銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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ボワルセル仕官学校のKMFシミュレーターで生前の経験を基に少しやんちゃしてしまって病院へ出戻りした俺ことライヴェルト・ローウェンクルスの病室に、ほぼ毎日のように見舞いに訪れる小さなお姫さまの姿があった。

 

神聖ブリタニア帝国第5皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの息女にして、“ライヴェルト”が惚れた相手でもあるルルーシェ・ヴィ・ブリタニア皇女殿下である。

 

お忍びで訪れた高級ブティック店で暗殺未遂事件があったためなのか窺い知れないが、帝国最強騎士が毎回護衛についてくる。

 

たどたどしい手つきでお世話を焼こうとするルルーシェの相手をしつつ、『こんなところで油を売っている暇があるんですか?』というメッセージも篭めてジトッとした視線を送っていると、帝国最強騎士はボソッと『親バカには勝てんのだ』と漏らした。

 

「……(親バカ、か)」

 

耳聡く聞こえた単語を心の中で反芻し、娘に対して過剰な愛情を向けているのはやはり“あの男”だけかと納得する。

 

生前、Cの世界で会った母親の狂い様はてっきり同じ理想を目指す仲間であったV.V.に裏切られた上に殺されてしまったことで歪んでしまったものだと思っていたが、先日会った時に俺へ向けてきた視線は何とも言えない気持ちの悪いものであった。

 

まるで自分の手駒として扱うに値するかどうかを観察しているようだった。

 

だが、例え彼女のお眼鏡に適ったとしても、ローウェンクルス伯爵領はこの帝都ペンドラゴンから遥か彼方だ。北西方向に直線距離で約3000km。

 

雪と氷が舞う極寒の大地で移動するだけでも儘ならない。

 

「ライのお家って、すっごく歴史のある由緒正しいところなんだよね?」

 

「うん。古い文献によるとご先祖さまは建国後すぐに起きた北南戦争で功績を上げたことで領地を得たらしいよ。ただ、それ以降の子孫にご先祖さまの戦いにおける力は引き継がれなかったみたいで、領地の民が飢えずに生きていけるように領地運用をしてくるだけで精一杯だったんだって」

 

「お父さまが言っていたの。『かつて初代皇帝や騎士たち共に戦場を駆け抜け、背中を預けることが出来た盟友の子孫が私を助けたのは奇跡でも偶然でもなく運命だったのだ』って」

 

「え゛っ!?あの……皇帝陛下がそんなことを仰ったのか?」

 

俺の返事に対しルルーシェは戸惑いながらもコクリと頷いた。俺はライヴェルトの記憶を見ただけなので何とも言うことが出来ないのだが、故郷に戻り次第、ローウェンクルス伯爵家が出来たころの記録を見直さないといけないと思った。

 

まぁ、あの親バカが娘を喜ばせる為についた優しい嘘の可能性もないわけではないのだが、もしその話が事実であれば今後の活動にも利用できるかもしれない。

 

「ねぇ、ライ?私のお父さまが話されたことに、何か問題があった?」

 

「そんなつもりはないよ。ただ、父さんも兄さんも剣で戦うよりもペンで戦う方が強い人たちだから、僕のご先祖さまが武勇に優れた人だったって聞いて驚いたんだ」

 

「そうなんだ。ねぇ、ライ……」

 

ルルーシェはモジモジと身体の前で手を擦り合わせる。

 

何かを迷っているような動きを見せたかと思うと、意を決した強い眼差しで俺を見据えると「えいっ」という可愛らしい声と共に抱きついてきた。椅子に座っていた俺の上に腰を下ろしたルルーシェは陶磁器のように白くほっそりとした手を背中に回して密着してくる。

 

彼女はそのまま俺の胸に顔を寄せ、心臓の上に耳をつける。突然のルルーシェの行動に軽いパニックを起していると、病室の入り口近くにいた帝国最強騎士が俺に向かってグッとサムズアップしながら出て行くところだった。呼び止める暇も無く病室に2人きりというシチュエーションに“ライヴェルト”の心臓は速く脈打つ。

 

「……ライのおじ様に聞いたの。ライの怪我の具合も良くなってきたから、もうそろそろ故郷に帰る準備をしなければならないって」

 

ルルーシェが俺に抱きついた状態で顔を俯かせたまま、弦を震わすように細い声で呟いた。彼女の不安を体現するような声に反比例するように俺を抱き締める手に力が加わり、身体の密着度が増す。そんな中、『バッ』とルルーシェが顔を上げて俺をまっすぐ見据える。

 

「コー姉さまが専任騎士をつけたってお母さまから聞いたの。……私も、わたしもっ!ライに私の騎士になってもらいたいの!」

 

必死になって訴えかけてくるルルーシェの瞳には従姉に対する羨望もなければ、子供が玩具を欲しがるような好奇心もなかった。あるのはライヴェルトに対する純粋な好意と死に対する恐怖心。

 

俺はルルーシェに抱きつかれた瞬間から宙を彷徨っていた手を使う。右手をルルーシェの細い腰に回し、左手はそっと彼女の頭を撫でて髪を梳く。

 

「僕は、……まだ君の騎士にはなれない」

 

「……っ。……」

 

俺の言葉を聞いてルルーシェは唇を震わせ、アメジストのような大きな瞳の目尻に涙を溜め込んでいく。

 

今回の高級ブティック店の襲撃は確実にルルーシェを狙ったものだった。態々V.V.本人が店に乗り込んできた以上、その事実は確定している。故にビスマルクがルルーシェの護衛についているのは、これ以上は許さないという過保護な皇帝によるメッセージなのだろう。

 

生前の世界では、両親の計画の一端をビスマルクもまた知っていたようだからな。謂わばビスマルクもまたV.V.にとっては同志の1人に数えられるということだ。優先順位は低そうだがな。

 

「僕はルルが思っているよりも“力”を持っていない。今回は相手が僕を侮っていたから撃退できたけど、次に同じようなことが起きた時、ルルを守りきれるか分からない。悔しいけれど、僕は力のない弱い子供でしかないんだ」

 

『ぐすっぐすっ……』と涙を流し嗚咽を漏らすルルーシェ。彼女はフルフルと頭を横に振って俺の言葉を拒否しているようにも見える。そんな彼女を優しくあやしながら俺は言葉を紡ぐ。彼女が理解できるように言葉を選びながら、彼女を傷つけないよう寄り添うように。

 

今回の騒動で何の因果か忠義心の塊であるジェレミア・ゴッドバルトと知り合いになり、生前では敵対関係でしかなかったギルバート・G・P・ギルフォードとも連絡先を交換する仲になれた。

 

悪逆皇帝となった生前の記憶を利用すれば、ライヴェルトの身の上でもそれほど時間を置かずに帝国でも有数の存在になり得るだろう。

 

だが、生前の俺が経験したあの事件までに地盤を固められるかと言われれば、限りなく難しいとしか答えられないのも事実。ここで無闇な約束をすれば、何か起きた時きっとルルーシェは傷つくだろう、身体だけでなく心も一緒に。

 

「ルル、聞いて」

 

ルルーシェは先ほどよりも大きな素振りで駄々を捏ねる子供のように身を捩って俺から逃げようとする。これ以上、自分を拒絶する言葉を聞きたくないと。これ以上、傷つきたくないと言いた気な姿。きっと俺が『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』であったならば、迷い無く切って捨てたはずだ。

 

けれども、今の俺は違う存在だ。俺は契約したのだ。家族思いで誰とも知れぬ女の子を救うために命を投げ出せる優しくて強い心を持った少年と。彼が大切に思う全ての者を守ってみせると。

 

「僕は強くなる。ルルを、この世の全てを敵に回しても護れるくらいに強く。だから、待っていて。必ずルルに会いに行くから」

 

ルルーシェは俺の胸に顔を寄せて大きな声を上げて泣いた。

 

泣いて泣いて泣きつかれてしまったのか大人しくなったルルーシェの顔を見ると穏やかな表情を浮かべていたので、もう大丈夫だろうと優しく髪を梳いていると病室の入り口からビデオカメラらしきものが覗いていた。誰の指示なのかは分からないが、俺は心の中で黒幕をいつか締め上げると固く誓いながら彼女の迎えが来るのを大人しく待つのであった。

 

 


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