銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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□ルキアーノ□

 

ボワルセル士官学校、アポリプス士官学校、スプリングス士官学校の、3つの士官学校による対抗戦最後の競技である『シャ―ムファイト』は、コーネリア皇女殿下率いるボワルセル士官学校の奴らやクルシェフなんとかが率いていたアポリプス士官学校の奴らの反応も消えぬ内に終了となった。

 

その理由を知っているのは言いだしたライヴェルトと失言をしてしまった私だけ。

 

船から降りて早々にライヴェルトは係員に呼ばれていき、私たちとは別行動をすることになった。そして、残った私も含めた候補生たちの前に現れたのは、騎士服に身を包んだブリタニア帝国の第5皇妃マリアンヌさまとオペラの仮面舞踏会に出てきそうな白い仮面をつけた大柄な男だった。

 

コーネリア皇女殿下がパクパクと口を開閉させながら身体を震わせている。

 

するとマリアンヌ皇妃の横にいた白い仮面をつけた大柄な男が一歩だけ進み出た。そして、腹に響いてくるような大きな声で告げた。

 

「候補生諸君、2日にわたって行われた対抗戦は大変盛り上がりを見せた。軍部の者たちもKMFの重要性を改めて認識する有意義なものとなった。しかし、まだこの対抗戦は終わらない。最後の競技はここに残った候補生全員の強さや思い、それぞれの連携が試される!士官学校対抗戦、隠された第7の競技は『実戦』である!」

 

マリアンヌ皇妃の後ろにあった超巨大モニターに電源が入った。映し出されたのは、とある研究機関で作りあげられている真っただ中と言わんばかりの1騎のKMF。しかし、外見はグラスゴーに似つかない見たことがない機体だった。

 

私は仮面の男と後ろで呑気なニコニコ笑顔を浮かべているマリアンヌ皇妃を見ていて嫌な予感というか、自分にとって大事なものが奪われようとしている危機感に身を震わせる。

 

「現在、画面に映っているのは我がブリタニア帝国においてグラスゴーを使った戦闘で得られたデータを基にあらゆる機能を発展させて作ろうとしている『第5世代KMF』の先駆け、プロトタイプである。これがテロリスト『シルバー』に奪取されてしまった。なんとかこの会場に追い込むことが出来たが、この重要機密を守れるかは君たち次第だ。敵機はテロリスト『シルバー』が駆るプロトタイプ1機のみ。捕獲または撃墜せよ!候補生諸君、君たちの今まで培ってきた力を見せつけるのだ!!」

 

仮面の男が私たちを煽るように熱意をぶつけて来たのだが、ここに来て私と同じ士官学校の候補生たちとボワルセル士官学校を率いていたコーネリア皇女殿下が、この場に唯一いない人物のことを思い浮かべたようで、冷や汗を垂らしまくっている。

 

無論、私もだ。

 

「な、何故……誰も返事をしない?」

 

白い仮面をつけた大柄の男がうろたえながら言う。ここで私の掛け声に合わせて盛り上がるところだろうとか何とか言っているが……。

 

「ここにいる子たちはみんな分かっているからよ。ビスマルク」

 

「マリアンヌさまっ!私は白仮面一号です、ナイトオブラウンズのビスマルク・ヴァルトシュタインは相変わらずシャルル陛下のお傍で護衛を」

 

「ごめんなさいね、一号ちゃん。ちょっと黙ってて」

 

「イエスユアハイネス!」

 

私はイイ笑顔を浮かべたマリアンヌ皇妃と情けなく押し黙る帝国最強騎士であるナイトオブワンのやり取りを見ていて確信したことがひとつだけある。ライヴェルトは彼らを恐れさせるほどの実力を持っていることを。

 

皇帝陛下直属の騎士であるナイトオブラウンズに敗北は許されない。彼らが戦場に出れば自分たちは負けないと士気を高める役割を担う人物が公式の戦いで負けたことがあると分かれば求心力は一気に地に墜ちる。ナイトオブワンが名前を隠してまで出てくるのは負けるかもしれないと頭のどこかで考えているからだ。

 

「はぁ……、あいつから学んだこと、全部使っても勝てるか分からねぇか。おい、クルシェフスキー。私に力を貸せ」

 

「今の今まで青い顔をしていた男が何を言っている。お断りだ……と言いたいところだが、ローウェンクルス卿が相手である以上、仕方あるまい」

 

さて、最後の対抗戦の競技は一体どう転ぶことになるものか。

 

 

□ビスマルク□

 

『ランドナビゲーション・クロスカントリー』で使われたコースの市街地区画に展開する士官学校の候補生たち。テロリスト『シルバー』は第5世代KMFのプロトタイプに騎乗し、市街地の反対側で待機状態にある。

 

マリアンヌさまがシャルル陛下に連絡を取ったところ、どうやら『シルバー』は設定された時間内を逃げ切るのではなく、我々を全員下すつもりでくるという。モニターに映っているマリアンヌさまが私をじっと見つめ、息を一つ吐いた後。命令を下す。

 

『ビスマルク、私が許可を出すわ。貴方の“ギアス”を使いなさい』

 

「イエスユアハイネス」

 

私は左目を封印していたピアスに手を伸ばす。マリアンヌさまがシャルル陛下の下に嫁いでから、この力を使うことはないと判断し封印してきたが、まさか己の人生の半分も生きていない少年を相手に使うことになろうとはな。

 

「我がギアスは未来を読む。そう簡単に勝てると思うな、ローウェンクルスよ!」

 

視界に映る全てのものの動きが重なって見える。マリアンヌさまのちょっとした仕草、候補生たちの動き。モニターを操作し、どこに誰が市街地のどこにいるか分かる様にすると、各々の士官学校の候補生たちがグループ毎に集まり戦闘態勢を整えようとしている動きを見る事が出来る。

 

「ほぅ……我らが布陣している大通りの正面にブラッドリーとクルシェフスキーがタッグを組んで待機か。コーネリア殿下はギルフォードの倅とシャ―ムファイトで自分たちを壊滅に追い込んだクーガー隊とサブナックを味方につけたか。あの土砂崩れを起こしたルメイヤ工作隊は背の高いビルに何やら手を加えている」

 

候補生の身分でこれだけ動けるとなれば、将来が面白くなりそうだ。私がそう思いながら笑っているとモニターに映っているマリアンヌさまの目つきが変わった。どうやら、対抗戦最後の競技が始まるようだ。

 

私はモニターを切り替え、『シルバー』がいるであろう市街地の反対側に目を向ける。

 

【ギアスによって導き出された未来の世界で、“ルキアーノとクルシェフスキーの機体がヘッドショットを受け、インジェクションシートが発動する姿”】

 

が見えた私は無線を使って回避命令を出した。

 

「ブラッドリー!クルシェフスキー!射線上から退避しろっ!」

 

私の命令を聞き、競技開始のサイレンが鳴る直前に回避行動を取り始めていたブラッドリーとクルシェフスキーが駆るグラスゴーの頭部の横を銃弾が掠める。彼らが避けたことで銃弾の軌道が変わり、私とマリアンヌさまが騎乗しているグラスゴーに向かって飛来してくる。私はスタントンファを展開し高速で飛来してきたそれを弾き飛ばした。マリアンヌさまはスラッシュハーケンを用いて回避している。

 

『立射姿勢でなんてことをっ!』

 

『狙いは私たちではない。後方にいた大将首を狙ってきた』

 

『それは違うよ、ルキアーノ』

 

『『っ!?』』

 

私がマリアンヌさまの安否を確認し態勢を立て直した時にはすでに『シルバー』はブラッドリーに接敵し、短刀による斬り合いをしていた。クルシェフスキーがすぐさま援護射撃をしようとするも射線上にブラッドリーを置きつつ、隙を見ては我々を狙って撃ってくる。

 

『正面からって、正気かライヴェルト!』

 

『何を言っている、ルキアーノ!スプリングス士官学校で行った模擬戦と状況が違う。“白仮面の指示”でお前たちが避け、元ラウンズのマリアンヌ皇妃が回避行動を取り、白仮面がスタントンファで銃弾を弾き飛ばすまで計算済みだっ!』

 

私は咄嗟にモニターを操作し、我々の近くにいた候補生たちが何機か戦闘不能に陥っている事実を目の当たりにする。私がブラッドリーたちに指示を飛ばすことも“読んでいた”だと。ギアスも無しにかっ!

 

『ビスマルク、彼らと共に『シルバー』を討ちなさい』

 

「っ!……イエスユアハイネスっ!」

 

私はグラスゴーのランドスピナーを高速で回転させ、所々から黒煙を上げているブラッドリーの機体を押しのけるようにして『シルバー』の機体の前に立つ。

 

その瞬間だけ攻撃を止めた『シルバー』だったが、短刀を構えて正面から突っ込んでくる。

 

私はそれをスタントンファで払いのけ、アサルトライフルで迎撃しようとした。しかしその瞬間、ギアスで見た未来で『シルバー』が駆る第5世代KMFのプロトタイプが“分裂”した。

 

「なっ!何ぃいい!?」

 

『シルバー』はその場で機体を回転させるといつの間にか持ち替えていた短刀でスタントンファを思い切り弾き飛ばし、ある程度の長さで出していたスラッシュハーケンで私のグラスゴーを横から攻撃してきた。

 

モニターに小破判定の赤い文字が浮かび上がる。

 

信じられん。私のギアスによって見えた『シルバー』の機体の数は9体。私がギアスで知り得た情報を基に対処しようとした態勢を見て、『シルバー』は元ある選択の1つを加え10もの戦術を即座に実行可能とし、そのどれもを叩き込めるようにしたのである。

 

「まさか、ギアスを邪魔だと思う日が来ようとはなっ!!」

 

私は左目を閉じた。シャルル陛下を守るために得たギアスを自ら封じる。

 

『シルバー』の相手は紛い物の力では対処できない。帝国を守る軍人として、陛下に忠誠を誓った騎士として、培ってきた私自身の力で勝たねばならない。いや、それ以外に対処できるはずもない。

 

「行くぞ、シルバー!」

 

『いや、この場は一旦引かせてもらいます』

 

シルバーはそう言うと壁にスラッシュハーケンを放ち、モーターで高速で巻き取り浮かび上がる。何の足場も逃げ場もない空中に躍り出た『シルバー』の機体に視線が集まる。その場にいた全ての機体が空中にいる『シルバー』の機体に銃口を向ける。

 

『ルメイヤ、君ならそこに仕掛けると信じていたよ『ピッ』』

 

『シルバー』が何か操作する音が聞こえた後、すぐに地響きが鳴り、続いて黒煙が高く舞い上がる。戦闘フィールドに聳え立っていた背の高い張りぼてのビルが市街地を遮断するように倒れてくる。ビルの付近で活動していた候補生たちの阿鼻叫喚の叫びが聞こえる。

 

反対にビルが倒れてくる方面に展開していた候補生たちの声は唖然としたものが多かった。その中にはコーネリア殿下たちの声も含まれていたが、私はその場からスラッシュハーケンを用いて退避した。

 

これが大規模な陽動だと理解したからだ。

 

地響きによって身動きが取れなくなっていたマリアンヌさまの機体にぶつかるようにして建物が遮蔽物になるように逃げた。案の定、『シルバー』は動けなくなっていた機体全てに向けて空中でアサルトライフルを放ち、次々と戦闘不能にしていく。

 

『それでは、分断され、混乱状態にある候補生たちをすべて片付けてくるので、ごゆるりと準備を整えてお待ちくださいませ。マリアンヌ皇妃さま。そして、ヴァル……白仮面卿』

 

紳士が優雅な振る舞いで礼をするような口調で挨拶した後、『シルバー』の機体は市街地を我が家の庭で遊ぶ子供の様に手慣れた様子で移動していく。

 

私はすぐさま自身の機体のチェックを行う。左のスタントンファは衝撃で根元ごと折られ、上半身と下半身を繋ぐ部位に損傷。激しい動きは完全にこちらの首を綿で締めつけて行くことになるだろう。

 

『ビスマルク、もう少し何とかならなかったの?貴方がぶつかってきた所為で左のランドスピナーが使い物にならないわ』

 

「申し訳ございません、マリアンヌさま!しかし……」

 

『八つ当りだってことは理解している。ライヴェルトを私たちの物差しで測って慢心してしまっていた。さすが、【狂王】リュグナー・S・ブリタニアの直系の子孫よね。こと戦闘において『右に出る者なし』と言われた“化け物”皇帝再来じゃない。彼の皇帝の天賦の才を引き継ぐ子孫が現れず、少しずつ落ちぶれていったところにあの子でしょう?今頃、ローウェンクルス家は狂喜乱舞しているんじゃないかしら、【狂王】だけにね』

 

ツッコミを入れたら負けだ。そんな気がして私は疑問に思ったことを口にした。

 

「あの、マリアンヌさま。ローウェンクルス伯爵家はリュグナー皇帝の騎士の家系では?」

 

『違うわよ、ローウェンクルス家を興した男は“種無し”だったから、リュグナー皇帝に2人目の男児が生まれた際に養子として授かった。つまり、元を正せばライヴェルトも皇族って訳。むしろシャルルたちの血統は何度か断絶しているわ。ほとんど血の繋がりの無い貴族を養子扱いにして復興させたこともあるし、他にも暗殺や病死、不可思議な事故によって本来は皇帝の座を望める者ではなかった者が幾人も誕生している。けど、ローウェンクルス家に関して言えば、脈々とその血統を守りぬいて来ている』

 

マリアンヌさまはKMFのシートに凭れかかる。そして、遠くを見るような眼で呟くように話される。

 

『シャルルが言ったの。現在のブリタニア皇族は嘘に塗れている。自分にもその嘘つきの血が流れていると思うと全てをなかったことにしてしまいたかったって。けど、あの人、ライヴェルトが私たちの前に現れてとても喜んでいた。しかも、自分が愛する娘と恋仲になろうとしている。『ライヴェルトとルルーシェの子供を見るまでは“ラグナレクの接続”は中止だ』なんて。そうなったら、私が出来るのは2人の結婚式で赤面待ったなしの画像や映像を撮り貯めるだけよ!』

 

「ああ……計画はいつの間にか中止になっていたのですね」

 

『無論、V.V.は認めていない。ルルーシェを狙った犯人もシャルルと私はあいつだと思っているわ。口には出さないけれどね』

 

「どうなさるのですか?」

 

『V.V.のコードをシャルルが奪って、幽閉っていうのが濃厚ね。嚮団の活動もしばらくは水面下で細々と行わせるんじゃないかしら』

 

「マリアンヌさまはそれで宜しいのですか?」

 

『嘘の無い世界、世界中の人々の意識が統合された世界、見たくない訳ではないけれど、シャルルの気持ちも分からないでもない。とりあえず、しばらくの間はルルーシェやナナリーに優しい母で、ライヴェルトには尊敬される女性になるわ。何故か分からないけれど、ライヴェルトって私に対して警戒心マックスなのよね。困っちゃうわ』

 

「……(どの口で言うんだ、この人は……)」

 

私は『シルバー』による急襲で次々と数を減らして行く候補生たちに対して、常識破りの化け物と戦ったという経験は無駄にならないからしっかり学べと役に立たないエールを心の中でそっと送る。そして、モニターに残っていた候補生最後の光源が消えた。

 

「ならば、マリアンヌさま。この勝負は意地でも勝たねばなりませんな」

 

『ライヴェルトもさすがに40数機の相手をして無傷ってことはないはず。それにエナジーも尽きかけて』

 

『お待たせしました、マリアンヌ皇妃。白仮面卿』

 

私はマリアンヌさまの機体を牽引し大通りへ出る。そこにいたのは紛れもなく『シルバー』の駆るプロトタイプ。装甲に目立った傷は無く、武器も揃っている。エナジーだけは外観では判別不能だが、我々よりも残していると考えた方が良いだろう。

 

『随分と早い登場ね、ライヴェルト。何をしたの?』

 

『無線を使って、同士討ちを少し演出しました。さすがに別々の士官学校の候補生を一緒にしてしまっては拙かったですね、少し突けばあっという間に泥沼ですよ』

 

私とマリアンヌさまは押し黙った。目の前にいる『シルバー』は本当に私の年齢の半分しか生きていない少年なのか。考え方がすでに大人顔負けなのだが。

 

『時間も残り少ないし、貴女方を倒せば、皇帝陛下よりとあるものを頂けるんです。残念ですが、これで終わりです!』

 

一気に距離を詰めてくる『シルバー』に呼応するように私もマリアンヌさまも武器を構える。

 

マズルフラッシュが焚かれるが『シルバー』操るプロトタイプは放たれる銃弾の隙を縫うようにしてそのまま突き進んでくる。さすがに避け切れないものが出てくるが、掠った程度では止まらない。

 

私はランドスピナーを損傷し満足に動けないマリアンヌさまの前に立ちはだかる様に出た。両手に構えた短刀で『シルバー』が持つ短刀を弾く。弾く。弾く。弾く弾く弾く弾く。

 

こちらは両手で短刀を2本構えている、手数は単純に私が上。にも拘わらず私が防戦一方になるほど矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくる『シルバー』。

 

「くっ、間に合わん!?」

 

両手に設置されたセンサーが異常アラートを鳴らし続けた結果、私の機体が先にダメになった。ガクンと力なく両手を下げた私の機体の頭部に短刀を突き刺す『シルバー』。中破判定が起き、インジェクションシートによって私は戦場を離脱。

 

そのすぐ後にはマリアンヌさまのコックピットもパラシュートに揺られる空中を漂うことになるのだった。

 


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