アインズ「AOG合資会社は人員を募集しています。 入社すると美味しい料理が食べられます!」
クルシュ「ウンマーイ!」
ゼンベル「ウンマーイ!」
蜥蜴人ズ「入社します!」
現在のナザリック生産物
・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント
ナザリックは売りました
セメント → 王国
食用油 → 王国
果物 → 王国
鉄材 → 王国
??? → 法国
ナザリックは買いました
法国 → 生ゴム
夕刻……と言うにはまだ早い、日が傾きかける辺りの時刻。 クルシュとゼンベル、そして2つの部族から供回りを何人か引き連れ、アインズとザリュースは
そこにはスデに会合を終えたシャースーリューが帰還しており、ひょろりとした体格のスーキュ・ジュジュ族長と、骨をそのまま身に纏ったような鎧を着ているキュクー・ズーズー族長が集まっていた。
「よくぞ来られた
「シャースーリュー……ほぉ、お前が司祭の力を使いながら戦うことのできる戦士かよ。 相当ヤるってぇ噂だがな?」
「……
野獣を彷彿とさせる笑みを浮かべながら、ゼンベルが無遠慮に闘志を剥き出しにして言った。
「でよぉ……早速っちゃあなんだが、ちっと戦わねえか? 最初に白黒つけといた方が、何かと良いだろ?」
「フフ。 悪くない、と言いたいところだが
「……なんでだよぉ」
「まずはザリュースからの報告が先だな。 客人であるモモン殿達を待たせる事になってしまう」
視線で促されたザリュースは、訪れた2つの部族両方がAOG合資会社の求人に前向きである事と、隣にいるアルビノのリザードマンが自分の惚れたメスである事を話した。 その報告にシャースーリューは大いに喜び、一言「面食いめ」とだけ感想を
その後、スーキュとキュクーへ、なんだか恒例になってしまった料理を振る舞う。
「魚食べて惨めな気持ちになったのは……初めてだね」
「おい、しー」
そろそろ準備するのが面倒臭くなって来たので、クサダが選んだメニューは天ぷらだ。 殆どのリザードマンは白身魚や小魚の天ぷらに舌鼓を打っているが、やはり個体差 好みがあるようだ。 クルシュは海老を使ったかき揚げが、シャースーリューは磯の風味が香ばしい磯辺揚げを気に入った様であり、ゼンベルに至っては、つい先程食べたばかりだと言うのに天丼をモリモリと平らげていた。
そして、食事会が宴会に変わるのに、然程時間はかからなかったのである。
ゼンベルが盃を掲げ、言う。
「おうおう、飲めや歌えや踊ろうや! 今日は祝って然るべき日だ! 美味ぇサカナがあんのに、酒が無ぇなんざ我慢出来やしねえ。 そうだろ!」
「おおー!」
「酒を配れや野郎共! 所詮、尽きねえ酒だ。 ケチんじゃねぇぞ!」
ざぶり、ざぶり。 壺、と言うよりか最早
ちなみにクサダは、同じ至宝であるフロストペインを「微妙」と切り捨て、キュクーが装備している鎧も「いくらハードが優秀でもソフトがダメなら大無しだろうに」との評価を下した……のだが。
1つだけ、クサダに「ヤバイ」と言わしめたものがあった。
ゼンベルが持ち寄った酒の大壺である。
「な……ちょ、オイオイオイ、今のは俺の聞き間違いか? 酒を……酒を無限に生み出す……?」
「ああ、そうだぜ。 まぁ、旅した時に飲んだあの……ドワーフが作った酒にはイマイチ味は劣るがよ。 なぁに、蜥蜴人は質より量なんだよ! 飲めて酔えりゃ良いのさ……なあ!」
木の実の殻を半分に割って作った盃を掲げ、ゼンベルが同意を求めると、周りの蜥蜴人も乾いた笑いを上げて同意した。 無料とは言え、どうせ飲むなら美味いほうが良いのはどの種も同じなのだ。
しかし。 発酵臭のキツイ酒を囲み、微睡みと酩酊に舌鼓を打つ中で、狼狽える者が1人いた。
「ば、かな。 そんな事……あり得ないだろ……いや、むしろ何故そんなモノがこんな所にあるんだ……?」
「それ程驚く事だろうか、ドク殿。 このような…とは行かないが、伝説のマジックアイテム、となれば
そう、レアなマジックアイテムに限れば珍しくない。 ナザリックの収支は、そのようなマジックアイテムによって拠点維持費 通称家賃 以外を賄う仕組みであるし、そうで無くともクリエイト系の魔法を使えば水も食料も、魔法の城に好みの家具まで全て作り出せる。 MPと引き換えに、簡単な錬金術材料も生み出せるばかりか、武器そのものだって 使い捨てだが 召喚出来るのだ。
実際、エ・ランテルには巨大なマジックアイテムが水源として機能している。 近くに水源となる川が無く、山から雪解け水を上水道のように引くインフラも整っていない城塞都市が、何故渇きに殺されないかの答えがソレだ。
日々の暮らしを、ちょっとだけ楽にしてくれる生活魔法。 そして、作成に莫大なコストと労力が必要だが、ソレに見合った恵みをもたらしてくれるマジックアイテム。 劇的に変えてくれるワケでは無いが、ほんの少しの変化でも貧しい自分達には有難い と、
「はぁ!? 何を言ってるんだザリュース! アルコールだぞ、わからないのか!?」
目の前の現実が信じられないと言った様子で、クサダはザリュースの肩を掴み、叫ぶ。 お前は本気で言っているのか……本当に理解していないのか、と。
「ア、アルコ……な、何?」
その答えがコレだ。 突如豹変したクサダのことばに目を白黒させるだけで、言われた言葉をそのまま聞き返す。 無から有を生み出す理不尽さだけで無く、アルコールの意味すら理解していない。 彼らの中で、この壺は常識になってしまっている。
「糞が、事実かこれは! これだから魔法は理不尽なんだ……!」
頭を掻き毟りながら、クサダは焦りを隠し切れず狼狽する。 それはザリュースが初めて見る、クサダの余裕の無い姿であり、アインズも同様であった。 常に余裕の態度を崩さず、全て計画通りだと笑っている普段とは、全く違ったのだ。
「これだけか? 生み出す系のマジックアイテムは他に存在しないのか……? いや、すると考えて行動しなければ……!」
ゾッっとした。 正しい意味でゾッっとしたのだ、クサダは。 まるで、いつのまにか薄氷の上を歩いていた事に、ふと気付いたかのようだった。 何の気無しに足元を見たら、奈落の底が口を開けた崖っぷちに立っていたかのようだった。 音も無く、背後に必死の猛獣が迫っていたかのようだった。
原始的な採取狩猟生活を送るリザードマンには、思ってもみない事なのだ。 質こそ良くないが、日々の疲れを潤してくれる酒を無料で生み出してくれる便利な壺……としか、思っていない。 水車や風車を使って、自然からエネルギーを取り出している位の感覚。 あって当たり前の日常。
だからだろう。
酒なんて、呑んでウェーイする為
エタノール。
日本語で酒精と称するこの物資は、6つの水素と2つの炭素、そして1つの酸素を持つ。 エタノールを脱水処理 水素2個と酸素1個を分離 すると、
エチレンは石油化学の重要な原料である。 石油化学製品のほとんどがエチレンを出発原料にしているくらいに。
そして、分子を鎖のように繋ぎ合せる事を
そう、人間が人工的に生み出した高分子『ポリ・エチレン』ですら製造出来る。 さらに、伸縮性に富んだビニールでさえも。 塩素を加えれば塩化ビニルに(塩ビ)。 絹のようにしなやかで、鋼鉄よりも頑丈なナイロン。 さらに、高度な技術と多くの段階を踏む必要があるが、熱にも酸にも強いポリエチレンテレフタラート……いわゆるペットボトルの材料も生み出せる。
もし、この壺が
壺の存在を知った米・露・中・欧はどのような反応を示すだろうか?
1カ国だけが独占出来るとしたら
石油に代わる資源の産出は、産油国にどの様な影響を与えるだろうか?
おそらく……いや『確実』だと確信を持って「
ローリスク・ハイリターン
アインズが壺の価値を問えば、クサダはこう答えるだろう。
無尽蔵のアルコールがあれば、燃料も、樹脂も、ゴムも、医薬品も手に入る。 生み出す事が出来る。 祖先の日本がかつて、苦難に喘ぎ身を破滅させる原因となり、それでも手に入れられなかった戦略資源のいくつかは、このちっぽけな壺から文字通り
確かに、加工するのに高い技術力が必要になる事だろう。 道具を作る道具すら
だが、いずれ来る未来だ。 と、
(あ…危な………かった!)
クサダは胸を撫で下ろす。
何故、こんな起死回生のアイテムをリザードマンのような弱小が所持しているのかは知らないが、敵対組織……特に他ユグドラシルプレイヤーに渡る前に確保したのは幸運だった。
仮に、他の組織と同時期に発見したとしたら、全面抗争に発展してでも確保するか……湖ごと消し飛ばしてでも破壊せねば成らない所であった。 また、リザードマンとのファーストコンタクトが上手く行かなかったり、敵対する道を選んだとしても同じ事になったろう。
過去に同族同士で大きな争いが起こり、大量死した経験があったのも上手く働いた。 言外に「このままでは
まだ、致命的ではない。 むしろ危機を回避出来たのだと結論付けたクサダは、静かに深呼吸を一度行い、頭のスイッチを切り替えた。
そこでクサダは、蒸留すれば酒精の強い酒を飲めるようになるぞと誘う。 そして、しかし大きい設備が必要で作業も難しいから
幸か不幸か、ほろ酔い状態だったゼンベルは、クサダの提案と甘言にあまり深く考えずに了承してしまう。 そして、酒の大壺を奪われてしまうのだった。
しばらくして日は沈み、宴もたけなわとなった頃。
「よう、鎧の。 モモンとか言ったか?」
のし、のし。 と言う擬音が似合いそうな歩みで、酔っ払いのゼンベルはアインズへと近付き、言った。
「なぁ、ちっとやりあわねぇか?
絡み酒なのだろうか。 挨拶廻りがひと段落し一息吐いていた所であったアインズへ、意図してか偶然か 彼はいわゆる脳筋なので多分偶然 挑発混じりの誘いをかけるゼンベル。
アインズは、不敬だ無礼だと殺気立つナーベラル及びユリへ「よい」と一言。 落ち着かせる。
「既に酔っているようだが?」
「なあに。 ハンデだよ、ハンデ」
再び陽炎のように殺気を発し出す2人を片手で制し、アインズは大仰に両手を広げ
「良いだろうリザードマン。 その勝負、受けて立とう。 だが、あのような啖呵を切ったのだ……
そして、勝負が始まった。
十五分後。
「ううっ。 そ、そんな馬鹿な……こんな、俺より2回りも小さいヤツが、こんな……」
「フフフ、どうしたゼンベル。 まだ始まったばかりだぞ? それとも、ハンデが必要だったのはそちらの方だったかな?」
ゼンベルの苦痛に歪む顔を正面に捉え、微笑と意趣返しでもって挑発するアインズ。 痛む頭と吐き気を堪え、ゼンベルは必死になって右腕を上げようとするが、まるで自身の身体が別人のモノとなったかのように言う事を聞かない。 そればかりか、今すぐ地に横たわり眠りたいと訴えて来る。
しかし、ゼンベルは諦めなかった。 気力を振り絞り、嫌だ嫌だと駄々をこねる身体に鞭を打つ。 震える右腕を気合いで持ち上げ
「うっ、ぐ! ぶふぉ!」
……たのだが。 あと少しという所で、ゼンベルは後ろにひっくり返って倒れた。
眼前に倒れ伏す敗者を冷たく見下ろし、アインズはゆっくりと……そして悠々と、勝者である証の右腕を掲げたのだった。
「モモン様の勝利です!」
ニヤケ顔のナーベラルが勝利宣言をすると、観戦していた野次馬からワッと歓声が上がった。 畏敬と賞賛の声を一身に浴び、高く挙げられたアインズの右手には、空のショットグラスが篝火の光を受けてオレンジ色の光をキラキラと反射していた。
「ううっ、ぷ。 ま、まだだ! まだ俺は、負けてない、ぞぉロロロロロ」
汚辱、と言うかゲロまみれのゼンベルはフラフラと起き上がって言った。 と言うか吐いた。 だが、この勝負、何処からどう見てもゼンベルの負けである。
何の勝負か? 一言でいうと飲み比べである。 アインズ達の周囲には空のボトル スピリタス・alc98%と書いてある が散乱しており、同時にグレープフルーツの皮も大量に放置されていた。 経過した時間と、開けられたボトルの数から、相当なハイペースで戦いが繰り広げられていたのがわかる。
勝負の方法は、こうだ。
ショットグラスに注がれた酒を一気に煽る。 すると尋常じゃなく喉が乾くので、グレープフルーツを囓る。 コレが非常に美味い。 例えるなら、砂漠のド真ん中で干からびかけている状況で飲んだコップ一杯の水、ってくらい美味い。 だがしかし、これはアル中まっしぐらの呑み方なので決してオススメしない。
勝ち目? そんなモノは無い。 アインズはアンデッドであるし、装備したスライムも種族特性による毒無効持ちだ。 アルコールが喉を焼く感覚は味わえるが、酩酊する事は出来ない。 つまり、ゼンベルは勝ち目の無い勝負を自分から吹っかけ、勝手に負けたのである。
ゼンベルはこの後、自らの愚かさの代償として後悔の念に……というか二日酔いに苛まれる事だろう。 南無。
カツン。 と、音を立ててグラスを机に置いたアインズは、真新しい丸木椅子から立ち上がる。 喉から火が出るような酒をキュッと飲むと、見物していたリザードマン達から感心したような歓声が上がるので、つい長居してしまった。 そのせいか、先程からクサダの姿が見えないのだ。
(乳児より目が離せんからな、アイツは……)
なんと、うっかりクサダから目を離すと、話がトンデモない事になってしまうのだ。 実際、最初はこの湖に小さい製紙場をちょこっと建てるだけのつもりだったのが、今では何故かリザードマン連合から募集した人員で構成された子会社を建てる話にまで膨れ上がっている。
アインズは、無いはずの脳が痛みを発したような気がした。 これ以上話が膨らんでしまうと、自分の力では収拾が付けられないかもしれない。 いや、実際心の中で、ただの平サラリーマンでしか無かった鈴木悟の残滓が「無理だ」と全力で首を振っていた。
(話が早すぎるんだよなぁ……)
草地を歩いてクサダを探す。 さく、さくと、草地を踏む感触が心地よい。 天上を彩る主役は、スデに太陽から月に替わっており、青白い輝きと篝火の頼りない光が、ぼんやりと辺りを照らしている。 当然、闇を完全に見通す事の出来るアインズにはどれも必要ない光だが。
「ユリ。 ドクの姿が見えないが、何処へ行ったか知っているか?」
「いえ……お役に立てず、申し訳ございません」
「あーいい。 ちょっと聞いてみただけだ。 そう
無言で後ろをついてくる2人に聞いてみるが、2人とも知らないと言う。 2人も居るのだから
(っていうか、ユリもナーベラルも何で俺に付いてくるんだよ! 忠誠心からか? 忠誠心からなのか!? まさか、危なっかしいからとかじゃ無いよな!?)
当然といった表情で自然に付いて来られると、「もしや、子ども扱いされてるのは自分の方なのでは?」と不安になってくる。 どれもこれもクサダのせいだ、と責任転嫁し、アインズはキョロキョロと視線を彷徨わせた。
「モモンさ ん、本当によろしかったのですか?」
「ん? 何がだ、ナーベ」
「あのような下等生物に、至高なる方々の知識を分け与え働かせるなど……博士もどうかしています。 受けた恩も忘れ、何時か刃向かうのではと愚考します」
「ああ、その事か。 いや、私はそう思わんぞ」
アインズは辺りを見渡す。
現在この集落は、ナザリックから物資の提供を受け、お祭り状態だ。 そこら中で乾杯の声が上がり、焼酎を炭酸水で割った『サワー』又は『ハイボール』と呼ばれる酒を楽しんでいる。 コレに果汁などを絞り入れたモノが
「一度良い暮らしに慣れた者は、その後元の生活に戻るのが難しいそうだ。 今の暮らしを維持するために、精々頑張って働いてくれるだろうよ」
(って、ぷにっとさんが言って……いや、タブラさんだったか?)
「なんと……! そこまで御考えでしたとは……流石で御座います」
「ああ、うん。 ゴホン! では、さっさとドクを探すぞ」
しばらく進む。 少しずつ喧騒が遠くなっていき、泥酔したリザードマンの廃棄場へ差し掛かる。 その向こうに、ポツンと1つだけ光源があった。 目を凝らすと、1匹のリザードマンとクサダが焚火を囲んでいる。 背に大剣を装備している所から、シャースーリュのようだ。
(流石のドクトルも打ち止めか)
何をしているのか気が気ではなかったが、どうやらただ単に喧騒から離れてコーヒーブレイクしたかっただけらしい。 クサダの向かいにある、丸太を半月状に割って作ったベンチに腰を下ろすと、丁度淹れ上がったサイフォンから芳ばしい匂いが漂ってきた。
無地の白いマグカップを受け取ったシャースリューは言う。
「良い…香りだな」
「だろ? 文明の香りだぜ」
「文明、か。 よいものだな、文明とは……」
そして、一口啜るとソレっきり口を噤んでしまった。
なんとなく一人も喋らず、それゆえ沈黙が辺りを支配する。 だが決して苦ではない雰囲気だ。
時たま爆ぜる薪木。 名も知らぬ虫の音。 遠くから聞こえてくる笑い声。 木々の葉擦れ。 少し耳をすませば、決して静寂ではないと解る。
しばらくして、シャースーリューが口を開く。
「これで……良かったのだろうか」
「さあな」
独り言とも取れる呟きに、クサダは冷たく返した。
「誰にも『正しいコト』なんざ、わかりゃしねーよ。 それでも後になってゴチャゴチャ言う奴には、こー言ってやりゃあいい。 『もっと早く言え』ってな」
「はは、それはいい……」
ああ、なるほど。 と、アインズは得心がいった。
シャースーリューは不安なのだ。 突然、5つの部族に分かれていたリザードマンが手を取り合うコトになって。 また、ちょっとしたケンカが殺し合いの戦争に発展するような事が起こりはしないか、と。
薪木を燃やして沸かした湯で、ユリが緑茶を淹れてくれた。 ソレを受け取ったアインズは短く礼を言い、熱い茶を啜る。 すっきりとした渋みと僅かな甘みを感じ、温かさが喉を通りスッと消える。 胃が無いため体の芯がジワッと温まる感じはないが、骨の体で味を感じられるだけでも御の字だ。
それに、大自然の真っただ中で、貴重な木を燃やし作った湯で本物の茶を淹れるなんて、向こうでは考えられなかった。 アーコロジーに住む上流階級の、さらに上でも味わえない贅沢だろう。
(ブルー・プラネットさんが知ったら泣いて悔しがるだろうなぁ……)
なんとなくかつての仲間を思い返してしまい、懐かしさに胸が締め付けられるような感覚が起こり 鎮静化される。
思い出にケチを付けられたような気がし、アインズが少し気分を悪くしていると
「ああ、いたいた! 此処にいましたかドクさん!」
千鳥足のリザードマンが2人、肩を組んでやってきた。 酔っ払いだから空気を読まないのか、それとも最初から読めないのか。
「いやね、酒のつまみが無くなりそうでして。 そこで、あの~~何て言いましたっけ、あの漬物」
「あん? 酒盗のことか? さっき漬け始めたとこじゃあねーか。 アレは漬けるのに半年掛かるって最初に言ったろ」
「いやぁ~そうなんですがね、特別に味見させて貰った奴が旨い旨いと自慢するんですよ~」
「何とかなりませんかね、ドクさん。 このとうり!」
両手を合わせて拝み始めたリザードマンへ、これ見よがしに深いため息を吐き。 「しょうがねぇなぁ~」と、マグの中を空にしたクサダが席を立つ。 飛び上がって喜んだリザードマンにせっつかれ、懐にマグを仕舞いクサダは去っていった。
ようやく訪れた静寂。 小さくなる3人の背中を見ていたザリュースは、独り言のように問う。
「やはり、俺は間違っていたのだろうか」
「何がです?」
独り言など無視しておけばいいのに、何故かその時、アインズは聞き返してしまった。
「……俺は、思うのだ。 族長になるべきだったのは弟のザリュースだと。 ……
マグカップを満たす褐色に視線を落とし、シャースーリューはポツポツと語る。
「生まれつき、ただ力が強かっただけだ。 それだけの理由で、俺は族長の座に就いた。 ……弟のように何かを学んで来た訳でも、キュクー族長のように頭が良かった訳でも、ましてやドク殿のように器用でも無い俺が」
アインズには、何故悩んでいるのか理解できなかった。 原始社会において、力が強い者が組織のリーダーになるのは当然の事だからだ。 殴られたくなければ言う事を聞け。 要するに、ソレだけの事だ。
外敵が多く、医療も食糧事情も
だから。 不満があろうと、理不尽であろうと、例えソレが力付くで捩じ伏せるような野蛮な手段であろうとも、リーダーは無理にでも組織をまとめ上げなければならないのだ。 さもなくば、残酷な世界に
「もっと、他に、やりようがあった……ハズだ。 犠牲を出さない、方法が……」
ここでアインズは、ああそうか、と納得した。
似ているのだ、かつての仲間に。 ログインする度に愚痴を言っていた、ヘロヘロの空気に。 姿形、声も性格も違えど、疲れて苦労を語る雰囲気がそっくりだったのだ。
だからだろう。
ほぼ日課となっていた、聞き手としてのセリフが出てしまったのは。
「族長の立場。 つらいですか?」
アインズにそう問われると、少し驚いた顔をしたシャースーリューは短い間口ごもり、やがて歯を食い縛りながら血を吐く様に言った。
「…………つらい」
「そうですか」
短く答えたアインズの言葉に呆気に取られ、思わず苦笑いが溢れる。
「耐えろ。 とも、頑張れ。 とも言ってくれないのだな……モモン殿は」
「ええ、言いません。 私も拠点に帰れば同じ様な立場ですからね。 気持ちくらいは、まぁ、理解できると思いますよ」
「はは。 敵わないな、貴方には……」
アインズは焚き火から視線を剥がし、チラと見る。 身長2メートルを超す巨躯の彼は、丸太の椅子に座って背中が丸まり…どことなく小さく見えた。
シャースーリューは、ぽつりぽつりと話し始める。 それは、消え入りそうな独り言にも、助けを求める絶叫にも聞こえた。
「俺は……もう、聞きたくないんだ。 飢えた子供のか細い声も。 我が身の無力を嘆く親の呪詛も。 ……もう、たくさんだ」
褐色を抱えた器を一気に
「ほんと、偉い立場ってのは大変ですよね。 『頼る』側じゃなくて『頼られる』側なんですから。 多少良い服を着られて、美味しいモノを食べられても、代わりに背負う責任と重圧には全然つり合わない」
(まぁ……だからと言って代わって欲しいとも思わないし変えさせないが、な。 ナザリックを守るのは俺だ。 そう、俺しかいないんだ)
「俺も、モモン殿の様に聡明であったら……もっと上手くやれたのだろうか。 俺は、最近思うのだ……あの時、他に良い手があったのでは無いか、と」
あの時、とはリザードマン同士の戦いのコトだろう。
「間違えないヒトなんて居ませんよ。 正しい答えなんてモノも誰にも解らない……ドクも言っていましたが。 あるとしたら、それが多いか少ないかの違いだけです。 私だって、間違いだらけの生涯でしたし」
「モモン殿が? まさか。 冗談だろう?」
意外過ぎる言葉に、シャースーリューは調子の狂った声で聞き返してしまう。
「いえ、本当に。 部下達にもそう伝えてるんですが、なんか、こう、冗談か何かと思われてるのか…イマイチ伝わらないと言うか信じて貰えないと言うか……」
「は、はあ……」
虚空を仰ぎ、両手をワキワキ動かしながら言うアインズを見て (だろうな) とシャースーリューは思う。
今ならわかる。 モモンの部下は、信じたくないんだと。 もし、自分より遥かに優れた者でも失敗するのなら、自分がヘマをしなくなる日など永遠に来ない……そんな気がしてしまうから。
「いいかぁ、テメェら!」
そんな事を思っていると、唐突に響き渡るクサダの声。 見ると、座り込んだ沢山のリザードマンの前で、片手に持った棒切れを振り回しながら何か言っている。 演説でもするつもりだろうか。
「
クサダは棒切れを地面に突き立てる。
「
クサダは棒を引き抜くと、もう2本手に取りソレを紐で縛った。
「このように3本集まれば、お前等のチ◯ポより細い枝でも互いに支え合って自立する。 この
クサダは適当に選んだオスを指す。
「試しにお前の『竿』で吊って見せろ!」
「無理であります! 折れてしまいます!」
尾篭なジョーク混じりの演説に、ガハハと笑う声と沢山の拍手が巻き起こる。 笑い声の発生源はもっぱら、酔っ払いの戦士階級からで、メスのリザードマンは逆にドン引きしていた。
「中にはいるだろう。 太く短いヤツ、長く細いヤツ、曲がれず折れちまうヤツ。 確かにソレは欠点だ。 だが、見ようによっては利点でもある! 貴様ら役立たずの長所を見抜き、ガッチリ纏め上げる紐役は誰だ!」
「我らが族長! 偉大なる御方!」
「王を讃えよ! その名はアインズ! アインズ・ウール・ゴウン!」
「リザードマン万歳! 族長万歳! アインズ・ウール・ゴウン万歳!」
「様を付けんかデコ助野郎!」
「アインズ様万歳! アインズ様万歳! アインズ様万歳!」
「ブブッフ!」
突然担ぎ上げられたアインズは、飲んでいた緑茶を咽せた拍子に噴き出す。
(クッソあの野郎、調子に乗りやがって……)
放置し過ぎた、とアインズは後悔する。 クサダは放っておくと、このように必ず
恨めしげに睨み付けても、もう遅い。 興奮状態になったリザードマンの叫びは止まらない。 焚きつけるのが妙に巧いクサダである。
「よ、余計な事を……!」
「とんでもない事になったね。 これは責任重大だね」
「これーから、たいへーん」
ザリュースの自宅でキャッキャウフフしているクルシュと、その辺で寝ゲロしているゼンベル以外の3人が言った。
「うっ。 なんか…胃が……」
胸の下辺りを押さえるシャースーリュー。 ひっじょーに共感出来るアインズは、深ぁ~く頷いて。
「………わかる」
心のこもった声で、そう言うのだった。
AOG∩(・ω・)∩ばんじゃーい
・ポリマー について。
重合体「ポリマー(polymer)」と言うものは、何もプラスチックだけのものと言うワケではなく、むしろとてもありふれたモノです。
例えば身近なものに、セルロースがあります。 これは植物の繊維や細胞壁を構成していまして、原料はグルコース。 つまり糖ですね。 a型とb型とありまして、a型の糖が集まると澱粉などになり、b型が集まると繊維になっちゃうワケです。 逆に繊維を糖に分解する事も出来まして、コスト的に見合わないですが木屑から糖を生成する事だって(原理的には)できちゃいます。
また、植物だけでなく、動物もポリマーを利用しています。 アミノ酸が鎖のようにズラーっと繋がるワケですね。
さて、ポリマー(polymer)」と言うものの概念は、1923年ドイツのヘルマン・シュタウディンガー(Hermann Staudinger)が提唱したのが最初です。
しかし、当時最も有力視された学説は「未知の化学的な力により、小さな分子が集合体になった物であろう」と言うものでして、ヘルマンは対立します。
その後、コロイドを利用してシュタウディンガーは自らの説の正しさを実証する実験を繰り返し、そして成功を収め、1953年にノーベル化学賞を受賞しました。
さて、このようにして発展していった有機化学ですが、その中でもウォーレス・ヒューム・カロザース(Wallace Hume Carothers)と言う人物は有機化学、及び高分子化学、また化学工業の分野で多大な功績を残しています。 この人物は若干32歳にて世界最大の化学会社であるデュポン(DuPont)社へ招かれ有機化学部長のポストを得、さらに二十人以上もの助手を抱えるチームのリーダーを務めたモンスタークラスの科学者です。
彼が最初に研究したのはゴムからでした。 天然ゴムの構造を調べ、ソレに似た構造の樹脂を人工的に製造するのが目的でして、彼は天然ゴムの基本的な構造がイソプレンであり、ゴムとはイソプレンが重合し、連なった物。 もう少し化学的に言えば、イソプレンをモノマーとし、ポリマーとなったポリイソプレンがゴムである、と突き止めました。
【挿絵表示】
が。 しかし。 理屈の上では分かったのですが、コレが上手くいかない。
※現在は技術が進んでいますので天然に近いイソプレンゴムの合成は可能です。
そこで、カロザースはイソプレンではなく、これに類似したクロロイソプレンを原料とする事で解決します。
ただ、ポリクロロイソプレンはトランス型と呼ばれる構造(天然ゴムはシス型)をしており、硬くて弾性がない傾向がありました。 そこで硫黄を混ぜたり圧力を加えたりして改良した結果、1931年に「デュプレン(Duprene)」として。 後の1936年にさらに改良を受けて「ネオプレン(Neoprene)」と改名され、使い勝手の良いゴムとして販売されました。
【挿絵表示】
次にカロザースがターゲットに選んだのは人工繊維でして、これが世界初の完全人工繊維『ナイロン』の発明に繋がります。
ガロザースがまず始めに手本としたのは、生体成分でもあるたんぱく質を模した物、つまりたった20種類のアミノ酸より構成され、これらが連なる事で生じる「ポリアミド(polyamide)」と総称される物質でした。 そこから研究を進め、ポリエステルを合成する事は出来た……のですが、これが繊維としてはイマイチ。
そこで新発見をしたのが共同研究者の一人、ジュリアン・ヒル。 彼は、ポリマーをガラス棒の先にくっつけて引っ張ると、引っ張られたものは糸状の線維となりこれが外見上絹に似ていると言う事に気がつきます。
結果的に、ポリエステルは融点が低くて問題があると結論付け、彼らは「見込み無し」として、扱いにくいからと放置していたポリアミドの方を再び「引っ張り」出します。 そしてその物性は線維としてふさわしく、これによって彼らは望んでいた「絹に似た線維を作る」目的を達成しました。
【挿絵表示】
この、