オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン

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あらすじ

謎ゾンビ「ねんがんの アウトドアレジャーを したぞ!」



作った商品

魚の燻製……4尾



カルネ村で稼ぎたい

 150年くらい前に発行された、このファンタジー小説が面白くて、ついつい読み耽ってしまった。 特に少女が1人で旅するってのが、今の俺の状況にそっくりだ。 この少女の持つ銃のチョイスが、パーカッションリボルバーってのも面白い。 装薬が液体火薬ってのが謎だが、まぁファンタジーだしな。 雷管の部分から液漏れしそうだが、木工ボンドとかマヨネーズみたいにネバネバなんだろう。 もしかして、残り少なくなった火薬が勿体無くて、最後まで使うために歯磨き粉みたいに端っこをグルグル巻いたり、マヨネーズみたいにブンブン振り回すんだろうか? そう考えると、なんか面白くなってくる。

 

 ついつい読むのに熱中してしまった小説から顔を上げると、すでに太陽が上がっていた。 時刻は午前6時くらいだろうか? 持ってる時計と現地の時刻が合ってるかどうかなんて、仮定するための情報すらないから判断が出来ない。 時差とかはどうなっているのだろう?

 

 焚き火はかなり前に消えていたが、一応念のために土をかけて埋めておく。 インベントリに魚の燻製を4つと本を収納し、燻製の1つかじりながらネックレスを装備した。

 

ふふぁい(フライ)。 もぐもぐ」

 

 歩き食いならぬ飛び食いをしながら、俺は高度を上げていく。 原住民的な何かに見つかりにくく、矢とか弾丸を撃ってきても余裕で回避できるであろう高度4千フィート(1.2km)まで上昇した所で、水平飛行へ移った。 金属製の航空機でもないのだから、そう易々とはレーダーに映らないはず。 ……これ以上高度を上げると地形がよく見えないから、ちょっと不安だがこれくらいが良い塩梅だな。

 

 いやー、それにしても生身で空を飛ぶのは最高に気持ちが良い。 冷たい風が全身を打ちつけ、ビュウビュウと耳元で鳴る渦もBGM代わりになる。 飛行速度は、全力を出せば時速120kmくらいだろうか? 祖父が、バイクで高速道路をかっ飛ばし、風を切るのが最高に気持ちよかったと昔話をしてくれたが……これだけ高度を上げると、ドン亀の気分だ。 歩くよりも相当速いのは解ってはいるんだが、流れる景色がゆっくりだとどうしてもな……

 

 30分ほど飛んでいたが、でかすぎる森のせいでちっとも移動できている気がしない。 単純計算で60キロは移動したはずなんだが……

 

「まさか……ロシアみたいに人が殆ど居ない地域なのか?」

 

 あり得る事態だった。 よくあるフィクションの先入観で、この地域はヨーロッパ的な場所だと思っていた。 もし、ここがユーラシア大陸の内陸部だとしたら……月単位で移動し続ける可能性がある。

 

「ああ~~……マジかよぉ~~っ。 サバイバルはもう飽きたよぉ~商売とか楽しい事したいぜー」

 

 ハァーッと溜息を吐いて、がっくりと肩を落としうつむいた、その時だった。

 

  !? 民家だ!」

 

 あっぶねー。 危うく見逃す所だった。 森の影に隠れるように、小規模な家屋の集合体……村があったのだ。

 

 眼を凝らしてよく見ると、麦っぽい草が植わっている。 農地があるってことは、もしかしたら人間か……それとも、ファンタジーなんだからケモ耳とふさふさ尻尾が生えたカワイイ娘ちゃんもいるかもしれない! うおお俄然燃えてきたぜ!

 

 いそいそと木陰に降り立ち、住民を威圧しないように防具を交換する事にした。 いや、まぁ、それだけの理由ではないが。 だって防御力だけで選んだから、外装もデータもてんでバラバラ、キメラ状態だったのだ。 正直、これで人前に出るのは恥ずかしい。

 

 さて、どんな服装で会おうか? 悩ましい所だが、ここは俺のお気に入りのアレを着よう。

 

 インベントリーに手を突っ込むと、2着の薄い服を引っ張り出した。 薄い青のジーンズと、背中に超達筆の筆字で『職人』って書かれた紺のTシャツだ。

 

 スーツみたいなガチガチに肩肘張った服だと農村じゃあ浮いちゃうし、鎧ってのも喧嘩の準備してるようで変だ。 リアルで鎧着てるヤツいたら何かのコスプレかと思うし、すぐに警察がすっ飛んでくるだろ? それに21世紀のアフリカ原住民だってこんな格好で農作業してたのだから、この格好がこの世界にベストマッチで丁度いいのだ。

 

 物々交換用に作った燻製を手に、人影を探して村に入った……のだが。

 

「なんだこの村? やけに人気が少ないけど……農作業に出ちまったのかな?」

 

 寂れすぎていた。 なんというか、活気が無いのだ。 廃村ってワケではないのは、家屋や足跡の新しさからわかる。 特に、家は人が住まなくなるとすぐに痛むからな。 ……ってことは、やっぱり農作業の仕事に出ちまったんだろう。 確か、中世辺りの労働者の労働時間は、午前4時~午後8時の16時間労働だったらしいからな。

 

「さて、今は西暦何年くらいですかね……」

 

 人がいなくて暇だったので、家屋の作りや設備等を調べていく。 水車、風車、乗用車などの動力源は何か? 家屋や家具、道具の材質は? ステンレスがあれば少なくとも近代は過ぎて1900年以降だし、プラスチックやペットボトルがあれば、この世界の技術力は20世紀以降って事になる。 特に、軽く便利で安価なプラスチックは、一瞬で世界中で使われるようになったくらい重要な素材だから、()()()()()()()()限りどこにでもあるはずだ。

 

「……無いな。 プラスチックは何処を探しても無い」

 

 ゴミ捨て場をつっつきまわしていた木の棒を捨てる。

 

 ざっと上面をあさっても、出てくるのは僅かな量の木や陶器やガラス片、あとは生ゴミくらいなもの。 有用であるが故に大量に作られ、道端にポイ捨てされるくらい価値の低い、ポリや、ビニール、アルミは無かった。 それどころか、窓に板ガラスが使われているというのに、枠は安く腐食しにくいアルミでは無く、加工に手間がかかり腐食しやすい木枠が使われていた。

 

 窓に使われているガラスをじっと見る。

 

「クラウン法の円盤ガラスじゃ無いな、跡が無い。 材質もかなり透明で気泡も混じっていないし、鋳造研磨か円筒法? まさかな……」

 

 古代ローマでも、ガラスはフツーに浴場とかで使われていた。 砂で型を作って、溶けたガラスを流しただけのブロック状のヤツだ。 だから別に紀元前でもガラスがあるのは変じゃない。 ただ、不純物として鉄が混ざってワイン瓶のように緑色だったり、溶かす時に細かい気泡が浮いてきてしまって脆かったりするので、分厚く作られているんだ。

 

 そして、ガラスは溶かすだけじゃ使えない。 形を変えなければいけない。

 

 クラウン法ってのは吹きガラスで作った、コップを作るのに失敗し過ぎたって感じで伸ばす円盤状の板ガラスだ。 円の中心に棒が付いていたあとが必ず残って、厚みもバラバラだから、牛乳瓶の底みたいな歪んだガラスを使った味のある窓になる。

 

 そして、1700年のフランスで鋳造研磨法が考え出された。 このやり方は、鉄板の上にガラスを流して、ローラーでうどんのように伸ばし平らにする。 傷やでこぼこがどうしても出来るので、何日もかけて研磨剤で磨いて平らにして、ようやく完成する板ガラスだ。 厚みのある板ガラスが作れるが、とにかく手間がかかって値段が高いので、こんな田舎の農村で使われているはずが無い。

 

 円筒法は、筒を吹きガラスで作って縦に切り開き、暖めながら木の棒で伸ばして作る。 1851年に開かれたロンドン万博で、パビリオンを作るときに30万枚使われたらしい。 だいぶ沢山作れたにしても、これもそこそこの値段がする。

 

 寒く、日照時間の短いヨーロッパにおいて採光窓は死活問題のはず。 だから窓に金をかけるのは自然ではある。

 

 だが、しかし……この村はおかしい。 どの家も窓ガラスを使う余裕はあっても、トラクターやそれに接続するプラウ、砕土機(ハロー)、筋蒔き機は無く、(くわ)やフォークとかの人力で使うものしかない。 だというのに家具や内装は近世風だし、オマケにオイルランプなんかが天上からぶら下がっている。

 

 技術ってのはスキルツリーみたいに、前提条件ってのがいる。 だから、一番新しい技術を見つけられれば、ここは一体何処で、何年で何時代なのかわかる……と、思ったんだ。 せめて、銃が発明された後なのか前なのか知りたい。 戦闘能力がほぼ皆無の俺には、それが死活問題だ。

 

 あーくそ。 頭がこんがらがってきた。 古典的な囲炉裏の横に、瞬間湯沸かし器が備え付けられているような感じで、これはもうキメラってレベルじゃねーぞ。 この村には中世初期から近世までの物がごっちゃすぎて、わけがわからない。 なんでこんな状況になってるんだ? こりゃあまるで、魔法でも……ああ、そうか、魔法か。 俺の製作スキルみたいに、物理法則を無視する存在がこの世界にいて、格安で作りまくってやがるんだなクソ。 つー事は、俺よりも前に、この世界に来たヤツがいるって事だ。 なるほど、これがこの世界のオーパーツの正体か。

 

「なら、まだ俺の入り込む余地はあるな。 家具は作れても、高度な農具は作れない程度の……」

 

 確かに製作系のスキルや魔法を使えば、一時的に高度な道具を作れるだろう。 だが、その作った何かが社会に受け入れられるかどうかは別問題だ。 未熟な社会基盤には未熟な技術しか定着しないし、教育水準の低い奴隷を何人使ったって、ハイテク技術が広まった俺が居たリアルの世界じゃあ社畜にすらなれんだろう。 木に竹を接ごうとしても無駄無駄……失敗するに決まっているんだよ。

 

 どうやら、先に来た奴らは詰めが甘かったらしい。 高度な数学や、便利な道具を与えても、受け皿が整っていないのだから道具を使えても複製すら出来ない。 もしかしたら使い道すら解らなくなって打ち捨てられた物もあるかもしれない。

 

 考え事をしながら歩いていたら、村外れに出た。 眼前には、()()()()()実を付ける麦が育てられていた。 粒の大きさも大きく、たっぷりと種子を蓄えた麦は、その青々とした頭を重そうに垂れ下げている。 正直呆れたが、たまたまユグドラシル産の種籾を所持していたプレイヤーがいたのだろう。 時代が近世に入り品種改良が進むまで、壁画などに書かれているように、稲や麦は穂の高さが2mもあったのだから。 当然、茎を伸ばすのに養分を取られるので収量は低く、一粒の種籾から4~5粒取れれば豊作……とされていたのが11世紀なのだ。

 

「…………」

 

 辺りを見回し、畑の状況をざっと見る。 ひげの短い小麦のみが植えられており、ライ麦、大麦、燕麦(えんばく)、豆類等は無いようだ。 いくつかの農地が休耕地として放置されていて、伸びた雑草もしくは牧草を家畜が()んでいた。

 

二圃式(にぽしき)か。 麦の性能に農法が追いついていないな……」

 

 確か三圃式農業(さんぽしきのうぎょう)は11世紀に考え出された農法のはず。 この農法を取り入れた11世紀以降は、収量が2~3割増えたそうだ。 この土地を治めている領主が、農地の配分を三圃式ですら決められないくらいアホか、農民を纏められないくらいカリスマ性が低い能無しでない限り、それ以前の技術体系のはず。 最も原始的な銃が発明されたのは15世紀だから、たぶん、この世界には『火薬』はない……と思いたい。

 

 俺は作物を踏まないように農地へ入ると、農作業をする村人からやや離れて作業する、1人の少女に声を掛けた。 

 

 別に、一人で作業している少女を選んだのは、この時代のヨーロッパの有色人種の人権が家畜以下だったらしいから、いきなり殺されるかもって怖かったわけではない。 ないったらない。

 

「すんませーん。 ちっと時間いーですかね?」

「あ、はいどうぞ。 どうかしましたか?」

 

 振り返った少女の姿に、2重の意味でドキリとした。 後ろ姿に話しかけた俺の声に振り返ったのは、金の髪をサイドで三つ編みにしている、ドイツ系白人の   ように見える   少女だったからだ。 そして、そんな彼女に日本語が通じる異常事態に。

 

(なんというご都合主義! 英語ならまだしもよー、ドイツ語とか難しすぎてお手上げだったから助かるぜ!)

 

 流石は異世界、言語の壁なんて既に破壊済みか  ッ! 

 

「自分、巡礼の旅してる腐田博士(ドクトル・クサダ)って言うんですが~」

「巡礼……ですか? あ、私はエンリ・エモットです」

 

 あれ? マズったかな? 中世では、私財を投げ打ってでも聖地巡礼するのがトレンドらしかったので、怪しまれないように巡礼者を名乗ろうと思ったんだが……やばい、訂正しないと。

 

「あ、いえ、ただの旅の者です。 通りがかりに麦畑が見えたんで、この燻製と小麦粉を交換してほしいなぁと」

「えっ、魚の燻製ですか! はい。 大丈夫ですよ、他に何か欲しい物はありますか?」

「おお~~ありがとう。 それじゃあ発酵種(スターター)を少し分けて欲しいのと、パン焼きオーブンを貸してくれませんかね?」

 

 そう、小麦といったらパンだ。 一部の地域の方は麺だろと怒るかもしれないが、乾燥寒冷地で育てられている小麦は大体グルテンを多く含む強力粉なので、麺よりもパン向きなのだ。

 

 小麦のグルテンってヤツは不思議な蛋白質の鎖で、大麦には存在しない。 だから小麦は粉で、大麦は粒で(麦飯などで)食うとうまい。 グルテンは水を含ませて練ると鎖がお互いに絡み合い、小麦独特の粘りが生まれる不思議な性質を持ち、コイツがないと発酵させCOガスを発生させても抜けてしまい、うまく膨らまないのだ。

 

 そして、発酵種(スターター)を分けて貰ったのは時間の節約の為だ。 作るのは簡単なんだが、時間がかかるんだ。 1週間ぐらいな。

 

 まぁ、発酵させなくてもナンだとかトルティーヤなら作れる。 が、俺が今食いたいのは、ふっかふかのパンなんだ。 俺の胃は今、パン専用と化しておりそれ以外は……受け付けるが満足しない!

 

 ……ゴホン。 さて、発酵種(スターター)の作り方はとても簡単。 水3分の2の中に、麦の全粒粉を1入れ12時間待つ。 発酵してなかったら(泡が出ていなかったら)かき混ぜてもう半日待つ。 発酵したら中身を半分捨てて、同じ割合の液を継ぎ足し、この作業を1日2回繰り返す。 1週間作業を続けて

匂いを確認し、異臭がしていなかったら成功だ。 この発酵種(スターター)を使うのは、古代エジプトで『サワードゥ』として作られた酸味が特徴のパンだ。 様々な種類の乳酸菌が共生したコレは、天然酵母としてけっこうな人気があったんだぜ。

 

 日本でよく使うイースト菌は、日本人向けに改良された菌で、ヨーロッパのパンと日本のパンは味にかなりの差がある。 日本では砂糖を入れるがヨーロッパでは入れないんだ。

 

 日本の菌株(きんしゅ)は、柔らかかく瑞々しいパンを作るために発酵する時に糖を使う菌だ。 日本人は唾液が少ないから仕方ない。 食パンですら、結構な量の砂糖を入れるから、ヨーロッパの甘くないパンを食べている外国人は日本のパンが、まるで菓子パンのように感じられるのだそうだ。 そのかわり、ヨーロッパのパンは硬く、塩気があって、スープとかと一緒に食べるんだ。

 

 

 

   で、俺は緑色のチビマッチョゴブリンに囲まれながら、エンリちゃんに共同のオーブンへと案内された。 なんでこんな良い筋肉(ナイスバルク)な野郎に見つめられながらパン生地の発酵を待たねばいかんのだ。 解せぬ。

 

「姐さん。 ここは俺達が見てますんで」

 

 なーにがここは俺達に、だクソ緑色が。 暑苦しいんだよマッソーモンスターめ。

 

「この兄ちゃん、全然ヤバイ感じはしねえんですが……だからこそ、なんで丸腰で旅が出来てるのかわからねえんです」

「格好もかなり妙ですぜ」

「ああ!? んだとコラ緑色がやんのかテメーおおん? このイカした服が変たぁ~テメーの目ん玉ガラス玉かコラ!」

「イカレたの間違いじゃねーですかね?」

 

 俺のお気に入りを変呼ばわりしやがった、胸甲(ブレストプレート)を装備したクソ緑にガンつけてやったぜ。 テメーのレベルが10ちょいだってのは知ってんだぞ!

 

「あーもう、なぁ~んでゴブリンがいんだよこんな所によぉー」

「だ、大丈夫だからって止めたんですが!」

「姐さん、油断しちゃいけねぇ。 この兄ちゃんはオレ達を見ても驚かなかったんですぜ?」

 

 警戒心むき出しのゴブリンをなだめようと、あたふたしている彼女はゴブリンの一人を俺のそばから引き剥がした。

 

「こ、こんな事言ってますが、このゴブリン達はアインズ・ウール・ゴウンという、村を救ってくださったお方から頂いたマジックアイテムから出てきたゴブリンなので危なくないですよ!」

 

 うん、まあ知ってるけどね。 ここは知らないフリをしておくのが得策だろうな。

 

「あー召喚モンスターなんだ。 んで、村を救ったっていってたけど……」

 

 俺はやや閑散とした村を見渡した。

 

「ええ……私の両親も帝国騎士の鎧を着た男に……」

「あーワリー事聞いちゃったかなぁ」

 

 過去の惨状を思い出したのか、ぐっと唇を噛み締めた彼女は目元に浮かんだ涙を拭い「妹の為にも悲しんでばかりじゃいられない」と決意を口にした。

 

「そか。 強いねぇ」

「はい! 田舎の女は強いんです!」

 

 文献では、夫を亡くした妻は、生きる為に成るべく早く再婚したらしいが……この世界ではどうなんだろうか。 作物として最適化された麦。 かたや非効率な農法。 片方の欠点を、片方の長所が補い、奇妙なバランスを取っているこの世界では。

 

「だけどよー、女手一人で養っていくのも大変だろ?」

 

 そう、中世レベルの社会基盤なら尚更に。 この時代の国は、警察権すらマトモに行使する力が無く、復讐する権利が(おおやけ)に認められるほどに自助努力せねばならなかった。 故意であろうと、過失であろうと被害者の縁者は犯人を探し出し、被害者自身が裁判所に訴え自身で裁いたほどだ。

 

 ただ、彼女から聞く所によると、アインズ・ウール・ゴウンというヤバイ級のマジックキャスターが始末してしまったらしい。 彼女は幸運だったと言う事か。 しかし、解らない……そんな強者が何故こんな資源の乏しい村を救ったのだろう?

 

「最初は不安でしたけど……今はジュゲムさん達がいるので何とかやれてます。 アインズ様には感謝しています!」

「へぇーっ。 その、アインズって人は奇特な人なんだねぇ」

 

 と口では調子の良いことを言いつつ、たしかあの角笛ってゴミアイテムだよねと、内心で冷や汗を流した。 あ~あ、この世界であの角笛を使うとランニングコストの低い労働者が制限時間無しで出てくるのなら、俺も捨てずに持っておけばよかったよ。

 

 ……おっと! そろそろ発酵が終わるな。 オーブンの余熱も準備完了している。 あとは真ん中が生焼けにならないように円盤状に伸ばし、焼くだけだ。

 

 彼女がついでにゴブリンの食べる昼食も作りたいと言ったので、生地の量が多く作るのが大変だが、パン焼きは楽しい作業なので俺としては渡りに船だった。 小麦と水と塩だけでは、乾パンみたいで味気ないので、ユグドラシル産のオリーブオイルもたっぷりと使ってある。 これでいい感じにフワッフワに膨らむだろう。

 

 持ち込んだアイテムがどんどん減っていくが……まぁ後で考えよう。 夏休みの宿題は30・31日に終わらせる派なんだよ俺は。

 

「よっしゃ! 後は200度で15分焼けばパンは完成だな。 燻製とイモと玉葱と茸のスープもあるし……昼食としてはこんなもんかな」

 

 低温でじっくり焼くと、水分がよく飛んで日持ちする固いパンに。 逆にサッと焼けば、柔らかいパンになる。 今回はすぐに食うので、柔らかさ重視だ。

 

 パンだけだと寂しいのでついでに作ったスープが、かまどで湯気を立てている。 ファンタジーっぽく狼に乗ったゴブリンが   羨ましい俺も乗りたい   拾ってきた茸と玉葱、俺の作った燻製、エンリちゃんの馬鈴薯で作ったシンプルなスープだ。

 

 外に長机と人数分の椅子を並べ、テーブルクロスが掛けられた机に熱々の料理が置かれた。 総数22名分ともなると、かなりの規模で壮観だった。

 

「あのう、作ったのはクサダさんなのですから遠慮しなくても……本当にそんな少しで良いんですか?」

「あー……うん、実は小食なんだよ。 気にしないで全部食ってちょーだい」

 

 俺の前には、1人の成人男性が食べる分には少なすぎる量が置かれていた。 身体はゾンビだから、本当は食う必要すらないが……味が気になるから味見程度は食わせてくれ。

 

 年齢による幼さに見合わず大人しく席に座るエンリちゃんの妹と、その姉である彼女は隣り合って席に着いた。 遊びたい盛りだろうに、一言も文句を言わず姉の手伝いをするネムちゃんに、俺は同情せざるをえなかった。 のだが……

 

「さーメシだメシだ! 俺はこの姐さんが練ったパンを食うから、パイポにはあの兄ちゃんがこねくり回したパンをやるよ」

「ふざけんなカイジャリ! 俺だって姐さんの白魚のような手で触れたパンが食いたいんだ!」

「テメーは兄ちゃんのゴツイ手で作ったゴツイパンでガマンしろ!」

「何を~~ッ!」

「なぁ。 ゴツイパンって……なんだ?」

「醜いですねぇ。 誰が作ろうと、パンはパン。 そんなに作り手に拘るのなら、私のように最初から眼を離さず追跡していればよかったのです」

「おいコナー! テメー良いこと言ってるフウを装いつつ、一人だけ抜け駆けしてんじゃあねえ!」

 

 おいクソ緑、オメーは大人しくしろよコラ。 まぁ、塞ぎがちの2人を元気付けよーってんのは解ってるから、文句こそ言わんが……もっと別のやり方があんだろうがよ。 俺をダシにしやがってよ。

 

 フン。 まあいい。 俺は心が広いから、姉妹の可愛い笑顔が見れたことでチャラにしてやるよ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 執務室の扉がノックされ、硬い音が響く。

 

「お忙しい所、失礼致しますアインズ様」

「ん? アルベドか。 どうした」

「人間の村に送り込んだ影の悪魔(シャドウ・デーモン)から、動きがあったとの報告が入っています。 行動、姿からプレイヤーかと  

 

 ガバリ、と跳ね上げるように、アインズは手に持っていたデミウルゴスからの報告書から顔を上げた。 つい先程まで読んでいた報告書を机の上に戻すと、(あわただ)しく椅子から立ち上がる。

 

「隠密能力に長けたシモベを先に向かわせ、村を取り囲め。 だが、向こうから攻撃があるまで敵対の意思と取られる行動は絶対にするな」

「畏まりました。 直ちに向かわせます」

「罠や囮の可能性を十分に留意しろ。 特に、少人数の場合は囮を使った待ち伏せの可能性が高い」

「はい、徹底させるよう厳命いたします。 プレイヤーと思われる影がここまで早く現れたのは、スレイン法国の陽光聖典部隊員を捕えた件と何か関係があるのでしょうか?」

 

 ふむ……と、アインズは顎に手を当て考え込む。

 

「まさか……あの法国とやらの特殊部隊と関係があるのか……? まだ使い道があるのだとしたら、拷問して情報を吐かせたり、用済みを始末するのは避けたほうが無難か……」

 

 執務室を半ばまで移動した所で立ち止まったアインズは数秒考え込み、アルベドへと振り返った。

 

「ニグンら捕えた人間からの情報収集は一時凍結する。 ニューロニストへ知らせ、捕えた者は全て牢へ入れておけ」

「承知いたしました」

「逆探知、攻勢防壁、盗聴等への対策として、念のため情報系魔法の使用はナザリックの外で行なう。 装備を解いた後ですまんが、もう一度完全装備を着け護衛を頼む」

「頼むなどと! アインズ様は絶対にして唯一なる支配者……ただ命令していただければ如何様にも。 それに、愛する殿方の頼みを断る女などいるでしょうか!? いいえいません!」

 

 潤んだ目を輝かせ、胸の前で手を組み、反語を使ってまで猛アピールするアルベドに、気圧されたように腰を引くアインズ。 彼女の設定を変えた負い目を感じてか、強く出れない彼の態度を脈アリと受け取り、アルベドのアピールは留まる事を知らない。 まぁ、全くの脈無しと言う訳でもないのだが。

 

「う、うむ。 お前の意気込みは十分に伝わった。 今は時間が無い……さあ行動を開始せよ、アルベド」

「畏まりました、アインズ様」

 

 命令されるのが幸福であるとでも言った様子で彼女は微笑む。 花嫁衣裳のように白いドレスに身を包んだ彼女は、絶対的支配者の前に(うやうや)しく跪いたのだった。




キメ顔でゴミ捨て場を漁るゾンビ!
ようやく名前が明らかになったゾンビ!
アンデッドのくせに食い意地張ってるゾンビ!


中世の暮らし参考書

・安部謹也、著。 『中世の星の下で』を参考にしています。


板ガラス、について。

 現在大量生産されている板ガラスは、フロート法という溶けた錫のプールにガラスを流し込み、ベルトコンベア式に作る方法で作られています。 網入りガラスや模様入りガラスは、ロールアウト法というラップを引き出すような感じで、ローラーで伸ばす方法で作っています。


原始的な銃、について。

 13世紀ごろに発明され、15世紀辺りで火縄銃の原型が出来ました。 木の棒に青銅製の筒をつけただけの、手持ち大砲みたいな簡素な物であり、一般的にはスタジオジブリ作の『もののけ姫』に出てくる、石火矢で有名です。 イタリアでは、この新兵器を空洞のある弩(アルコブジオ)と呼びました。 かなり重く、肩に担ぐか脇に挟んで構えて狙っていたので命中率が低い武器でしたが、女性でも扱えるので重装騎士にとってはとても厄介な武器でした。


じゃが芋、について。

 初期のじゃが芋は、食用作物として育てられる発見から農作までかなりの期間が開いていました。 なぜかというと、青くなった、芽が出た、まだ未熟、なイモには天然毒素であるソラニンやチャコニンが多く含まれているのですが、その頃はまだ一般的に知られておらず、そのまま食って食中毒を起こしたので毒草として認識されていたからです。

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