銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

2 / 31
02.

気がつくと俺は一面が真っ白な雪原に1人立っていた。

 

ここまで見事に真っ白な光景は『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』としても『ルルーシュ・ランペルージ』としても写真でしか見た事が無い。

 

どうして、こんなところに俺がいるのか。そう考えていたら、俺の横をしっかりと手をつないだ銀髪の幼い兄弟が通っていった。その後をふんわりとしたワンピースを着た銀髪の少女が追いかけていく。

 

雪原には彼らの他に人影はなく、俺は自然と彼らの後を追って歩き出していた。

 

 

 

彼らの行く先々には様々な光景があった。

 

銀髪碧眼のぽっちゃり体型の貴族らしき男が赤子を抱えた途端に泣かれ右往左往する様子。

 

鋭い目つきの所為で近づくだけで怯えられる不器用な母親の子育て風景。

 

兄らしき少年に連れられ山に行き2人揃って迷子になって大泣きする場面。

 

普段はおっとりして優しい姉が持ってきたクッキーは紫色の煙を上げており彼女の笑顔と生存本能の板ばさみになり冷や汗を滝のように流す家族の様子など。

 

まるで誰かの記憶を初めから観覧するようだった。そして、気付けば真っ白な雪原は黒い煙と熱を持った赤に彩られる火の海と化していた。俺の前には銀髪碧眼の少年が“俺”を見上げながら立っている。

 

『ライヴェルト・ローウェンクルス』

 

少年が小さく呟いた。それが彼の名前であり、俺の名前になるのだろう。

 

少年が俺に向けていた視線を逸らした。

 

彼の視線の先にあったのは黒髪の少女を守って頭部から夥しい量の血液を流し倒れ伏す少年の姿。

 

時折、火に照らされる少年の肌からは生を感じられず、身体もピクリとも動かない。ローウェンクルス家の次男であり、家族や領民に優しい貴族な父親や、不器用ながらも頑張る姿が垣間見えた母親や、真面目で努力家で妹や弟を大事にする兄や、稽古でうまくいかなかったり困ったりすることがある度に訪れる弟を優しく慰める姉に愛された『ライヴェルト・ローウェンクルス』は、たまたま同じ店にいた名前しか知らなかった黒髪の少女を守るために文字通り、肉の盾となって彼女を守り通して命を落とした。

 

俺が少年を見れば、彼の瞳に後悔の色は無い。少女を見捨てて自分の身だけを考えれば生き残れた可能性があったにも関わらずに。

 

結果的に彼は神聖ブリタニア帝国の皇女を救った。少年の家族はきっと皇族、いや皇帝に褒め称えられることになるだろう。

 

Cの世界で会ったシャルルとマリアンヌの2人とも生前はラブラブで俺たちを溺愛していたらしいから、俺が女子になったとしても変わらず溺愛しているだろう。むしろ悪化していないか心配だ。

 

俺の中の毅然としていて皇帝としてのオーラを纏っているあいつが、娘を抱きかかえ頬ずりしているような光景を見たら、俺は即刻距離を取って他人の振りをする。

 

俺が頭を横に振っていると少年が俺の足元まで来ていた。そして、見上げる。

 

少年は今にも泣きそうな表情で無理やり笑みを浮かべていた。俺はその場に膝立ちになり、少年を正面から抱きしめる。俺の胸に顔を埋めた少年は嗚咽をあげ泣き出す。大切な家族をおいて逝かなければならない気持ちは俺にもよく分かる。俺は少年の背中に回した手に力を篭め、力強く宣言する。

 

「契約しよう、ライヴェルト・ローウェンクルス。お前の身体を俺が貰い受ける代わりに、お前にとって大切な人は全員、俺が『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』の名を賭けて必ず守ってみせる。だから安心して天国から見ていろ」

 

少年は俺の宣言を聞き終えた後、俺の手から離れて目元を拭った後で満面の笑みを浮かべて光の粒子となって消えていく。俺は彼が完全に消えてなくなるまで見届けた後、瞳を閉じる。

 

自分の生き方に後悔をしていなかったところまでは俺と一緒だったが、圧倒的に違ったのは結果的に遺していくことになってしまった者たちへの思いの大きさか。

 

俺はそれに至るまでに大切な人を喪い続けた。故に俺がその死を償うには「ゼロレクイエム」しか方法がないと思ったが、あれは早計だったのだろうか。

 

そんなことを思い浮かべていると、誰かに呼ばれていることに気付く。俺は声がする方を見て、手を伸ばす……

 

 

 

「……ん」

 

うっすらと瞼を開けると白い天井が見えた。手足を動かそうとすると酷い痛みがあって思わず顔を顰める。だが、両手両足はちゃんとあるようだ。

 

「おおっ!気付いたか、ライヴェルト」

 

声がした方へ顔を向けると“ライヴェルト少年と出会った夢の中”で見た銀髪碧眼の男性が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。だが、夢の中で赤子を抱える彼の姿を見たときはふくよかな体型だったと思うのだが、現在の彼はその面影も無いくらい痩せてしまっている。

 

もしかしたら、俺はあのブティック店が火の海に包まれたあの日からずいぶんと長い間、意識がなかったのかもしれない。それこそ、ふくよかな体型だった父がこんなにも痩せ細ってしまうくらいの間。俺は生前のライヴェルト少年が使っていた言葉使いを思い返しながら、父親に話かける。

 

「……父さん、ここはどこ?それに、あの子は無事だった?」

 

「まあ、待て。色々と話さなければならないことが山ほどあるぞ。でも、最初に言わせてくれ。よく……生きていてくれた」

 

父親ルドルフ・ローウェンクルスは周囲に医者や看護婦がいる中であるにも関わらず、大粒の涙をぼろぼろと流す。鼻を啜る音も聞こえてくる。

 

この男はブリタニアの貴族としては失格だろう。貴族の中には相手を貶めることを第一としている輩が多い。家族ぐるみ、組織ぐるみで弱点を探し、そこを突いてくる。その結果、相手がどんなことになろうがお構いなしだ。

 

その点から見て、このルドルフ・ローウェンクルスという男はローウェンクルス伯爵家の当主という貴族としては失格だ。

 

だが、ライヴェルトという少年の父親ルドルフとしては最高の存在だろう。重傷を負った息子の無事な姿を見て涙を流してくれる存在が父親なんて、俺は今更ながらだがライヴェルト少年が家族を、大切な人を遺して逝かなければならないことに対して強い思いがあった理由を改めて思い知った。

 

「ここはどこか、だったな。ここは帝都ペンドラゴンの医療区画にある病院のひとつだ。ライヴェルト、お前は3日眠り続けていたんだ。一度、バイタル数値が極端に下がって冷や冷やしたが、持ち直したようで本当によかった。それと、ライヴェルトが助けた少女の件だが、表向きはそこに皇女殿下はいなかった、ということになっているから今後はその話はしないように気をつけるんだ」

 

「……そう……ですか」

 

「だが、“皇帝陛下”から立派な見舞い用の果物盛り合わせを頂いている。後で食べるとしよう」

 

ルドルフが顎で示した先にあったのは普通の人が抱えるような大きさのバスケットに入った果物の山ではなく、俺が寝ているベッドよりも大きなバスケットに全世界から集めたような程、種類豊富かつ彩りも鮮やかな果物の数々。いくつか零れ落ちてしまって床に転がっている。

 

俺は頬を引き攣らせる。

 

懸念していたマリアンヌ溺愛説が色濃くなってきた。愛する女性との間に生まれた姉妹も溺愛対象だったのだろう。

 

「ところでライヴェルト、皇女殿下を助けた際にゴッドバルト辺境伯のご子息と知り合いにならなかったかい?『ライヴェルトくんのおかげで皇女殿下に信用していただいて、ことをスムーズに起こすことが出来た』と、領の本邸に直接謝辞の書状が届いたようだ。ブリタニアを代表する武門のゴッドバルト家と繋がりが出来て、家臣団は皆お祭り騒ぎだったらしいぞ。ただ、ライヴェルトが意識不明の重体だということもそこで伝わってしまって、サクラが、母さんが一暴れしたようだが……」

 

ルドルフはしゃべっている内に遠い目をしながら、病室の窓から見える広大な景色を眺める。

 

サクラ・ローウェンクルス。

 

旧姓は藤堂。れっきとした日本人である。猛禽類の鷹のような鋭い目付き、真一文字に結んだ口元、いつ見ても威風堂々としている様子からローウェンクルス領に住んでいる者たちから恐れられているが、彼女はただ単に不器用なだけということを家族は知っている。

 

ライヴェルトも初めは彼女に抱かれるだけで泣いていたらしいが、物心つくころには不器用な母のほんのちょっとした仕草でどういう気持ちなのかを量れる様になった。

 

だが、サクラ・ローウェンクルスはこと戦闘ということに対しては無類の強さを誇る。

 

故郷から持ってきたという一振りの刀を使って、テロリストが強奪したKMFの装甲を切り裂いたというのは有名な話だ。

 

「父さん、少女を引き渡した相手が確かゴッドバルト卿だったと思うけれど、話をする前に気を失ったみたいで詳しいことは覚えていないよ。……お母さんに関しては、僕にはどうとも言えないや」

 

「ははは。ライヴェルトは我が家で唯一、サクラの慧眼に適って鍛錬を開始した直後だったからな。中途半端な武力を身につけた所為で、ライヴェルトがテロに巻き込まれたんじゃないかと、サクラが山に引き篭もりそうになったんだ。家臣団全員とルティアの説得で事なきを得たらしいぞ、レイリードの報告によるとな」

 

V.V.の頭を蹴り飛ばし、体格が上のギアスユーザーたちを圧倒出来たのはライヴェルトの実力と思っていたが、あれはちゃんと指導されてのものだったのか。

 

確かに俺の元の貧弱な身体ではいくら不意をついたとしても返り討ちは免れなかった。

 

そういえば、あのギアスユーザーたちは格好や態度から考えてみてもギアスを使っていた可能性が高い。だが俺は何の抵抗もなく戦えた。

 

ギアスを無効化したっていうのだろうか、と色々と考えていると頭にズキッとした痛みがあり、ルドルフが見ている前で顔を顰めてしまった。

 

「ライヴェルトッ!ドクター!」

 

待機していた医者が近寄ってきてルドルフがいた場所に座り俺の頭や身体の状態を確かめる。

 

どうやら、ライヴェルト少年を死に追いやった傷口を縫合した箇所から血が滲み出してきているようだ。ルドルフとの会話で興奮したことによるものだろうということで、右手に打たれていた点滴に医師の指示の下で何かが追加して打たれる。

 

リズムよく落ちていく点滴の水滴を眺めていたら、眠気に襲われる。ルドルフは俺に再度近づいてきて優しい声色で言う。

 

「ゆっくり休むといい、ライヴェルト。時間はたっぷりとあるんだからな」

 

「……うん」

 

俺はそう返事をして、ゆっくりと瞼を閉じる。意識はすぐに途絶えたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。