ファイナルファンタジーXV ―真の王の簒奪者―   作:右に倣え

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あれ、もしかして今作、サブクエ回含めるとかなり長くなるんじゃ……?(戦慄)


一路、ガーディナへ

「実際、レガリアの修理ってどんくらいかかるんだろうな」

「三十年前の旅の時はシドが一手に引き受けてたって話だぜ。レガリアに関しちゃ第一人者だろ」

 

 そうなのか、とノクティスはグラディオラスの豆知識に相槌を打つ。

 父が三十年前に旅をした時に使ったレガリアは、機構部分はすでに骨董品の領域に入りつつある。

 乗り心地は最高なのだが、中身についてはちょっとした故障でもこの状態になる。

 ましてや代えの聞かない部品などが壊れた日には――冗談抜きにシドに殺される未来が待っているだろう。

 

「非常に複雑な機構らしい。その分拡張性もあるらしいが、オレたちでそういった整備は無理だろうな」

「何かあったらハンマーヘッドか」

「そういうことになる。遠い場所で壊してもしたら、昨日以上の距離を押して歩く羽目になるかもしれないな」

「絶対壊さねえわ」

 

 終わりの見えない車押しはもう懲り懲りである。

 四人は何を言わずともお互いの意思を確認し、昇り始めた朝日を見ながら一日を始めていく。

 

「日が出てきたな。もうシガイも出ないだろう。デイヴの話していたブラッドホーンの退治に行くか?」

「おう。初めての大物だな、腕が鳴るぜ」

 

 総身に力がみなぎるとばかりにグラディオラスが腕を回し、調子を確かめる。

 それを横目にノクティスも寝袋で凝り固まってしまった身体をほぐし、出発の合図を出す。

 

「行くぞ。デイヴの仕事を終らせる」

 

 イグニスの先導によってノクティスたちは特に問題もなく問題の野獣のいる場所に到着する。

 ブラッドホーン――二本の大きなツノが特徴的なデュアルホーンと呼ばれるモンスターの変種である。

 巨体のモンスターではあるが本来の気質は温厚な草食動物であり、こちらから仕掛けない限り襲い掛かってくることもない。

 

 草食性だからかその肉は脂肪が非常に少ないタンパク質の豊富な赤身肉で、煮ても焼いても出汁を取っても美味いという優秀な食材になる。

 リード地方で採取できるリードペッパーを使うことでピリ辛に味付けし、骨付き肉を豪快にかぶりつくもよし、パイ生地に包んで肉の旨味を閉じ込めるもよし、あるいは贅沢に出汁を取って黄金色のスープを作るにもよし、という食材だ。

 

 そんな食材の持ち主であるデュアルホーンの変種、ブラッドホーンは通常のデュアルホーンより一回り以上大きい肉体を持っていた。

 しかし吐息に黒い霧状の何かが漏れ、何かに悶え苦しむように暴れまわるその姿からは温厚な気性などとても想像できない。

 

「どう見ても様子がおかしいな」

「だね。というかデイヴさん、よくあんなのを倒せるなあ。ハンターってスゴイや」

 

 岩場に隠れて様子を伺う四人はブラッドホーンが苛立たしげに身体を震わせる光景を眺め、軽く作戦会議をしていた。

 

「で、どうする軍師様?」

「茶化すな。――プロンプト、写真を一枚撮ってくれ。明らかに様子がおかしい」

「オッケー。これどうするの?」

「変種が出るということは、原因を解明する専門家が来る可能性もある。その人に渡せば無駄にならないだろう。後は……グラディオ、陽動を頼めるか」

「陽動ってことはアレの正面か。おもしれえ」

 

 突進を喰らえば人間などぺしゃんこになるであろう巨体を前に、グラディオラスはむしろ燃えるとばかりに奮い立つ。

 

「できれば足を狙ってくれ。グラディオが注意を引いたところでオレとノクトが側面、ないし背後から仕掛ける。プロンプトは援護しつつ全体の警戒。外から余計なのが来ないとも限らない。頼むぞ」

「わかった。正面から一対一、ってわけにはいかないもんね」

 

 荒野で生きる生物にとって弱っている存在は格好の獲物だ。

 そういう状況を見計らってくる賢い野獣がいてもおかしくない。

 全員が自らの役割を理解しうなずいたところでグラディオラスが立ち上がり、その肩に大剣を担ぐ。

 

「決まりだな。んじゃぁ――始めるぞ!!」

 

 グラディオラスが先んじて岩場から身を晒し、ブラッドホーンの注意を引く。

 大剣を担いで向かってくるグラディオラスの姿を確認したブラッドホーンは狂乱のままに彼に狙いを定め、二本の巨大なツノで押し潰そうと突進を開始する。

 

 自分以上に大きな巨体が、自分めがけて突進してくる。

 常人なら怯むそれにしかしグラディオラスは獰猛に笑い、迎撃の姿勢を取った。

 

「獣の突進で――オレが殺せるかぁ!!」

 

 四足歩行を行う獣の体重移動。ならびに足を動かすタイミング。全てを完璧に見抜き、わずかに生まれる力の空白にグラディオラスは自身の大剣を差し込む。

 そして勢いのままに大剣を振り上げることで、ブラッドホーンの巨体はいともたやすく横に転がされる。

 

「っし!」

 

 確かな結果にグラディオラスは快哉を挙げ――る前に痛みの走った左手を冷やすように振る。

 どうやら完璧な形にはならなかったようで、自身の力でブラッドホーンの巨体を転がしてしまったようだ。

 いくら筋骨隆々と言っても野生の獣を無条件に転がせる力はない。上手くやったつもりであっても、気づかないうちに身体が無茶をしていたらしい。

 

 まだまだ未熟、とグラディオラスが今の結果に内心で舌打ちをしつつ、背後から近づいているノクティスたちに声を上げる。

 

「こっからどうする!?」

「グラディオはツノの破壊を頼む! 一気に決めるぞ!!」

「おう! バッチリだったぜグラディオ!」

「お褒めの言葉どーも」

 

 自分としては失敗しているのだから褒められてもあまり嬉しくないグラディオラスだった。

 ともあれ結果は上々。イグニスとノクティスが飛び出して背面から攻撃を仕掛け始めるのを確認して、グラディオラスは改めて戦線に加わっていくのであった。

 

 当たれば痛いどころの話ではなく、相手は巨体。

 しかし出をしっかり見て攻撃と防御、回避のタイミングを合わせればそう難しい相手ではない。

 一度転がしてアドバンテージを握ったのも大きいだろう。四方八方から飛ぶ斬撃の嵐にブラッドホーンは始終痛そうに身を捩りながら、がむしゃらに身体を振り回すことしかできなかった。

 

「終わりっ!!」

 

 やがてノクティスの渾身の一撃が決まると、ブラッドホーンは弱々しく声を上げて地面に横たわった。

 その身体から力が失われ、黒い霧と化して消える様を眺めて一行は依頼の終了を確信する。

 心地良い満足感に浸りながら、四人で仕事達成を祝って拳を合わせる。

 

「っし、退治終了。ツノもあるし、証明にもなるか」

「もともとそのつもりだ。しかし……」

「どしたの、イグニス?」

 

 イグニスはブラッドホーンが先ほどまでその身体を横たえていた場所を睨むように観察を始め、ノクティスとプロンプトは不思議そうな顔になる。

 グラディオラスは思い当たるフシがあったらしく、イグニスと同じく難しい顔でイグニスの反応を伺う。

 

「やっぱおかしいか」

「ああ。――死体が残らなかった。昨日倒したアラクランやトウテツならば残っていたのに」

「そいつが特別なんじゃねえの?」

「変種と言っていたことも気になる。……それにこれは感覚だが、シガイが消える時のそれに近い」

 

 黒い霧が噴き出すとともに出現し、力尽きると黒い霧となって霧散する。

 それが夜に出現するシガイの特徴であり、今なおその生態が解明できていない原因でもある。

 グラディオラスとイグニスは王都警護隊として、王都外苑に出現したシガイとの戦闘経験がある。その時に見たものと先ほど見たものが酷似していたのだ。

 

「じゃあシガイってことか?」

「シガイは夜にしか出ない。……あるいは昼にも出て来る新種のシガイがこいつと見ることもできるが」

「ま、考えたところで答えが出る問題じゃねえのは確かだ。あんま難しく考えすぎんなよ」

 

 難しい顔で考察にふけるイグニスの肩をグラディオラスがポンと叩き、そこでイグニスも考えすぎていたことを自覚したのか頭を振って思考を切り替える。

 

「すまない、気になることがあるとつい考えてしまう」

「ま、いいんじゃね? 頭使う役も一人はいねーと」

「――ノクトにも頭を使って欲しいがな」

 

 気楽な王子の言葉にイグニスが先ほどとは別の意味で難しい顔になり、眼鏡の位置を直すのであった。

 

 余談だが――ここでのイグニスの思考は極めて正鵠を射るものだったことに疑いの余地はない。

 近年増加傾向にあるシガイの被害。それらが意味するのはシガイの増加。

 原因も不明で、闇から生まれ闇に消える人類の敵性生物。

 世界を覆う闇は本当にすぐ近くまで迫っていることに、人類は今なお気づいていない。

 

 

 

 

 

「おつかれー! デイヴはちゃんと戻ってきたよ、ありがとう!」

「おう、こんぐらい楽勝だ」

 

 戻ってきた王子一行を迎えたのは快活な笑みを浮かべるシドニーだった。

 なんてことはないようにノクティスも答え、シドニーより報酬を受け取る。

 

「修理も無事終わったよ。ほら、ご覧の通り」

 

 誇らしげに見せられたレガリアは出発する前と同じか、それ以上の光沢を宿して主人を待っていた。

 黒曜石に類似した光を放ち、心なしか気持ちよさそうにすら見えるその姿にノクティスたちは快哉を上げる。

 

「こりゃもう汚せないな」

「いいね! じゃあこのピカピカのレガリアを背景に写真撮ろう!」

 

 返事を聞くことなく意気揚々とカメラを取り出し、シドニーに撮影役を頼むプロンプト。

 仕方ねえな、と口では言うもののどこか楽しそうなノクティスらが思い思いにポーズを取ってレガリアと一緒に写真を撮る。

 

「ん、キレイに撮れた! すぐ出発するのかな?」

「あー、そうだな」

 

 ブラッドホーン退治のおかげで思わぬ収入があった。

 モンスターを退治し、平和を守るという役目柄か結構なギルが稼げたのだ。これなら道中での路銀稼ぎには良いかもしれない。

 つまりこれ以上ここに逗留する意味はない。強いて言えばダイナーでの食事をイグニスが気にしていたが、それはまた別の機会で良いだろう。

 

「行き先はガーディナだよね? 一つ届け物を頼まれてくれない?」

「いいけど」

「ありがとう! 実はもう積んであるけどね!!」

「ちゃっかりしてんな」

 

 とはいえノクティスたちの道程に極端な変更があるわけでもない。この程度、可愛い強かさである。

 ノクティスは力の抜けた笑いをこぼしながらシドニーからの依頼を引き受ける。

 

「場所はガーディナに行く途中のモーテル。そこの店主に届けてほしいんだ。報酬は向こうの人からもらって」

「了解。揺らすとマズイものとかか?」

「マズくはないけど、そんな運転したらじいじに殺されるよ?」

「そりゃそうだ」

 

 今にも殺意のたぎりそうな目で見ているのだから間違いない。

 馬鹿なことを言ったとノクティスは肩をすくめ、軽く手を上げる。

 

「じゃあまたな。レガリアの修理、サンキュー」

「今後ともハンマーヘッドをご贔屓に! ――っと、一つ言い忘れ!」

 

 次の運転手を誰にしようか四人で集まろうとしていたら、シドニーが再びノクティスらを呼び止める。

 

「さっきラジオでこの近辺にズーの目撃情報があったんだって」

「ズー?」

「すっごい大きい鳥のモンスター。羽を広げたらハンマーヘッドぐらいになるんじゃないかな」

「すげえなオイ。危なくねえのか?」

 

 グラディオラスが弾んだ声で聞いてくる。デカイ生き物は男子の憧れである以上、一度は拝んでみたい存在だ。

 その気持は当然、ノクティスにも存在した。心なしかその目に少年の如き輝きが宿っている。

 

「肉食ってわけじゃないから危なくはないかな。でも本当に大きいから、羽ばたきだけで人が吹き飛ばされそうになったとか聞くよ」

「想像もつかないスケールだな」

「写真に収まり切らなそうだね。ハンマーヘッドと同じ大きさとか」

 

 四者四様の巨大鳥のイメージが浮かぶが、どれもハッキリしたものではなく全ては実際に拝んでみてのお楽しみとなる。

 

「話はそれだけ。君たちは外から来たんだろうし、そういうのって見たことないと思ってさ」

「忠告感謝する。そう長くもない道程だ。会うこともないだろう」

「あ、今なんかフラグが立った気がする」

「ゲームじゃないんだ。そうそう直面するものではない」

 

 プロンプトの軽口をイグニスが注意するが、この言葉はすぐ後に撤回されることに相成るのは誰も知らなかった。

 

「では出発しよう。運転手は誰にする?」

「エンジン切らしたら冗談抜きに死活問題だぞ」

「やっぱイグニスじゃね?」

 

 グラディオラスとノクティスの言葉にうんうんとうなずくプロンプト。どうやら三人の間では運転手は決定しているらしい。

 ちなみに車が故障するまでの運転手はプロンプトだったりする。

 ここで反対意見を出す意味もない。ないが、せめてもう少し考えて欲しいという無言の抗議も込めてため息をつくイグニス。

 

「……わかった。引き受けよう」

「おっし、じゃあ出発だな」

 

 レガリアに乗り込み、体重を心地よく受け止めてくれる椅子にもたれかかって四人はようやくハンマーヘッドを出発する。

 思わぬ足止めを受けてしまったが、全てはノクティスたちがオルティシエに到着してからの話。多少の遅刻は頭を下げて許してもらえば良い。

 プロンプトは名残惜しげに遠ざかっていくハンマーヘッドを見て、つぶやく。

 

「ハンマーヘッド、良いお店だったよね」

「整備の腕は陛下のお墨付きだ。王都の車も整備できるとなると、他にいくつあるか」

「旅が終わったらもう行けないよね」

 

 しんみりした顔で語るプロンプト。全てが終わったら自分たちは再び王都での生活が待っている。

 ニフルハイムとの和平が結ばれたところで王都と外との技術格差は簡単に埋まらないだろうし、そもそも王都とハンマーヘッドまでは相当な距離がある。

 

「ん? 別に行きゃ良いだろ」

「シドニーも良い腕してるらしいしな。機械の話で盛り上がれるんじゃないか?」

 

 シドニーに熱っぽい視線をプロンプトが向けていたことに気づいたのだろう。グラディオラスが話しやすい話題とともに彼女の名を挙げてくる。

 

「なんだ、彼女に会いたいのか」

「ま、まあね」

「んじゃ、行くときはレガリア貸してやるよ」

 

 どうやら学生時代からの友人に春がきたようだ。見た目も振る舞いも明るいプロンプトだが、それがたゆまぬ努力によって身につけたものであることをノクティスは知っている。

 だから彼の力になれることであれば、できる限りで力になってやりたかった。

 プロンプトはノクティスの申し出に顔を明るくするものの、すぐに思い直したように首を振る。

 

「おお! ……あ、いや、それダメだ。それじゃオレがオマケになっちゃうし、王都戻ったら車考えるよ」

「それもそうか。ま、頑張れよ」

 

 よしんば恋愛関係になったとしても、ハンマーヘッドと王都では結構な遠距離恋愛になりそうだ。

 とはいえ上手くいくに越したことはない。ノクティスはプロンプトの明るい先行きを思ってほんの少しだけ、口角を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 レストストップ・ランガウィータ。

 ルシス国内に点在するモーテルの一つで、用途は旅行者やハンターが一時の休息所に使うものだ。

 またレストストップではルシス大人気ファストフードチェーンのクロウズ・ネストがセットになっていることが多い。

 ここで一息入れて、大きく切られたサーモンの切り身に溶けた熱々のチーズをこれでもかと言うほどたっぷりかけたケニーズ・サーモンを食べ、力を付けてから再び旅を再開するのが旅行者の基本である。

 ただ話すだけなら油を吸ってしんなりしている、だけど程よい塩味で手が止まらなくなるポテトと清涼飲料水のジェッティーズを片手にいつまでも話し込める気安い場所だ。

 旅行者御用達なクロウズ・ネストはマスコットキャラであるケニーが入り口で君たちを待っている。訪れた際は是非彼と一緒に写真を撮ると良いだろう。

 

 そんなレストストップに到着したノクティスたちは届け物を届けるべく、一旦休憩を入れることにする。

 モーテルの主人に荷物を届け、ついでにクロウズ・ネストで休むかと一行が踵を返したときだった。

 さっきまでいなかったはずの後ろから犬の鳴き声が届き、振り返ると黒毛の小さな犬が背中に小さな手帳を付けられて佇んでいた。

 

 ノクティスにとっては何度も見た顔であり、ルシスとテネブラエで住まう国そのものが違うルナフレーナとの唯一の交流の架け橋であるその犬――アンブラの登場にノクティスは顔をほころばせる。

 膝をついて優しく頭を撫でてやると、アンブラは嬉しそうに尻尾を振ってワンと一声鳴いた。

 そして届け物ですよ、とノクティスに教えるように頭を下げて背中にある手帳を見えるようにする。

 

「相変わらず賢いねえ」

「有能な伝達役だからな。なにせ二十四使の使い魔だ」

「やっぱ神様ってスゴイんだね」

 

 六神二十四使。世界を守護すると言われている六柱の神と、その神に仕える二十四柱の忠実な下僕。

 ルシス王家に由来する歴代王の魂が眠るとされる光耀の指輪。並びに王家の力である魔法や武器召喚などといったものは全て六神より賜ったものであるという言い伝えが存在する。

 そしてノクティスの婚約相手であるルナフレーナはその六神と対話が行える神凪の一族。

 

 科学の発達した現代においても六神は依然として実在し、彼らに仕える二十四使もまた実在する。

 上述したようにルシス王家と神凪一族との関わりも深く、神凪一族の故郷であるテネブラエでは一人の二十四使が滞在しているとすら言われている。

 アンブラはその二十四使が使役している使い魔の一人なのだ。

 

「ちょっと待ってな」

 

 ノクティスはアンブラの背中に付けられた手帳を外し、中身を改める。

 十二年前に見た青い花――ジールの花の押し花がちゃんと残っていることにノクティスは微笑んで昔のことを思い出していくのであった。

 

 今から十二年前。ノクティスは八歳の頃、テネブラエ近くでシガイに襲われて大怪我をしたことがある。

 歩くようになることすらしばらく時間が必要なほどの重傷で、とてもではないがルシスまでの長旅ができる容態ではなかった。

 そのため彼はしばらく神凪一族の住まうテネブラエ領のフェネスタラ宮殿で療養生活を送っていたのだ。

 この手帳はほとんど怪我も治りかけ、もうすぐルシスに戻るという時にルナフレーナより受け取ったものになる。

 

 青く美しい花弁のジーナの花を押し花にして、手帳につけたルナフレーナの言葉とともに。

 

「もしよければ、ノクティス様にも何かを貼ってほしいのです。これを交換すれば、私たちの繋がりは消えませんから」

 

 それ以来、ノクティスとルナフレーナはアンブラを介して手帳のやり取りを続け、そこに何かを貼って一言を添えて交流するのが続いていた。

 たまにしかできないやり取りだが、あの時にしか顔を合わせていないルナフレーナと交流するにはこれが唯一の手段であり、何よりノクティスは少しでもルナフレーナの心が垣間見られるこのやり取りが好きだった。

 

 もうすぐテネブラエを発ちます、という一言が彼女の神凪就任記念ステッカーとともに貼られている最新のページを見て、ノクティスはどう返事をしたものかとステッカーを用意しながら考える。

 

 ここはルシスにあるものより旅の道中で見つけたものの方が良いだろうと考え、ノクティスはハンマーヘッドのステッカーを次のページに貼り付けて一言添える。

 

『こっちもルシスを出た。久しぶりに会えるな』

 

 ルナフレーナはすでに神凪に就任し人々の心を慰撫し、旅の標などを作っていると聞く。

 彼女の前に立てるだけの男になれているか。それには少々不安があったが、今は何より彼女に会えることの嬉しさが勝っていた。

 ノクティスは一言を添えてステッカーを貼り付けた手帳を閉じると、アンブラの背中に再びくくりつけてやる。

 

「いいぞ、気をつけて戻れよ」

 

 労うように頭を撫でてやるとアンブラはありがとうと言うように鳴いて、その小さな足で再び旅立っていった。

 それを見送り、車に戻ろうとするとプロンプトが胡散臭そうな顔でノクティスを見ていた。

 

「なんだよ」

「答えないだろうけどさ、聞いていい?」

「じゃあ聞くな」

「それ、何やってるの?」

 

 ノクティスとルナフレーナの交流はノクティスが照れくさいのもあって、仲間に詳細は教えていなかった。

 ただアンブラが来るとノクティスは実に嬉しそうに手帳を受け取り、彼も何かを書いて手帳をアンブラに返すことだけを知っているのだ。

 

 当然、ここで言うのも照れくさいため、ノクティスは何も言わずにレガリアに戻る。

 だよね、とプロンプトたちは機嫌良さそうなノクティスの背中を見て肩をすくめるのであった。

 

「そんじゃ、こっからはガーディナまでノンストップだな」

「着いたら相応の時間になるだろう。そこで一泊してオルティシエ行きの船に乗ろう」

 

 まだ日は高いが、ガーディナまではそれなりに距離がある。到着は夕方頃になるはずだ。

 そこからの行動は下手をすればシガイと遭遇する危険性も生まれてくる。大人しく朝を待つのが賢明だった。

 

「ガーディナって言えばリゾート地でしょ。シーサイド・クレイドルっていう高級ホテルがあるんだって!」

 

 レガリアに乗り込むとプロンプトが楽しそうにノクティスたちに話し始める。

 清潔で柔らかいベッド。旅の疲れを癒やすマッサージ。海の幸をふんだんに使ったディナーなどが持ち味のホテルであると興奮した口調で語っていた。

 

「よく知ってるな」

「旅立つ前に調べといたんだ。綺麗な夜の海が見えてロマンチックな光景なんだってさ」

「男四人だけどな」

「それ言っちゃダメでしょグラディオ」

 

 身も蓋もないグラディオラスの言葉で一行の中に笑いが生まれる。

 そして笑いに呼応するようにノクティスは何かを思い出したように口を開く。

 

「そう言えば兄貴から聞いた覚えがあるな。あそこのマッサージを受けると男前が上がるとかなんとか」

「え、そんなのあるの!? ノクトはこれから結婚式なんだから、受けてみてもいいんじゃない?」

「もう男前だろ。行ってみたら考えるわ」

 

 プロンプトの言葉に軽口を返しながらも、密かにノクティスはマッサージを受ける決意を固めるのであった。

 

 

 

 ……但しこのマッサージ、ものすごく痛いという重要な情報をアクトゥスは意図して伝えていなかったため、ノクティスは死ぬ思いをすることになるのだが――まあ、些細なことだろう。




次の一話でゲーム的な一章は終わりになると思います(願望)。そこまでは素早く投稿したい所存。
そしてそこからはオリキャラであるアクトゥスの話も出てきますし、本格的に物語が動いていきます。

また本作では随所に歴代FFのワードを入れたりすることを考えています。探してみると楽しいかもしれません(但し基準は作者の印象に残っているやつ)
ちなみに作者のFF歴はナンバリングタイトルは全制覇しています。FF15も旅してる感あるし、神話と現代の混ざった世界観はワクワクするから興味を持った方は是非買ってプレイしてね……(小声)

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