~
ベルベット達はロクロウとクロガネに追いつく、やがて二人を見つける。二人がいた場所には炉と金床に熱した金属を掴むためのつかみ箸、木製の棚には薪や麻袋が積まれている。そこで一番目を引くのがあちこちに打つ捨てられるように散乱している刀だった。その刀も根元から折れているのもあれば中ほどで真っ二つになっているのもあった
「すごい・・・刀がこんなに・・・」
「伝説の刀鍛冶クロガネは、號嵐に勝つために生き永らえてたんだな」
「そうだ、俺はすべて捨て、號嵐を超える刀を打つことだけを考え続けた。そして気付けば――」
「業魔になっていた・・・か」
クロガネの言葉をロクロウが続けて答える
「貴様も、あの刀の継承者――兄を斬りたいがために、その身を堕としたと見える」
「同じ穴の貉だ。俺にお前の刀をあずけてくれないか」
ロクロウの願いにクロガネは頭を下げ苦言を呈す
「・・・俺は無数の刀を打ったが、結局、號嵐には歯が立たなかった。お前は、そんな俺の刀を求めるのか?」
ロクロウは迷うことなく躊躇することなく答える
「応とも!何十回、何百年負け続けても、お前は折れていない。俺も同じだ。シグレと奴の神剣を斬れるものがあるとしたら、この“恨み”だけだ」
ロクロウの執念に観念したクロガネは少し間を置き話す
「・・・奇しくも、貴様等兄弟が同じ手がかりをくれた。その策で新たな刀を打とう」
「煌鋼を探す?」
ライフィセットの提案にロクロウが制す
「いや、その必要はない」
「え?」
ロクロウがそう言いながら歩き出す。ライフィセットはその意味がわからず疑問符を浮かべる。ロクロウはクロガネに近づく
「“上の方”でいいか?」
「頼む。腕さえあれば刀は打てる」
ロクロウとクロガネがお互い一言だけ言葉を交える。その言葉を聞いたロクロウは小太刀を取り出し振りかぶり、クロガネの首に一閃
「破ッ!」
クロガネの首が地面に落ち胴体が両膝を着く
「なんてことを!」
ライフィセットとエレノアが驚く。無理もない、いきなり首を落としたのだから。エレノアが声を上げる。ロクロウが後ろを振り返る
「慌てるな。“刀の素材”を切り離しただけだ」
後ろでクロガネの胴体が動き出し首を拾い上げ立ち上がる
「そういう業魔だったのね」
ライフィセットが安心したかのように息を吐くがあることに気づく
「この頭を刀にするの!?」
「そうだ。恨みの塊である“これ”で號嵐・影打ちを打ち直す!」
クロガネの提案にロクロウが待ったをかける
「待て。
「・・・わかった。ならば、お前のために短刀を打とう」
ロクロウの頼みを聞き入れたクロガネは後ろの金床にある椅子に向かい腰を下ろし、己の首を掲げる
「はあああっ!」
クロガネに声と共に首が燃え始め右手が光り、そこから金槌が現れる。クロガネは躊躇することなく自分の首を叩き始める
「すごい」
ライフィセットが驚くのも無理もない刀鍛冶を見るのも初めてだろうからだ。・・・自分の体の一部を叩き潰せる者を目の前にしているが・・・狂気の沙汰ともいう
「俺たちは外で待とう」
アイゼンの提案にロクロウ以外は鍜治場から離れていく。ロクロウは腕を組みクロガネに作業を見届けていた
~
ロクロウの武器が出来上がるまでの間、つかの間の休息を取るため各々少し離れていた
「・・・ケン、いなかったね・・・」
ライフィセットは道中にでも合流できると考えていたが、それが外れてしまい少し元気がない。エレノアがそんなライフィセットを励ます
「も、もしかしたらこの先の港にいるかもしれません。偶々違う場所に出て先についているのかもしれません。」
「だといいんだけど・・・」
それを横目で見ていたベルベットの隣でアイゼンが小声で話しかける
「船は、順調にこちらに向かっている」
「当然ね。死神が乗ってないんだから」
ベルベットの皮肉をアイゼンはスルーし、話を続ける
「もうひとつ。シグレは、導師アルトリウスの用心棒だそうだ」
「つまり、避けられない敵か」
「単独行動している今、倒しておきたい相手だ。だが、ロクロウでは勝てん」
「ただでは負けないはずよ」
聖隷の中では若輩だが長年生きているアイゼンの経験と勘でシグレとロクロウとの差を考慮した決断を下す。だがロクロウの性格を知っているベルベットが反論する、アイゼンもそのことをわかっているようで最初から全否定はしていない
「当然だ。だから。あいつがつくった隙を突いてシグレを仕留める」
「
「俺のケンカにも繋がる話だからな」
「・・・あたしだって同じよ。戦力を無駄死にさせるわけにはいかないし」
アイゼンもベルベットも関わりがある人間が全員聖寮である。あくまで利害の一致で同行している、まぁそれだけではないだろうが
「ロクロウは生き死ににこだわる男じゃない。二、三回斬られる程度で許してくれるだろうさ」
「・・・」
実際それだけで済めば御の字だが多分、無理だろう
~
少し離れたところでマギルゥは岩に背を預けのんびりとしている、そこにはビエンフーはいない
「ビエンフーは?」
「あやつは船着き場へ猛ダッシュで偵察にやったぞ~。要はパシリじゃ、儂って気が利くじゃろ?」
「ビエンフーに同情するわ」
相も変わらずビエンフーの扱いは悲惨である。マギルゥに捕まってしまった時点で運の尽きだが
「しかしクロガネめ、自らの体を使って剣を打つとは、まるで生贄の儀式じゃのう」
「生贄・・・業魔ならではの手よ。強い力を手に入れるためには必要な犠牲」
「必要な犠牲か・・・非情じゃのう」
「今更ね」
「ま、結果をご
万物において犠牲はどうしても発生してしまう。人にも物にも関わらずだが、例えそれが必要だったとしてもそれに見合った見返りは無いというのがほとんどだ。それが正しくても間違っていようとも正解というものがない。残酷だが
「少なくとも儂にとって楽しみが一つ増えたわい」
「・・・」
「大変でフ~!船着き場にいた一等対魔士たちが、こっちに向かってくるでフ~!裏切り者エレノアを粛清するって言ってるでフよ~」
沈んだ空気をビエンフーの情けない声が吹き飛ばす。偵察から戻ってきたのだ
「粛清・・・」
エレノアは、事情を知らないのは仕方ないが同じ対魔士からその言葉が出てきたことに動揺する
「ベルベット・・・」
「迎え撃つわよ。エレノア、あんたにも戦ってもらう」
「命令・・・なのですね」
ライフィセットが皆まで言わずともわかっているようでベルベットがエレノアにも戦うよう命令する
「そうよ。ライフィセットを守って、対魔士を倒しなさい」
「・・・わかりました」
エレノアが了解しライフィセットと共に先に向かう。そこへアイゼンがベルベットに近づき釘を刺す
「忘れるなよ。エレノアが壊れたらライフィセットが業魔化するぞ」
「わかってる。けど、足手まといを連れていく余裕はないわ。あいつの思惑を利用して、こっちの戦力にする」
「・・・限界を見誤るなよ」
「やれやれ、真面目な対魔士じゃったろうに。お主に絡んだのが運の尽きじゃな」
「なんとでも言いなさい」
エレノアの最大の不幸はこの面子に絡んでしまったことだ。運命か因果か、この先どうなるのやら
~
工房を出て、先に行っていたエレノアとライフィセットと合流する。ほぼそれと同時に向かい側から白い装束を着ている、対魔士がやって来た。人数は4人、三人は槍と盾を持ちもう一人は他の者に比べ装束が豪華である事から一等対魔士だ。
「一等対魔士エレノアだな!業魔に屈するとは恥を知れ」
一等対魔士は剣を抜きつつ続ける
「対魔士の堕落は大いなる災厄の種となる。この罪は死をもって償ってもらうぞ」
エレノアは何も答える事なく、否、理由も話せない話すわけにもいかない、裏切っていない事を弁明したいがベルベット達がいる中、特命故に口外出来ない。辛すぎる板挟み、複雑な表情を浮かべながらエレノアは槍を取る。その行為が合図となったのか対魔士達はベルベット達に向かって走り出す
「来るわよ。覚悟はいいわね?」
ベルベットが刺突刃を出しエレノアの横につく、要は警告だ
「・・・わかっています・・・」
それを聞いたベルベットが少し離れ二等対魔士の槍を躱し後ろに飛び退く。一等対魔士の方は元からエレノア狙いのようで剣を上段で構えながら向かってくる
「裏切者には死あるのみ!!」
「くぅ!?」
エレノアは槍の柄で受け止める槍と剣の接触で火花が散る。エレノアは剣を柄で滑らせ対魔士の体勢を崩し距離をとる。それを横目にベルベットは二等対魔士の槍を躱しながら状況を観察している
(・・・体制崩したと同時に切り上げればいいけど同じ対魔士だからできる理由ないか・・・)
敵対してしまったとはいえエレノアからすればまだ仲間である対魔士を傷つけることはできない。だがベルベットにはそんな事は関係ないのだ。ベルベットはそこで思考をやめ二等対魔士へ攻勢に転じる
「ふんっ!」
アイゼンとライフィセットとマギルゥは残りの二人の対魔士を相手にしている。アイゼンが前衛で対魔士を拳と蹴りでダメージを与えつつライフィセットとマギルゥが術で追い込む。アイゼンの拳が一人の対魔士の腹部に当たる
「おらっ!」
「ぐああっ!!」
続け様にアイゼンは対魔士の脚部に蹴りを叩き込み態勢を崩す対魔士に容赦なく顎にアッパー、顎に受けた衝撃が骨を伝わり、脳を揺らす。意識を刈り取られ対魔士は崩れ落ちる
「なっ!?」
「余所見厳禁じゃぞ!アクアスプリット!」
もう一人の対魔士が仲間を倒された事に驚愕し、足を止めてしまう。マギルゥはそれを見逃さず水弾を放ち対魔士の槍を弾き飛ばす
「しまっ・・・!」
「重圧砕け!ジルクラッカー!」
ライフィセットは隙を見逃さず足元に重力場を発生させ対魔士を捉える
「でかしたぞ坊!前回は活躍が無かったから今回こそ〜!ブラッドムーン!」
動けない対魔士の周りを真紅色の力場が包み、対魔士を襲う。対魔士は声にならない声を上げながらもがくも力場が晴れたと同時に力なく倒れる
「やったぞ~!!これで名誉挽回じゃ!」
「ふぅ。ベルベットは大丈夫かな」
ライフィセットは一呼吸置きベルベットの方を見る。ベルベットは蹴りで対魔士の防御を崩し一方的に攻めている
「はぁっ!!」
「遅いわよ!」
対魔士は負けじと槍を振るい反撃するがベルベットからみたらエレノアよりか遅く見切る必要が無いほどの攻撃、突き出された槍を横から蹴り上げ武器を弾き飛ばす
「これで終わりっ!飛燕連脚!」
「う、うわあ!!!」
一撃目の蹴りが横っ腹に当たり対魔士は浮き上がる。続く二撃目が浮き上がった背中を捉え叩き落とす
「ごはっ!!」
力強く地面にバウンドした対魔士にベルベットは業魔手を繰り出しひっかく様に横薙ぎに振るう。対魔士は圧倒的な腕力に意識を持っていかれ殴られた勢いのまま岸壁に叩きつけられる。数秒張り付いた後重力に従い地面に落ち動かなくなった
「殺したの?」
「別に殺してもよかったけど時間かけてらんないし・・・でも必要ならヤる」
ライフィセットが近づき不安そうに聞くがベルベットの言葉を聞き一安心する
「さてと、後は・・・」
ベルベットは依然として戦っているエレノアの方を見る。一等対魔士は膝を着き方で呼吸している。決定的なチャンスにも関わらずエレノアは手を出さない。対魔士は手加減されているのもあるのだろうが何より自分たちの理想に泥を塗ったエレノアが許せないのだ。吐き出すように話し始める
「お前は民を裏切り、アルトリウス様の理想を汚した!」
「ち、違・・・」
エレノアが否定しようとしたがベルベットの視線に気づく
(ベルベットは私を試している・・・アルトリウス様の特命を果たすためには戦わなくては・・・でもこれ以上は殺してしまう・・・)
「死をもって粛清を!」
対魔士は尚も食らいつき、剣を降りかざしエレノアに斬りかかる。金属どうしがまたぶつかり合う
「エレノア!」
ライフィセットが助けに行こうとするがベルベットが手を出し制する。槍で剣を受け流し体制が崩れたと同時に槍を振りかざすが途中で止めてしまう
(私には殺せない!)
対魔士がまたも斬りかかるがそれも防ぎ、受け流す、それしかできないのだ
「まだだ・・・!」
苦悶の表情で迷い続けるエレノアの横を影が通り過ぎ対魔士に×字の一閃がきらめく
「ぐああっ!」
対魔士が倒れ込んだ傍にロクロウが立っていた。ロクロウはエレノアの方を振り向く
「借りは返したぞ、エレノア」
ロクロウの両手には新しい小太刀が握られている。刀身がどす黒く怨念の塊が刃となっているようだ
「新しい刀!」
「ほお・・・禍々しいのー」
「準備はできたんだな」
アイゼンの確認にロクロウは小太刀を収めながら答える
「ああ。あとは
「俺も見届ける」
アイゼン達の後ろから首のないクロガネがやってくる
「・・・」
ベルベットは何も言わず優れない表情のエレノアを後ろから見ている。指で腕を叩いているから結構不機嫌だ
「わ、私は・・・」
「今みたいな戦い方じゃ死ぬわね。あんたが死ぬとライフィセットの器がなくなる」
正論にエレノアは何も言えない
「わかっています」
「う・・・う・・・」
ロクロウが倒した一等対魔士はダメージは負っているが息があった。ベルベットはそれに気づき業魔手を出す
「あっ!」
エレノアが叫びを上げる中アイゼンが直ぐ様止めに入る
「やめろ、ベルベット」
ベルベットは一瞬アイゼンを見て業魔手を収める
「殺さない・・・のですね?」
「今は、お腹空いてないの。命令よ、エレノア。対魔士とは死なないように戦いなさい」
「わかりました」
エレノアは表情は暗いが返事をする。幾分かの猶予が与えられたというべきか。皆が集まる中ベルベットの横にアイゼンが並ぶ
「今のがエレノアの限界ってことか」
「そのようだ。あれ以上追い詰めれば、心が壊れる」
「ふん。おキレイね、対魔士様は」
「だからこそライフィセットの器になれる。それに、屈辱に耐えてまで使命を果たそうとする意気は嫌いじゃない」
「へぇ、案外優しいんだ」
「優しい奴は、そんな人間を利用したりしない」
「・・・わかってるわよ」
~
「ロクロウとシグレは同じランゲツ流なのに、戦い方が違うよね?」
ライフィセットの疑問にロクロウは答える
「ランゲツ流には、大太刀一刀の表芸と、小太刀二刀の裏芸――二つの剣技があるんだ」
「シグレが表で、ロクロウが裏の技ってわけね」
「通常の武術では、裏芸は表芸を補助する技のはずですけど」
エレノアの質問にロクロウが続ける
「ランゲツ流でもそうさ。小太刀は、大太刀の修行相手として覚える技だ」
「そんな不利な技で、シグレ様に挑む気なのですか?あの方の剣は尋常では――」
「嫌ってほど知ってるさ。シグレが本物の天才だってことは。ガキの頃から十年・・・あいつの修行相手をしたのは俺だからな」
「・・・」
直に体験してきたからこそ言える言葉の重みにエレノアは何も言えない
「あいつの大太刀はまさに神技だ。だから俺は・・・シグレに勝つためのあえて小太刀を選んだ。この身に一番染みこんだ裏芸をな」
「間合いの不利は明白だぞ」
アイゼンが忠告するがロクロウには分かり切っていることだ
「恐怖を消せば、可能性はある。一刀両断にされる恐怖を制してあいつの間合いに深く踏み込めれば・・・手数は二倍だ」
「恐怖を消す・・・か。人間じゃなくなった業魔ならではの剣ね」
「だろう?」
「この兄弟は、もっておる刀そのものじゃのう」
「え・・・?」
マギルゥの意味深な発言のライフィセットは疑問を抱く
「最強の誉れも高い神の剣“號嵐”と、それに打ち勝とうと足掻き続ける業をもつ“征嵐”、陽向を歩く対魔士の兄と、日陰を行く業魔の弟。正反対の二人が求めるのは、ただひたすらに――」
「相手を斬ることだけ」
「じゃろ♪」
「どちらも名刀・・・でも、対魔士と業魔が似ているなんて・・・?」
エレノアの考えもわかるが。対極だが本質はどちらも同じなのだ。どちらも何かを斬ることには変わりないのだから
~
一行はヴェスター坑道の出入り口の扉を抜けカドニクス港へと出た。行動と港が隣接しているのは地面に敷かれているレールから察するに採掘した鉱物を短時間で輸送船や加工施設へと移動できる様にするためだろう。だが港には人がいない、対魔士達が事前に住人に警告したのだろう。船着き場に進むとそこにはシグレと護衛の対魔士がいた
「来たか」
ベルベット達が身構える
「てことは、出向いた対魔士たちはみんな返り討ちにあっちゃったのね」
「だからやめとけって言ったんだ」
ムルジムの予想が的中したようでシグレも部下の行動に呆れているようだ。シグレはロクロウに顔を向ける
「で、どんな刀を打ったんだ?」
「・・・」
答えないロクロウに最初からわかっていたかの様にシグレは號嵐を抜く
「ま、やってみりゃわかるな!」
ムルジムは光に変わりシグレの中に入る
「僕たちが、あの対魔士たちと戦う。ロクロウはシグレに勝ってね」
「・・・頼む」
ライフィセットの横でベルベットがアイゼンと目を合わせ、彼は小さくうなづく。先ほどの作戦で隙があれば不意打ちをするための合図だ
「よっしゃ、おっぱじめるか!!」
シグレの声を皮切りにロクロウが跳ねるように走り出し首を刎ねるかの如く小太刀を振るう、が、シグレには見切られており、號嵐で防がれる
「いい太刀筋だ!もっとできんだろ!?」
「舐めるなぁ!!」
もう片方の小太刀で號嵐を弾き空いた方の小太刀の刃先をシグレの胸に向かって伸ばす
「遅ぇ!!」
「ぐあっ!」
號嵐の横薙ぎで小太刀ごとロクロウは後方へ吹き飛ばされる。空中で体制を整え地面に着地すると同時に顔を上げる、業魔の部分の目が赤く光る
「シグレェェェ!!」
「ははぁ!!もっと斬りかかってこい!」
「黙れぇ!!」
ロクロウは身を低くし小太刀を構えシグレに向かっていく。一方ベルベット達は対魔士達をシグレから分断させ各個撃破に努めている。ベルベットは横目でシグレとロクロウの戦いを見ながらも自分の役割に専念する
(さすがに特等対魔士・・・ロクロウ一人じゃ、でも、今は任せるしかないわね)
心の中でつぶやきながらも対魔士に向かっていく。ロクロウは食い下がりながらも小太刀の得意な間合に何とか入りながらシグレと刃と刃をかち合わせる。シグレは意外なロクロウの成長に喜んでいるのか表情に出る
「おっ?なんだやればできるじゃねぇか。それにその刀中々上等なもんと見た」
「貴様の命を吸う刀だ!死ぬ前によく見ておけ!」
「言うようになったな!だがよぉっ!!」
シグレは號嵐を上段に構えそして一息で振り下ろす。刀身に込められた剣圧がロクロウを襲う
「なっ・・・!?ぐああああっ!!」
ロクロウは済んでの所で防御するがその行為はほとんど意味をなさず、大きく後ずさる。その破壊力にクロガネの打った小太刀は耐え切れず両方とも折れてしまった。シグレは號嵐を突き付ける
「お前の腕は
「・・・なら、見せてやるよ」
ロクロウは折れた小太刀の一方を投げ捨て、走り出す
「俺の剣をな!」
ロクロウが折れた小太刀で斬りかかる。
「はぁっ!」
「おおっとぉ!」
ロクロウの突きがシグレの首筋を狙うが躱される、だが空かさず胴を斬りかかる。しかしシグレには通用せず號嵐で弾き返される。攻撃しては返されるを何度も繰り返すが次第に押し返され最後は後方に弾き飛ばされる。
「おらぁっ!!」
「ぐおあっ!
ロクロウが地面に足を着いたと同時に顔を上げる。今まで赤かった目が一層光り真っすぐシグレに向かって走り出す
「うおおおおおおっ!!」
シグレは號嵐と突き出す。普通であれば避けるのだろうがロクロウは違った、小太刀を捨て空いた左手を號嵐の切っ先に突き刺した
「ぐあああああッ!!!」
「おおうっ!?」
ロクロウは躊躇せずに左手を押し鍔に押し当てる。敢えて刺さることで一刀を封じ隙を作る捨て身の戦法、業魔だからこそできるのだ
「もらったぁ!!」
ロクロウが右手の折れた小太刀を振りかぶり首を狙う。対魔士達を退けたベルベットとアイゼンは先ほどの策戦を決行するために走り出す。その刹那シグレは左手でロクロウの背中の鞘から折れた影打ちの號嵐を抜き、ロクロウの一撃を防いだ
「なっ!!?」
「
突然の事で動きが止まったロクロウを弾き飛ばす。
「ぐああ!」
ベルベットとアイゼンはロクロウがそちらに飛ばされたので足を止めてしまう。地面へ叩きつけられたロクロウは息を切らしながら起き上がる
「はぁ・・・はぁ・・・」
「はっは~!今のはよかったぜぇ!片手を捨てて首を狙うとはなぁ!」
シグレは影打ちの號嵐の柄を自身の首に当て評価する
「気付くのが一瞬遅けりゃ、死んでたぜ!それでいいんだよ!それで!」
シグレは嬉しそうにロクロウに影打ちを放り投げ、ベルベット達を指さす
「よっし!今日はここまでだ。いいか、てめぇら!もっとすげぇ刀を打って、もっと腕を磨いて、俺を斬りにこい!!」
ロクロウは屈辱を味わいながらも絞り出すように答える
「・・・斬ってやるさ。何百回負けようが、何百年かかろうがな」
「・・・」
ロクロウの後ろ姿を見て唸るクロガネ
「
「なんという人・・・」
笑いながら船に乗るため立ち去るシグレを見ながらそう答えるエレノア、否、それしか言えないのだ。だがそこにムルジムが口を挟む
「自分の心配をした方がいいんじゃない?あなたが裏切ったことは聖寮中に伝わったわよ」
「う・・・」
エレノアが言葉に詰まる中ムルジムはシグレを追うため走っていった。不憫としかいいようがない
「あの人、強かったね・・・」
「ああ、奴は・・・奴らは強い」
ライフィセットが率直な感想に嘘偽りなく賛同するアイゼン
「けど、必要なら倒す。どんな手を使ってでも」
ベルベットの言葉と同時にアイゼンの目線の先に迎えのバンエルティア号がやってきた
「バンエルティア号が来たぞ」
「行きましょう」
ベルベット達が船に向かう中、クロガネは海を見つめるロクロウに声をかける
「・・・俺も連れて行ってくれ」
ロクロウがその言葉に気づきクロガネの方を見る
「俺は、必ず神剣を超える刀を打ってみせる。だが“號嵐”に勝つには、その刀を振るう・・・神業を超える剣士が必要だ」
ロクロウがクロガネの決意を聞き届けアイゼンに聞く
「アイゼン、船にこの鎧を乗せる場所はあるか?」
「なければ誰かに着せろ」
「はは、そいつはいい!頼むぜ、クロガネ」
「任せろ」
また一人同行者が増える中マギルゥはライフィセットに次の目的地を聞く
「ではでは、グリモワールを見つけて古文書解読じゃ!坊、進路はわかっておるな?」
「うん!サウスガンド領、南洋諸島イズルト!」
~
バンエルティア号が出航してしばらくして次も目的地までまだ間がある、船員やベルベット達はそれぞれ自由に過ごしている。ライフィセットがその光景を見ている中後ろからベンウィックが船室から出てくる
「なんだか海賊っていうより、サーカスみたいになってきたな」
「ベンウィックは、業魔とか平気なの?」
「関係ねーよ。バンエルティアに乗ったからにはみんな“海賊”!それが俺たちの“流儀”さ・・・なーんて、船長や副長の受け売りだけどな」
「船長・・・アイフリードってどんな人?」
「そうだなぁ・・・ひとことで言うと、この『海』みたいなアゴヒゲ男、かな」
「海みたいな・・・アゴヒゲ?」
以外な例えにライフィセットはいまいちパッとしない
「俺たちは、みんな世の中から弾き出されたヤツばかりだ。そんな俺たちを、脛の傷ひっくるめて全部受け入れてくれたのがアイフリード船長なんだ」
「う~ん・・・優しいってこと?」
ライフィセットの答えにベンウィックが指摘する
「海って、優しいだけか?傷があるときに飛び込んだらどうなる?」
「しみるし、痛い」
「だろ。それに穏やかな日もあればあれる日もある。浅いところ、深いところ、渦巻きだってある」
「怖くて・・・不思議・・・」
「そう。厳しいけど、不思議で果てしない。だから命張ってでも飛び込みたいって思う。大海賊バン・アイフリードはそういうデッケェ人なのさ!」
ベンウィックは大海原を見ながら豪語する。バン・アイフリードはそれほどのカリスマとリーダーシップがある証拠だった
「ベルベットみたいな人・・・かな」
「な~んでそうなるんだよ!?俺か、俺の説明が悪いのか!?」
「う~ん」
ベンウィックは頭を項垂れる。ベンウィックの説明は悪くない。ライフィセットはアイフリードに会ったことがないので話を聞く限りベルベットと近しいと感じたのだ。そこにアイゼンが甲板から船尾にいる二人に階段を上がりながらベンウィックを呼ぶ
「ベンウィック、進路変更だ。レニード港へ向かう」
「副長、急にどうしたんですか!?」
「“
「俺はまだ大丈夫。けど、三日前ってことはこの船全員もらってますよね?」
「おそらくな。しかし、レニード港に行けば治療薬が手に入るはずだ」
「すぐにみんなの状況確認します」
「全員水分を多めに摂らせろ。自分の分も忘れるなよ」
「了解!全員、緊急体勢ー!」
ベンウィックが急いで甲板にいるメンバーを集める
「死ぬかもしれないってのに、胆の据わった連中だな」
「死ぬ?、懐賊病って死病なの?」
ロクロウが関心する横でベルベットはその病について疑問符を浮かべる
「うむ、原因不明の高熱を発し、最後には砂の如く崩れて死ぬという奇病じゃ」
「人が砂に!?」
マギルゥの懐賊病の説明にライフィセットが驚く、熱や細菌で人体が破壊されるならいざ知らず無機物に変化して死亡するのは本来あり得ないことだ、壊血病に似ている
「かつて四海を制した大海賊団の船で流行し、一味が全滅したことから“懐賊病”と呼ばれるようになったとか」
「そんな病に、私たちも感染した・・・?」
「人間はな」
エレノアの不安にロクロウが付け足す
「懐賊病に罹るのは人間だけなんじゃよ」
「じゃあ・・・マギルゥもでしょ?」
得意げに話すマギルゥの横でライフィセットが指摘する。マギルゥは業魔でも聖隷でもない
「うぅ・・・そうじゃった・・・儂の人生もここまでのようじゃあ~・・・」
「器に死なれちゃ困るわ。発症したら、すぐに言いなさい」
「・・・ええ」
ワザとらしいマギルゥを無視しベルベットはエレノアに忠告する
「さて、俺たちも助っ人に行くぞ。エレノア以外は、みんな働けよ」
「えっ・・・」
ロクロウは無意識だろうがエレノアを除外しライフィセットと共に航路を変えるためのの準備をしに動き出す
「エレノア以外とはひどいではないか!儂だって感染しとるかもしれんのにー」
「あんたは“魔女”でしょ。黙って働きなさい」
ベルベットがぶつくさ文句を垂れるマギルゥを置いて先に行く
「やれやれ・・・これも“死神の呪い”か魔女にまで迷惑かけるとは、けしからんのー」
「死神の呪い?」
ぐちぐち言いながらもしっかりと仕事をしに行くマギルゥ。事の重大さは認識しているようだ、まあ自業自得というか日頃の行いのせいもあるだろうが。エレノアはマギルゥが愚痴っていた死神の呪いに疑問符を浮かべていた。バンエルティア号が途中で折り返し、レニード港へ舵を切る
~第20話 終わり~
特に変わりはありませんがいかがでしたでしょうか。次回も待っていてくれたら幸いです