銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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神聖ブリタニア帝国に数ある士官学校の中でも、優秀な兵士を輩出し続ける3つの士官学校の代表が一堂に会する。

 

ボワルセル士官学校からはブリタニア帝国第2皇女コーネリア・リ・ブリタニアとその騎士ギルバード・G・P・ギルフォード。

 

アポリプス士官学校からはロマーニ伯爵家長女レイチェル・ロマーニと従者ウェルコット・オーグナー。

 

そして、スプリングス士官学校からは四期生のイーサン・エンバーソンと私ことルキアーノ・ブラッドリーだ。

 

 

 

エンバーソン先輩は他の士官学校の代表である皇女殿下や伯爵令嬢が発するオーラに当てられてか、すでに頬を引き攣らせ視線があっちこっちを彷徨わせる様子でもうすでにグロッキー気味。そのため終始、彼は胃の辺りを擦っている。それでもしっかりと背筋を伸ばした体勢でいるのだから、わざわざライヴェルトが隠れ蓑にするだけの技量と胆力を持ち合わせているようだ。

 

「お初にお目に掛りますわ、コーネリア皇女殿下。私、ロマーニ伯爵家のレイチェルと申します。お会いできて光栄ですわ」

 

アポリプス士官学校の代表である2人がコーネリア殿下に対し傅いて挨拶をしている。コーネリア殿下はロマーニたちを一瞥するとこちらに視線を向けて来た。

 

私は気を失いそうになっているエンバーソン先輩の脇腹を肘で小突く。そこで意識をはっきりさせたエンバーソン先輩は、胃を擦っていた手を降ろし、深呼吸をするとコーネリア殿下やロマーニから視線を“逸らして”私に世間話をするように、“にこやか”に話しかけてくる。

 

「ルキアーノくん、どうやら私は来るところを間違えてしまったようだ。ここはどうやら皇女殿下に媚を売る貴族のための部屋らしいよ。でなければ、自身の士官学校の威信を背負っている自覚のない者がここにいることになる」

 

「な、なぁんですってぇえ!この無礼者、私がロマーニ伯爵家の者と分かっての狼藉か!」

 

煽り耐性が低すぎだろ、と私は内心で笑う。彼女の怒りの矛先となっているエンバーソン先輩には悪いが、さらに燃料を投下してやろう。面白くなってきた。

 

「ご令嬢、私共にはそのような口調でも構いませんが、ここにはコーネリア皇女殿下がいらっしゃることをお忘れなく」

 

「はっ!?コーネリア殿下、見苦しいものをお見せすることになって申し訳ありません」

 

これ以上やらせるのは得策ではないと考えたのかコーネリア殿下が会話を中断させようと口を開く、その前にエンバーソン先輩が割り込んだ。

 

「やれやれだね。由緒正しいアポリプス士官学校の代表がこんなのなんてさ。さぞかし貴女がいる士官学校は窮屈で伸び代のある学生たちが苦しむところなのでしょうね。良かったですよ、あの時スプリングス士官学校を選んでおいて。貴女の支配下で4年もの間、軍人としての何たるかを学ぶなど、……クソ喰らえだ」

 

エンバーソン先輩はロマーニ伯爵令嬢に対して穏やかな笑みを浮かべたまま罵るという離れ業を成功させる。それによって怒りのメーターがはちきれた存在がいる。ばっちりと厚化粧を決め込んでいたのか、ロマーニ伯爵令嬢の顔には至る所に皹が走っていたが、それを綺麗にするよりも目の前にいる敵をどうにかするほうが先だったらしい。

 

「黙れ!この下郎、ウェル!貴方は何を呆然と立っているのですか!この不躾な者たちを一刻も早く斬り捨てなさいよ!」

 

ヒステリックに叫ぶ伯爵令嬢に対して、自信がついたのか風前の灯なのか、エンバーソン先輩の役者掛かった言い回しに熱が入る。

 

「無理に決まっているでしょう?コーネリア皇女殿下に会うためにそういった物を持ち込むことは出来ないはずなのに、ほんの30分前の身体検査の事を覚えていらっしゃらないのですか?それは困りましたね、アポリプス士官学校の皆さんには全競技で最下位になってお帰りしていただこうと考えておりますので、記憶力に難がおありですと大変困った事態になってしまうのですが」

 

「貴様ぁああ!エンバーソンと言ったわね、覚悟しておきなさい!私を愚弄したことを後悔させてやるわ!」

 

さて、こちらの挑発に予定通り乗っかってヒートアップしてくれたロマーニ伯爵令嬢。私がわざわざ忠告したにも関わらず、とある方々の事をお忘れになってしまった様子。呆れて物も言えない状態であったとある方がようやく声を掛ける。

 

「後悔させるとはどういう意味だ?」

 

「ふん、決まっていますわ。両親や兄妹だけでなく、親戚筋に及ぶまで路頭に迷わせてやりますわ。そして、寒空の下でお死『お嬢様!』になさ、ウェル!私の言葉を遮るなんていい度胸をしていますわね、貴方の妹の命は私の機嫌ひとつということをお忘れかしら……あっ」

 

「ほぅ……ロマーニ、貴様」

 

各士官学校の代表が集まり互いの健闘を祈る場であった席は、ロマーニ伯爵令嬢の自爆で絶対零度のブリザードが吹き荒れる氷の大地に変わったかのように様変わりした。

 

無論、絶対零度のブリザードを身に纏わせているのは神聖ブリタニア帝国第2皇女のコーネリア・リ・ブリタニア殿下。

 

ライヴェルトから与えられた役目をしっかりとやり終えたエンバーソン先輩はすでに気を失っており、実家の方で甥っ子たちと遊ぶ夢を見ているようだ。ロマーニ伯爵令嬢はコーネリア殿下に見苦しい言い訳を募らせているが、彼女はコーネリア殿下の前で言ってはならない一言を零した。

 

ライヴェルトの情報によるとコーネリア殿下は“生粋かつ重度”の『シスコン』であり、血の繋がった妹のユーフェミア殿下や憧れの存在であるマリアンヌ皇妃の娘たちにも気に掛けるお姉ちゃん的なところがあるらしい。

 

そんなコーネリア殿下の前で堂々と『妹を人質に取ってぇ、無理やり従わせています~☆』なんて発言する馬鹿がいたとは、この国の貴族は案外抜けているところがあるのかもしれない。

 

私はエンバーソン先輩の足を引きずりながら扉の方へ移動し、この騒ぎの原因である私たちがいなくなっていることに気付いたコーネリア殿下の騎士のメガネ野郎に『後の事を任せる』とジェスチャーで伝えるとさっさと退室する。

 

忘れてはいけないのは、この会合が士官学校の対抗戦の前に行われるオープニングセレモニーの裏で行われていたということだ。

 

オープニングセレモニーが終わり次第、第一の競技であるハードコンバットが始まる。あの場に集まっていた者は誰も出場こそしないが代表が待機ブースにいないのも問題になるだろうから、直にスタッフが呼びに来るだろう。

 

ライヴェルトが私やエンバーソン先輩に課した任務は120%達成されたとみていい。それでは、私は自分の出番までじっくりと競技の方を見学させてもらうとしよう。

 

 

 

 

「姫さま、アポリプス士官学校におけるロマーニ伯爵令嬢が主導で行ってきた不正の証拠がマスコミ各社に流されているようです。肝心のロマーニ伯爵自身もKMFの技術を他国に売り渡した罪で現在取り調べが行われていると」

 

「ギル。……何故、このタイミングなのだろうな」

 

「姫さま、このタイミングだからこそなのでしょう。これまでに終わった競技はすべてスプリングス士官学校が上位を独占しています。ポイント差からしても我々が優勝するには、残りの競技すべてにおいて上位を独占かつ、シャ―ムファイトで他校の選手を全滅させる他に方法がありません」

 

ギルフォードの声色を聞いてそれがいかに難しいことなのかを察する。アポリプス士官学校はロマーニ伯爵の一件で統率が取れないほどバラバラとなり、彼女がいなければ確実に主席であったとされるモニカ・クルシェフスキーという女性に代表が交替した。

 

彼女はすでに戦意を喪失しており、シャ―ムファイトにおいて戦う約束をしている者と全力で戦うためだけにこの会場にいるのだという。

 

「クルシェフスキー卿の言う人物とはあの会合の時にいたブラッドリーという男で間違いないのだな?」

 

「はっ。彼にも確認は取れています。その際、彼からこのようなものを渡されたのですが……」

 

ギルフォードの手には小さな手紙があった。それを受け取った私は蝋印をはがして中に入っていた紙を取り出す。そこには綺麗な文字で一言だけ書かれていた。

 

「『いつか、部隊を率いて再戦を。今が、その時です』……なんだ、これは?」

 

「……ライヴェルトくん、君なのか」

 

私が手紙に書かれていた一言を発するとギルフォードが戦慄した様子で仰け反りながら、とある少年の名を呟いた。私も知らない人間の名前ではない。

 

確かに士官学校に進むとは聞いていたが、こんなにも早く自分たちの前に立ちはだかることになろうとはな。

 

道理でルルーシェやナナリーたちが無骨な対抗戦でしかないここへ見に行きたいと駄々をこねるはずだ。表向きは私の応援と言いながら、ライヴェルトが出場することを知っていたのだろう。

 

「ギルフォード、ライヴェルトがシャ―ムファイトに出てくるのが分かった以上、他の競技は捨て置け。出場する全員を集めろ、ギルフォード。お前が中心となって奴の恐ろしさを情報として共有せよ!生半可な覚悟では易々と食い破られるだけだ!」

 

「イエスユアハイネス」

 

この時の我々は個の戦力としてのライヴェルトしか知らなかった。

 

まさか部隊を率いるライヴェルトがあんなにも恐ろしい化け物へ様変わりするなんて、一体誰が思いついただろう。

 

『戦いは始まる前に勝敗が決まっている』ということをまざまざと見せつけられることになるのだった。

 


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