オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ

もんばん「ヒャッハ  ! ここを通りたかったら税金と手荷物検査を受けてもらおうか!」
ドクトル(杖ボロン)
もんばん「なんだぁ〜〜この短杖は?」
魔法使い「いまどき空気作成の魔法なんざ物の役に立ちゃあしねぇってのによぉ」
ドクトル「お前はもう、死んでいる」
もんばん「ゴエエェェッ!」
魔法使い「ブビイイィィ!」



現在のナザリック生産物

・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント


ナザリックは売りました

セメント → 王国
食用油  → 王国
果物   → 王国
鉄材   → 王国
???  → 法国


ナザリックは買いました

法国   → 生ゴム


ブロンズランクは稼ぎたい

 ゆらゆらと、小瓶に詰められた液体が揺れる。 安物の灯油を燃料としたランプの明かりは、あらゆる物を橙色に染めてしまうが、小瓶の中だけは別世界であるかの様に青い輝きを反射していた。

 

「にひひ。 買っちゃった、ついに買っちゃった」

 

 人目のある酒場だと言うのに、小瓶の頭頂部を指先でつつき、ニヤケ顔を晒して彼女はご満悦だ。 彼女の名はブリタ。 首から下げられた金属片が放つ燻んだ黒金の輝きは、彼女が鉄級冒険者(ドベから2番目)だと言葉もなく語っていた。

 

 熱っぽい視線を何度目かの嘆息と共にポーションに向けていた彼女は、酒場内が静まり返っている事に……ふと気付く。

 

 チラ、と視線を上げ前を見る。 そこには、盃を口元まで持ち上げたままの姿勢で、酒場の入口を凝視する同業者の姿。

 

(……?)

 

 一体何が起きているのか。 好奇心を刺激されたブリタは、男達の視線を追って振り返る。 すると  

 

(わっ、すっごい美人! それが2人も!)

 

 そこには、正に絶世と言える女が2人いた。 同業者の男達程ではないが、ブリタも驚き目を剥く。 女であるブリタですらそうなのだ。 普段から女の尻ばかり追いかけている男共など、呪われた絵画に魂を奪われたかのように2人の美貌に釘付けだった。

 

 だが、更に輪をかけて異質と言えるのが、美女の背後に佇む長躯の騎士。 漆黒のプレートで作られた全身鎧には、金のラインが慎ましく引かれている。 背には真紅のマントがそよ風に揺れており、その鮮やかさたるや血潮をそのまま染み込ませたようだ。

 

 そして、冗談のように思えるのが彼の得物だ。 背に帯びた2本の巨大な両手剣の柄が、肩からひょっこりと顔を覗かせており、刃先に至っては床に擦りそうな程だ。 まさか、全身鎧を着込みながらグレートソードを双剣として振り回すつもりだろうか。

 

 ブリタは、流石にソレはないだろう。 と、かぶりを振る。 いくら膂力に自信があっても、重心がアンバランス過ぎて構える事すら出来ないだろうから。 2本あるのは、斬れ味が鈍った時の予備だろうと結論付けた。

 

 騎士が1歩踏み出す。 そして同時に、チャラリと金属の擦れる軽い音がした。

 

(銅のプレート……?)

 

 その形。 その色。 見間違うハズが無い。 ブリタ自身、過去にその色の首輪で締め付けられた経験があったのだ。

 

 ソレは証。 彼が首から下げているのは、紛れも無く銅級冒険者(ドベ)の証だった。

 

 

 

 ゴツ、ゴツ。 全身鎧(フルプレート)に身を包んだ長身の男が、装甲靴の硬質な音を響かせながらカウンターまで歩いて来る。 

 

 野伏のスキルも持つブリタは目敏く観察する。 真新しい首輪を付けた彼らは、自分の脅威(ライバル)となりうるかどうかを。

 

(スゴイ装備の戦士にしては、なんだか素人くさい足運びね)

 

 重板金鎧を、まるで皮革製品(ひかくせいひん)の様に軽やかに着こなす膂力は瞠目に値するが、歩行時に重心がブレてしまっている。 鎧を着ている状態で普通に歩く様子は、最近戦士になりました……って感じだ。

 

 ブリタは「また見掛け倒しか」と評価を下すと、軽く鼻を鳴らす。 見た目ばかりで中身の伴ってない、この手の輩は昔から多々いるのだ。

 

 まだ未発見のダンジョンで、たまたま伝説的な武具を運良く拾ったという可能性は、元から排除している。 何故ならば、彼がかなり恵まれた体格だからだ。 身長は幼少の頃の栄養状態に大きく左右されるため、これだけでバランスの取れた食事が可能な環境に長くいた事が分かる。 実際に、普段から肉ばっかり食っている貴族共は、芋や麦を食べる事の多い平民と比べて身長が高い。

 

 そして次に、美女の2人も理由の1つだ。

 

 辺りを観察する鋭い視線。 油断も隙も無い重心移動。 そして、高い警戒心。

 

 間違いない。 彼女らは護衛だ。

 

 特に、髪を結い上げた眼鏡の彼女からは只ならぬ気配を感じる。 確実に達人クラスだろう。

 

(ふーん、なるほどね。 ま、どこぞの金持ちのボンボンが冒険者に憧れて   あの2人はソレに付き合わされた、って所ね)

 

 よって、彼との今後の付き合い方は、煽てて持ち上げ利用するか、下心を隠しつつ近付き恵まれた環境を自分も利用させてもらうか  

 

「おいおい、痛いじゃあないか」

 

  早々に現実を突きつけ、怪我をする前に諦めさせるか……だ。

 

 またぞろ、同僚は足を打っただの肩が当たっただのと、安い挑発を仕掛けたのだろう。 手慣れた仕草でガントレットを装着すると、わざとらしい笑みを浮かべながら立ち上がった。

 

(あーあ。 ほんッと、お人好しなんだから)

 

 ブリタも同じような目に会ったことがあるので、この先に何があるのか分かっている。 力試しを兼ねて、未だに冒険者に夢見ているだろう新人君へ、()()()()現実を突きつけようと言うのだ。

 

 コレで「話が違う。 冒険者なんて名前だけだ」と、幻滅して帰るも良し。 叩きのめされ、いつか見返してやると悔しさに反骨するも良し。 あとは  ……ほぼありえ無いだろうが、返り討ちにしてしまうか。

 

 まぁ、その時は「いやぁアレは運が悪かった」と、一足跳びに追い抜いて行く大物ルーキーの背を眺める他無い。 さっさとランクが上がるだろうし、ランクが1つでも違えば仕事を取られる心配もほぼ無いだろうから。

 

 互いに交わされる売り言葉に買い言葉。 何も知らない御坊ちゃんのくせに、根拠のない自信をふりかざされる程腹の立つ事はない。 全身鎧の彼は、自身の腕っ節によほど自信があるのか、余裕の態度を崩そうとしなかった。

 

「そこの女を1晩貸してくれたら許してやんぞ?」

 

 同僚は怒りに肌を班目(まだら)に染めつつも、すんでの所で理性を保ち「お前が戦地で倒れたら、連れの女は死ぬよりも酷い目にあうんだぞ」と、歪曲に言っているが……伝わった様子は無さそうだ。 その証拠に、彼は挑発的な笑いをもって返答としている。

 

 一触即発。 緊張が危険な領域にまで高まってゆく。 正直、どちらが勝とうがブリタにはどうでもいいが、冒険者ギルドに所属している以上彼らがやり過ぎない様、機を見て止めに入らねばならない。

 

 卓上のポーションを落として割らぬよう、布で包んでポーチに入れ   いつでも立ち上がれるよう、やや腰を浮かし臨戦態勢を取る……その時だった。

 

 

 

「オイテメー何だ今のセリフは!? 全部テンプレのまんまとか何のヒネリも無ぇじゃあーねぇか! ちったぁ考えて物を言えよ、テメーの頭に詰まってるのは両生類のクソか!?」

  な!?」

 

 突如響いた、その場にいた誰とも違う第三者の声。 

 

「ちったぁ工夫ってモンをしろよおしゃぶり小僧(コッ○シャッカー)!」

「なっ何だお前、何処から出てきた!」

 

 何たる事だ。 いつのまにか同僚は、謎の白衣の男に詰め寄られていた。

 

 転移魔法でも無ければ、超スピードでも無い。 その男は最初からそこにいた。 見えていたのに、視界に入っていたのに気付けなかった。 ブリタがハッと気付いた時には、彼は同僚のスグ目の前に歩み寄っており、少し手を伸ばせば届く位置に居たのだ。

 

 他の3人の印象が強烈だとはいえ、なんと存在感の薄い男だろう。

 

「どっからでもいーだろうが! それよりも俺等の連れを一晩貸せだと? そんな粗末なブツぶら下げといて随分思い上がったセリフだなぁオイ!」

「なっ、お、お前こそ枯れ木の様な貧弱な身体の癖に……」

人食い巨人(トロール)の巨○ンが租○ンになる奇跡が起ころうとも、貴様が生涯愛して良い恋人は貴様の右手だけなんだよハゲ頭(スカムバック)! わかったか!」

「ぐっ……こっ、この……ケツの青い銅級の分際で、随分とフカしやがる……!」

 

 白衣の男が言っていた「てんぷれ」と言う物がブリタには何なのかは分からないが、話の流れを鑑みると、芝居で出てくる悪党のような口振りが相当気に入らなかったのだろう。 彼の口からは、収納魔法のかかった箱をひっくり返したかの様に、次々と辛辣な言葉が出て来る。 その勢いたるや、黒い全身鎧の彼もあたふたしている気がする程だ。

 

「この野郎、言わせておけば調子に乗りやがって!」

 

 ついに同僚がキレた。 白衣の男の度重なる挑発に、我慢の限界とばかりに声を張り上げ拳を握る。 そして、そのまま振り下ろさんと肩口まで振りかぶる   が、白衣の男は避けも受けもせずに同僚の胸の辺りをトン。 と、軽く押した。

 

(え?)

 

 ブリタは目を瞬かせた。 白衣の男は軽く押しただけだ。 だと言うのに、同僚はバランスを崩し後方に()()()のだ。

 

「う、うおぉっ!」

 

 けたたましい音を立てて、転倒した際に触れた机が倒れる。 木のコップが滑り落ち、入っていたエールが男の顔にかかった。

 

 同僚は、倒されたのでは無い。 突き飛ばされたワケでも、打ち倒された訳でもなく、なんとか立て直そうと腕をバタバタと振りながら、ゆっくりと転んだのだ。 近場で見ていた野次馬は、何が起こったと目を丸くしている。

 

「て、てめぇ、何しやがった!?」

「はん? 『何しやがった』ってこたぁ、何されたのか分からなかったっつー事だな? そんなザマで先輩ヅラかよ」

 

 白衣の男の口振りから、何かをした事は確実だ。 だが、その場にいる者達には、実際に何をしたのか予想すら出来ていない。

 

 

 

  ブリタを除いては。

 

(足だ! あいつ、あらかじめブーツの爪先を踏んでおいて、それから突き飛ばしたんだ!)

 

 それは偶然でしかなかった。 レンジャーのスキルを持つブリタが、俯瞰できる距離に偶然いたから目視出来たに過ぎなかった。

 

 だが、そんなトリックの存在を知らない同僚の仲間は、何か魔法でも使われたと思ったのだろう。 白衣の男の襟首に掴みかかる。

 

「やっ、やりやがったな! ただじゃあ置かないぞ貴様!」

「…喋ってる暇があるなら  」 が、指を捕まれヒネリあげられる。 「さっさと攻撃しろ、ノロマめ」

 

 ()()()に指を曲げられ、悲鳴を上げた男は少しでも苦痛から逃れようと自分から動き出す。 それはまるで、糸を掛けられた操り人形のように、白衣の男の思うがままだ。

 

 男は平らな床を転げ落ちるように自ら振り回され、そしてそのまま、慌てて腰を浮かそうとしていたもう一人の仲間に自分から突っ込まされた。 そうして2人は、縺れ合うように倒れ伏したのだった。

 

「合気道っつーんだよダボが。 豆粒並みの脳みそに叩き込んどけ」

 

 痛みに呻く男達に人差し指を突きつけ、そう捨てセリフを残した白衣の男と。 額に手を当て、天井を仰ぐ黒騎士の姿は……なんだか対照的に見えた。

 

「ドク……」

 

 どうやら、白衣の男の名はドクと言うらしい。

 

 深々と嘆息を吐き出した黒騎士は、ドクの肩に手を置き、一言。

 

「やり過ぎだ」

 

 

 

 ▲

 

 

 

 ここが、この自然豊かなこの場所が、本当に異世界なのだとクサダが身に染みて実感したのはつい先程。 アインズが「冒険者に、俺はなる!」と宣言した為「それじゃあついでに対外プロパガンダ垂れ流そっか」と現地の細かい情報を調べようとした時の事だ。

 

 情報収集に出たシモベ達が集めた情報をまとめた報告書を、デミウルゴスやアルベドの助力を得つつ、まだ裏も取れて無いような書きかけの物も含めてかき集めた。 それはもう、異世界での公然の事実から、にわかには信じ難い風の噂まで、全て集めまくった。

 

 幸か不幸か、そうして集めた情報の中に走り書きで『ここの海水には塩が含まれていない』と一行だけ書かれているのを見つけてしまったクサダは、比喩でなく頭を抱えてしまう。

 

「じゃあ、なんで塩無しで生きてられんだよ……」

 

 実世界(あちら)の常識が通用しそうでしない、奇妙で異常な法則にクサダは呪詛を吐く。

 

 そんな様子を見て疑問を感じたのか、アルベドが不思議そうに問いかけた。

 

「そこまで頭を悩ませる程の事でしょうか? 私にはそうは思えませんが……たかが塩ではないですか」

「私もアルベドの考えに同意します。 確かに、海水から塩が取れないとなると入手経路が限定されてしまいますが……普通に市場に流通しておりますし、肉などの保存に関しても塩漬けでなく冷凍すれば良いと考えます」

 

 たかが塩。 別に、無かったら無かったで困るもので無し。 アルベドとデミウルゴスの意見は一致していた。

 

 しかし。 その後に詳しい話を聞くと、2人は今のクサダの様に苦虫を嚙み潰したよりも酷い表情を浮かべる事となる。

 

「あー……そうか。 まぁ、そうだよな。 君らNPCは誰かから教育を受けたワケでないし、むしろ受けて無い状態でこの優秀さなんだから、むしろズルイ部類ではあるんだが……はぁ」

 

 なんと言ったら良いものか。 と、クサダは、あーとかうーとか唸りながら語り出す。

 

「2人は塩を『食い物』として見ているね? ああいや、フツーはそう見るのが当たり前だ。 別に変でもないし、責めてもいない。 だが、正しくは『食う事も出来る』が正しいんだ」

「……? 博士、塩は調味料なのでは?」

「ああ、そうだ。 だが、塩ってぇのは、正しく言うと『塩化ナトリウム』っつー物質なんだよ。 ……昔に電子と陽子の話をしたな?」

 

 一言も聞きもらすまいと、真剣な表情のアルベドが頷く。

 

「ええ、覚えていますわ。 全ての物資は安定しようと引力で引かれ合っていると」

「その通り。 物覚えが良くて助かるぜ」 クサダは満足そうに何度も頷く。 「塩化ナトリウムはその名の通り、塩素とナトリウムがくっついた物資だ。 それはもう、強力にな」

「たしか……不安定な物資ほど、引力が強いのでしたね」

「いえす。 塩素もナトリウムも、ソレ単体だと電子が1つ足らないだけだったり、逆に1つ多いだけだったりする。 覚えているか? 電子を奪おうとするのが酸で、押し付けるのがアルカリだ〜つった話」

 

 教師の様に、確かめながらクサダは話す。 2人が理解している事を確認すると、良しと呟いて話を続けた。

 

「塩素は電子が1個だけたらねぇ。 逆に、ナトリウムは1個だけ余ってる。 つまり、塩を分解すれば楽に酸とアルカリが手に入るんだが  

 

 ここで、大きく溜息を吐き出したクサダは机に突っ伏す。

 

「あ゛あ゛〜〜何て事だチクショウ! 塩素は消毒や漂白、融雪剤なんかに使うしよぉ〜〜 ナトリウムは石鹸やガラスだとか、ボーキサイトからアルミ作んのにも要るんだよ……」

「何と……! そこまでとは、想像以上でした」

「古代エジプトが発展出来たのも、重炭酸水素ナトリウム…つまり『重曹』が鉱脈として存在していたからだっつー学者も居るぜ。 使い道の多いコレは、あらゆる国が欲しがる商品だったから、掘って売るだけでウハウハだったとか」

 

 ここまで言われれば、いかに箱入りの  実際には墳墓だが  NPCだとて事の重大さに察しが行く。 楽観視していた2人も、今は表情が強張り危機感をひしひしと受け止めていた。

 

 普段、余裕の笑みを絶やさないデミウルゴスも、この時ばかりは眉根を寄せて発言する。

 

「……シモベ達の報告によると、1位階以下にあたる『生活魔法』なる、謎の魔法か技術によって塩・砂糖などの香辛料や紙などを、魔力と引き換えに生産しているようです」

「あー…だからパルプ紙見せても大して驚かなかったのか…クソ……」

 

 どちらかと言うと、生産と言うよりも召還に近いのでは。 我々には理解も使用も出来ない魔法は脅威かと。 塩を大量に輸入する必要がありますね。 買い占めると相場が急騰する可能性が。

 

 相談し合う2人を前に、苦々しい表情で頭を抱えるクサダ。 アルベドとデミウルゴスが相談する声を遠くに聴きながら、2人が戦慄する事となった1言を呟く。

 

 

 

 

「つまり、これから先、俺達ユグドラシル勢は、()()()()()()()()()()()()()()っつー事だな」

  !!」

 

 

 

 

 アルベドは、驚きの余り書類を取り落とし。 デミウルゴスは金剛石の瞳を溢れ落ちん程に見開いた。

 

「いや、正しくは『殺せない事に気が付いた』って感じか……?」

 

 そう、これは人類が何度も犯して来た過ちだ。 考え無しに狩り尽くし、生態系をメタメタに狂わせてしまう愚は侵せない。 向こうの場合は、食物連鎖が狂い、悪影響がドミノ倒しの様に連鎖()()()()()()()()が、魔法の存在が事をややこしくしている。

 

「ま、まさか……アインズ様の仰っていた『殺すと利用出来なくなる』とは……!」

「……ああ」

「あの寒村で、脆弱な人間を自らの御手で救われたのも……!」

「……うん」

 

 震える声で言ったデミウルゴスの言葉に、クサダは皮肉げに口端を吊り上げた。

 

「まぁ、()()()()()なんだろうな」

「なん…と、なんと言う……! アインズ様の智謀に少しでも近付くなどと、身の程知らずにも程がありましたね。 過去に戻れるのなら、自らの頬を張ってやりたい」

「素晴らしい、素晴らしいですわアインズ様……! ああ……流石は至高の存在を纏め上げられた御方。 そんなアインズ様が……素敵! 愛してます! くふー!」

 

 ブッシャァァッと、突然鼻血を噴き出し始めたアルベドにティッシュを渡し、クサダはクツクツと肩を揺らす。

 

「ったく、どんだけ先を見据えてんだあの人(アインズ)は。 まさか、本当に未来視できんのか? はっきり言って、唐突に『私には刻が見える』とか言い出しても『あーやっぱりねー』で終わる気がするぜ」

「フフッ……無い、と言い切れないのが素晴らしくもあり、誇らしいですね」

「ま、それでも『何、大した事はして無いさ。 ただの偶然だ』って言うんだろうけど。 むしろ、敵側からしたら負けた理由が偶然とか悪夢だろ……なんせ、本当に運で勝たれただけならマジで対処の仕方がねーんだからさ! ぶははは!」

「ははは、正にその通りですね」

「ヤッベ、アインズ様ヤッベ」

「……アルベド。 間違っても書類を汚さないでくださいよ?」

 

 冗談混じりの会話に緊張が解れたのか、先程とは打って変わって、軽口を飛ばす余裕を見せる2人。 至高の御方ニュータイプ説が現実身を帯び始めた瞬間である。

 

 さて。 と話を区切り、クサダは場の空気を入れ替える。

 

「……デミウルゴスの計画書にあった『牧場』の運営。 あれ、一先ず凍結しておいてくれ」

「残念ですが……致し方ありませんね。 かしこまりました」

「ニグンの奴も、1位階にも満たない魔法が切り札になるたぁー思ってねぇだろーが…… ぜってー気取られたらいかんぞ、マジで。 それから  アルベド」

「はい」

「この情報は秘匿しつつ、なるべく殺すな〜ってシモベ達に言っといて。 ま、理由があれば別だけど」

「ハッ、命に代えても」

 

(いちいち返答が重いんだよなぁ)

 

 苦笑いを浮かべたクサダは「ほんじゃ、そろそろ出る時間だから」と言うと、会議室から席を立つのであった。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 ありとあらゆる工業に、材料として塩の存在は必要不可欠だ。

 

 この世界ではなんと、信じられない事に砂糖や香辛料から、紙やコーヒー豆まで魔法で生産  と言うよりも発生に近い  しているらしい。 はっきり言って、鼻で笑ってしまう程信じられない話だ。 だが、質量保存の法則に真っ向から中指立てる度胸も技術も驚きだが、実際調べてみるとそうなのだから信じる他ない。

 

 生活魔法なる、謎の魔法の使えない種族はどうしているのか〜だとか、何処かに岩塩坑でもあるのだろうか〜などの疑問があるが、あれこれ手を出すよりも輸入した方が早いし確実……と言う結論になった。 だが、産業用として塩を輸入すると、その取引量は莫大な規模になる。 さらに、塩は生活必需品の為、市場は過剰に反応する可能性が高い。 市民の生活が脅かされるのではと規制が入ったり、最悪輸出停止されかねない。 

 

 と、言う事で「消費が多過ぎるなら生産を増やせばいいじゃない」と軽く言うクサダ。 塩はどうにもならないが、それ以外の砂糖だの紙だのは魔法で無くとも工場で製造出来るので、採算度外視で市場に流しまくれば(おの)ずと生産は塩に集中するハズ。

 

 コレが上手く行けば、ナザリックは塩が安く入ってハッピー。 原住民は安い製品が買えてハッピーで、八方丸く収まるだろう。 

 

 

 

 とまぁ、そのような理由で、異世界(ここ)の資源調査をしようと言う話になったのだが。

 

(いや、それにしてもケンカ慣れし過ぎだろ……)

 

 トブの森の中にある湖までの道すがら、アインズは宿屋でのクサダの暴れっぷりを思い出してドン引きしていた。

 

 確かに、ナザリックにもヤケに腕の立つメンバーはいた。 ワールドチャンピオンの『たっち・みー』はリアルの職が警官だと言う事もあり、ジュージツなる格闘技を修めていた。 口では弱い弱い言いつつも、膨大な知識を持っているクサダが只者では無い事は分かりきった事だったし、格闘技も立派な技術だ。 クサダが知っていてもおかしくない。 ここまで()()()()()()とは思わなかったが。

 

 では、クサダの言っていたアイキドーと何だろうか。 ジュージツの親戚か何かなのだろうか。 もしかしたら、喧嘩殺法か何かかもしれない。

 

(めっちゃ気になるけど……リアルの事を根掘り葉掘り聞くのはマナー違反だしなぁ。 地雷だったら怖いし)

 

 ネトゲ中にプライベートの事をしつこく聞いてくる奴に、ロクな者は居ない。 その中でも特に、女性プレイヤーだと知るや否やオフで会おうとする、下半身でしか考えられない迷惑プレイヤーは『直結厨』として忌み嫌われているし、アインズも嫌う内の一人だ。 ……どの辺が()()なのかは言わずもがな、である。

 

「そういえば、ドク」

 

 なので、当たり障りの無い所を聞いて見る事にした。

 

「『向こう』ではどのように戦っていたんだ? 狩りは?」

「あ〜っと、一言で言うと『銭投げ』だな。自分で用意したワンドやスクロールを使ったり…… あと、罠のスキルがクリエイト系と相性が良いからさ〜〜」

「……うむ」

「野良のパーティ入って、タンカーが引いてきた(MOB)を罠に掛けて、みんなで袋叩きにする方法で狩りしてたよ」

「なるほど……」

 

 思っていたより普通だった。

 

 詳しい話を聞くと、集めた敵の足を止めて魔法職が範囲魔法で一網打尽にしたり。 地雷系の罠に誘い込んで一度に倒す、爆弾採掘ならぬ爆弾狩りをしていたそうだ。

 

 今思い返すと、罠を主体としたスタイルは戦えば戦う程損をするので、人気の無いスタイルだった。

 

「MPだけ消費する罠もあるけど、発動にアイテムを消費するスキルのほーがツエーよね。 お財布にダメージくっけど」

「そうだな。 ナザリックに仕掛けてある罠も、全盛期は金貨消費型が一番の主力だったからな。 ……一応、バランスが取れている…と言えるか」

 

 未知を冒険? 説明が面倒なだけだろ。 と、悪態を吐きたくなる糞運営に糞製作だったが、ユーザーフレンドリーのフの字も無かった割りにバランス調整だけは気を付けていた……気がする。 一部のブッ壊れ(ワールド)アイテムを除いて。

 

 そんな世間話  ゲーム内のだが  を交えながら歩いていると、一気に視界が開ける。 湖の(ほとり)に到着したのだ。

 

「おお…これは……」

 

 アインズの口から感嘆の声が漏れた。

 

 非常に透明度の高い水を覗き込めば、小魚の群れが列をなして泳いでいる。 思わずその影を目で追い視線を上げれば、そこには鏡のような水面が。 逆さまに木々の新緑が写り込んでいる湖面を吹き抜ける風も、どことなく爽やかな涼風のような気がした。

 

「湖面が陽の光でキラキラと輝いて……まるで、絵画の世界に入り込んだみたいだ……」

 

 震える心のままに感動の言葉を紡ぐ。 出来るのなら、かつての仲間達とこの感動を分かち合いたいと思う。 もしこの場にブルー・プラネットがいたのなら、その巌の様な表情に笑みを浮かべ、熱く蘊蓄(うんちく)を語ってくれただろうに。

 

「俺の言った通り、綺麗な湖だろ? モモン」

「ああ。 何と言うか…上手く言葉が出てこないな……」

 

 クサダは膝を折り、しゃがみ込むと湖の水を一口含む。

 

「ん〜〜? 軟水……かな。 このまま使っても大丈夫そうだ」

「水が……硬い? ドク、ソレに何の意味がある?」

「ん? ああ、それはだね……」

 

 クサダは、カルシウムイオンの濃度で硬水と軟水と分かれる事。 石灰岩の多い土地では水が『硬く』なり、硬水で洗濯物を洗うとバリバリになってしまう事などを説明した。

 

「口の中になんか、こう、残る感じがするんだよ。 硬水はね」

「ふーん……それで、製紙に適した水かどうか調べていたのか」

「んだね。 ここなら木も水もあっから、工場立てるだけで回せるぜ」

 

 クサダは、爪先で地面を蹴って土を掘り起こしてみた。 すると、10cmも掘らぬうちに黒く湿った土が現れる。 このように水気を含んだ土は、井戸を掘ったり重量物を建てると、地盤沈下などを起こす。 地面がへこめば建物が傾いてしまうし、最悪は引き裂かれた様に断裂してしまうだろう。

 

 一応、畔の土は締まった地面をしているが、何トンもある工作機械や材料を置いては耐えられまい。 慎重に基礎打ちを行い、地盤を固める必要があるが……この世界には魔法があるので、そう手間のかかる事では無い。

 

 本当に問題があるとすれば  

 

「む? 何だ、アレは」

 

 湖面を眺めていたアインズが、不思議そうな声を上げる。 疑問に思ったクサダが振り返り、アインズの視線を追う。 するとそこには、水面から顔を覗かせる何本かの杭と、その杭に結ばれているであろうロープがプカプカと浮かんでいた。

 

「何だあこりゃあ……生簀、か?」

「生簀?」

「獲った魚を腐らないようにーだとか、大きくなるようにーだとか、そんな理由で生かしておくための設備だよ」

「アクアリウムの様なモノか」

「……んだね」

 

 厳しい表情をしたクサダが、静かに肯定する。 そう、本当に問題があるのは  

 

「先住民がいんのか、クソ……」

 

 現地に生活している、先住民との縄張り争いだった。

 

 クサダはネックレスから〈飛行(フライ)〉の能力を発現させると、生簀に近付き素早く観察する。 材質は、構造は、技術は、と。

 

「網は植物性で、目が細かい割に不揃いだな……手作業で作ったのか? 網の底が湖底に着いちまってるし、水苔が付着して水の循環が滞ってんぞ。 これでは食い残しの餌が腐って水質が悪化するし、病気の原因になるぜ。 網もいくつかのブロックに分割しねーと、1匹病気になっただけで全滅しちまうだろーに」

 

 ふーむ。 もしかして、この生簀は実験的な意味合いが強いのか? と、クサダが腕を組んで考えていると、ナーベラルの〈全体飛行(マス・フライ)〉によりアインズが横に立つ。

 

「どうだ、ドク」

「そーだなぁ。 魔法の感じもねーし、技術も然程(さほど)進んでねぇって感じかな」

「つまり?」

「原始人」

 

 プレイヤーの気配無しの報を聞き、ホッと胸を撫で下ろすアインズ。 何年も異業種狩りに怯えながら金策をして来た苦い経験は、ちょっとやそっとでは拭えるものでは無いのだ。

 

「ただ……魚を家畜みてーに増やそうっつー養殖ってのは、結構新しい考え方でね。 獲ってくるよりも、どうしてもコストがかかっちまうんだ」

「ふむ。 まぁ、育てるにも手間掛かる上、エサ代などが必要だからな」

「自然豊かなこの環境で、漁をすればいい魚を養殖しようと考えた奴が居る。 だから、妙っちゃあ妙なんだよなぁ……」

 

 全ての結果には、過程と原因がある。 何故こうなったか。 何故そうしたか。 何故そうなったかを推理すれば、現実と言う舞台に立つ役者の思惑を透かして見る事が出来る。 そして、何を考えているのか分かってしまえば、後は好きなように料理するだけだ。

 

 では、なぜ養殖をしようと考えたのか。 こんな森林のど真ん中の湖で、街道すらない僻地だと言うのに。

 

 この答えは簡単だ。 非効率な方法を、わざわざ選ぶ時はソレ以外の選択肢が無かったからだ。 そう、せざるを得なかったのだ。

 

 この湖は森林の奥深くにあり、交通の便は砂利道すら無い貧弱なもの。 こんなインフラでは魚を育てても売りに行けないし、逆に買いに行く事もできない。 ソレはつまり、元々交易するつもりは無いと言う事。 自分で食べるつもりで作ったのだろう。

 

 では、なぜ非効率な方法で食料を生産しているのか。 普通に考えれば『不漁だから』なのだが……魚が獲れないのなら麦などの穀物を食べればいいハズ。 だが、辺りを見回しても、畑どころか耕した跡すらない。 今まで採取・狩猟生活でやってきたため、農業の技術がないのだろうか? そうだとすると、農業をスッ飛ばして養殖を始めた事になる。

 

(あー、もしかして農業を『()()()』んでなく、農業が『()()()()』なのか?)

 

 つまり、ココの原住民は地上に上がれない種族で、現在食糧難である可能性が高い。 それも、養殖技術を暗中模索して開発せねばならない程に、行き詰まって追い詰められている。

 

 

 

 なるほど。

 

 

 

 こいつは所謂(いわゆる)、よくあるアレだ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()ってヤツだろう。

 

 

 

(上手く行けば、恩の押し売りが出来っかもしんねーな)

 

 そう、心の中で算盤を弾いた……その時だった。

 

 

 

「あの……少し良いだろうか」

 

 二足歩行するトカゲに声を掛けられたのは。

 





・ソーダ工業、について。


 ソーダの利用の歴史は古く、古代エジプトではミイラの保存用に天然ソーダ(ナトロン)が用いられたという記録が残っています。 天然資源を掘ってきただけなので、岩塩や硫黄、カリウムなども不純物として混ざっていました。

 その後、18世紀ごろまでは石鹸やガラス製品の製造などに木草灰、海藻灰などが用いられていました。 得に、ガラス製品はイギリスの主要産業であり、輸出品の売り上げの大部分を占めていた為、大量の森林が伐採されたり焼かれるなどしました。 そして土の保持力が落ちた土地は、山では表土が失われ耕作できない土地になり、低地では流された泥土で居住地や畑が埋まる被害が多発しました。

 1789年、フランスのオレルアン公の侍医を務めていたニコラ・ルブランが、食塩から人工的にソーダを得る技術を発見します。

・ルブラン法

 まず食塩と硫酸から硫酸ソーダを造り(同時に多量の塩酸ガスが発生)ます。 次に、硫酸ソーダに石灰石(カルシウム)とコークス(炭素)を混合し、灼熱融解させ、黒灰と呼ばれる溶融塊を造ります。 炭酸ナトリウム(重曹・ソーダ灰)は水に溶け、硫化カルシウムは水に溶けないので、この黒灰を水で洗うと重曹を分離できます。

 ただし、ルブラン法は塩に含まれるナトリウムだけを必要とします。 残った有害なガスは煙突からそのまま捨てられ、余った黒灰は工場の周囲に野積みにされました。 そして、捨てられた塩酸ガスは酸性雨となって地上に降り注ぎ、黒灰は土壌を汚染します。 当然森林は枯れますし、人間にも健康被害も起こるので、政府は有害な排気ガスの排出を規制します(世界初の大気汚染規正法)が、工場が取った対策は塩酸ガスを水に溶かしただけで、さらにそれを廃液として川に垂れ流すというずさんなものでした。

 このような中、ルブラン法に強敵が現れます。

・アンモニアソーダ法

 この方法は、石灰岩を焼いた時に出る二酸化炭素と、石炭から分離したアンモニア、そして食塩水から重曹と塩化カルシウムを製造する方法です。

 炭酸水にアンモニアを吸収させ、そこに飽和食塩水を注入すると、炭酸水の炭素がナトリウムに移り重曹が沈殿すると言うものです。 余った塩素は塩化アンモニウムとなり、窒素肥料(塩安)やマンガン乾電池の材料に出来ます。 ですがそこに生石灰を混ぜると、アンモニアと塩化カルシウムに分離できるので、貴重なアンモニアをリサイクルするのが一般的です。

 塩化カルシウムは融雪剤として使われますが、鉄錆びを促進させるので車愛好家からは嫌われています……

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