銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

10 / 31
10

皇暦2007年12月5日、神聖ブリタニア帝国第3皇女ルルーシェ・ヴィ・ブリタニアの誕生パーティがアリエスの離宮で執り行われる。

 

ただ、皇族の娘のパーティいえども母親であるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが庶民の身分からの成り上がりの存在であるということや、ルルーシェ自身に他の皇位継承権を持つ異母兄姉たちを蹴落としてでも皇帝になるといった気概のようなものを見せることが出来ていないことも関係してか、貴族の子供として彼女を祝いに訪れているのは俺以外にはアッシュフォードの縁者しかいない。

 

老齢の使用人に連れられてアリエスの離宮で最も華やかな場所である庭園に通された俺と父親のルドルフは言葉を失った。

 

庭園の花壇にて咲き誇る彩り鮮やかな花々。庭師の細やかな手入れの様子が窺えるほど丁寧な飾りつけがされている。冬の透き通った空とのコントラストも相俟ってかルドルフは感嘆の息を漏らす。

 

俺はその庭園の中を無邪気に駆け回って笑顔を綻ばせている小さな姉妹たちを目にして何ともいえない気持ちになった。

 

「噂には聞いていたが、実に素晴らしい光景だな。ライヴェルト」

 

「……うん、そうだね」

 

ルドルフが抱いた感想と自分が抱いている気持ちが実のところ掠りもしていないことを薄々感じ取ったものの、俺は彼の発言に肯定の言葉を告げる。

 

何も知らなかった、知ろうとする努力をすることもなかったあの頃は、この幸せな時間がいつまでも続けばいいのにとただ漠然と願っていた。幸せな時間は自分で勝ち取っていくしか方法がないのだと知ったのは、随分と経ってからだった。

 

「ライヴェルト、ルルーシェ皇女殿下だ。パーティが始まる前に一度、顔を合わせてくるといい」

 

ルドルフの声で沈みつつあった俺の思考がクリアになった。

 

彼が指し示す場所には妹らしき少女を追いかけるライヴェルトが惚れたルルーシェの姿があった。俺は大きく頷くと、ルルーシェへの誕生日プレゼントをルドルフに預け、眩い光が舞い踊っている庭園へと足を踏み入れる。

 

丁度その時、駆け回っていたルルーシェの身体が大きくぶれた。気付けば俺は彼女に向かって一直線に駆けていた。

 

 

 

 

「へぅっ!?……わわわっ」

 

自分を祝うためのパーティの準備が着々と進められる庭園の中で元気いっぱいに駆け回る実妹のナナリーを精一杯お洒落したドレス姿で追いかけていたルルーシェが地面の窪みに足を取られてバランスを崩した。

 

椅子に腰掛けて妹のユフィと共に微笑ましく見守っていた私では到底助けられない位置、青々と生い茂った芝生であるから怪我はしないであろうがせっかくお洒落した召し物が台無しになってしまうのが分かってしまったのか、ルルーシェの目尻に涙が浮かんだのが見えた。

 

窪みに躓く瞬間を見た誰もが硬直する中、銀色の風が庭園を切り裂くように駆け抜けルルーシェを抱き留める。

 

転ぶと諦めていたら気付けば抱きかかえられていたルルーシェは、銀髪碧眼の少年の腕の中で借りてきた猫のように大人しく目を丸くしている。

 

少年は穏やかで柔らかな笑みを彼女に向けるとゆっくりと立ち上がった。意図せずお姫さま抱っこされる形となったルルーシェの頬にどんどん朱が差し込んでいく。

 

ルルーシェを助けたのは、名だたる先人たちから将来を有望視されているローウェンクルス伯爵家の三男ライヴェルトであった。

 

「久しぶりだね、“ルル”」

 

「……また助けられちゃった。ありがと、“ライ”」

 

すっかり2人だけの世界観に入ってしまい庭園にいる誰もがどうしたものかと顔を見合わせている中、ルルーシェの妹であるナナリーが2人の元へ近づいていく。そして、ライヴェルトに抱かれて夢見心地になっているルルーシェのドレスをクイクイッと引っ張った。

 

「え?……何、ナナリー?」

 

ルルーシェはそこで周囲を見渡し、庭園にいる全ての人間たちから自分が注目を集めていることに気付いたのか顔だけでなく全身を真っ赤に染めて、ライヴェルトに降ろして貰うと同時にドレスの裾を掴んで普段の様子からでは考えられないほどの速さで建物内に向かって走り去った。

 

ルルーシェを心配してか優しいユーフェミアは見知らぬ少年の存在を気にしつつも彼女の後を追っていった。

 

ルルーシェが襲われたことを知らない者にとって、ライヴェルトの存在は異質にしか映らないはずだと私は淹れられていた紅茶を飲み干すと立ち上がり、ナナリーの無垢な視線に晒されて苦笑いを浮かべている彼の元に歩み寄る。

 

「先日はギルフォードが世話になったな、ローウェンクルス」

 

「コーネリア皇女殿下」

 

ナナリーと同じ目線になるように屈んで会話していたライヴェルトが近づいてきた私の存在に気付いて地面に片膝をつこうとするのを手で制し彼を立たせると、唐突に頭を撫でた。ライヴェルトは困惑した様子で私を見てくるが何も言わずにされるがまま佇んでいる。

 

「ルルーシェが転ぶ前に抱き留めた貴様の判断は正しい。胸を張ると良い」

 

私はそれだけを告げるとライヴェルトの頭から手を離し、席に戻るために振り返った。

 

すると、マリアンヌさまの後見を務めるアッシュフォードの者たちが慌しくライヴェルトの情報を集めようと右往左往しているのが視界に入る。アッシュフォードは貴族としての地位を磐石なものにするためにルルーシェやナナリーに血縁の者を婿にしようと画策していたらしいが、ライヴェルトという突如現れたイレギュラーに混乱しているようだ。

 

ルルーシェのお気に入りというだけでなく、マリアンヌさまやヴァルトシュタイン卿に才能を認められ、帝国軍人の憧れの立場に就くだろうエニアグラム卿やエルンスト卿のお眼鏡に適っているライヴェルト以上の男児など簡単に用意出来るはずもない。

 

今更慌てふためくなど無様だな、と鼻で笑っていると後方でざわめきが起きた。振り返った私が見たのは、マリアンヌさまがライヴェルトに対してレイピアを突きつけている姿だった。

 

「……どうしてこんな事態になったのだ?」

 

私が漏らした言葉に答えることが出来る者は残念ながらこの場にはいなかった。

 

 

 

 

転びそうになっていたルルーシェを助ける為に颯爽と駆けつけて抱き留めたら顔を真っ赤にして逃げられた。

 

ルルーシェを正気に戻した本人である、ぱっちりとしたアメジストの目が特徴のナナリーと他愛ない話をしていたら、ルルーシェのお祝いに来ていたコーネリアに行動を褒められながら頭をなでられるという羞恥を受けた。

 

もう変なイベントはないよなと気を配っていたら、目の前に突き刺さるレイピア。

 

嫌な予感がして顔を上げると、獲物を前にした猫のようなワクワクした様子のマリアンヌ皇妃が現れた。

 

危険を察知したナナリーがさっと俺から離れたのを見計らって斬りかかって来るマリアンヌ皇妃。

 

俺の背後で父であるルドルフが心労で倒れたのが分かった。

 

「ルルーシェのお色直しが出来るまで私が稽古してあげる」

 

無邪気に微笑むマリアンヌ皇妃がレイピア片手に瞬く間に近寄ってくる。

 

彼女の発言に対して色々とツッコミを入れたかったが悲しいかな、マリアンヌは皇族で、今の俺は爵位を賜っている貴族の子息でしかない。娘の生誕を祝う席で流血沙汰はないと思うが、ある程度マリアンヌを納得させるか満足させないとこれからも付き纏われるかもしれない。後々のことを考えると動きに制限が掛かるのは避けたいところだ。

 

俺は地面に突き刺さったレイピアを引き抜いて軽く振るう。母親との修練で扱う武器よりも随分と軽い。レイピアは元々が刺突用に特化された剣であり、斬撃にはまったく向かない。刀身が細く下手に振り回すと折れたり曲ったりしてしまうので扱いが難しいことで知られる。

 

流血沙汰にせず、かつマリアンヌを満足させる戦いをするには、この手しかないかと彼女が突き出してきたレイピアを自身が持つレイピアで払う。

 

「あらあら、うふふ……」

 

嬉しそうな笑みを浮かべながら尋常ではない速さで突きを繰り出すマリアンヌの攻撃の軌道を読んで避けたり、レイピアで往なしたり、隙を見て反撃したりして体勢を崩させることで“彼女自身”に距離を取らせる。

 

俺自身は左足を軸にしてその場から動いていない。その事実を情報として頭に入れ、意味を噛み締めたのかマリアンヌの目から“遊び”が消えた。

 

「ああ、残念だわ。もっと早くに貴方を見つけていたらよかったのに……」

 

超人的な身体能力を有していたスザクも、ギアスで未来予知が出来たヴァルトシュタイン卿も手を焼いた『閃光のマリアンヌ』の本領が発揮される。

 

とてもドレスを着た婦人の動きではない速さで踏み込んできたマリアンヌが振るうレイピアに合わせるように、俺はそこに“置いて”おいた自身のレイピアで刃を受け流す。

 

そのまま鍔迫り合いに持ち込んで、マリアンヌの剣を上に押し上げ弾き飛ばした。

 

俺はがら空きになったマリアンヌの腹に掌を当てて、軽く押すと彼女はレイピアを強制的に手放させられて、宙を彷徨わせていた右手を伸ばしたまま、そのまま庭園の芝生に力なくポスンと尻餅をついた。

 

持ち手のいなくなったレイピアは地面に落ちる前に回収し、俺は芝生の上に座ることになったマリアンヌに向かってレイピアを持っていない方の手を差し出す。しかし、マリアンヌがその手を取ることはなかった。

 

「こ、今度は負けないんだからぁー……」

 

と、捨て台詞を残してルルーシェも向かった建物に駆けて行ってしまったからである。

 

そんなマリアンヌの背中を追いながら、こんな状態で俺にどうしろというんだと悪態をつく事しか出来なかったのだが、それほど時間を置かずにルルーシェとマリアンヌの両名が何食わぬ顔で出てきて誕生パーティの開催を宣言したおかげで針の筵に座るような視線に晒されることはなかったのだった。

 

 




次回から仕官学校編です。

とあるかませ犬キャラをデザインが公開された当初のイメージである『頼りになる兄貴分!』へと変貌させる予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。