オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ

緑爪族長「ウホッ、いい職場!」
ドクトル「(工場経営を)やらないか」



現在のナザリック生産物

・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント


ナザリックは売りました

セメント → 王国
食用油  → 王国
果物   → 王国
鉄材   → 王国
???  → 法国


ナザリックは買いました

法国   → 生ゴム


リザードマンは稼ぎたい

 正午の湖に、陽の光を遮る物は何もない。 強い光が容赦なく、真上から燦々と照りつける。

 

(陽の光って、こんなに眩しいんだなぁ)

 

 アインズは存在しない目を細め、刻々と姿を変える豊かな自然を眺めていた。

 

 仮拠点のエ・ランテルを出立したのが早朝であり、途中から日差しを(さえ)ぎる森の中を歩いて来たので気付かなかったが、想像していたよりも太陽とは眩ゆいものだった。

 

 前世……鈴木悟のいた世界は、物心つく前から全て汚染されていた。 大地は人工物で覆われ、虹色の毒に海は濁り、夜空を彩る星は姿を消した。 生きる為に必要な食品にすら例外などなく、『天然』と言う言葉は不安定で危険な物へと意味を変え、人工的に合成された純粋な物だけが安全だと認識される。 そんな世界だった。 それが全てだった。

 

 しかし、ここは違った。

 

 容赦なく降り注ぐ陽の光は凄まじく、文字通り灼ける様に熱いが、湖面を流れる清浄で涼やかな風が熱を持った肌を優しく冷やし、心地よかった。 身を乗り出し湖面を覗き込めば、透き通った真水が湖底まで光を届かせ、大小様々な生物が織り成す命の営みを魅せてくれる。 自然とは正しくナチュラルなモノであり、人の手が一切介入していないそこには動植物全てが生命を謳歌していた。

 

 こんな所、向こうには何処にも無かった。

 

 こんな所、こちらには何処にでもあった。

 

 出来る事ならば、この感動をかつての親友達と分かち合いたい。 そう思うアインズであった。

 

 

 

 ギシリ、とアインズの乗った舟が軋む。 いや、舟と言うには少々歪だ。 

 

 小舟の底には、金属製のランナーと呼ばれる板が取り付けられてあり、実際には舟よりもソリに近い形状をした乗り物だ。 そして、この干潟の様な地形には、この形が最も適していた。

 

 先頭を歩くのははザリュースの飼っていたペットで、ロロロと名付けられた突然変異種の多頭水蛇(ヒュドラ)だ。 首が絞まらないように装着されたロープは舟ソリと繋がっており……つまり荷馬扱いされているワケだが、ロロロ自体は『みんなでお出かけ嬉しいな』と言った様子であり、全く気にしていない。

 

 犬ソリならぬ多頭水蛇(ヒュドラ)ソリで向かう先は、ザリュースのいた緑爪(グリーン・クロー)族とは違う部族  朱の瞳(レッド・アイ)族の集落だ。 あと半刻もすれば到着する。

 

「兄者はなぜ……『この話を他の4部族全てに伝えよ』と言ったのだろう」

 

 ザリュースは呟くようにごちた。 集落を出立してから今になるまで、ずっと気掛かりだった疑問を。

 

 このまま黙っていればいいじゃないか。 苦労して見つけ、身に付けた養殖技術を足掛かりにし、兄が部族に極力有利になるよう苦労して取り付けた雇用契約だ。 それを、何もしていない、何があったかも知らない他部族にタダで教えてやるなんて。

 

 別に、大して不満があるワケではない。 それに族長命令だ。 否応も無い。 だが、兄が何を考え判断したのか少し気になったのだ。

 

「そりゃあ〜〜オメーらのタメだろうさ。 集落の奴らの生命と財産を守る『義務』がある……アイツは族長だからな」

「俺達の為に……?」

 

 少し驚いたような声でザリュースは聞き返す。 それにアインズは「先を見越した判断ですよ、これは」と、船べりに凭れ掛かり景色に視線を向けながら言った。

 

「この湖で獲れる魚は日を追う毎に少なくなり、このままでは餓死者も出かねない状況。 それが貴方達リザードマンの置かれた状況なのはご存知ですよね?」

「ああ。 だから俺は旅人になった。 この状況を打開する為に」

 

 そして見事、養殖技術を会得した。 ザリュースのおかげで緑爪(グリーン・クロー)()()()飢えから遠ざかったのだ。

 

「ソレが原因ですよ」

「……は?」

「その、養殖技術の存在が原因と言ったんです」

「馬鹿な!」

 

 声を張り上げ、ザリュースは勢いよく立ち上がった。 舟がグラグラと揺れ、異変に気付いたロロロが心配そうに顔を近付けて来た。

 

「すまん、ロロロ。 いや、なんでも無いんだ……なんでも」

 

 ザリュースが言うと、ロロロは蛇の頭を甘える様に数度擦り付けた後、前を向く。

 

「それで……」 ザリュースは冷静に腰を下ろし、言った。 「何故、俺の養殖が……?」

 

 ザリュースの問いを受け、アインズはゆっくりと姿勢を変える。

 

「簡単な事ですよ」

 

 フルヘルムを脱いだ彼の髪は風になびき、濡羽色に輝いていた。 漆黒に塗り潰された双眸に見つめられると、全てを見透かされている様な錯覚さえしてくる。 一挙手一投足が洗練された、まるで王者の様な風格に、ザリュースの背中にゾクリと悪寒が走った。

 

「5つの部族の内、養殖が出来る緑爪(グリーン・クロー)族だけ全員生き残る可能性があります。 他の部族は飢えて弱体化しつつあるのに、1部族だけ。 ……そんな彼らが、自分一人だけ飢えていない部族にどんな感情を持つか? 考えるまでもありませんね」

(いくさ)になると……俺が良かれと始めた養殖が、戦の引き金になるというのか……」

「なるでしょうね」

「ま、ほぼ100パーだな」

 

 仰向けに寝転がっていたクサダが、アインズの言葉に同意する。 そして、そのまま寝転びながら補足して行く。

 

「1部族だけ元気なままっつー事はつまり、戦力の均衡が崩れるって事だ。 そこでヤツらは考える。『ウチの部族がヨロヨロになったタイミングを見計らって、緑爪(グリーン・クロー)族が()()()()()()()』ってね」

「そんな事はしない! あの兄者が、打ち上がった魚に石を落とす様な非道を行うハズが無い!」

「かもしれねーが、そうじゃあないかもしれねぇ。 そう考えるだろーな」

「ザリュースさん。 他の部族の長は、貴方ほどシャースーリューさんの為人(ひととなり)を知らないんですよ。 僅かでも可能性がある以上、備えなければ」

 

 後頭部をガツンと思いっきり殴られたような衝撃があった。

 

 兄はそこまで考えていたのか。 自分は何も知らなかった。 ただ、自分は、飢えから逃れさえすれば全て上手く行くと、甘い考えを持っていた。

 

 悔しさからザリュースは食い縛り……ギリリと歯が悲痛な音を立てる。 

 

「でだ。 仮にこのまま何もせず、漁場の取り合いになった場合だがよぉ」

「養殖場があれば緑爪(グリーン・クロー)族は巻き込まれずに  

「いられねぇんだなぁ〜〜それが」

 

 確信を持って断言するクサダに、ザリュースは戸惑いを隠せなかった。

 

「ザリュースさん。 争いが起きた時、真っ先に狙われるのは貴方の養殖場でしょう」

「そんな、まさか」

「ソレを否定するだけの根拠をお持ちで? 『絶対』に無いと断言出来る程、他部族の考え方や性格を知っていますか?」

 

 知らない。 ザリュースは何も知らない。 先の争いで他部族の族長が何を考え、何を思い、闘う道と争わぬ道の2択をどう選んだのか。 考えてもみなかった。

 

「飢えに困った奴等はこう考えるだろーぜ。『俺達はこんなに苦しいのに何故アイツは』『何かズルをしているのでは?』『いや、そうに決まっている』『そう言えばあの部族は魚を捕まえて何かしているらしい』『稚魚を根こそぎ捕まえているから不漁なのでは』『なんて卑怯なヤツだ』……ってな」

「そんな…デタラメだ……」

「ああそうさ。 全て根拠のねぇ憶測さ。 だが、正しいかどうかなんて、どーでもいいんだ。 ()()()()魚を()()()()ための、ソレっぽい理由がありゃーそれでいいんだからよ」

 

 嫉妬・焦燥・恐怖など負の感情に後押しされた判断は得てして、悪い方へ……悪い方へと向かう。 こうして、図らずとも悪のレッテルを貼られた緑爪(グリーン・クロー)族は真っ先に狙われるだろう。 仮に貼られなくとも、食糧はある場所から持って来ねば飢えるのは確実なのだから、()()()()襲わねばならないのは、どちらにしろ同じなのだ。

 

 こうした争いは向こう側でも何度も起こり、同じ歴史が繰り返された。 世界大戦と名付けられた集団自殺は三度(みたび)勃発し、奇しくも全ての国が『自衛戦争』を唄い戦争の発端(ほったん)を開く。 殺られる前に殺らねば。 そう、考えてしまったら、行きつく場所は1つだけだ。

 

 地獄である。

 

「だからそうなる前に  」 アインズは風圧で乱れた髪を片手で整え、言った。「競い合う仲から、助け合う仲に変えてしまおう。 そう考えたんですよ」

 

「つまり、5部族に別れたリザードマンを統一しようと。 兄者はモモン殿の持つ、かがく、なるチカラで戦を回避しようと考えたのか……」

「まぁ、大体そうですね」

「ヤツはつまり、こー言っているのさ。『儲けたいんだろう? だったら少しは手伝いやがれ』 ってな。 ッハ! あんなツラして、頭が意外によく回る」

 

 シャースーリューには解っていた。 定期的に食糧難が起これば、争いが起きるのは確実だと。 ザリュースが養殖技術をモノにしたが、それでも決定打には足りえなかった。 このままではジリ貧だが、全てが好転する回天の策など知るハズもなし。

 

 では養殖技術を他部族に教えるか? 不可能だろう。 部族民の殆どが強固に反対するのは確実だ。 苦労に苦労を重ねて、ようやく手にした命綱を、簡単に差し出せるワケが無い。

 

 八方塞がり。 そこに偶然出会ったのがアインズ達だった。

 

 最初に発見した時は、ただの泥棒か何かだと思った。 ……クサダの口から養殖の話が出てくるまでは。 自分達が持つ技術よりも、はるかに高度な知識を持っている。 そう気付いた時の心境は、まるで喉に氷柱を突き込まれたようだった。

 

 弟の機転により、運良く話す機会が設けられたのは行幸だった。 さらに、冒険者なる組織によって身分の証明された……代表者らしき全身鎧の男は聡明であり、話せばわかる人間だった。 ここまでは問題ない。

 

 問題があるとすればその連れ。 白いローブを着た男が居たことだ。

 

 性質(たち)の悪い事に、その男は自分達よりも高度な養殖技術を『売り物』にするつもりだったのだ。 

 

  まさか、ここで断ったら他部族に売り渡す魂胆ではあるまいな。

 

 その様な事をされては()()()()()。 その様なことをされては、緑爪(グリーン・クロー)族にあった僅かな優位性は逆転してしまう。 今後、最弱の部族として泥を啜る事になってしまうだろう。

 

 まさか、と聞かれれば、確信を持ってシャースーリューは断言する。

 

 やる、と。

 

 この男はやる。

 

 必ず、やる。

 

 そして、その予想が確信に変わった時。 シャースーリューは、モモンと名乗る男の話を全面的に飲む以外……選択肢は残されていなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 舟が止まる。 |朱の瞳(レッド・アイ)族の住まう集落、その門前に到着したのだ。

 

 水上歩行の効果がある消耗品を発動させ湖面に降り立ったクサダは、ひと抱えもあるクーラーボックスを舟から降ろす。 コレは〈保存〉(プリザベイション)の効果があるマジックアイテムであり、中には鯖折りにして血抜きした真鯖がギッシリ詰まっていた。

 

 売るの? ってくらい多いが、コレでロロロの一食分だ。

 

 どうやら彼女はまだ成長期らしく、非常によく食べる。 なので、大釜で生み出した食材が現地の生物に悪影響があるかどうかの実験を兼ね、弁当がわりに持ち出して来たのだ。

 

 ただ、残念な事に金貨を消費して生み出した肉系食材は既に『下処理』されてあり、切り身などの状態で出て来る。 食材アイテム時の見た目に忠実だからだろうが、そのせいで育てて増やしたり出来ないし、畜産系の産業は1から品種改良せねばならないだろう。

 

 アインズがノリノリで給餌し、ソレが終わる頃。 門番と話し込んでいたザリュースが戻って来て、言った。

 

「部族を纏め上げる者と話せる事になった。 何故族長ではないのか気になるが、まぁ、代表者には違いあるまい」 

「ふーん。 思ったよりスンナリ行ったな」

「ああ。 ここの代表は、想像以上に切れ者やもしれん」

 

 ザリュースの期待と警戒の入り混じった声に、クサダは少し考えて 「……ま、楽でいいわ。 ほな行こか」 と、舟を手で押しながら歩き出したのだった。

 

 

 

 さて、朱の瞳(レッド・アイ)族の集落である。

 

 種族が同じだからか、木造家屋は緑爪(グリーン・クロー)族とほぼ変わらない。 強いて挙げるならば、少々大きいくらいか。 其処彼処(そこかしこ)が水浸しだが、湿地の所々に桟橋が掛けられており、意外に歩きやすい。

 

 当初の目的、代表者との会合は、無用な警戒を防ぐため同種のザリュースが担当してくれている。 要するに暇なのだ。

 

 だからと言って、技術支援の名目で来ている以上、その辺で寝転がって読書に興じるワケにも行かない。 背伸びをして気合を入れて、クサダは機材を舟から降ろし店を広げる。

 

「えーはい。 ほんじゃあ今から、ボソボソ魚肉もプリプリミートに出来ちゃう技術、練り製品の製造法を教えっからぁー」

 

 身振り手振りで指し示すのは石鉢などの道具。 木製でないのは木屑の混入を防ぐためだ。 そして、練り製品をチョイスした理由は、クズ肉もちゃんと食べられるのだと意識を変える事で、養殖が軌道に乗るまでの時間稼ぎを狙った為である。

 

「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。 蒸して蒲鉾、焼き竹輪。 煮れば半平(はんぺん)、さつま揚げ。 どんな料理もなんのその。 何でも出来る、何にもなれる、練り製品だよー」

 

 好奇心をツンツン刺激する口上を並べたて、器用に両手を動かすクサダ。 喋りながら次々と料理を完成させるさまは、大手通信販売会社の社長のごとしだ。

 

「こーして塩で味を整えて……板に盛る。 後は蒸し器で加熱すれば完成だ。 ……ヘイそこの。 ちっと味見してみるかい?」

 

 ガン見していた彼に向けクサダが問うと、彼は苦笑い  多分  を浮かべる。

 

「いいのか?」

「いいとも」

「へへ、悪いな。 正直、どんな味なのか興味津々だったんだ」

 

 やはり食べ物に関しては強い関心があるようだが  それもそのはずだ。 原始社会かつ日々の糧を得るので精一杯なリザードマン達にとって、娯楽に興じる暇など元から無く、出来るとしたら食うか寝るかヤるかくらいである。

 

 紀元前7千年前から脈々と続いて来た酒造も、こんな湖のど真ん中では非常に厳しい。 材料になる果実や穀物も農業が出来ない以上手に入らず、したがって酒造も不可能だからだ。 手に入れるためには交易に頼るしかない……が、繰り返すが、ここは深い森に隔てられた湖のど真ん中なのだ。 不可能だとしても、さもありなん。

 

「その切り身は比較用だ。 加工せず蒸しただけのヤツな」

 

 出来立ての蒲鉾を小皿に移し、額にキズのあるリザードマンに渡す。

 

「ほう、これまた真っ白な肉だな。 何の魚だ? うっ、これは……ううむ、思っていたよりもパサパサしてて…味も薄いぞ」

「タラっつー白身魚だぜ。 沢山水揚げされっから安く、さらに身が多く取れて臭みも無い。 だが、癖が無い分味もねーんだ」

 

 なるほど、と額にキズのあるリザードマンは、蒲鉾を一切れ指で摘まみ口に放り込んだ。 そして、味を確かめながらゆっくりと咀嚼する。

 

 うむ、と頷くリザードマン。

 

「ほお〜コレは凄い。 この歯を押し返すような歯応えは新しいな。 いつまでも口に残ると言うか、ボソボソしていた食感がプリプリとした食感に変わっているぞ。 まるで海老だな。 味にも深みが増している……元が同じ魚とは到底思えん」

 

 いやはや、素晴らしい。 そう手放しに褒め称える彼に感化されたのか、俺にもくれ私にも頂戴と、奪い合いの如く野次馬ならぬ野次蜥蜴が試食に殺到する。

 

「こりゃ塩気が丁度いい。 プリップリでずっと噛んでいたいくらいだ!」

「仄かに木の香りがするわ。 これは……蒸す時に木の板から移ったのね? これなら泥臭い魚も美味しく食べられそう」

 

 リザードマンの主食が魚だからか、やはり魚介系の料理は『ウケ』が良い。 それに、日本は昔から魚料理を好んできた歴史がある。 環境破壊により魚自体が消滅し、今は料理どころか国自体が衰退・消滅したとは言え、食文化は記録として残っている。 そこらのポッと出に負ける程ヤワではない。 

 

 練り物の製法は単純だ。 解説を交えながら1回実演すれば、質はともかく形にはなるだろう。

 

 料理に興味を示したメスリザードマンに、残りの材料で好きなようにさせて暇を作ったクサダは、朱の瞳(レッド・アイ)族の長用に料理を作る事にした。 脅しと懐柔を兼ねた、一挙両得の手だ。

 

 練り製品を教える際、住民からそれとなく聞きだしたのだが、ここの代表者はメスリザードマンだとか。 成る程、男しか族長に成れぬ伝統ならば、別の名前に変えてしまえば良いとトンチを利かせたのか。

 

 独断と偏見でメスが好みそうなメニューを考えたクサダは、イタリア料理にする事にした。

 

 白身魚の半身を香草で包み蒸し器に入れ、その間に葉物野菜を食べ易い大きさに切り、冷水で絞めておく。 魚が半ナマの状態(これが結構難しい)になったら、氷水で一気に冷却。 その後水気をしっかりと拭き取る。

 

 フグの様に薄切りにした魚と野菜を盛り付け、料理長お手製のドレッシングで軽く和えれば、カルパッチョの完成だ。 オニオンスライスがあると良いのだが、犬の様にネギを苦手とする種族だと困るので、ナザリック産チーズを僅かに振りかけた。

 

 余った時間でもう一品作り、皿を手に持ち代表の居る家屋へ向かい……入り口前で立ち止まる。

 

(しっかし、さっきからスゲェうるせぇんだが……ザリュースの奴何やってんだ?)

 

 クサダは(いぶか)しげに眉を潜める。

 

 料理教室の時から無視していたのだが、ザリュースが入室してからずっと騒がしいのだ。 バシンバシンと、何か弾力のあるもので木を叩く様な音や絶叫やらがずっと。

 

 ザリュース曰く、ここの代表は中々のキレ者らしいので、交渉が難航しているのだろう。 だから暇潰し……じゃなくて、助太刀に料理を、と思ったのだが  

 

 バシン、バシン、バシン、バシン。

 

 小屋の中から話し声は聞こえず、得体の知れない騒音だけが響いていた。 何の音だ? 何をしているんだ? リザードマンだけに伝わる伝統か何かか? 

 

 面倒臭そうで嫌だなぁ。 と思いながら、クサダは扉に手を掛け  

 

「うるっせぇぞテメーら! さっきから何やってんだ!?」

 

 勢いよく突入すると同時。 クサダが目にしたのは、白いリザードマンとザリュースが暗闇の中で慌てて離れ、背を向け合った姿だった。

 

 申し合わせたかの如く息の合った意味不明な行動に、クサダは片眉を上げて困惑し、こう言った。

 

「………はぁ?」

 

 

 

 

 

 

「私の名はクルシュ。 クルシュ・ルールーと言います人間(ひと)のかた。 非才の身ではありますが、この朱の瞳(レッド・アイ)族の代表を務めています」

 

 ほぼ光の差し込まぬ暗い室内で、アルビノのリザードマンはクルシュと名乗った。

 

 座礼でもって礼を示す姿は落ち着いて見える……が、鱗の尾が居心地悪そうに(せわ)しなく揺れていた。 言葉の節々に知性を感じさせる彼女は理性的であり、確かに部族の代表なのだろう。 だが、だからこそ先程の行動に説明が付かない。

 

 リザードマンに伝わる謎の儀式か何かだろうか?

 

 いや、そんな話はザリュースからもシャースーリューからも聞いていないし、緑爪(グリーン・クロー)族の集落でも、そんな対応はされなかった。

 

 まあいい、とクサダはかぶりを振る。

 

「なるほど、アルビノだから真っ暗んトコにいんのか」

「はい。 日光を長時間浴びると、私の肌は火傷をしたように爛れてしまうのです。 強い光を見ると目に痛みも走ります」

「ふーん……」

 

 腕を組んで少し思案したクサダは、自身のインベントリー空間へ手を突っ込む。 突然手首の先が黒い渦へ入り込み、消えてしまった事に目を丸くして驚くリザードマン両名。 そして、渦から引き抜かれた手中には、なにやらチューブのような物が握られていた。

 

 ポカン、と呆気に取られている2人を差し置いて、クサダはキャップを外し  

 

 

 

 ブッチュゥゥウウ~~ッ、と。

 

 

 

 白濁し粘ついた液を、まるで苺に練乳をかけるかのようにクルシュの脳天へブチ撒けた。

 

「ギャァァアア! 何これ!? 何なのよこれ!?」

 

 絶叫するクルシュ。 白濁液をデローンと垂らしながら。

 

「何って……日焼け止めだよ。 シャルティアの私物に化粧品セットがあってな、少し分けてもらったんだ」

「日焼け止めぇ!? だからって頭から被らなくてもいいでしょぉ  !?」

 

 クサダのワケの突飛な行動に、パニックを起こしたクルシュは涙目で訴える。 尻尾で床を何度も打ちながら、渋々と言った様子でクリームを塗り広げ  

 

「背中にゃ手が回んねーだろ。 だから〜〜ホレ」

 

 ザリュースに、日焼け止めを投げ渡すクサダ。 悪っるい顔をして 「()()()()()()」 と言い放てば、鏡に写した様に2人は慌てふためく。 そして、青臭ぇなぁ! と、腹を抱えて笑うのだから始末が悪い。

 

 大体クサダのせいで紆余曲折を挟みながら、つば広の帽子や薄手の長手袋などを装備したクルシュは、日傘を受け取り外に出る。

 

 強い日差しに目を細めるクルシュ。 だが、鉱物由来のサン・スクリーン剤は惜し気も無く効力を発揮し、強い紫外線を反射して皮膚に通さない。 対策無しで陽を浴びれば、ものの数分で火膨れが浮くであろう肌は、まるで変化しなかったのである。

 

 さらに、短い波長の光のみ弾き返すコレは、赤外線などの長い光はそのまま通す。 よって、陽光の暖かさは変わらず感じられるのだ。

 

 最早安心感すら感じられる効果に、クルシュは「凄い」と短く呟いた。

 

 クサダに連れられ少しの距離を移動すると、盛り上がった土が中洲の様になっている場所にパラソルが開かれ、丸テーブルと椅子が置かれていた。 先客は3人。 求人活動を終えたアインズ達だ。

 

「やっぱりよぉ、メシは外で食ったほーが美味く感じっからな……こっちがスズキのカルパッチョ。 で、コレがマグロのタルタル・スパイシーガルムソースだ」

 

 『タルタル』とは、新鮮な生肉を挽肉にし食べ易くした料理であり、ハンバーグやソーセージなどの挽肉料理の原型だ。

 

 今回は牛肉の代わりにマグロを挽いた。 生臭さがあるが強烈な旨味のある魚醤(ガルム)を醤油の代用として使い、アクセントに擂り下ろした山葵(ホースラディッシュ)を添えたモノだが……まぁ、一言でいうとネギトロだ。

 

 テーブルに料理を並べ、クサダは椅子に座るようザリュースとクルシュに勧める。

 

 2人が着席すると、アインズは湯呑みを置き「そちらの方は?」と問いかけた。 すると、ザリュースが間髪入れずに答える。

 

 

 

「嫁だ」

「違うわよ  !」

 

 

 

 先程のやりとり  日焼け止めを塗る『前』の出来事も含めて  によって、ザリュースの頭は予想以上に茹だっていたようだ。 クルシュに全力で否定されると、多少冷静になったのか口を紡ぐ。 なお、今頃恥ずかしくなって来たのか、2人とも俯きながら尾で地面をバシンバシンと叩いている。

 

 ワケが分からない。 と、味わい深い表情を浮かべているアインズへ「政略結婚的なヤツらしい」と説明し、クサダは珈琲を1口。 文明化された苦味に舌鼓を打つ。

 

「時間がもったいねーから俺が説明すっと、彼女が此処の代表で  

「あっ、も、申し遅れました。 クルシュ・ルールーと申します」

「これはご丁寧に。 モモンです」

 

 お互いに座礼を交わす。

 

「ヘイ、かしこまった席でもねーんだ。 挨拶はそのくれーにしてよぉ、さっさとメシ食っちまいな」

 

 クサダに促され、慌ててフォークを手に取るクルシュ。 陽の光の中で食事など、何年振りだろうか。

 

「にしても、あんな真っ暗な場所で食事とかどんな罰ゲームだよ全く。 便所飯じゃあるまいし……うん?」

「どうした、ドク」

「ああいや、ちっと気になった事が……なぁクルシュ。 オメーあの暗さで普通に暮らしてたんだよな?」

 

 フォークを咥えながら目を剥いて固まっていたクルシュに問うと、少し置いて我に返った彼女から、肯定の返事が来た。 リザードマンは種族的に、闇を見通す目を持つとの事だ。

 

「うーむ、そいつぁーおかしいなぁ」

「そうなのか?」

「ああ。 アルビノっつーのは、生まれつき重度の弱視なんだよ。 光を受け止めねぇといかん網膜に、受け止める為の色素が無いんだからよ」

「成る程。 ガラスのように透過してしまうワケだな」

 

 つまりクルシュは見えないハズの目で物を見ている事になる。

 

「虹彩(黒目の部分)に血が透けて赤く見えるほど重度のアルビノなら、昼は眩し過ぎだわ夜は何も見えんわで、正直やってらんねーだろうに……ううむ」

 

 物理的には盲目に近くても、もっと別の方法で視覚を得ている可能性が大であり、そして此処は魔法のある世界だ。 ()()()()があってもおかしくないし、アインズに至っては目玉自体存在しない。 不思議である。

 

 どのような構造になっているのか解剖して見てみたい……が、腑分けした程度で遺伝子の塩基配列が読めるハズも無し。 いずれ研究所(ラボ)を建ててやる、と心のメモに書き加えつつ、今は棚上げしておく。

 

「アルビノの自然発生確率は、大体20万分の1。 パーセントだと0.0005%くれーだな」

「ふうむ、SSRガチャ以下か………」

 

 アインズの持つ感想が廃人のソレだが突っ込まない。

 

「ドク殿、遺伝はするのだろうか?」

「うんにゃ、基本的にアルビノは劣性遺伝だから、子供に遺伝する事はまずねーさ……動物実験用のマウスなど例外はあるけどな。 だが、マイナス同士の掛け算がプラスの答えになるよーに、孫に遺伝が現れる可能性はある」

 

 ピンと人差し指を立て、クサダは締め括る。

 

「コイツを『隔世遺伝』と言う。 子が親よりも祖父母に似る事が多い理由が、コレだ」

「覚醒遺伝……」

 

 言うと思ったぜ。 お約束のセリフを呟くザリュースに、クサダは半目になって呆れる。

 

 しかし、あながち的外れとも言えないのがもどかしい。 突然変異よろしく、何らかのパワーに文字通り覚醒したから、副作用のように何らかの作用で白くなった可能性もある。

 

 実世界(むこう)で常識や真理とされて来た事が、異世界(こちら)で通用するとは限らない。 言葉にすると簡単だが、先入観のせいでコレが中々受け入れ難い。 消去法での判断が難しくなっているのだ。

 

 ただ、全く役に立たないワケでも無く、どちらかと言うと……新しい法則だとか作用とか、+αが存在する感覚に近い。 まるでバージョンアップかダウンロードコンテンツでも入れたゲームのようだ。

 

「ま、なんだ。 もし産まれた子供までアルビノだったら、高い確率で新種っつー事だな」

「ほほう、新種か……! それは、つまり、レアだな」

 

 低確率かつ新キャラという、コレクター魂をダブルでくすぐるクルシュの存在はアインズにとってドンピシャだったらしく、ついつい遠慮の無い視線を投げかけてしまう。

 

 だが、当の本人は顔を両手で覆って、「子供…子供……ザリュースとの子供。 ……ああ、でも、ダメよそんな事」と何やらブツブツ言っていてソレに気が付いていない。 朱の瞳(レッド・アイ)族取り込みの為この集落へ来たが……この様子なら放っておいても如何(どう)にかなるだろう。

 

 リザードマンとて家族の絆は強いものだ。 原始的な社会なら尚更に。 一族の代表であるクルシュと、族長の弟たるザリュースが()()()()()、単なる利害関係上の同盟よりも強固な関係が築けるだろう。 想像以上に上手く行った事に、クサダは満足そうにマグカップを干した。

 

 こうして、朱の瞳(レッド・アイ)族の取り込みは滞りなく進んだ。 湖にあるリザードマンの部族4つの内、半分はシャースーリューが受け持ったので、コレで残すは後1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 異変に最初気付いたのは、集落の外に居たロロロであった。

 

 大好きな主人に 「此処で待っていろ」 と言われ、言い付け通り昼寝をしたり空を流れる雲なんかを眺めたりして過ごしていた彼女は、バシャバシャと水の跳ねる音に目を覚ます。

 

 なんの音だろう? 暇を持て余した彼女は、何の気無しに長い首を持ち上げて音のする方向を見る。   そして、疑問はスグに解けた。

 

 こちらへ近付いてくる影が複数。 数人のリザードマンがこちらへ向かって来ている所だった。 水の跳ねる音は、彼等の足音だったのだ。 その数、十数人。 1人だけ異様に体格が良く、右腕だけが妙に太い左右非対称なリザードマンがいた。

 

 彼等は全員武装しているが、野生のモンスターなどに出会う事を考えれば不思議ではない。 むしろ持っていて当然と言えるし、狩りや漁の帰りなら銛などを持っていて当たり前の話だ。

 

 彼等は近付く。 集落の方角へと、真っ直ぐに。

 

 どうするべきかロロロは迷う。 彼等が敵対種族のトードマンだったら威嚇して追い払えばいし、ここが緑爪(グリーン・クロー)族の集落だったら見覚えの無いリザードマンは余所者として警戒すべきだ。 だが、ここでは自分こそが余所者なのだ。 どうすべきか判断が付かない。

 

 やがて、鎌首をもたげたロロロの見ている先に見張りが気付き、集落が慌ただしくなる。 どうやら彼等は、この村の者ではなかったようだ。

 

 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた太い右腕のリザードマンは、そのまま村へと近付き、ロロロの側を通り、門前で大きく息を吸い込みこう言った。

 

「俺は竜牙(ドラゴンタスク)族の長、ゼンベル・ググー! なんだ? 族長自ら来てやったってのに、出迎えも無しかよ?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「お前か、珍しい技を使って器用に魚を美味くしちまうって人間は」

「あん?」

「漁師の間でスゲェ噂になってるぜ?」

 

 鰐に似た姿をしたリザードマンは、アインズ達の姿を見つけると無造作に歩いて来て、言った。

 

 どうやらアインズ達の存在は既に、噂好きな漁師達の間で話題になっていたようで、せっかちな竜牙(ドラゴンタスク)族の族長  名をゼンベルと名乗った  が自らの目で確認しに来たらしい。

 

「まぁ、確かに美味ぇ……が、なんだ。 こんなショボくれた技じゃあ負けを認めるワケにはいかねぇ。 お前らに手を貸すにはもっと漢らしさがねぇとな」

 

 ゼンベルはテーブルに並んだ料理を勝手に摘み、フンと鼻を鳴らす。 素材そのものの旨味を感じるように作られた料理では、肉体派の彼は納得できなかったようだ。

 

 クサダは粗野に振る舞うゼンベルをチラと見ると、マグを置いて舌打ちを1つ。

 

「漢らしさ、ね。 ……あのレシピはやりたくなかったんだがな」

「あるのか、ドク殿? 竜牙(ドラゴンタスク)族の長を納得させられるだけの料理が」

「ああ、あるぜ。 スゲェ簡単に作れて、それでいて旨いレシピが……よ」

 

 クサダは席を立ち、そしてものの10分で戻って来た。 その手には1つの(ボウル)があり  それを机に叩きつけ、クサダは短く「漁師飯だ」とだけ言った。

 

 ボウルを覗き込めば、新雪のように輝く白い粒の上に、様々な種類の刺身が整然と並べられている。 透き通った身の魚や、紅玉(ルビー)の様に深みのある赤。 真珠の如く真っ白なモノもあれば、キラキラと光を反射する銀もある。 そしてその上に浅葱色の良い香りがする葉と、黒い紙に見える海藻を加工したものが刻まれ、振り掛けてあった。

 

 クサダの言う『漢らしい料理』とは、1つの皿  ドンブリだが  で様々な味が楽しめる『欲張りな』モノなのだろうか。 いやそんな事はないハズだ、と違和感にザリュースは首を捻る。

 

「成る程、見た目は良いな。 だが、要は味だぜ」

 

 ゼンベルはクサダの説明通り、味付け用に用意された『めんつゆ』なる芳醇な魚の匂いがする黒い汁へ、香辛料の一種と言っていた山葵(わさび)の摩り下ろしを加えた。 そこへ卵黄を落とし、ある程度混ぜたら丼全体に回し入れる。

 

 芳醇な香りがザリュースの鼻腔を刺激し、先程食べたばかりだと言うのに唾液が溢れ喉が鳴る。

 

 離れた場所にいるザリュースですらこうなのだ。 目の前からマトモに香るゼンベルはさぞ……と思いきや、彼は非常に真剣な表情を浮かべている。

 

 準備が終わったゼンベルは、匙を使い一口頬張ると、言った。

 

「……味が薄い」

「食い方が違ぇ。 上品に匙で掬うんじゃあなく、カッ込むんだよ。 下品にな」

 

 チラとクサダを一瞥したゼンベルは、丼を持ち、口を近付け、言われた通り流し込むように頬張った……その時であった。

 

 ゼンベルは目をカッ開き、口一杯に広がる魚の旨味に驚愕する。

 

(そうか……味を薄くしたのはこの為か。 確かに濃い味付けじゃあ一度に沢山食えねぇからな)

 

 味が薄く、だがそれ故に大量に頬張る事の出来る濃さ。 控えめとは言え、麺ツユの塩気は口一杯に広がると、しっかりと感じる事が出来た。 さらに、塩の尖った味が出汁(ダシ)の旨味と卵黄のまろやかさにより柔らかくなっている。 かと思えば、山葵の刺激的な香りが鼻と舌を時間差で攻めて来るのだ。 ソレはまるで旨味と刺激の波状攻撃であり、常に新しく新鮮な味が現れる連続攻撃であった。

 

 様々な種の魚介で構成されたボウルは、一口毎に味を変え全く飽きさせなかった。 多種の魚介それぞれが味も触感も違う刺身だからだ。 口一杯に含んだソレは、数回噛んだだけで喉をスルリと落ちて行く。 水気をたっぷり含んだ飯粒が、口の中でほろほろと崩れ、自ら喉を突き進むが如く胃の腑へと突撃して行くのだ。 名残惜しいと思う間も無く飲み込んでしまうが、それ以上の幸福を喉を通る度に感じた。

 

 まるで(むさぼ)る様に料理を一息で平らげたゼンベルは、静かにボウルを置き、言った。

 

 

 

「ウマいッ!」

 

 

 

 絶叫である。 心の底からの絶叫である。 それはもう、爆声と共に飯粒がブッ飛んで行くくらいの絶叫だった。 そして、視界の端で、クルシュが飛散する飯粒を全力回避していた。

 

「ドク殿。 先程、この料理は作りたくなかったと言っていたが」

「ああ、それね」

 

 ブチ切れたクルシュがゼンベルに罵詈雑言を浴びせかけているのを脇目に、クサダは肩を竦めて言う。

 

「あんま生食して欲しくねーのよ。 食中毒とか~寄生虫……特にイカや青魚にはアニサキスとかが居っからさ。 ま、1度冷凍すりゃ死滅すんだけど」

「アニキ……」

「アニサキスな。 兄貴刺すのは間違いだ、って覚えときゃいい……この虫、胃酸から逃れようとして胃に噛みつくから相当痛いらしいぞ?」

 

 サッと胃のあたりを押さえるザリュース。 腹痛にのた打ち回る所を想像してしまったのか、青くならない顔の代わりに尻尾が痙攣するように震えている。

 

 寄生虫症は、細菌による感染症よりも予防しやすい。 だが、それは『比較的』であって、油断すれば先進医療の整った国でも容易に罹患してしまう食中毒だ。(食事によって健康を害する事を食中毒と言うので、青酸カリを盛られたからだとしても死因は食中毒となる)

 

 予防法としては、適切に農薬を使用する。 調理前に材料をよく洗浄する。 中心温度が65度以上になるまで加熱する。 48時間以上冷凍する。 そもそも家畜などに感染させない等の方法がある。

 

 しかし、衛生環境が悪い発展途上国などでは予防もままならず深刻な健康被害が出ていたし、先進国であっても狩猟肉(ジビエ)料理ブームによって感染が広がってしまうケースがあったので油断できない。 むしろ、寄生虫症が身近な存在でなくなったゆえに重症化する場合すらあるのだ。 ……まあ、野生の獣は軒並み絶滅したが。

 

「それに、あの丼は材料を皿に盛っただけだからなぁ……ありゃー材料がウマイのであって、料理がウマイんじゃあねぇ。 材料もほぼ持ち込みだし」

 

 ザリュースは料理などした事がないのでピンと来ないが、要するにプライドの問題なのだろうと理解した。 味が良ければ構わないのでは……と思うが、まだクサダは口を尖らせて不満を漏らしている。

 

 やがて、クルシュの怒りも収まった頃に、ゼンベルがクサダに軽く頭を下げて言った。

 

「堪能させてもらったぜ、人間。 あの一皿こそが男の料理だ」 ゼンベルは不敵に笑う。「素早く作れ、食い終わるのも早く、たった一皿で全てが完結している。 まさに忙しい男のための食い物だな」

 

 腕を組んで、うんうん頷きながら、いかにあの丼が素晴らしいかを語るゼンベル。 ユグドラシル金貨数枚で生み出せる、たかが30LV程度の食材だったのだが……相当気に入ったようだ。 組織に入社したら又食えるのか~だとか、次に食えるのはいつ頃になるのか~としつこく質問してきたので、「査定で良い成績がでたら賞与(ボーナス)で食えんじゃねぇの」 と適当に言った。

 

 こうして、朱の瞳(レッド・アイ)族と竜牙(ドラゴンタスク)族は、シャースーリューが提案した蜥蜴人連合に加わる事となったのだった。

 




 著者・丸山くがね先生が、リーダー格のキャラは(1人を除いて)総じて頭良いですよ、と言っていたので、INTマシマシに書きました。
 なお、書けてるかどうかは別の模様。

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