ファイナルファンタジーXV ―真の王の簒奪者―   作:右に倣え

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社会人の一日ってものすごく早い(小並感)
なんでもう10月も終わりなの……?


巨神の啓示

 頭から血を流しながらも、ノクティスはこれまでとは見違えるようにしっかりとした足取りで歩み始めた。

 少しずつ王としての階段を登りつつある王子を守るべく、グラディオラスは彼を守るように先導し、タイタンの元へ向かっていく。

 

 そしてタイタンの足元まで来た時、彼らは岩場に隠れて様子を伺っていた。

 

「で、どうするよ。あんなバカでかい手を伸ばしてきたんだ。友好的、って考えるのはちと苦しいぞ」

「わかってっけど、どのみち話を聞かなきゃ何もわからねえだろ」

「それも疑問だ。呼んでるっていうのはもう聞かねえが、お前はあいつの言葉がわからねえんだろ? どうやって話を聞くんだ?」

「それは……」

 

 言葉に詰まる。

 確かにこれまでは呼ばれているから会いに来たという目的だったが、実際はどのようにすれば良いのだろうか。

 タイタンが声らしきものを口から発する度、ノクティスは異常な頭痛に苛まれるということしかわかっていない。少なくとも頭痛以外の何かを感じたことはなかった。

 ではなぜ話を聞きに行くという発想が出てきたのか。頭痛を与えて呼んでいるだけなら、相手が神であろうと退治するという発想に至っても不思議ではないのに。

 

 疑問に思っていると、ノクティスは最初にタイタンの姿が映った視界の時に別の存在が映ったのを思い出す。

 ノクティスそっくりの人相で、内気なノクティスよりも明るく社交的な面立ち――兄の顔だ。

 では兄のすぐ近くにいて彼の顔を見られる人物は一体誰か、となれば答えは一つしかない。

 

「……ルーナだ」

「なに?」

「神凪の役目、思い出してみろ」

「人々の慰撫や、標の構築だろ? それ以外に何が――」

「違う。もっと前、神凪の役目の意味だ。あのおとぎ話みたいなもの」

「神々の言葉を人々に伝える役目――なるほどな」

 

 話を聞いていたのはルナフレーナ以外にありえない。

 六神が実在する以上、神凪の役目である神々と人々をつなぐ役割というのは誇張でもなんでもない。ただの事実なのだ。

 

「神々と人々をつなぐ存在が神凪。で、神々があいつでルーナが神凪」

「とくれば、オレらは人間代表としてあのご機嫌斜めな神サマから何かを受け取れば良いわけか」

「そういうことだ。なんだ、オレらも頭の良いことできるじゃねえか」

「珍しく冴えてたな、ノクト」

「ま、イグニス抜きでもやれるってところ見せておかねえとな」

 

 楽しげに肩を叩くグラディオラスに応え、次の瞬間には表情を引き締めてうなずき合う。

 もうあの巨神の前に姿を晒すことは決定事項だ。そして考えたくはないが、戦闘も視野に入れなければならない。

 

「なんかあったら頼む」

「任せろ」

 

 言葉少なにそれだけ交わし、ノクティスは巨神の前に姿を表す。

 ノクティスから見て空を覆い隠すほどの威容を誇るメテオをその右腕と肩で支え、半ば鉱石と一体化した巨神がノクティスを睨む。

 

「ここまで来てやったぞ! いい加減なんか言えよ!!」

「■■■■■■■■■――――」

 

 タイタンの口が開くと、再びノクティスの頭をかち割るような頭痛が響く。

 が、ノクティスはひるまない。先ほど自身でつけた傷に爪を立て、その痛みでタイタンのもたらす痛みを相殺する。

 

「こっちだって遊びじゃねえんだ!! わかる言葉で喋れ!!」

「■■■■――」

 

 タイタンはノクティスを睥睨する瞳に僅かに感心の色を乗せ、しかし次の瞬間には左の拳を握っていた。

 ゆっくりと、しかし触れれば大怪我では済まない質量が岩を砕きながらノクティスに迫る。

 

「――グラディオ!!」

「任、せろォ!!」

 

 先ほど手を伸ばしてきた時点で攻撃されることも視野に入れていた。

 下手の考え休むに似たり。しかし考えることをやめてはいけない。考えられる人間が常に一緒にいられるとは限らないのだから。

 イグニスの言葉であり、ノクティスとグラディオラスは彼らなりに思考を重ねた。

 それが――グラディオラスの大剣が巨神の拳を防ぐ結果に繋がる。

 

「オオオォォォ、ラァッ!!」

 

 大剣を地面に斜めに突き刺し、巨神の腕と重なったタイミングで全力で跳ね上げる。

 テコの原理を用いて渾身の力のこもったそれは、見事に巨神の腕を人間一人分だけ浮かせることに成功する。

 浮いた隙間に身を滑り込ませ、二人は巨神の一撃をしのいで見せた。

 

「っしゃ!」

「喜ぶヒマねえぞグラディオ! 足が上がってる!!」

「ったく、神サマの一撃を防いだってのに王の盾は忙しねえな!!」

 

 二人はすぐさま身体を起こし、アリを踏み潰すような無造作な動きで迫りくる巨神の足から一目散に逃げ出す。

 

「とりあえず逃げんぞ! 戦うにしてもせめて腕だけにしたい!」

「遅れるなよグラディオ!」

 

 腕と足。両方に警戒しながら戦うとなると危険度は跳ね上がる。

 それに足に踏み潰されたらどう頑張っても助からないが、腕であれば当たりどころ次第では助かる可能性が生まれる。

 無論、当たりどころが悪ければトラックに跳ねられる以上の惨状になることは想像に難くない。人間が人間だったミンチ肉になってしまう。

 

 とにかく移動――理想は足を上げられない適度に高い場所。そこを目指して二人はとりあえず足の届かない坂道に走り込む。

 無論、常に横目でタイタンの挙動は確認しながら動く。と言っても見上げるほどの巨体が攻撃モーションに入れば、嫌でも目に入るのだが。

 

 横目に入る大きな手が握り拳の形を作ったのを見て、ノクティスは咄嗟にダガーを真上に放る。

 直後、ノクティスのいた場所を岩もろともに破壊する拳が去来した。

 砂糖菓子の如く崩れる岩の破片をグラディオラスは召喚した盾で防ぎながらノクティスを探す。

 

「ノクト!」

「こっちだ!」

 

 グラディオラスの声に応える声は上空から届く。

 全てを破壊する拳を、ノクティスは上にシフトすることで避けていたのだ。

 そして眼下には伸ばしきった灰色の巨腕が存在する。

 

「いい加減、頭に来てんだ。一発もらっとけ!!」

 

 実兄アクトゥスが得意とする戦法。人間の身ではほぼ不可能な自力での空中戦。

 戦闘は基本的に高所を押さえておけば負けはない。こちらの攻撃は勢いを乗せやすく、相手の攻撃は勢いを乗せづらい。

 とはいえいきなりあの腕に槍を突き刺す気はない。

 そんなことをして腕に振り回されたら攻撃を避けた意味がなくなってしまう。

 故にこれはちょっとした意趣返し。今まで頭痛を堪えて来たのにあんな対応を取られたノクティスの――言うなれば憂さ晴らしのようなものである。

 

 懐から取り出したマジックボトルに込められた魔法はサンダラ。

 局地的な雷を引き起こすサンダー系の魔法の中位。タダのモンスターであれば雷の嵐に引き裂かれ、焼き焦げて息絶えるだけのそれをタイタンの腕に叩きつける。

 手首の辺りにぶつかり、意図した通りの雷が起こるとタイタンは驚いたように手を引いていく。

 

「よっしゃ!」

「油断すんな! あれじゃ静電気が通ったようなもんだ!」

「どんな身体してんだよ神サマってのは!」

 

 着地したノクティスが快哉を上げるが、後ろから追いついてきたグラディオラスに背中を叩かれて再び走らざるを得なかった。

 とはいえ時間を稼げたのは事実。今のうちにノクティスたちは身を隠せる岩場に走り込む。

 

「どうする、ノクト!? 戦うにも逃げるにもヤバい状況だ!」

「戦うに決まってんだろ! 勝てる気なんてマジでしねーけど、イグニスもプロンプトもいるんだぞ!」

 

 彼らもノクティスと合流すべく動いているのであれば、この状況は把握しているはずだ。

 イグニスなら退路の確保も、という淡い希望があるが、神が目覚めてノクティスを戦おうとしているなんて状況は予想していないだろう。

 

 この場所に来ることになったのもノクティスがタイタンの姿を幻視したため。

 そしてタイタンが攻撃してくるのも――正確なところはわからないが、ノクティスに何かをさせるため。

 

 ――ならば何とかしなければならない。具体的な方法などこれっぽっちもわからないが、この状況を根本的に解決するには自分が前に進むしかないのだ。

 

「わかった、だったら――飛べ!!」

 

 王の選択を支え、王の歩みを守るものが王の盾。

 グラディオラスはノクティスの選択を全面支持することを表明しようとして――頭上にできた影に中断する。

 頭の上にはタイタンの手が地面と垂直に、わかりやすく言えばチョップの形で振り下ろされていたのだ。

 

 人間にされるならちょっと痛いで済むものも、タイタンがやればギロチンに早変わりである。

 ノクティスとグラディオラスは目の前の地面に飛びつくようにダイブし、すぐさま起き上がる。

 

「まだ来るぞ、走れ!!」

「うわっ!?」

 

 後ろを振り返ると、地面を砕いたタイタンの手が開かれ、まるで埃を払うようにノクティスたちのいる場所をなぞり始める。

 当然、岩はタイタンの手にぶつかってたやすく砕け散る。あれに人間が巻き込まれたら――原型は確実に留めないだろう。

 

 なりふり構わず前に走り続ける。頭痛がしようと構っていられない。

 後ろから迫る砂埃が否応なしに後ろの手を意識させる。

 一瞬でも足を止めた時が死ぬ時だ。そんな絶対的な死の壁から逃れるように走り続け――行き止まりになる。

 

 より正確に言えば崖のようなせり立った場所で、ノクティスだけならばシフトを使えば容易に逃げられる場所だ。

 しかしそれではグラディオラスは――

 

「行け!!」

 

 ノクティスの逡巡を見抜いたのか、グラディオラスは大剣を召喚してタイタンの腕を押しとどめ始める。

 手と鋼の刃がぶつかり、あろうことか火花が散る。これが押し切られたらグラディオラスの身体は肉片になるだろう。

 

「グラディオ、オレも――」

「良いから行け! 狙いはお前なんだ! 早くしろ、長くは持たねえぞ!!」

 

 ここで残っても役には立てない。仲良く死ぬだけだ。

 ならばとノクティスは愛用の武器であるエンジンブレードを投げ、視界の先にある広い場所にシフトする。

 グラディオラスの予想通りタイタンの関心はノクティスにあるらしく、彼が移動すると何のこだわりも見せずに腕を振り上げた。

 その余波で岩が巻き上がり、グラディオラスが非常に危険な目に遭っていそうだったが彼なら切り抜けてくれるともはや信じるしかない。

 

 今は自分だ、とノクティスは覚悟を決めて拳を作るタイタンの左腕を睨みつける。

 とてもではないが武器一つで受け流せるものではない。ルシス王都で作られたエンジンブレードの強度は信頼しているが、神話の存在と正面から打ち合って持ちこたえられるものではないだろう。

 

 神話の存在が相手ならば――こちらは伝承の力で対抗するしかない。

 

 今現在、所持しているファントムソードは四つ。一つ一つであれば手に持つことなく自在に操ることができる王の力の一端。

 それを――レギスの行っていたように全てを同時に操る。

 

「オヤジにできて――オレに出来ないわけねえ!!」

 

 手持ちのファントムソードを全て召喚。

 それらは持ち主であるノクティスを守るように周囲を浮かび、彼の意思一つで刃先をタイタンに向ける。

 一秒にも満たない間隙の後、ノクティスの操るファントムソードとタイタンの拳がぶつかり合う。

 

「――っ!」

 

 重いなんてものではない。落下する隕石を防ぐようなものだ。

 ファントムソードから響く音も鍔迫り合いのそれではなく、悲鳴のように聞こえる。

 ガリガリガリ、と聞こえる音はファントムソードから出ているのか、それとも過負荷に耐えるノクティスの脳裏から響くのか。

 

「――ァァァァアアアアア!!」

 

 だが、退かない。ファントムソードの召喚で燃えるような熱を持ったノクティスの脳は、複数の画像が断片的に浮かんでは消えるを繰り返していた。

 

 一つ。シガイに対し、自分と同じくファントムソードを召喚して立ち向かう父の姿。

 一つ。この強大な相手に対し、怯むことなく毅然と立ち向かった婚約者の姿。

 一つ。いつも自分の前を歩き、それを誇らずいつだって自分を待ってくれた兄の姿。

 一つ。不甲斐ない自分を叱咤し、お前ならできると期待してくれる親友の姿。

 

 

 

 ――一つ。無明の闇の中で己を嘲笑うダレか。

 

 

 

 思考が現実に戻る。すでにタイタンの拳は振り抜かれ、未だ自分の命は残っている。

 すなわち、ファントムソードはその役目を十全に果たし、ノクティスを守り抜いたということ。

 

 見えた光景について思いを巡らせる暇などない。

 ノクティスは腹の底から溢れる熱を咆哮に変換し、雄叫びとともにファントムソードを飛ばして自身もそれにシフトする。

 

「散々好き勝手しやがって――今度はこっちの番だ!!」

 

 たどり着いたのは十分に広い足場。タイタンの足を警戒しないで良い適度な高さ。

 そして自身のコンディションも良い。ファントムソードの維持ももう少しは可能だ。

 ――ここでタイタンを倒す。それが今やるべきこと。

 

「ノクト!!」

「お待たせ! 随分怒らせたみたいだね、ノクト!」

 

 タイミング良くイグニスとプロンプトも合流し、それぞれの手に武器を持って戦意をみなぎらせている。

 

「お前ら! 無事だったか!!」

「まあね! 途中で帝国軍が来たり色々あったけど、なんとか追いついた!」

「今さら経緯を聞く意味もないだろう。――アレを倒せば良いんだな」

 

 逃げ出したところで誰も責められない戦いであるのに、それでも来てくれた。本当に自分は仲間に恵まれた。

 腹の底に己の意地とは違う活力が生まれるのを感じ、ノクティスは力強い笑みを浮かべながら前を見る。

 隣を見れば、頼れる軍師がその怜悧な頭脳をフル回転させようと鋭い目でタイタンを睨んでいる。

 

「情報が欲しい。ノクト、知る限りを」

「サンダー系は静電気が通ったぐらい。あとメチャクチャ硬え」

「わかった。それとノクト、その剣は?」

「今持ってる王の力を全部召喚した。メチャクチャ疲れるから長くは持たねえ」

「あとどの程度使える?」

「一分は持たせる」

「わかった。――勝てる戦いだ。やれるな?」

「当然!!」

 

 ノクティスとグラディオラスだけではどう勝てば良いのか皆目見当もつかなかったが、イグニスが入るだけで一気に希望が見えてきた。

 振り下ろされるタイタンの手を後ろに下がって避けながら、イグニスが二人に手早く指示を飛ばしていく。

 

「――オレとプロンプトではあの身体に有効打は与えられない。ここはノクトの援護に徹する」

「わかった! 帝国軍とかが来たら教えるよ! あと目を狙ってみる!」

「オレはシフトの道筋を作ろう。ノクトは暴れるだけ暴れろ」

「わかりやすくてサイコー。で、そっからどうすんだよ」

 

 ファントムソードを召喚した状態を五分維持できるなら、タイタンが相手でもそれなりに押せるとノクティスは睨んでいた。

 なにせ今の自分はファントムソードのある場所ならどこでもシフトできるのだ。タイタンの攻撃など当たる方が難しい。

 

 しかし、ただ剣で斬り続けるだけで山を崩せるか、と言われれば否である。

 こちらを睨みつける灰色の巨神の皮膚は岩をビスケットのように砕き、メテオの熱をものともしないほどなのだ。

 ダメージが皆無ということはないはずだが、決定打にもならないだろう。擦り傷だけで殺せるなら苦労はない。

 

「勝てる戦いだと言っただろう。とにかく動きを止めろ。その時に話す」

「ま、信じたぞ! 軍師サマ!!」

 

 さっきはグラディオラスとちょっと考えて頭が良くなった気がしていたが、やはりこういうのはイグニスに任せた方が良さそうだ。

 ノクティスは難しいことを考えるのは一旦後回しにして、自身を守るように侍る王の力に再び魔力を込める。

 

「じゃあ――行くぞ!!」

 

 振り下ろされ、まだ持ち上げられていないタイタンの腕を起点にノクティスがファントムソードの猛攻を開始する。

 賢王の剣を振り下ろしたと思えば、次の瞬間には修羅王の刃の重い斧刃が迫り、また次の瞬間には獅子王の双剣による連撃が抉る。

 そしてそれに追従するように他のファントムソードが次々とタイタンの身体に刺さっては消えていく。

 

「オオオオオオオオオォォォォッ!!」

 

 もはやまっとうなことを考える余裕はない。反射神経の閃くままに刃を振るい、シナプスの弾けるままにファントムソードを直感で操っていく。

 実を言うと――一分は維持するというのもだいぶ見栄を張った内容だ。頭だけを酷使するなら一分でも何とかなるが、同時に身体も動かしてさらには相手の攻撃も避けなければならないとなると、三十秒も持たせれば十二分な気すらしている。

 

 だが、ああ言った手前最後まで見栄は張り通さねば。どんな時でもなんてことないように、二本の足で立ち続ける。

 それが王に必要なことであることぐらい、父と兄の姿を見てきて知っているのだ。

 

 思考が白熱し、武器を振るう腕は感覚が喪失する。何もかも白く染まり、半ば本能のままに空中で剣を振るい続け――気付けばタイタンの目の前まで来ていた。

 

「――」

 

 視線が合う。瞳のサイズだけでもノクティスがすっぽり入ってしまいそうなほど大きく、光を吸い込む黄金の眼がノクティスを捉える。

 何かを伝えたいのか、それとも力を図っているだけなのか、あるいはノクティスをここで殺そうとしているのか。

 真意はここまで来てもまだわからない。だが、敵意があることだけは振るわれる拳の勢いで嫌というほど思い知らされる。

 

「っと!」

 

 振るわれる豪腕をイグニスの突き刺した短剣へのシフトで回避し、一度イグニスたちの元へ戻る。

 

「――ぶはぁ!」

 

 そこが限界だった。召喚していたファントムソードが全て消え、ノクティスは半ば無視できていた消耗を今になって反動という形で受け取ることになる。

 

「ノクト、大丈夫!?」

「こんぐらい、どうってこと、ない!」

「バレバレだからね!? ほら、ポーション!」

 

 駆け寄ってきたプロンプトが使ったポーションで息を整える。

 今すぐ地面に倒れたい衝動を押さえ、顔を上げてイグニスを見るとノクティスを労うようにうなずいた。

 

「予想以上だ。王の力が凄まじいものだとは理解していたが、お前も成長していたんだな、ノクト」

「――へっ、当然だっての」

「次に腕が来た時がチャンスだ。一斉に攻撃して一気に決める」

 

 そう言ってイグニスは懐からブリザド系魔法が込められて青白く光るマジックボトルを取り出す。

 

「あの巨神が攻撃に使うのは左腕一つだ。凍らせて砕けば無力化できる」

「だから動きを止めろってことか」

「そういうことだ。その動きを止める方法がネックだったが……ノクトのお陰で現実味を帯びてきた」

 

 イグニスの視線がタイタンに向かったため、ノクティスたちの視線もそちらに釣られる。

 手のひらを開き、三人を押しつぶすように上に向かうそれから逃げるように退避し、攻撃を誘う。

 そして手のひらが地面に叩きつけられた瞬間、イグニスが声を上げようとして――プロンプトに遮られる。

 

「待って、帝国軍が来てる! ――何あの武器!?」

 

 困惑の色が強い声に振り返ると、うんざりするほど見飽きた帝国軍の魔導兵が揚陸艇からガチャガチャと音を立てて降りる姿が見えた。

 ただ一つ違う点があるとすれば、彼らは皆一様に同じ武器を持っていることだ。

 

 赤熱した槍のようにも見える兵器を携え、一斉にそれらをタイタン向けて発射していく。

 人間に突き刺したら槍であっても、見上げる山に刺したら針と何ら変わらない。

 だがそれを受けたタイタンは苦しみ悶えるように身を振り、その腕で槍を発射し続ける魔導兵をなぎ払い始める。

 

「なにあれ!?」

「わからない。だが、人間に向ける武器じゃない。モンスターか、シガイか、あるいは――神に向ける武器だ」

 

 恐れ知らずなんてものではない。もし仮にあれが神々に向ける想定で作られたとしたら、文字通り神をも恐れぬ所業である。

 と、そこでイグニスは自分の推測に疑問を覚える。

 

 神々に向けることを想定して作られた――なら神々が実在していることを彼らは知っている?

 

「おい、大丈夫か!?」

「グラディオ、無事だったか!!」

「あんぐらいで死ぬわけないだろ。とにかく戦えば良いんだろ?」

「あ、ああ。左腕を破壊する。帝国軍の行動に疑問はあるが、今は後回しで利用させてもらう」

 

 グラディオラスが合流したことにより、イグニスは疑問を棚に上げることにして目の前のことに集中していく。

 折よくタイタンが痛みに悶え、身体を支えるように左手を地面についた。絶好の好機が巡ってきていた。

 この好機を活かせないようではそれこそ軍師失格だ。イグニスは素早く懐からブリザラの入ったマジックボトルを全員に渡していく。

 

「遅れるな!」

 

 イグニスが投げるのに続いてプロンプト、グラディオラス、ノクティスの三人が続いてブリザラをぶつけていく。

 局所的に吹き荒れる極寒の吹雪――四つ重ねられた発生点では絶対零度にすら匹敵する程の冷気が巨神の腕を芯から凍らせていく。

 

「今だ!!」

「ノクト、乗れ!!」

 

 グラディオラスが自らの大剣を斜めに地面に置いて、王のためのジャンプ台を作り上げる。

 

「――上手く飛ばせよ!!」

 

 意図を理解したノクティスが走り、大剣の腹に足を乗せて駆け上がっていく。

 

「ぶっ込め!!」

 

 グラディオラスが渾身の力を込めて剣を振り上げ、ノクティスの身体は大きく弧を描いて空に浮かび――

 

「終わり、だぁっ!!」

 

 召喚した夜叉王の刀剣による一撃が見事、タイタンの左腕を粉々に粉砕するのであった。

 

 

 

「決まった!! これで終わり……?」

 

 プロンプトが快哉を上げる中、一行は冷気の残った場所に立って様子を見る。

 腕を破壊されたタイタンは肘から先のなくなった腕で身体を支えていたが、その目がノクティスと合うと再び彼の口が動いた。

 

 彼の口から溢れる言葉は理解できない。だが、敵意のなくなった瞳から伺えるのはノクティスへの敬意のみ。

 いつか来る真の王。彼こそ相応しいと巨神タイタンは確かに認めたのだ。

 試練を乗り越えた者に授けるものなど、大いなる神の力以外にありえない。

 

 タイタンはどこか満足したような安らかな吐息を漏らしながら、その巨体を金色の粒子に変えていく。

 

「何が起きて――」

「――還るのか」

 

 ノクティス以外の三人は事態が飲み込めないと困惑していたが、ノクティスだけはその意味が理解できるのか慌てた様子がなかった。

 そしてノクティスの言葉にタイタンは僅かに首肯する様子を見せ、唇をほんの僅か動かしてノクティスに最後の声を届ける。

 

「■■――」

「――わかった。だから安心して休め」

 

 何を言っていたのか、具体的なところはわからない。

 しかしタイタンが何かをノクティスに託そうとしていたのはわかった。

 ルシス王家の力なのか、それとも試練を乗り越えたからか、どちらにせよノクティスの身体には新たな力がみなぎるのが実感できた。

 

 ならば背負うべきだ。彼が自分に何をさせたいのかはまだ不明だが、託されたからには応えたい。

 ノクティスが意思を込めてうなずくと、タイタンは最期までノクティスを見たままその山にも見紛う巨体を全て金色の粒子へと変えていくのであった。

 

「……ノクト、戻ろう」

「ああ。訳わかんねえことばっかだけど……多分、これで良いんだよな」

 

 ノクティスの言葉を肯定できる者は誰もいない。

 だが、タイタンは最期の瞬間を満足していた。それは全員に共通している感想だ。

 ならばそれ以上は不要なのだろう。おそらく多くの事情を知っている人物に心当たりもあるのだ。後で改めて聞けば――

 

「おい、待て!」

 

 戻ろうとした一行の足をグラディオラスが止める。

 それと同時、目の前の地面から火が噴き出す。

 

「うわっ!?」

「ヤベェ、メテオの熱だ!!」

「巨神がいなくなり、支えがなくなったのか!」

 

 周囲を見回すと、そこかしこからドロリとした溶岩とともに地面が火を噴いており、あっという間に尋常でない熱気に包まれる。

 

「ど、どうしよう!?」

「イグニス、脱出ルートは!?」

「六神と戦う事態など想定していない! 無茶を言うな!」

 

 万事休すか、と全員の顔に悲痛なものが浮かぶ。

 かくなる上はノクティスだけでも生かすべく、彼にはシフトで脱出をしてもらおうかとイグニスとグラディオラスが最悪の事態を覚悟した時だった。

 

「あ、あれ見て!」

「帝国軍――」

 

 帝国軍の揚陸艇が一隻、ノクティスたちの前で悠然と滞空する。

 そして勿体つけるようにゆっくりと開き――先ほど出会った人物が顔を出した。

 

「やっほ、無事?」

「あんた……」

「あれ、あんまり驚いてないね。そこの軍師クン、意外と頭回る?」

「――バカにするな。いくら情報が少ないと言っても、あれだけこれ見よがしに言われれば気づく」

「そっか。じゃあもうオレの仕事、わかってるよね」

 

 先ほど会った人物――アーデンが小馬鹿にするようにイグニスに問いかけると、彼は忌々しい感情を隠さず、その名を吐き捨てるように叫んだ。

 

「アーデン・イズニア。――ニフルハイム帝国宰相」

「ご名答」

 

 胡散臭い男アーデン、ではなく帝国宰相であることを指摘されてもアーデンの顔に焦りはない。

 むしろ絶対的優位にあることを見せるように彼らへ手を伸ばした。

 

「で、どうする? 今回は君たちを助けに来たんだ」

「…………」

「別に嫌なら良いよ? ここで捕まえたりせず、どこか適当なところで解放するのも約束しよう」

「……何が目的だ」

「それ、言う義理ってある?」

 

 アーデンの言葉にイグニスは舌打ちをする。

 ここまで悪感情を彼が露わにすることは珍しい。そして同時に自らの無力さに苛立っているようにも、彼の仲間には感じられた。

 

「どのみち選択肢は二つに一つだ。生きるか――死ぬか」

「……ノクト」

「選択の余地なんてねえだろ。お前のせいじゃねえよ」

 

 ノクティスはイグニスを責めず、ただその肩に手を置くだけだった。

 

「オッサン、乗せてくれ」

「オッサンって、ひどいなあ。本名言ったじゃん」

「うっせ、三十代以上は全員オッサンなんだよ」

「――じゃあオレはおジイチャンだ」

「なんか言ったか?」

「なんでも。さ、四名様ご案内」

 

 かくして、神話の再来はひとまずの終結を見ることになる。

 いずれ来る未来に選ばれし王は、試練を乗り越えて神々の力を手にした。

 けれど忘れるなかれ。未来の王は未だ王にあらず――闇はそれを嘲笑っているのだと。




やっぱり神様の啓示で力を得ているので、結構直接的な力になります。具体的に言うと召喚以外でもノクトがタイタンの力を振るう感じに。アイテムだけとか味気ないからね!

じ、次回こそ早く投稿したい(震え声)

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