ファイナルファンタジーXV ―真の王の簒奪者― 作:右に倣え
王家の力の継承
レガリアの中でノクティスたちはこれからのこと。王都の中で起こっていたことについて言葉を交わす。
「兄貴とルーナは一緒に王都の中だ。早いとこ助けに行きてえ」
「同感だが、あの警戒網をオレたちだけでは無理だ」
「うん、でもコルはそれを把握していないみたいだよね」
プロンプトの言葉に全員がうなずく。
ノクティスの兄、アクトゥスが存命でルナフレーナと行動をともにしていることは、ノクティスたちしか知らない情報だ。
今はこれを早くコルに伝える。それがノクティスたちの目的となっていた。
「王都で一緒にいたんじゃないんだね」
「兄貴も戦ってたんだと思う。兄貴はオレより強い」
「外の世界で動き回っていた人だからな。下手をすると警護隊のオレたちより戦闘経験は豊富だろう」
イグニスの予想を裏付けるようにノクティスも同意する。
ノクティスがシフトの訓練を始めた時、アクトゥスにも見てもらっていたがあのシフト捌きはとても真似できそうになかった。
双短剣を同時に別方向に投げ、ほとんどタイムラグなしに二方向へのシフトブレイクを行うのだ。
そして一撃離脱を行うべく常にどこかに魔力を通した武器を置いておく。正面から戦った場合、ノクティスがアクトゥスに勝てる絵面は描けない。
彼ほどシフトに長けた王族はいないだろう。父王レギスは足腰の衰えがひどく、まともに動けなかったのだから彼が足となって戦っていたに違いない。
「もう警護隊は機能していない。王都の中はどうなってんだろうな……」
「その辺りもいずれ報道されるはずだ。これだけの騒動を隠し通すなんて真似はしないだろう」
それだけ言うと、話題が途切れてしまう。
ノクティスの兄が生きていたことは間違いなく吉報だが、それもまだ喜ぶには早い状況。
このまま自分たちの手が届かない場所で兄が死んでしまったら、ノクティスは本当に一人になってしまう。
重苦しい沈黙がレガリアを包んでいると、自身のスマートフォンを睨んでいたグラディオラスが顔を上げる。
「妹と連絡がついた。何人かと一緒にレスタルムに向かっているらしい」
「妹さん、無事だったんだ」
「オヤジと陛下。アクトゥス様たちが先んじて逃がしていたみたいだ。じゃなきゃもうクレイン地方まで行ってねえ」
クレイン地方。今現在ノクティスたちがいるリード地方から西――ダスカ地方をさらに西に進んだ先にある地方である。
はるか昔、地上に振ってきたと言われる超巨大隕石メテオが今なお燃え盛り、巨神タイタンがそれを支え続けているという神話が色濃く残る、巨神信仰の盛んな地方だ。
「先んじてってことは……」
「本格的に、向こうは迎撃のつもりだったんだろうな」
「どうしてオレたちだけ……!」
レギスとアクトゥスは知っていた。ノクティスは何も知らされなかった。
自分は王族として民を護るという使命を果たすに値しないと思われたのか。そんな苛立ちが胸に浮かんでくる。
胸の奥にある気持ちが晴れぬまま、一行はハンマーヘッドに到着する。
ハンマーヘッドではシドニーが心配そうに立っており、ノクティスたちの姿を見つけたことで安堵の息を漏らす。
「ラジオを聞いてから、ずっと待ってたんだ。無事でよかったよ」
「ああ、兄貴からも連絡がついた。少なくともオレと兄貴は無事だ」
「そっか。うん、上手く言えないけどさ。顔、上げていこう?」
オヤジにも似たようなこと言われたな、とノクティスはシドニーの言葉に目を細める。
だが、事実だ。肩を落とし、頭を下げていても状況は好転しない。
何より自分は王族なのだ。せめて胸を張ってしゃんとした姿を見せなければ。
「将軍は?」
「もう出てった。用事があるって」
「マジか。コルは兄貴の無事をまだ知らねえんだ。連絡が来たら教えてやってくれ。兄貴はまだ王都にいる」
「わかった。お兄さんなら大丈夫だよ。あの人、そんじょそこらのハンターが目じゃないくらい、腕が立つんだからさ」
「……知ってるよ」
拙いシドニーの励ましにノクティスは小さく笑う。
その顔を見たシドニーも安心したように笑い、シドのいるガレージを指差す。
「コルさん、じいじに色々と伝えてたから、まずはそっちの話を聞いて」
「わかった」
ガレージにノクティスたちが足を運ぶと、そこにはシドが憔悴した様子で座り込んでいた。
それでもノクティスの姿を見ると、彼の眼光に力が宿っていく。
「おう、来たか」
「……話は」
「コルから聞かされたのは襲撃の目的だけだ。それ以外は聞かされちゃいねえ」
目的とは、という視線が四人から集まり、シドはその重い口を開いていく。
「目的は王家の指輪とクリスタルの奪取。和平なんて最初っから王都に入るための方便だ」
「停戦の意思は、初めからなかった」
あの惨状を見れば嫌でも理解させられるが、こうして言葉にされたことでより実感も深まる。
「……なんでそんなもん受けてんだよ」
「騙された、とは言わねえのか」
「兄貴もいたんだぞ! 外の世界で色々見てたはずの兄貴も、オヤジも! 騙されるわけねえだろ!!」
「そうだな、その通りだ」
激高するノクティスをシドはかえって眩しいものを見るような優しい目で見る。
初めて会った時は覇気のない内気な少年だと思ったが、何のことはない。
仲間を大切にし、家族を大切にする、レギスやアクトゥスと同じ気質を彼も秘めているのだ。
「お前さんの言う通りだ。連中、城で戦争するつもりだったのさ。あいつらはあいつらで迎え撃ったんだ」
「…………」
「だが……結果はご覧の通り、届かなかった。アクトの坊主も、それが見えていたんだろう」
外の世界を見て回り、ルシス国内にいくつも帝国の基地が建造される様を見てきた。
籠城し、魔法障壁の中で栄えてきたルシスと外の世界の覇権を握っていると言っても良いニフルハイム。
勝ち目が薄いのは誰の目にも明らかだった。誰の目にも。
――閉じこもっていれば、誰もわからないそれを、アクトゥスは認識していた。
「じゃあ、どうして兄貴は戻って……」
「それはわからねえ。細けえことはアクトとコルに直接聞きな。……少し疲れた」
シドはそう言って、作業机に置かれている古ぼけた写真立てを撫でる。
その手に釣られて視線を動かしたノクティスたちにもそれが映る。
三十年前、彼らが帝国と戦いながら旅をしたというメンバーの写真だ。
グラディオラスの父、クレイラス。目の前にいるシド。弱冠十五歳で旅に同行したコル将軍。そして――ノクティスと同じ面影を宿す父王レギス。
「オレはもう、レギスとは何年も顔を合わせちゃいねえんだ。昔の仲違いが原因でな」
「…………」
「もう和解はしたが……それでも会っておきたかったぜ、バカヤロウが」
シドの言葉には、誰も答えることのできない後悔が滲んでいた。
コルは王の墓所と呼ばれる場所にいる。
そんな言葉をシドより言葉少なに伝えられ、その場所を目指そうとした時だ。
ノクティスのスマートフォンが再び振動し、着信を知らせる。
「――兄貴だ」
「え、さっきぶりじゃない!?」
「こまめな連絡が入れられるというのは、悪い状況ではないということだ」
イグニスの推測とプロンプトのにわかに明るくなった顔に励まされつつ、ノクティスは電話に出る。
「兄貴か?」
「すぐで悪いな。いつ連絡できるかわからねえから、連絡できるうちにしておきたかった」
「いや、兄貴が気にすることじゃねえよ」
一番危ない状況にいるのはアクトゥスなのだ。彼の事情で電話をかけてくることくらい、いくらでも受け入れられる。
「で、あん時は急いでいたから話せなかったが、そっちから連絡するのはやめて欲しい。オレの状況とかもあるからな」
「わかった。兄貴から来る形か?」
「そうなるな。なるべくこまめに連絡は入れるつもりだ」
「了解。ルーナも?」
「二人で何とか脱出の算段を立ててるところだ。弟の嫁さん守れるとか兄貴冥利に尽きるね」
「な、バッ!?」
電話越しにも変な声が聞こえて、次いでアクトゥスの笑い声が響く。
「案外似たもの夫婦だな、……いや、わかったからそんな怒らんでくれ。悪かったよ」
「ルーナに何かしたらぶっ殺す」
「やめろよ本気で怒るなよ冗談だよ!? どうせ辛気臭そうな顔してるだろうな、と思って冗談を飛ばしたってのに!」
やれやれ、とアクトゥスのため息が電話越しに聞こえてくると、ノクティスも肩の力が抜けるのを感じる。
なんだかんだ、彼の軽口を聞けるのは思いの外嬉しいようだ。彼に言うと調子に乗るだろうから、絶対に言わないが。
「で、そっちはどうなってる?」
「さっきシドから襲撃の話を聞かされた。……兄貴はどうして残ったんだ。わかってたんだろ」
「まあな」
「っ、じゃあどうして!」
サラリと認めたアクトゥスにノクティスは電話越しに詰め寄る。
しかし彼の声は先ほどまで軽口を飛ばしていたそれとは別人のように、冷静なものだった。
「最悪の場合のためだ。あの場面での最悪は戦争に負けることじゃない。指輪もクリスタルも奪われることだ」
「どういう意味だよ」
「それが奪われたら本当にルシスの再建は不可能になる。それだけは避けねばならなかった」
本当はもう一つ狙いはあるが、そちらはアクトゥスが意図して教えなかった。
今はまだ、真の王とかそういった使命を伝えるには早いだろう。
「父上は死んだし、王都は落ちた。……けど、希望は途絶えちゃいない」
「……兄貴」
「お前と、オレが希望だ。わかるな?」
ルシスの王族はノクティスとアクトゥスの二人だけ。そして王とは権威の象徴ではなく、魔法を操り民を護る血の証明。
指輪がなければ魔法障壁は発動できず、クリスタルがなければシガイを祓うこともできない。
「……わかった」
「なら良い。で、続きは?」
「コルが王の墓所にいるって言うから、そっちに向かう」
「王の墓所……ハンマーヘッドからだと北西だな。わかった、まずはそっちに行ってくれ」
「兄貴の救出は後で良いのか?」
「今はそっちが先だ。今の状況じゃ目先の目的しかないだろ?」
アクトゥスの言葉がその通りだったことに気づき、ノクティスは沈黙する。
確かに今は誰が無事かどうかを確認するので精一杯だが、これからはそうも言っていられなくなる。
王家の人間である以上、国がなくなってもやるべきことはあるのだ。
「……やるしかねえんだよな」
「やるしかない。諦めたら何もかも終わりだ」
「……わかった」
「よし、また後で連絡する。じゃあな」
それだけ言ってアクトゥスからの連絡は終了する。
ちょっとぐらいルナフレーナの声を聞いておきたかったが、彼に伝える暇がなかったので仕方がない。
ノクティスは兄から聞いた話を仲間にも伝えていく。
「兄貴はまだ無事だ。救出についてはコルに伝えてから考える。オレたちは墓所に向かうぞ」
「わかった。では今は動こう」
「だな、兵は拙速を尊ぶ、だ」
今はまだやるべきことがあって、それは時間が過ぎると取り返しがつかなくなるものだ。
ノクティスたちは落ち込む余裕すら考えず、レガリアに乗り込むのであった。
荒野の野営地と呼ばれている、ハンターたちが一時的に休む文字通りの野営地にほど近い場所に、王の墓所と呼ばれるものは存在する。
特殊な鍵が必要なのかどんな手を持ってしても開けることができず、王家の限られた人間以外には入ることすら許されない場所だ。
ノクティスたちが到着した時、扉はすでに開いていた。
中に入ると暗く冷たい墓所特有の空気とともに、不死将軍の異名で知られるコル・リオニスが佇んでいた。
コルはノクティスたちが来たことに気づくと、ゆっくりと振り返ってこちらを見る。
「ようやく来たか、王子」
「オレにやらせたいことがあるんだろ。早く教えてくれ」
「……何か焦っているのか」
「兄貴の無事がわかったけど、まずはこっちを優先しろって言われたんだ」
「アクトゥス様が? 無事なのか?」
ノクティスの言葉にコルは目を見開き、それが事実か確認を行う。
「事実だよ。オレに直接電話が来た。んで、まずはこっちの目的を見つけろってさ」
「……わかった。アクトゥス様がそういうのならしばらくは安全が確保されているのだろう。今は――新王の使命が先だ」
コルは一振りの剣を抱えた造形の棺の前に立ち、ノクティスに語り始める。
「亡き王の魂に触れることで、ルシスの歴代王の力の一端が新王に与えられる。ここには屍などなく、王の魂が眠る墓所となっている」
「……オヤジが使っていた力か?」
ずいぶんと昔。テネブラエを訪れた時にシガイに襲われた事件をノクティスは思い出す。
怪我で朦朧とした意識の中、透明に輝く武器を操ってシガイを撃退し、自分を見るレギスの姿が――
「そうだ。歴代王の力を集め、王として民を守って欲しい」
「王として民を守って欲しい、ね……だからオレらを外に出して、兄貴は王都にいたと」
「……アクトゥス様の事情は後で話そう。だが、一つ確かなことがある」
「なんだよ」
「陛下も、アクトゥス様も。お前になら後を任せられると信じていた」
「っ、ざけんな!!」
コルの言葉を聞いた瞬間、ノクティスは弾かれたように顔を上げて激高する。
「なんでオレなんだよ!! 兄貴の方が頭も良くて、戦いだってやれて、ずっとルシスのために頑張ってたじゃねえか!! 王位継承権なんてもうどうでも良いだろ!! なのになんで兄貴は今もやべえ王都にいて、オレらはこんなところにいるんだよ!!」
後を任せる? 冗談ではない。父に言われるならまだしも、兄にまでそう言われるのはおかしいではないか。
彼は王位継承権がないだけで、王族としての力は振るえるし王家の人間としての自覚だって自分などよりよっぽどある。
それにコルの言い分も気に入らなかった。まるでノクティスだけが重要で、アクトゥスはそうでないみたいな言い方ではないか。
彼だって王家の人間だ。それも普通に生活していたノクティスと違い、ルシスの国内外で活躍してきたのだ。
「王子、落ち着け」
「落ち着いてる!! オレは――」
ノクティスの脳裏に浮かぶのは、旅立ちの朝。
家族として朗らかに微笑み、王家の責務を背負い続けた重い手でノクティスの肩を叩いたレギス。
これから激しい戦闘になることなど微塵も感じさせず、いつも通りの見慣れた兄の笑顔でノクティスを送り出したアクトゥス。
両名とも、わかっていたのだろう。ノクティスが旅立った後、生き残れるともわからない戦いに身を投じることを。
ならばせめて一言――
「――言って、欲しかった」
全て吐き出したようにうなだれ、つぶやかれたノクティスの言葉に三人はかける言葉がなかった。
旅に同行した面々も多かれ少なかれ思っていたことなのだ。
「オレたちだけ、蚊帳の外だったじゃねえか……」
「――すまない、王子」
ノクティスの言葉を聞いて、コルは彼の前まで来るとほぼ直角に頭を下げる。
「なんで謝るんだよ」
「あの日、陛下とアクトゥス様は家族としてお前を送り出したかった。結局、こんな形で告げることになったのはオレや王の剣が陛下を守りきれなかったことが原因だ。――すまない、王子。オレたちの力が足りないばかりに、陛下を死なせてしまった」
いかに勝ち目が薄くとも、彼らは勝つつもりで戦った。アクトゥスも最悪の事態に備えるためと言っていたが、彼とて戦闘では全力を尽くしていたのだ。
それに勝てばノクティスたちはちょっと想定外のことに驚きながらも、そのままオルティシエに行けたのだ。
負けてしまったのが全ての原因だと言えよう。そして王の敗北はいかなる理由があろうとも、仕える者たちはそれに責任を感じなければならない。でなければ従者とは言えないだろう。
「その上でもう一度言おう。陛下とアクトゥス様はお前になら国を、民を託せると信じたのだ」
勝手な思いやりで何も知らせなかったと思ったら、今度は勝手な期待が背負わされていた。
どいつもこいつも勝手なことやりやがって、という悪態がノクティスの口からこぼれる。
振り回されるばかりではないか。国の都合や王の都合、家族の都合に自分は流されてばかり。
――力が欲しい。状況に流されず、自分のやりたいことを選べるだけの意思と力が欲しい。
そしてその上で――レギスやアクトゥスが守ろうとしたものを自分もまた、守りたい。
ノクティスが王家の棺に手を伸ばすと、棺が抱えていた剣がふわりと空中に浮かび上がり、レギスの操っていた透明な剣と同じ輝きを宿す。
やがてそれは主を見定めるように切っ先をノクティスに向けると、その刃をノクティスに突き刺す。
一瞬のことで驚愕する間もない。しかも刃はノクティスに刺さった瞬間に弾け、ノクティスを守護するように彼の周りを回るのだ。
「ノクト、大丈夫!?」
「あ、ああ……これが王家の力……」
いきなりの出来事に驚いたのはノクティスも同じだが、それ以上に力が得られたという実感の方が大きかった。
一つ、力を得た。その確信が自身の裡から滾々と湧き上がる力によって証明されていた。
「これからお前たちは王家の力を集める旅に出るんだ。帝国に勝つには、それしかない」
「……わかった」
「まずはすぐ側の塹壕跡にあるキカトリーク塹壕跡を目指すと良い。そこで王の墓所が確認されている」
「んな場所にあるのか?」
「これらの力を得る王家の人間を試す意味合いも含まれているようでな。大半が危険な場所にあるようだ」
「盗掘防止も兼ねているのだろう。万一盗まれてしまったら、足取りを追うのが困難になる」
イグニスの補足を受けつつ、ノクティスはこれからの旅の目的を獲得したこと、そして確かな力を得たことに拳を握る。
「王家の力は全部でいくつあるんだ?」
「アクトゥス様が確認している限りではルシス国内に十あると言われている」
「兄貴が確認?」
「あの方が外の世界にいたのは、外交官という役職につけることで王の墓所の位置を探らせる意味も含まれている」
「じゃあ兄貴も王家の力を持てばいいじゃねえか、二度手間だろ」
「できなかった」
「は?」
コルの言葉にノクティスは不思議そうに眉を寄せる。
王家の力を得るのに難しいことがあったわけじゃない。墓所に手をかざす。それだけだ。
「先ほどのアクトゥス様の事情にもつながる話だ。オレも全てを知っているわけじゃない」
「教えてくれ。もう知らないのはゴメンだ」
ノクティスにそう言われ、コルはどこまで話したものかと思案と逡巡を混ぜて――やがて、絞り出すようにそれを告げた。
「アクトゥス様は――歴代王の力をどれも継承することができない。それが彼の王位継承権がない理由だ」
「ノクティス様は大丈夫でしょうか……」
「まあ、すぐに追手は来ないだろう。オレもノクトも死亡説が流れている以上、大っぴらに兵を動かしたらルシスの民を活気づけるだけだ」
自惚れるわけではないが、自分はそこそこ王都以外で顔が知られている。
アクトゥスの死亡説まで流したのだ。これで自分が生きていると知れ渡らせ、演説の一つも行えば民の気力を一気に盛り上げることができる。
「それより問題はこっちだ。さすがに出入りの橋が一つしかない以上、警戒が厳重なのは承知していたが……」
「補給を必要としない魔導兵の本領ですね」
現在の拠点としている幽霊マンションの一室から、王都の外に通じる橋を睨む。
橋の上にずらりと並べられた魔導兵を見て、アクトゥスとルナフレーナは同時にため息をつく。
彼らには睡眠も食事も必要ない。だから数を並べておけばそれだけで鼠一匹逃がさない警備の完成となる。
ルナフレーナはそこそこ、アクトゥスはかなり戦える側の人間だが、それでも無策であの数を相手にすることは難しい。不可能とは言わないが、増援も横槍も何も入らないなら可能というレベル。
「いつまでインソムニアの電力が生きているかもわからん。電力が消えたらシガイも相手にする羽目になる」
「シガイであれば、わたしも少しはお役に立てます」
「頼もしいが、そこまで追い詰められたら本当に破れかぶれだろうな……」
アクトゥスもルナフレーナも人間なので、食事も必要だし睡眠も必要なのだ。
食事は今のところアクトゥスが廃屋からかき集めた缶詰やら携帯食料やらでどうにかなる。睡眠も……ルナフレーナには意地でもベッドを使ってもらう程度の余裕はある。
だが、長くは続かない。四六時中動ける魔導兵の警戒のために常に片方は起きている必要がある上、食料調達はアクトゥスがシフトを使って行っている。
機を伺う必要がある。それは確かだ。
だがこのままでは好機が訪れてもそれを掴むだけの体力が失われかねない。
「今頃ノクトはコルと合流してる頃だろう。できれば一週間以内にケリは付けたいところだ」
それが自分たちが十全に動ける限界だろう。それを過ぎた場合、降伏も視野に入れなければならない。
「何にしても今はまだ余裕がある。焦らず機を待つのが良いだろう……そっちにゃ迷惑かけるが」
「いえ、わたし一人でしたら帝国に捕まっていたでしょう。この状況が最善です。それに……」
「それに、なんだ?」
「……やはり、ノクティス様にお会いしたいですから」
仄かに顔を赤くして私情を語るルナフレーナに、アクトゥスは逆に照れてしまう。
ここまで甘酸っぱい感情を見せられるとは、ノクティスに合流できたらしばらくはからかい倒さねば気が済まない。
だが口には出さない。あまりからかうとこの神凪は恐ろしいのだ。
「……ま、神凪として、とかの使命感で動かれるよりはよほど信用できる」
「か、神凪の使命を忘れるなんてことは!」
「そこは疑っちゃいねえよ。だけど、やるべきこととやりたいことが一致していた方が気分良く動ける。本心を押し殺したって良いことなんてないしな」
「……アクトゥス様も、今の状況はやるべきこととやりたいことが一致しているのですか?」
「ああ、もちろん」
彼の目的はだいぶ前から一貫している。
王家の力を継承できない理由も彼とレギスは知っている。そしてその上で、六神に課せられた使命も把握している。
ただ、その内容はレギスが絶句するような残酷なもので――
「……アクトゥス様の使命とは一体――」
「しっ!」
ルナフレーナも自分とノクティスの使命は把握しているが、アクトゥスのまでは知らない。
聞いてみようとしたところ、アクトゥスが緊迫した顔になって静かにするようジェスチャーし、すっかり窓の役目を果たさなくなった窓枠から外を見る。
魔導エンジンの音が唸り、橋の前に滞空しているのが見える。
「新たな増員でしょうか」
「さすがにこの数を配備してまだ増やすってのは非効率だと思うが……」
これ以上の増員は魔導兵同士の動きを阻害するだけだ。同士討ち上等の思考回路なのかもしれないが、それならアクトゥスがちまちまと集めたエレメントによる魔法が効果を発揮しやすくなるだけだ。
だがアクトゥスとルナフレーナ。双方の予想を裏切る人物がそこに降り立つ。
ルシスの黒い戦闘装束とは対照的な白い戦闘装束。ニフルハイム帝国の軍服に身を包んだ男だ。
左腕は手甲のようなもので覆われ、機械音を発する爪がキチキチと音を立てる。
腰には二振りの剣を差し、一つは彼自身が。もう一つは――レギスの使っていたもの。
ルナフレーナとよく似た髪色で、しかし彼の方がややくすんだ色合いの灰色にも見えるその男性。
「レイヴス……!」
「お兄様……」
レイヴス・ノックス・フルーレ。ルナフレーナの兄であり、ニフルハイム帝国の軍をまとめる将軍位についている人間が橋のたもとに降り立つのであった。
ということで次回でチャプター2は終わりそうな勢いです。ノクト組がキカトリーク攻略してダスカ地方に向かいつつ、アクト組がレイヴスと王都脱出戦を繰り広げる予定ぐらいです。
オリキャラをノクトの家族という形でいれた以上、ノクトが一番影響を受けていると言っても過言ではありません。ここから上手く成長という形を書いていければと思っています。
そしてレイヴスです。レイヴス。このキャラかなり長い付き合いになります。覚えておきましょう。戦闘シーンも見せ場も死に場所も設定してあるお気に入りのキャラです。