オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ

アインズ「へぇ、ラナーって王女は使える子だな。 望みは?」
ドクトル「あのパツキンは『犬』が飼いたいんだぞ」
アインズ「なんだ、恐ろしい事考えるなぁと思っていたが……王女と言えど子供なんだな」
ドクトル(王は王でも、嬢王様だけどな)



現在のナザリック生産物

・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント


ナザリックは売りました

セメント → 王国
食用油  → 王国
果物   → 王国
鉄材   → 王国
???  → 法国


ナザリックは買いました

法国   → 生ゴム


冒険稼業で稼ぎたい

「承服出来ません! 御身に万が一の事があっては!」

 

 アインズの執務室中に、焦燥と困惑混じりの悲鳴に似た声が響く。

 

「アルベド……何度も言うが供は許さん。 第一、アルベドまで居なくなってしまったら誰がナザリックを運営する?」

「しかし!」

「私が留守の間、ナザリックの運営を信頼して頼める者はアルベド以外おらんのだ」

 

 信頼している、との言葉に多幸感が湧き上がるが、同時に焦りも募る。 このままでは置いて行かれてしまうと。

 

 だが、アインズの言う事も一理ある。 守護者統括の役目を仰せ付かっており、アインズ以外のギルドメンバー……至高の41人がいない以上、実質的にアルベドがナザリックのナンバー2である。 権限が大きければ、責任も制約も当然大きいのだ。

 

 アルベドは内心、(ほぞ)を噛む。 実際に噛んでいるのは下唇だが。

 

「……どったの?」

「はい、それが  

 

 そして、そんな彼女を困った顔をして眺めるスーツの悪魔と、ホケェ  ッと呆けた表情の白衣の男。 デミウルゴスとクサダである。

 

「ふーん、冒険者ねぇ……」

 

 備え付けのソファーに腰掛けたクサダは、コーヒーを啜りながらデミウルゴスから顛末を聞く。

 

 事の始まりは、アルベドが報告書と共に何時もの定時報告終え、アインズが全ての書類に読了の印を押し終わった時の事であった。

 

  アルベド。 私は街に出て冒険者なる職業に就くつもりだ。

 

 青天の霹靂。 寝耳に水。 突然の事にアルベドは驚きこそすれ、今のように強く反発はしていなかった。 供は許さぬ、と言われるまでは。

 

 カルネ村での一件から、今度もまた恋敵シャルティアではなく、ベスト・オブ・正妻(自称)の自分が選ばれるものと思っていたのだ。 

 

 だが、詳しく話を聴くと、アインズは単独で……ソロで冒険者とやらになると言うのだ。

 

 二人旅シャオラァ! とか考えていたアルベド。 しかし、完全にアテが外れた格好になった彼女は、一抹の望みに賭けて1人は危険だ〜だの、せめて護衛を〜だのとゴネておいたのだ。

 

「なぁ〜んで、また冒険者なんかをやろうなんざ思ったんかねぇ。 小遣い程度しか儲からんだろーに……」

「アインズ様の智謀は我々を凌駕致しますので、私には何とも」

 

 それもそうか。 と、クサダは返事を返す代わりにコーヒーを啜る。

 

 少し離れた所で、まだ押し問答しているアインズとアルベドの声を頭から叩き出し、集めた情報を纏めたノートを脳内のライブラリーから取り出す。 勿論それはタダのイメージでしか無いが、こうやって視覚的に記憶すると思い出すのが楽なのだ。

 

 クサダはイメージ上のノートを広げる。 そこには、ニグンやラナーなどの現地人から集めた情報や、NPC達が枝を使って得た情報……そして、自分で集め考察した所見などがビッシリと書き込まれてあった。

 

 そこから冒険者について記述されているものを探す。 あった。 1つ残さずピックアップする。

 

 

 

 冒険者(アドベンチャラー)

 

 実世界(あちら)に存在した、新大陸を発見・未開のジャングルを踏破・世界最高峰を制覇などの偉業を成した彼らとは違い、異世界(こちら)の冒険者は『勇気』よりも『武力』に重きを置いている。 実際に、良い冒険者……つまり高ランクの冒険者は『難易度』付けされたモンスターを何匹倒したかによって考課や評価が決まる。

 ベテラン・ルーキーを区別する為、ドックタグに似た認識票が配られ、タグの材質により8段階のランクに区別される。 なお、低レベル魔法金属のアダマンタイトを最高位に指定している事から、現地の冶金・掘削技術はユグドラシルの比ではないと推測される。

 最高位冒険者の実力は約1ガゼフ。 誤差は0.2ガゼフ程度と思われる。 ただし、低い能力を補う為に連携を重視する傾向があり、正確に脅威度の測定は不可能。

 

 

 

 ……と。 なるほど、まるでゲームだ。

 

 NPCからクエストを受け、LV上げのついでに目標をこなしていたアレと同じだ。

 

 全く、これの何処が冒険者なのだろうか。 なにも挑戦(ベンチャー)していないではないか。 まあ確かに、命のやり取りに『挑戦』しているとも言えなくはないが、だったら冒険者より野蛮人(バーバリアン)の方が的を射ている。

 

 よって、この名ばかり冒険者の主な業務は、例に違わず害獣……野生のモンスターの討伐なのだそうだ。

 

(猟友会かな?)

 

 クサダは苦笑いした。

 

 いや、野盗の排除   逮捕では無い   を依頼される事もあるらしいので、民間軍事会社(プライベート・ミリタリー・カンパニー)(PMC)と言った方が正しいか。

 

 確かに、100LVプレイヤーのアインズなら低LVモンスターなどドラゴンでも出てこない限り敵では無い。 ガチビルドでなくても、文字通り鎧袖一触だろう。

 

 それに、歩く天変地異と化す80LV近辺の(キャラ)が作る戦闘痕などが発見されない以上、そのような存在は表舞台から遠ざかっている……もしくは存在しないか、牽制しあっていて動けないと考えていい。 いきなり奇襲される可能性は少ないだろうし、遭遇したとして即敵対される事も無いハズ。 こちらが味方が欲しい様に、あちらも味方を増やしたいと考えるからだ。 冷戦期の米ソのように。

 

(なるほど。 考えりゃぁ考えるほど、ヤルには今しかねーって結論になるな)

 

 物語やゲームと違い、現実はだいたい先手必勝だ。 ライバルを出し抜き、さっさと準備を終わらせ、モタモタしている準備不足のアホを奇襲・撃破すれば勝ち。 それで「卑怯者」と声を上げるのは何時だって敗者側であり、平等に不平等である現世において、時間だけは平等に過ぎるからこそ速攻は強力なのだ。

 

(だが何故『冒険者』なんだ? 異世界(ここ)の冒険者に旨味はねーだろうに)

 

 そりゃあナザリックは荒事が得意だがよぉ。 と、クサダは首を傾げた。

 

 情報収集の為? いや、それなら知りたい情報を持ってそうなヤツに枝を付ければ事足りる。

 

 外部とのパイプを作る? いや、もう既に王国上層部には深く食い込んであり、そこを通じて他国との繋がりを手繰れるから必要ない。

 

 ではただ単に戦いだけ? モモンガ時代の思い出話しに出て来た、武人健御雷の様に戦闘に飢えているのか……はたまた、白銀の聖騎士(たっちみー)の様に『困っている人を助けたい』のか  

 

  !」

 

 その思考に至った瞬間、クサダの脳裏にスパークのような閃きが沸き起こる。

 

「ああ……そうか。 その手があったか……!」

「いかがなさいました博士?」

 

 何故こんな単純な手に気付かなかった……と、クサダは天を仰ぎ、くつくつと自嘲的に肩を揺らす。

 

「わからんかデミウルゴス。 アインズさんはな……『英雄』を演じるつもりなのさ! こいつぁ  面白ぇ、最高のプロパガンダだぜ!」

「英雄……ハッ! ま、まさか!」

「ああ、そうさ……! アインズさんは  

 

 悪魔よりも邪悪な笑みで、男は嗤う。

 

「世界征服の計画を……世界の舞台、表と裏から()()()()するつもりだ……!」

 

  まさか。 そんな事が果たして、現実に可能なのか? 世界に糸を張り操り人形(マリオネット)にするなど。

 

 その思考に至り、そして事実、至高の存在である彼であれば『可能』であるという結論に達したデミウルゴス。 額に冷や汗を浮かべ、畏怖とも歓喜とも言えぬ感情に  

 

「な、なんという……流石はナザリックの頂点で在らせられるアインズ様。 私のような無知蒙昧たる下々の者には近付く事すら及びません……!」

 表情を狂喜に大きく歪め、ブルリと身体を震わせるのだった。

 

 

 

 

(やばい……まさか、こんなに強硬に反対されるなんて思ってなかった……)

 

 一方その頃、アインズはアルベドを前に内心どうしたものかと頭を抱えていた。

 

(コレ絶対、本当は冒険者のフリして息抜きしたいだけってバレたら面倒な事になるよ……どうしよう……)

 

 リ・エスティーゼ王国との商談を、胃のない身体に感謝しつつ終わらせたアインズは(ナザリックに帰ったら、あんなプレッシャーのかかるロールは当分やりたくないな……)と音を上げていた。 結果こそ良かったものの、クサダの作戦が勇み足過ぎて心労が祟ったのだ。

 

 よって、自室でプライベートな時間を得る事に成功した   クサダのボケを真に受けたアルベドのせいで一悶着あったが   アインズは、反対するであろうアルベド攻略の作戦を練っていた。

 

 しかし。

 

 まさか、用意していた説得カードが全て論破されてしまうとは思っていなかった。

 

 アインズは焦る。 表面上は平静を保ちながら。

 

(流石は守護者統括……いやいやいや、感心している場合じゃないでしょ! なんとか、早くなんとかしないと……)

 

  休暇が潰れてしまう。

 

 ココは一旦引いて体勢を立て直すか? いや、それはマズイ。 ココで引き下がったら過保護のアルベドのことだ。 箱入りが如く、二度とお外に出してもらえなくなりそうだ。 肩書きは最高支配者の癖に、実際には軟禁状態とか御免被りたい。

 

 窮地に立たされたアインズは救いを求め、なんとなくクサダに視線を巡らす。 だが、眼に入ったのは、とばっちりを避けて離れたところでソファーに座り、マグを片手に(くつろ)いでいる役立たずの姿だった。

 

 くっそー、これがデミウルゴスだったら都合よく解釈してアルベドを(なだ)めてくれるのに…… そんな事を考えながら、アインズは顎先を摘まんで黙考する。

 

(仕方ないか。 本当は気楽な一人旅がしたかったけど、アルベドの意見を飲んで護衛を付けて……)

 

 平行線に陥った時は、妥協案を提示するか破談する以外ない。 アインズは駄々をこねる子供ではないので、勤めて建設的な提案をしようと……口を開きかけた時であった。

 

「おうおうおう、アルベド。 こんな話を知ってるか?」

 

 いつの間にか近付いて来たクサダが、洋画のキャラクターのように彼女の肩に肘を掛け、体重を軽く預けた姿勢で意味深に笑う。

 

「男は船。 女は港……ってな」

「……それは?」

「女は男の浮気を認めろっつーフゥに解釈してるヤツもいるみてーだが……なぁに、そのまんまの意味さ。 男は稼ぐ為に船を出す。 女は漁を終えた船を待つ」

 

 だから何? つまり、女だから耐えろと言いたいの? と、そんな表情でアルベドは眉を顰める。

 

 しかし、それだけだ。 ここでヒステリックにわめき散らすアルベドでは無い事をクサダは知っているし、だからこそ彼女を高く評価しているのだが  

 

「海原を自由に航行する船だが   当然、船は港に必ず戻ってこなければなんねぇ。 物資の補給や仕事を終えたりするからよぉ」

 

 1つ、弱点がある。 難点と言ってもいい。

 

「…………」

「何度でも、何回でも船は出航する。 しかしそれと同時に、毎回同じ港に戻ってくんだよ。 厳しい航海を終え、満身創痍の『船』を  」 ここでクサダはニヤリと笑う 「暖かく『港』が迎え入れる。 毎回、必ずな?」

 

 ここまで言われてピンと来ないアルベドではない。

 

 勢い良く振り向いたアルベドの顔は、艶やかな狂気に染まっていた。 アルベドがたまに見せる、この情欲に濡れた表情が苦手なクサダは、ビクリと肩を跳ね上げた。

 

「な、なるほど! つまり、これは  」 

 

 アルベドの弱点……それがコレだ。 アインズの事になると、普段の聡明さが月までブッ飛び本能全開になってしまう……サキュバス故の個性(ヒドイン)

 

「新婚さんごっこと言う事ね!」

 

 ブフッ! と、アインズは肺も無いのに(むせ)る。 その後、沈静化が起きたため、どうやら原因は心因性のようだ。

 

 アルベドは桃色に染まった頬を両手で抑え、クネクネと奇妙な軌跡を描きながら腰をくねらせた。

 

「もう、アインズ様ったら。 そうならそうと仰ってくれればいいのに……いけずなひと!」

「えっ?」

「こうしてはいられないわ! 送り出す準備をしなくっちゃ……あっ、妻なら行ってきますのキスをするべきよね!」

「はぁ!?」

「そうよ、博士の言う通りだわ! 正妻たるもの、家と子供を護らなくってどうするのよ!」

「ちょ、待ッ、おおお落ち着くのだアルベド!」

「はい、アインズ様! 御食事にしますか? ご入浴でしょうか? そ・れ・と・も……キャー!」

 

 

 

 興奮状態のアルベドを宥めるのに、プラスで1時間費やした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 アインズ自室。

 

 冒険者の戦士職を偽装するため、闘技場にてクサダから「それっぽく見えりゃーええよな」と、剣術のレクチャーを軽く受けたアインズは、全身鎧のヘルムだけ外した状態で水槽の前に立つ。

 

「魔法詠唱者の『アインズ』の存在は、もう王国に知れ渡っているので  

 

 アインズは水槽の蓋を開け、葉の茂みに隠れるように休んでいた『生き物』を掬い上げるように持ち上げクサダに見せる。

 

「金貨で召喚した、この傭兵モンスターの力を借りる事にした」

 

 ソレの大きさは手の平大で筒状の形をしていた。

 

 胴体……だろうか。 肌色のツルンとした見た目の体は、乾燥から身を守る為とも摩擦を減らす為とも思える粘液で覆われており、ヌラヌラと光を反射していた。 特に眼を引いて特徴的なのが、モンスターの体格から不釣り合いな程大きい……人間の口と同じ大きさの唇が、目も鼻も無い頭部に存在している事だろう。

 

 クサダは、生物の内臓を思わせるモンスターを見て、感想を一言。

 

「えっ、なにそれ。 大人のオモチャ?」

「突然何を言い出すんだキミは」

 

 いきなり妙な事を言い出したクサダに、なんだかドッと疲れた気がしたアインズはガクッと項垂れる。 溜息混じりの呆れ声は、カサカサに(かす)れていた。

 

「いや、だってさ。 大きさは手の平サイズの円筒形でぇー」

「……まぁ、喉に装着するからな」

「表面はツルンとしてて、なんかローションでも塗ったみてぇに粘ついてっし」

「……内臓的なデザインなんだろう」

「先端なんかもう、まんま人の口だしよぉ〜」

「……腹話術の様に喋るんじゃあ無いか?」

「コレさぁ……」

 

 

 

 

 

「どっからどー見てもオナ◯じゃあねーか!」

「何処をどう見ればそうなるんだお前は!」

 

 

 

 

 

 何故そんな発想に至るのだろう。 アインズは不思議でならなかったが……

 

「はぁ〜〜……まぁ、いい」

 

  今に始まった事じゃあ無いしな。

 

 溜息と共にツッコむ気も失せたアインズは、口唇蟲を水槽に戻す。 もう少しプニプニとした感触を味わっていたかったが、ストレスを感じて不調になられると金貨がもったいないな、と思ったのでやめた。

 

「……でだ。 この口唇蟲を装着すると、声を変える事が出来るのだが……食った相手の声帯の声を真似るらしい」

 

 ただし、コレはただの設定で、ゲーム中にそんな面倒な手順は無い。 準備した音声をアップロードし、音声データをリンクさせるだけだった。 音声作製ソフトが日進月歩する中、有名声優の肉声データでNPCをカスタマイズするのが流行った事だってある。

 

「へぇ〜〜……装着ねぇ」

 

 視線をスッと下げるクサダ。

 

「何処を見て言ってるんだ何処を。 喉に付けるに決まってるだろう」

「え? ああ、うん、まぁそのぉ〜万が一ってのがあんじゃん?」

「無いから。 むしろ、そんな万が一があってたまるか」

 

 アインズは適当に否定すると、水槽の側らに置かれた皿からキャベツの葉を取り。

 

「ほーらヌルヌルくん。 餌だぞ〜〜」

 

 と、数枚与える。

 

 しかし不思議だ。 アインズに口はあっても舌は無く、骨しかない身体で、何故発声出来るのか不思議だ。 更に、短い脚でピタリと頚椎に張り付いた口唇蟲の効果で声が変わるのも、もっと不思議だ。 逆位相波で消音するスピーカーの様に、リアルタイムで変音させてるのか……それとも不思議発声メカニズムに干渉しているのか。

 

 クサダは首を捻りながら、楽しそうにヌルヌルくんへキャベツの葉を与えるアインズを他所にふと思う。 そう言えばオーバーロードって、略すとバーローだな……と。

 

 チラと見れば、ペットに餌を与え終わったのか……彼は頚椎に口唇蟲を装着し発声練習をしていた。

 

(オ◯ホ型変声機とか言ったらブン殴られそーだな……)

 

 表情こそマジ顔だが、考えている事はコレである。

 

「ん? どうかしたかドクトル」

「いんやぁ〜? 別に何もぉ〜」

 

 藪をつついて蛇が出そうな予感に、クサダは口を(つぐ)むのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 早朝。 まだ夜が完全には明けておらず、東の空が白み朝霧が薄く漂う。 そんな人気の無い草原の空中に、空間そのものに穴が開いた様な暗黒の渦が突如浮かび上がる。

 

 ソレには実体が無かった。 弱い日の光を浴びても影が出来ず、風が吹こうとも揺れさえしないソレには現実味が無く、まるでそれ自体が何も無い所へ現れた影の様だった。

 

 何もかも吸い込んで、飲み込んでしまいそうな渦。 光すら1度囚われたら抜け出せなくなってしまうのではないかと思えてしまう闇黒の渦から、何かがズルリと這い出る様に現れる。

 

 ソレは、人の腕だった。

 

 腕だけでは無い。 肩…足…胴と、この世ならざる方法によって産み出された人の形をしたソレは、両の脚で土をしかと踏み締めると素早く辺りを見回した。

 

 そして、渦から現れた人影が何やら合図をすると、また1人…2人と渦から這い出る。 人影が合計4人に達すると、突然暗黒の渦は小さくなり、文字通り影も形も無く消え去った。

 

 

 

 4人の内、比較的丸みを帯びたシルエットの2人が、残る2人に跪く。

 

「付近に〈敵感知〉(センス・エネミー)に反応する者はございません。 転移の妨害も無い所から、敵性者の存在は希薄と思われます」

 

 髪をポニーテールにした1人  ナーベラル・ガンマとユリ・アルファが言った。

 

「御苦労だった。 だが、偶然と言うものもある。 見られる可能性がある以上、外でそのように跪くのはやめよ」

「あっ……! こ、これは失礼しましたアインズさ  

「違う。 私の名前はモモンだ。 そしてお前は冒険仲間のナーベとユリ。 そしてドクだ」

 

 慌てて立ち上がり、頭を下げるナーベラル。 だが、全身鎧を着た偉丈夫   アインズは謝罪の言葉を遮り、彼女の間違いを正す。

 

「それと敬語も止めろ。 仲間同士で敬語とか……ギクシャクしてると思われるじゃあないか」

「しっ、しかし、それは不敬では……」

 

 絶対者と崇める存在からそう言われ、顔を見合わせて困惑する2人に、アインズは肩を竦める。 その斜め後ろで、苦虫を嚙み潰したような表情のクサダが不安そうに問う。

 

「あーっと……アドリブっつーか演技っつーか、そういうのが苦手っぽいけどよぉ〜……大丈夫なのコレ?」

「誰しも間違いくらいするだろう。 最初から全て上手く行くとは思ってないさ」

「今から育てるんかい。 仕事しながら教える(オンザジョブトレーニング)は(教える方の)負担がデッケーぞぉ」

「……まぁ、何とかなるだろう」

 

 人選ミスなのではないかとヒヤヒヤするクサダを他所に、歩き出すアインズの足取りは軽い。

 

 冒険のメンバーに選んだのは、近接にアインズとユリ。 遠距離火力のナーベラル。 そして、プレイヤーの痕跡に鼻が効き、悪知恵の働くクサダが近〜中距離だ。 4人構成なのは、クサダが「古代から冒険パーティといやぁ4人と決まってるから!」とグイグイ推したからである。

 

「うーん、そこはかとなく不安だぜ。 まぁモモンがソレで良いっつーならソレでいいけどよぉ…… ま、一応おさらいはしとくぞ〜?」

 

 この旅の目的は複数ある   と、クサダは思っている   が、第一目標が冒険者の肩書きを利用してプロパガンダを流布すること。 そのついでの第2目標が、付近の土地を調査し、資源や労働者の確保をする事とプレイヤーの痕跡の発見・追跡だ。 その為に、ガゼフからそれとなく聞き出した情報を元に、エ・ランテル城塞都市へ冒険者登録をしようと移動しているのだが  

 

「あの、博士」

「今はドクだぞ、ユリ。 嘘が苦手か?」

「あっ、申し訳ございません」

「気をつけてくれ……それで? 何か質問があったんじゃあ無いのか?」

 

 コクリと頷いたユリは質問する。 端的にかいつまむと、何故名声を求めるのか不思議な様だ。

 

 クサダはその質問に、説得力を増す為だと答えた。 大正義モモンを支援するアインズ・ウール・ゴウン合資会社が、悪徳無法ブラック企業を捻り潰しても、世論がアインズを支持するように。 しかもそれが、力付くの武力侵攻だとしてもだ。

 

「つまり、名声を高めりゃぁ、モモンが『雪は黒い』って言やぁ黒くさせられる様になるのさ」

「そこまでしてあげないとアインズ様の威光に気付け無いとは……下等にも程がありますね」

「ナーベ。 時には歩み寄る事も大切なのよ?」

「姉さんは人間に甘すぎます。 あんな野生動物など、鞭で言う事を聞かせれば良いではないですか」

 

 眉間に皺を寄せ、苛烈な意見を述べるナーベラル。 アライメントが悪に寄っているからか、攻撃的な言動が多いが……善性で姉の   設定では   ユリが上手く……とは言えないが、抑えている。 

 

 各々(おのおの)会話を交えつつ、アインズ先導の元しばらく歩いていると、だんだん人通りが増して行き……やがて石造りの外壁が見えてくる。 エ・ランテル城塞都市の一部、3重に張り巡らせた障壁の最も外郭である城壁だ。

 

 クサダは視線を巡らし、素早く推察する。

 

「へぇ〜っ、アレがエ・ランテルの城壁か。 意匠や設計はフランスに似てるが  うん、そこはかとなくドイツの特徴もあるな……〈飛行(フライ)〉」

 

 マジックアイテム『飛翔の護符(アミュレット)』を起動し、グンと高度を上げる。

 

 ちなみに、このアイテムはNPCの店員から端金で買えるものだが、あまり人気が無い。 たかが〈飛行(フライ)〉の為にアクセサリー装備枠を1つ潰すのはもったいないので、ガチ勢程スクロールやワンドなどの消耗品で代用し、常用するプレイヤーはあまりいない。

 

「なんだぁ〜こりゃあ?」

 

 都市の風景を一望し、クサダの口から漏れたのは困惑の声だった。

 

「そっこら中の窓に板ガラスが嵌め込まれてんのは良いとして……イタリア・ドイツ・フランス・イギリスの建築様式がごちゃまぜなのは、ど〜いう事だコリャ……」

 

 統一感のない街並みは、正にヨーロッパ()建築様式だった。

 

 寒冷地のドイツに良く見られるキツイ傾斜の屋根や、反りのある細長い円塔の屋根は、積雪を考慮した逆三角形だ。 それだというのに、民家だか商館だかの家屋は緩い傾斜と平面を組み合わせた温帯地域の   ヨーロッパは夏に涼しく冬暖かい。 ただし、降雨量が少なく土地が痩せている   の台形。

 

 かと思えば、丘上にそびえるアーチ状の屋根はイタリアの建築様式だ。 コレは、過去に高度な建築技術と文化を誇り、単一(たんいつ)コンクリート建造物としては今だに世界最大を誇るパンテオン神殿   現代コンクリートには継ぎ目がある   を建設した、ローマ帝国の名残だ。

 

 アーチ状の建築は手間がかかるが柱が減らせるので、あの建造物は恐らく高級住宅か市庁舎なのだろう。

 

「うーわ。 ……なんだこれ」

 

 クサダの心中に渦巻く違和感は、言うなれば……日本の事をよく知らない外人映画監督が、中華街と京都を混ぜた物を和風だと言い張るような物。 どう見ても似非(エセ)であり、ツギハギもいい加減にしろと失笑を禁じ得ないお粗末さである。

 

 ただ、それでも21世紀のT京のような、カオス渦巻くコンクリートジャングルよりはマシではあるが……

 

 クサダは、期待に膨らませていた胸をベッコベコに(しぼ)ませて地上に降りる。

 

「意外に早かったな、ドク。 どうだった?」

 

 偵察に上がったクサダが想像以上に早く戻り、少し驚いたアインズが労いつつ結果を問う。

 

 しかし。 アインズに返って来た答えは、想像のナナメ上だった。

 

街並み(アレ) 作ったプレイヤー絶てぇ許さねぇ」

「そんなに!? 一体何が起きた」

 

 偵察から戻って来るなり、未だ見ぬプレイヤーへ殺意全開にするクサダ。

 

 何にそんな怒っているのかとアインズが問えば、街並みがヨーロッパ『風』なのが気に入らないと言う。 どこぞのユグドラシルプレイヤーが、西洋建築の意匠を一度に全部伝えたのが統一性の無い街並みの原因だろう……と。

 

(ホント、どうでも良い所でプレイヤーの痕跡見つけるよなぁ)

 

 感心するべきか、呆れるべきなのか。 アインズはヘルムの中で苦笑いする。

 

 クサダは今だにブツブツ文句を垂れているが、別に大したことはない。 言っている事は、例えると  アニメを原作通り作らなかった事に視聴者が憤慨しているようなもの。 建物に興味の無いアインズからしてみれば、面白ければどっちでも良いのである。

 

 

 

 正午前。 暖かな太陽の日差しは、地上を這う生物全てに(あまね)く降り注ぐ。 実世界(リアル)ではいくら金を積んでも物理的に不可能だった日光浴に、不思議な感動を覚える。

 

 やがて、雑談しながら歩いていた一行は城門前に到達し、門番らしき衛兵に止められた。 奇妙な程フレンドリーに微笑み、片手を上げて挨拶した衛兵は一行へ話しかける。

 

「ようこそ旅の方。 通行税の支払いと、手荷物検査を受けてもらっても?」

「ああ、問題ないとも」

 

 快く了承したアインズ達が通されたのは、城門の横に併設された詰め所。 木造の壁には消石灰を使った白い漆喰が塗られ、火矢を受けても燃えにくくなるよう工夫されていた。

 

「では2、3聞きたい事がありますので、こちらへお掛けになって下さい。 なお、通行税は一人銅貨2枚です」

「銀貨でも良いかな?」

「ええ、構いませんよ……はい、では確かに」

 

 アインズは釣り銭の銅貨を受け取ると、皮袋にしまう。

 

「それではお名前と、街に来た目的を聞かせてくれますか?」

「私の名はモモンと言う。 冒険者登録をする為に、街にある冒険者ギルドへ訪れたい。 そして彼が仲間の錬金術師、ドク。 魔法詠唱者のナーベと、拳闘士(カンフー)のユリだ」

「ほう……錬金術師殿ですか」

 

 聴き取りをしていた衛兵の表情が一瞬強張る。 そして、背後にいた同僚へ目配せしつつ「あの方を呼んで来てくれ」と言った。

 

 2分足らずで戻って来た彼の同僚は、これまた奇妙な出で立ちの男と一緒に戻って来た。

 

 手には捻れた杖を持ち、頭にはヘタくれた三角帽子が乗っている。 鮮やかな黒染めのローブは通気性に優れたメッシュ地……という事は無く、顔面に噴き出た汗が普通の羊毛布だと語っていた。 ワシの嘴の様にひねくれた鼻は自前か……違うのだとしたら、美容整形な魔法があるのだろうか。

 

 胡散臭いし奇妙だが、その姿は正に魔法詠唱者だった。

 

「彼がその錬金術師かね?」

 

 静かに言った魔法詠唱者(マジック・キャスター)の声は、見た目以上に若そうだった。

 

「テメー誰だおっさん」

「彼は魔術師組合から来ていただいている魔法詠唱者(マジック・キャスター)の方です。 危険なマジックアイテムや違法薬物などを所持していないか、魔法で調べて貰っています」

「ふーん……そのカッコー暑くねぇのか?」

 

 冬に乾いた北風が吹き、夏に湿った南風が吹く日本と違い、この地域は湿度が低く過ごしやすいとはいえ、この初夏の陽気にずっと当てられていれば普通に汗ばむくらいに暑い。 真夏にスーツを着て満員電車に鮨詰めにされるサラリーマンも大概アホだが……この男の服装が強制された制服などで無く、好きでこの奇妙な格好をしているのだとしたら、もっとアホだ。

 

 クサダの何気無い質問に、魔法詠唱者は汗を滴らせつつ、待ってましたと言わんばかりに鼻で笑う。

 

「ふん、確かに暑い……が、見栄も貼れぬ人生などに意味はない。 見せつけてやるのだよ……これこそが魔法詠唱者だと。 魔を操る法術師だとな!」

 

 アホでした。

 

「へぇ〜〜っ…… ダッセェ  ッ!」

「お前もっと歯に衣着せた言い方をしろよお前!」

 

 感心する……と見せかけて罵倒するクサダに、アインズは思わずツッコんだ。

 

 初対面相手に失礼極まるクサダの言動だが、魔法詠唱者自身も薄々そう思っているのか……それとも暑くて怒る気も失せたのか、あまり気にした様子はない。

 

 早めに終わらせようと、無言で一歩踏み出した魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、大仰(おおぎょう)に杖を構えると呪文を詠唱する。

 

〈魔法探知〉(デティクト・マジック)

 

 指先から発生した青い光が、薄い膜の様に皮膚を伝う。 睨んでいるつもりなのか……それとも鋭い目付きのつもりだったのか。 魔法詠唱者は薄眼を開けていた目を突如見開く。

 

「馬鹿な! 何も反応が無いじゃと!? あり得ん、こやつの白服はどう見ても魔法が付与された物!」

 

 異世界(こちら)では情報系の魔法を修める者が少なく、だからこそ探知系の魔法に余程自信があったのだろう。 魔法詠唱者は椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がると、汗だけでなく口角泡まで飛び散らせながら狼狽する。

 

「いや、ただ単に抵抗(レジスト)食らっただけだろ。 魔法耐性マシマシだからな、コレ」

 

 クサダはそう言うと、見せびらかす様に襟元を振った。

 

「ドク、そのローブは魔法抵抗に特化させてあるのか? 物理火力でなく?」

「いえーす。 俺ぁー足が遅っそいから。 距離取って魔法撃たれたらボコられっちまうからね、しょがないね」

「ふむ…なるほど」

 

 ゾンビの種族特性により、体力(CON)筋力(STR)の伸びはすこぶる良い。 だが、代わりに瞬発(DEX)知力(INT)は伸び辛い特徴がある。 故に、最も効率的なスキルビルドは厚い装甲とデカイ武器で前線を暴れまわる脳筋プレイなのだが……クサダは何を思ったのか生産職に就いてしまっていた。

 

 クサダは腰に付けていた小物入れをベルトごと外すと、中身を1つずつ机に置く。

 

「コレで感知出来るよーになったろ?」

「これは……魔力を封じた短杖か。 ふん、道具に頼らねば何も出来ぬとは……錬金術とは不便なモノよの」

 

 妙に『錬金術』の部分へ噛み付いてくるが、過去に何かあったのだろうか。

 

「さぁ、丸裸にしてやろうぞ。 〈道具鑑定〉(アブレーザル・マジックアイテム) ……ぬううぅぅッ!」

 

 今度は目だけでなく、口までカッ開き歯茎を剥いた。 オーバーリアクションが過ぎる。

 

「なんじゃ、この込められた魔力の量は!?」

「お、落ち着いて下さい魔法詠唱者殿! 一体何がどうしたと言うのです!?」

「どうしたもこうしたもあるか! ……どうやらこの短杖は空気や水、音を生み出す魔法が込められた物の様じゃ。 だと言うに、その総魔力量は只の短杖にはあり得ん程多い! 多すぎる!」

 

 呼気を荒くし、目を血走らせた魔法詠唱者がクサダに詰め寄る。

 

「貴様、ただの錬金術師では無いな! このような妙な短杖をコソコソと街に持ち込んで、何をするつもりだ!」

 

 鬼気迫る表情の男に睨まれるが、しかしクサダはどこ吹く風。 その質問を待っていたと言わんばかりに口端を吊り上げ、並べられた短杖を1つ拾う。

 

「これはねぇー空気作成(クリエイト・エア)のワンドで、こう……魔法を掛けたい相手に向けてホイッと振るんだよ。 そうすっと  

 

 ゴエエェェッ。

 

 衛兵の1人が突然、人目もはばからずゲップを出す。

 

  という、胃の中にクリエイト魔法で空気を作り出して大音量のゲップを出させる……っつーマジックアイテムだよ」

「迷惑過ぎるだろそのジョークグッズ」

 

 渋面をしたアインズは言った。

 

「どうでも良いですけど私で試すの止めて貰っていいですか」

 

 しかめ面をした衛兵も言った。

 

「な、な、なんじゃと? ゲップ!? まさか、イタズラがしたい為だけに貴重な原料でマジックアイテムを用意したのか!」

「 ……あん? 貴重? ……まぁ、そうだぜ?」

「なっ……!」

 

 魔法詠唱者は絶句するが、クサダはそんな事はお構い無しに次のアイテムを選ぶ。

 

「それでねぇー……次はこれ!」

「……今度は何だ?」

 

 ウンザリとした声色でアインズは、クサダの持つアイテムの事を聞く。

 

「これも指定した場所に空気をクリエイトするワンドでねぇ。 こう、ホイッとやると  

 

 ブビィィィ!

 

「という感じで、尻たぶの間に空気を作って音を出すマジックアイテムだよ。 ああ、出てるのはただの無色透明無味無臭の空気だから大丈夫だよ」

「大丈夫な部分がひとッ  つもねーわ!」

「だから私で試すのやめてもらえますか」

 

 クサダは好奇心を抑えられないと言った感じで、両手をブンブン上下に振って言う。

 

「作ったのは良いけど使う相手が何処にも居なくて、もう誰かで試したくって試したくってしょーがねーんだよ!」

「どうしようもないなこいつ」

「後は黄色く着色した水を指定した場所に作るワンドもあるけど……」

「お前絶対ここで試すなよソレ」

 

 

 

 その後すぐに、まるで追い出される様に解放された事は言うまでも無い。


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