テイルズオブベルセリア 〜争いを好まぬ者〜   作:スルタン

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今回は早めに投稿することができました


第32話

 

エレノアが見事にやらかしてくれたので逃げられるわけもなく各々構える、その瞬間ドラゴン型の業魔シェンロン突っ込んでくるのを寸での所で横へ避ける

 

「ったく!余計なことを!」

「こんな修行相手はそういないぜ!」

 

毒づくベルベットの横で尻尾の叩きつけを躱しながら戦闘意欲丸出しのロクロウがシェンロンに向かって間合いを詰める

 

「先手は戴く!波ァ!!」

 

横腹目がけて小太刀を振り上げ切り裂こうとした瞬間、シェンロンの爪がロクロウ向かって力任せに横薙ぎに振るわれる。ロクロウは回避こそすれども風圧で大きく体勢を崩される

 

「うおっと!!」

「気を抜くな!しくじれば一撃だぞ!!」

「それがいいんだよ!!」

 

ロクロウは目をぎらつかせシェンロンに向かって飛び掛かる。その反対側からベルベットとアイゼンが仕掛ける

 

「ライフィセット!奴の足を止めて、このままじゃ喰いつけない!!」

「わかった!漆黒渦巻き軟泥捉えよ!ヴォイドラグーン!」

 

ライフィセットの聖隷術が発動してシェンロンの真下の地面から黒い沼のようなものが出現しそこから無数の沼と同じく黒い手のようなものが伸び始めシェンロンの身体に掴みかかる

 

「いいぞライフィセット!そのまま抑え込め、風の刃よ斬滅しろ!エアスラスト!」

 

アイゼンは動きを封じられたシェンロンに真空の刃で攻撃するために聖隷術を同じく発動させるが

 

「そんな!?」

「チィ!!」

 

シェンロンが拘束を抜け出すために胴体を動かす。それだけでかなりの力がかかったのか漆黒の手は千切れ、アイゼンの繰り出した真空の刃も同時に吹き荒れる突風にかき消される。ベルベットはそれを見越していたのか近くの岩に足を掛け大きく跳躍する

 

「真上ならがら空き!!崩牙襲!!」

 

風圧を受けていない真上からベルベットの踵落としを迎撃するためシェンロンが顔を上げる

 

「よそ見はさせんぞ~!フラッドウォール!」

「両面攻撃なら!!連なれ真紅!霊槍・獣炎!」

 

ベルベットを援護するべくマギルゥの水の波とエレノアの槍から繰り出される火球、三方向からの攻撃。さすがに避けきれないと判断したのか離脱できる前方へと飛び上がろうとするが後方から引っ張られる、正確には自らの尾が掴まれていることに気づく

 

「逃がすわけにはいかない・・・!」

 

ケンが尾をガッチリ掴み動きを封じる、ベルベットの踵落としが頭部に命中するが頭部の鱗が想像以上に固く衝撃がベルベットの脚に跳ね返る

 

「ぐっ・・・!!だぁ!!」

 

苦痛に顔を歪めるベルベットだが間髪入れずにもう片方の足で回し蹴りを見舞おうとしたがシェンロンが己の角でベルベットを突き飛ばす

 

「ぐああぁ!!」

「ベルベット!」

 

ロクロウが飛ばされてきたベルベットを受け止めながら地面を滑る。その先で波と火球がシェンロンを両面で押し流し、爆ぜる

 

 

「やった!?」

「いや・・・まだじゃ!!」

 

水蒸気の中からなんの外傷のないシェンロンが姿を現す。シェンロンはまず自らの行動を阻害しているケンの方へ牙を向ける

 

「マズい・・・!」

 

ケンはすかさず尾を離し屈む、頭上スレスレで顎が通り過ぎたが素早くシェンロンが反応しその体を捻り上げお返しとばかりに鋭くしなった尾をケンに叩きつける

 

「ぬぐうう!」

 

胸に叩きつけられた尾に弾かれるように飛ばされたケンはその先にある岩に背中からぶつかり岩は砕け土煙と共に瓦礫に巻き込まれる

 

「野郎・・・!」

 

アイゼンは背を向けているシェンロンに向かって走り出す。それに反応して向き直した時にはアイゼンは懐に潜り込む

 

「ストーンエッジ!!」

 

聖隷術を発動させ地面から岩の柱を繰り出すも、シェンロンはそれを物ともせずにその腕でまるで麩菓子のように叩き壊す、だがアイゼンの狙いはこれではない壊される寸前に岩を駆け上り頭部へと接近する

 

「ウェイストレス・メイヘム!」

 

何度も拳を叩き込むアイゼンの攻撃が効いたのか、はたまた目障りなのかわからないが首を動かし角で弾き飛ばす

 

「くっそ・・・!!」

 

空中で体勢を立て直し何とか着地するとその後ろからロクロウが飛び込む

 

「瞬撃必倒!」

 

一瞬で間合いを詰めたロクロウが小太刀をシェンロンの首元目がけ突き出す

 

「零の型・破空!」

 

並の業魔であれば小太刀が敵を貫いているはずであった、が

 

「な・・・!!」

 

あろうことかシェンロンが小太刀の刃先を牙で挟み止めていた、首を振りまわしロクロウを放り投げる

 

「うおおおおっ!!」

「フィー!」

「わかった!」

 

飛ばされたロクロウに代わるように立て直したベルベットがライフィセットに声を掛けそれに応える

 

「重圧砕け!ジルクラッカー!」

 

重力場でほんの一瞬でも動きを抑えることができればベルベットに攻撃のチャンスができる。ライフィセットの繰り出した術がシェンロンを捉えるが数秒で抜け出されるがそれで十分だ

 

「これでっ!!炎牙昇竜脚!!」

 

炎を纏った回し蹴りが顎と頬を捉える。シェンロンはそれを受けて首をのけ反らせる

 

「ぐっ・・・!」

 

ベルベットはシェンロンの鱗の硬さを承知の上での攻撃、両足が痺れ、苦悶の表情を浮かべながら着地する。シェンロンはゆっくりと首を戻す、むしろ怒りを助長させたようだ。突風が吹き荒れる

 

「やはり、並の業魔とは手応えが違うな・・」

「倒せるのですか、こんなやつを・・・」

 

エレノアとロクロウに尾が叩きつけられるがそれを大きく横に跳び躱す。アイゼンは握りこぶしを作り立ち上がる

 

「なんとしても殺る・・・それが俺の・・・!」

 

特攻が如く突撃するアイゼン。だがそれに向かうもう一つの陰が現れる

 

「うおおおおっ!」

 

アイゼンの拳をシェンロンの代わりに飛び出してきたザビーダが受ける

 

「ぐはあ!」

「ザビーダ!?」

 

アイゼンは驚愕するが反射的にもう一発打ち込んで殴り飛ばす。ザビーダは地面に転がるが数秒してよろめきながら立ち上がる

 

「痛ぇ・・・相変わらず殺す気満々・・・だな・・・」

 

アイゼンを睨みつける

 

「・・・全部知ってるんだよな、お前は?」

「・・・そこをどけ」

 

アイゼンはザビーダの質問に答えることなく忠告する。ザビーダは歯を食いしばりシェンロンを守るように獲物であるペンデュラムを構える

 

「守りたいの?そのドラゴンを――」

 

ライフィセットのドラゴンといった瞬間ザビーダが怒気を込めて遮る

 

「“ドラゴン”じゃねぇ!!」

「えっ!?」

 

ザビーダはジークフリートの銃口を自らの顳顬に当てる

 

「退かねえなら、こっちも本気になるぜ」

 

その瞬間背後にいたシェンロンが尾でザビーダを叩き飛ばす

 

「ぐああっ!!」

 

ザビ―ダを薙ぎ払ったシェンロンはアイゼン達に目をくれることなくそのまま飛び去って行った。アイゼンが走り出して追うとしたが時すでに遅しであった

 

「くそ、逃がしちまった・・・」

「ひでぇなぁ・・・久しぶりに会えたってのによ・・・」

 

ザビーダが暗い表情を浮かべながら立ち上がるとそのまま踵を返そうとするところをアイゼンが止める

 

「待て。あのドラゴンは、お前の――」

「あいつを・・・ドラゴンなんて呼ぶんじゃねえよ」

「・・・」

 

それだけを言い残しザビーダが立ち去って行った

 

 

「なるほどの・・・あのドラゴンはケンカ屋と因縁のある者のようじゃな」

「因縁って・・・相手はドラゴンですよ?」

「だからじゃよ」

「だから・・・?」

 

エレノアとライフィセットはマギルゥの含みのある言葉の真意を聞き出そうとするがアイゼンが代わりに答える

 

「ドラゴンは、穢れに侵された聖隷の成れの果てだ」

 

その事実に二人とも驚愕する。ベルベットとケンはそれを知っている、因みにケンはあの後難なく瓦礫の山から脱出したがシェンロンの渾身の一撃を喰らったのだろう服の一部が破れている

 

「じゃあ、さっきのドラゴンは・・・ザビーダの知り合いだった聖隷!?」

「・・・以前、願掛けをしていた相手」

「恐らくな」

 

そこでロクロウはアイゼンに質問をする

 

「聖隷も人間のように穢れを発するっていうのか?」

「いや、聖隷が穢れを発することはない。だが、穢れを出す人間や業魔に接し続けていれば、やがて冒されてドラゴンになってしまう」

「坊は、聖主の御座から地脈に飛ばされた時、調子がおかしくなったんじゃろう?」

「なった」

 

マギルゥの確認にライフィセットが答える

 

「あの空間には穢れが漂っておった。カノヌシへ送られる途中のものがの」

「あのままだったら、僕もドラゴンに・・・」

「器を得ても防げないのですか?」

「影響は軽減できる」

 

エレノアの質問に腕を組みながらアイゼンが答える

 

「聖寮の対魔士どもは、さらに聖隷の意識を奪うことでドラゴン化を防いでいるようだ。だが、完全なものなどこの世にはない」

「じゃあなんでケンの技であの時元に戻せたの」

「あの時は業魔かしてさほど時間がたってはおらぬし、聖隷としての意識が僅かながら残っておったから・・・じゃろ」

 

マギルゥが推測を立てながらケンの方を見る

 

「はい、確証はありませんでした、偶然できたのかもしれません。かなりの幸運だったと」

「聖隷の意識や心がなくなったら・・・」

「・・・お前にはどう見えた?」

「それは・・・」

 

エレノアが答えに詰まるなかロクロウが呟く

 

「それでも殺せない。ザビーダの流儀の理由か・・・ケン、お前には最後の手段があると言っていたな。そろそろ教えてくれてもいいだろ」

「はい、隠すつもりはありませんでしたが。本来は被害者に取り付いている対象を直接破壊する技なのですが・・・ザビーダさんとアイゼンさんの話からして大分時が流れています。仮にこれを使用した結果どんな事態になるかわかりません」

「そうか・・・」

 

いままで黙っていたベルベットが口を開く

 

「・・・あんたやザビーダがドラゴンをどうしようが、興味ないし、好きにすればいいわ。けど、さっきみたいに巻き込まれるのは御免よ。覚えといて」

「わかった」

「ならいいわ。さ、喰魔探し続行よ。タイタニアに戻りましょう」

 

ベルベットが話を切り上げ移動を始める。皆もそれに続くがライフィセットとエレノアが少し出遅れる

 

「今の話が本当なら・・・いつかはドラゴンになっちゃうのかな?僕やアイゼンも」

「・・・それは・・・」

 

エレノアは言葉に詰まる。いざという時はケンがいるが彼は一応人間である。聖隷との寿命差は天と地以上にある。ライフィセットに異変が起こった時。対処できる可能性はまずないといってもいいだろう

 

 

それからしばらくしてバンエルティア号はアジトであるタイタニアへと戻ってきた。強敵であるドラゴンとの事もあってアイゼンがため息をつく

 

「ふぅ・・・」

「さすがの死神もドラゴン戦は厳しかったようね。少し休んだ方がいいわ」

「・・・全員な。次の出航準備は進めさせておく」

「頼むわ」

 

アイゼンはベルベットの返事を聞きつく扉の方へ向かう

 

「ライフィセット、あんたも――」

 

ベルベットは疲労がたまっているであろうライフィセットに休むよう声を掛けようとする

 

「・・・僕は平気。それより次こそ喰魔を見つけなきゃ。地脈点の場所、もう一回調べてくるよ」

「・・・」

 

ライフィセットもアイゼン続いて先に扉の方へと歩いて行った

 

「まったく・・・フィーって結構頑固よね」

「では、儂も一眠りするかのー。ビエンフーや、例の如く儂がスヤっと眠るまで子守唄を頼むぞよ♪」

「ビエ~ン!毎晩、三時間も歌うのは勘弁でフよ~!」

 

マギルゥがベルベットの横を通りビエンフーに指示を出す。指示というか拷問クラスの所業にビエンフーが涙をまき散らしながら彼女の後を追う

 

「相変わらずね・・・」

「ベルベット!お疲れさん」

 

ベンウィックが声を掛けてこちらに向かって歩いてくる

 

「船の整備と準備は俺達でやっておくから、あんたも休んでおきなよ」

「ええ、お願いね」

 

ベルベットも少し遅れてアジトに入っていった

 

 

それから暫く休息を取った一行、ベルベットはロクロウからライフィセットが地下牢へと行ったと聞いてかつて自らがいた独房へと向かう牢の入口へ近づいた時声が聞こえた

 

「無理はしすぎるなよ、ライフィセット」

「ありがとう、けど・・・」

 

アイゼンとライフィセットの声が聞こえる

 

「僕が喰魔を探せるかもって言いだしたのに、全然駄目で・・・ねえ、アイゼン。聖隷の力を強くする方法ってないの?」

 

ライフィセットはアイゼンに質問する。躊躇なく聞く当たり役に立ちたいという気持ちが強い

 

「・・・お前には教えてもいいだろう」

 

数秒沈黙していたアイゼンが了承する

 

「今、大半の聖隷は意識を封じられて対魔士に使役される道具と化している。だが聖隷は本来、人の“祈り”を受けて人や自然に“加護”をもたらす存在だった」

「聖隷は、人間に祈ってもらうとすごい力が出る・・・ってこと?」

 

ライフィセットの答えにアイゼンが肯定する、その声はどこか優しさがあった

 

「そうだ、まあ、中には加護が反転して不幸を与えてしまう、俺のようなひねくれ者もいるがな」

「そうなんだ。でも、僕に祈ってくれる人なんて・・・」

「ハズレだったけど、無駄じゃないわよ」

 

ライフィセットとアイゼンの会話を聞いていたベルベットが梯子を降りてくる

 

「対シグレ用の金剛鉄が手に入ったし、ドラゴンとだって戦えることがわかった」

「ベルベット・・・」

「次はどこに行けばいい、フィー?」

 

ベルベットがライフィセットに次の行き先を聞くその表情は柔らかい。ライフィセットは直ぐに次の地脈点を伝える

 

「ノースガンド領!ヘラヴィーサの北の方に大きな地脈点があるよ」

「わかった。アイゼン――」

「俺は直ぐに出発でも構わんぞ」

 

ベルベットがアイゼンの方を向く、アイゼンはいつでもいいと言わんばかりの表情を浮かべる

 

「あたしもよ。港へ行きましょう」

 

ベルべットが先に梯子を上り牢から出る。ライフィセットとアイゼンがそれに続く中アイゼンが言い聞かせる

 

「“祈り”とは“崇める”という意味じゃない。聖隷に向けられた“純粋な意志と感情”のことだ」

「うん。僕は、もう“祈り”を持ってるんだね」

 

 

この後広間で皆を集めこれからの予定を説明した

 

「目的地はヘラヴィーサの北・・・フォルディス遺跡のあたりですね」

 

エレノアはライフィセットの地脈点の情報を元にそこにある遺跡に目星を付ける

 

「今までの情報を照合すると、喰魔がいる確率は高いと思います」

「今度こそ!」

 

エレノアの推測にライフィセットに気合が入る

 

「ヘラヴィーサ港から向かうのが最善だな」

「前に大騒ぎを起こしたから、街に入るのは難しいかもな」

「ベンウィック、ヘラヴィーサは今どうなっている?」

 

ロクロウの言う通り、あそこで派手にやったので警備が厳しい可能性がある。アイゼンはベンウィックにヘラヴィーサの現在の状況を聞く

 

「前に俺達の船止めだった商船組合はガタガタだよ。けど、なぜか聖寮の管理も弱まってるみたいだ。救援物資を運ぶ不定期便の船があるみたいだから、輸送船のふりをすれば入り込めると思う。その物資を横流しすれば、新しい“船止め”も見つかるはずだし」

「・・・救援物資か。呆れた自作自演ね」

 

ベルベットの言うのも当然である。自分たちが騒ぎを起こして景気が悪くなったところへ助けに入る。これほど滑稽なことはない

 

「だからこそ付け込む隙もある」

「そうね。その策でいきましょう」

「了解!ソッコーで用意するよ」

 

ベンウィックは仲間に指示するために港の方へ走っていく。ふとライフィセットはエレノアに質問をする

 

「エレノア、聖隷の対魔士たちは使役してる聖隷に祈ったりしないよね・・・」

「“誓約”のこととは違いますよね?」

「誓約って、自分に特別な規律を課して、限界を超えた力を得る術式でしょ?」

「ええ・・・簡単に言えばそういう事になりますが」

「人の祈りを受けて、聖隷は人や自然に加護をもたらす・・・人間に祈ってもらうと聖隷は強くなるって、アイゼンが教えてくれたんだ」

「祈りと加護・・・そのような話は、初めて聞きました」

 

エレノアはこの手の事実は初耳のようだった

 

「以前の私がそうだったように、聖寮の対魔士にとって聖隷は術技を使うための道具に過ぎません」

「やっぱり、そうだよね」

「・・・でも、聖主カノヌシは別です。対魔士は皆、聖主の大いなる力を信じ崇めています。そればかりか、この国の人々も、聖主の救済を願っています・・・アルトリウス様の導きともとに」

「・・・あっ!だからなんだ!」

 

エレノアの話を聞いていたライフィセットは何かに気づいた

 

「坊は、からくりに気づいたようじゃのー」

「・・・えっ?」

 

マギルゥの言葉にエレノアはその真意に気づいていないようだ

 

「アルトリウスが聖寮を聖主協会の内部組織にしたのは、人間の意識をカノヌシに向けるためだった。人間たちがアルトリウスを英雄視したとしても、その向こうにカノヌシの存在を感じるように」

「世界中の人達がカノヌシを信じて、その心が・・・祈りが集まってるってことは・・・カノヌシの力は」

「聖主教を人々が信じなくなっていたこの数百年間とは比べものにならないほどに、高まっていると?」

「そうじゃろうのー。誓約も、祈りも加護も、業魔化も・・・この世の沙汰はココロ次第。心とは、実に便利で難儀な魔法の力じゃ」

 

聖寮が他の宗派の改宗を迫っている理由もはっきりわかった。祈り手が多くなれば多くなるほどその分カノヌシの強化の速さが増す。それに仮に古文書に記されていた穢れを吸収する行為も自身の強化に使われていたのなら正の感情も負の感情もどちらにしても得しかない。最初から出来レースとなっていることになる。どちらかがなくなっても速度は変わらない

 

「・・・私たちは、本当に世界全てを相手に戦いを挑もうとしているのですね」

 

エレノアはそのスケールに表情を暗くするエレノアにライフィセットが声を掛ける

 

「エレノア、そんなに困った顔しないで。がんばって強くなるから、僕を信じて。僕だって聖隷なんだから」

「ライフィセット・・・なんだか、急に頼もしくなりましたね」

「・・・そうかな?」

「そうやって照れるところは、かわいいですけどね」

 

そこへ他の所で準備していたベルベットが合流する

 

「どうしたの、顔が赤いわよ?」

「えっ・・・そ、そんなことないよ」

「・・・?」

 

ライフィセットが慌てている様子をベルベットは不思議そうに見ていた

 

 

バンエルティア号前に集合した一行、アイゼンは組員から状況を聞く

 

「ヘラヴィーサへの届け物は、すべて積み込みました。あれだけ積めば、疑う人はいないでしょうね」

「新しい船止めに心当たりはあるか?」

「どこの誰ってのは分かりませんけど最近はヘラヴィーサの漁師の羽振りの良さが目に付きますね」

「漁師か・・・救援物資に燃料と心水を多めに入れておけ、心水は――」

「琥珀心水の十二年物ですよね。ヘラヴィーサの船乗りは、琥珀浸水に目がないそうで」

「ダイルの情報か。抜け目ないな」

「情報量だと一本持ってかれましたけど、多めに見てやってください。みんな、なんだかんだで一目置いてるんです」

「二本目を持ちだしたら大目玉と伝えておけ」

「はい。こっそり抜かれないよう、目を光らせておきます」

 

いよいよ出航という時港にダイルとパーシバル、そこにモアナがやってきた。ちょっとぐずっている

 

「モアナ、どうしたの?」

「モアナはエレノア達がまた出るのが寂しいんだとよ」

 

ダイルは頭を掻きながらモアナの方を見る

 

「私たちではどうにもできなくてね・・・母親の事もあるから無理もない」

「そうでしたか・・・」

「エレノア、またどこか行っちゃうの・・・?」

 

モアナが涙目になりながらエレノアの方を見る。エレノアは膝を着きモアナに目線を合わせる

 

「ごめんねモアナ。でもちゃんと帰ってくるからいい子で待っててね?」

「・・・」

 

エレノアが何とか諭そうとする。モアナも理解したいのだろうが感情が混ざってしまい何も言わない

 

「・・・」

 

ケンはそれを遠目で見ていたがアイゼンと目が合う。アイゼンは何も言わなかったが目線だけでケンを促した。ケンは少し考えた後モアナに歩み寄り片膝を着く

 

「モアナ、みんなの事が心配なんだよね」

「・・・」

 

ケンの質問にモアナはコクンと頭を縦に振る

 

「よし、じゃあ一つ約束をしよう。これを君に預ける」

 

彼はバックパックに取り付けてある短剣をモアナの手を取りそれを掴ませる

 

「僕らが戻ってくるまでそれを持っておいてくれ。それを取りに来るから必ず帰ってくる、君は僕と違って強い子だ。君を信じてる、待てるかな?」

 

モアナはその短剣をじっと見つめていたがこの短剣が約束の証明であることを理解し顔を上げる

 

「・・・うん!。待ってる!だから必ず帰ってきてね!」

「ええ、約束ね」

 

ケンに代わりエレノアが返事をし改めて船に乗り込みいよいよ出航となった。波止場からモアナが手を振るのをエレノアとライフィセットも同じく手を振りながら応えていた

 

「いいのか?お前にとっては大事なものなんだろ」

 

それを少し離れて見ているアイゼンがケンに聞く

 

「ほとんど使う事はありませんが確かに大事なものです。ですがあれは自分にとっては証明です」

「証明?」

「ええ、大事なものである以上取りに行かねばなりません。であれば必ず戻ってこなければならない。まあ説明は得意ではありませんが」

 

ケンの言いたいことを理解したアイゼンは表情を綻ばせながらヘラヴィーサの方向を見ていた

 

 

第32話 終わり

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。今年こそは一話でも多く投稿できればと思います。宜しくおねがい致します

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