Dクラスにも休日をください。   作:くるしみまし

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皆様のおかげでお気に入りが700人を超えました。本当にありがとうございます。

これからもマイペースな投稿になると思いますがよろしくお願いします。


SCPー2599➁

「気持ち悪いよ。」

 

少女に対して俺は言い放った。

彼女の目を真正面から見つめ、何のためらいもなく告げる。

少女は俺の顔を見たまんま固まってしまった。もしかしたら泣き出すかもしれないと思い覚悟を決めて少女の反応を待つ。

 

「.……………ははは。」

 

しかし予想とは違い少女は小さく笑う。

しかしその笑顔は、まるで向日葵のような愛らしい先ほどまでの笑顔とは違い、『ああ、やっぱりな。』というような悲しい笑い方だ。

 

 

「分かってる……つもりだったんですけどね。……でも…人に言われるとやっぱり少し応えますね……ははっ。私、私は………。」

 

少女が今にも消え入りそうなか細い声で言葉を紡ぐ。

顔からどんどん表情が消えていく。何もかも諦めたような生気のないこの顔。逃げることも、治すことも、戦うことも、弱音を吐くことも、希望を持つことも諦めたかのような顔。

 

この顔を俺はよく見る。

きつい検査があった日。人体実験をされた時、死にかけた時、死にたくなった時、死ねなかった時、鏡で見続けた顔。

 

 

『何で自分だけ?』

 

人と違うといことは時に何事にも耐え難い苦痛だ。何か特別な力を持っていたとしても人に受け入れられず、自分が望んでいない、活かせる場所がない……そんな時に自分の中に生まれるのは……深い絶望だ。

 

まさに目の前の少女はその絶望に今飲まれようとしている。

俺がそうさせた。

 

だから…………

 

「ジーナちゃん。」

 

「………………なんですか?」

 

俺は自分に指を向ける。

 

 

「俺の両腕を切り飛ばして。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の絶望を拭うのも俺の役目だ。

 

 

ジーナは俺に傷つけられた時よりも絶望的な表情を浮かべる。

そしてとうとう大粒の涙を流し始める。そしておそらく彼女の意思とは裏腹に彼女は俺に向かって歩き始める。

 

「なんで……そんなこと言うんですかぁ!!?」

 

あと5m

 

少女が絶叫する。

俺は逃げそうになる足を必死に押さえつけ彼女がくるのを待つ。

 

「いやだいやだいやだ!…したくないのに! でも、しなきゃ!またあの人みたいに殺しちゃう!逃げて逃げないで! だって言われたから!」

 

あと3m

 

彼女の頭の中で何かが鬩ぎ合っている。

どうやら前にも人を殺すように言われたことがあるみたいだな。……どうせDクラスだろうけど。

 

とうとう少女との距離が1m無い程に近づき、少女が手を振り上げる。

俺はくるであろう痛みを目を閉じて待つ。

 

「ごめん……なさい…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで時間が止まったかのように長く感じる。

まだか………まだかまだかまだかまだかまだか。

 

怖い、とてつもなく怖い。

自分の一部が切り落とされることが分かっている。

それがこんなにも恐ろしいことだとは思わなかった。

 

それがすぐだったのか、それとも体感した時間と同じだったのかは分からないが…………

 

 

ヒュンッ

 

 

左肩に何かが走る。

 

恐る恐る目を開けた。

 

まず目に飛び込んできたのは体の右側。特に右腕が真っ赤に染まったジーナの姿だった。

 

次に見つけたのはジーナの足元にまで広がっている赤い液体。

 

そして自分の足元を見たとき見つけたのは………

 

「う、ああ……。」

 

自分の左腕だった。

 

 

 

 

「うッ……ぐああああああああああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

今まで体感してきた中でもトップクラスの痛みが左肩に走る。

 

腕の付け根部分からはありえない量の血が溢れ、まるで焼けた鉄板を押し付けられながらド太い釘でもうち来れているかのような痛みが永遠襲ってくる。

 

悲鳴をあげるつもりは無かったのだが、想像以上の痛みに声を抑えずにはいられなかった。喉が避けたのにも気付かず叫び続ける。

目からは止めどなく涙がこぼれる。

膝から崩れ落ち自分の切り口を手で抑えようとする。

意味もないのに額を何度も床に叩きつけ額からも血が流れる

血が抜けすぎたせいか視界が暗くなっていく。

 

まるで引っ張られたかのように後ろに体を預け

 

(…あ…ダメかも……。)

 

上向きに倒れこんだ。

 

 

自分からどんどん血が抜けてるのがわかる。

 

だけど、だんだん痛みも引いてきたぞ……ただ…眠い。

 

どうしようもなく眠い。

 

この眠気には勝てる気がしないなぁ。

 

あれ?なんで勝たなきゃいけないんだ?

 

 

 

だって痛かったし。疲れたから……

 

 

 

 

 

……あれ?俺腕切られた後何しようとしてたんだっけ………?

 

 

 

 

 

 

「……………さい。」

 

何かが聞こえた気がした。

 

気のせいかと思いもう一度闇に体を委ねようとした時。

今度ははっきりと聞こえた。

 

 

「ごめんなさい…!」

 

 

 

 

目を見開く。

そして思いっきり自分の傷口を殴りつける。

 

「…………いであっ!」

 

「……………ふぁ!?」

 

体をなんとか起こす。

 

あっぶねぇ!?寝るところだった!

 

ただでさえ女の子傷つけた上でトラウマだけ残して退場しようとするとか、どんな鬼畜だよ俺!?

 

ジーナは急に飛び起きた俺を驚いた顔で見つめる。

しかしそんな彼女に構う暇は今の俺にはなく慌てて隣にあった自分の腕を拾い上げ自分の傷口に本来あった形と同じように押し当てる。

 

「いってぇ!?」

 

さっきの気付が想像以上に効き、意識がはっきりしているため痛みをばっちり100パーセント感じる。

 

ただ……腕が切り落とされたの自体は初めてじゃないおかげか、痛みに慣れてくる。経験て大事だね!

 

 

ジーナは俺が何しようとしているのかわからず俺の肩を揺らす。

いてぇ!揺らさないで!

 

「な、何してるんですか!?そんな……傷に腕を押し当てたところで治るわけないじゃないですか!それより他の職員の方に言って早く病院に……!」

 

「俺は……死刑囚だ。俺が死んだところで誰もどうも思わねぇよ。」

 

ジーナが固まる。

俺の突然すぎるカミングアウトに思考が追いつかないようだ。

まあ確かに

 

いきなりきた男に暴言吐かれて、無理やり腕切り落とさせられて、その上「死刑囚でした」って、俺にも意味わからん。

 

「で、でも職員だって……さっき…。」

 

「……職員でもある!ただその話をすると長いからそれは置いといて…とにかく俺は死刑囚だ。生きている価値すらないドクズだ!……それにな………。」

 

俺は抑えていた腕を話す。

 

ジーナが信じられないほど目を見開く。

 

「う、うそ.……。」

 

先ほど切り落とされた俺の腕は僅か30秒程押し付けただけで本来あった場所にくっついていた。

 

「俺は………君と同じ化け物だよ。」

 

 

「ていう訳で俺は不死身とまではいかないけど、恐ろしく傷の治りの早い化け物になったんだよ。」

 

ジーナに俺が化け物に変わった経緯を話す。

特に面白い話でもないのだが、ジーナはとても真面目に話を聞いてくれた。

この子は見た目14位に見えるけど、精神的にはよく育っている賢い子だ。だからこそここまで悩み、苦しむのだろう。

 

「それはなんというか…かわいそう……。」

 

そう呟いたジーナに俺は指をさす。

 

「俺可哀想だろ?」

 

「は、はい。可哀想です。」

 

急に指をさされ驚いたようだが、ジーナはこくんと頷く。

 

「ただねぇ……世間は俺のことを『気持ち悪い』て言うんだよ。」

 

「そ、そんなことは………!」

 

否定しようとしたジーナに俺の傷跡を見せる。

 

切られた傷口は赤紫色に腫れ上がり、まだ繋がりきっていないところからは膿のようなものが出ている。

 

その傷を見てジーナは唾を飲み込む。

 

「気持ち悪いんだよ…俺は。」

 

そう。それが現実だ。

どんなに悲劇的なドラマがあろうと、どんなに本人が望んでなかろうと、どんなに本人が苦しんでいようと、そんなことを知らない人からしたら俺は『気持ち悪い』存在なんだ。

 

「ただ……辛いことをまた言ってしまうよ。ジーナちゃん……君も世間から見たら異物なんだ。これは俺たちの力じゃどうすることもできないし、もし治ったとしても世間の目は変わらない可能性だってある。それは分かるよね?」

 

ジーナは無言のまま頷く。

俺がまず最初にジーナにするべきことは現実を受け入れさせることだと思った。これが正解かどうかなんて俺には分からない。いや…きっと間違いなんだろう。本来なら『そんなことないよ。』とか『君はみんなと変わらないよ』とかの、優しい言葉をかけるべきなんだろう。

 

それでも俺は口を止めない。

 

「俺は『君のその体質は絶対に治る。』なんて無責任なことは言わない。もしかしたら一生その体質と付き合っていかなきゃいけないかもしれない。……だから、少しだけ気持ちが楽になる方法を教えてあげよう。」

 

「少し楽になる……ですか。」

 

ジーナが首をかしげる。

 

そう……我が母国の若い世代が得意としていた……。

 

 

 

「『愚痴る』ことだ!」

 

説明しよう。

愚痴るとは愚痴をこぼすこと!以上である!

 

「ぐ、愚痴るですか……。具体的に何をすればいいんですか?」

 

しかしジーナは『愚痴る』がよく分かっていないようだ。

 

「ん?…まあ、嫌な奴の悪口言ったりとにかく不満なことがあれば口に出せばいいんだよ。日本のドラマとかアニメでは海に向かって叫んだりしてるけど。」

 

まあ、あれを『愚痴る』と言って良いのかは知らないけど

 

ジーナはそれでもモジモジしている。

 

「ひ、人の悪口とかよく分からないですし…そ、それに……少し恥ずかしいかな…なんて思ってたり……。」

 

ふむ…確かにジーナは見た感じ感情を表に出すのはそんなに得意では無さそうだな。

どれ……手本を見せてあげようかな。

 

「じゃあ俺がやるから真似してみてね。コツは恥ずかしがらないことと、感情を爆発させること。じゃあいくよ。」

 

俺はそう言うと立ち上がり、息を全部吐いたあと思いっきり吸い込む。

 

そして目を閉じてここに勤めてきた8年間を思い返す。

 

あの日にはこんなことがあった。また別のあの日にはあんなことも起きた。そのまた別の日にはまさかあんなことが起きるなんて……休みをいつ貰ったのかも忘れ、死にそうな顔で作業し続けた。今となっては全部俺にとって忘れることのない思い出になった。そんな俺の8年間。

 

もう………本当に……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここの職員の奴ら全員死に晒せぇえええ゛え゛え゛え゛ぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全力で叫ぶ。

先ほどの俺の叫び声など比較にもならないほどの怒号。

その声はなんども部屋の中で反響し、声の力なのか机の上の花瓶も倒れた。

 

これまで溜め込んできたものを全てをぶちまけるように、怒りや悲しみその他もろもろを詰め込んだ俺の全力の咆哮。

 

何度も俺の声は部屋の中で反響し、音が聞こえなくなったところで息を一つ吐き

 

「ふ〜……スッとしたぜ。」

 

体の中に溜まった鬱憤全てを吐き出せたのか、スッキリとした良い気分になり世界も色付いて見える(なお無機質な室内)

 

俺はジーナの反応が気になり目をやる。

 

「す、すごい………。」

 

ジーナが目を見開いて俺のことをじっと見つめる。

それだけではなく、パチパチと手を叩いて目からは涙を一滴こぼす。

 

「あんなに…あんなに心に響く声は初めて聞きました。……まるであの一声から貴方の苦労の8年間が見えてくるようでした………。」

 

ジーナはその後も涙をポロポロと流しながら俺の事を哀れみと尊敬の入り混じった瞳で見つめる。

 

今更ながら再確認したことがある。

 

 

(この子は本当に良い子だ。)

 

 

常人ならどん引いて当たり前の光景だったという自負はある。というか俺もめのまえでやられてたら引く自信がある。

しかし彼女は俺の不恰好さより、言葉に詰められた思いに意識を向けた。今時ここまで相手を思える子供……いや、人間は珍しいだろう。

 

「………ジーナちゃんもやってみたら?」

 

「わ、私がですか!?無理です無理です!」

 

何気なぁく進めてみたのだが超全力で断られた……あれ?なんで中学の時に女子からフラれた時のことを思い出したんだろ…俺。

 

「……そんなに嫌かなぁ?」

 

俺は少々傷つきながらも何故か聞いてみる。結構良い案だと思っているので理由だけは聞いておきたい。

 

「いえあの…嫌なわけではないんですけど………何というか……。」

 

ジーナは何か言いたげにモジモジしだす。

 

「何というか?」

 

モジモジしているジーナに顔を近づけ言葉を聞き取ろうとする。見方によっては少々危ない光景だが俺にロリコン特性はついていないので至って健全である。

 

 

 

 

「恥ずかしいかな……なんて。」

 

 

 

ジーナは照れくさそうにはにかみ、頬を染め呟く。

 

俺はジーナから一歩離れる。

 

いや、特に離れたのに理由はないんだけど……なんかあの子の近くにあれ以上いたら何かに目覚めそうで怖かったから距離をとってみた。

 

「ま、まあ。恥ずかしいのは仕方ないか……じゃあ俺みたいに大声じゃなくて良いから俺に対して気に入らないこととか、してみたいことを話してみて。というかそれが本来の『愚痴る』だから。」

 

よくよく考えたら俺のは『愚痴る』じゃなくて『吠える』だしな。

まあ重要なのはいかにストレス発散できるかだし、問題はないよね!

 

 

 

「えと…あの、じゃあ…と、友達に…家族に合わせてほしい…です。」

 

 

ジーナは少し恥ずかしそうにそう呟いた。

 

それは俺のような邪念や恨み辛みが篭った汚い感情によるものではなく、一人の少女の愛おしい願いだった。

 

そう。これで良いのだ。

 

もし聞いてくれる人がいるのなら、どんなに小さな不満でも良いから吐き出す。それでその人が変われるわけではない。救われるわけでもない。ただ楽にはなる。

 

所詮その場しのぎだという奴もいるが……この子に関してはその『その場』をしのがなければならないほど追い詰められているのだ。

 

こうして愚痴をこぼしている間は自分のことを正当化することができるのだから、今の彼女にはちょうど良いだろう。

 

「い、今みたいな感じですか?」

 

「………うん。そんな感じだ。じゃあ今度は俺の番だな。」

 

おれはもう一度息を大きく吸い込み

 

「休みをよこせえええッ!!」

 

もう一度叫ぶ。

 

そして次はジーナの番だという風に目線を向ける。

 

「もっと…おめかししたいです。」

 

そしておれの番。

 

「keterを3日連続で続けたりするなあああ!」

 

そしてジーナ。

 

「そ、外に出たいです!」

 

ジーナの声が少し大きくなる。

 

俺「クソトカゲを早く始末しろおおおおお!」

 

ジ「暖かい布団で寝たいです!」

 

俺「博士は美人だけに絞れえええええええ!」

 

ジ「ゲームで遊びたいです!」

 

俺「連続勤務2000日ってどういうことだあああ!?」

 

ジ「着替えまで監視するのはやめてください!」

 

俺「この変態どもが何しとんじゃああああああああ!?」

 

 

 

 

そんな感じで俺とジーナは10分近く叫び続けた。

 

声も枯れ果てて喋るのすらまともにできなくなった頃、部屋の扉が開き例の博士が入ってくる。

 

「………ご苦労。今日の作業はこれで終了だ…ついてこい。」

 

「………もうか。」

 

俺はジーナの方を振り向く。

 

ジーナは黙っておれを見返してくる。

 

「あぁ〜……その…まあ何だ……。」

 

何か話そうと思っていたのだが言葉が出てこない。

こんな時に自分のコミュ力の無さを後悔する。

 

しかし

 

 

「またあってくれますか?」

 

ジーナがそう言ってきた。

彼女にトラウマになるような辛いことをさせてしまったような俺に対して彼女は真っ直ぐ俺を見てそう言った。

 

「…………ああ。絶対にまた来るから。」

 

俺は少し照れくさくなり目線を逸らしながらもそう言った。

 

俺はその後は何も言わず部屋から出る。

 

そして俺とジーナの短いような長いような1日は驚くほどあっさり終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談になるが、後日ジーナのもとに訪れるとフカフカの布団と中古のゲーム機、数枚の衣服が増えていた。

 

頼んでみるもんだな………。

 

 

 

 

 

 

 

 


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