オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ

ドクトル「近代国家に貴族とか時代遅れでしょ。つーか資本主義広まれば勝手に陳腐化するし」
モヒカン「貴族潰しが目的だったのか! 悪魔! 化物!」
ドクトル「えぇ……」

ドクトル「急にインフラ整備するとバブルになるけど頑張って。借金とか投機とか程々にしないとヤバイぞ」
モヒカン「人間社会をめちゃくちゃにする気だ! 悪魔! 化物!」
ドクトル「えぇ……」


現在のナザリック生産物

・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント


☆NEW!
ナザリックは売りました

セメント → 王国
食用油  → 王国
果物   → 王国
鉄材   → 王国
???  → 法国


ナザリックは買いました

法国   → 生ゴム


ティータイムでも稼ぎたい

 拠点であるナザリック地下大墳墓に帰還するには、いくつかの手順が必要だ。

 

 先ずは、偽装を施した経由地へ行き、転移の魔法又は道具で尾行を振り切る。 リアルの世界では、地下道を掘るだとか潜水艦を用いるなど、少なくない労力を支払う必要があったが……此処は異世界だ。 便利な魔法が存在する。

 

 最も、潜在的な敵対プレイヤーも同じ条件なのだが。

 

 兎にも角にも、最低コストで最大の自衛をするには見つからない事だ。 ターゲットにさえならなければ、超位魔法だろうが世界級遺物だろうが無用の長物。 それどころか、準備に掛かったコスト分無駄ですらある。

 

「あ゛  やっと終わったよ種蒔きがよぉ」

 

 デミウルゴスに付き添われナザリックへ帰還したクサダ。 事の報告と情報の共有をする為にアインズの自室へと足を運んだ彼は、備え付けの長椅子に身を預け「家に帰るまでが遠足だからな」と、その時初めて気を抜いて見せた。

 

「ご苦労だったな、ドクトル」

 

 湯気の立つ湯呑みをテーブルに置き、アインズはクサダをねぎらった。 そう、湯呑みを…だ。

 

 今、アインズの顔は空虚な骸骨では無く、肉と皮が存在する人のソレだ。

 

「おっ、さっそく雄山くん使ってんね」

「うむ……アウラやマーレに規則正しい食事を摂るように言っておきながら、自分は何もしないのでは示しが付かないからな」

 

 アインズは感慨深げに自らの頬を撫で   撫でられた頬の肌が、くすぐったそうにプルプルと波打つ。

 

 実の所、この肉体は肉では無い。 不定形モンスターの代表格・スライムである。 

 

 事の発端は、リ・エスティーゼ王国国王に会うためにガゼフを説得せねばならないと、アイデアを出し合っていた時の事だ。

 

 

 

 ▼

 

 

 

「うーん……いくら何でもよぉ〜いきなり国王に会わせろっつーても、断られるよね」

「うむ。 カルネ村の一件でも、戦士長にはかなり警戒されてしまったからな。 転移して間も無く、知らなかったとは言え……この世界では、デスナイトですら伝説のモンスターだったとはな……」

 

 アインズは額に手を当て嘆息を1つ。 それもそのはずだ。 100LVのプレイヤーにとって、デスナイトなど雑魚中の雑魚。 例えるならば、チワワやポメラニアン等の仔犬が、現地では猛犬扱いを受けていたようなものだ。 想定出来る方がどうかしている。

 

 いかにしてガゼフの警戒心を解きほぐすか。 それが難題であった。

 

 いくらアインズが命の恩人であったとしても、彼ら現地人から見れば、凄まじい魔力を持つ謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。 暗器を使う暗殺者よりも、素手で魔法を放てる魔法詠唱者(マジック・キャスター)の方が厄介極まる。 「そちに褒美を取らせる。 何なりと申せ」と言ったが最後「じゃあ貴方の命を下さい」と、心臓掌握(ハートキャッチ)されてはたまったもんじゃあ無いのだ。

 

 いい感じに脳内が盛り上がって来た所で、クサダはソリュシャンに淹れてもらったコーヒーを1口啜り、ほうと一息。 カフェインの文化的な香りと味わいに舌鼓を打つと、脱線しかけた思考が元に戻る。

 

(ん? 待てよ?)

 

 手に持った、褐色を抱えたマグカップを見て…気付く。 いや、思いついたと言うべきか。

 

 チラと横を見れば、ソリュシャンが濁った瞳を向けて微笑んでいる。

 

「そういやあよぉ〜ソリュシャンの種族って確か  

「はい。 私の種族は不定形の粘液(ショゴス)にございます、博士」

 

 そう、ソリュシャンは姿こそ人の形をしているが、ナザリックの例に(たが)わず異形の存在だ。  光の無い瞳も、艶めく金の髪も、おおよそ肉体と呼べる部分は全て、不定形ゆえの能力による変化に過ぎない。 変えようと思えば   ある程度までだが   顔付きどころか肢体の形状すら変えられるその体は、暗器を仕込み、閉所を移動し、死体さえ残さず仕留める事すら出来るのだ。

 

(そういやぁ、たまにプレアデス達で集まってお茶会開いてる〜つってたな。 って事は…不定形だろうが、首が切断されてようが、ロボだろうがメシが食えるって事……)

 

 ふむふむ、ほほーう。 と、1人で勝手に納得するクサダ。 (はた)から見れば珍妙極まり無いが、クサダの奇行は今に始まったことでは無いので誰も驚かなかった。

 

 が、しかし。 次に発せられた言葉にアインズは慌てる。

 

「ちょ、ソリュシャン。 ちっと触らして貰っていいか?」

「ド、ドクトル? 一体何を!?」

 

 ワキワキと手を動かすクサダの行動から「構わにゃいな?」と台詞を噛んでしまった時の思い出がアインズの脳裏をよぎる!

 

(わー! 違うあの時は本当に現実なのか確かめる必要があったからで別にセクハラしたかったとかアルベドのおっきい胸を触りたかったワケじゃ…ああでも柔らかかったなぁ…って何言ってんだ俺  !)

 

 アインズは混乱した! が、瞬時に精神の沈静化が発動し平静を取り戻す。 何度かの沈静化を受けた今、心をジリジリと灼くように燻る羞恥心が僅かに残るだけである。

 

 そんなアインズの葛藤をつゆ知らず「はい、構いませんよ。 どうぞ、博士!」と、快諾して胸を突き出すソリュシャン。

 

 そして再び沈静化が発動する。

 

「……何で胸強調してんですかね…ん゛ん! いや、触りたいのは顔だけだよ」

「そう、ですか。 残念です」

 

 スキルビルドが生産職に振ってあり戦闘が苦手とは言え、クサダはやや物理寄りの100LVキャラクターである。 その辺にいる人間ならまだしも、膂力とHPに優れるゾンビを吸い込むなどステータス的に不可能なのだが……

 

(何がどう残念なんですかねー)

 

 ちょっとした悪戯心なのだろう。 良い兆候である。

 

 苦笑いを浮かべて、クサダはソリュシャンの肌に触れる。 驚いた事に、湿った感じがする以外は人の肌とほぼ同じ質感であった。 例えるなら湯上り直後と言った感じだろうか。

 

「ふーむ、なるほど……こいつぁー凄いな。 ほぼ完璧に再現してんぜ……なぁソリュシャン」

「はい?」

「味覚や触覚はあんのか?」

「ええ、ございます。 私の種族は不定形ですので、口でも腕でも体内でも感じ取る事が出来ます」

 

 ああ、それで。 クサダはポンと手を打ち合わせた。 アインズの食いかけのメロンを腕から食い「大変美味しゅうございました」と言っていたのは事実だったのか、と。

 

「おーおーおー! ファンタジー万歳だぜ。 こうも都合良くいくとはなぁ!」

「ふぁん…た? 博士の仰る事は難しくて、私には理解が及びません」

「あー、ソリュシャン。 別に大した事言って無いから、ドクトルの事はあまり気にしなくともよいぞ」

「流石はアインズ様。 私達下々の者では足元にも及ばない智謀をお持ちですね」

「え、ああ、うん、はい」

 

 こうして、なんやかんやと紆余曲折しながら、金貨を消費し召喚したスライムを用意し、クサダの私物にあった流れ星の指輪(残数1)を使って  

 

「さぁ指輪よ! このスライムを装備した者が都合良く飯を食えるようにしてくれ!」

「願い方が雑!」

 

 と言う風に、願いをかけた。

 

 効果は覿面だった。 クサダの雑な願い方でも齟齬なく力を発した流れ星の指輪は、アインズの腕に抱かれたスライムに膨大な魔力を注ぎ込む。 流石は課金アイテムと言う事か。

 

 指輪が、塩のような見た目の砂粒にその身を変化させ、クサダの指から崩れて消える。 同時に、スライムはドロリと溶け出した。 水面を広がる油膜のようにアインズの全身を覆った不定形の粘体。 しかし、まるで着色されていない樹脂人形のようだった見た目は突如、鮮やかな肌色と艶やかな黒髪へと色をかえた。

 

(あー、俺こんなフウに変身する液体金属ロボ知ってる)

 

 あいるびーばぁーっくな既視感を感じながら、想像以上に上手くいった〈星に願いを〉の魔法に、クサダは歓声を上げた。

 

「おお〜っ! ダメ元でやってみたけど、意外と上手くいくもんだなぁ!」

 

 上機嫌にパチパチと拍手しながら笑うクサダに、アインズはギョッとして眼を   スライムだが   見開いた。

 

「だ、ダメ元で流れ星の指輪(シューティング・スター)を使ったのか!?」

「あー……うん、まぁ、中古だったし?」

「はぁ!? ちゅ、中古だと!」

 

 何たる事。 クサダが言うには、最終日に使い掛けの課金アイテムが投げ売りされていたらしい。

 

(こ、この指輪を手に入れる為にボーナス丸々突っ込んだのに…!)

 

 リアルマネーの力で出るまでガチャを回し、結局夏のボーナスを全て吸い取った指輪を恨めしげに睨み付ける。 すると、蒼い流れ星を刻んだ指輪は、冷たく濡れたような輝きで返答した。 自らの愚かさを象徴するこの指輪は、起死回生の能力を持つが……持つが故に、サービス終了のその時まで使わず仕舞いであった。

 

 こういった、強力なアイテムを温存し過ぎて使うタイミングを失する現象を「勿体無い病」又は「ラストエリクサー病」とバードマンの友人は呼称していた。 そして、結局ラスボスでも使わずに終わる……とも。

 

 

 

 その後、何処からか連絡を受けたクサダが「ラナーっつー王女に会ってくっから、後よろしこ!」と急に居なくなったり。 アルベドに肉の身体になったと勘違いされ襲われたりした。 まぁ、味覚は復活しても、アインズの愛棒は復活してないので大丈夫だったが。

 

 何はともあれ、特殊なモンスターを装備する事で味覚と表情を   擬似的にだが   取り戻したアインズ。 アンデッドになり、食欲と無縁の身体とはなったとはいえ、一般メイド達の食事風景やプレアデス達が開くお茶会など「どんな味がするのかな」と、好奇心をくすぐられヤキモキした場面も少なくない。

 

 だが、それも過去の事。 クサダが四六時中飲んでいる、甘く香ばしいブラックコーヒーも今なら自分の舌で味わう事が出来るのだ!

 

 

 

 しかし、この後アインズは難敵と対峙せねばならない。 そう  

 

 

 

(うわっ、苦! 甘い匂いがするのに、印象と全然違う味じゃないか!)

 

 貧乏舌と言う強大な敵と。

 

 結局の所、アインズは緑茶を選んだ。 サラリーマン時代の営業で飲んだ事があったし、会社のお茶汲みで淹れる訓練をした事があって馴染みがあったからだ。

 

 ちなみにその時、クサダが「ちょ、アインズさん。 湯呑み持って『お茶ァァアア  ッ!』って言ってみてくんね?」とリクエストしたが、怪訝な顔をしたアインズに即時却下されている。

 

 

 

 ▲

 

 

 

 アインズが食事可能になったとの報は、瞬く間にナザリック中に知れ渡った。

 

 それが今の状況……守護者やメイド達とのお茶会である。 穴が開けられない仕事中のシモベ達を除いて、休憩時間に入ったNPC全員が参加している。

 

(フフーフ。 アインズさんは知らない……NPC達の間で『アインズ様と一緒にお茶する権利』が相当な価値を持っている事を……ッ!)

 

 ヤケに自己評価の低い   謙遜が過ぎるとも言う   不死の支配者様は「そんなバカな。 ただのコーヒーブレイクでは無いか」と信じていない。 だが、実際にはNPCにとって無価値であった休憩時間を『何物にも代え難い至福のひと時』にまで押し上げてしまう程に効果は覿面(てきめん)だった。

 

 どれくらいかと言うと、仕事を奪わないで欲しいとの声が一瞬で消え去る程の威力。 斯も鮮やかな手の平返しである。

 

(ふーむ。 それじゃあ握手券とか作ったら、欲しい物が無いNPC達も欲しがるかな……?)

 

 どこぞの会いに行けるアイドルグループの商法を思い浮かべ  

 

(はて? なんか聞いた事あるけど…AKM48……ちげぇな。 ……何だったっけ?)

 

 気の抜けた頭で記憶を掘り起こしていると「失礼します」との声。 輪番でアインズの世話をする『アインズ様当番』らしい一般メイドの1人が、サービスワゴンを押してやって来たようだ。

 

 滑らかで、気品を感じさせる動き。 伏し目で引き締まった表情のリュミエールは、しかし口元が僅かに崩れていた。 彼女の心境を代弁するならば(くうう! 私、今働いてるっ!)だろうか。

 

 ちなみにクサダはコーヒーしか飲まないので菓子は無い。

 

「本日の主菓子は水信玄餅(レインドロップケーキ)にございます、アインズ様」

「ああ、これは美味しそうだ。 ご苦労だったなリュミエール」

 

 アインズがそう薄く微笑んで労うと、リュミエールは顔を朱に染めて息を飲む。 自室で鏡を前に3時間も練習した表情と声色であり、アインズは結構自信があったのだが……なんとリュミエールは顔を真っ赤にして俯き、絞り出すような小声で「しっ、失礼しましたっ!」と慌てて去って行ってしまった。

 

(しまった、怒らせてしまったか。 うーん……人間の姿で今のは、流石に高圧的過ぎたかなぁ)

 

 一部の例外を除き、基本的に人間嫌いのナザリックだ。 普段の骸骨姿ならまだしも、リアルの鈴木悟姿で言われるのは我慢ならなかったのだろう。 歪曲(わいきょく)にブサメンと言われたようで、アインズは少し悲しくなった。

 

 だが、人の受け取り方は千差万別。 クサダはコーヒーを一口啜り、ほうと吐き出す息で嘆息を覆い隠す。

 

(あぢゃぁ~~っ! アレは狙ってやったのか、それとも素か? ま、どっちだろーと、あのメイドの子は完璧オチたな。 難しい漢字のほうね)

 

 歩く人タラシことアインズ・ウール・ゴウンは本日も絶好調だ。

 

 表現し辛いのだが、彼には不思議な……そう、引力のようなものがある。 対峙し言葉を交わした者は皆、器の大きさと危うさに目が離せなくなり……そして、すぐに夢中になってしまう引力が。 全てが(いびつ)であり、(ゆが)んでいるからこそピッタリと合わさると言うか……まるでマーブル模様の様な彼とこの異世界(しくみ)

 

 だからこそと、クサダは笑う。

 

(面白ぇなぁ異世界(ここ)は。 たまらんな)

 

 異世界転移など、傍観者で居られるからこそ笑っていられる。 何処かの誰かではなく、自分が過去やら違う時間軸やらに行くのは真ッ平御免だし、ありえないと思っていた。

 

 しかし、実際にはどうだろうか? 人間万事(じんかんばんじ)塞翁が馬とは良く言ったものだ。 何が起きるか分から無い……これが中々に心を揺さぶる。 ワクワクして来るのだ。

 

「アインズ様。 お飲み物のお代わりは如何ですか?」

「ああ、そうだな……では頂くか」

 

 アインズから湯呑みを受け取ったアルベドは、腰の羽を嬉しそうにパタパタと揺らしながら茶を注ぐ。 ちなみに、料理スキルの無いNPCが茶を淹れようとすると100%失敗してしまうので、ティーポットから注ぐだけだ。 アルベドがティーポットを傾けると、雪よりも白い湯呑みに若葉色の緑茶が注ぎ込まれ、若々しい香りと湯気が立ち登る。

 

 鈴木悟でいた頃の、お茶汲みで使っていた合成粉末茶とは比べ物にならない味と香り。 本物を知った今でこそ分かるリアルの酷さは、例えるならば色の付いた湯であり、絵の具を水で溶いた物以下の代用品だった。

 

(役員の爺さん達がアレ飲んで苦笑いしてたっけ……)

 

 ユグドラシル産の高ランク食材『宇治の誉』を使った緑茶は、ピッキー曰く精神系ステータスを底上げしてくれると言う。 だが、今のアインズはスライムの感覚を共有させて貰っているだけなので、料理バフを受けるのはスライムだけだ。

 

 アインズは、両手で差し出された湯呑みを片手で、それでいて詰まらなそうに受け取る。 こうすると王者っぽく見えるらしく、ウケがいい。 サラリーマン時代の経験から、心の中の鈴木悟が違和感から胃を抑えて悶絶しているがガマンだ。

 

「すまんな、アルベド」

「礼など! 我々守護者は皆、至高の御方に仕える為だけに存在しています。 私は当然の事をしたまでです」

 

 せめてもと。 御礼を言えば、礼などいらぬと返される。 どうしろと言うのだ。

 

 ……NPCは良くも悪くもスキルに左右される。 初めてソレを知った時は、アインズもクサダも驚いた。 バグった機械のように、無表情で急須に茶葉を山盛り入れたり、湯呑みに葉が浮いた状態の茶が完成したりしたからだ。

 

 よって、アインズは「スキルが無いと料理が出来ないのはユグドラシルの時と同じか」と分析し、クサダもそれに同意する。 ただし、ソレに追加で、未熟と言うよりも妨害……規制の類いだと睨んでいた。 スキルや魔法を『学ぶ』のでは無く、スキルに依存する行動を段階的に『許可』しているのだと。

 

 謎が沢山あってよろしい。 解き明かすのが楽しみだ…と、機嫌良くクサダはコーヒーを啜る。

 

(さて、と。 王国上層部の傀儡化には成功したし……後は蒔いた種が芽吹くまで待つだけか。 しっかし、仮に上手く芽吹いてバブルが発生したとして……弾けるタイミングをコントロールしなきゃならねぇから、トドメの一撃は手動で針を刺さなきゃなぁ)

 

 ソレはソレと、先ずは自衛の為に影響力を増さねばならない。 それも、敵対的なプレイヤーへの発覚を成るべく遅らせた上で。 こちらに気付いた時には、もう手出し出来なくなっていた……と言うのがベストだ。 そうすれば『プレイヤー』の得意なPVPでは無く、『社会人』の得意な外交・経済戦に持ち込める。

 

 対外的な影響力。 クサダが最も重要で、喫緊の課題と考えていたのが軍事力だった。

 

 全ての事柄は、軍事力に裏付けされてなければ全くの無意味だ。 国が価値を保証した通貨だって、発行した国が滅べば、ただの金属片としか扱われない。 国同士の取り決めも、軍事力の裏付けが無ければ踏み倒されてしまうし、第三者の国も「約束が果たされる前に滅びるんじゃ無いか? ソレはリスクだ」と思われ契約を渋られてしまう。

 

 要するに「我が組織は、約束を守る能力も守らせる能力もあります!」と言えねばならない。 だからクサダは、カルネ村でこの先どうするかを悩んでいたのである。

 

 幸運な事に、アインズからギルド加入の誘いを受け、ナザリックに   アインズ・ウール・ゴウンと言うと混乱する為にナザリックと表現した   加入した事で、その件は一先ずクリア出来ているのだが……

 

 マグカップを睨み付けていた視線を動かし、コキュートス達…武闘派連中に眼を向けた。

 

(強力な軍事力は諸刃の剣だからな……便利な分、使えば警戒されっちまう。 使わないで済むならそれで良いんだが……)

 

 訓練ばかりですまん。 活躍は我慢してくれ。 そう言って軍事的オプションが取れない理由を説明し、耐えよと言えば了承してくれるだろう。 ……納得してくれるかは別として。

 

 だが、それでも、悪戯(いたずら)に悪名を立たせるのはマズイ。 悪名は拡がるのが早い。 悪目立ちするワケにはいかないのだ。 ……少なくとも、後数年は。

 

(大いなる力には、大いなる責任を伴う……か。 誰が言った言葉だったっけかな)

 

 そう、ナザリックは強い。 対外的に見て、組織単体でナザリックとマトモにやり合えるのは、この異世界にはほぼ存在しないだろう。 だからこそ、使い所が限られてしまう。 怖がられてしまうから。

 

 恐怖政治は二流の証で恥ずべき行為だ。 どんな無能でも実行可能なコレは、私はアホですと宣伝しているようなもの。 例えるなら「ボクの言う事を聴かないと、こうだぞ!」と、威張り散らすガキ大将と同じ……いや、大人でソレなのだから以下か。

 

(外の国を、力付くで占領しても無意味なんだよなぁ。 うーん……どうにかしてカルネ村みてーに恩を押し売り出来りゃあいいんだが)

 

 これから先、国盗りして行くのなら体では無く心で屈服させる必要がある。 つまり畏れられなければならない。 面従腹背の部下など足枷でしか無く、いない方がマシな土壇場で裏切る役立たずだ。

 

(だとしても手が足りねーんだよな。 どんなに効率化しても、ナザリックだけじゃあ生産力に限界が来る。 それに、異形種は優秀だが対外的に問題がなー)

 

 対プレイヤーを想定した作戦で、現地の人間や亜人を戦力として期待するのは不可能だ。 LVが圧倒的に足らない。 活躍は難しいだろう。

 

 

 

 それならば、正面に立たせなければ良い。

 

 

 

 勇者気取りのアホに向けて、現地の人間種が「余計な事をするな」「お呼びじゃねーんだよ」と、中指を立ててくれるだけでも十分な牽制になる。 ヤジを飛ばして士気を(くじ)き、ヤル気を減じられれば内部不和からの内戦や造反を狙えるし、敵ギルドから不満分子を引き抜けば情報源になる。 戦力の面から見ても、気軽に矢面に立たせられるし使い勝手が良い。 もし、ナザリック入りが難しいのなら子会社を作ればいいだけだ。

 

(プロパガンダ……か。 難しいな)

 

 その為には高度な宣伝戦の計画が必要だろう。

 

 大正義アインズ・ウール・ゴウンが、大悪党で独裁者の何某(なにがし)を懲罰的戦争で打ちのめす。 拳も剣も、そんな背景でもって振るわなければ、20世紀のナチ・ドイツ張りに袋叩きにされるのは目に見えている。

 

 もしくは、息の詰まるような暗黒時代に、暗雲分かち舞い降りた一条の光  ってな感じで、英雄か救世主じみた存在を演じれば食い付いてくれるだろうか。 それが例え自作自演(マッチポンプ)の偽善だとしても。

 

 ううむ、どうしたものか。 気分を変えようと、クサダがマグカップを口元まで持ち上げると  

 

「……むぅ。 冷めちまったか」

 

 熟考が過ぎたからか、褐色のソレは人肌以下にまで冷めてしまっていた。

 

 ホットでもアイスでも無い、どっち付かずで中途半端な温度のコーヒーを前に、どうしたものかと考えあぐねていると。

 

「こちらをどうぞ、博士」

 

 テーブルにコトリと置かれたのは1つのマグカップ。 礼を言い受け取ると首を回し……舌をヤケドする程熱いコーヒーを差し出してくれたのは、やはり出来る男筆頭のデミウルゴスだった。

 

「おっ、サンキューなデミウルゴス。 気が効くじゃねーか」

「先程から思索(しさく)(ふけ)っておられるご様子でしたので、勝手ながらご用意させて頂きました」

 

 それと、と差し出されたのは1冊の本。 タイトルからして以前譲った、蔵書をコピーして作った写本だろう。

 

「ああ、もう読み終わったんか。 わざわざ返さんでも……スキル使って作ったコピーなんだからよ。 俺は譲ったつもりだったんだし?」

「そうですか? では、有難く頂戴します」

 

 デミウルゴスが、本を大切そうに空間に仕舞う様子を見ていたアインズも心の中でウンウンと頷く。

 

(分かる、分かるぞデミウルゴス。 本って良いよな。 俺も『好かれる上司になるには~』だとかのハウツー本なら結構読むし)

 

 アインズとて本は好きだ。 『目指せ! 敏腕営業マン ~飛び込み営業編~』はアインズの愛読書だ。 逆に、難しくて良く分からない本は枕の下に忍ばせておけば、それはそれで役に立つ。

 

「本が好きなようだなデミウルゴス。 わた  

「はい! 少しでもアインズ様の智謀にお近付き出来るよう、日々研鑽を積んでおります!」

「あっ、ハイ」

 

 話を膨らませる前にメッチャ良い笑顔で肯定されてしまい、出鼻を挫かれてしまうアインズ。

 

「……んで、デミウルゴスは今も何か読んでんの?」

「はい、今は君主論を拝読させて頂いております」

「あーってぇと……マキャベリか。 ふふ~ん? 中々シブいチョイスだねデミウルゴス」

「流石にわかりますか。 思うのですが博士、このマキャベリズムは他の書籍で述べられている程、権力主義では無いと思うのです」

 

 君主論  マキャベリズムとは『国主は、国を守る為なら如何なる手段も正当化される』という考え方である。 国主は国を守る為に強くあらねば成らず、なんとしても権力を掌握して国を纏め上げねば成らない。 更に、自国の存続の為ならば他国を侵略しようが民間人を虐殺しようが、全て国益のために正当化される。 ……というフウな、何とも過激な主張だ。

 

「あー確かによぉ〜現実主義な面が見え隠れしているなぁアレは」

「策士策に溺れる、と言いますか。 身の丈に合った努力をするべきだと論説しているように感じました。 その姿勢に学ぶ所は多く、とても新鮮です」

 

 権力の掌握を歌った本。 一言でいうと中央集権しろって事であり、王が大小貴族を取りまとめる代表でしか無い封建国家から、1人の王を絶対者に統べた絶対君主制に政治体制を移行するべきだ……と書いて   だいぶ端折ったが   ある本だ。

 

「ほーん……デミウルゴス! 貴様、読み込んでいるなッ!」

「何だ今の」

「ダービー弟」

 

 片眉を上げたアインズに、クサダはニヤリと笑って返す。

 

「ちょいちょい解り辛いネタ挟んで来るよなお前」

「へっへっへ。 それにしても、結構気に入ったっぽいねデミウルゴス」

「はい。 博士にお借りした本を読むと、アインズ様の叡智に近付けるような気がするのです」

(え  ! いやいやいや、それ完ッ全に気のせいだってばデミウルゴス! 逆に離れていっちゃってるから!)

 

 さも尊敬しています的な眼差しで見つめられ、アインズは心の中でわちゃわちゃと両手を振る。

 

「う、うむ。 いや、残念ながらそう言った類いの本とは縁が無くてな。 興味はあるのだが~~その  ……読んだことは無いのだ。 すまんな」

 

 細心の注意を払って、そんな難しい話題を振られてもなぁ〜って伝えたかったのだが。

 

「なるほど……尋常ならざる叡智を持つアインズ様であれば、本など読まずともこの程度の事。 自明の理であると言う事ですね」

(やめてくれ……これ以上ハードルを上げないでくれ……)

 

 支配者像がNPC達の中でどんどん肥大して行く気がする。 最初からカンスト気味だった忠誠心や情景の眼差しも、クサダがナザリックに加入してから加速度的に増しているように感じるのは気のせいだろうか?

 

「所で博士。 今後の展開ですが  

「いや、デミウルゴス。 今こちらから打って出てヤレる事は……今の所だけど、無いよ」

「そう、ですか。 残念です」

「正味働き過ぎだと思うがねキミは……鋼鉄で出来た機械ですら、定期的に休ませてメンテナンスしないと壊れっちまうんだぜ?」

 

 肩を竦めてクサダが心配そうに言うと、デミウルゴスは苦笑いを浮かべた。

 

「うむ、ドクトルの言も一理あるぞお前達。 余り根を詰め過ぎて心配させてくれるな」

「そーそー。 楽しみは後に取っとかねーと。 王国貴族らに付けておいた『枝』から情報がいずれ来っからよ。 果報は寝て待てってね 」

 

 アインズは、そう言う意味で言ったんじゃあないと思ったが口を出さなかった。 マーレが手に持っていたオレンジジュースを机に置き、おずおずと手を挙げたからだ。

 

「あ、あの…博士。 そっ、その『枝』って、何の事ですか?」

「木の枝の事じゃ無いですよね!」

(あー! うん、ソレ俺も気になってた!)

 

 クサダは時折、暗号や暗喩的な表現を使うので困る。 まあ、その時は「デミウルゴス。 皆に解りやすく説明してあげなさい」と言うだけで解決するのだが。

 

「間諜や盗聴っつー意味だよ。 『枝分かれ』の枝さ」

「へ、へぇー」

「なるほどー!」

(そうだったのかー!)

 

 はえーなるほどなぁ。 と、感心する2人の子供と骨。

 

「しっかし……ラナーだっけか? 第3王女の。 付けた枝が速攻バレた挙句、逆探して向こうから接触して来たのはド肝抜かれたなぁ〜〜っ。 ハッハッハ」

「フフ、そうね。 正に『瓢箪から駒』の慣用句が適切な状況だったわ。 どちらかと言うと、躓いたと言うより拾い物の類いでしょうけれど。 デミウルゴスもそう思うでしょう?」

「そうですね、アルベド。 内通者が直ぐに手に入ったのは幸運でしたが……だとしても、忍ばせたシャドウ・デーモンの存在が、たかが人間如きに気取られたのは如何(いかん)ともしがたいですね。 まぁ、怪我の功名と言うべきなのでしょう」

 

 邪悪な笑みを浮かべ、さも悪巧みが楽しいと笑う3人に、アインズはドン引きしていた。 しかも、その輪の中に自分がその3人を超える存在として含まれているらしく、内心冷や汗ダラッダラなのも追加でだ。

 

(無理だよ……もう既に話に付いていけてないもん……)

 

 もう黙って座っときゃいいかなー、なんて思えてくる。

 

「ま、結果オーライっつーことでさ、あんま叱ってやんなよデミウルゴス。 あーゆーのはさ、たまに居るんだよ、たまぁ〜によ」

「ほう。 あの様な存在が他にも……」

「んむんむ。 売国奴ってヤツだな。 しかも投資家でもあると」

「小娘のくせに、最も良い値の付く時を見逃さず、そして売り切ってみせたわ。 いっそ感心してしまうくらいの変わり身の速さね」

 

 アインズの隣に座るアルベドが、ナザリックの暗躍を知るなり一瞬でバハルス帝国からアインズへと鞍替えした王女へ向けて、全くそう思ってなさそうな声で皮肉を口にする。

 

「シカシナガラ博士。 平気デ国ヲ売リ渡ス者ナド、信用シテ良イノデショウカ?」

「そ、そうですよ博士! あ、あの、きっとまた裏切るに決まってます!」

「忠誠心に疑問が残りんす。 アインズ様に不敬を働く心配はありんせんか?」

 

 頭脳派のアルベド達と比べ、武闘派と揶揄される守護者達は警戒心が先に立ったようだ。 役には立つみたいだが、同時に危険では無いか……と。

 

「ヤツは……『裏切った』とは思ってねーだろーなぁ」

 

 しかし、呟くように発せられたクサダの言葉に、眼を見開く。

 

「えっと、あの、それは何でですか?」

「最初から国や組織に忠誠を感じて無かったって事ですよ、マーレ」

 

 アルベドとデミウルゴスを除く、全てのNPCが頭頂に疑問符を浮かべて首を傾げる。 忠誠を尽くす事が当たり前であり存在理由の彼らには、尽くす事とはつまり呼吸すると同然であったため理解出来なかったのだ。

 

「王国は政治の失敗から腐敗が進み、滅亡まで秒読みの状態でした。 例えるなら、そうですね……枯れかけの古木でしょうか」

「ああ、そうだな。 完全に枯れちまって、腐った倒木に巻き込まれちゃーたまんねー……だからあの娘は考えた。 自分を巻き込んで倒れる前に、前もって()()()()()()()()()()ってよ。 なあ、アルベド」

「でも、自分で斧を振って倒すのは無理……白蟻に食わせようとしていた所へ偶然、木こりが古木を切りに来たわ。 その木こりこそが  

「アインズ様トイウ事カ。 シカシ、偶然ナドデアルハズガ無イ」

 

 興奮から冷気をフシューと吐き出しながら、コキュートスはブルリと身を震わせる。 全ては至高の御方の計画通りであったのだと。

 

(え? そこで俺に来るの?)

 

 突然の事にアインズは驚く。 黙って座っていれば大丈夫だと思ったが、別そんなことはなかった。 喋ってもダメ、黙ってもダメだなんてどうしろというのだ。

 

「フフフ、そうでも無いさコキュートス」

 

 とりあえず含み笑いをしてお茶を濁す。 上手いやり方が思い付くまで、手に余る事態はアルベド達に「良きに計らえ」で丸投げだ。

 

「へっへっへ。 いやはや、あのパツキン王女のお陰で()()()()()()()()()ぜぇ〜? デブ王子やバカ王子に、あえて情報を盗まして……あー、これはヤツ自身盗聴されてんのに気付いてっから出来た事なんだがね?」

「自分の力で得た情報と思い込ませたのでありんすね?」

「でもさー」

 

 黄金色(こがねいろ)のリンゴジュースを飲んでいたアウラが、隣のシャルティアを半目で見た。

 

「シャルティアじゃあるまいし、そんな都合のいい情報を鵜呑みにするかなぁ〜?」

「ああ〜ん? 何寝ぼけた事を言ってるんでありんしょうかぁ、こんおちびさんはぁ~?」

 

 仲が良いねぇと考えながら、じゃれ合う2人にクサダは微笑ましく思う。 それはアインズも同じなようで、表情が   スライムだが   普段より和やかだ。

 

「なぁアウラ。 オメー、例えば知らねーおっさんから林檎貰ってスグ食うか?」

「え゛え!? い、いや、食べませんよ。 気持ち悪いし」

「だろ? 怪し過ぎて食えたもんじゃあねぇ。 だが、林檎が果樹に実っている状態だったら、そしてソレを()いだのが自分自身だったら……どうだ?」

「あ、そっか」

 

 アウラはポンと手を打つ。

 

「理解できたみてーだな。 そ、食うのは同じ毒林檎だとしても、入手経路の怪しいブツを無警戒に食っちまうヤツぁーアホのスノウホワイトだけなのさ」

 

 俺なら農薬漬けの果樹園に連れてくね。 と、肩を竦めた。

 

「こん仕込み、自惚れの強い者ほど引っ掛かり易そうでありんすね」

「我等モ、アインズ様ニ御迷惑ヲおオ掛ケセヌヨウ警戒セネバナ」

「んむんむ、十二分に警戒してちょーだい」

 

 会話が途切れた頃を見計らい、ずっと黙して聞いていたアインズは咳払いを1つ。 さて、と区切りを入れて注目を集めた。

 

「これで理解出来たと思うが、あのラナー王女は使()()()。 ナザリックの戦力強化に一役も二役も買ってくれるハズだ……どうだろう、皆の者。 彼女をナザリックに迎えると言うのは」

「至高の御方であらせられるアインズ様の御意志に異を唱える者などナザリックにおりません。 ……ですが、それはアインズ様の求める答えではないと思いますので  」 デミウルゴスは顎先を摘み、少し考えた後口を開く。 「そうですね。 ご推察の通り、能力はともかく彼女自身が問題になるかと愚考致します」

「ふむ。 やはりそうか」

 

 アインズは鷹揚に頷く。 何がそこまで問題なのかさっぱりだが、デミウルゴスがそう考えるのならそうなのだろう。

 

「はい。 客人としてではなく、部下やシモベとして迎え入れるのは僅かながら不満が出るかと」

「では……どうするべきだと思う? デミウルゴス」

「お言葉ながら……アインズ様のご計画通り進めて宜しいかと……」

 

 胸に右手を当て、惚れ惚れする所作で頭を下げるデミウルゴス。

 

(その、俺が考えた計画ってのが知りたいんだよ!)

 

 と、常々思うアインズだが、言えるはずも無いのがもどかしい。 ここはもう少し探りを入れるべきか。

 

「……ドクトルからは何かあるか?」

「あ〜……俺マジックアイテムには詳しく無いからパース!」

 

 じゃあ俺も支配者に詳しくないからパース! そんなフウに言えたらどれ程肩の荷が下りるだろうか。

 

(くっそー自由人め……ああいや、待てよ? さっきドクトルはマジックアイテムって言ってたな。 って事は……報酬か? ナザリックに入れず、報酬だけ渡して下請けに丸投げ(アウトソーシング)すれば良いって事か?)

 

 とは言っても、女性とお付き合いした事もなければプレゼントも渡した事もない鈴木悟には、あの少女が貰って喜ぶような物が何かなんて想像もつかない。 それでも、ユグドラシル産の武具など貰っても困るだけだろうな……くらいは予想出来るし、想像出来るからこそ悩み所なのだが。

 

 指輪やネックレスなど、耐性やバフ効果のあるアクセサリーなら女性に渡すプレゼントとして妥当なのだろうか。 しかし自慢にもならないが、同じ首に巻く物だとしても、ネクタイを選ぶセンスはあってもネックレスを選ぶセンスは無いのは自覚していた。 もし「褒美をくれてやろう」と偉そうに渡しておきながら「えっ、よりにもよって…コレ?」みたいな反応をされようものなら、アインズの心はザックザックと切り刻まれてしまうだろう。

 

(たっちさーん!)

 

 心の中で、かつての仲間に助けを求めるが返事は無い。 リア充筆頭の彼なら、瞬時に最良の答えを出してくれただろうに。

 

 仕方がない。 ここは素直に分かりませんと言うべきか。

 

「ううむ、悩ましいな。 どうも、こういった贈り物の類いは苦手でな……」

「えっ!? まさか、ご冗談でしょう!」

 

 眼を丸くして驚いたアウラの声に、アインズの存在しない心臓がドキリと跳ねた。 支配者ロールで騙していた事が露見したのかと思ったのだ。 しかし  

 

「やれやれ、これだからおちびさんは察しが悪くて困りんす」

「むぅ。 あんぽんたんのシャルティアには言われたくないんですけどー」

 

 ほほほ、と口元を手で軽く隠し、わざとらしく笑うシャルティアの態度から見当違いである事に気付く。

 

「アインズ様は至高の御方々の纏め役であらせられたお方でありんすぇ? 美の結晶たる御方のカリスマに惹きつけられんせん女などおりんせん。 アインズ様ご自身が何かせず…とも、お…女の方から……よ、寄って……来る……」

「自分で言っておきながら自爆してるし」

 

 ざっぷざっぷと眼を泳がせながら、心の何処かで(そうであって欲しくない)と辛そうに言うシャルティア。 そんな彼女を横目に、アウラは肩を竦めて心底呆れたとばかりにわざとらしい溜息を吐いた。

 

「た、確かにシャルティアの言う通りでしょうね」 ティーカップを片手にアルベドが微笑む。 「アア、アインズ様くらい魅力的な男性なら、ごっ、ご自身で特に何もせずとも女の方から寄って来るでしょうしね。 べべべ別に、おかしな事ではないわ」

 

 澄まし顔のアルベドは、平静を装って気丈に肯定する。 だが、ティーカップを持つ指が震えて受け皿(ソーサー)と擦れあったカップがカタカタと硬質な音を立てている。

 

「じ、重要なのは最終的に横に立つのが誰なのかよ。 か、過去に誰を愛したかは問題じゃ無くて、最後に私がアインズ様の横に立てればそれでいいの」

 

 勿論、その小娘がしゃしゃり出てきたら殺すけど。 と、小声で付け足すアルベド。

 

「なんかソレ、ラオウみてーだな」

「らおう?」

「眉毛の無い筋肉キャラなんだが、こう…『くどい! 誰を愛そうが、どんなに汚れようが構わぬ。 最後にこのラオウの横におればよい!』……つってよぉー」

「……?」

 

 指で眉を隠しながら、野太い声でモノマネをするクサダ。 しかし、当然ながらユグドラシルのNPCだった守護者達に伝わるハズも無く、アインズにもネタが古すぎて通じなかった。

 

「……まあいいや。 その王女の目的なら心配いらねーよ。 今飼ってる『犬』と一緒に、平穏に暮らしたいんだと」

「何? ドクトル、それは本当か?」

「いえーす。 直接聞いたから間違いねーよ」

「そうか…犬か。 それは随分と   ()()()()()願いだな」

 

 アインズは、過去に小動物を飼っていたギルドメンバーの事を思い出し、懐かしさに微笑む。

 

 汚染されたリアルの環境でペットを飼う事は非常に困難であり、故に一定のステイタスシンボルとしてアーコロジー内で流行していた。

 

 呼吸するための空気ですらタダでは無く、人間の水食料の確保にすら苦労するのだ。 まして、何の取り柄も機能も持たないペットを飼う事は究極の無駄であり「私は無駄金を払う余裕がある」と、自らの豊かさを知らしめる道具   指標用として、犬や猫などの愛玩動物は辛うじて絶滅せずに存続していたのだ。

 

 アインズは微笑ましく思う。 犬を飼いたいだなんて少女らしい所もあるじゃあないか、と。

 

(なんだ。 恐ろしい事を考える子だと思ったけど、デミウルゴスの言っていた国を内部から倒すなんて……蓋を開けてみれば勘違いだったってオチなんだろうな)

 

 その王女も俺みたいに勘違いされているのかなぁ、と考えると親近感すら感じる気がする。

 

「アルベド。 1つ頼んでもよいか」

「はい、アインズ様。 1つと言わず、何なりと」

「ラナー王女に渡す『褒美』を、適当に見繕っておいて欲しいのだが」

「はい、かしこまりました」

  む?」

 

 小さく唸ったアインズに、アルベドは小首を傾げる。

 

「どうかなさいましたか?」

「ああいや、大した事ではない……少し疑問に思ってな。 ただ……そう『他の女に渡す贈り物を私に選ばせるのですか』と叱られてしまうと思っていたのだが」

「まあ!」

 

 アルベドは可愛らしく口元を抑えて驚く。

 

「先程申し上げたように、アインズ様が誰を愛そうと最終的に私の元へ戻って来てさえ頂ければアルベドは幸せなのです」

 

 もちろん今から愛して頂いても~と、アルベドが言うなりススッと距離を詰め、身の危険を感じたアインズがススッと離れる、いつものやりとりが行われる。

 

 頬を膨らませるアルベドを慌てて宥めながら、アインズは「さ、さあ休憩時間もそろそろ終わりだろう」と、お茶会を切り上げたのだった。

 

 

 


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