ファイナルファンタジーXV ―真の王の簒奪者― 作:右に倣え
雷神に誘われて
モーテルの機能を果たすキャビンの中で、ラジオから聞こえる声が空々しく響く。
ノクティスは二段ベッドの上であぐらをかきながら、仲間たちも思い思いの場所でくつろぎながらラジオに耳を傾けている。
『――ダスカ地方の封鎖は、調印式の襲撃事件に関与していると見られる人間を捜索するために行っている。影響が大きいことは承知しているが、市民の安全のためであると理解願いたい』
心に秘めた信念を形にしたようなレイヴス将軍の声は、どこか彼の実妹であるルナフレーナを思い起こさせる。
ノクティスたちはうんざりした様子でラジオを聞いていたが、やがて声明が巨神の話になるとノクティスが苛立ったようにラジオを消す。
「ったく、他に話すことねーのかよ」
「うわ、不機嫌」
「もう何日身動き取れてねえと思ってんだよ。誰だって嫌になるわ」
「まーねー」
やってられないとばかりにベッドに寝転がる。
巨神との激戦を乗り越えてから数日。万事休すと思われた窮地をニフルハイム帝国の宰相であるアーデンに助けられた彼らは、その代償を支払う羽目になっていた。
レガリアの紛失と、全く同時期に行われた帝国軍によるダスカ地方の封鎖。
二つが重なり、ノクティス一行はチョコボポスト・ウイズでの足止めを余儀なくされていた。
「まさかレガリアがなくなっちゃうなんてねー」
「当然と言えば当然だがな。帝国軍のド真ん中で見張りもなしに停車だ」
「んだよ、オレが悪いってのかよ」
ふてくされるノクティスをグラディオラスが軽く笑い、あれは仕方がないと説明する。
「んなこたぁ言ってねえよ。誰か一人でも欠けてたらタイタンを倒すことなんてできなかっただろうしな」
「それに王の足元を固めるのが軍師の役目だ。こうなることを防げなかったオレの力不足でもある」
「防げなかったって、予想はしてたの?」
「当然だろう。オレは最初からあの男を全く信用していなかった」
眼鏡の光に反射されて見えない目の奥には、自分の無力感への怒りが渦巻いているのだろう。
苛立ちを吐息でごまかし、イグニスはあの場で打っておいた策を話していく。
「発信機と盗聴器をつけておいたんだがな。さすがに魔導兵の目はごまかせなかった」
「あれ、今なんかすごい単語が出た気がするんだけど」
「お前もあんま期待していたわけじゃないだろ?」
「持ち去られた場合の手がかりになれば御の字と言った程度だ」
発信機と盗聴器という日常生活ではまず耳にしない単語が出てきたことにプロンプトが思わず、といった様子で会話を続けるイグニスとグラディオラスを見るが、二人は気にせず話を続けていた。
「誰かが見つけて運んでくれた、とかないの?」
「その誰か、は誰になる。カーテスの大皿の、帝国軍が検閲をしている場所のさらに奥だぞ」
「あー……それじゃあ帝国軍以外にないのか」
「そういうことだ。シドニーはどこか工場に運ばれた可能性を指摘したが、十中八九帝国軍の基地だろうな」
「マジかよ。ニフルハイムに持ってかれたら取り戻せねえじゃねえか。なんで言わねえんだよ!?」
移動の足がなくなる以上に、あの車はもうこの世にいない実父レギスとの唯一の絆とも言えるものなのだ。
それが手の届かない場所にいって、壊されるなど冗談ではない。
ノクティスはベッドから勢い良く身体を起こし――キャビンの低い天井に頭をぶつけて痛い思いをしながら降りてくる。
「オレも確証があったわけじゃない。それに帝国軍の基地にあったとしたら、オレたちだけでは荷が勝つ」
「じゃあ諦めんのかよ!?」
「諦めるなどいつ言った。――足並みを揃えるのに時間がかかっただけだ」
どういう意味だ、と言い募ろうとしたところで、ノクティスとイグニスのスマートフォンが同時に鳴る。
何事か、とお互いに顔を合わせるものの、どちらにも心当たりはない。
とりあえず話の続きは電話に出てから、と視線で交わし、それぞれが電話に出る。
イグニスは電話越しの相手を確認すると、ひと目を避けるように外へ出ていった。
対しノクティスは電話の相手が兄であることを確かめると、その場で電話に出る。
「もしもし」
「久しぶりだな、ノクト」
「おう。――兄貴にはすげー聞きたいことあるんだけど」
「だよなぁ、オレがお前の立場だったら問答無用でぶん殴ってる」
わけも分からず他人の事情に振り回されるなど、誰だってゴメンである。
「じゃあオレの言いたいこともわかるよな?」
「ああ。――だがもう少しだけ待って欲しい」
「おい、兄貴!」
電話越しのアクトゥスの声はノクティス以外の誰が聞いてもわかるくらい、心苦しそうなそれだった。
本心は彼だってノクティスと一緒に戦いたいのだ。いくら弟を信じていると言っても、危険な旅をさせて心配しない兄はいない。
だが相手はニフルハイム帝国に留まらない。ノクティスも薄々と感じているが、六神が絡み始めたこの旅は国家間の戦争などという枠組みでは測れないものだ。
本当の敵はニフルハイム帝国だけではない。そしてそれがどんな悪辣な手を使ってくるのか、ノクティスにもアクトゥスにも予想ができなかった。
脅威がわからない以上、リスクを分散させるのは当然の帰結とも言える。――当人らの心情を無視すれば、の話だが。
「合流したら必ず話す。オレが知っていることも、ルナフレーナが知っていることも全部だ。本当に悪いと思っているが、電話越しで話すには話が荒唐無稽過ぎる」
「……信じて良いんだよな」
「信じてくれ。……頼む」
普段のおちゃらけた様子など微塵も感じられない、血を吐くような懇願だった。
それを聞かされてはノクティスに強く出られるはずもない。むしろ彼にここまでの苦しみを持たせることに心苦しさすら覚えるほどだ。
「……そんなに凹まなくてもいいだろ。合流できたら話は聞かせてもらえるんだし、もう良いよ」
「そうか。すまん」
「良いって。で、お互いの近況報告だよな?」
「ああ。こっちはダスカ地方の封鎖に巻き込まれることは免れた。今は適当な場所で停めて封鎖線を見張ってる」
「レスタルムに行けばいいだろ」
「お前は封鎖のド真ん中だろ? 突破するんだったら援護ぐらいするさ」
「いや、ルーナが――」
「ルナフレーナ発案だ。文句はないな?」
ぐ、とノクティスは息に詰まる。よもや彼女がこんな危険な役目を言い出すとは思っていなかった。
ルナフレーナが危ないとか、兄貴たちの消耗が心配だ、とか色々と言い訳の言葉は思いついたが、どれを言っても効果がないことはノクティスにも予想できた。
「……無理はすんなよ」
「そのつもりだ。そっちは? タイタンには会えたのか?」
「会ったよ。襲われて殺されかけた。返り討ちにしたけどな」
「素晴らしい。――じゃあ、次だ」
「次?」
「ああ。今から場所を送るから、その洞窟に向かって欲しい」
「……また、六神の一人と会うのか?」
カーテスの大皿に導いたのもアクトゥスだ。そこでタイタンと会ったことを考えれば、次にアクトゥスが提示している場所がそういった関係であることはわかる。
「そうなる」
「戦うのはもうゴメンだぞ」
「次の神さまは優しかったから安心しろ。会うだけで認めてもらえる」
「マジかよ」
タイタンとの戦いであれだけの死線をくぐったというのに、次の神は会うだけで良いらしい。
会うだけで加護がもらえるんなら他の神も全部そうしてくれ、と思いながら両者は話を続ける。
啓示を受けるノクティスはもちろんのこと、誓約を行うルナフレーナに同行するアクトゥスも相応の危険に見舞われているのだ。
「マジだ。ただ道中にはシガイが出る。そこだけは気をつけろ」
「わかった。チョコボポストから近いのか?」
「そこからならそう遠くない。走っても十分だ」
「ん、了解。会えたら神の力の一端ってやつを見せてやるから覚悟しろよ?」
「そうなったらこっちも、兄の威厳ってやつを思い出させてやるよ。――レスタルムで会おう」
兄の声を耳にしながら電話を切る。
そして自分たちがレガリアを盗まれたことを伝え忘れていた、ということに気づいて再度電話をかけようとしたらイグニスが戻ってきたため、一度中断する。
「ノクト、朗報だ。レガリアの場所がわかった」
「ホントか!?」
「ああ。コル将軍に頼んで位置の確認をしてもらった。確かな情報だと信じて良い」
「ってことは、イグニスが今まで電話してたのはコルだったのか」
足並みを揃えるとはそういうことだったか、とノクティスは常に先を見据えて二手三手と打っているイグニスに感嘆の息を漏らす。
イグニスはそんなノクティスを見て、何を思ったのか柔らかく口元を笑みの形に変える。
「だけでもない。……お前がこれを知ったら驚くぞ」
「なんだよ、もったいぶるなよ」
「この封鎖に不満を持っている人々が結構いたようでな。表立っての支援という形ではないが、いくらか援助があった」
「へえ、やるじゃん」
「お前の手柄だ」
「へっ?」
「――旅の道中で助けた人たちからの援助だ。ここの主人のウイズ。ハンター協会のデイヴ。新聞記者のディーノ。彼らがお前の力になると表明してくれた」
言いながらイグニスは嬉しそうに手元にある物資を見る。
ポーション類の回復アイテムにハンター協会の使用する武器。優秀な効果を持つアクセサリ。それらが詰まっていた。
彼らは顔も知らぬルシスの王ではなく、困っているところを助けてくれたノクティスの味方になると表明してくれたのだ。
「……そか」
「ああ。思わぬ補給ができたから、こちらはすぐにでも行動可能だ」
「わかった。けど少し待ってくれねえか? こっちはさっき兄貴から電話があった」
「アクトゥス様から? タイミングが良いな」
「この封鎖からは逃げたけど、こっちが抜けるタイミングに合わせて援護するって話。――んで、もう一人の神に会えって言われた」
「六神か。確かなのか?」
「ああ。多分、オレが行かなきゃダメなやつだ」
「わかった。お前の希望を叶えるのがオレの役目だ。少し待て」
そう言うとイグニスはまたも電話をかけ始めるが、すぐに電話を終えて戻って来る。
「コル将軍に連絡して、レガリアを運んだ基地の見張りをお願いした。危急の時はレガリアを優先する、良いか?」
「サンキュ。考えるのが少なくて楽だわ」
「軍師の務めは、王の選択を整えることだ」
王が全てをやる必要などない。極論、やるかやらないかの選択だけすれば良いのだ。
道筋は他者がつける。グラディオラスのように切り拓くでも、イグニスのように指し示すでも、どちらでも良い。
ノクティスに必要なのは決断だけで良い。それを実現するのが自分たちの役目である、とイグニスは自戒するように内心に刻み込む。
「それでどうすれば?」
「フォッシオ洞窟に行けって。そこで会えるらしい」
「なるほど、次の神は――」
ノクティスの示したフォッシオ洞窟への方角に、雷が落ちる。
紫電の輝きが彼らの視界を焼き、轟音とともにこの上ない神威を彼らに見せつけてきた。
それを見たイグニスは肩をすくめながら、ノクティスに雷の落ちた方角を指差す。
「……早く来い、だそうだ」
「らしいな。――雷神に会いに行くか」
雷神からの要請も受けたため、早速出発――ではなく、ノクティスたちは一度揃って腹ごしらえをしていた。
「雷神に会えたらそのままレガリアの奪還だ。ハードな一日になりそうだし、飯はきちっと食わねえとな」
「だね。あ、イグニス、肉でお願い!」
「では最近食べたあのデブチョコボバーガーに着想を得たものを作ろう」
チョコボポスト・ウイズで足止めを受けている間にあそこのメニューは制覇してしまった。
ギサールの野菜が使われたグリーン・スムージーに同じくギサールの野菜が使われたギサール・チップス。
グリーン・スムージーを飲んだ時のノクティスの苦みばしった顔はプロンプトが写真に残してルナフレーナに見せる気マンマンである。
ハムと野菜の挟まれたチョコボクラブサンドも食べたが、味については観光地特有の名前だけが入って割高だが、普通のクラブサンドだった。
とまあ、総じて見ればまあよくある観光地の飯だよね、ぐらいの感想なのだが、一つだけ違うものがある。
パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン。
これでもか、どころではない。もはやバーガーとしての形を保っているのが奇跡だと思えるくらいに具材が挟まれたそれは、ただ食べるだけでも恐ろしく神経を使う一品。
しかし同時に具材の量は食べ盛りの若者の胃を完璧に満足させるものであり、ノクティス一行の記憶に強く残ったものであった。
名前をデブチョコボバーガーという。一度食べたらしばらく食べたくないが、たまに食べたくなる強烈な味だとは全員の一致した感想である。
今回はそれを基にイグニスが独自のアレンジを加えたものになる。
パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン。
「え、ちょっ!? 多すぎない!? ここからでも見えるんですけど!?」
「まだまだ乗せるぞ。限界までやってみるのがコンセプトだからな」
「料理に出てくるセリフとは思えねえな」
「ま、うまけりゃなんだって良いわ」
悲鳴を上げるプロンプトと呆れた声を出すグラディオラスとは違い、ノクティスは落ち着いていた。
イグニスに任せておけば食べられないものは出ないのだ。出されたものを野菜を除けて食べれば問題は何もない。
「さあ、完成だ。名付けてハムサンド・メテオ盛。味わって食べてくれ」
「前言撤回するわ。どう食べろって言うんだよ!?」
出されたものを見て手のひらを返したのもノクティスだった。
デブチョコボバーガーの時も大概なサイズだったが、これは半ば別格だ。
もはや直立していることに世界の神秘を感じてしまいそうなほどの巨大なバーガーである。
挟んで食べるというより、上から少しずつ取って食べなければならない。下手に倒したら大半が皿の外にぶちまけられることになるだろう。
「一人でこれを食えとは言わないさ。少しずつ手で取って分ければいい」
「あー……まあ、やるだけやってみるか」
今さら他の食事に変えろなんて言える立場でもないのだ。ノクティスは覚悟を決めてそのバーガーを睨みつけ――
「――いややっぱ多いってこれ」
普通にツッコミを入れるのであった。
余談だが、味そのものは高級ジギィハムを贅沢に使って、味にも飽きが来ないようイグニスが工夫を凝らしたようで非常に美味しく食べられた。
その労力で別のものを作れなかったのか、というのはイグニスを除く三人の感想だった。
フォッシオ洞窟。
数年前よりシガイの出現被害が深刻化しており、爆薬で岩を発破して塞いでしまったという経緯を持つ洞窟である。
そんな中に雷神の石碑があったことなどアクトゥスも知らなかった。ルナフレーナがこの場所を教えた時は内心で仰天していた。
チョコボポスト・ウイズからは多少離れているため、ウイズから借り受けたチョコボに乗って移動していた。
鮮やかな黄色の体毛はよく手入れされており、滑らかで優しい手触りだ。クエェ、と鳴く声はプロンプトが愛好するのもわかる愛くるしさだ。
「巨神の次は雷神かあ。神話みたい、というか神話そのものだよね」
「これに歴代王の力も集めていると来た。この科学全盛の時代に古臭いって言うこともできんな」
原理すらわからない神々の力と、強大な魔法の力の塊である歴代王の力。
これを使って機械仕掛けの兵を操るニフルハイムと戦おうというのだから、不思議なものである。
「……昔話を思い出すな」
「六神に選ばれた王が星を覆う闇を祓うおとぎ話か」
ノクティスがポツリと呟いた言葉に、イグニスが耳ざとく答える。
いくら有名な絵本とは言え、この状況から全く同じ本を思い出すとは思わなかったノクティスがイグニスの方を見る。
「ルーナに読んでもらっただけなのによくわかんな」
「おとぎ話として有名な本だ。だがそれがどうした?」
「いや、神さまから力を授かるってのを聞いて思い出したってだけ」
ルナフレーナに読んでもらった話では聖石――クリスタルに選ばれた真の王が星を脅かす闇を倒すことができる、というものだった。
そして神凪はそんな王を支えるものであるとも話していた。
彼女は今、ノクティスたちと別行動を取りながらもノクティスのサポートを一貫して行っている。
これらの意味するところは――
「…………」
「ノクト、そろそろ到着する。……ノクト?」
「……ああ」
雷鳴の轟く直下に、洞窟の入り口は存在した。
ここに来るまでに雷雨でずいぶんと濡れてしまった服と髪を鬱陶しそうにしながら、ノクティスは洞窟の入口に立つ。
「この奥か」
「ああ。ここまで来ればわかる。――奥に神がいる」
正しくノクティスにしかわからない感覚だろう。
タイタンと出会い啓示を受けて、神の力の一端をその身に宿すからこそわかるものである。
「んじゃあ、行くしかないわけだ」
「そうだね、行こう!」
洞窟の中に足を踏み入れ、すぐに一行は不思議なものを見つけて足を止める。
「これは――」
「矢印、のように見えるな」
「ノクトのお兄さん?」
「かもな。前に考えた神凪が六神と話して、王が力を授かるって流れならルナフレーナ様とアクトゥス様はすでにここに来ていたってことだ」
グラディオラスの言葉に全員が納得してうなずく。
下手をして帝国軍に出し抜かれていたら、この矢印が敵に利する可能性もあったが――アクトゥスはそれを考えず、ここには必ず弟が来ると信じていたようだ。
「……んじゃあ、さくっと攻略しようぜ。兄貴とルーナは二人で抜けたんだ。四人で突破できないわけがねえ」
「おうよ! 結構深い洞窟っぽいし、気合い入れてこうぜ!」
ノクティスの声に応じ、グラディオラスが彼を守るように先行してフォッシオ洞窟の攻略は始まった。
道中に見るべきものはなかった。
出て来るシガイもさほど強いものではなく、巨神タイタンという全員の力を振り絞ってようやく勝ちを拾える死闘を乗り越えた一行の敵ではない。
特にノクティスの成長が著しかった。
前回のファントムソード召喚で王の力のコツを掴んだのか、普通に剣を振るいながらもファントムソードによる追撃を行うなど、攻撃の手数が非常に増えていた。
「上手いものじゃないか」
「まーな。全部召喚すんのは疲れっけど、一本二本を攻撃の合間合間なら、そんなに意識しなくていいし……なっ!!」
インプと呼ばれる、鋭い爪と背中に背負う三日月を連想させる器官が特徴のシガイからの攻撃をバックステップで回避し、槍による突きを反撃に叩き込む。
腹部に突き刺したそれを持ち上げて放り投げ、追撃のファントムソードがインプの身体に更に突き刺さる。
召喚した武器がノクティスの手元に全て戻って来た時、インプの姿はすでに黒い霧と霧散していた。
「見事だ。陛下もお若い頃はこうして戦っていたのだろうな」
「だな。すげーやりやすい」
シガイの全滅を確認し呼吸を整えていると、後ろで銃撃による援護を行っていたプロンプトがノクトの肩を叩く。
「よっし、じゃあここから先のシガイはノクトに全部任せちゃおう!」
「働けよ」
「バッチリ写真撮るから安心してって!」
「いや、働けって」
「冗談冗談! ノクトみたいにズバーン! っていうのは無理だけど、オレはオレでできることをやってるよ」
「本当かよ?」
軽く笑いながらプロンプトの腕を払い、洞窟の先を見据える。
先行して危険がないか調べる役目のグラディオラスが戻ってきて、分かれ道となっている道の片方を指差す。
「こっちの道が通れそうだ。向こうも通れなくはないが、立って通れる高さがねえ。バトルを考えると行くのはやめた方が良いぜ」
「んじゃそっちに行くか」
「はいはーい。……って、あれ?」
不意に声を上げたプロンプトに何事かと全員の視線が集まる。
「いや、なんか足元に触った気がしてさ。一体、何、が……」
暗がりの中で何かが足に絡んでいるのだ。大方、木の根か何かがあったのだろうと楽観してプロンプトは自身の足首にライトを当てる。
照らされたのは、ライトの光を受けてヌメヌメとした光を反射する爬虫類の尻尾のようなものだった。
無論、そんな大きな爬虫類は見ていないし、いたとしても常に光沢を帯びるような湿気を保てる種など聞いたこともない。
つまりこれはシガイの身体であると考えるのが正確であり――
「う、うわぁぁっ!?」
「プロンプト!!」
尋常ならざる力で引きずられ、先ほどグラディオラスが話していた高さの足りない道にプロンプトが吸い込まれるように消えていく。
イグニスもグラディオラスも咄嗟の事態に動けない。いや、仮に動けたとしても大したことはできないだろう。
だが、ノクティスは動いた。
「受け取れ!」
半ば反射で召喚した短剣を、刃の方を掴んでプロンプトに投げる。
プロンプトはそれを引きずられながらも受け取ると、そのまま闇に消えていってしまう。
「え、うわぁっ!?」
「ナイスキャッチ!! 今行くぞ!!」
プロンプトを追いかける――のではなく、彼に渡した武器を頼りにシフト移動をする。
後ろでイグニスとグラディオラスが何か言おうとしていたが、聞いている時間はない。相手がシガイである以上、戦闘能力の低いプロンプトが単独行動などしたら死の危険が大きいのだ。
そうしてたどり着いたシガイの住処と思しき広い空間に出ると、そこには下半身がヘビで上半身が人間の女性らしく見えることが特徴のシガイ――ナーガが尻尾でプロンプトを逆さ吊りにしていた。
プロンプトはノクトが追いかけてきたと見るや、一瞬の迷いも持たずに両手を合わせてノクティスを拝む。
「助けてくださいノクト様!!」
「お前余裕ないのかあるのかどっちなんだよ?」
ノクティスが助けに来なかったらかなり絶望的な状況になっていたことは間違いなく、プロンプトもそれがわかったのか顔面が蒼白だった。
そんな彼を吊り上げているナーガは尻尾を自分の顔の前に持っていくと、ヘビのように二つに別れた舌で目の前に来たプロンプトの顔を舐める。
「ヒィッ! 気持ち悪い!?」
『ねえ、私の子供、知らない?」
ひどく聞き取りづらい濁った声が、生臭い吐息とともにプロンプトに届く。
もう声も出せないのか、プロンプトは無言で首をブンブンと横に振る。
『そう……じゃあ、あなたを私の子供にしてあげる!!』
「シガイがボクのお母さんになるー!? 助けてノクトー!!」
なんだか単純にシガイに喰われる以上のひどい目にプロンプトが遭いそうなので、可及的速やかに救出することにする。
イグニスとグラディオラスの援護も期待できない以上、一人で人間よりも大きなシガイを倒さなければならない。
――今の自分なら問題ない。ノクティスはそう自己分析を下す。
「……ま、ホントはもうちょい後で使う予定だったんだがな。よく見とけよ、プロンプト」
「へ?」
ナーガと対峙するノクティスが選んだ武器は大剣。
グラディオラスが使っているものと同じだが、彼なら片手で振るえるそれをノクティスは両手で振るう必要がある。
自身の身体を隠してしまいそうなほどに大きな刀身を構え、ノクティスは不敵に笑う。
「おい、こっち見ろよヘビのバケモン!」
『――』
「そいつはお前の子供になんかなりたくないって――よ!」
注意がそれている今こそ不意打ちのチャンスである。
ノクティスはナーガの肉体を構成する人間とヘビの境目を狙って大剣の一撃を振り下ろす。
手に伝わる感触は肉を切り裂くそれではなく、鉄の塊を殴りつけたような硬質なもの。
見た目が人間らしいからといって侮るなかれ。この肉体はシガイである以上、強度が人間の皮膚と同じであるなどあり得ないのだ。
しかし重量のある鋼の刃を思いっきり受ければダメージはある。
ナーガは苦しそうな金切り声を上げるとプロンプトをどこかへ放り、ノクティスを憎々しげに睨んだ。
そして息をつく間も与えない尻尾による猛攻がノクティスを襲う。
焦ることなく大剣で受け止めながら、ノクティスはプロンプトに声を投げる。
「プロンプト、無事か?」
「思いっきり地面に身体ぶつけたけどなんとか! いま援護するね!」
「いらねーからしっかり見てろ」
「え?」
「一応お前が離れてないと危なかったからな。これが――巨神の力だ!!」
猛攻の隙を縫い、ノクティスは短剣を天井に投げてそれにシフト移動を行う。
軽く天井に刺さっただけの短剣はノクティスが掴むとすぐに抜けてしまうが、ここで必要なのはナーガにシフトブレイクを当てるための距離だけだった。
一瞬だけノクティスを見失ったナーガは、しかしシガイとしての嗅覚かすぐにノクティスを見つける。
空中で身動きの取れない哀れな人間を丸呑みにしてしまおうと、落下地点で口を構えていた。
そんな彼女を前にノクティスは再び大剣を手元に召喚。
そして大剣を全力で投げて、シフトブレイクをナーガの顔にぶち当てる。
この時、プロンプトの目には確かな物が見えた。
それはノクティスの攻撃に追従するように現れた巨神の拳で――
次の瞬間、ノクティスの大剣を中心に凄まじい衝撃と力が吹き荒れた。
「――ッ! ノクト!!」
咄嗟に声も出せないほどの衝撃。距離のあったプロンプトでさえこれなのだ。爆心地とも言える場所にいたノクティスはどうなっているのか。
だが、ノクティスの姿はそこにあった。大剣によるシフトブレイクを行い、跡形もなく消し飛んだナーガがさっきまでいた場所に佇み、剣を振り下ろした自身の手を見つめていた。
「……ハハッ」
もともと、この力はチョコボポスト・ウイズで足止めを受けていた時から自覚はあった。
より正確に言うなら、カーテスの大皿でタイタンの加護を受けた時点になる。
その時点ではどういった規模の力なのか正確に把握しきれてはいなかったが――まさに神威と呼ぶに相応しいだけの力だった。
もはや笑うしかない。こんな凄まじい力を自分は与えられていたのだ。
……言い換えるなら、この力を使って戦う相手がいるとも言えるため、ノクティスの高揚はすぐに別の違和感にかき消されてしまうのだが。
「ノクト、大丈夫!?」
「おう。てか見ただろ、オレの力」
「見たけど明らかになんかおかしいでしょ!? 疲れてるとか、身体が痛むとかない?」
「大丈夫だっての。それより自分の心配しろよ。オレが武器渡してなかったら、今頃あいつがお前の母ちゃんだぞ」
「うっ、嫌なこと思い出させないでよ」
つい先程まで自分の身に起こっていたことを思い出したのだろう。プロンプトの顔が再び青ざめてしまう。
そんな彼の様子を見たノクティスは軽く笑って肩を叩く。
「ま、もう大丈夫だ。こんな気味悪いところ、さっさと終わらせちまおうぜ」
「そう、だね。イグニスたちも追いかけてきたみたいだし、早く行こう」
「おう。でもノクト、本当に気をつけてよ? その力も無敵ってわけじゃないんでしょ?」
「むしろ取り回しが悪いくらいだっての。あんなのポンポン使ってたら洞窟が崩れるわ」
薄々としかわかっていないものをぶっつけ本番で使うのはマズイと身にしみた。うっかり天井に使っていたら、今頃ノクティスもプロンプトも崩落に巻き込まれていたかもしれない。
「そっか、やっぱり神サマの力って強いものなんだね」
「だな。普段使う分にも気をつけねえと」
ノクティスは自分の中にある力を確かめるように拳を作って、そして歩き出す。
「行くぞ。イグニスたちももうすぐ来るだろ」
「うん。あ、ノクト! 助けてくれてありがとね!!」
「こんぐらい普通だろ。気にすんなよ」
「――うん、そうだね」
気負ったところなど何もなく、誰かのために危険へ飛び込むことが選べるノクティスだからこそ、イグニスやグラディオラスが王の気質を見出しているのだろう。
そして自分もまた、彼がどこまで行くのかを見届けたい。
プロンプトは胸に決意を秘めて、先を歩き始めたノクティスの背中を追いかけるのであった。
私の他の作品を見ている方は知っているかもしれませんが、私は割りと主人公の強さは盛る方です。
なので六神パワーも召喚オンリーではなく、通常時にも一部だけ扱えるように。ストーリー進めていくとできることが増えて飛躍的に強くなるとか大好きです(個人的な好み)
大剣使用時にシフトブレイクの威力が向上してダメージ判定ありの衝撃波が出で範囲攻撃ができるとかどうとか(適当)
それとこれも個人的な好みですが、サブクエストで助けた人がメインクエストの助けになってくれる展開、というのはオープンワールドゲーム内でされて嬉しいことベスト3位内に入ってます。だから盛り込みました(欲望の塊)