ドクトル「水素の核融合で全部の分子ができたんだぞ」
アインズ「はえーすっごい」
デミウル「金で出来た隕石を探しましょう」
ドクトル「遠すぎてむりだぞ」
デミウル「がっかり」
現在のナザリック生産物
・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
☆NEW!
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
日が最も高く上り、やや傾きかけてきたくらいの時刻。 カルネ村の中央広場に、アインズとクサダ……護衛のアルベドとマーレ、そして、王国へのスパイ任務を受けたソリュシャン以外の戦闘メイド達が勢揃いしていた。
「はい、と言うことでですね、俺達は今カルネ村に来ていま~っす!」
「……誰に言ってるんだ?」
ちょっとふて腐れ気味なアインズが、いつも通りテンションが妙に高いクサダに突っ込んだ。
両腕を広げて青空を仰いでいた姿勢からクルリと向き直ったクサダには、アインズが少し不機嫌な理由が解っていた。 それは服にある。 彼のローブは、ものの見事にキンキラキンだったのだ。
「気にせんでええよ。 ……ただのお約束だからね!」
「……忙しいと言うのに、何度も村へ訪れて申し訳ない、村長」
白い歯を覗かせて親指を立ててそう言ったクサダ。 言われた通りクサダを無視する事にしたアインズは、村長に社交辞令的な謝罪をすると頭を下げた。 それに慌てた村長は、しどろもどろになりながら答える。
「いっいいえ! ととと、とんでもありませんゴウン様! こんな、なな、何も無い村ですが、どっどうぞごゆっくりしていってください!」
滝のように冷や汗を流す村長夫妻の表情は、既に青を通り越して白に近かった。
クサダの機嫌のよさは、アインズのコスチュームチェンジによる効果が予想以上である事にあった。 アインズの衣装を見た村人の第一印象は、死を与え命を奪う恐ろしい
容姿に優れた美しいメイド 一般的にはこれを高価であると言う を何人も連れ立ち。 纏う衣装は、鮮やかな赤い生地に大粒の宝石を複数取り付け金で装飾した豪華なローブと、煌びやかな仮面。 身の丈を越す黄金の杖を握った彼の側には、呼吸を忘れてしまうほど目を奪われる1人の美女と、若くしてドルイドの魔法を極めたダークエルフの少女。
彼を1目見た者は、10人中10人がこう思うだろう。 礼儀を重んじ丁寧な言葉使いをする彼は、自分の知るあの傲慢な態度を取る貴族の器には到底収まりきらない。 高度な魔法の訓練を受け、そして仮面で素顔を隠すのは、尊き身分であるからこそではないか。 もし、あるとしたら、恐らく他国の王族ではないか……と。 だから、知っててあたり前なことを知ら無かったのかと考える。
よって、村人の思いは恐怖から、畏れへと変わる。 星空のようにいくら手を伸ばそうとも届かない、自分の遥か高みにいる彼を畏れ、尊敬し、そして混ざり合い、畏敬へと変わるのだ。
クサダの狙い通りに。
「おっすおっす、2日ぶりだねそんちょーさんよ~~っ。 ちょいと邪魔するぜぇ~~」
「クサダ様もお元気そうでなによりです」
とは言え、少しビビらせ過ぎたかと考えたクサダは、萎縮されないように1つ手を打つ。
陽光聖典員から無理矢理奪った
「ハイこれお土産ねそんちょー」
「おお、お気遣いありがとう御座います。 これは 見たことも無いほどまん丸で……とても大きいですね」
「網みたいな模様があるのがメロンっつー果物で、縞々な柄があるのがスイカっつー野菜だよ。 そろそろ3時だし、休憩がてらおやつにしたらどうかなーってさ」
と、クサダは不安を感じさせないように、にこやかに言った。 不安そうな表情を浮かべていた村人達は、クサダの仕草と表情、そして言葉を聞くとホッとしたように緊張を解く。
「本題なんだが、村長。 この村の使っていない休耕地をいくらか借りたいのだが……」
「休耕地……ですか?」
「ああ。 もちろんタダでとは言わない。 相応の対価を支払おうと考えているのだが、どうだろうか?」
「め、滅相もございません! 村を救って下さったゴウン様から、これ以上対価を頂こうなどとはおもいません!」
「そうか? ……まぁ、要らないと言うのなら有り難く使わせてもらおう」
「所で……ゴウン様。 差し障りが無いようでしたら、使い道をお伺いしても……」
アインズと違い、不安が表情から容易に見て取れる。 クサダには、村長の不安に抱えているモノが何なのか解っていた。
農地を借りたいと言った、彼。 アインズ・ウール・ゴウンは、カルネ村を救う際に召喚したアンデッドモンスターを使役した……だから、死霊魔法を使った邪悪な実験を彼が行なうとでも考えているのだろう、と。 ……村長のその予想は半ば当たっているのだが。
「なに、別に大した事じゃ無いさ。 少し……『家庭菜園』をしてみたくなってな」
ピラピラと手を振って、アインズがつまらない事のように言った答え……家庭菜園という聞きなれない単語に、村長と村人達は不思議そうに顔を見合わせたのだった。
◆
カルネ村の村長さんに聞いた、耕作放棄地まで移動している道すがら。 たまにすれ違う村人は、アインズさんの姿を一目見た途端、アゴが外れそうな程ビックリして立ち止まる。 効果は上々。 これで、俺達が何を言っても大体信じてもらえるし、村人が見たことも無い謎の機械を作っても「まあゴウン様だし」の一言で片がつく。
俺は、紺色のTシャツの上に羽織った白衣を見る。 上着のような見た目だが、扱いはローブなのだ。 あまり戦闘しなかった俺が、唯一作った自分用の防具だ。
「こいつを着るのも久しぶりだなぁ~~っ。 LV上げの必要が無くなってから、ずーっと使ってなかったぜ」
「普段は何を使ってたんだ?」
「鍛冶屋みたいな装備だったよ。 製作系スキルが上昇するゴッズアイテムのローブで……巻物とか短杖とかの消耗品はPVPギルドに飛ぶように売れたなぁ」
「ふ~ん。 材料はどうしたんだ? やはり露天や委託NPCから買ったのか?」
「んだね。 メインの収入は消耗品で……装備の製作はたま~にあるくらいで、手数料をもらって代わりに作るとかだったぜ」
稼いだカネの使い道は、他の職人さんが作ったイイ感じの見た目した装備とかをコレクションする為に使った。 殆ど中古物だったし、ほぼレリックかユニーク系だったけど……中にはゴッズもあった。 ああ……貸し倉庫に入れてあった俺のコレクションはどうなっちまったんだろうか。 こんな事になるなら色々持ち出してこれば良かったよう。
これが諸行無常というヤツか。 と、ホロリと悲しくなってきた所で、俺達は耕作放棄された農地に到着する。
「おんや~? あの見慣れた後姿と小さい緑色は、まさか」
風に揺れる緑の絨毯に埋もれるように、チラチラと金髪のお下げを結った後姿が見える。 手を振りながらオーイと呼びかけると、しゃがみ込んで草むしりしていた少女が立ち上がりつつ振り返った。
「あら、お久しぶりですクサダさん」
額に浮かんだ汗を手の甲で拭いつつ、ニコリと眩しい笑顔を見せるのは、予想どおりエンリちゃんだった。 いや、妹のネムちゃんもいるから、ここはネモット姉妹と言ったほうが適切かな。
「おっすおっす。 テヘ、また来ちゃった」
「来ちゃったとか突然何言い出すんだお前は……」
会って早々に一発ギャグをかますと、呆れたような口調でアインズさんがツッコミを入れる。 ガハハと、俺がタイミングばっちしのツッコミに機嫌よく笑っていると、片足に衝撃があった。 視線を下に下げると、足に抱きつく赤毛の子供がいる。
「えへへ、いらっしゃいクサダのおにいちゃん!」
「おう、いらっしゃったぜネムちゃん。 姉ちゃんのお手伝いしてたのかぁ~~? えらいぞー」
グシグシとやや乱暴に頭を撫でると、ネムちゃんはくすぐったそうに目を閉じて肩を竦めた。
「あ、あの……」
「ん?」
なにやら言い辛そうにしているエンリちゃんの視線を追うと、その先にはアインズさんが。 ああなるほど、服装がガラッと変わったからわかんないのか。
「前と服がちげーしキンキラキンだけど、アインズさんだよ。 今日は使ってない農地を借りに来たんだ。 試験する為にね」
親指で後ろを指すと、エンリちゃんは目をまんまるに見開き、口を開けたまま放心してしまった。 状況が処理しきれなくてオーバーフローしてしまうのも、まぁ無理も無いか。 彼女が襲われても逃げるしかなかった騎士を、デコピンだけで倒せるくらい強い
「……ゴウン様?」
「うん?」
ネムちゃんがポツリとアインズさんの名を呼んだ。 印象が変わりすぎてまだ実感が湧かないのかな?
「……そうだ。 服装こそ前回と違うが、私こそがアインズ・ウール・ゴウンである」
アインズさんは、ゆっくりと両手を広げてそう名乗った。 堂々としたその佇まいは、彼は自分の事を大したことないとは言うが、俺には中々にキマっているように見えた。
「 凄い!」
「うお、びっくりしたぜ」
ネムちゃんが突然大声を上げながらアインズさんの所まで駆け寄っていった。 血相を変えたエンリちゃんが「ネム! 戻ってきなさい!」と言っているが、興奮状態の子供は物理的にしか止まらないのだ。 気が動転しているのか、彼女は右手と右足を同時に前に出しながらネムちゃんの後を追おうとするが、全く追いつけていない。
「凄い! 凄い! ゴウン様凄い!」
子供特有の、少ない
「……そんなに凄いかね?」
「凄すぎるよ! どうしてゴウン様はそんなに凄いの!?」
「むう……どうして、か。 それは どうしてだろうな」
「一人だけの力じゃなかったから。 だろ? アインズさん」
アインズさんと、姉妹。 そしてNPC達が俺を見る。 その先を早く言えと急かしているかのように。
「一人一人の能力に限界があっても、欠点や欠陥があっても、助け合って補えば……スゲー事ができるのさ。 だろ?」
NPC達に向かって親指を立てると、アルベドは当然だといった表情で胸を張り、マーレ君はエヘヘとはにかんだ。
「そうか……いや、全く、その通りだな」
アインズさんは手に持った杖をジッと見つめ、1つ頷く。 そして、彼はスッと手を伸ばすと、目ん玉キラッキラのネムちゃんの頭を優しく撫でた。 あんだけゴツイガントレット装備しておいて器用なやっちゃな。
「凄いだろう? 私達の仲間達が成した事は」
「うん、すごーい! ゴウン様も、そのお仲間の方たちもすごーい!」
「そうか。 そんなに凄いか……」
そして、彼の肩がクツクツと震えだし
「はっ ははは! はっはははは!」
陽気に笑い出す。 え? え? アインズさん急に笑い出して大ウケなんだけど、どうしてこうなった? 何がアインズさんの琴線に触れたんだ!?
そんなような事をアルベドに視線で訴えてみるが、彼女は困惑した表情で首を小さく振った。 彼女も、アインズさんがここまで楽しそうに笑う姿は初めて見たらしい。 一緒になって笑うネムちゃん以外、凄まじい急展開に呆気に取られた。
「ははは チッ、抑制されたか。 ……凄いものはこれだけではないぞ、ネム。 私の住む屋敷も凄いんだ」
急に賢者モードに入ったアインズさんは、何度も頭を下げるエンリちゃんに「構わないさ」と大人な態度で対応すると、ネムちゃんを抱え上げ肩車した。 ……と、同時にアルベドサンの方角から歯軋りみたいな音が聞こえますよ!? この距離で聞こえてくるとかどんだけだよ! 100LV近接職すげえな!
「どうだ? 私の いや、私達の作った凄い家を……もっと見たいと思わないか?」
「ええっ! いいんですか、ゴウン様!」
「ああ構わないとも。 そうだろう、アルベド?」
「……アインズ様の決定に不服を申し立てる者など此処にはおりません」
アインズさんは、守護者統括の地位にいるアルベドにそう問いかけた。 彼女は不服は無いと、優雅にお辞儀をするが……握り拳作ってちゃ台無しだよ。 子供に嫉妬するなよ夢魔だろうがアンタ……
「……ドクトル?」
「あー……うん、まぁ確かに『アレ』は凄かったけどさ……ゴホン。 アインズさんが持ち主なんだから聞くまでも無い っていいたい所だけど、そんな答えは求めちゃおらんか。 まぁ、9階と10階なら見せても問題ないと思うよ」
言外に他の階層を見られると困ると含ませておく。 察しのいい彼なら気付いてくれるだろう。
「では、許しも出たことだ。 今 からは忙しいから無理だが……また今度、私達の作った屋敷に招待するとしよう」
約束だ。 と、アインズさんはネムちゃんと小指を絡ませ、指切りする。 ちょアインズ様お止めください
どうどうとアルベドをなだめながら、俺はそっと溜息を吐く。 全く……天然の人たらしこと、アインズ・ウール・ゴウン殿には困ったものである。 幼女とはいえ、これだけナチュラルに誑し込んでおいて、なんで彼は嫉妬マスク保持者なんだろうか?
「こ、こいつぁ…ヤベェ。 マジか、これ……」
「いっ今すぐ姐さんを拐ってでも逃がすべきなんじゃねえか……?」
「無理だ……動いた瞬間殺られる……」
喘ぐように発せられた言葉に、ふと視線を巡らせ 発生源は容易に特定できた。 冷蔵庫から出したてのアボカドが結露したみてーになってるゴブリン共が、守護者達と戦闘メイドを見て立ち尽くしていたのだ。
まさか、こいつら『気』とか『オーラ』とかが見えるのか? 野生の感だとか、それとも特殊能力とかスキルの類でLV差を感じ取れるのか? うーん、能力値隠しのアクセサリを装備したアインズさんに無頓着って事は、何らかのスキルで戦力差を理解しているのか。 ふむ……なかなかに興味深いが、ちょっとした隠蔽で解らなくなってしまうのなら、要らないな。
よし、放置しよう。 相手すんのもめんどくさいし、さっさと農業したい。 アルベドが「ま、まあいいでしょう。 相手は子供なのですし」と、負け惜しみを言いつつ落ち着いた事を確認した俺は、インベントリから小型の農業機械を取り出す。
「わっ、おおきな道具ですね」目の前でおもむろに引っ張り出したのでエンリちゃんが驚いた。「なんて複雑な形……」
興味深そうにエンリちゃんが眺める農業機械、これの名前はモールド・プラウと言う牽引式の耕耘機だ。 プラウ……つまり
ただし、プラウの本質は土を耕す事ではなく、雑草が生えた表面の土を掬い上げて土を上下にひっくり返し、そのまま草を地中に埋めてしまうことにある。 そうすればついでに雑草の種も深く埋まって生えてこなくなるし、光が遮られた草は萎れて肥料の足しになる……という寸法だ。 よく出来ているだろう?
ただ、最も原始的な構造のチゼルプラウには、このひっくり返す効果が無い。 コイツの構造は、乱暴に言ってしまえばナナメに突き刺した棒を引っ張って、土をゴリゴリと引っ掻き回しているだけだからだ。 まあ、カチカチになった土を地中深い所までほぐすにはもってこいなので要らない子ではないぞ。
「コイツは引っ張って使う農具で……解りやすく言うとクワみたいなもんさ。 牛とか馬とかパワーのあるヤツに引っぱらせて使うのさ。 上手くいったら村で使ってちょうだい」
「クワ、ですか? これが……」
「おっきいねぇ!」
ネムちゃんは好奇心から目を輝かせているが、エンリちゃんは初めてみる農業機械に懐疑的だ。 ま、農家の娘とは言えど教育を受けてないのだから、見ただけで理解出来るはずも無いか。 デミウルゴスやアルベドなら、持ち前の聡明さのおかげで……少ぉ~し説明するだけで理解してくれたんだけれども。
とは言え、そんな子にも解りやすく説明できなければ、ちゃんと理解しているとはいえない。 ナメるなよ、俺の名には
「なぁに、仕掛けがわかれば簡単なもんさ」俺は浅い平皿を取り出すと土に突き立てた。「こんな感じで土に食い込んだ鉄板がひっぱられると……」
盛り上がった土は皿の曲面に添って流れていき、ついには上下がひっくり返って黒い部分が露出した。
「削れた土が上手い具合に回転して逆さまに落ちるのさ」
「す、すごい。 ただのお皿なのに耕せてる……」
へぇ~~っと、エンリちゃんは感心した様子で土と皿を交互に眺めていた。
今やって見せたような、この皿みたいな鉄板を使うプラウはディスクプラウの仕組みだ。 回転する皿がナナメに傾いた角度で取り付けてあり、多少小石や根っこがあってもピザカッターのように回転するので乗り越えられるっつー優れもの。 欠点はあまり深く耕せない事と、稼動部が多いので故障しやすい事だ。 回転するからね。
「んじゃあ仕組みを理解した所で早速農耕馬に接続を……っと言いたい所だけど、まずは地質調査だな。 データの蓄積こそが科学の真髄だぜ」
「かがく? ……って何ですか?」
「物事の仕組みを解き明かす学問のことさ。 火はなぜ熱いのか? 空はなぜ青いのか? 何をどうすればコレが出来るのか? ってのを調べる感じかな?」
「わぁ、クサダさん
おおっと、このタイミングで気になる言葉が出て来るとは予想外。 俺『も』学者なのか、と。 つまり、彼女の知り合いに俺と似たような事をしているヤツがいると言う事だ。 これは警戒すべき情報として、デミウルゴス達に連絡しておこう。
さすがアインズさんが自らの手で確保した村だ。 覚悟はしていたが、このカルネ村……ただの寒村じゃあない。 そこかしこに油断ならないポイントが隠れていやがる……おっと! 質問の返事がまだだったぜ。
「フフ、さぁ~どうかな? もしかしたらただの物知りのプーさんかもしれないぞぉ~?」
不確定要素が多すぎるから、とりあえず言葉を濁しておく。
「実際、今アインズさんの家に転がり込んでるわけだし」
「あー……」
エンリちゃんが苦笑いで口ごもった。 オイコラ納得すんな納得すんな! そこは形だけでも否定しろよ!
……これ以上何か言うと、墓穴がさらに広がりそうなので作業を再開する事にした。
ズルリと取り出した、でかい牛乳瓶みたいな透明なガラス容器に農地の土を3分の1詰める。
「農業で人が出来ることは意外に多くねーんだ。 日照の調整は出来ねーし、気候も変えられない。 季節も選べねぇ。 灌漑(水撒き)と排水で水分量を調節できても、降水量のコントロールは出来ない。 一番管理できるのが土壌なんだよ」
ガラス越しに、有機物がタップリと含まれた黒土を眺める。 化学物質に汚染されていない自然の土だ。
「<
「一般人の話デスよアインズさん?」
はいでました魔法魔法。 そんな便利な魔法があんなら、タップリコスト掛けて水耕栽培の工場建てる必要なくなるね!
俺が
「はぁ。 まあいいやアインズさんちっと水頂戴」
「冷水でいいか?」
「うん、真水ならなんでも」
無限の水差しからビンの中に水が注がれると、すぐさま黒土は水を吸収し、ぬかるんだ泥に変わる。 ビンにしっかりと蓋をし、激しく揺さぶって中身が均等な泥水に変わったことを確認したら、1日放置。 そうすれば、泥水が水中で層になって沈殿するので、砂、シルト、泥の分量が視覚的に把握できるのだ。 耕作に理想的な土は、砂40%、シルト40%、粘土20%の『ローム』と言う土だ。 ここから砂が多くなると水はけが良くなり、放牧向けの土になる。 しかし、土中の栄養が流れやすい。 粘土が3分の1以上ある重い土質は耕すのが困難で、改善するには石灰を多く撒く必要がある。
カルネ村の土は、森林が近いからか、有機物が多いやや重めの土だった。 石灰を使うほどではないが、雨が降るとそこかしこに水溜りが出来るだろう。 小麦に適した土質はローム層なので、これは改善する必要がある。
消石灰の原料である石灰岩は、もう大量に採取してあるが……今回は石灰を使わない方法でやる。
アインズさんのクリエイト魔法で作った黒曜石を熱すると、内部に含まれた水が蒸発してポップコーンのように膨らむのだ。 コイツは黒曜石パーライトと言って、水捌けを良くし、土中のミネラルを改善し、根腐れを予防するスゴイヤツだ。
え? 石灰岩をどうやって採掘して来たんだって? まーまー慌てんな、採ってきたのは俺じゃなくてマーレ君とアインズさんだ。 土壌のペーハー値、つまり酸性か塩基かを調整する為に石灰が欲しいって言ったら、アインズさんが掘ってきてくれた。 こう、マーレ君が土系魔法でパッカ 地面割って、アインズさんが<
掘ってくるの……早すぎるぜ。 まさか1時間ちょいで採掘して戻ってくるとは思わなんだ。 確かに石灰岩は脆いし、そこまで硬くないけど……それでも岩は岩だ。 そんな、砂場の砂をほじってバケツに移すようには行かない。
もし人力で掘るのなら、ツルハシ使ってコツコツ掘る以外に、一列に穴を開けて楔を打ち込んで割るって方法がある。 先端をマイナスドライバーみたいな形に尖らせた鋼鉄の棒を、ハンマーでノミのように打ち込む。 そうするとIの字の窪みが掘れるので、棒を少し回転させて打つ。 コレを繰り返すと、*のような模様に削れていくので、少しづつ掘る事ができるのだ。 そうして掘れたら、その穴に楔をブチ込むのも良いし、マイトを突っ込んで爆破しても良い。
そして、釜で焼く際に赤粘土 つまりレンガ用の粘土 と混ぜて粉砕し、高温で焼くとセメントが。 粘土の代わりに炭と焼けば、ガス溶接に使えるアセチレンガスが作れる。 塩素と反応させれば塩素系漂白剤と
まさに万能。 変幻自在の優等生だ。 ただし、消石灰は強塩基で苛性(皮膚をドロドロに腐食する)の性質を持ち、塩基での傷は自然治癒しない。 大変危険なので決して素手で触らず手袋を着用し、失明の恐れがある為、目に入らない様に気を付ける。
「さて、泥が沈殿するまで1日放置しないといけないんだけど……それまで暇だなぁ」
「ペーハーを測ると言ってなかったか?」
「あっ、そうだった忘れてたぜ!」
うっかり土壌酸性度の測定を失念してしまっていた。 アインズさんのナイスアシストで思い出した俺は、ポーションの空き瓶に詰めて来たph指示薬を取り出す。
「クサダさん、その紫色のポーションは何ですか?」
「ああ、これはポーションじゃないよエンリちゃん。 これはエタノール…ああいや、ええと、紫キャベツのリキュール……かな?」
「これ、お酒なんですか?」
ph指示薬は意外にも簡単に作れる。 アルコールで刻んだ紫キャベツを、沸点以上にならないように60℃くらいで数分温めるだけだ。 アルコールの入手先はBARナザリックのスピリタス(96%)で、紫キャベツは食堂から少し分けて貰った。
「いきなりペーハーが、つっても分かんないよね」
「えっと、すみません。 ただの村娘なので……」
やっぱりダメか。 これじゃあ、溶液に含まれる水素イオン濃度でphが決まるなんて言っても、何かの呪文か何かとしか受け取ってくれないだろう。
一応説明しておく。 水は、マイナスイオン化した一酸化水素と、プラスイオン化した水素がくっついた物なので電気的にもph的にも中性だ。 だから、電子を奪われた水素原子(H2でなく、H+)つまりプラス水素イオンが少なくOH-ばっかりだと塩基になり、逆にH+が多いと酸性になる。 つまり、電子を奪おうとするのが酸で、電子を押し付けるのがアルカリだ。
「わかりやすく言うと、酸っぱいのが酸性で苦いのがアルカリ性だよ」
「凄くわかりやすい!」
ザックリとした説明だったが納得してくれたようだ。 俺はその反応にあまり納得出来なかったが、とりあえずうんうんと頷きそれで良しとした。
「この本によると、小麦に適した土のphは6。 酸寄りの中性だね。 だから正常なら薬の色はほぼ変わらないハズ」
小皿の中で試薬と混ぜると、色が少し赤っぽくなった。 ジャガ芋は酸性を好むからこれが適した土だが、小麦の場合少し酸性過ぎか。 肥料として過燐酸石灰を使えば、さらに酸性度が高まるだろう。
子供でも覚えやすいようにと、勢いに任せたボディランゲージでアルファベットを描く。
「肥料の基本はNPK! 窒素リン酸カリウムだぜ!」
「あはは! えぬぴーけー!」
計画通り! 面白がって、ネムちゃんは一発で覚えてくれたぜ……エンリちゃんは鳩が豆鉄砲な顔をしているが。
「……ドクトルはシリアスやると死ぬ呪いでも掛かっているのか?」
「え? なんて?」
「い、いや、何でもない」
「……? まあいいや。 カリは薪の灰を撒けばいいし、リンはここにある。 窒素は……雑草ごと耕して豆を植えれば、ある程度はだいじょうぶだな」
マメ科の植物は、根粒菌という空気中の窒素を地中に固定する、スゴイ菌を根っこに飼えるのだ。 豆を育てて枯れ草と一緒に耕せば、土も肥えて収穫も出来ての一石二鳥だ。
だが、多分この程度の肥料の追加では足らないだろう。 何かヒントは……と、辺りを見回すと放牧された家畜が数頭、草を食んでいるのが見えた。
「……そーいやぁ人手が減って飼いきれなくなった家畜を数頭潰さねーと……ってそんちょーが言ってたなぁ」
酪農と農業は切っても切り離せない。 野菜屑や飼料を家畜に食わせ肉や乳を得て、出した糞を堆肥に加工し畑に撒く。 堆肥は、化学肥料のように即効性は無いが土壌改良効果が高いので、開墾したての農地に混ぜると、保水、栄養の保持、土を柔らかく保つ…などが期待できるのだ。
「……ふーむ? なーアインズさん。 ついでに鉄筋コンクリートのテストも兼ねて、この村に畜舎作ろうぜ」
「はぁ? 他人の土地に、かってに建てていいワケ無いだろう」
「そこはまあ何とかしてさ〜〜そんちょーから許可を得てさぁ〜〜」
「うーん……」
「出来るよぉ 出来る出来る。 アインズさんなら出来るよぉ っ」
「私が取ってくる事になってるじゃないか……いつに間にか……」
「テストになってさぁ〜〜暇も潰せてさぁ〜〜カルネ村も助かるよぉ〜〜」
うーん、しかしなぁ、と。 アインズさんは渋っていたが、俺の説得に根負けして、村長宅へ行くと言ってくれた。
「頼んではみるが、許可取れるか解らないからな! 一応言ってみるけれども! 絶対じゃ無いからな!」
「でぇーじょーぶだってー。 ほいじゃーよろしくねー」
ネムちゃんを肩から降ろしたアインズさんは、守護者達を引き連れ村長宅へと歩いて行く。 ネモット姉妹に案内されて小さくなって行くその後ろ姿を、俺はピラピラと手を振って見送った。
◆
クサダのインベントリから取り出された幾つかの農具が、短い草の生えた休耕地の地面に並べられている。
四枚の鉄板で作られた鋤に取り付けられた刃先は、アダマンタイト特有のやや青い光を反射している。 そして、Sの形に作られたバネを多数取り付けた砕土機。 一定の間隔で種子を撒き、タイヤで踏み、軽く土を被せる
「お疲れ様です、博士」
マグカップに注がれた褐色の液体が、湯気と共に芳香を放つ。 一人の女性からマグを受け取った、博士と呼ばれた男は一言礼を言うと、さも美味そうに褐色を一口……喉へと流し込んだ。
「……ありがとうございます、博士」
「うん? 何か礼を言われるような事……したっけ?」
本気で解らないと言った表情を浮かべ、男は首を傾げる。
「この人間達の村の事です」
「ああ、なるほど」
ある日、突然の不幸によって村は滅びの危機に瀕し、全滅の恐れは無くなったものの未だに深く抉られた傷跡は癒えていない。 彼女 ユリ・アルファは、両親を殺されてもなお気丈に振る舞うあの姉妹を不憫に思っているのだろう。
「慈悲深くも、お優しいアインズ様は村をお救いになりました。 ですが、これ以上人間に情けを掛ける事を……アルベド様は反対なされる事でしょう」
「ま、そうかも知れないけど、そうじゃ無いかも知れない」
「はい。 これは単なる推測に過ぎません」
クサダは香り立つ珈琲を一口飲むと、村を見た。 人口が半分に減り、活気が削がれた村を。
「別に、俺は村の救世主になろうなんて思っちゃおらんよ? ただ、普通の村落よりも簡単に話が通ると思って……カルネ村を選んだに過ぎないさ」
「利益を優先したに過ぎない、と?」
頷くクサダ。
「……では、何故あの姉妹にキャラメルの作り方を教えたのですか?」
「その質問こそ無意味だね。 まぁ、人脈作りの結果、何らかの手がかりが得られるかなーと。 ……はは、ウソウソ…偶然会った野良猫にエサをあげたみたいな感じさ」
「ただの気まぐれ……自己満足だと? そうおっしゃるのですか?」
「そうだ」
クサダは振り返り、感情の抜け落ちた無表情でユリへと向き直った。
「効率こそが全てにおいて最優先される。 ユリ、君の目には慈悲に見えようとも、それは効果が高い手段を選んだに過ぎない」
「貴方は……一体何を……」
「なあユリ。 凶暴な野生動物の子供を人に懐かせる方法は……何だと思うね?」
「…………」
「犬と一緒に飼うことだ。 その野生動物の子供は、犬が人にどう接するかを見て、人との接し方を学ぶ。 危険な相手なのか、甘えていい相手なのか、尊敬すべき相手なのかをそれで知る」
「彼ら村人は犬だと、そう仰るのですか!?」
その通りだ。 と、クサダは断言した。 前例を作るのだと。 アインズ・ウール・ゴウンに刃向かえば滅び、服従すれば慈悲を得て繁栄する、アインズ・ウール・ゴウンの為の走狗を作るのだと。
「見たことも、聞いたことも無い、珍しい果物をポンと譲渡できる懐の深さ。 譲渡の理由はただの気遣いだと言う、その慈悲深さ。 俺達の行動に、村人は感謝と感動を覚え、返しきれない恩に無力感を感じるだろう。 そして、同時に、ある感情が心に芽生える。 その感情は……罪悪感だ」
(わかるぞ。 お前達の思考が……手に取るようにハッキリとな)
急に人口が半分に減り、農作業に必要な人手が絶望的に足らない……作付けにも収穫にも。 この時代の租税は収入に比例しての徴収では無く、耕作している土地面積に比例しての課税。 40%で格安、60%で重税の世界だ。 このままでは収入は半分に減り、耕作放棄せざるを得ない農地は荒れ、徴税史が来れば作物のほぼ全てを持ち去られてしまう。 来るのは破滅、行き先は墓の下だ。
何故私たちがこんな目に。 理不尽な世界から助けてくれ。 ……この村人全員がそう思っている。 しかし、命の恩人のアインズさんにも頼れない……いや、命を助けてもらっておいて、更に経済的にも助けて欲しいなんて……言い出せないんだ。 一方的に殺されるだけだった襲撃者を、一方的に殺して見せた彼に、図々しい要求をしたせいで愛想を尽かされ、見捨てられるのが怖いんだ。 その武力の矛先が此方に向いたら? そう考えると、村人同士で相談する事すら出来ないんだ。
もしかしたら、もし怒らせたら、もし見捨てられたら……そして、もし次が来たら。 今度こそ本当の
「心は身体を支配する……精神は行動を決定する。 失望されたくない。 恩知らずと思われるのは嫌だ。 そこまで思考が進んでしまったら……もう、誰も 刃向かえない」
体でではなく、心を支配するのだ。 と、歩く死体は凶暴な笑みを浮かべる。
「状況さえ整えてやれば、この程度の思考誘導なんて簡単だ。 実際、彼はそう計画していたし、そうしようと行動していた。 俺はそれを前倒しに早めたに過ぎない」
「彼…とは、一体……」
「ナザリック地下大墳墓の支配者にして最上位。 お前達NPCが至高の存在と呼び、絶対的な忠誠を捧げる超越者。 王にして頂点……アインズ・ウール・ゴウン」
此処でふと、雰囲気を180度反転させたクサダは呆れたように乾いた笑い声をあげ「たった3日でここまで計画するとは……流石だぜ、アインズさん」と、熱にうなされるように呟いた。
「努力と環境で得た知識しか無い俺は……やっぱ本物の天才には敵わないなぁ」
諦め切った溜息を吐いたクサダは、ガシガシと頭を掻き毟ると「サンキュー! 珈琲、美味かったぜ」と、空になったマグをユリに返す。
「んじゃ俺まだやる事あっからぁ~~」
いつもの無邪気な笑い顔を浮かべたクサダは、硬直して佇むユリを残し、作業に戻るのだった。