ちょっと長くなっちゃいました。
あらすじ
しっこく「モ、モンスターがあんなに! 勝てっこない!」
ドクトル「ただのカカシですな」
アインズ「出番が!」
現在のナザリック生産物
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・バケツ数杯の硫酸
・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・やや少ない量の過燐酸石灰
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント
・無料かつ莫大なエタノール
・プロトタイプの農業機械
・MPが続く限りの塩酸
ナザリックは売りました
セメント → 王国
食用油 → 王国
果物 → 王国
鉄材 → 王国
??? → 法国
ナザリックは買いました
法国 → 生ゴム
夕刻前、カルネ村付近。 通常ならば、日が傾きかけた時点で野営の準備をしなければならない。 だがアインズ達は、ソレを無視しての強行軍により、日が低くなった頃には村を目視出来る距離まで到達した。
黒々とした土が真新しい、新しく開墾された ンフィーレアの記憶に無い 畑であろう場所には、カブっぽい根菜の苗が植えられていた。 村の近くの、以前からある畑には小麦が植えられているのが、青々と茂る様子から遠くからでも見える。 訪れたンフィーレアが幾度となく見てきた、夏のカルネ村の光景だ。 近付いて見れば、それは確信に変わる。
だが、ンフィーレアは、真新しい農地が増えていることに矛盾を感じ、首を捻った。 村が襲われた後だと言うのに、新しく農地を増やす余裕があるのだろうか。 もしかしたら、本当に襲われたのはカルネ村ではなく、何らかの聞き間違いか言い間違い……彼らの記憶違いの類なのではないかと思い始めた その時だった。
「ヘイ、そこの。 エンリちゃん居る?」
何の脈絡も無く、クサダは青々と茂る小麦畑に向かって、言った。 彼が唐突に奇行に走るのには多少慣れたとは言え、何も無い所に話し掛けるのには流石に驚く。
クサダが再度、呼びかける。 すると、小麦の穂が風も無いのにガサガサと揺れ
「また来たんですかい、兄ちゃん。 ……今度は何の用なんで? 邪魔しに来たんですかい?」
目立たぬよう、草や小枝で装備を隠蔽した亜人が顔を覗かせた。
それは
「なっ! い、いつの間に、こんな!」
「危険ですンフィーレアさん! 下がって!」
知らず識らずの内に至近距離まで迫っていたモンスターに、ペテル達は色めき立った。
雑魚の代表のような立ち位置のモンスターだが、奇妙な事にそのゴブリンの装備は手入れの行き届いた立派な物。 肉体に緩みは無く、短い手足には山脈のように
特に奇妙なのが、クサダとそのゴブリンが顔見知りらしく、お互いに武器を抜くでもなく会話している点だろう。 ここまで余裕の態度を取られると、咄嗟に身構えた自分が間違っていた気になるのだから不思議だ。
「今回はマジで仕事だよ。 後ろに居るあの、エロゲー主人公みたいな髪型した少年の護衛さ」
「えぇ……? えろげえって、何ですかそれ。 もう少しわかる様に言ってくれませんかね」
「いいじゃあねーか細けぇこたあどうでも。 つーかお前らこそ何で畑ん中潜って遊んでんだ?」
「一応隠れて見張ってたつもりなんですがね……」
「いや、生命探知にバリバリ引っかかってっけど」
バツの悪そうな表情を浮かべ、ゴブリンは身体中に巻いた偽装を無言で解く。 少ない手札の中から最良を選び実行したのに、アッサリ見破られた上に児戯に等しいとまで言われては、返す言葉もないのだろう。
「はぁ……もういいですよ。 姐さんなら、村の反対側で作業してやす。 そろそろ呼びに行くつもりだったんで、ついででいいんなら案内しますわ」
「ん、ソレでいーぜ」
会話の流れから、どうやら『姐さん』とはエンリを指すのだろうと思われた。 ルクルットは、敵であるハズのモンスターと普通に会話する事に強烈な違和感を覚えた。 そして、辺りをもう一度注意深く観察すると、自分達は知らない間に囲まれつつあった事を知り、下手に抵抗しない方が良いと判断した。
漆黒の剣一行は、騎乗ゴーレムから降りると、痛む尻をさすりながらゴブリンを追って歩き出す。 5時間近く乗っているので無理も無い話だ。
馬の様に
どこか気の抜けた雰囲気の中、ンフィーレアだけは落ち着きを欠いていた。 村に出来た真新しい防壁や、門を抜ける時に見た、所々焼け焦げた跡のある空家などが目に入ると、居ても立っても居られずエンリの名を呼びながら探し回りたくなる。
カルネ村は小さい。 大した時間も掛からず村の反対側に出る。
当然、ここにも畑が広がっており、青々と茂る夏の麦畑の中にポツポツと農作業に励む村人の姿がある。 どうやら雑草を抜いているようだ。
「エンリ!」
誰よりも早く彼女を見つけたンフィーレアが叫ぶ。 脇目も振らず駆け寄る彼の姿に、クサダが「若いねぇ」と言葉を漏らした。 同じ想いだったのか、ペテル達も感慨深そうに頷いていた。
「わっ、ンフィー?」 エンリは額に浮いた汗を拭い、言った。「どうしたのそんなに慌てて?」
「どうしたって……!」
ポカンとしている彼女を見て、ンフィーレアの肩から力が抜ける。 悪い方へ悪い方へと考えてしまっていた想像は、全て杞憂であったのだ。 だが、出鼻を挫かれてしまった為か、片想いの相手が無事だと知るや否や本心を伝えるのが急に恥ずかしくなり、好きな女が心配で持つものも持たずに来たと素直に言えなくなってしまう。
「い、いや、べつに大したことじゃあないんだけど、えっと、その……薬草! そう、薬草を採りに来たんだ!」
「そうなの?」
不思議そうに小首を傾げるエンリ。 そんな姿も可愛いなぁ、と考えているンフィーレアの背後で、クサダは「おいおい、そりゃ無いぜぇ~~!」と、肩を竦め。
「もっとこう…… 『良かった……心配したんだ、エンリ。 君の身に危険があったと聞いて、じっとして居られなくて……大切な君に何かあったら、そう思って僕は来たんだ!』 ……くらい甘ったるいコト言えよなー。 せめて手くらい握れよ反応悪く無いんだからさぁ~~ッ!」
「無茶を言うな、ドク。 ンフィーレア少年は思春期なんだぞ?」
「素直になれない年齢、と言う時期なのであるな」
「そうなのですか? 僕にはちょっとピンと来ませんが」
「いやー、青春ですねぇ」
「俺はナーベさんの為なら何でも出来ますよ!」
ルクルットがポーズを決めると、舌打ちが聞こえた。
とまあ、こんな感じで遠巻きに見つめながら、好き勝手言う一同。 既にンフィーレアの恋心はバレバレであった。 ちなみに、冒険者組合での一悶着から彼の恋心は、謎の女性『エンリ』に注がれていると、エ・ランテル中の噂になっている。
そんな事になっているとは全く知らないエンリは、聞いて当然の疑問を口にした。
「でもンフィー。 馬車が無いけれど」
「あ……」
強烈なクリティカルに固まるンフィーレア。
不味い流れだ。 このままでは色々とバレてしまうかもしれない。 最終的に、この恋心は伝える予定ではあるが、まだ心の準備が……覚悟が出来ていない。
もし、ンフィーレアの恋心を察したエンリが「ンフィーにはもっと相応しい人が 」だなんて、やんわり断って来ようものなら、ンフィーレアの心は再起不能のダメージを受けてしまう。 なんとか取繕わねばならない。
「あ、あんまり慌てて出て来ちゃったから、エ・ランテルに忘れて来ちゃったみたいだ。 い、いやーうっかり。 あ、あははは……」
「まあ! ンフィーったら、おっちょこちょいなのね」
「そ、そうなんだよ。 参っちゃうよね、はは、は」
ンフィーレアは、我ながら苦しい言い訳だなと思った。 しかし、疑う事を知らないのか……それとも興味が無いのか、エンリは言われたままをソックリ信じてしまった。 もしかしたら、普段からンフィーレアは何処か
夕刻、日没直前 エモット家。
「そう……そんな事があったんだ……」
エンリの自宅で、カルネ村に何があったのか全て聞いたンフィーレアは、その悲劇を我が身の事のように嘆いた。 亡くなられたエモット夫妻は素晴らしい方達であったし、幼くして両親を亡くしたンフィーレアとも深い繋がりがあったのだ。
ンフィーレアは激怒した。 表には出さなかったが。
ガゼフ戦士長を謀殺したいがためだけに傭兵を雇い自国民を襲わせた大貴族の1人が、裏切り者として処刑された事。 雇われ、卑怯にも帝国騎士の姿を装った上で村を襲った賊が、アインズ・ウール・ゴウンなる
それからもンフィーレアは、様々な事をエンリから聞かされた。
村を、圧倒的な魔力をもって救った
「あのねンフィー。 村は今、クサダさんから教えてもらった新しい技術を使って、あの時は渡せなかった謝礼をゴウン様に渡そうって頑張ってるのよ。 もちろん新しい事を覚えるのは大変だけど、それ以上に村の皆もちゃんとお礼がしたいって」
「へ、へぇー…そうなんだ……」
低い声が出ないよう、意識して相槌を打つンフィーレア。
村に訪れた、2人の男の話がエンリの口から紡がれると、彼の心臓は針で刺されたような痛みを感じた。 理由は理解している。 嫉妬しているのだ。 彼が焦がれる彼女の口から「凄い」の言葉が出て来るたびに『じゃあ、僕は?』と、ンフィーレアの精神は嫉妬の炎に灼かれてしまうのだ。
「でも、カルネ村で文字を読めて計算も出来るのは村長さんしかいなくて…… それで、今は私が代わりを務めてるんだけど……」
「えっ、エンリがかい? 代わってくれって?」
「うん……角笛も貰ってるし、ゴウン様と1番親しいだろうからって。 やっぱ変よね、私みたいな頭の良くない村娘が村長の代わりなんて」
「そんな事ないよ!」
ンフィーレアは思わず立ち上がり、声を荒げてしまう。 思い人を貶されて、黙ってなどいられない。 そう、それが例え、本人の口から出たものだとしても。
「……? うん、ありがとンフィー」
だがしかし。 哀れにも、少年の恋心による行動の真意は、彼女にまッッたく気付かれない。 それもそのはずで、エンリのような相手には、面と向かってストレートに想いを伝えねば届かないのだ。 経験浅き彼女には、相手の思いを汲み取り行動するなんて、高度な心理戦は不可能なのだから。
紆余曲折あった 殆どンフィーレアがハラハラしていただけだ が、エンリの話を聞いている内に、確信出来た事がある。
ドクトル・クサダ=ドクだ。
何故本名で名乗らなかったのかは、簡単に想像出来る。 偽名にしては安直過ぎるので、渾名なのだろう。 時系列を根拠に考えれば、根無し草だった彼が『ナザリック』なる組織に加入してから冒険者になったハズだ。
ンフィーレアは疑問に思う。 一体、彼は何者なんだろうと。 そして、そんな彼が何故、最下級冒険者などをしているのだろうと。
たった1発の魔法で、完全武装した騎士を殺す事の困難さは、ンフィレア自身第2位階の魔法を習得しているため推し量れる。 アインズ・ウール・ゴウンという
そして、そんな彼と同等の立場であるらしい、魔法ではない技術を知る謎の錬金術師……クサダ。 実力も、立場も、知識量も何もかも、彼は完全に自分の上位互換だ。
(僕ってやつは…なんて無力なんだ……)
ンフィーレアは自分を恥じた。 好きな
だとしても。
諦めるなんて出来なかった。
エンリの隣に、自分以外の男が座るなんて認められなかった。
自分の気持ちを圧し殺し黙っているなんて、絶対に嫌だった。
ンフィーレアは決心する。 伝えようと。 幼い頃からずっと抱き続けてきた想いを、今此処で。
「 エンリ!!」
「わっ! え、え? な、なにンフィー?」
エンリはビクリと肩を震わせ、目を白黒させた。 気持ちが空回りし、つい大声を出してしまったのだ。 顔が熱をもっていく。
言わなければ。 伝えなければ。 そう思って必死に言葉を紡ごうとするのだが
もし断られたらンフィーレア。 お前は大丈夫なのか?
何処か冷静でいる自分に言われ、心が恐怖で竦んでしまう。
「 も、もし困ってたら言ってよ。 出来る限り助けるからさ!」
「ありがとう、ンフィー! 本当に私には勿体ない友人だわ」
「……ぁあ、うん、いいんだ。 子供の頃からの付き合いだしね」
満面の笑みを返すエンリに何も言えなくなってしまったンフィーレアは、土壇場になって萎縮してしまった情けない自分を心の中で
ンフィーレアは知らない。 彼女から、このような笑顔が向けられるのは、自分以外いないことを。 たった1人の人物を除いて……そう
「まだるっこしーねぇ、全く」
クサダを除いて。
「はぁ……ダメだコリャ」
扉越しに2人のやり取りを聞いていたクサダは、思わず嘆息を吐くと肩を竦めた。 タイミングを見て、食事の用意が出来た事を告げようと考えていたのだが、2人の噛み合わなさがあんまりにあんまり過ぎて機を逸してしまっていたのだ。
「アレじゃあ、くっ付くのに当分時間がかかるな……『出来る限り』じゃあなく、『何があっても』って強い言葉で言えば いくらなんでも、多少は意識させられただろーによぉ」
そうすれば、「何故ンフィーレアは私のためにここまでしてくれるのだろう?」と
それに、ンフィーレアがエンリの名を呼んだ時の反応も、そもそもが悪くなかった。 クサダは、エンリがンフィーレアに呼びかけられ振り向いた瞬間、驚愕の表情の中に僅かな歓喜があったことを鋭く観察していた。 彼女自身、自分の心内に気付いてないだけでンフィーレアの存在はかなり大きい、と見抜いていたのだ。
「やれやれ……これじゃあ
クサダはそう1人ごちると、思った以上に時間が掛かりそうな2人を待つ事を諦めた。 先に配膳を済ませてしまおうと、その場を後にする。
やがて村の広場に戻ると、机を広げていたペテルに「あれ、ドクさん一人ですか? ンフィーレアさんを呼びに行ったんじゃあ……」と聞かれたので、悪戯を思い付いたような顔でクサダは「ああ、ちっと
クサダがニヤケ顔で言った意味深な言葉に、ルクルットは「ヒューッ! ンフィーレア君も結構やるじゃない!」と囃し立て、逆にニニャは「えっと、それは……ごゆっくり?」と顔を赤くした。
このように、勘違いされるような事をワザと言うので
◆
「うわぁー! すごーい!」
目を輝かせたネムが、テーブルの上に並んだゴチソウを見て、言った。
「今日は何かのお祝いなの? お姉ちゃん!」
「えーっと……そんなこと無かった気がするけど……」
美味しそうな料理を前にネムがはしゃぐ横で、皿に取り分けられた料理を見て固まるエンリ。 それもそのはずだ。 祭りでもないのに豪華な食事 村娘基準で が振舞われたら、誰だって何かあったのかと勘繰ってしまう。
「べつに、そんな驚くようなモンじゃあねーだろー。 何の変哲も無い、ただのライスカレーなんだからさ」
「ただのって……」
「ルゥとコメ以外の材料は村の作物だし、銀貨4、5枚(約2万円)程度しか掛かってないハズだぜ?」
「いや、でもクサダさん。 良い香りがする香辛料をこんなに使ってるんですよ? 銀貨4、5枚で済むはずがないですよ」
「ん? ああ、そう言う事か。 いや、香辛料の原価は殆ど送料なんだから、その辺なんとかすれば安いもんさ。 フツーに畑で採れる作物だしね」
引き攣った表情のエンリと話しながら、クサダはカレーが盛られた皿を彼女の前に置く。 だが、にわかには信じ難いのか、彼女の顔は「いやでも具がいっぱい入ってて見るからに
「カレーってのは中々優秀な料理でね……軍隊の糧食としても人気のメニューなんだよ。 栄養バランスとか、作りやすさとか。 強い香りは、疲れた身体でも食欲を増してくれるし。 それに 」
そしてクサダが「一番気に入っているのは 」 と勿体ぶって言うと、放置しておけばいいのにニニャが「何です?」と律儀に聞いてあげた。 するとクサダはニッと笑って、言った。
「 値段だ」
「そんなに安いんですか?」
「カレーに使う野菜は人参・馬鈴薯・玉葱の3つ。 この野菜は収穫後も日持ちするし、地中に埋まってるから害獣・害鳥・害虫の被害に強いから安いんだよ。 余っても、使い道が多いから便利だしね」
「ならば他の村も栽培するべきであるな! さすれば豊かになれるのである」
このように雑談を交えながら作業を進めていると、ゴブリン達も手伝ってくれた事もあってか、さほど時間も掛からず配膳が終わった。 カルネ村の人口は少ないとは言え、そこそこの規模のパーティ会場並みの席数はある。 並べられた料理がカレーで、アルコール類も無いが、中々に壮観であった。
「いただきます」
いつものように、クサダは食事の前に手を合わせ、言った。 ヘルムを脱いだアインズもソレを見て、ふと昔が懐かしくなり手を合わせた。
手を合わせて『いただきます』を言うなんて、不味い合成食料で栄養だけ摂取していたサラリーマン時代では考えもしなかった事だった。 あんなモノは食事とは言えない。 エサだ。 死なない為だけに摂るエサなんかに敬意を評するなんて、たとえソレがカケラ程だとしてもまっぴらだ。
……そういえば、最後に言ったのは何時だったろうか。 ああ、そうか。 まだ、両親が生きていた頃が最後か。
「いただきます」
「……頂きます」
恐らく意味など理解していないだろうが、アインズが手を合わすのを見て、ナーベラルとユリも真似をする。 『敬愛なる御方』がやっている事なので、とりあえず真似してやってみただけ。 その程度の理由だ。 多分、アインズが無意味なポーズで魔法を唱えたとしても、彼女らNPCは同じ様に意味も解らぬまま真似るだろう。
匙を持とうとした状態で、アインズ達の行動を不思議そうに眺めていたエンリが問う。
「そういえばクサダさん。 食事の際に手を合わせるのは……宗教的なものですか?」
「うんにゃ。 コイツはただ、感謝を……ありがとうって言ってるだけさ」
「感謝……ですか?」
エンリは首を捻る。 自分で作った料理に対し、自分で礼を言っていると思ったのだ。
「ああ、そうだぜ。 俺はプレイヤーだからな」
「な! おまッ……!」
クサダが何の事でも無いような態度で口にした爆弾発言に、アインズは仰天し言葉を失った。 ポロリと言ってしまった失言だとしても酷すぎる。
だが。
「ぷれいやー、ですか?」
「そう。 俺達の言葉で『祈る者』と言う意味さ」
聴き慣れぬ単語に聴き返してきたペテルへの返答は、アインズの知っているモノとは違った。 アインズの知るプレイヤーとは、『参加者』もしくは『実行者』との意味だ。
「糧となってくれた命に。 作ってくれた人達に。 この場に巡り会えた奇跡に。 今ある事を当然の事だと驕らぬように、『奪った』のでは無く『頂いた』のだと感謝する」
そして、
人は結局、奪ったモノを大切にしない。 感謝を忘れた者達は、自分のチカラで自然をねじ伏せたから資源や安息を手に入れられたんだ、当然の権利なんだと思い上がる。 その結果が、掃き溜めの様になった
「だから俺は
初心を忘れぬように。 慢心せぬように。 当たり前など、当たり前では無いのだから。
へぇ、と感心した様にペテルは息衝いた。
「なるほど。 感謝と供養が一緒になってるんですね」
「へえ〜〜っ、文化が違えばそんな考え方もあるんだな」
「王国では全て神からの贈り物として考えますから。 神にではなく、頂いた命そのものに直接感謝するのは、ここではあまり無い考え方ですね」
「謙虚な心掛けであるな!」
クサダの話した、もっともらしい理由に納得したのか頷く一同。 このような日本由来の文化などは、意外な程に浸透していないようだ。
ニグンから聞き出した情報でしかないが、600年前の人間は絶滅寸前だったらしい。 その際に現れたユグドラシルプレイヤーが、原始人同然だった人間を中世、場合によっては近世まで発展させたと言う。 おざなりな部分も多々見受けられるが、中の人の正体が 例外もあるだろうが、確率的に考えて 一般人だった事を鑑みれば、手放しで「大健闘した」と褒められる成果である。 きっと、チンパンジーを教育するが如くの苦労だったろう。
ただ、エンリやンフィーレアを見れば分かる様に、彼等の姿は色素の薄い目と金の髪だ。 つまり、彼らの『人種』は白人系統だった。 なので、法国が
「ねぇ、おにいちゃん。 ネムも、いただきますってしたら、ぷれいやーさんになれる?」
「ああ、もちろん。 なれるさ」
クサダは珍しく
ネムの行動を見てか、漆黒の剣達や、角笛から召喚されたゴブリン。 更には村人らまでが手を合わせて、食事にありつける幸運と糧になった命に感謝の言葉を口にした。 そして、ある村人が「これで俺も、ゴウン様と同じぷれいやーだな」と言った。 もう既に、村人の中で『ぷれいやー』の言葉が『立派な人』的な意味合いに変わってしまっている。 言葉は生き物、とはよく言ったものだ。
アインズは手元の器から、匙を使ってカレーを掬い上げた。 真っ白な飯粒に掛けられた茶色いドロドロから、特有の
匙を口に放り込めば、何十種類ものスパイスの芳醇な香りが鼻腔を抜け、期待通りの味が舌の上で弾けた。 料理長がアインズへ特別に作ったユグドラシル産素材のフルコースも美味であったが、鈴木悟の残滓はこの様な分かりやすい 言い換えれば安っぽい味の方が好みであった。
(まぁ、ドクトルより料理長の方がスキルレベル高いんだからナザリックの方が美味しいんだろうけどさ……フルコースとか緊張しちゃって味わかんないよ。 俺、ただのサラリーマンなんだし……)
かと言って、仕事命のNPC達に向かって「実はフランス料理よりラーメンとかのジャンクな方が好みなんだよね」なんて言えるワケもなく。 うん、まぁ、美味しい……んじゃないかな? と、濁して言う日々であった。
ここで、
「仲が良いんですね。 冒険者の方達は皆そうなんですか?」
「ええまぁ、大体そうだと思いますよ。 命が掛かってますし、それに仲が悪かったらチームとしてやっていけませんから」
「そうだな。 それにウチには異性が居ないからさ、いると揉めたりするってー話だぜ」
「……ですね」
ルクルットの言葉に、ニニャは苦笑いを浮かべ相槌を打った。
「軍隊でも、男女混合部隊は絶対前線に送んねーからなぁ。 ソレと似た様なこったな」
「そうなんですか?」
「ああ。 女が居っとよ、男が良いトコ見せようとして勝手こいて死ぬってんで、死傷率が半端なくてさ」
「まさに、ルクルットなのである!」
「いや、男なんてみんなそんなもんよ!? なぁペテル!」
「少なくともルクルット、お前と俺は違うと思うぞ」
普段の言動……というかナーベラルへの行動の所為で、散々からかわれるルクルット。
「くっ……! し、師匠ぉ! 俺は、どうやったらモテるようになりますか!?」
「ガッ付かない事かな」
チラッとナーベラルの様子を伺ったクサダは、言った。 要するにもう手遅れだと。 ルクルットはがっくり項垂れる。
「あーあ、モテてぇなぁー! モモンさんの様に強くて金も持ってたら俺だってさー。 そうなんでしょー?」
「いや、別にそうというワケでは 」
「そりゃーもう取っ替え引っ替えに決まってんじゃん。 ブツの先が乾く間も無いくらい毎日がエブリデイだぜ」
「お前デタラメをさも見てきたかのように言ってんじゃないぞお前!」
さらっと大ボケをかますクサダに、アインズは思わずツッコんだ。 ペテル達や、エンリ、ンフィーレアの面々は初めから冗談だと理解しているので笑っているが、問題なのがユリとナーベラルである。 クサダの冗句を頭から信じてしまっているのだ。
2人は、ショーケースに飾ってあるトランペットを眺める子供の様なキラッキラの目でアインズを見て、胸の前で手なんか組んじゃったりして
「
「流石はモモンさ ん……!」
なんと、アインズに凄く都合のいい解釈をしちゃっているではないか。 NPCの純粋過ぎる精神は、アインズの全てを好意的に受け取ってしまうようだ。
ソレで良いのか!? と、ツッコんでしまいたくなるが、世間知らずというか、スレていないだけなのだ彼女達は。 それもそのはずで、忘れがちになってしまうがNPCが自我を持ったのはつい最近。 オギャーと生まれた瞬間立って歩いて「アインズ・ウール・ゴウン万歳」を三唱する様な彼等だが……言ってしまえばそれだけであり、当然ながら世間知らずである。 箱入り 地下墳墓だが 娘、息子なのが彼女ら0歳児なのである。
「ははは、モモンさん達も仲が良いじゃないですか」
「振り回されているだけですよ…… ああ、出来る事なら昔に戻りたい」
アインズがポロリと溢した愚痴っぽい望みに、ニニャは素っ頓狂な調子で問いかける。
「あれ? モモンさんは昔、別の人とチームを組んでいたんですか?」
「………冒険者、では無かったですが…ね」
懐かしそうで、それでいて何処か哀愁を漂わせるアインズの声に何かを感じ取ったのか、皆の口数が急激に減少する。
アインズは静かに語った。 最初に、純白の聖騎士に救われたのが始まりで。 そこから集まった9人を起点にチームを組んだ事を。 その後さらに人数が増え、チームの名前を新しく変えた記念に、総勢27名で未踏破ダンジョンに挑んだ事を。 最終的に41人にまで増えたチームで、氷の大地や砂の海原、炎の山脈や水中渓谷などといった困難に挑み、冒険・探検した事を。 時には他の勢力と争いになり、凄惨な戦いを繰り広げた事などを。
……当然、全員異形である事は伏せ、細かい部分も濁し、奇襲PKしまくってDQN呼ばわりされていた事も隠したが。
アインズがポツリポツリと話すうちに、あれほど騒がしかった場は、いつしか彼以外の声が聞こえなくなっていた。 皆、アインズと同じように星を見上げ、彼が触れて見て体験した事を、かつての仲間達の凄さを、友情の素晴らしさを、モモンと言う鎧を着た彼の姿越しに想像し、我が身に起きた事の様に頭の中で思い描いた。
「最初に純白の聖騎士に助けて貰ったのが全ての始まりでした。 何故と聞くと、『困っている人を助けるのは当たり前』だからと……この言葉は、今でも私の心で息衝いています」
「ふむ。 ……昔の人は言いました。 情けは
腕を組んでウンウン頷きながら、クサダは言った。
「……つまり?」
「べっ、別にあんたの為にやったんじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」
「身も蓋も無いな。 それと、もう少し別の言い方は無かったのか……?」
そこで、ポンと手を打ち合わせンフィーレア。
「あ……だから僕の急な依頼も受けて下さったんですね」
真っ直ぐな眼で見られたアインズは、微妙な表情を浮かべ「それだけが理由では無いですけどね」と返す。
実は、アインズが自由に出来る現地通貨は心許ない量しか無かったので、カネに釣られたのが大きな理由だった。 王国との取引で得た金銭は、アインズが自由に出来る物で無く会社の と、アインズは考えている 物なので、小遣いとして使うと横領になる。 理由を知ったら「んなコト気にすんなメンド臭ぇ」とクサダは言うだろうが、アインズにとって譲れない一線であった。
「誰が為だろうと、人助けは人助けなのである! モモン氏も聖騎士殿も
「確かにそうですよね。 私達なんか剣が欲しい~ですから」
「ちょ、ちょっとペテル、その話は止めにしませんか。 ただの若気の至りだったんですから」
「ははは、分かってますよニニャ」
「……? 漆黒の剣の皆さんは、何かの剣を探しているのですか?」
アインズが不思議そうに聞くと、ニニャは耳まで真っ赤にして俯き、それっきり黙ってしまう。 代わりにペテルが口を開き。
「十三英雄の1人が持っていた剣です。 4本の漆黒の剣を持っていたと言われていまして、ソレを集めたいな~と」
「ふーん」
「流石にドク氏と言えど
「まー伝説とか口伝とかはなぁ。 ハッキリ記録に残ってねーと、なかなか……ね」
「あの、ダイン。 本当に勘弁してくれませんか」
「別に恥じる事は無いですよ。 私たちにとっては、この黒い短剣こそが漆黒の剣なんですから」
そうして取り出された短剣は刀身が黒く幅広の、持ち手に玉のはめ込まれたものだった。 成程、確かに見た目は漆黒の剣だ。
「つまりは、その黒騎士が持つと言う剣を手に入れ、冒険者としての名を挙げるのが皆さんの目的なのですね」
「ええと、まぁ、そうなり……ますかね」
よく考えると俗っぽい理由だな、と苦笑いしたペテル。 その横でルクルットがポンと手を打ち、クイズに答えるかのように言った。
「あっ、俺わかっちゃった! もしかしてー……モモンさんが冒険者になった理由って、昔いた仲間の情報か何か探してるとか! そうっしょ?」
「 !」
鋭い指摘に、存在しないアインズの心臓が大きく跳ねた。 喋り過ぎたのだ、ピンポイントで指摘されてしまう程に。 アインズは心の中で舌打ちをして後悔する。 かつての仲間の事となると、つい……と。
黙っているのも怪しまれるか。 駄目元で、一応否定しておく。
「……いや、まぁ、当たらずとも遠からず……ですかね」
「あ っと。 ……悪ぃ、なんか聞かれたくない事だった?」
「いえ……」
(さて、どうしたものか)と、これ以上にボロを出さぬよう口籠るアインズ。 2の句を躊躇したのが悪かったのか、変に察したルクルットが頬を掻いた。 ペテルが棘のある声を出して。
「ルクルット……もっと発言に気を付けろと何度も言っているだろう」 厳しく叱責したペテルは椅子から立ち上がり頭を深く下げた。「すみませんモモンさん。 私の監督不届きでした」
何やら話の流れが変な方向へ行ってしまっている。 それもそのはずで、異国の地で新しく冒険者に登録した上、大人数で冒険した昔話を語っておきながら今は4人しかいないのだ。 過去形の語り口であんな事を言えば、ワケありの匂いがプンプンするに決まっている。
「いやあの……はぁ。 いえ、気にしていませんよ。 別に隠すような事でもありませんし、あながち間違いでも無いですから」
2人掛かりで頭を下げられては、アインズとて成す術がない。 頭を上げて下さい、と言うのが精一杯だった。 それに、してしまった失敗は取り戻せばいいし、これからリカバリーしていけばいい。
「ですが、あまり公然と語るような事でもないので、この事は内緒にしておいて下さいね」
「はい、それは勿論です。 偏見の原因にならないとも限りませんから」
いい具合に「風評被害の原因になるから」と勘違いしてくれたので、とりあえずはこの程度の口止めで良いだろう。
「それにしても、モモン氏は友人に恵まれていたのであるな」
「全くだぜ! それに41人全員揃ってたら今頃、どんだけ俺が楽出来たか!」
「……ちなみに楽したら何するつもりだったんだ?」
「そりゃあーオメー、おはようから翌おはようまで遊んで暮らすに決まってんじゃん」
「ダメに決まってるだろそんなの!」
「えー! なんでー! どしてー!」
「どうしてもだよ!」
無理矢理話を終わらせるアインズ。 ギブミーヒモ生活、とか言っているバカは放置で良いだろう。
「ま、助けるのが当たり前かどーかってのは置いといて、チームや組織が同じ目標に向かって助け合うっつーのは賛成かなー」
「お前、さっきと言ってる事が違うぞ……」
「冗句よ、じょーく。 話を戻すケド……組織運営において重要なのが、嘘吐きで詐欺師で寄生虫なヤツを排除することだからねぇ」
「あー……」
アインズは、ギルドの規模が大きくなり始めた頃を思い出した。 ギルドの資産や環境を目当てにした加入者が増えてきた頃の事である。 彼らは
「詐欺師、ですか?」
「そそ。 まー嘘吐きつっても全然特殊なこった無いぜ? むしろ生き物として当然なコトさ。 自分に都合のいいモノは取り入れて、悪けりゃ排除する『個の都合』に従うってだけの事だからね」
「は、はぁ……」
「だが、ソレが通用するのも個人レベルだけで、組織やチームと言った『群れ』じゃあ許されない。 そりゃそうだ。 群れには群れの都合があんだから。 だから、群れの中で自分の都合を強引に通すには『群れを騙す』必要がある。 これが『嘘吐き』の正体さ」
事実と違うコトを、つまり『嘘』を言って対価無しに利益を得る者を『嘘吐き』又は『詐欺師』又は『寄生虫』と言うだけのコトだ。 そして、この方法は
「例えば~~……サッカーや野球とかの、チームでプレイするスポーツやゲーム知ってる?」
「ええまぁ、はい。 さっかぁ、は知りませんが……」
「勝ちたいんなら『チームが何をしてくれるか』じゃあなく『チームの為に何が出来るか』を考え実行するべきだろう? 疲れるのが嫌~つって、サボって試合に負けたら元も子もねー。 そりゃそーさ、自分は勝ちてぇと思ってんだから」
「ええ、当然ですね」
「それに、だ。 逆に、自分のチームにそんなヤツが居たら許せるかい? いーや許せんよな。 許せんとも。 ただの遊びですら許せんのだから、自分の財産や命が懸かってりゃー
そして、寄生虫の方も不正が許されない事は十分承知しているので、様々な方法を用いて報復を回避しようとする。 その一般的な手段が『嘘』なのだ。
「まーそれでも組織がデカくなると必ず起きるコトだけどねー」
「うう……やっぱり防げないんですか?」
「難しいねぇ……2vs2の場合1人サボったら戦力半減だけど、100vs100だったら1%だから。 それが千、万、億となりゃー……ね。 見つけんのも一苦労なら予防するのはもっとさ」
「なんか、僕……王国貴族の現状を見ると……すっごく不安です……」
「だよなぁ……」
「で、あるな……」
個人視点では強い嘘吐きも、群れ視点では荷物が増えるだけなので全体のレベルは弱体化してしまう。 こうして寄生虫が蔓延した結果、
アインズ達を除く全員が、これから先の不安から遠い眼をして虚空を眺めだす。 ここでクサダはパチンと手を打ち鳴らし、
「よーするにだ。
と、話を纏めたのだった。
◆
完全に陽は没し、太陽の代わりに月が
「あ、あの!」
背に浴びせかけられた大声に振り向けば、呼び止めたのはンフィーレアであった。 予想外の人物の予想外の行動ゆえに、クサダと一瞬目配せし合ったアインズは、声色から警戒心を悟られないように留意しつつ……問う。
「……どうかしましたか、ンフィーレアさん。 とりあえず落ち着いて」
「あ、えっと、すみません……じゃなくて、モモンさん! お願いがあるんです!」
真一文字に結ばれた口、まっすぐ此方を見据える目、やや前傾な姿勢。 読み取れるのは緊張と真剣さ。 一体、何を言い出すのだろうと身構えた2人に向け、なんと彼は腰を折って頭を下げた。
「不躾だとは承知しています。 頼めた立場に無い事も。 でも、そこを押して、どうか! どうか僕を貴方のチームに入れてくれませんか!」
彼の口から出てきた台詞は、さらに予想外の言葉であった。
えっ、銀貨5枚で100人分のカレーを!?
出来らぁ!