オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ

ドクトル「ここの海に塩が無い!? だからMPを塩に変換!? 魔法理不尽!」
アルベド「塩で何が作れるんです?」
ドクトル「え〜と漂白剤・カルキ消毒液・融雪剤・洗剤・重曹・ガラス・アルミ鋼材・パルプ紙・素焼きの陶器……etc」
デミウル「予想以上でした」



アインズ「はえ~湖の景色すっごい」
ドクトル「なんやアレ。 すっごい原始的な養殖場じゃん」
トカゲ男「その養殖場俺のなんすよ」



現在のナザリック生産物

・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント


ナザリックは売りました

セメント → 王国
食用油  → 王国
果物   → 王国
鉄材   → 王国
???  → 法国


ナザリックは買いました

法国   → 生ゴム


奴隷制は稼げない

 トブの大森林は長大なアゼルリシア山脈の麓に位置しており、重く湿った空気が山脈にぶつかると上昇した空気が冷え、雨が降る。 頻繁な降雨のおかげだろうか、トブの森を構成する木々は太く巨大で、立派だ。 この材木を利用した家屋や家具は、さぞ高品質になる事だろう。

 

 頻繁な降雨の恵みを受けているのは木々だけではない。 清浄な土に受け止められた雨粒は地中深くまで浸透し、その更に地下に存在する花崗岩に磨かれ、豊富にミネラルを含む地下水となる。

 

 地下水の一部は、そのまま地下を通り海中へ。 そのまた一部は井戸水として。 そして、森の中で湧き水となった地下水は斜面を流れ、谷を下り、滝を落ちる。 無数にある小さな水の流れは渓流へと姿を変え、トブの森北側に存在する盆地にて巨大な湖を形成していた。 

 

 瓢箪をひっくり返したような形をしている湖の大きさは直径20kmと巨大で、日本の北海道に存在する屈斜路(くっしゃろ)湖に近い面積を持つ。 と言っても、湖の南側は水深の極浅い湿地であり、イメージ通りの湖は水深が深い北側の部分だけなのだが。

 

 

 

 その湿地から少し離れた場所。 少し水際から離れただけで木々が鬱蒼と生い茂りだす湖畔に、1人の人影が   いや。

 

 トカゲが。

 

 ペタペタという擬音が似合いそうな歩き方で森の中を進んでいた。

 

 彼の名は、ザリュース・シャシャと言う。 トブの大森林に住む多種類の亜人の1種『蜥蜴人(リザードマン)』のオスだ。

 

 水中・水上生活に適した身体構造の彼が、下生えの生い茂る乾いた地面を歩くのは、目的地周辺のパトロールを兼ねている為である。

 

 視線を遮る物の多い環境に神経をすり減らしながらザリュースは歩き続け   目的地を目前に、驚きに眼を見開いた。 予想だにしない人物を発見した為に。

 

 その者の身体には黒い鱗に覆われ、立派な尻尾が生えていた。 背には刃渡り2メートルを越す大剣をぶら下げており、無骨で重厚な(やいば)が、薄暗い中でキラキラと光を反射している。

 

  兄者」

 

 ザリュースは口の中で転がすように言った。 膝を折り、身を低くしたその姿勢は、見るからに様子が変だったからだ。

 

「……お前か」

 

 ザリュースの兄シャースーリュー・シャシャは、低い姿勢のまま振り返らずに言った。

 

 ザリュースは身を屈め、足音を立てないように兄の横に並ぶ。 そして、鋭く先を睨みつける表情に瞠目した。 シャースーリューの表情は、見るからに鬼気迫るソレである為に。

 

 どうした、何があった。 そう質問する前に、兄の視線を追ったザリュースは得心が行く。

 

「なっ、人間? こんな場所にか?」

「むぅ…… どうやらそのようだ」

 

 そう。 シャースーリューの視線の先には、魔法の力で水上を浮遊する1人の人間が居たのだ。 ヒラヒラした、白いローブのような衣服を着た男は、しきりに水面を覗き込んでいる。

 

「……! マズい、あの場所には養殖用の生簀が……」

 

 ザリュースの脳裏に、さまざまな可能性が浮かぶ。 通りすがり、魚泥棒、斥候・偵察…… どの可能性であろうと面倒な事には違いないが、もし人間が生活圏を延ばそうと偵察しに来たのであればマズ過ぎた。

 

 全ての人間が危険な存在ではないとザリュースは知っているが、同時に全ての人間が友好的な存在とも言えない事を知っている。 リザードマンにも色々なヤツが居るように、人間にも様々な考えを持つ事を過去の旅で知った。 そして、大多数の人間は、亜人と必死の生存競争を繰り広げている事も。

 

(どうする…… ただの通りすがりに期待するのは愚か過ぎるが……)

 

 ザリュースは悩む。

 

 魚を1匹2匹盗まれる程度なら諦められる。 生簀を壊されるくらいなら、腹は立つがまた作り直せば良いし我慢できる。 だが、生簀の存在から『脅威が住んでいる』と判断されたら、村が危険に晒されてしまう。 もし殺し合いになった場合、かなり苦しい戦いになるだろう。

 

 と言うのも、人間は数が多い。 個々の戦力は微々たるものでも、人間は数を頼りにした戦いをするので非常に面倒なのだ。 この湖に住むリザードマン5部族全てを足しても1万を少し越える程度。 そこから戦える者を、となると更に減る上   人間は悪知恵もよく回る。

 

(今なら…… 魔法詠唱者(マジックキャスター)が1人の今なら、この俺の凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)で何とかなる……か?)

 

 空中に浮く魔法を使っている事から、仮想敵はおそらく魔法詠唱者(マジックキャスター)なのだろう。 油断して高度を下げている今なら、奇襲を仕掛けて組み付けば……高度を上げられる前に墜とせる可能性がある。

 

 ザリュースは、腰に下げた愛用の武器に手に掛け、口封じをするかどうか逡巡する……が。

 

「止めておけ、ザリュース。 ……見ろ」

 

 左右に首を振ったシャースーリューに、制止するように手を上から被されてしまう。 

 

 見ると、陰になった場所から3人の人間が現れ、空中を移動して白ローブの男と合流する所であった。

 

(うっ……危なかった! 魔法詠唱者(マジックキャスター)1人では無かったのか。 もし飛び出していたら、やられていた……!)

 

 <飛行(フライ)>の魔法は、達人クラスと言われる第3位階の使い手が使用する呪文である。 1人居るだけでもかなり厄介だと言うのに、ソレが4人もいるチームを1度に相手にしては……

 

 ギリリ。 と、ザリュースが口惜しそうに歯を食いしばった   その時。

 

 前屈みに水面を覗き込んだ、白ローブの男の胸元から赤銅(しゃくどう)色のプレートがこぼれ出る。

 

  アレは……!」

「どうした、ザリュース」

 

 あの色、あの形。 見間違うハズが無い。 アレは銅級冒険者プレートだ。

 

「兄者、あの人間達は冒険者だ。 銅級ならなんとかなるかもしれん」

「むう……信用できるのか?」

「ああ、間違いない。 少なくとも、リザードマンは人間と敵対していないから一先ず安全なハズだ」

 

 ザリュースは旅の道すがら、街にいる吟遊詩人が冒険者の事を歌っているのを何度も聞いていたため、シャースーリューよりも人間社会に詳しかった。 そして、冒険者は組合から余計な事に首を突っ込むことを禁じられている事も。

 

 希望が見えたからか、それとも偶然か。 ザリュースの元に、会話する4人の声が風に乗って届く。

 

「網は植物性で、目が細かい割に不揃いだな……手作業で作ったのか? 網の底が湖底に着いちまってるし、水苔が付着して水の循環が滞ってんぞ。 これでは食い残しの餌が腐って水質が悪化するし、病気の原因になるぜ。 網もいくつかのブロックに分割しねーと、1匹病気になっただけで全滅しちまうだろーに」

「うっ」

 

 グサッときたザリュースは、小さく呻く。

 

 話をチラッと聞いただけの養殖を、四苦八苦しながら失敗を重ね、司祭の力を借りてはいるが1年で軌道に乗せた。 が、ザリュース自身まだまだアラが在るのは自覚していたし、改良しようとも考えていた。

 

「つまり?」

「原始人」

 

 グサグサッ。

 

 しかし。 ココまで直裁に言われると、打たれ強いザリュースとて、中々に来るものがある。

 

(手探りだったのだから仕方ないだろう……)

 

 言い訳がましいと思いつつも、心の中で言わずにはいられなかった。 集落の皆から養殖を賞賛され、少し有頂天になっていたのかもしれない。

 

 しかし。 この程度の事でヘコんではいられない。

 

 どうやら、白服の男は養殖に詳しい様子。 上手く交渉すれば、もっと高度な事を聞けるかもしれない。

 

「兄者。 俺は、あの人間と取引しようと思う」

「人間とだと? 危険ではないのか? それに、何と何を取引すると言うのだ」

「魚と情報を。 これは旅をして初めて知ったのだが、食料は意外に嵩張(かさば)るし重いから、出来るだけ節約するのが常らしい。 魚は腐りやすいから俺も苦労した覚えがある。 味気なくパサパサした携帯食料よりも、新鮮な肉や魚の方がいいハズだ」

「むうぅ……」

「あの人間が、ここへ何をしに来たのかは知らない。 薬草を取りに来たのか……水を汲みに来ただけの可能性もある」

「…………」

 

 シャースーリューの尾が左右に揺れる。 これは迷っていたり、考え事をしている時のクセだ。

 

「危険と決まったワケではない」

「だが  

「兄者。 どちらにせよ、あの人間が危険な存在かどうか確かめる必要があるだろう?」

「ならば、俺も行く。 4人を同時に相手にするよりも、2対1の方が生き残る確率が高い」

「いや、兄者はここで待っていてくれ。 もし戦いになったら、すぐに村へ危険を知らせられるように」

「何? 緑爪(グリーン・クロー)族の長たる俺に、背中を見せて逃げろと言うのか? 弟を身代わりにして」

 

 尻尾を持ち上げ、シャースーリューは空気の漏れるようなシューッと言う様な威嚇音を発する。 だが、ザリュースには、それが嘘臭く見えた。

 

「そうだ。 ここは旅人である俺が行くべきだ。 部族から追放された俺ならば、何があろうと緑爪(グリーン・クロー)族は知らぬ存ぜぬを貫ける」

「むぅうう……」

 

 唸るシャースーリュー。 だが、ザリュースはもう話は終わったとばかりに返事を待たず茂みから立ち上がった。 何か言いたそうにしている兄を残し、冒険者を驚かせない様、わざと水面を蹴り上げバシャバシャ足音を立てながら近付く。 

 

 距離を保ちつつも、話すのに声を張り上げる必要が無い程度まで近付き、ザリュースは言った。

 

「あの……少し良いだろうか?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 リザードマンの存在は都合が良かったと、アインズはその時のことを振り返る。

 

 豊富な水と木材が近場で手に入るからとは言え、労働者を大森林の奥地にある湖まで通勤させるのは無理があったからだ。

 

 たとえ住み込みでやらせるにしても、そこはライフラインも無ければ住居も無い場所である。 そんな場所で働いてくれる労働者なんて、そう簡単に見つかるハズが無いし、たとえ希望者が見つかっても賃金を割り増しに支払う必要があっただろう。

 

  まるでカモネギですね、モモンガさん。

 

 軍師だったかつての仲間なら、嬉々としてそう言うだろうとアインズは思う。 少し思い浮かべるだけで、声まで聞こえる気がする程に。

 

 魚の養殖に深い関心があるのも良かった。 余った魚をナザリックが買い取るか、農作物などで物々交換すれば、無視出来ないくらいに膨れ上がっているホムンクルスの食費を節約出来る。 味などでNPC達から不満が出なければ……だが。

 

 さて、緑爪(グリーン・クロー)族の集会所に招かれたアインズである。

 

 ナーベラルが「モモンさ  んを、こんな馬小屋に案内するとは」と、ブー垂れていたのをチョップで黙らし、アインズは草を編んだ座布団に座る。

 

 村の代表だろうか。 数匹  いや、数人のリザードマンが車座になった中で、一際立派な体格をした1人が頭をスッと下げた。

 

「まず、忙しい身であろうに我が愚弟が無理を言った事を詫びよう。 そして、その我儘を快く聞いていただいた事に感謝の言葉を述べたい。 俺は緑爪(グリーン・クロー)族の族長、シャースーリュー・シャシャだ」

「ご丁寧にどうも。 冒険者のモモンです。 こちらが仲間のユリとナーベ、そして  

「ドクだ。 よろしこ」

 

 軽く挨拶を済ませ、シャースーリューは本題に入る。

 

「話の概要はスデに弟から聞いている。 俺の考えとしては、技術指導の見返りに魚の一部を渡す事に否はない」

「ええ、その事についてなんですが……少し条件を変えさせて頂きたいのです」

「……条件を?」

「実のところ、私達はこの湖の(ほとり)を開発しようと考えていまして。 そこで、リザードマンの方たちを労働力として雇わせてもらえませんか? 職場も仕事もこちらが用意しますし、賃金も満額支払います」

「むぅ……それでは此方にメリットばかりある様に聞こえるが……」

 

 人は、あまりにも都合のいい話だと裏を疑う。 甘言で惑わし、食い物にする気なのではと考えるのだ。

 

「いえ、賃金は労働力の対価として支払うものなので、どちらかが一方的に有利と言うワケではありません。 もし、貨幣では使い辛いと言うのなら物々交換でも構いませんよ」

「……やはり、そちらで勝手にやって頂く、と言うのは  

「あーそりゃダメだわ」

 

 手を顔の前で振るジェスチャーをしつつ、クサダは軽い調子で言った。

 

「最初の頃は良くても、後で必ず縄張り争いになっからさ。 今の内に引き込んどけば後々手間がかかんねーだろ?」

「もし、御断りすると言ったら……?」

 

 様子を窺うようにシャースーリューが慎重に問うと、クサダは口角を吊り上げ邪悪な  フウに見える様にしている  笑みを浮かべた。

 

「フッ…フフフ。 別に、君達()()何もしないさぁ。 約束したっていい。 ……ただ、突然他種族が武装蜂起したり、魚が謎の大量死したりする()()()()()()けどねぇ」

「……ドク」

「へぇへぇ、わっかりましたよー」

 

 アインズから注意を受けたクサダは、態度と表情をコロっと変えた。 人を食い物にする悪辣さも、ドロドロとしたプレッシャーも、たちどころに雲散霧消してしまう。

 

(冗談だったのか……?)

 

 全くそのようには聞こえなかったが、もしそうなのだとしたら性質(たち)が悪すぎる。 リザードマンは古来、トードマンと度々縄張り争いがあったが……もし、そこまで知っていて言ったのだとしたら全く油断ならない相手だろう。 ……これだから人間は  

 

「……信用ならんな。 そうやって脅し、我々を奴隷の様に働かせるつもりなのだろう」

「ッハ!」

 

 馬鹿らしいと言いたげな態度で、クサダは鼻を鳴らす。

 

「出た出た奴隷。 事あるごと奴隷にされるだ何だとよぉ〜馬鹿の1つ覚えかよってんだ。 奴隷なんかに頼ってっから経済が発展しねーんだよ。 ローマ没落の原因だぞ奴隷制は」

「……ローマ?」

「5680万人の人口を抱えていた大帝国だよ。 つっても、今じゃドイツやイタリアなんかに分裂してっけどね」

「5千!? い、いや、あり得ない。 そんなに大きな国なら知らないハズが……」

「だから言ったろーが。 滅びたんだよ。 めつぼー。 もう無いの。 OK?」

 

 本当の事なのか、それとも謀っているのか判断が出来す、相談するように顔を見合わせる長老達。

 

 嘘か、本当か。 受け入れるべきか、突っぱねるべきか。 誰もが慎重になり、今一歩踏み出せずに居る……そんな中、スッと手を挙げる者が1人。 ザリュースである。

 

「……ドク殿。 先程、そのローマなる国は分裂した、と言っていたが」

「あ〜っと、まぁ、滅亡の原因がアレだったからね。 外敵勢力に攻められて皆殺しに〜ではなく、国の経営が上手く行かなくなって地方が独立っつーメソメソした滅び方だから」

「どちらかと言うと、衰退に近い……と」

「んだね。 ま、何度も再興させようと頑張ってたようだけど、どれもこれも上手く行かんかったみてーだ。 神聖ローマ帝国、ドイツ帝国、ナチス第三帝国と失敗続きさ」

「そんなに……」

「それでも諦めずに、最近ネオナチとして4度目の挑戦してたけど……ありゃダメっぽいぜ……なぁ?」

 

 クサダが隣に居るアインズに同意を求めるが、企業戦士スズキ・ザ・ブラックであった彼に判断は付かない。 興味の無かった事であったし、休日はもっぱらユグドラシルにINしていてそれどころでは無かった。

 

 なので、腕を組みつつ「うむ……」とか言ってはぐらかす。 早くレッド役のヘロヘロさんやピンク役の茶釜さんに会いたいよ……と思うアインズであった。

 

 会話が途切れた頃を見計らい、次に口を開いたのはシャースーリューだ。

 

「むぅ、その、なんだ。 寡聞にして外の事はよく知らないのだが、奴隷制が衰退の原因になると言うのは……」

「ああソレね。 実は、奴隷制は効果的に思えて、全然そんなこと無い穴だらけもいいとこの制度なんだよ。 一言でゆーと非効率なのさ」

「何故だ? 少ない対価で働かせられるのだから、その分奪える利益が増えるのでは?」

「短期的にはな。 だが、社会・国家運営的に見ると奴隷は非効率なのさ。 よく考えてみろよ。 奴隷を所有するのが一番効率よく稼げるなら皆そうしよーとするだろ? 同じ仕事でも、自由人を雇うより奴隷を購入する方が得られる利益が多いと()()()()()のなら、奴隷ばかりに仕事が割り振られて  

「自由身分の人達は仕事を奪われてしまいます。 直接的にも、価格競争による間接的にも」

「むうぅ……なるほど。 自由な身分の労働者は失業して飢え、逆に奴隷は大量の仕事に忙殺される事になるのか。 不自由な身分の方が生き残れるとは……皮肉だな」

 

 クサダは指を振りながら「チッチッチ。 それだけじゃあ無いぜ」と舌を鳴らす。

 

「ここで重要なのが『人は自分の利益が最大になる様に行動する』と言う事だぜ。 支配者は費用……賃金や配給食を減らそうとするし、奴隷側はサボって少しでも楽をしようと考える」

「だから見張りを立てたり、力付くで命令したり恐怖で縛るのでは?」

「まだ気付かねーか? 見張りは何も生産してねぇし、存在するだけで損をする。 コイツは元々、労働者がサボらなけりゃー居る必要がねぇ人員なんだぜ?」

「それに、見張りには十分な報酬を渡さないと被支配者と結託されてしまいますし。 よって、掛かる費用は少なくありません」

 

 セキュリティに掛かる費用をケチったが故に、意識の低い警備員が賄賂を貰い窃盗犯を自ら招き入れる、と言った事はよくある話だ。

 

「いくら頑張っても貰える報酬が増えないと、気力…ヤル気が沸かねぇ。 ヤル気がねーんだから向上心なんざ元からねーし、技術を磨こうとも思わねー。 ただでさえ低い奴隷の生産能力は低いままだっつーのに、維持費はインフレで年々上がっちまう。 儲からねーんだから可処分所得が減り、経済は停滞し、技術は陳腐化し、文明は衰退する」

 

 そして、クサダは疲れたとも呆れたとも取れる溜息を1つ。

 

「そーして、二進も三進も行かんくなった時に初めて気付くのさ。 右見ても左見ても奴隷だらけ。 文字が書けなけりゃ計算すら出来やしねー労働者しか居ない社会が……高度な文明を維持できると思うかい?」

「でき……ないのだろうか。 よくわからんが……」

「出来ねーさ。 非効率な制度にしがみ付いてんのは、その場で足踏みしてんのと同じだからな。 その都度変化出来ねぇ奴は時間に置いて行かれ、コツコツやってきた外国勢力に潰されるのがオチさ。 ま、適者生存っつーヤツだな」

 

 クサダは不安そうな表情を浮かべるリザードマン達を見て、肩を竦めて言った。

 

「なぁに、つまるところ兎と亀だよ。 童話にもなりゃしねぇ」

 

 とある有名な童話を例えに出したが……リザードマンがイソップ寓話を知っている確率は、まぁほぼ無いだろう。 だが、話の流れや抑揚、話す態度などで大体は伝わったハズ。 今は、AOG合資会社が先進的な…この世界ではオーパーツ並みの先進性を持つことを理解すれば、それでいい。

 

「で、今話したのがマクロ的な視点での事なんだがな? ミクロ的な視点でも奴隷制は非効率なんだよ」

「むぅ。 マクロ……とは?」

「あ〜……大規模と小規模って意味かな。 でだ。 社会的に損する奴隷は経営的にも損するんだ。 まず前提として、奴隷ってのは基本的に奴隷商から購入する資産だ。 一括でカネを払って労働力を得るわけだが〜〜……ここに落とし穴があるんだよ」

「落とし穴……」

 

 仕事……日々の糧を得る労働の中で、少しでも辛かったり苦しい思いをした者は必ず考える。

 

 もっと早く、楽に、効率的で効果的に出来ないものかと。

 

 結局そう思うだけで、その後何も変わらなかったり変えられなかったとしても、辛かった記憶はずっと消えずに残るだろう。 心にささくれを残して。

 

「奴隷ってのは買っただけじゃあダメなんだ。 仕事を用意して働かせねーとよ。 だが、利益を増やす為に奴隷の食費を削るとヘロヘロになって作業が滞るし、だからと言って費用が利益を上回っちゃぁ本末転倒だ。 奴隷買ったカネを取り戻そうと短期間で酷使すれば、すぐに肩だの腰だのが壊れて元手を取り戻す前に使えなくなっちまう」

 

 だから、彼らは、聞いてしまう。 もっと上手いやり方があるよ、こうすれば楽になるよと言われては、()()()()()()()()()()のだ。

 

「ムジュンした存在なのさ、奴隷っつーのは。 長く使おうとすると利益が上がらず、利益率を上げようと回転を早めりゃスグ壊れる」

「ではどうするのだ?」

「そこで『雇用』の制度を作ったんだよ。 奴隷の場合は一括で払っていたカネを、奴隷商ではなく労働者に直接、期間を決めて支払ったのさ。 毎月とか毎週ってな感じにね」

「なるほど。 それが先程モモン殿が言っていた『人を雇う』という考え方か」

「労働力を……と言うよりも、あなた達の時間をお金で買っている、と言ったほうが分かりやすいでしょうか」

 

 アインズの例え話に得心が行ったのか、大きく頷くリザードマン達。

 

「買って数年か……何十年か。 それとも3日で壊れるか分からない奴隷を大金支払って買うよりも、欲しい時に欲しい分だけ買える労働者の方が安全で都合が良いんだよ。 奴隷はやらせる仕事がなくなっても養わないといけないけど、労働者なら解雇すればいいし……逆に、労働者は更に条件の良い勤め先があれば移ればいい。 これを『雇用の流動性』と言う」

 

 そして、彼らは術中に嵌る。 クサダの話術に乗せられて、思想を変えられてしまう。

 

 効率こそ正義の……資本主義者へと。

 

「良い条件で働きたい労働者は自分の実力を上げて  つまり価値を増やせば雇用主に好待遇をしてもらえてハッピー。 雇用主は、他より3倍働ける労働者なら3倍の給料を支払っても、その他の費用  食費や交通費など  は3分の1になるからハッピー。 国は生産能力が増え、経済が活発になれば税収が増えるからハッピー」

 

 クサダは両手を広げ、ワザとらしくおどけて見せる。

 

「3方向まぁるく収まるって寸法さ。 ……ザリュース、奴隷ってのは普段どんな仕事してるか知ってっか?」

「え? ええっと……畑を、耕したり……鉱山で採掘したりだろうか?」

「そう、正解だ。 あとはガレー船の漕役奴隷だとか、手紙を運んだり伝言を伝えるなんて仕事もある。 中には楽器で音楽を奏でたり、計算が得意な奴は会計なんかもしてたんだ。 ……しかぁし!」

 

 興が乗ってきたのか、クサダはグッと拳を握り突然声を荒げた。

 

「そんなもん機械がありゃ全部出来る! そう、奴隷が出来る仕事は全て機械に置き換え可能なのだ!」

「は? き、機械? え?」

「手紙も通話も音楽も、これひとつあれば奴隷だって解放出来る。 そう、iP◯neならね」

「あ……あいぽ……?」

 

 突然話が理解できなくなり目を白黒させるリザードマンと、なぜそうなるのだと頭を抱えるアインズ。

 

「イマイチ納得しかねるっつー顔だな?」

「当たり前だ。 むしろ今のが通じた方が怖いわ逆に」 

「よーしいい度胸だ」

「はぁ!?」

「この俺が、文明の力ってヤツをたっぷりと味合わせてやる……覚悟するんだな」

「あーもうダメだコイツ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 突然集会所から退室し、1時間程して戻ってきたクサダの姿を見て、アインズは言う。

 

「で? 出てきたのがコレか」

 

 なんと、クサダの手には大皿に山と盛られた魚のフライが。

 

「まさか……ドクの策とやらは、その料理か?」

「そのとうり! 雑魚として捨てられていた、イワシに似た何かの小魚をタップリの油で揚げた  

 

 キラリと歯を輝かせたクサダは、オーバーな身振りで宣言する!

 

 

 

「似ワシのフライだ!」

 

 

 

 デデーン!

 

 

 

「いや確かに味わえるけれども。 ……まあいいや」

 

 アインズは呆れ顔だ。

 

「むぅ……まさかその小魚は  

「済まぬ、兄者。 この魚は小骨が多く、食えたモノでは無いと伝えたのだが……」

「でぇじょうぶだ」

「と言って聞かないのだ……」

 

 ぐったりと言うザリュース。 珍しく疲れを隠さずにいる彼の様子から、シャースーリューは全てを察すると、決死の覚悟で魚のフライと相対する。

 

 クサダの用意した料理は、シャースーリューにとって全くの未知であった。 ザリュースに視線で問いかけても、知らない料理だと首を振られる始末。

 

 それもそのハズで、この周辺地域の料理なんて煮るか焼くか蒸す以外の調理法はほぼ無い。 大量の熱した油を用意し、そして使った後は捨てるなんて贅沢、例え出来たとしても経済的に許されざる行為なのだ。

 

(匂いは……良い、か?)

 

 アツアツのフライからは、湯気と共に芳ばしい香りが立ち上る。 クンクンと鼻を鳴らさずとも、部屋中に充満した香りはリザードマンの鋭敏な嗅覚を嫌でも刺激し、口の中に唾液が広がってゆく。

 

 フライを1つ摘み上げる。

 

 形は扇状で、干し魚の様に開きにされていた。 一部違うのが、頭が取られている事だろうか。

 

(ええい、ままよ!)

 

 シャースーリューは族長であり、組織の代表だ。 決して無様な姿は見せられない。 それに、フライを1つ手に取った瞬間、期待と不安の混じった視線が自身に集まるのを感じていた。

 

 このまま逡巡していても仕方がない。 魚相手に怖がっていると思われては事だ、と意を決して口にした   その時だった。

 

「うむぐぅッ!」

 

 突然尾をバタバタと跳ねさせ、口を押さえて悲鳴を挙げたシャースーリュー。

 

「ど、どうした兄者! 何が  

「ア、アツツ……!」

 

 涙目でそう零した兄に、ザリュースは思わず「……は?」と、聞き返えしてしまう。

 

「まさか…兄者……」

「むぅ……噛み切った瞬間、熱せられた脂が口中に広がったのだ。 ……仕方が無かろう」

「ああ、そうか。 揚げ物初めてだから……」 クサダはポンと手を打ち、言った。 「はっはっは。 トカゲなのに猫舌かよ」

「いくらなんでも反応が過大だぞ兄者……」

 

 ヘラヘラ笑うクサダと、ジト目で睨んでくるザリュースに居心地の悪さを感じたシャースーリューは、話の流れを変える為にも皿を持ち上げ「お前も食ってみろ」と勧めた。

 

 族長命令だ。 いくら何でも湯気立つ料理を1口に放り込むのはどうにかしているぞ、との言葉をグッと飲み込み、ザリュースはフライを1つ摘んで1口囓る。

 

「ッつつ、本当に熱いな……」

 

 ザクリ、と心地よい音を立てて歯型が穿たれたフライは、いとも容易く噛み切る事ができた。 口の中の熱を吐息で追いやり、ある程度冷めたところで咀嚼する。

 

「なんと……」 驚きに目を見開く。 「これがあの小魚を使った物とは、到底思えんな。 ……うむ、やはり全く骨を感じない。 いや、苦味も感じない所から内蔵も取り除いたのか?」

「おう。 似ワシの背中側の首をグッと摘んで頭を外し、そのまま真っ直ぐ引っ張ると内臓が頭に付いたまま外れるんだよ」

「なるほど。 しかし、小魚の骨をナイフで取り除くのはかなりの手間だろう。 よくこんな短い時間にこれだけ用意出来たものだ」

「いや、包丁は使ってねぇ。 素手だ」

「ほう、道具無しでこんなに綺麗に取り除けるものなのか」

 

 ザリュースはフライをまじまじと観察し、感心した様子で2つめを口にした。

 

「手開きっつー技術だ。 コツは頭から尾の方向に手を動かす事。 さもねーと小骨が爪の間に刺さるぜ?」

「それは勘弁願いたいな……」

「さて、工夫次第でこんな小魚でも立派に食えるのを身をもって理解した所で〜〜……まだ利点が幾つかあるぜ。 まず、こうして加熱する事で、寄生虫症を含む食中毒を予防出来る事。 そして次に、加熱で消化吸収しやすくなり、結果多くの栄養を得る事が出来るようになるんだ」

「つまり少ない量でも満たされる、と?」

「おう。 だが、加熱でビタミンCが破壊されてしまうから、この  

 

 クサダは緑色の粉が入った瓶を取り出すと、スプーンを使いフライに振りかけた。

 

「乾燥ハーブの一種、パセリ粉と一緒に食え。 こんな見た目だが、パセリはレモンの3倍以上ビタミンを含んでいっからよぉ〜〜健康にメチャ良いんだぜ?」

「その、ビタミンとやらが分からんのだが」

「そうだな……病気に強くなる為に必要な栄養、かな? 今までは生食で補っていても、加熱調理が一般的になると不足しがちになっから気ぃ付けねぇといかんぞ」

 

 このビタミン不足が顕著に現れるのが航海によるもので、壊血病などは長い間呪いの一種と考えられていた。 だが、ビタミン不足が原因と知られると、イギリスは柑橘の一種ライムの果汁(歯が溶けてガタガタになるくらい酸っぱい)を飲む事で。 ドイツはキャベツの酢漬けのザワークラウトを食べる事でビタミン不足を補ったのだ。

 

 これが後に、イギリス人の事を『ライム野郎(ライミー)』と呼ぶ語源になる。

 

「むうぅ……料理、か。 いや、まさかこんな方法があったとはな」

 

 大皿が回され、フライの山が1つ、また1つと減ってゆく。 初めて口にする揚げ物の味に様々な意見が交わされるが、殆どが肯定的なものばかりだ。 頑固者で有名な祭祀頭ですら無言でパクついている。

 

「全く、養殖といい料理といい、人間の知恵には驚かされるばかりだ」

「これが『文明』の力だぜ。 どうだ参ったか!」

 

 踏ん反り返って、何が可笑しいのか楽しそうに言うクサダ。 そんな姿に釣られたのか、シャースーリューはフッと笑い  

 

「そうだな……変わるべき時が来たのかも知れぬな」

 

 そう、呟いたのだった。

 

 

 

 

 初めて目にする料理を、村中のリザードマンが堪能した頃。

 

「いやはや、御見逸れ致したモモン殿。 そしてドク殿。 先程は失礼な態度をとってしまい申し訳無かった。 謝罪を受け入れて欲しい」

 

 両拳を床に付けると、シャースーリューはアインズに向き直りスッと頭を下げる。 そして、やや遅れて狩猟頭や戦士頭などの代表者も頭を下げた。

 

「よぉ〜〜っし! それじゃあつまり、契約成立って事だな!?」

「ああ、その事なのだが  

 

 シャースーリューの視線を受け、ウンザリとした様子でアインズは言った。

 

「お前が居ない間に、もう話全部まとめといたよ……」

「さっすが我らのリーダー! 有能!」

 

 皮肉が一切通じず、それどころかニカッと笑って親指を立てるクサダに、アインズは深ぁい溜息を吐くのだった。

 

 

 

 




アインズ「アホの居ぬ間に商談!」

※オバロ界の魔法を科学的に考察するのはもっと後にやります。




・ローマ帝国時代における奴隷制、について。

 古代ローマでは、皇帝が奴隷を持つ事は当たり前の事で、奴隷とは車や機械、家畜などと同じ資産とみなされていました。 人でなく物として扱われていた奴隷には法的権利が一切無く、奴隷よりもずっと強い立場である主人の命令は、逆らえ無い事でした。

 奴隷の主な供給源は戦場からで、ローマ帝国は隣国へ従順か戦争かの2択を突きつけ、相手国が拒否した場合侵略戦争を仕掛ける、と言うものでした。 つまり、ローマ帝国は常に侵略・拡大し続けないと奴隷制を維持出来ないと言う、いびつな社会構造だったのです。

 法的には物扱いの奴隷ですが、結局のところ人なのが現実です。 よって、犬猫や牛馬のように扱った場合不都合が出ます。 よって、ある程度奴隷の所有者を戒める法がありました。
 例えば、年端も行かない少年を去勢し、実際の年齢よりも若く見せようとするような悪辣な者もいたため、当時のローマの法律では奴隷の売買は厳しく規制されていました。 また『奴隷を娼館や売春宿で働かせてはならない』との法律もあり、奴隷がそのように過酷に扱われていた事への証拠でもあります。

 奴隷が性的虐待を受けていた証拠は数多く残っています。 例を挙げるとするならば、『哲人皇帝』の異名を持つマルクス・アウレリウスが、2人の美しい奴隷の誘惑に負けなかったという話が残ってますが、その話自体が裏を返すと、殆どの奴隷所有者がそうでは無かったとの証拠です。
 また、主人が少年ないし青年奴隷と関係を持っても、不名誉な事とは見做されませんでした。


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