心の中で、不安が頭をもたげるのは。
(裏がある。 この男の行動には、必ず裏があるハズだ)
この白衣の男は、初手で人類最強の法国との戦争を望み、そして法国のアキレス腱を攻撃する事で滅亡寸前まで追い詰めた男なのだ。 それに、何と表現していいのかニグンは苦心するが……あの寒村で対峙した、骸骨の顔を持つ
「それにしても……御二方の智謀には舌を巻くばかりです」 デミウルゴスは、ブルリと身震いをして楽しそうに言う 「至高の御方が打たれた手により、王国政府は今後ナザリックの傀儡政権も同然となりましょう」
「
「やれやれ……セバス。 君はもう少し思慮を深めるべきだと思うがね? アインズ様も仰っていただろう。 問えば必ず答えが返って来るわけではない、と」
デミウルゴスの小馬鹿にしたような態度に、老執事……セバスの眉間に、ヒビが入る。
ゾクリ。 と、背筋が凍るような空気が2人の周囲から発せられ パチン、とクサダが指を鳴らす。 すると、どうだろうか。 今の今まで、心臓が止まりそうな程重く
「これから先、リ・エスティーゼ王国の税収がドカンと上がる。 俺達との取引でな」
「はい。 関税の名目で手数料を取る、と聞いております」
「うんにゃ、それだけじゃあねーぞ。 物資不足で
「失業率は史上稀に見る低さになるでしょう。 閉口するレベルの無能でない限り、働き口に困る事は無くなります」
椅子の背凭れに体重を掛け、机の上に足を上げた、だらしの無い姿勢でクサダはクツクツと静かに笑う。
「これを『バブル期』と言う」
「バブル……成程。 泡や風船のように、一気に規模が膨れ上がるのですね」
感心するように、セバスが何度も頷く。
「ああ。 市場は活性化し、カネの回りも良くなる。 上向き経済だから、銀行も貸し倒れが起きないだろうと融資を積極的に行うハズだ。 ま、国営銀行は貸金をしていないので民営だけだがな」
「活性化した経済に気を良くした貴族達は、更にナザリックから物品を購入し、投資するでしょう。 それも、限度額ギリギリまで資金を借りてでも」
「そん時、売った買ったをすれば国民は収入を得て、国にはその分の所得から税を取り立てる。 不満が噴出する増税しなくても収入が増えるし……それに何より 」
珈琲を煽るように一気に飲み干したクサダは、マグカップを机に叩きつけ笑い いや、嗤った。
「
「これから先、商人は国の稼ぎ頭として優遇・重用されるでしょう。 ……つまりだねセバス。 輸入して掛けた関税以上の税収を、我々ナザリックに依存するようになるのだよ」
「へへ、此処でミソなのは、これは王国が自力で成長させたっつー事じゃあ無いってね。 今の税収が倍になったとしても、その増えた分は大元で
「では……いくら王国の国力が増したとしても、それは輸入あっての事。 いくら強国になろうと、ナザリックが命綱である以上、敵対も切り捨ても出来ないと……」
得心が行ったと、セバスはポンと手を打ち合わせ、ニグンは内心舌打ちをする。 これから先、王国はナザリックのカネヅルとなるのだろう。 これから先、カネに物言わせた懐柔や、賄賂を用いた内政干渉にも法国は気を付けねばならなくなった。
嫌な手を使う。 ニグンは反吐をぶちまけたくなる気分だった。
「まぁ、細かい所は別として大体はそうだな。 ……良いかセバス。 そして、デミウルゴスとソリュシャンも。 よく覚えとけ」
突然真顔になったクサダは、椅子から立ち上がり言った。
「火の粉の届かぬ場所から。 自陣営に一滴の血も流させず。 失敗しようが成功しようが警戒されない方法で。 敵対する『前に』
言い終わるやいなや、複数人の足音が聞こえ、扉が勢い良く開かれる。
「おお! ここに居られましたかドクトル殿!」
「おやおや、貴族の皆さんがそんなに急がれて……何か有ったのかな?」
真顔だった表情がガラッと変わり、人懐っこい笑顔を浮かべたクサダは、歓迎するとばかりに両手を大きく広げた。
「御礼を申し上げたいのです、ドクトル殿。 貴殿のお陰で、国の存在そのものを
「ああ、それで。 一つ聞きたいんだけど、リットンの領地はどうなるのかな?」
「は? かの者の領地ですと?」
でっぷりと贅肉を携えた男は、不思議そうに首を傾げ「何か理由に心当たりがあるか」と貴族同士で目配せしている。
「ああいや、急に領主が居なくなったら領民が困るかな、と」
「おお……我が国の将来をそこまで。 ご心配召されるなドクトル殿。 彼奴の領地は周辺を治めている領主に吸収される事に決定致した」
「ほーん。 んじゃ、路頭に迷う国民は出ないんだね?」
「然り、然り。 罪を犯したのはリットンであり、領民に罪はありませんからな」
ただし。 近くに居ながら止めず告発もしなかった部下や血縁達は、知る機会がありながらも故意に黙っていたとして、リットンと同じ命運を辿る事になるだろう。 見て見ぬ振りをした者も同罪として、見せしめに処分しなければならないのだ。 第2第3の裏切り者を出さない為に。
「国王はリットンの私財を没収し、そこから捻出した見舞金を被害に会った村に支払う事も決定なされた。 これで、彼奴の背任行為に傷ついた民も多少は報われるでしょう。 ……全く、まるで癌の様な人物でしたな!」
そうだそうだ。 と、芝居臭い仕草かつ仰々しく憤慨して見せる貴族達。 胡麻擂り、へつらい、クサダの機嫌を取ろうと言うのか。
案の定…いや、当然の帰結として、王国貴族達は正規ルート以外に輸出枠を願い……そして、クサダに「事務の人手が足りなくなるから」と断られている。
……いや、何処か不自然だ。 本当にカネが目的なら、国に仲介料の税を取られる正規ルートよりも、貴族達と直接取引する密輸入じみた方法のが取り分が増えるだろうに。
(奴の本当の狙いは何なのだ……いや待て。 つい先程、あの男は『潰させる』と言っていた)
記憶を辿れば、確かにクサダはそう言い放った。
何故そんな回りくどい言い方を? いや、それは重要では無い。 本当に重要なのは
(『させる』だと? 誰に、何をだ?)
その言葉は、対象が2つ必要だ。 潰すのではなく、潰させるのだから。 誰かを利用しているのだ。
クサダは既に万事終わったと言いたげだった。 ならば、自ずと対象は割れて来る。 国王と、リットンだ。 つまり、クサダは国王を操り、リットンを殺したかったと言う事。
輸出入。 王国商人。 カネ。 傀儡政権。 リットンの死刑。 経済成長。 バブル。
いくつもの単語が、フラッシュバックする様に浮かんでは消える。
この瞬間、ニグンの脳裏で全ての点が線へと繋がった。
(そうか……そうかわかったぞドクトル・クサダ! 貴様の欲した物はカネでは無い……首だ! 王国のトップ、六大貴族の首……命を欲したんだ! 邪魔者を消したかっただけなのだ!!)
クサダは過去に、ニグンに向かって言い捨てた。 『貨幣なんてもんはタダの道具だ』と。 目的を達成する為の、手段でしかないと。
(こいつは……商談に見せかけて気付かれぬよう貴族を揺さぶり、偶然大きく隙を見せたリットンを
毅然とした態度で、裏切り者を始末した国王の意思は見せしめだ。 法を踏みにじれば断罪する……レッドラインを越えれば容赦はしないと、『私は強権を持っている』との意思表示なのだ。 それさえ出来れば、死ぬのは誰でも構わなかった。
(毅然とした態度を取った王は権力を増し、貴族は迂闊な手を打て無くなり……必然的に膠着状態に入る! 貴族は真綿で首を締めるように徐々に弱体化し、一か八かの賭けに出るか、諦めて降伏する以外の手が取れなくなる……!)
(馬鹿野郎共が! 国王も、貴族も、全員馬鹿野郎だ! どいつもこいつもクサダが用意した
そうとも知らず、目先の利益に釣られる貴族達。 我先にと争いながら、嬉々として自ら泥沼に肩まで浸かり行く。 待ち受けるのは、もがけばもがく程沈む底なし沼だと言うのに。 クサダの仕掛けた罠は、ひとりでに広がって行くのだ。 まるで、自覚症状の出ない癌細胞のように、誰にも気付かれる事無くゆっくりと。
(クソ、クソッ! 化け物め! 奴の所為で王国の貴族はもう詰んでしまった! ギリギリになって気付いた貴族が強引な手段を選んだら、嬉々としてランポッサ王に恩を売りつつ刈り取る魂胆だろう! まるで狩を楽しむかのようにな!)
気付いた時にはもう遅い。 全身に癌細胞が転移した末期癌患者の様に、幾ばくか残された余命が尽きるまで震えて過ごすのだ。
(王国との商談も、高性能な製品も、商人も、カネも……全て……貴族を
(自分に都合の良いように世界を創り変える気だ!!)
制度そのものが陳腐化すれば、貴族など全く尊くはない。 そんな地位に価値など無い。 価値無き地位を欲しがる者も居ない。 そして、求められぬ制度に意味も無い。
今、この瞬間に、貴族は過去の物となった。 これから先、相手が
極々当たり前の流れとして、時代の移り変わりとして……必要とされ無くなった『貴族』は自然消滅して行くのだ。
貴族達が去り静かになった室内で、ニグンは青褪め震えていた。
まさかと思っていても、にわかには信じられなかった事が……いや、信じたく無かっただけか。
恐れていた事が現実となった。 それが、紛れの無い事実だと信じたく無かっただけ……見て見ぬ振りをしていただけだ。
(嗚呼、神よ……600年前に我らを救いし6大神よ。 なぜ、私達に試練を与えるのですか……)
異界からの来訪者。 600年前から、唐突に訪れる様になった『ぷれいやー』は、誰も彼もが神の名に恥じぬ凄まじいチカラを持っていた。 だが
今回の旅人は性質が違った。
山を砕き海を裂く、圧倒的なパワー? 違う。
幾千幾万の敵を屠り、不可能を可能にする魔力? 違う。
たった1つで世界を変えうる
奴等の……ナザリックの扱う武器は、剣でも弓でも魔法でも無い。 政治だ。 金と技術と言葉で戦う、策略家なのだ。 そしてニグンは、はたと気付く。 先程感じていた違和感の正体は……
頭脳だけなら、まだ何とかなった。 敵とハッキリ割れた時点で、軍事力と物量で押し潰せば良いからだ。 八欲王の様に力任せに暴れるだけならば、まだ対抗出来た。 驕る者の裏をかき、油断させた所で袋叩きにすれば良い。
だが。 文字通りの化け物共の支配者が……あのアインズ・ウール・ゴウンが油断せず、驕らず、圧倒的な魔力を持ち、聡明であったとしたら? そこにクサダの『悪辣さ』が加わるとしたら?
(終わりだ……人間国家に未来は無い……)
今となって考えてみれば、世界を滅ぼす寸前まで追い詰めた八欲王ですら、あのアインズ・ウール・ゴウン相手には霞んで見える。 アレが欲しい、コレが欲しいと、感情の赴くまま自らのチカラを誇示する様に振りかざす八欲王は、棒を振り回し駄々をこねる子供にも等しい。
だが、今回は違う。 ナザリックは違う。
まさしく武力の扱いを熟知するあの2人は、圧倒的な格の違いを持って命令する大人だ。 そして、あの2人はニグンを通じ、法国へ問いかけているのだ。
逆らえば、潰す。 見えず、感じず、理解も出来ぬ方法で、立ち枯れる植物の様に静かに始末してやる。 生き残りたければ……解るな?
そう、言っているのだ…………
◆
「そんなに…貴族が憎いか……?」
「あん?」
冷や汗を流したニグンは、静かに言った。
「リットンを罠に掛けたのは、貴族を始末したいからだ。 違うか?」
恐怖に引き攣ったニグンの顔を、まじまじと眺め。 クサダは眼を細め「ほほーう」と笑う。
「ちょっと違うかな……憎いんじゃあ無く、邪魔だったから消そーとしてんだ」
至極簡単に肯定して見せるクサダ。 言葉だけでも否定してくれれば、どれ程良かったか。
「奴ら……権力を持った奴は、業突く張りだって相場は決まってんだよ。 いずれ、この状況に満足出来んくなる時が来る。 ……必ずな」
「全員がそうだとは限らんだろう。 探せば 」
「ああそうさ。 中には聖人君子な、正真正銘の『貴族様』もいるかもしれん。 だが、それも所詮…
「…………」
ニグンは、その言葉を否定出来なかった。 いずれ、王国貴族は下らない嫉妬心や欲望で、神の住まうナザリックに喧嘩を売るだろう。 これは最早、確信と呼べる。 最悪の場合、こちらに飛び火する可能性も無くはないのだ。
「俺達のプライベートに首を突っ込んでくるか。 産業スパイを送って技術を盗もうとするか。 税金の名目で圧力を掛けて来るか。 それとも力尽くか。 いずれ、
クサダは自身の目の前で、チッチッチ。 と、舌を鳴らして指を振る。
「
「だから……だから
「入らんシュートを打つのなら、ゴールポストを動かそう。 勝てない試合をするのなら、勝てるルールに変えてやる。 ……コレに気付くとはお前、思ってたよりも『こちら側』かもしれねーな?」
「 化け物め……」
「ふん。 よく言われる」
クサダは聞き飽きたとばかりに、唇を尖らせ詰まらなそうに言った。
やがて、肩を竦めたクサダは「やれやれ、お前も頭の固い連中と同じか」と、これ見よがしに溜息を吐く。
「なぁに、ただの効率化さ。 少ない労力で最大限に稼ぐ為の…ね」
「……効率、だと?」
「ああ、そうさ。 乾いた雑巾をいくら絞っても、水は出て来ないだろう?」
「その為に貴族を潰すのか……それでは
「だから最初っから言ってんだろぉ〜〜? 金を稼ぐ為だよ。 会社を興して、商品売って……『オーバーロードは稼ぎたい』のさ」
「お、オーバー……な、何?」
知らぬ単語に困惑するニグン。 理解出来ぬのならそれで良い、と突き放すクサダ。
沈黙が空間を支配する。 それから数秒か数分か……重くのしかかる室内の空気を打ち破ったのは、扉を叩くノックの音だった。
「あ……隊長!」
「隊長、よくぞご無事で……!」
開かれた扉の向こう。 そこには、陽光聖典隊員とクインティアがいた。
「お前達……」
ニグンは驚き、声を少し上ずらせてしまう。 総勢39名。 邪悪な風体をした、全身鎧の戦士に殺された1人を除いて、全員揃っている。
(もう用済みと言う事か)
全てが終わり、人質としての価値が今、彼らから消えたのだろう。 つまりは、抱えているだけ損をする無駄飯食らい。 兎にも角にも合理的な思考に、ニグンは舌を巻く思いだった。
「隊長、ありがとうございます!」
「あ……な、何?」
突然頭を下げた部下に、ニグンは目を白黒させた。
「邪悪なる者の指示通り動いたのは、人質となった私達を解放する為だったんですよね!」
「……え?」
「村では私達を売ったのかと思いましたが、あの状況では1人でも帰還し報告するべきだと後で気付きました!」
「……は?」
「国王派閥の弱体化が難しいと見るや、貴族の汚職を逆手に取る機転! 私達の罪も無かった事にするなんて……流石です、隊長!」
ワケがわからなかった。 ニグンは部下の為では無く、祖国と自分の命を助ける為に行動したに過ぎない。
(何だ、これは。 高評価……だと?)
この状況は都合が
ドヤァ ッ
っと顔を歪め、ニタ付いた笑顔を向けている。 恩と一緒に、今回の件の責任を、全てニグンに押し付ける腹積もりか。
(いちいち行動が癪に触る……!)
ならば一言伝えるだけで良いのだ。 ギブアンドテイクだ、と。 呆けた顔が見たいが為に、端々にイタズラを仕込むとはタチが悪いにも程がある。
額に青筋を浮かせ、頬を引攣らせながら、突如現れた暗黒の渦〈
読者にだけ 「あっ(察し」 出来るドクトルの仕込み。
バブル経済、について。
現在発展目覚ましい発展途国のインドは、日本でいうと1960年代後半ぐらいの状況です。
まだ経済が成熟していないインドは、金融政策以前に、インフラ整備など初歩的な国の整備が終わっていません。 水源は汚染されたガンジス川に頼り。 舗装されていない道路も多く、信号も未整備のため、事故や渋滞が頻発しています。 満員電車ときたらそれは殺人的です。
そこが整備できていないからこそ、需要に対して供給が賄えず、物価が上がりやすい体質になっています。 例えば、流通が滞っているため、農村では余って値崩れしている食料も都市部では十分供給されず高騰している…などです。
インフレを抑えるために金融を引き締めたいが、それではインフラを整えるカネが用意できない。 おカネを増やしてインフラを整えようとすると物価が急激に上がってしまう……そんな体質からは抜けきれないという難しい局面に立っています。