アインズ「農地貸してちょうだい」
そんちょ「ひえ、命の恩人は王族だった!?」
ドクトル「ビビリ過ぎィ。 メロン食って落ち着け」
ネム 「アインズ様パネェ! その仲間もパネェ!」
アインズ「気に入ったァ ッ!」
ドクトル「チョロ過ぎィ! アルベドも落ち着け」
現在のナザリック生産物
・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
☆NEW!
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント
時は少々巻き戻る。
ナザリック地下に設えられた図書室。 その、幾つもの大きな本棚と頑丈そうな長机が並べられた室内に、普段とは打って変わり幾つもの人影があった。
「…………」
しかし。 室内にいる人影全員が口を閉ざし、静寂だけは普段と全く同じだった。 いや、いるはずも無い。 至高の存在が造りしこの図書室で、無闇に騒ぐ軽率な者はナザリックに存在しない。
だが、全くの無音でもない。
魔化されインクが尽きぬようにされた羽根ペンが、クリーム色の普通の羊皮紙の表面を引き摺られてカリカリと音を立てる。 毛羽立った羊皮紙の上を、ペンが足跡を残すようにインクで航跡を残していく。 たまにある会話は、品の良い装丁が施された本のページが捲られ、内容の解説を同僚に問う散発的なものしかなかった。
「ねぇデミウルゴス。 ちょっとここが解らないんだけど……x-22=3xってどうやって解くんだっけ?」
「……ああ、これはxの付いている数を左に、付いていない数を右に移せばいいのですよ」
「あっそっか。 えっと x-3x=22 は -2x=22 になるわけだから…… xは-11。 合ってる?」
「ええ。 正解ですよ、アウラ」
やったぁ。 と、小声で喜びの声を挙げるアウラ。 彼女の前にあるのは『やさしい数学』とタイトルが振られた……異界の世界から持ち込まれた1冊の教科書だった。
「うう……こな事学んで、何の役に立つでありんすか?」
弱弱しく呟かれたその言葉に、ムッとしたアウラがジト目で睨みつける。 普段なら食って掛かる所だが、睨まれたシャルティアはその挑発に答えられないほど消耗していた。
「マーレやセバス達は、もうアインズ様のために働いていんし。 わらわも今すぐアインズ様の役に立ちたいでありんす……」
ぐったりとした様子で、シャルティアは背凭れに体重を預け天上を仰ぐ。
「学ぶ理由も、その必要性も、全て博士から聞いた通りですよ。 シャルティア」
「ええ、理解していんす。 理解は……でも……」
勉強疲れと焦燥感が混ざり、弱々しい声で「わたしだってアインズ様とデートしたいのよ~~」と、つい先程アインズとカルネ村に行く事を散々自慢したアルベドの顔を思い出しながら、悔しそうにそう言った。
つまりシャルティアはこう言いたいのだ。 理解は出来るが、納得は出来てない! ……と。
「あんのねぇシャルティア~~っ。 アインズ様も博士も、あんたに『期待』してるから 」 柱のように
そう……彼女達は、自身が至高の存在と崇める者達が集めた叡智を自らのものとする つまり、勉強をしていたのだ。
きっかけはアインズの一言だった。 クサダが提案した幾つかのプランを相談している際、シャルティアの話題になった時のことだ。
「シャルティアは、相手のリソースを削るため矢のように使うことを想定して造られた。 ……だが、本当にその運用方法は正しいのか、と私は思うのだ」
「シャルティア……って最初に接敵するNPCだったっけ。 先陣を切るんなら、それが正しい運用だと思うけど」
「うむ……AIの時はな。 だが、今のシャルティアは自分で考え、行動出来る。 経験を積む事で、もっと最善な手が打てるかもしれない」
「なーる。 プログラムの時の人工知能とは違い、今は『学べる』訳かぁ」
腕を頭の後ろで組み、クサダは背凭れに寄りかかる。 頑丈で質のいい木材を使ったイージーチェアは、グッと体重を掛けられても全く軋んだ音を発しない。
「んじゃあとりあえず、シャルティアの仕様教えてくれる?」
「勿論だ。 まず、使える魔法とスキルは 」
自分が組んだ訳でもないのに、シャルティアのスキルビルドを空で喋るアインズの説明を聴きながら、クサダは思考の片隅でふと、思う。
(経験を積ませ、ベテランにする。 プレイヤースキルを向上させようってか……NPCの。 流石9位のギルド長、発想がブッ飛んでやがるぜ)
普通、戦力増強を考える者は確実性を取り、物量の増強や装備の更新を狙う。 目で確認しやすく、確実なためだ。 コンマ何秒を競う、走り屋と呼ばれるスピード狂ドライバーですら、エンジンなどのハードをカスタマイズしても電子制御などのソフトを最適化させようなどとは考えない。 そんな事を考えるのは、何億も資金を注入して作るレーシングマシンくらいだ。
だが、白衣の男の前に座る骸の王は、ハードの向上よりもソフトの性能を求めた。 いや、もしくは両方か。
(『向こう』の教育のクソっぷりは
クサダはアインズに向けて不敵な笑みを浮かべ「かなり難易度がたっけーけど」と前置きをし
その場に居た階層守護者全員が戦慄する案を出した。
『最凶の囮』としたらどうか……と。
高レベルなバランスで纏まったスキルビルドは隙がなく、羽による飛行能力は足場の悪さを物ともせず。 高い近接攻撃能力と、スポイトランスの回復に後押しされた継戦能力の長さは、スタミナ切れの早い魔法詠唱者が喉から手が出る程欲しがる特性だ。 さらに<
正に、走・攻・守が揃った万能なのだ。
「シャルティアと対峙した指揮官は悪夢だろうね。 チェスで言う所のクイーンが縦横無尽にワープして来るっつーのに、増援まで沸かせて来るんだからよ」
「放置スレバ悪戯ニ被害ガ拡大スルバカリ……明ラカニ囮ト解ッテイテモ、全力デ対応セザルヲ得ナイト言ウ訳カ」
クイーンのコマを手で弄んでいたクサダは、例を見せるようにルールを無視してコマを移動させて見せた。 前線に、後方に、キングの真後ろに。
「少し待って下さらないかしら博士」
しかし、アルベドがそれに待ったを掛ける。 聡明な彼女には、この作戦の弱点に気付いたのだ。 致命的で、大き過ぎる弱点に。
「確かにシャルティアには、主力を2分させてでも抑える必要があると思わせるポテンシャルがあるわ。 でも、それ以上にリスキーではなくて?」
「ああ、そうだぜ。 アルベドの言う通り、この
クサダは笑う。 ハイリスクを愉しむように、破滅の道をスキップするように、スリルを求めるギャンブラーのように。
「失敗すりゃあこっちの
大き過ぎるリスク。 それは、作戦の成功如何がシャルティア自身の判断能力に大きく左右されることだ。 慎重に動き過ぎれば敵を引き付けられず、踏み込み過ぎれば離脱に失敗し狩られてしまう。 罠や虚偽の情報を見破る目と、敵の弱点を鋭く察知する注意力も要る。 そして何より、速度が最重要なため指示を仰ぐ時間が無く、
「……私もアルベドの意見に賛成です。 アインズ様ならともかく 」
「えっ」
「 シャルティアにその重責……耐えられるでしょうか? まるで一人でゲリラ戦をこなすような事に思えますが……」
「はは。 一人でゲリラ、ね。 映画の主人公みてーだな……ま、ノウハウ次第でそんな事も出来るよーって言いたいだけさ。 高額チップをベットすんのが怖ぇーってんなら、ベストじゃなくベターな方法を考えりゃいい」
そう言うと、クサダはおどけるように肩を竦めた。
「……シャルティア」
「ひゃっ、ひゃいアインズ様!」
話を振られるとは思っていなかったのか、つつかれた猫のように肩を跳ね上げ、やや裏返った声で返事をするシャルティア。
「お前はドクトルの提案をどう思う?」
「あの、もっ申し訳御座いません…どうしたらいいか、わたしには良く解りません……ですが、アインズ様がそうすべきだとお考えになられたのでしたら、それが正しいのだと思います」
「はぁ……少し落ち着け、シャルティア。 私はお前の望みを聞きたいのだ。 色々と経験させる為だと言って、望まぬ事を強いるのは度し難いと思わないか?」
「いいえ!」
跳ねるように顔を上げ、即座に否定するシャルティア。
「……わたしは至高の御方の望みを叶えんし為に作られんした。 アインズ様の望みを叶える事、これより嬉しきことは無さんすえ」
「製作者のよ~~ペロロンチーノさんが想定してる運用とは違ぇとしたらどうなんだ? ってアインズさんは言いてぇのさ。 例えるんなら……運動着としてスパッツを用意したけど、ペロロンチーノさんはブルマ派だった~とかよ!」
「お前はもう少しまともな例えを用意できなかったのか……?」
「ううっ! た、確かに、ペロロンチーノ様の好みと違ってしまいんしたら元も子もありんせん……!」
「シャルティアも律儀にドクトルのボケに反応しなくていいんだぞ……?」
頭を抱え、くうう~~っ! と悩み出したシャルティアに、今までの悲壮感というか緊張感と言うものが雲散霧消したアインズは、心の中で(でも、ペロロンさんならありうるかも……)と思ったのだった。
アンデッドであるシャルティアに疲労などと言うバッドステータスは存在しない。 だが、精神的には疲れるのか、ぐったりとしはじめた彼女にデミウルゴスは溜息を1つ吐く。
「博士も言っていたでしょう? 数学は基礎中の基礎だ、と。 至高の御方があれ程まで強くあられたのは、全てのお方が数学をマスターなされているからなのですよ?」
「それにさー……制服? も、ぶくぶく茶釜様が御用意なされてたんだから、わたし達がこうやって勉強するのを望んでたって事でしょうが」
鼻息荒く立ち上がったアウラのスカートが、ヒラリと
ちなみにデミウルゴスと、今はいないマーレに用意されていたのは詰襟の学生服であり、クサダはスーツ姿から着替えたデミウルゴスを見て「なんか生徒会長って感じ」と感想を口にした。
「コキュートスはいつもの格好でありんすが……」
ただ、何事もにも例外があった。 コキュートスである。 外骨格が装甲の役目を果たしているコキュートスは防具を一々用意する必要が無いメリットを持つ。 しかし、外皮鎧ゆえに防具を一切装備出来ないデメリットも持っていた。
「まあコキュートスは、いっつも全裸だからね!」
「ムウ……ソンナ、マルデ変態ミタイニ言ワナイデクレナイカ。 裸ガ好キナノデハナク、防具ヲ一切装備出来ナイダケナンダガ……」
黙々と読み進めていた本から視線を上げたコキュートスが、困ったような表情をアウラに向ける。
「どうですか? 進み具合は」
「……次ハ負ケヌ。 イヤ、善戦…一矢報イテ……」
だんだんと声と威勢が小さくなっていく友人を見て、デミウルゴスは(やれやれ、先は長そうですね……)と苦笑いを浮かべた。
コキュートスの傍らに詰まれた本の山。 その一番上に置かれた本に、チラリと視線を向ける。
「図上演習……ですか。 博士もなかなか面白い方法をご存知でいらっしゃる」
「一振リノ剣トシテナラ誰ニモ負ケヌ自信ガアル。 ダガ、兵ヲ指揮スルトナルト……難シイナ」
兵法、戦略、補給。 そのような単語が綴られた厚い本をコキュートスが真剣に読もうと思ったのは、クサダと交えた図上演習でボロ負けしたからだ。
定石を知らないズブの素人であるコキュートスが、本当のPVPならまだしも、チェスや将棋などとも違う図上演習で勝てるはずも無い。
「マルデ思考ヲ読マレテイルカノヨウダッタ。 伏兵ノ使イ方モ素晴ラシイ……」
徐々にコキュートスの眼が遠くを見るようなものになり、口から冷気が漏れ出してくる。
「フシュー……。 若様…
絶望的な撤退戦の状況。 執拗な追撃を振り切るために僅かな兵を率いて
「コキュートス? おーいコキュートス戻っておいで」
「 ハッ!」
と、妄想が進んでいた所で、コキュートスは現実に引き戻された。
「イヤ、素晴ラシイナ。 コレハ確カニ憧レル」
「そ、そう。 それは良かったコキュートス。 でも、その状況にならないようにするために学んでるって事を忘れないようにね」
「アア、十分承知シテイル」
そう言って楽しそうに何度も頷くコキュートスは、興奮冷めやらぬ様子で読書に戻ったのだった。
デミウルゴスに数学の基礎を叩き込まれて、シャルティアがウンウン呻りながら勉強している辺りと同時刻。 カルネ村の村長から二つ返事で畜舎の建設許可を得た2人は、森の反対方向の村外れの場所を選んで基礎工事を始めていた。
「にしてもよぉー……マーレ君が本気だしたら、ドカタに勤めてる人は失業だな。 フツー数日掛かる基礎打ちが物の数分で終わるんだからよー」
「ほ、褒めすぎですよ~ ぼ、ぼくなんてそんな、アインズ様に比べたら……」
エヘヘと、普段見せている陰気な表情と打って変わって、にこやかに緩めているマーレ。 人間だらけの村にいるというのに、何処からどうみても彼の機嫌は良い。 なぜならば、アインズから直々に褒美を貰ったからだ。
クサダから「ご褒美として
(ええー! 褒美って、それでいいのか!? 頭撫でてるだけだぞ!?)
アインズの感性では、仕事の報酬が上司からANNされる権利だったら、即・労組へGOするだろう。 だが、ナザリックのNPC達は無償労働があたり前、働くことこそが生きがいなのであり存在意義だと思っている。 むしろ、働く事は息をすることのように日常で、無くてはならない事なのだ。 アインズには理解出来ないが。
(これは……早急になんとかしないとなぁ。 AOG合資会社がブラック企業化するのは耐えられないし、どうにかしないと……)
NPC達に払う給料は幾らくらい支払えば良いのだろうか。 ユグドラシル硬貨で払うのか、それとも現地通貨でいいのか。 正直、どっちの通貨もアインズの財布には心もとない量しかない。 そもそも、鈴木悟の頃は貰う側であったし、払う側の事など考えたことも無かった。
(……そうだ! ポイント制にしたらどうだ? 何ポイント溜まれば、何かと交換できる~みたいな! ……いや、何と交換するんだ。 今までタダで使えるナザリックの設備を有料化するなんて論外だし……)
中身の入ってない頭で何故思考できるのだろうと哲学的な事を考えつつ、直接何が欲しいか聞いてみようか……と思ってアルベドをチラリと見た。
その時であった。
アルベドと目が合う。 ずっとこちらを見ていたのか、それとも偶然か。 まるで監視されているかのような居心地悪さを感じた。 そして、悪い予感も。
(……待て、愚か者。 プレゼント等を本人に直接、何が良いかと聞く奴がいるか)
背中に氷柱を突っ込まれたかのような悪寒から、アルベドに「欲しい物はあるか」と聞くことは却下した。 実際、好奇心に負けて聞いてしまったら……
アインズは、得も言われぬ恐怖 は今は無いが、今までPVPで培ってきた勘で居心地悪さを感じ取り
(人払いした部屋で、ドクトルに何か良い案は無いか相談してみよう……)
と、安全策を模索するのであった。
◆
セメント作りは、火の扱いに長けたデミウルゴスがやってくれた。 なんてったって光熱費タダだからね。 CO2出ないから超エコってのも嬉しい。 石灰岩を焼く作業、これは紀元前からずーっと人が続けてきた産業だ。 産業革命が訪れ、21世紀ごろの時代、排出する二酸化炭素の2割くらいはコンクリートを作るための炉から出てるくらい凄まじい。
まぁ、炭酸カルシウムの石灰岩を、酸化カルシウムの生石灰にする時は二酸化炭素が出るから……全くのゼロって訳じゃあないけどね。
ま、とりあえず、セメントの作り方はこうだ。
セメントは石灰岩と粘土を細かく粉砕し、それを約1450℃の高温の窯で焼いて作る。 そうすると石灰岩の炭酸カルシウムが、粘土の珪素(シリコンとも言う)とくっ付いて、珪酸カルシウムに変わるんだ。 その時、あまりに高温の為ちょっと溶けて材料がくっ付くが、あとでまた砕けばいいので問題ないぞ。 そうして出来た灰色の
粘土の主成分はシリカ(二酸化珪素)や、アルミナ(酸化アルミニウム)だ。 「え? アルミニウムが?」と思ったかい? 実はアルミはスゲーいっぱいある物質だ。 この物質は、実は地球の地殻を構成している成分の第3位であり、クッソ大量にある元素なんだぜ。
岩と粘土を砕く装置……俗に言う『臼』又は『ミル』は粉砕機って言うんだが、よく見る水平に詰まれた円盤が回転するヤツではうまくいかない。 砕きたい材料が硬過ぎるからだ。
ミルの種類は中々多い。 なんてったって原始時代からあるんだからね。 最初は平ったい石に穀物を乗せ、丸っこい石でグリグリするっていうカスみたいなミルだった。 それから、よく生薬や漢方薬を作るときなんかに見かける、筋トレ用具みたいなミルが出来た。 このミルのお陰で、材料を早く細かく砕けるようになったが、欠点があった。 一々中身を入れ替えないといけないのだ。
これを解決したのが、よく見る円盤の石臼だ。 これが、回転を一々止めなくても、上から入れた小麦が下から小麦粉になって出てくるっつー画期的な道具だったんだなぁうん。 ちなみに、脱穀には木の臼を使ったそうだ。
そして14世紀。 この『粉砕する』工程が、とーっても重要になる出来事……いや材料……いや発明があった。 火薬だ。 炭と硫黄と硝石(硝酸カリウム)をいい感じに混ぜたものが黒色火薬なんだが、細かく砕く作業が工程の殆どを占める。 しかも、粒子が細かければ細かいほど、燃えカスも少なく威力もある火薬になるのだ。
その時に活躍したのが『ボールミル』だ。 仕組みは簡単、密閉した筒に鋼鉄の玉と材料を入れグルグル回すだけだ。 筒の中で鋼球がぶつかったり、回転したり、落ちてきたりして、材料を細かく細かく砕いてしまうのだ。
え? 火薬をそんなフウに扱ったら爆発する? しないんだなぁ~これが。 コレで火薬作る時は、爆発しないように少量の水を入れて泥状にした状態で回転させて砕く。 黒色火薬は後で天日干しして乾かせばちゃんと発火するからダイジョウブ。 こうして作った火薬で、コロンブスはアメリカ原住民を無事虐殺できたから。 だからダイジョウブ。
他には、コーヒーだとか胡椒だとかを指定した大きさに砕く、ウイリーミル。 鋼鉄で出来たタイヤで踏み潰す、ローラーミルなんかがある。
……とまぁいろんな種類があるミルだが、どれも一長一短だ。 今回使ったのは『ボールミル』で、こいつは細か~く砕くにはもってこいで構造も単純、動力も小さくて済むっつー高性能な装置だぜ。 欠点は中身を入れ替える必要がある事と、時間が掛かる事と、ガラガラと物凄いウルサイ事かな……
そんなこんなで完成したセメントだが、これは建材として革命的性能を持っているんだぜ。 石材、木材、レンガで建てようとすると、資源の産地から材料をえっちらおっちら運んでこないといけないが……コンクリートはその辺にある砂と小石と水を、セメントと混ぜて練れば良いだけだ。 しかも、鉄骨を入れれば職人技で難しいアーチの形にしなくてもいいし、木枠の中に流し込むだけだから曲面も平面も自由自在だ。
セメントと細骨材を水で練った物が、レンガやブロックを繋ぎ合わせるときに使うモルタル。 で、そこに粗骨材と混和材を入れたものがコンクリートだ。 細骨材や粗骨材ってのはつまり、砂と小石だ。 主に河の砂や砂利を採掘してくるんだが、海の砂は塩が含まれてるので鉄骨が錆びてしまう。 だから河や山から掘ってくるんだぜ。
混和材ってのは少しややこしい。 混和材ってのは、製鉄する時にでる濁ったガラスみたいなスラグや、石炭を燃やした
マーレ君が硬い地層まで開けてくれた穴に鉄骨を差し込み、灰色でドロドロのコンクリートをそこへ流し込む。 この基礎工程は、建物が完成した後で傾いたりヒビが入ったりするのを防ぐ為にも重要な工程だぜ。 なんてったって、コンクリートってのは液状の石と考えても良いくらい重い。 鉄骨を入れて丈夫にしようとすれば、1m四方のブロックで重量が2tから2.5tくらいの重さになる。 せっかく作った建物がズブズブと沈んでいって欲しくなければ、基礎はしっかりと作らないとね。 ……まぁ高層ビルじゃなければそこまで神経質にならなくてもいいが。
コンクリートの配合は、セメント1に対して水0.6。 そして、砂2・小石4の割合で作った。 砂と小石の割合を多くして、砂4・石6にすると強度が増すが、滑らかに仕上げるのが難しくなってしまう。 ただ、ここで水の分量を間違えるとコンクリートの強度が大幅に下がってしまうので、絶ッ対に間違えてはいけない。 許容範囲はセメントの重量の50%から65%の間で、これはコンクリートの固まる仕組みが化学反応だからだ。
「なあドクトル」
「ん? どした?」
ストーンゴーレムの作業を興味深そうに見ていたアインズさんが、こちらを振りった。
「コンクリートが乾くまで何日くらい掛かるんだ?」
「え? 乾かないよコンクリートは」
「何? 乾かないのか?」
「よく、コンクリが固まることを『乾く』って表現する人が居るけど……糊みたいな固まり方じゃなくてゼリーみたいな固まり方だからね、コンクリは」
「ふーん……ゼリーねぇ」
「だから、逆に乾かしちゃいけないんだよ。 実際、乾いて固まってたら水が減った分小さくなんじゃん」
「ああ、なるほど。 言われてみればそうだな」
セメントに水が混ぜられると、セメントは水をいとも容易く吸収して灰色でドロドロしたゲルになる。
水っぽいゼリーが形を保っていられるのは、ゼラチンと言う物質で出来た骨格を持っているからで、イメージとしては水を吸ったスポンジに近い。
セメントの骨格は『珪酸カルシウム水和物フィブリル』と言う、成長していく結晶のような物質だ。 細長い水晶のように成長していった骨格は、その隙間に水を取り込みながら成長していき、骨格同士や砂や小石や鉄骨と出会うとお互いにくっ付いて固まる。 その時に水が多すぎると、内部に水が余って
「コイツの内部で、栗のイガとかウニのトゲみたいに成長したカルシウムが絡み合ってくっついて、固体になるんだよ」
「……ドクトルの例えは食い物ばっかだな」
「いいじゃねーかそんな事。 わかりゃいいんだよ、わかりゃーよ」
固まるまでの期間は15度以上で3日。 10度で7日。 5度以下だと14日かかる。 コンクリートがしっかり固まるには水が必要なのは説明したとおり。 だから、反応が終わるまでの間、表面が乾かないようにしないといけないのだ。 リアルではビニールシートとか便利なものがあったが、
「これでよーし! あとは待ってりゃー平らで硬くて水に強い、コンクリでできた基礎が出来るぜ!」
こうして頑強な基礎が出来れば、鉄骨でもコンクリでも好きな材料で柱を立てられる。 え? 強度計算? 鉄骨がそう簡単に折れるかー! 鉄骨もコンクリも、強度がチート建材なのだよはっはっは!
……とまぁこうして畜舎を建てるわけだが、床がコンクリなので牛を此処で飼うには藁を敷かないといけないが……それが狙いだから問題ない。 フンは肥料として使うことが出来るからだ。 だが、直接畑に未処理の汚物を撒き散らすわけにはいかない。 そんな事をすれば、多数の病原菌を食物にぶっかけることになり、病気を大発生させる事になるからだ。
この現代版畜舎で牛・豚・鳥を飼うと、家畜は寝藁の上でフンをする。 なので毎日掃除するのだが、藁とフンが混ざったコレを適切に処理すると肥料……つまり堆肥を作ることが出来るのだよ。
家畜の排泄物には寄生虫の卵や病原菌を含んでいることがあるため、70度くらいの温度で低温殺菌してやる必要がある。 処理の仕方は、コンクリートで3方向を囲った作業場に、掃除した藁を積んで過燐酸石灰を振り掛け、たまにかき混ぜて空気を含ませてやると、発酵が進んで温度が上がり3ヶ月くらいで堆肥が作れるのだ。 ちなみに、雑草や落ち葉、藁を積んでおくだけでも腐葉土が作れる。
ただし、この堆肥を肥料として使うには問題点があって、100m×100mの大きさ(1アール)の農地につき500kgから3tもの量が必要だ。 全盛期の日本では、堆肥散布機って言う農業用のトラクターがあるし、牧場も300頭くらい飼ってるから堆肥の量も莫大にある。 だから、カルネ村では肥料として堆肥を……ではなく、土壌改良剤として他の肥料と併用して使うべきだ。
今ある化学肥料は過燐酸石灰だ。 森に行けば 手間が掛かるが 腐葉土が手に入るので、堆肥を得るために3ヶ月や半年待たなくても良い。 この2つで期待できる栄養はリン(P)とカリ(K)なので、後は窒素だけだ。
「肥料の基本はNPKなんだが、それぞれ効果かが違うんだ。 窒素は茎や葉っぱを大きく育てる。 リンは花や実を大きくする。 カリは根を丈夫で広く張らせる効果があるんだ」
「ふむ……つまり葉物野菜は窒素が。 果物にはリンが重要なわけだな?」
「そういうこと。 今足らないのは窒素だけど、これは油を搾った時に出たカスが使えるんだぜ」
「油か。 そういえば、マーレが育てたオリーブの実があったな」
「察しが良くて助かるぜ。 その絞りカスが窒素の肥料になるから、これでNPK全部揃ったっつーことになるな!」
「うーむ、捨てる所がないとは素晴らしい。 流石は我が……いや、我らがナザリックの階層守護者だ」
アインズさんが本日2度目のANNをすると、マーレ君は顔を耳まで赤くしながらも、嬉しそうに顔を
とんでもないスピードで建てられていく畜舎。 その建造物の骨組みが組み終わった辺りで、さすがに日が傾いてきたので一旦ナザリックに帰還し そして翌日。
「ほいじゃマーレ君! いっちょブワーッとやっちゃって!」
「は、はい! いっいきます!」
ぎゅっと握り締めた杖を、マーレ君がえーいっと掛け声とともに振りかざす。 すると、プロトタイプの農具を使った畑から麦が発芽し、根を張り、茎を伸ばし、実を付け、成熟する。 解りやすいようにロープで区分けされた農地から、まるで高速再生した動画のようにワサワサと麦が伸びていった。
わざわざロープで区分けしたのは、環境によって収量がどう変わるか調べる為だ。 そうしないとテストの意味が無いし、何が原因で失敗したのかわからなくなってしまう。
細かい話は省略し、結果を言う。 土壌PH、水、気温、肥料など全ての環境を最高に整えると 狭い畑で作ったので誤差はあるだろうが 単純計算すると1アール(100平方メートル)で49kgの収穫があった。 カルネ村の村人が耕作する畑の面積は、1家族あたり3ヘクタール(300アール)で、1年のうち半分は休耕地だ。 そこから計算すると、1家族あたり1.8tくらいの小麦を生産している事になる。 これで、1アール12kgの小麦を収穫する現在のカルネ村の農法と比べ、この魔法をつかった農法は約4倍の収量になることがわかる。 全盛期の日本ですら37kgが精々だったというのに、魔法とはこうも凄まじいものなのかと俺は驚いた。
150年前の21世紀ごろのアメリカは63.5ヘクタールの農地を
次に、マーレ君のチート肥料魔法無しでNPK肥料のみで耕作した畑……これは2倍ちょいの収量になった。 流石に、土壌の栄養を問答無用でパーフェクトにしてしまう魔法には叶わなかったし、科学肥料をジャブジャブ使える現代農法にも今1歩及ばない結果に終わったが……いや、努力次第で収穫が倍になるのはこの世界の農民にとって無視出来ないハズだ。 それに、面積辺りの収穫が少ないならもっと広い畑で作ればいい。 農地を倍、収量を倍にすれば、マーレ君の魔法無しでも4倍の収穫が得られるハズだからね。
ああ、ちなみに実験的に作った耕耘機とかの農具は大きな問題があった。 馬や牛では力が足らずに耕せなかったのだ。 おかしいな、と思って調べてみると……4枚刃のプラウは100キロワットのパワーがいるらしい。 馬力で言うと140馬力だ。 ……普通乗用車くらいの力が無いと使えないってどんだけやねん。 これだから商品化前のテストは大切なんだよ……
そこで、農耕馬ではなくゴーレムに引っ張らせてみると、問題無く耕すことができた。 しかし、ゴーレムを作るには今は手に入らないユグドラシル産の材料が必要になる。 村人が言うにゴーレムは 信じられない事に 高級品らしく、盗難されるかもしれないとの事。 なので、簡単に量産できるアインズさんお手製のデスナイトに引っ張らせてみたのだが……
結果は失敗。 デスナイトの足が畑に膝まで埋まってしまった。 原因は、パワーに対して足の大きさが小さすぎたゆえに接地圧が高かったから。 急遽、鋼鉄製の『かんじき』をデスナイトにとりつけ再テスト。 そして成功。 俺は胸を撫で下ろしたのだった。
こうして、ナザリックに帰ったアインズさんを見送った後、カルネ村で実験的に育てていた麦の記録を
「どうぞ、博士」
もはや日課となったコーヒーをユリから受け取る。
「おっ、あざーす! ずびずび……あ゛~~この一杯の為にナザリック入ったって気がする……」
マグを傾け一口飲めば、芳ばしい香りとスッキリとした苦味が喉を通っていく。 アルコールに依存するヤツの気持ちは全く理解出来ないが、コーヒー中毒になるヤツの気持ちなら完璧に理解出来る……かもしれない。
「これで村人達も、アインズ様から肥料を購入すれば豊かに 」
「ならないんだなぁ~これが」
俺が苦笑いを浮かべてユリにそう告げると、彼女は残念そうに「……そう、ですか」と俯いた。
「何しろ肥料だの何だのを使った農法は、教育を受けてないこの村人には難しいからね。 ……たぶん自分の畑が何ヘクタールあるのかすら計算できないんじゃあ無いかな?」
「計算、ですか。 あっ、まさか、アインズ様が守護者様達に勉強をさせていらっしゃるのも 」
「そ、教育を受けさせる為さ。 数学はなんでも使うからなぁ……これが出来てないと、農業も、商売も、戦争も出来ないのさ。 この村人に農業のやり方を教えても、来年あたりには……肥料の計算方法も、使う種籾の量も解らなくなっちゃうんじゃねーかな?」
それに数学を学んでいないと『数学的思考』も出来ない。 A+B=Cであるだとか、AがBになるのでCをする必要があるだとかを理解出来ないのだ。 なぜそうしないといけないのかを
実際に学んでいないとどうなるか。 例えば料理をするとする。 小麦粉100グラム、卵60グラム、砂糖50グラムetc……で、ケーキを焼くとしよう。 数学を学んでいないと「少し甘すぎるので砂糖を40グラムに減らそう」だとか「倍の大きさで焼きたいから小麦粉を200グラムで~」だとかの思考に
「ま、せっかくの努力が水の泡ってのもムカつくから……そうだな。 挿絵つけた説明書を……村長に渡して、なおかつ用法用量をみっ~~ちりと教え込んでこようかね」
「村長にですか? 大丈夫なんでしょうか?」
「まー村長なんて立場に居るんだ。 四則演算くらいはできるでしょ、たぶん。 税金とかの計算もしなくちゃならんし、出来ないほうがおかしいって」
それに、村長の言う事なら村人も大人しく聞くだろうって打算もあるぜ。
「ほいじゃぁいくぜ! 村長の家へ!」
「えっ、わ、わたしも行くのですか!?」
ユリの手を引くと、自分も手伝わされるとは思っていなかったのか、驚いた声をあげた。
「タリメーだよぉ。 俺はザコいんだから護衛がいるのさ、ゴエーが。 あと助手」
ユリは、雑用係が欲しいだけでは無いのですか! と、何やら言っていたが……そこまで解ってんなら言わせんな恥ずかしい。
こうして、俺はガハハと楽しそうに笑いながら村長宅へと足を進めたのだった。
☆睡眠無効のアンデットは24時間学習も余裕!
アウラ 「地図書くのにも数学が必要だから、勉強会は渡りに船だったわ!」
シャルティア「う~っ、まだ方程式までしか進みんせん……先が長すぎるでありんす……」
ドクトル 「早いと思うんだけどなぁ……」
モルタル、について。
中世のレンガ建造物に使われた接着剤『モルタル』は、今と違い、セメントではなく消石灰を使っていました。 砂と混ぜて水で練って作られるのですが、だんだん空気中の二酸化炭素を吸収して炭酸カルシウム……つまり石灰岩に変質します。 それで固まるって仕組みです。 ただ、固まるのに時間が掛かるので、今ではレンガもセメントでくっつけてしまいます。
スラグ、について。
鉄屑をリサイクルする際、どうしてもスラグとして不純物が発生します。 スラグとは、鉄鉱石に元から含まれている不純物の事で、鉄に精製する時にガラス状の岩石も一緒に溶けて混ざってしまいます。 この不純物が多いと、鉄鋼の強度は大きく下がり、破断の原因になります。
なので、鉄を作ったり剣を加工するときにスラグを搾り出し、取り除かなくてはいけないのです。 製鉄炉から作ったばかりの、スラグを含んだ鉄を『ブルーム』または『玉鋼』と言い、ヨーロッパではローラーで挟んで雑巾を絞るように。 日本では大きな槌で叩いて、火の粉のようなスラグを弾き飛ばして製鉄していました。 日本刀を作るときに何度も折り返して叩くのは、スラグを搾り出している作業です。